胸を揉むと大きくなる。
どこかで聞いたその言葉。
誰から聞いたかも分からない。
妖精メイドたちの雑談からか、人里の雑踏だったか。
そんな些細な迷信を、ふと思い出した。
――私は時を止めたかった。
それが、私の夢だった。
夜に浮かぶ月に、両手を精一杯に伸ばして翳す。
儚い命の、せめてもの願い。
神様は私に空を飛ぶ力を授けてくれた。
そんな素敵な力と引き換えだったのは人並みの寿命。
色の抜けた髪を押さえながら、何かに願う。
もしも、願いが叶うなら。
私は……
日は見上げない。
目を焼かれるから。
翳した両手、その間。
そこに収まる優しい日に願った。
窓を開けて斜め上から降りてくる日の光を浴びながら深呼吸をする。
温かなそれを感じると、漠然と生きているんだなあ、なんてことを思う。
普段よりも、ほんの少しだけ早い起床をして見た外の景色は、より鮮やかで美しいものに思えた。
肩から胸元へ、胸元から腹へと手で服を叩いて埃を飛ばせば、気持ちも引き締まる。
「今日も頑張ろう」
それから、いつもは心の中で呟く言葉を今日は口を開いて言葉に出すのだった。
今日はちょっとだけ特別な日なのだ。
一年に一度だけ、巡り来る今日という日。
その中でも、私にとって今日だけは他と比べて、大切な日だ。
そう、今日が分かれ目だった。
もしも私があの時に手を伸ばさなかったならば、今ここに私という存在はなかったかも知れない。
だから、今日は特別な日の中でも、もっと特別な日なのだ。
首を三回振ってから、扉を開けた。
――左手の指に帽子の縁を引っ掛けてクルクルと回す。
館の門前は日に暖められて、心地の良い空気に包まれていた。
一息吸って、胸の中を温めてから、私はその中にある、赤い色へと声を伸ばして触れる。
私の呼び掛けに軽く挨拶を返してくるそれに向けて、私は言葉を続ける。
「裁縫にはあんまり自信なかったのだけど、大丈夫かしら?」
そのまま勢いを上げて指から帽子を飛ばす。
緑色の鳥は大空へ羽ばたき、緑の大地へと降り立つ。
「あ、どうもありがとうございます」
彼女はそれを大事そうに抱き締め、ありがとうございます、とお礼を述べるのだった。
胸に抱えた帽子を確かめることもせずに、頭に被る彼女を窘める。
「おかしなところがないか、確認しないのかしら?」
私の問い掛けに答えることもせず、彼女はただ嬉しそうに口角を上げて笑うだけだった。
「龍の字が寝の字になってるかもしれないわよ」
「む、それはちょっと嫌ですね」
勿論のことだが、そんな面倒なことはしていない。
慌てたように帽子を掴み取って確認する彼女を見ていると、ちょっと微笑ましい気になるのだった。
そんな私を見て、彼女も頬を上げると、ゆっくりと帽子を被り直す。
「全くもう、私を何だと思ってるんですか」
「そうねえ、妖怪かしら」
私の答えに、彼女は可笑しそうに、敵いませんね、と笑うのだった。
彼女は一頻り笑った後、今度は頬を二、三度叩く。
それから、少しだけ真剣な表情になって、私に向き直り、言う。
「今更ですけど、誕生日にこんなことさせちゃってすみません」
仰仰しく頭を下げてくるのを手で制する。
「別にいいのよ。私がやらせて欲しいって頼んだんだし」
口を開こうとする彼女を手で制するように話を切って、うん、と伸びをする。
踵を上げて、上へ、上へ。
隣で彼女も私の真似をする。
大地に根付く花二つ、赤と白の花弁をそっと風が揺らした。
そのまま顔も傾けて仰げば、水色に白い斑点が映える空が視界一杯に広がる。
「こんな日は空を飛びたくなるわ」
「身体に障りますよ」
「あら、私はまだそんな歳じゃないわよ」
失礼な奴だと口を尖らせると、困ったような顔を返してきた。
「でも、そうですね。その気持ちは分かります」
空を見上げるその顔に向けて、笑みを送ってやれば、彼女もまた嬉しそうな顔をした。
それが嬉しくて、自分の声が弾み跳ねるのが自身でも感じられた。
「また今度、皆で散歩にでも行きたいわね」
空に浮かんだ雲は、今もゆっくりだが流れているのだろうか。
広く開けた地を踏みしめるのもまた気持ちの良いものに思えてならなかった。
「そうですね」
彼女は僅かに一歩前に踏み出して、私に近寄ってくるのだった。
そして、そこで一度言葉を切って、再び静かに言葉を差し渡してくる。
「結構ね、感謝してるんですよ」
強めの風が吹く。
それに帽子を奪われないように手で押さえながら、紡ぐ。
「何かと聞かれると、ちょっと困るんですけどね」
そうして、彼女は誤魔化すように笑うのだった。
吹き抜ける風が、空の、地の、湖の香りを運んで、振り撒いて行った。
それに合わせるように彼女が言葉を乗せる。
誕生日おめでとうございます
流れる空気に溶け込むその響きは、私の胸へと吹かれて行き、奥を優しく撫でた。
私はそんな音を、自らの胸に仕舞い込んで。
ありがとう
彼女へ向けて、私は言葉をそっと流した。
――人の寿命は長いようで短い。
百年にも満たない時間の中で、何かを残すことすら出来はしない者もいる。
ならば、それより短い時間しかないなら、果たして何ができるのだろう。
そんな想いが、ただひたすらに這い回った。
緩やかな白の月は赤に染め上げられて。
それは、新しい始まりの赤だった。
寄せては返す赤色の波。
清浄の赤、忌避される赤。
そんな赤が、月を濡らした。
幼い私が描いた時間を止めるという拙い夢物語。
天は二物を与える訳もなく、一歩ずつ距離を縮めてくる終わりの足音に追われる日々。
その追跡から、少しだけ長く逃れられる術を授けてくれたのは、彼女。
けれども、無償の助けなどあろうはずもなく。
その代償は……
――カチリ、と机と食器のかち合う音が響く。
「どうですか?」
皿の上に乗っているのは小ぢんまりとしたケーキだ。
それは、私がない頭を捻って自作してみたお菓子。
目新しい物好きな彼女ならきっと気に入ってくれるだろう。
でも、ちょっぴり恥ずかしいので、言葉にはその自信が表れないように気をつけながら聞いてみるのだった。
「へえ、すごいね」
口でこそ淡白であまり興味のなさそうな素振りを取る。
だが、その表情は輝いているという形容詞がお似合いなものに変わってしまっているのだ。
まずは目で味わわないとね、なんて言いながらそわそわと身体を揺らしてるのはなかなかに面白いなあ、と思うのも仕方ないことだろう。
そんな風に、姉に負けじと背伸びしてみせるその行動と態度の差は端から見ていて、なかなか愛らしいものがある。
本人にそのことを言えば、確実に拗ねて不貞腐れてしまうだろうが。
「私、頑張っちゃいました」
彼女の、いただきますの声の後に続くように、その言葉を差し込む。
彼女はその言葉に特に返事をすることはなかったが、ちらりと。
そっとフォークが運ばれて、彼女の口へと消える。
それと同時に、彼女はうん、と小さく頷き息を吐く。
「ん、美味しい」
「それはよかったです」
ここで、どういう風に美味しいのかを言わないところが彼女らしい。
目を綻ばせながら頬張るその姿に、私の頬も弛んでしまうのだった。
けれども、突然フォークの動きが止まる。
どうしたのだろうと思い、問いかけても彼女の反応はなかった。
仕方なしに覗き込んでみれば、額に皺を寄せて何かを思案しているようだった。
「どうしたんですか?」
そう、改めて尋ねる。
「何か忘れてると思ったら、誕生日だったんだね」
「ええ、まあ。そうですね」
私がそう答えたその瞬間。
フォークが眼前に現れる。
それをかわすように顔を移動させながら彼女に聞く。
「一体何ですか?」
「誕生日なんだから、ね」
それからしばらく、あーん、の掛け声と共に差し出されるフォークと格闘することとなるのだった。
でも、何故だか嬉しく思ったりもする。
それは多分、気のせいではなくて、きっと私は嬉しいのだろう。
頬に付いた滓を拭い取っている私の様を見ながら、彼女が笑う。
そこには、悪意の欠片も見られないので怒る気にはならなかった。
「いいなあ」
「何がですか」
ふと漏れ零された言葉に、私の鼓膜が反応した。
「自分でお菓子作れて、いいなあってね」
いつでも好きな時に、美味しいもの食べれるじゃない。
そう言って、フォークを運ぶ。
彼女はもう一度、いいなあ、と繰り返して、最後の一口を頬張った。
「私ばっかり、作ってもらってるしね」
彼女は何かを確かめように頷いて続ける。
「いつかお返しにね、私が作ってあげる」
感謝の気持ちだよ、そう言って未来に思いを馳せるその目は、楽しそうな中にも、真剣なものがあった。
そんな彼女を見て、そう遠くない内に、そんな機会があるのだろうことを感じた。
「あ、でも、私、作り方とか知らないや」
「ええ、いいですよ。私が教えるので、一緒に作りましょう」
「うん。じゃあお願い」
二人で頷きあって、少し間を置いて、なんだか可笑しいね、と彼女が呟く。
少しばかりの間、笑い合って。それから途切れることなく言葉が続けられる。
誕生日おめでとう
明るく響くその声は、大地に落ちた雨のように静かに心に沁みていった。
だから、私はとびっきりの笑顔を持ち出してくる。
そしてそれを、ありがとうの言葉と共に送り出すのだった。
――赤錆に似た匂いを嗅いだのだ。
私はそれを確かに月から感じ取ったのだ。
彼女は吸血鬼。
ならば、その望みも決まってくるだろう。
伸ばした腕を掴んだその時に、きっと私は選択してしまったのだろう。
天秤に掛けられたその二つは限りなく片方に傾いていた。
何故なら、その片方はもう一つがなければ成り立つことはないから。
そう、内包されているのだ。
だから、私には僅かばかりの迷いもなかった。
その時、小さな空に浮かぶ小さな月は奪われた。
私の月は、彼女の腕に握られたのだ。
――右手を机へと伸ばす。
私の拳から離れたそれは、机の上へと居場所を移し変えられた。
「ありがとう」
短く切られた言葉に、私はどういたしまして、と軽く手を振って答える。
机に置かれた真新しいインク壺は早々に封を切られる。
紙の上を滑るペンは止まることはない。
流石に知識の名を冠するだけあって、その横顔からは私にはない聡明さが滲み出ていた。
じっと見つめる私の視線が気になるのか、その手の動きは徐々に鈍っていくのだった。
「日記書いてる?」
完全に止まった手の代わりに動いたのは口。
その問いに、やや間を置いて私も口を開き喉を鳴らす。
「ええ、まあ……思い出した時に適当にやってますね」
日記なんだか自分のことを紙に書くというのはやっぱり恥ずかしいもので、実際には一度も筆を取ったことなどなかったりする。
勿論、本人には内緒だ。
「目が泳いでる」
「……ごめんなさい」
その返事を聞いて、彼女はふっと息を吐き落とす。
続けて、両腕を斜め後ろに突き出して伸びを、更に身体を仰け反らせる。
私はその後ろに回り込んで上から覗き込んでやる。
「人間なんてすぐに死んじゃうんだから、日記でも残さないと、私、すぐに忘れてしまうわよ」
見上げるように呟く彼女の声は、その姿勢のせいか酷く潰れたものになっていて。
その声と見た目の愛らしさのちぐはぐ具合がどうにも可笑しくて、小さな笑いがこぼれ出てしまう。
咎めるような視線を返してくるが、それもどこか面白く思ってしまうのだった。
だから、首を傾げて素知らぬ顔を返してやる。
やれやれ、と吐かれる溜息に、私も溜息で答えてやった。
空に放たれた二つの透明な風船は柔らかな思いを孕んで霧散して行く。
「……日記、つけないの?」
「ええ、日記なんかなくても覚えていて貰えるように頑張りますよ」
そう、と彼女は呟いて、目を瞑りながら言葉を止める。
しばらく間を置いて、ゆっくりと瞼を開く。
そして、口を開けて言葉を発する。
「色々と世話かけるわね」
「いえいえ、それが私の仕事ですから」
私の言葉に、彼女は何も言わずに、ただ目だけで返してくる。
その瞳に照明が反射して、まるで目の中に月が浮かんでいるようだった。
ふっと、風が起きる。
私の瞳は、彼女の顔が近づくのを捉える。
けれど身体は、まるで待っているかのように固まっていて、それの接近を黙って眺めることしかできなかった。
一瞬の内に近づいてきた額は、私の額へと吸い込まれ、音もなく静止する。
肌と肌とが触れ合う。
その感触がどうにもむず痒くて、目を瞑って身を引いてしまうのだった。
再び、風が顔の前を通り過ぎる。
去り行くそよ風に、小さな声が乗っていた。
誕生日おめでとう
先程までの潰れてた声ではない。
細くて柔らかい芯が入っていて今にも折れそうなのに、それでいて、微温湯のような心地よさが包んでいて壊れない、そんな音。
温かな音は、私の鼓膜を確かに揺らすのだった。
胸の奥に広がる音を聞きながら、私は口の中で呟く。
ありがとうございます、と。
空気を揺らすことのない思いだが、きっと、その声は届いたのだろうことは分かった。
目を開けた時、後ろ姿だが、確かに彼女が笑っているように感じたからだ。
――成長。老い。
二つの言葉はどこで入れ替わるのだろう。
老いを得るために成長を差し出す。
成長を手放した私に、両方の幸せを得ることはできない。
だから、せめて。
老い、を人並みに、それ以上に、味わってやろうではないか。
労働でさえ、私にすれば労ではなくて、幸せなのだ。
人は皆、無意識の内に自分と誰かを比べる。
それらを手放した私を嘲弄する者もいる。
それもまた仕方のないことなのだろう。
他ならぬ、私がそれを望んだのだから。
それはとても自然なこと、頭では分かってはいても、心はどうしてもついて来ない、そんな時だってある。
だから、私は仕事をする。
そうやって、自分が生きているのだということを実感するのだ。
足りないものの代わりはここにあるのだ、ということを自らに示し、納得させる。
とても、ああ、とても、素敵なことだ。
――手首をしならせる。
すると右手の先に摘まんだ羽ペンが、目の前にある首筋を擽っていくのだった。
宙に浮いたのではないかと思うくらいに飛び上がる身体。
思わず零れそうになる笑いを抑えるのをどうにか押さえつけるながら、ごきげんようと軽く手を挙げる。
慌てて振り向いたその顔には驚きが張り付いていた。
「びっくりするじゃないですか」
頭に揺れる赤い髪と黒い羽を目に捉えながら、右手を再び翻す。
その手は、再び首筋を捉えようとしたが、途中で彼女の手によって払われるのだった。
「仏の顔は三度まで、私の顔は二回まで、ですよ」
「何、それ?」
「んー、何でしょうね?」
軽快に笑い飛ばす彼女に合わせて、私も笑う。
「ところで何か用ですか」
私はその問い掛けに笑って答いながら右手の首を振って見せてやる。
力が抜けた手首の先で鳥の毛が羽ばたく。
前の顔は、状況が理解できていないのか、不思議そうに瞬きを繰り返す。
「これ、あげるわ」
突き出した私の手に呼応するように、向こうの手も差し出されるのだった。
なんだか良く分からないという表情だが、一応受け取ってはもらえるようで一安心だ。
「あ、ありがとうございます。でも、突然どうしたんですか?」
もしかして死んじゃうとかですか、と真剣な口振りで、でも表情はどこまでも穏やかで、面白可笑しいように目は細められている。
「残念。まだ死なないと思うわ」
そうなんですか、そうなんですよ、小さな想いが解けた二つの言葉が、お互いの間をゆっくりと行き交う。
「インク買った時に一緒に付いて来たのよ」
彼女の手へと渡った羽ペンが、くるくると回る。
親指と人差し指に踊らされるそれは、子供をあやす玩具のように見えてしまって、どうにも笑いが漏れてしまうのだった。
彼女はそんな私を見て薄雲のように笑う。
それはとても爽やかなもので、見ている私の顔まで晴らしてしまう程のもので。
眩しいそれを見ていられなくて、目を閉じてしまう。
すると、首筋にふわりとしたものが触れて、その 思わぬ感触に身体が縮まるように跳んでしまった。
「どうですか。あ、仕返しですから怒らないでくださいね」
そう言ってしたり顔ではしゃぐその姿は、どことなくだが、子供のように見えた。
驚かされたことへの怒りや不満といった感情は、僅かの間に消えて去って、その代わりにもっと清々しい想いが運ばれてきた。
誕生日おめでとうございます
小さく開かれた口から空へと舞い上がった言葉は、私の雲を取り攫っていくのだった。
「でも、普通は逆、ですよね」
羽ペンを顔の前で回しながら彼女が呟く。
「細かいとこは気にしない」
私は人差し指を突き出しながら、そうきっぱりと言ってやるのだった。
胸の中には綺麗な青空が広がっていて、これに向けて心の中で真っ直ぐに人差し指を伸ばす。
とても、とても清々しい思いが胸の中に広がるのだった。
――高望みをしてはいけない。
ただ、もしの可能性を思い描いてしまうのも、また人の性質と言えることは誰にも否定できないだろう。
もし、私が他と同じだったなら、別の選択肢が用意されていたのなら、私はそちらを選んだのか。
その答えを出すことをするつもりはないのだった。
何故なら、そんなことは自らの首を絞めることであろうことは明白。
ああでも、やはり私は人間なのだった。
――差し出された手のひらの丁度真ん中に私の手のひらを重ねる。
四本の指の先から伝わって来る冷たいとも温かいとも違った不思議な感触がむず痒い。
目を動かして、上機嫌とも不機嫌とも取れない表情と折り合った手を交互に見る。
そんな私を眺めていた彼女は面白そうに顔を綻ばせるのだった。
「で、一体、なんですか」
私の問いに唇の端を少しあげて返してきた。
「ん、プレゼント」
そして、私の手を支えていた手が揺れて、引かれる。
床を失った私の手はそのまま落下して、揺れる。
言葉の意図が掴めずに立ち尽くす私の胸を、彼女はその手で静かに押すのだった。
「月は返せないわ。そっちを戻しちゃうと良くないことになるから」
そう言って、少し申し訳なさそうに苦笑いする。
その瞳には昔に見た、優しい月色が浮かんでいるのを私は確かに見た。
「みんな気の利かない奴ばっかりだからね」
私は違うのだと胸を張りながら鼻を鳴らす。
それがあまりにも自信に溢れていて、誇らしげで、嬉しそうだったので、私の方まで嬉しくなってしまうのだった。
「なんだかんだで、世話になってるからね」
「とんでもないです」
そんな私の言葉に彼女は小さく首を振って言うのだった。
「それに、こういう機会でもないとね」
彼女は照れくさそうに、頬を人差し指で数回掻く。
それから、胸を張って、凛と澄んだ声で言うのだった。
誕生日おめでとう
その声は今まで聞いたどの音よりも透き通っていて、けれど、どこか面白がるような色も混じっていて。
私の胸の奥のもっともっと深いところを一撫でしていくのだった。
ゆるりと回って、彼女は私に背を向ける。
「まあ、私もそこまで気が利く訳じゃないから、それくらいしか思いつかなかったよ」
投げやりとも思える態度で、早口で紡がれた言葉。
けれども、私には照れ隠しに思えてならなくて。
だから、一言だけ。
ありがとうございます
それだけを返すのだった。
――取られたものを返してもらっただけ。
たったそれだけのこと。
それでも、私にとってそれはとても大切なものなのだった。
でも、やっぱり、それは私には必要ないと言い切れる。
そんなものがなくても、私の胸にはたくさんのものが込められているのだから。
いつかに奪われた私の中の月は戻ってくることはないだろう。
でも、それでも構わないさ。
皆の月は赤に染まる中で、私の月だけが白金に輝いている。
いつかに見た赤い月は、あの時に青黄色になり、それからずっとそのまま、だった。
そう、今でも。
胸を揉むと大きくなると、どこかで聞いた噂を思い出した。
私はそれを鼻で笑い飛ばしてやろうと思う。
長く生きるか、次を残すか。
月を捨て去った。
……精神的には。
PADって生理用品を指す事もあるらしいですね。むーん、とってもアイロニー。
次回作、楽しみに待っています。
文章も雰囲気出てる・・・けどなんかすごい読むの疲れました。
なんでだろうなぁ・・・
普段気付かないことを気付かされた気がしました。