「みみを生やしてしんぜよう」
「食べられるみみが良いわ」
「と、言うわけなの」
「すいませんわかりません」
博麗の巫女に耳が生えた。
いつものように、記事のネタを探すべく風の噂を聞いたところ、そのような情報を手に入れた。
全く意味が分からない。
ので、雲一つ無い青空を貫き、高高度の気流に乗っての弾道飛行にて参上した射命丸文であったのだが、そこには既に先客が居た。
八雲紫である。
彼女の説明はいつも不可思議であり、要領を得ない為、挨拶だけで流そうと思ったのだが、あっさりと捕まってしまい、今に至る。
「二度も聞いて、何が分からないのかしら?」
「貴女が、彼女に耳を生やしたという事実以外です」
八雲紫の説明はこうだ。
みみを生やしたくなった。
霊夢がいたのでみみを生やすと、とても喜んでくれた。
霊夢の笑顔は鼻血もので、幻想郷の財産である。
我々はこれを絶やしてはならない。
よくわからなかったので、耳を穿って聞き返した。
今度はこうだ。
みみを生やしたくなると霊夢がいた。
聞けば空腹だと言う。
ならばすばらしい物をあげましょう、と、みみを生やす。
霊夢は喜び、
鼻血もので、
今日も元気で、
鼻血もので、
果たして幻想郷は平和である。
めでたしめでたし。
博麗霊夢の笑顔については、射命丸としても大いに賛同したいところであるが、今回の事とはなんら関係が無い。大事なことだから二回言おうともだ。
毎度の事ながら埒が明かないので、含み笑いを止めない賢者から離れ、縁側にて日光に当たりながら、湯呑を啜る紅白へと踵を向けた。
博麗霊夢にとって、胡散臭い紫の妖怪が現れるのも、山の鴉が下りてくることも、日常茶飯事であって特別でも何でもない。
突風が墜落した時は何事かとも思ったが、正体が分かれば何のことは無かった。鴉は紫と話し始めたのだから、自分に用は無いだろうと、そう思って湯飲みを傾ける。
嗚呼、白湯が美味い。
目を閉じ、口内に広がる侘しさを堪能する。既に白湯であるが、これは元々煎茶である。
微かに鼻腔を刺激する香りは確かに煎茶葉のそれで、想いを馳せれば薄っすらと茶畑が広がる。過ぎ行く風は清々しくも生暖かく、右耳でぬちゃりと音を立て、背筋を這い、白湯を逆流させた。
「ボポン!!?」
「ふむふむ、博麗の巫女は耳が弱い、と」
不快の元凶は、すぐ隣でメモを取っていた。妙に丸っこい字が見え隠れしている。
鬼すら泣き出しそうな眼力で睨みつけていると、メモを取り終わった新聞記者が営業スマイルを向けてきた。
「どうも、毎度おなじみ、清く正しい文々丸しんぶn」
「・・・次やったら、御札の接着面を眼球に貼り付けて角膜剥ぎ取るわね」
「すいませんでした」
自身の台詞を遮った退魔針を眉間から引っこ抜き、文は紅白に手渡す。目の前で捨てようものなら、もっと酷い事が待っていると知っているからだ。
巫女のツン要素を堪能して満足すると、記者は改めて筆を取った。
「さて、本日は博麗霊夢さんにみみが生えたという噂を聞きまして、その真偽を確かめるべく参上した次第なのですが・・・」
「紫の気まぐれなんだから、長くても明後日には消えてると思うわよ」
「ええ、どうもそうらしいと言うことは本人から聞き取れたのですが、それ以外は会話になりませんでしたので」
そこで区切り、文はちらりと境内を外を見やる。木陰に居た、紫のワンピースの少女は、いつの間にか消えていた。
「まあいいけど・・・」
みみねえ、と、紅白はおもむろに自身の頭をまざくる。
射命丸は見た。霊夢の前髪に隠れるようにして生える、丸く平たい小麦色した物体を。
最初は新たなアクセサリーでも身に着けたのかと思ったのだが、何のことは無い、それがみみであった。
なるほど、確かにみみのように見える。
丸い物体が生える位置は、俗に言う妖獣が人に化けたときに位置するであろう場であり、その緩やかな勾配を以って配置された丸の形は、種族は分からずとも、みみのそれである。敢えて言えばねずみか。
ただ、耳本来の機能である”聞く”という機能に於いては、その意義を問い質ざるを得ない。何故なら、穴が無い。
霊夢の頭から直接生えているであろう小麦色の丸は、その実ただの張りぼてであったのだ。
なんだろう、と新聞記者は首をかしげる。
見せてくれたからと言って、正体が分からないのでは彼女も手のつけようが無い。
眉を顰める射命丸に、巫女は巫女でまだなのかと視線で問うている。これ以上機嫌を損ねないよう、彼女は単刀直入に聞くことにした。
「なんです、これ?」
「みみよ」
「みみなんですか?」
「みみよ」
「私には、別の何かに見えるのですが・・・」
「頭に生えてるでしょう。巫女に角が生える筈ないんだから、これはみみよ」
「みみでしたら、こんな不可思議なもので出来てませんよ」
「パンで出来たみみが、そんなに不可思議かしら?」
「・・・これ、パンなんですか」
「そうよ、ほら」
霊夢がそれをつまむと、皿のようなみみは、もそり、とあっさり千切れた。意外とふっくら焼けているらしい。中は白く、柔らかそうである。
それを口に放り込むと、もう片方のみみも千切り、文に向ける。
「食べる?」
「結構です」
美味しいんだけど・・・と食べる巫女を見ながら、しかし、彼女は気が遠くなりつつあった。
天狗の文化に、パン食というものはない。だが記者という職業柄、様々な物を見聞きしたり体験したりしている。
パンというものは、主に紅魔館で見ることが出来た。そして、どんなものがあるのかも。
つまるところ、
(パンのみみってだじゃれじゃないのよ・・・)
なんだか途端に帰りたくなった。
遠くなった気は更に遠く外遊を始め、蒼天を泳いで冥界の門に毎分800発のピンポンダッシュをかまし、有頂天の桃をしこたまもぎ取った挙句、たまたま視界に入った氷精に桃で狙撃し、その様子を閻魔に見られて小一時間説教を食らっている。どうでもいいが、氷精は一回休みである。
いつまで経っても戻ってこない気はさておき、ふと見ると、千切れた筈の巫女のみみが元に戻っていた。
その戻ったみみを再度千切り、巫女は口に運ぶ。うますぎワロタwww、などという戯言は、この際聞かなかった事にする。
観察していると、みみは租借して飲み込んだ後に再生しているようだった。どうも、このパンのようなものは質量保存の法則に則って作用しているらしい。
そのむくむくと増えるパンは、どこか菌の繁殖のようにも見えた。現在低迷中である射命丸の食欲を、更に減衰させるには十分すぎる威力がある。
それでも、疑問を持った以上は記者として質問しないわけにはいかない。
「そのパン、おなかになります?」
「不思議とおなかはいっぱいにならないわねぇ。栄養はないのかしら」
射命丸は確信した。このパンは食べられはするが、栄養になることは無い。租借し飲み込まれれば、みみの材料に再びなるのだ。
なんということだ。射命丸は戦慄した。
この丸という形には意味があったのだ。
食べても食べてもお腹にならない。食べても、食べられない。
即ち、
「フライ・・・パン・・・・だと!?」
「ふら・・・なに?」
「なんでもないわ・・・」
最早、取材する気も失せた。いや、そもそも帰ってきてくれないが。
ともかく、新聞記者モードを維持することも、今の彼女には困難である。
更には、目をそらした先の霊夢の影が何やら版権の煩い素敵なねずみの影にも見えたので、いっそこのまま気を失おうとさえ考えた。
天狗の強靭な精神がそれを許さなかったのは、射命丸にも、オチのつけようの無さにも酷な事だと言えよう。
酷くぐったりとしている天狗を見て、霊夢はふむ、と唸った。
なぜこんなにも衰弱しているのか見当もつかなかったが、このまま放って置くのも後味が悪い。
白湯しかないけどまあいいかと、巫女は台所へ向かうのだった。
「そんなことよりおうどんたべたい」
「ないわよ、パンしか」
結局、みこみみ事件が報道されることはなかった。
つまらないなどという以前の話ということもあったが、よりすばらしいネタが入ったというのもあった。
『博麗の巫女は耳が弱い!?』
と、題された号外には、お茶を噴出した霊夢の写真が大きく貼られていた。射命丸が紫にカメラを渡していたのだ。
幻想郷中にばら撒かれたこれは瞬く間に知れ渡り、何故か半日で全紙回収という、幻の号外となるのであった。
でもぶっとんだ設定の割には地の文章はしっかりしていて
さらさら読めました。
あと、紫をちゃんと少女といっているのは原作準拠で好感もてます。
租借して→咀嚼して