Coolier - 新生・東方創想話

メディスン・メランコリーが毒人形に至るまで

2010/09/30 20:50:50
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 春も終わりを告げ、初夏に入ろうとしている頃。
 無名の丘へ続く道を、少女を胸に抱き一人歩く男がいた。
 格好はみすぼらしく、顔に疲労の色を浮かべている。
 ただ前を向き、時折りふらつきながらも無名の丘へと。
 時折り少女が咳をする度に足を止め、背中を撫でて落ち着かせた。
 それを繰り返し、しばらく歩くと鈴蘭の咲き乱れている草原に辿り着く。
 鈴蘭畑は甘い空気に満ち、吹く風にそよいでいる。
 男はその中へさらに足を進めていった。
 少女が辛そうに咳を繰り返す。

 少し眠りなさい。

 少女の背中を撫でながら男は言った。
 見知らぬ所へ連れられ、不安そうに自分の顔を見上げる我が子に。
 
 大丈夫だ。少しここの空気を吸えば元気になる。それからお医者様の所に行こう。

 男がさらに続ける。優しく安心させるように。
 少女は辺りを見回しながら不安そうにしていたが、出る咳に嫌気が差したのか。
 やがて体の力を抜き、目を瞑った。
 男の手が少女の背中を撫でる。男の暖かな体温と鈴蘭の香りに包まれ、やがて少女が眠りにつく。
 涼しい風が吹き、鈴蘭が揺れる。
 草の揺れる音以外には無い。男は辺りを見回し、そして少女の寝顔を見てから一人頷いた。
 身を屈め、起こさない様に慎重に少女を鈴蘭の上に横たえる。
 ポケットをまさぐり一体の人形を取り出すと少女に抱かせ、男は深く息を吐く。
 
 どうかそのまま、眠っていてくれ。すまない。

 少女の頬を撫で、男は立ち上がり、そして去っていった。



 目を覚ますとお父さんはいなかった。
 変わりに大事にしてる人形が私の体に置かれていた。
 どうしていないんだろう?
 お父さんも疲れていたから眠ったのかな。ねぇあなた知ってる?
 体が痛い。息がし辛い。花の匂いが気持ち悪い。
 お父さん、どこ? どうしていないの?
 どこにも居ない。頑張って顔を動かして見回しても見つからない。
  ……これはきっと夢なのかな。
 ずっとベッドに居たから、久しぶりにお外に出たからこのお花畑の夢を見ているのかな。
 きっともう一度寝て。起きたらお父さんはいるはずだ。
 また目を瞑ってしまえばお父さんは戻ってきてくれる。
 喉が痛くて胸が苦しいけど人形が居てくれるから少しだけ安心。
 一緒に寝よ。
 起きれば、お父さんが抱いていてくれるから。
 そしたら、一緒にお医者様の所に行こ。
 元気になったらお出かけしよう。
 だから一緒に、もっと近くに居て。
 安心すれば眠られるから…………。
 風が、気持ちいいね。
 



 メディスン・メランコリーは知っていた。
 何故ここへ連れられたのかを、ここがどういう場所なのかを。
 捨てられたのだ。
 ここへ来る前に父と母が話をしているのを聞いた。
 病気を治す金など最初から無いと。自分たちが生きていくのがやっとだと。
 どうしようも出来なかった。聞いていながら、何も出来なかった。
 動く体を持っていなかったからだ。
 最愛の人が体を持ってくれないと動けなかった。
 もう二度と動くことが出来ない。最愛の人は眠るようにして死んだ。
 どうして捨てられなければならなかったのか。
 メディスンは最初そればかり考えた。
 他にもっと方法はあった筈だと。そうでなくてもここへ捨てられる必要があったのか。
 病気が治らなくても最後まで傍にいても良かった筈だ。
 どうしてこの小さな命がこんな所で消えなければならないのか。
 父も母も最期まで愛してくれなかった事にメディスンは悲しくなり、それは次第に憎しみへと変わって行った。
 どうして居てくれなかったのか、どうして捨てたのか。
 死んでからずっとメディスンは父を憎んだ、母を恨んだ。
 体が腐って行くのをただ見ている事しか出来ない自分さえも恨み憎んだ。
 

 

 やがて肉は腐りきり、溶け出した肉が鈴蘭が体に染みて行った。
 染みていくうち、メディスンは自分の体が少しずつ動くようになっている事に気がつく。
 手、足、体。試しに動かすと、自分の意志通りにそれらは動いた。
 毒が体に満ちている、立ち上がる所か、かろうじてだが体を浮かし空に浮く事も出来た。
 自分という存在が何かに変わったという事をはっきりと理解したのはそれから暫くした頃だった。


 季節は大きく変わり、冬になった。
 その間、何人もの人間がここを訪れた。
 ある時は老人。ある時は赤子。ある時は最愛の人と同じような 子供。
 最愛の人はもう肉ですら無い形に変わり果てていた。
 かろうじて残ったわずかな毛髪だけがその名残。メディスンはそれを全て集め、大事に抱えて日々を過ごした。
 日が経つごとに体はますます動くようになり、思考もはっきりとし。
 かろうじて浮いていたのも今では自由に飛びまわれるようになった。
 季節が移り変わる間。メディスンは自分が妖怪になった事を知った。
 死体を貪りに来た妖怪が自分を見てそう言ったのだ。
 メディスン・メランコリーはいつの間にか人形から変わり果てていた。



 これからどうしようか、積もりつつある雪の上でメディスンは考えた。
 ただ憎むだけでなく。その憎しみをぶつけられる力を得られた。
 だが、今更それをしてどうなるというのか。
 捨てた父と母を殺したとしてどうなるというのか。
 もう最愛の人は雪の下に、完全に形を無くしている。
 残るのは集めた毛髪と。魂だけだった。
 人間はまともに死ねないと魂となって彷徨う。死んだ場所にいつまでも留まる。
 この鈴蘭畑にはそんな魂が溢れていて、最愛の人もそうだった。
 ふとメディスンはある事を思いついた。
 この魂に体を与えられないのかと。
 自分が毒を媒介に妖力を得られたように、体を造りそこに宿らせられないのかと。
 魂に意志は無い。ただそこに存在し、漂うだけだ。
 だが体さえあれば魂が宿り意志が芽生える。
 もしそれが出来ればまた一緒に居られるかもしれない。
 メディスンは鈴蘭畑に浮かぶ最愛の人の魂を見る。
 魂はただふよふよと死んだ場所に留まっているだけだった。


まず最初にメディスンは鈴蘭畑を出て適当な森に入った。
 そこから丈夫そうな木の枝を拾い、魂のある場所へと集めていった。
 体は丈夫なのを作らなければいけない。
 もう病気にならない様に。
 なるべく自分の体と同じような木を探し、一本ずつ運び。
 それなりの量を集めたときには雪は溶け、鈴蘭畑に春が訪れようとしていた。
 集め終えた後、メディスンは鈴蘭を積み、花を潰して木に着けた。
 潰れた花から出た毒が木の枝に染みて行く。
 それをずっと繰り返し、色が変わり。腐食した頃。
 木を崩し、肉が溶けた部分の地面を掘り、土と混ぜ合わせた。
 幾つかの鈴蘭をその中へ、最後に持っていた毛髪を混ぜ合わせ、掘った所に植えていく。
 後は待つだけになった。


 鈴蘭畑に春が訪れる。
 風は暖かく。早咲きした鈴蘭を揺らす。
 これで体が出来るとは思えなかったが。やるしかなかった。
 捨てられて死に、ただ魂として漂うだけの最愛の人を見るのは辛かった。
 ずっと一緒に居たというのに自分だけがこうして生きているなんて。
 メディスンは待ち、そして祈った。
 どんな形であれ、魂に体を与えてあげたい。
 そうすればまた一緒に居られる。
 やがて、植えた地面から茎が伸び、葉をつけていった。
 それは異常な大きさで伸び。蕾はどの鈴蘭よりもずっと大きく。
 まるで子供一人をすっぽりと覆ってしまう位に。触れてみると硬い感触。
 成功した、メディスンは飛んで喜んだ。
 木と土で造った肉に毒の血が流れた体が。
 蕾は花を咲かす前に肉体の重みで千切れ落ちた。
 花を破ると、その中には最愛の人の顔と、体が。
 髪の毛を媒体に創造して出来た毒人形がそこにあった。
 魂の前まで出来上がった引きずると、すぐさまその中に入り込んでいった。
 寄り代を得た魂は暫くして毒人形と同化し。
 そしてうっすらと毒人形の目が開かれた。
 春が終わろうとしている季節の頃、同じ季節に死んだ最愛の人は毒人形となって蘇った。
 
 ここはどこ?

 毒人形は起き上がり、キョロキョロと辺りを見回した後、メディスンに聞いた。
 メディスンが教えると理解したのかしていないのか、曖昧に返事をし、毒人形が立ち上がる。
 手を広げ、ゆっくりと足を踏み出し。深く息を吸い。
 空を仰ぎ、眩しさに目を細め、それから首をかしげた。

 私はどうしてここにいるの? 私は誰?

 毒人形は何も知らない、純粋な瞳でメディスンを見た。
 メディスンは自分の事も覚えてない事に少し悲しくなったが、その方が余計な事を思い出さなくていいと思った。
 彼女はもう鈴蘭畑で生まれたただの毒人形なのだから。
 メディスンは少し考えてから、彼女に名前を与えた。
 遠い昔。彼女が自分に与えてくれた名前を。



 メディスン・メランコリー



 メディスンは手を叩いて喜んだ。自分が人形だった事を知り、嬉しそうにはしゃぎまわった後。
 ふと思い出し、名前を教えてくれた小さな人形を見た。

 あなたの名前は?

 小さな毒人形は名前はもう無いと答えた。
 自分には名前があるのに、この人形には無いなんて。
 
 なら私が付けてあげる! そうすれば一緒に居ても困らないわ!

 小さな人形が驚いたようにメディスンの回りを飛ぶ。
 メディスンは腕を組んで暫く考えた後。鈴蘭畑をぐるりと見回し。 

 私が目覚めた時に鈴蘭畑に居たから、スーさん! いいでしょー

 そう言って、また手を叩いて喜んだ。
 小さな毒人形は頷く代わりに、嬉しそうにくるくるとメディスン・メランコリーの回りを飛んだ。
メディスン・メランコリーは元々は人間だったという一つの妄想
石動一
http://twitter.com/isurugi_hajime
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コメント



0.270簡易評価
1.60結城 衛削除
視点がいろいろと入れ替わってやや難解ですが、面白いですね。
切ない話ですが救いがあるのも良かった。
3.100奇声を発する程度の能力削除
ふむ成る程…
面白かったです。
6.100名前が無い程度の能力削除
これは……なかなか興味深いお話でした。
8.80名前が無い程度の能力削除
メディスンの過去話は貴重。
斬新な解釈でした。
10.90名前が無い程度の能力削除
あぁ、今まで見たメディスンのバックストーリーの中で一番しっくりきた。