私は、向日葵畑の中心に立っている。
どの向日葵も例外なく花を咲かせていて、今が夏の真ん中なんだと教えてくれている。
ここで感じられるのは穏やかな感情。ゆったりとしていて、心の底から落ち着いていくようなそんな感情。はやる気持ちは何処にもない。
周り全てがそんなものだから、私の気持ちまで穏やかになって来ている。
気のせいなんかじゃない。これが気のせいだというのなら、本を読んで泣く行為でさえ嘘になる。
私は感情を感じ取る事が出来る。
第三の目を閉じて、心が読めなくなった代わりにそんなことが出来るようになったのだ。とはいえ、こういう事が出来ると気付いたのは半年くらい前。
それまでは、気付いてなかった。自分の内に引きこもって外に興味を持ってなかったから。どんな感情も私の意識を上滑りしてないものとして処理されていた。
まあ、そんなことはどうでもよくて。
私はここの雰囲気がとても気に入っている。
穏やかになれるから、って言うのだけが理由じゃない。ここには、それ以上に私を惹きつけるものがある。
それは――
と、不意に向日葵たちの感情がざわめき始める。
さわさわ、わさわさ、と落ち着かない。
でも、これは、心地のいいざわめき。
プラスの方向に傾く落ち着かなさ。
それはきっと、愛、と呼ばれるものなんだろう。
◆
感情のざわめきがより大きい方へと向かっていく。心が読めないから、何が原因でざわついているのかは分からないのだ。
まあ、一度原因を突き止めているから、向かう先に誰がいるのかは既に分かっている。
「こんにちは、幽香」
麦わら帽子を被った緑髪の後姿を見つける。今日で会うのは二回目だけど、話しかけるのにためらったりはしない。
人見知りなお姉ちゃんとは違うのだ。私はむしろとっても積極的。面白そうな事は見逃せない。
「……貴女、また来たの?」
振り返って赤色の瞳を向けてくれる。けど、そこには呆れが浮かんでいる気がする。
そんなに連日来るような人が珍しいんだろうか。まあ、うちにもそんな人なんて来ないけどさ。
「うん、お気に入りだからね」
「そう」
あれ? 思ったよりも食い付きが悪い。
うーん、興味を持ってくれると思ったんだけどなぁ。自分が好きな物を好きな人に興味を持つ、ってよくあることだし。
「ねえ、なんでか、って理由聞かないの?」
「どうでもいいわ、そんなこと」
一言で切り捨てられてしまった。でも、私はめげない。強い子だから。
「うん、えっとね、私がここを気に入ったのはね」
「聞いてないわよ」
無視する。
「ここの向日葵たちの穏やかな雰囲気が好きだからだよ」
「貴女、聞いてないでしょう」
無視。
「それに、幽香が来たときの向日葵たちのざわめきが心地いいから」
「はあ……、もう、勝手にしなさい」
よし、諦めた!
とはいえ、もうまとめに入る段階だけど。
「これもそれも、幽香の愛が素晴らしいからこそだよ」
昨日、向日葵たちを世話する幽香を見ていてわかった。すっごい量の愛情を注いでるんだって。
だからこそ、それに応えるように向日葵たちも幽香へ愛を向けている。幽香がそれに気づいているのかはわからない。
でもまあ、幽香としてはそんなことどうでもいいんだと思う。向日葵たちの世話をしている姿を見ていてそう思った。
「そう、ね。まあ、当然よ。この私の愛なのだから」
最初、動揺してたけど、すぐに自慢げな様子となる。
ふむ、幽香は褒められるのは苦手だけど、自分の良い部分を表に出すのは好き、と。
脳内にメモメモ、っと。いつかどこかで役立つかもしれない。
「というわけでさ、幽香、私の事を愛して」
「却下。花以外に興味はないわ」
またしても一言で切り捨てられた。
でも! 今回は、切り返す言葉がある!
「じゃあ、私、花になる!」
「……そう。頑張りなさい」
呆れられてしまった。でも、そんな反応をしてられるのも今の内だけだ。
今に花になって驚かせてやるんだから!
というわけで、足で地面をほりほりほり。
花の真似をして、地面に足を埋めればいつか花になれるんじゃなかろうか、と思ったのだ。
どれだけ埋めればいいかは分からないけど、まずはくるぶしの辺りまで埋めれるようにしよう、と思い――
「貴女、何をしてるのよ」
首根っこを掴まれて持ち上げられた。土のついた靴とついてない靴がぷらぷら。
片手で私を持ち上げれるんだなぁ、って思いながら真正面にある幽香の顔を見る。
「花になる為の準備を」
「……ここを荒らすような真似をするなら投げ捨てるわよ」
おわ、視線が鋭くなった。どうやら本気みたいだ。
「まあ、それはそれで面白そうだし別にいいよ」
危なくなったら飛べばいいだけの事だし、投げられた時に見える世界、っていうのにも興味がある。
というわけで、わくわくしながら待ってたんだけど、
「はあ……、やめた。こんなのに本気になるのも馬鹿馬鹿しい」
こんなの扱いされてしまった。私は非常に悲しい。
幽香が私を降ろして、足が地面に着く。けど、傷心な私はそのまま崩れ落ちる。
純情ハートを持つ私の心は簡単に折れてしまう。
「幽香が、こんなの、なんて言うから私もう立ち直れそうにない」
「それはよかったわ。その傷心を教訓にもうここには近づかないでちょうだい」
そして幽香は冷たかった。
しょうがないので立ち直る。
私のハートは変幻自在。流石に嘘だけど。けど、折れるのが早ければ直るのも早い。そんなものだ。
「冷たいねぇ。花に対しては太陽みたいなのに、私に対しては北風みたい」
太陽も北風も出来るなんて万能じゃないか、と思ったけど、そう言う人は結構いる。むしろ、どちらか一方の人の方が珍しい。
親しい人には太陽、他人には北風。それが一般的な心の在り方だ。
とはいえ、私は太陽となってほしかった。
向日葵たちのあのざわめきを外からじゃなくて、内から感じてみたかった。
「だって、どうでもいいもの、貴女の事。そもそも、どうして私に頼むのよ。もっと近くに誰かいないのかしら?」
「今私の周りには幽香しかいない。向日葵たちには私の言葉、届かないし」
「そう言う意味じゃないわよ」
「うん、わかってた」
「……」
幽香が拳を握りしめる。
おっと、本気で怒り出してきた。今日の所は、ここでお暇する事にしよう。
私の発言に問題あるのは分かってるけど、気が短すぎるのも問題あると思う。
というわけで、おあいこ。私だけが悪いわけじゃない。
「じゃあ、私帰るね。幽香もそんな簡単に怒っちゃ駄目だよ」
歩いて出ていくのも面倒くさいから空に向けて飛ぶ。
「うるさい。さっさと帰りなさい」
うむ、怒られた。
まあ、明日には機嫌、直してくれてるよね。
そんな事を考えながら、向日葵畑の上空へと来る。上を向いていると太陽の光とその光をたくさん吸った青とが容赦なく襲ってくる。地底に籠りっぱなしだった私には眩しすぎる。
早くどこかの日陰に入ろう。
それにしても、私の近くにいる人かぁ。さっき幽香に答えたみたいに物理的な距離じゃなくて、精神的な距離で。
ぱっと思い浮かぶのは、お姉ちゃんとお燐とお空の三人。その中でも特に近いのはお姉ちゃんだろう。一緒にいる時間が短いとはいえ、一応、姉妹だし、。
とにもかくにも、この三人にお願いしてみようかな。
私を愛してください、って。
◆
家に帰って、真っ先に向かったのはお姉ちゃんの所だった。お楽しみを後回しにする、なんていうまだるっこしい事はしない。
「お姉ちゃん、私を愛して!」
ノックもなしに部屋に突撃して、机に向かって本を読んでたお姉ちゃんにそう言った。
お姉ちゃんは特に慌てた様子もなく本を閉じて、口を開いた。いつの間にか、驚く事が少なくなってしまった。
「私は愛してるわよ、こいしのこと」
「むー、ほんとに? ほんとのほんとに?」
お姉ちゃんの感情を見てみる。もしかしたら、嘘を吐いてるのかもしれないと思って。
うん、一応、愛っぽいものは見える。
でも、それが私に向いたものなのかなんてわからない。ただ、言えるのは太陽の畑の向日葵たちのように心がざわめく事がないという事。
「ええ、本当よ。誰よりも貴女の事を愛してるわ」
「嘘! 嘘だよっ! だって、私の心、全然揺さぶられないもん!」
「え、えぇと……?」
ばんっ、と机に両手を下ろすとお姉ちゃんが少し身を引く。
「足りない。全然足りないよ! もっと、もっと私を愛してよ!」
「こ、こいし、ちょっと落ち着きなさい。一体何があったのよ」
「うん、えっとね――」
私の求めてる物を説明してあげる。
向日葵畑の雰囲気、幽香が来たときの向日葵たちのざわめき。
それを自分で感じてみたいってこと、その為には誰かに愛してもらいたいってこと。
伝えるための言葉に私の全霊を込める。
「――というわけ。だから、私今からもっと愛してくれる人を探してくるね」
「ちょっと待ちなさい、こいし!」
くるりと半回転して部屋から出て行こうとしたら呼び止められた。仕方ないから振り返ってみる。
お姉ちゃんが椅子から立ち上がっていた。こっちを真っ直ぐに見ている。
「どうしたの?」
「まだ愛が足りない、なんて思うのは早計よ。その、い、今から、私のこいしへの愛を見せてあげますからっ!」
愛してる、と言うのは気にしないのに、それを行動として表そうとするのは恥ずかしいらしい。
ちょっと顔が赤くなってて、口調が敬語になってる。ついでに、真っ直ぐこっちを向いてたコスモスの様な紫の瞳が逸らされる。
「どうするつもりなの?」
「ちょ、と、待ってて下さい。そちらに行きますので」
こっちにやってくる。同じ側の手足が同時に前に出ている。
手足を同時に出してたら歩きにくそうだなぁ。でも、指摘しない。見てて面白いし。
なんだか、糸に引っ張られながら歩いているように見える。
それにしても、なにするつもりなんだろ。
黙って待っていると、お姉ちゃんが私の前に立つ。お姉ちゃんの方がちょっとだけ背が高い。
「で、では、いきますよ」
「うん、どうぞ」
何をするつもりかはわかんないけど、頷く。私の心に、あの向日葵たちの感じていたざわめきを与えてくれるなら何でもよかった。
お姉ちゃんはまず私の帽子を脱がせた。
これがお姉ちゃん流の愛の表わし方なのか、と思ったけど、そう言うわけじゃなかった。
お姉ちゃんの手が私の髪に触れた。そして、かき混ぜられる。
まあ、素直に表現するなら撫でられた、ということだ。
これが愛?
「ど、どうですか?」
「さよなら、お姉ちゃん。私たちにはまだ早かったんだ」
「え、ちょ、ちょっと!」
そのまま旅に出ようかと思ったけど、腕を掴まれた。旅に障害は付き物である。まだ、家からさえも出てないけど。
なんだよう、と思いながら振り返る。
「どうしたの? 用件があるなら手短にどうぞ」
「あ、えっと」
「では、また今度」
無意識を操れる私には手の力を不意に抜かすなんて朝飯前。するりと抜けて部屋から出て行く。
時間は有限なのだ。無駄にできなどしない。
いっつもふらふら歩いてる私が言っても説得力がない?
いやいや、時間が有限なのは誰もが認める真理だよ。まあ、無駄にするのが良い事か悪い事かまではその人次第だろうけど。
ちなみに私は無駄にしてもいいと思ってる。最初と言ってる事が違うのは、単にさっさと楽しそうな方へと行きたいから。
「あ! こいし! 待ってちょうだい!」
残念ながら待てませーん。
そんなわけで、とりあえずお燐とお空を探しに行く事にした。
◆
「幽香、私が満足するくらい愛してくれる人はいなかったよ」
再び向日葵畑へとやってくる。相変わらず向日葵たちが心地いいざわめきを放っている。けど、陽が落ちかけてるからか少し静かになっている。
それでも、私が感じてみたいと思うくらいのざわめきだ。
いいなぁ……。
結局、お燐やお空にお姉ちゃんに言ったのと同じ事を言ってみたけど駄目だった。
お燐は長考して結局何もしてくれなかったし、お空はただ首を傾げるだけだった。それでも一応愛の様なものは感じたんだけど、全然揺さぶられない。
私は大層不満である。
「そう、よかったわね」
そして幽香は相変わらず冷たい。良い北風っぷりを見せてくれるけど、そろそろ私の太陽となってくれてもいいんじゃないだろうか。
「幽香、つーめーたーいー」
心に隙間風が通るみたい。だから、仕方なく幽香に抱きつく。
与えてくれないというなら奪い取るまでだ。
「くっつくんじゃないわよ」
無理やりはがされた。温かさを感じる暇は一切なかった。
やっぱり幽香は私にとって、太陽ではなく北風でしかないようだ。心の隙間風が、ぴゅーぴゅー吹いてる。
「というか、何でわざわざ私に報告してくるのよ」
「私に愛の在り方を教えてくれたから。というわけで、私を愛してよ。これだけたくさんの向日葵たちの心を震わせてるんだから、きっと私の心も震わせられるはずだよ」
今まで覗いてきた愛の中では一番私から遠いけど、一番実績がある。だから、それが私に向けばきっと心は大きく揺さぶられるはずだ。そう思って、ここに戻ってきた。
「……わかったわ。そこに大人しく立ってなさい」
「うん」
ついに観念してくれたのか、幽香が蔦で作られたジョウロをどこからか取り出した。魔法か妖術の一種かな?
私はそういうの使えないけど、使えたら便利だと思う。
「……逃げないのね」
「え? だって、花にしか興味ないんでしょ? だったら、花のように私の事を愛してくれるのかなぁ、って」
花に対してすることで真っ先に思い浮かぶのは水やりだし。
「……はあ、なんかもう、かなり調子が狂わされるわね」
何故か溜め息を吐かれた。
私、何か間違ったこと言ったかなぁ?
感情が読めても、心が読めないからわからない。
まあ、向日葵たちが感じてたあのさわがしさを内から感じられるならなんでもいい。
「ささ、ほらほら、私は待ってるよ」
そういえば、帽子はお姉ちゃんの手にあるままだなぁ、と思いながら両手を広げた。
ほら、雨を浴びる花って両手を広げてる感じがするから。
◆
「……くしゅんっ」
しばらく水を浴びせられたり、話しかけられたり、身体を適当に撫でられたりしたけど、結局向日葵たちが感じていたようなさわがしい感情は私の内には湧いてこなかった。
代わりに手に入れたのは寒さだった。
夏とはいえ、日が沈んで、しかも全身びしょ濡れとなれば寒い。
鼻水ずびずび。
幽香は最後の最後まで私にとっては北風だった、というわけだ。
悲しい結論だ。
「ただいまー……」
鼻をぐずぐずさせながら地霊殿の扉を開ける。うむ、今日も誰もいな――
「こいしっ? どうしたのよ! その格好は!」
おわ! お姉ちゃんが駆け寄ってきた。
私が出ていってからずっと待ってたんだろうか。
「花みたいに愛してもらえたら、向日葵たちの気持ちが分かるかなぁ、って思ったんだけど、寒いだけだった。……くしゅんっ」
「あー、もう。ほら、大丈夫?」
お姉ちゃんに正面から抱き締められた。逃げよう、とは思わなかった。
「お姉ちゃんも濡れちゃうよ?」
始終水を浴び続けてたから、下着まで濡れてる。幽香の所を離れる前はスカートの裾からぽたぽたと水が落ちてたくらいだ。
当然、今も渇ききっていなくて、服が私の身体にぴったりと張り付いてる。
とっても動きにくい。
「別にいいわよ、それくらい。貴女が温まるのなら」
お姉ちゃんの言葉を証明するかのようにじんわりと温かさが伝わってくる。
何だか、とってもほっとできる。
「……お姉ちゃんが、私の太陽だったんだね」
「うん? どういうことかしら?」
「結局、お姉ちゃんの愛が一番だったんだなぁ、ってこと。灯台下暗しだね」
「……そう」
私の言葉にお姉ちゃんは照れたみたいだ。けど、私の事を放そうとしないで、逆にぎゅっと力を込めてくれる。
心が落ち着く。とても、穏やかになる。
ああ、これが愛されることなんだなぁ、って今更に知った。
向日葵たちが発してたざわめきはないけど、ざわめく前の穏やかさは確かに私の心の内に宿っていた。
うん、今はこれだけでもいいや。
「……くしゅんっ」
お姉ちゃんの肩に向かってくしゃみが漏れた。でも、お姉ちゃんは私を放したりしなかった。
私が同じ状況に立たされてたらきっと突き放してたと思う。それをしないお姉ちゃんはとっても寛大。もしくは愛があるからこそなせる事?
「早くお風呂に入って着替えた方がいいんじゃないかしら?」
私を抱き締めるのをやめて、心配そうに顔を覗きこんでくる。
これはいい機会だし、頼みごとをさせてもらおうか。
「うん、そだね。いい加減、この冷たくて重い服着てるのも嫌になってきたし。お姉ちゃんも一緒に入ってちょうだい」
出来るだけ、この穏やかさを感じてたい。
その為には、お姉ちゃんの傍に居続けるのが一番だと思ったのだ。
「まあ、そうね。着替えないといけないし、ついでに一緒に入りましょうか」
「よし、じゃあ、早速行こう」
私は張り切ってお姉ちゃんの手を引く。
お姉ちゃんは特に抵抗する事もなく付いてきてくれる。
「その前に、部屋で着替えの準備ね」
「えー、面倒くさい」
「出た後、どうするつもりよ」
「バスタオルで」
「却下」
「えー、ケチ」
「ケチでも何でもないわよ。風邪でもひいたらどうするつもりよ」
「しょうがないなー」
そんな何でもない会話をしながら、とりあえず私の部屋へと向かって行くのだった。
私にとっての太陽と手を繋ぐ。
そして、今から私の纏う北風を落としに行く。
そんな、北風と太陽のお話。
Fin
さとり様もかぁいい!
暖まって来たぜ
素敵な姉妹でした