魔法の森。
薄暗く、じめじめとしたこの森は、奇妙な植物や動物、菌糸類。実に様々なものが育つ。
湿度は極めて高く、洗濯物を3日干しても乾かないくらいだ。むしろ逆に湿気で濡れる。さらに放置でカビる、キノコが生える。
しかし、この環境は菌糸類が育つのには絶好の環境のため、凄まじい勢いで育つ。昨日まで何も無かったところに、次の日には新種のキノコが生えてくるなんて日常茶飯事だ。
特にキノコに至っては、生えていない場所を探すほうが難しいだろう。キノコ狩りをした日には籠の一つや二つ、あっという間に埋まってしまう。
もっとも、毒キノコや食人植物、歩くキノコなどわけのわからない物体も無数に存在するので、よほどの変わり者で無い限り、こんなところでキノコ狩りなんてしない、むしろしたくない。
しかし、自然そのものである妖精にとっては、そんなことはどうでもいいことだ。
毒キノコだろうがなんだろうが、どうせ死にはしない。美味しいかそうでないか、楽しいかそうでないか。妖精にとってはそれが問題なのだろう。
とは言っても、どうせ食べるなら美味しいものを採りたい。というのは共通認識だ。わざわざ不味いとわかっているものを進んで食べるほどの勇者は、そんなに居ない。
まあそんなわけで、度々この森でキノコ狩りをする妖精も時々見かける。危険な森も、妖精にとっては一つの遊び場のようだ。
光の三妖精も、森の探索のついでにキノコ狩りをしていくことがある。
「さあ、今日は誰が一番大きいキノコを見つけるか勝負よ!」
「今日は珍しいキノコを探しましょう。」
「今日の夕飯にするなら、やっぱり美味しいキノコを探すのが一番よね。」
◆
植物が密集するこの森では、様々な音が聞こえる。風が枝を揺らす音、変わり者が何かを捜し求める音、この森の中で生きる者の鳴き声。立ち止まり、耳を澄ませばそれらの音で、森が生きていることを感じられるだろう。もう少し明るくて、怪鳥のような鳴き声や、飛び交う胞子が無ければ最高なのだが。
そんな森の中、ガサガサと草を掻き分ける音が聞こえる。
先ほどの妖精達がキノコ狩りをしている音だろう。
「また前みたいに群生してないかな~」
と、三人のうち活発そうな妖精、サニーミルクはキノコの群生地を探している様子。
大量に生えているところを見つければ、大きなものもきっとあるという魂胆であろう。
「魔理沙さんは滅多に見られないっていってたから、今回もあるとは限らないんじゃない?」
草むらに頭を突っ込んでキノコを探すサニーに対し、白を基調とした服の妖精、ルナチャイルドは言う。毎回群生していたら有り難くも珍しくもなんとも無い。
「一晩で生えて次の晩に無くなっているんでしょう? それなら晩までは生えてるってことよ。探せばあるんじゃない?」
木の周りなどを探しながら青を基調とした服の妖精、スターサファイアは言う。
珍しいキノコは珍しいところに生えている。って森の魔法使いが言ってた。
「む~。あ、そうだ。スターの能力でキノコの群生地とか探れない?」
「勝負って言ったのはサニーじゃない。それに、私は動くものの気配しか探れないのでしたー。動かないものは専門外よ。」
「っちぇ~。あ~あ、この前の蛇のいくち、また食べてみたいなー。」
「そうね~。もの凄く美味しかったものね。今度見つけたらルナも一緒に食べましょうよ。あんなに美味しいもの食べないなんて損だわ!」
「え~……確かに美味しかったけど、今度のは毒蛇のキノコだったらどうするのよ…。」
「そのときはそのときよ。毒キノコだってきっと美味しいって!」
「えぇ~……。」
いくら死ななくても、たとえそれが美味しくても、お腹を壊すのは勘弁である。
よーし、張り切って探すぞー! と言いながら草むらへ沈むサニー。群生を探すなら草むらに潜るよりも、飛んで開けた場所を探したほうが良いように思える。
スターは何故か木の上に登って探していた。多分そんなところにキノコは、無い。いやこういう場所に生えるような珍しいキノコがあるんだろうか?
ルナは木の根元や、落ち葉を掻き分けたりして探す。まあそこそこ生えていそうなところを探す。
三人三様の探し方をする。珍しいキノコを見つければ即座に籠に入れる。歩くキノコを見つければ追いかけて捕まえる。食人植物からは逃げる、死ななくても食べられるのは嫌だ。油断すると食虫植物にも捕まるので、要注意。胞子を撒いてるキノコには流石に近寄らない。自分の頭や服で栽培はしたくない。養分吸われそうだし、気分的にもよろしくない。
そんなことをしているうちに、日は暮れていく。ちなみに暗くなると光るキノコもあったりするので、収集家には見逃せないところだ。
◆
日は傾き、空が赤く染まり始める。三人の妖精達もキノコ狩りを終え、帰り支度を始めていた。
「今日は蛇のキノコなかったわね……。食べたかったのにな~……。」
肩を落とし、見るからに残念そうなサニー。群生地を探すことに夢中になり、結局ほとんど採れなかった様子。大物狙いは失敗するとリスクが大きい。
「だから毎回あるわけないって言ったでしょ。」
それに対し地味な色から綺麗な模様のものまで、様々なキノコを籠いっぱいに入れたルナ。いくつか毒とかが混ざっていそうな気がするが、多分彼女らは気にしていない、いや、気付いていないのだろう。
「残念ねー。また今度探しに来ればいいじゃない。」
そして奇妙な形のものや、毒々しい色のキノコを大量に持ったスター。
なんというか籠からものすごく危険なオーラが発せられている気がする。
それを持つスターは、輝かんばかりのイイ顔である。今日は大豊作よ。とでも言っているかのようだ。
「ねえ、スター……。そのキノコも食べるの?」
「勿論よ。珍しいキノコは美味しいって相場が決まっているのよ?」
珍しいものにも限度がある。見るからに毒を持ってますと主張しているかのようなものや、今にも噛み付きそうなもの。傘が人の顔に見えるもの。足のような突起で歩き回るキノコを普通は食べたいと思わない。まあ、普通じゃないから食べようとしているのだろうが。
「え~……私はそれ食べるの、遠慮しとくわ。」
「えー、美味しいのに。」
「…なんで美味しいってわかるのよ。食べてもいないのに味が分かるわけないじゃない。」
「美味しいと思っていなければ、どんなものも美味しく感じるわけがないわ。」
「そうそう。珍しいものは美味しいのよ! それが自然の摂理!」
「そうかな~……」
美味しいからといって得体の知れないものを食べて大丈夫なものか。仮に以前大丈夫だったからといって、次が大丈夫な確証はない。いくら死なないといっても、腹痛やら一回休みやらは御免である。
「あ、サニー。今日の夕食当番お願いね。」
「え」
「サニー勝負って言ってたでしょ? だったら、勝負に負けた者には罰ゲームがあるのが当然よね?」
「ふえぇ~~~……」
涙目になるサニー。でも負けは負け。自分で勝負だと言ったのだから、仕方がない。
日は暮れて烏が鳴く。烏天狗は泣かない。
辺りには夜型の妖精が、ちらほら動き始めている。人里ではそろそろ夕食の支度を始めているころだろうか。
帰りがけに目に付いた野草を採っていこうか、いや人里の野菜をこっそりといただくのも悪くない。そんなことも考えながら三人は帰りの支度をするのだった。
◆
夕食はキノコ尽くしだった。運よく毒には当たらなかったようで、なによりだ。
主にスターが採ってきたキノコに関しては、かなり調理に戸惑ったが、味は予想外なほど良かった。あの中に毒キノコが一切なかったあたり、もはや幸運どころか奇跡の領域だろう。
ちなみにそのスターは余ったキノコで盆栽を作るつもりらしい。
夕飯のあと、三人がそれぞれくつろいでいると唐突に
「ねぇねぇ二人とも。」
「なによ」
「どうしたのかしらサニー?」
何かを思いついたように、サニーが声を掛けてきた。
「また蛇を捕まえてキノコ栽培しようよ!」
「えぇ~嫌よ。前にそれで酷い目にあったじゃない。」
何を言い出すかと思えば。
以前、魔理沙の話を聞いていた時に蛇をナメクジが溶かし、その跡には大量のキノコが生えるという話だ。
それを聞いた三人はナメクジと蛇を集めて、キノコの栽培をしようとしたことがあった。栄養のある蛇を捕まえ、ナメクジに溶かしてもらい、そうしてできたキノコを食べようというものだ。
そのため、魔法の森で蛇狩りをした。蛇は面白いくらいにあっさりと捕まった。朝に始めて、日が頭上にくるころには、かなりの数が集まった。あとはナメクジに溶かしてもらうだけ。そう思った矢先に、三人を一口で飲み込んでしまいそうなほど巨大な蛇が襲ってきた。仲間を捕まえ、さらには食べようという彼女らに激怒した大蛇は、彼女らを懲らしめようと追いかけてきたのだ。
三人はあわてて逃げた。しかし逃げる最中、川に落ちるわ、枝にひっかかって服が破れたり、転んで泥を被ったり。さらには森を抜けても追われる始末で散々な目にあった。おまけに捕まえた蛇には一匹残らず逃げられた。最悪の日だった。
正直二人としては、同じような目にあうのは御免だ。
あまり乗り気ではない二人を見たサニーは、しかし不敵な笑みを浮かべながら
「ふっふっふ……同じような失敗は繰り返さないわ。今回は秘策を用意しているのよ!」
無駄に自信ありげに胸を張るサニー。
「秘策?」
「秘策ってなによ。あんな妖怪クラスのものをどうにかできるっていうの?」
「どうにかできる方法があるのよ! ふふふ……聞きたい? 聞きたいわよね! 教えてあげよう。そう、秘策というのはチルノよ! アイツに大蛇を凍らせてもらえば抵抗なんてできっこない。動けなくなったところで、私達は蛇を集め放題、ボーナスタイムってこと! どう? 名案でしょ?」
「仮に先に大蛇を凍らせるとして、どうやって探すのよ。この前は捕まえている最中に突然出てきたんだから、その時にやるとしても、流石にアイツもそんな状況で凍らせれるかどうか怪しいわ。」
「む、そうか……名案だと思ったのにな~。」
相当自信があったのか、がっかりしている。
それ以前にチルノが協力するかどうか、それも問題だろう。多分、物で釣れば一発だろうが。
「怒りを買わないようにするには、やっぱり取り過ぎないことが重要かしらね。」
「だから小さいのをちょこっと捕まえて、それで栽培すればいいんじゃないの?」
「小さいものは栄養を溜め込んでいないかもしれないじゃない。大きくて栄養をたっぷり持っていたほうが、美味しいキノコが栽培できるでしょう? それに折角だから珍しいものがいいに決まっているわよ。」
「狙うなら大物ってね!」
小さいもので栽培をすれば、きっと怒りも買わない、キノコも栽培できる。安全で確実だとルナは思う。しかし、二人の考えは違うようだ。
珍しくて、大物で、さらには怒られないように。なんとも贅沢な条件である。そんな二人を少しあきれた様子で見る。
「珍しくて、栄養がありそうで、美味しそうなもの……あ、そうだ! ツチノコはどうよ!?」
「また家中の食べ物食べられたらどうするのよ!」
「そんなこともあったわねー。」
「む~……これもだめかー……。」
結局話は振り出しに戻る。
贅沢を言わなければ簡単な話ではあるが、それでは納得しない様子。
それにツチノコなんてどうやって捕まえるのか。この前はいつの間にか家に住み着かれただけで、見つけたわけではない。それに住み着かれても困るだろう。確かに珍しくて栄養がありそうな蛇が手に入る。が、その代償は家中の食料。割に合わない。
二人はまた悩み始める。そんなに真剣に悩むことか。いや、こういうことに真剣に悩めるのが妖精というものなのかもしれない。
そんな二人を無視し、新聞を読み始めたルナがふと思い出す。
「あ、そういえば──」
「何? 何!? ツチノコ捕まえる良い方法がわかったの!?」
まだツチノコに拘っているのかこいつら。
「いや、ツチノコのことじゃないんだけどさ」
「なーんだ……っちぇ。」
そこまであからさまに落胆されると、ちょっとイラっとくる。
勝手に期待されて、勝手に落胆されただけ。ルナにとっては迷惑なことだ。が、気にず言葉を続ける。
「前に読んだ本に書いてあったことなんだけどね。大昔には木のように大きな……え~っと、蛇だったかトカゲだったか、何なのか忘れちゃったけど、とにかくとっても大きな生き物がいた時代があったんだって。」
「大昔に生きてたって、今生きては居ないってことでしょう? 蛇を捕まえる話と関係ないんじゃない?」
「話は最後まで聞いてよ。それでね、こっちは聞いた話なんだけど、三途の川には外で居なくなった生き物が住んでるらしいって話なのよ。珍しくて、大きな蛇だって居そうな気がしない? それに流石のあの蛇も、三途の川なんて遠くまで来ないでしょうし。」
そこまで聞いたところで、あまり期待してなさそうな表情だったサニーが、急に目を輝かし、こちらの手を掴んだ。そして肩が外れそうな勢いでブンブンと振りはじめる。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーー! でかしたルナ! 明日早速捕まえにいくわよ!!」
「でも、そんなに大きい獲物なら捕まえたとしても、私達で運べるのかしら?」
「それについてはさっきの私のアイディアが使えるわ。チルノを誘って凍らせればいいのよ。氷は滑るし、滑らせれば持ち上げる必要なんて無い。運ぶのも楽勝よ!」
「なるほど、名案ね。じゃあ明日はチルノをどうにかして誘って、三途の川で蛇探しよ!」
「自分で言っておいてなんだけど、大丈夫かな~……。」
一人だけ不安な表情のルナ。しかしそんなことお構いなしにはしゃぐ二人だった。
◆
翌日。意外とあっさり協力してくれたチルノとともに三妖精は三途の川へと向かった。
三途の川に着いたとき、彼女らが見たものは、四季の花が咲き誇る花畑。そして蛇のように長く、地平までいっても果ても対岸も見えないほど巨大な川だった。
四人の眼差しは、ここならば想像を絶する大物がいるに違いないと期待に満ちる。目指すものは大きいほど、燃え上がるものだ。
だが、四人は知らなかった。
この川は泳げないどころか、飛ぶことすらできないことを。
さらには、ここの生き物はすべて幽霊であり、捕まえることはできないと。
何故か誰も乗っていなかった近くの死神の船を借り、蛇を探したが何をやっても捕まえることができず、肩を落とした。
その後結局、見回りに来た閻魔様に見つかり、船の持ち主の死神共々、こっぴどく叱られたのだった。
それにしても、魔法の森みたいな場所でキノコ狩りしてみたいなあ……。
食べるのは、アレだろうけど。
紅魔郷EDみたいな雰囲気。
思考回路が実に妖精っぽい。
>歩くキノコ
胞子ばらまかれたら頭にキノコが生えるアレですね。
でも全体としては良かったと思います。
妖精らしい気ままな行動、ちょっと足りない考え、なんだかんだと平和な日々。
是非とも彼女達にはリベンジしていただきたい!