Coolier - 新生・東方創想話

東方千一夜~The Endless Night 第二章「西行妖と亡霊の姫君・後編2」

2010/09/27 02:25:57
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 私は眠っているのであろうか、それとも起きているのであろうか
 私は死んでいるのであろうか、それとも生きているのであろうか

 それらの答えは、すべて正しい…

 私はすでに何も感じることもできない、何も見ることもできない、匂いも音もなにも分からない
 すべてが虚無と化した空間の中、ただ揺ら揺らと虚空をただよっている

 ここにいる私は、いったい何なのだろうか…?
 私と云う身体を抜け出して、彷徨う意識のようなものであろうか

 何の目的もなく漂っていると、まるで自分自身が消えていくように感じる
 煙や霞のように、辺りに溶け込んで行くかのように雲散霧消していく

 次第に、自分の中にあったものが一つ一つ消えていく

 私は、いったい何者なのだろう…。いったい何をしていたのだろう
 ありとあらゆる問いの答えは、ただ空しく浮かんでは消えていく

 悲しみも、苦しみも、哀れみもない、空虚な意識は戻るべき肉体も忘れてしまったかのようだ

 私は何者なのだろうか…?

 何もわからなくなり、塵芥のように何もない虚空に吸い込まれていく
 私は消えていく…。何も思い出せないままに…







~白玉楼・本堂~






 妹紅の全身を激しい炎が包む。炎が光へと昇華し、光の翼が妹紅に生える
 妹紅の霊力が爆発的に増加し、白玉楼全体が揺れるほどの凄まじいパワーへと変わる

「ふふふ、大した霊力ね。でも、それで私を倒せるかしら?」

 しかし、あれほどの凄まじい霊力にも、紫は涼しい顔をしたまま笑っている
 挑発的な笑みを浮かべたまま、平然と妹紅を見返した

「やかましい!。くらえ、鳳凰の羽ばたき!



『鳳翼天翔』



 ―――!!」

 妹紅は紫の嘲笑を一喝し、その拳を繰り出した
 妹紅の拳が凄まじい風圧を生み出し、周囲の空気を巻き込みながら激しい渦となる
 まるで嵐の如き激しい空気の渦が、紫へ向かって吹き荒れる

 この技にかかれば、激しい風に身動きが取れず、否応無く技を喰らってしまう

 紫は暴風が吹き荒れる中、ピクリとも動かずに突っ立っている
 妹紅の巻き起こした風に、身体の自由を奪われているのか

 空気の渦が、紫を直撃する!


「―――な、何ィ!!」

 しかし、紫を直撃したと思った瞬間、妹紅の作り出した風は二つに割れ、まるで紫を避けるかのように通り抜けていく

「…ッフ、これが鳳凰の羽ばたきか…。まるでそよ風ね」

 涼しい顔をしながら、紫が言った
 まるで妹紅の風が意思を持ったかのように、紫を恐れたかのように自ら紫を避けていった

「ほうら、自分の仕掛けた技で、自分が吹き飛びなさい」

 紫が妹紅に手を向ける。紫を避けた風が元に戻り、今度は妹紅に向かって吹き荒ぶ!

「う、うわぁぁぁぁ!!」

 戻ってきた風に、妹紅は成す術もなく吹き飛ばされた
 自らが起こした風に吹き飛ばされ、妹紅は本堂の壁に叩きつけられる

「く…、なんてヤツだ。『鳳翼天翔』を弾き返すなど…」

 かつては、この技で何度となく輝夜を吹き飛ばしている妹紅
 それが、まるで紫には通じなかった

「ふふふ、そんなものかしら、あなたの力は?」

 紫が再度挑発する。一気に畳み掛けるチャンスであるが、紫は慎重だった
 相手の攻撃を全て見切った上で、自分が倒される可能性をゼロにしてから相手を倒すつもりだ

 紫がその気になれば、輝夜も妹紅も片手間で片付けられるのだ

 下手に一気に勝負をかけようとすれば、こちらも相手にスキを見せることになる
 そんなリスクを冒すよりも、安全に相手を無効化した上で、相手に最も有効な攻撃で葬り去る
 それこそが、妖怪の賢者と呼ばれる八雲紫の戦い方なのだ

 圧倒的な力を持つ上、そんな戦い方をされては、妹紅に勝ち目は無い

「ふざけんな、まだ勝負は始まったばかりだ。こちらの手が届かないと思っていい気になるなよ」

 自分の風に吹き飛ばされ、妹紅と紫の間に十間以上の間が開いている
 妹紅は鼻息も荒く言い放った。自分の必殺技をあっさりと返されたとはいえ、まだ妹紅の闘志は十分だ

「…ッフ、どうやらまだ分かっていないようね。私の恐ろしさが」

 紫はそういうと、全身からその妖気を放出した
 激しい震動が白玉楼を包む…。いや、これは…、白玉楼どころじゃない…。この山全体が揺れている!

「ば、馬鹿な…」

 妹紅は激しい揺れに晒されながら驚愕する。先ほど妹紅が放った霊力など問題にならない
 身動きの取れない輝夜が、成す術も無く転がって行く

 これが、紫の本当の力なのか…

「勘違いしないことね、これはまだ、私の力のごく一部…
 そして、手が届かないのは貴方だけよ!」

 そういうと、紫は右手を前方の空間に突き出した
 空間に割れ目が出現し、紫の右手が吸い込まれる

「ぐわ―――!?」

 次の瞬間には、妹紅の目の前にスキマができ、紫の右手が飛び出した
 スキマから飛び出した紫の手は、妹紅を片手喉輪締めで締め上げる

「ぐ、ぐぅ…」

 妹紅は自分の首に絡んだ紫の腕を掴んだ
 しかし、その華奢な見かけに見合わず、その力は強烈であった
 妹紅の気管を潰した右手は、妹紅の脳への酸素の供給を塞き止める

 必死で振り払おうとするが、逆に紫は妹紅を空中へ吊り上げた
 いくら妹紅の体重が軽いとはいえ、片手で人一人を持ち上げるとは…

 紫の胡散臭い外見からは想像もできない、恐るべき怪力である

「ちくしょう!」

 妹紅は一気に両手に炎を呼び出した
 紫の右手が、妹紅の首を離した

「はぁ…はぁ…。おのれ―――!」

 逆上した妹紅が、一気に紫に突っ込んだ
 妹紅の炎が、妹紅の右の拳に集まった。激しい炎が、妹紅の右拳に宿る

「喰らえ!!」

 炎の鉄拳が、紫の顔面目掛けて繰り出される

「ッフ、愚かな!」

 しかし、紫はあっさりとその炎の拳を受け止めてしまった
 …と、同時に、妹紅の伸びきった右腕を反対の腕で極める

(関節技か…
 ―――!?)

 紫がサブミッションを仕掛けると妹紅が対応しようとした瞬間、紫の膝蹴りが妹紅の顔面を捉えた
 関節技に妹紅の意識を集中させ、そのスキを突いて顔面に膝を入れた

 …そして、同時に



 ベッキィィィ―――!!



 極めていた妹紅の肘を折った
 極める、撃つ、折る。三つの動作が澱みなく、完全な連続の動作で決まった

(このスキマババァ…!
 ―――!?)

 しかし、紫の攻撃はまだ終わっていない
 妹紅の顔面を撃った膝蹴りが、勢いを殺さずにさらに速度を増す
 膝蹴りが、回し蹴りに変化する。紫の腕は、まだ妹紅を離していない

 これでは、妹紅にかわしようがない―――!!



 ドゴォ―――!!



 次の瞬間、紫の回し蹴りが妹紅の顔面を撃った
 妹紅の意識が、一瞬途切れた…

 しかし、紫の攻撃はまだ終わらない

 意識の途切れた妹紅がバランスを崩し、倒れ掛かる
 妹紅の顔面を撃った右足の膝を、今度は妹紅の折れた右肘に押し当てた
 そして、そのまま体重を掛け、一気に押し潰した



「うぎゃああああ―――!!」



 その瞬間、あまりの強烈な痛みに、妹紅の意識が蘇った
 元々折れていた右肘に、紫は全体重を掛けて押し潰した
 骨が粉々に砕け、折れた骨が妹紅の筋肉を突き破る

 なんという非情な攻撃。これが妖怪の戦いというものなのか

 桁外れの妖気、外見からは想像もつかない怪力、立ち技のサブミッションで腕を折る技術とスピリット
 これに加え、折れた箇所を何度も攻撃する残虐性

 妹紅は甘く見ていた。所詮、紫の強さは『境界を操る能力』があってこその強さだと思っていた
 だが違う。その身体能力、技術、スピリット。全てにおいて妹紅の上を行く、これが最強の妖怪、八雲紫の力なのだ

「くそ…。ぬうぅぅぅ」

 立ち上がった妹紅は、自分の砕かれた腕を引き千切った
 右腕に力を込め、妹紅は自分の右腕を再生した

「あら、その力は…?」

 それを見た紫に、疑問符が湧いた
 目の前にいる妹紅は、どうみても地上の人間である
 それが、輝夜のように、自らの肉体を再生させたのである

「どういうことか分からないけど、あなたもそこのお姫様同様、不滅の肉体を持っているようね
 いいわ、貴方も『西行妖』を封印するための生贄となりなさい」

 そういうと、紫は妹紅に扇子を向けた
 輝夜同様、光速拳で五感を奪ってしまう気か

「ふざけるんじゃねえよ、誰が生贄になんかなるもんか!」

 その瞬間、妹紅の全身を再び激しい炎が包んだ
 妹紅は接近戦では分が悪いと踏んだ。ならば、遠距離からの攻撃で仕留めるしかない

 妹紅を包んだ炎が光へと変化し、その光が鳳凰へと姿を変え、妹紅の右手に宿った
 これは、藍を破ったあの技…

「喰らえ!



『フジヤマヴォルケーノ』



 ―――!!」

 妹紅の右手から、鳳凰が放たれた
 翼を広げた鳳凰が、雄たけびを挙げながら紫目掛けて飛翔する

 魂さえ焼き焦がす、妹紅の究極の奥義

「ふん、こんなものは、避けるまでもないわ」

 紫は、『フジヤマヴォルケーノ』に正対すると、放出していた妖気を一気に体内に吸収した
 紫の躯内に、膨大な妖気が溜め込まれる

 妹紅の造り出した鳳凰が、紫に迫った
 鳳凰の嘴が、紫に襲い掛かる

 その刹那―――!!



「はぁ!!」



 紫は、一気に溜め込んでいた妖気を放出した
 その瞬間、まるで空間が破裂したかのような強大な衝撃が本堂に鳴り響いた
 その妖気は、小規模ながら宇宙創造のビッグバンにも匹敵する爆発力であった

 紫の放った妖気は、周囲の空間ごと押し潰し、鳳凰はまるで空間に飲み込まれるように消滅した
 紫が周囲に結界を張っていなかったら、白玉楼は見るも無残に崩壊していたであろう

 紫は、その規格外の妖力を放出するだけで、妹紅の『フジヤマヴォルケーノ』を防いでしまった

「ば、馬鹿な…」

 妹紅は唖然とした。妹紅の使う技の中では、最も破壊能力の高い『フジヤマヴォルケーノ』が、こうもあっさり破られるとは…
 悪夢ならば、早く醒めてくれと願わざるを得ない

 これが現実だというのなら、カミサマというものはなんと不公平なのであろう

 何故、八雲紫にこれほどまでに強大な力を与えたというのか…!

「もう分かったかしら?。私の力がどれほど強大か、貴方がどうやっても私には勝てないということが」

 紫が、ゆっくりと妹紅に近づく
 肉弾戦でも敵わず、『鳳翼天翔』も、『フジヤマヴォルケーノ』も破られた
 もはや、妹紅には反撃の手段がないのだろうか?

「さあ、そこの姫同様、五感を奪ってくれるわ」

 そう言った瞬間、紫の指先が光った!
 輝夜から五感を奪った光速拳を放ったのだ

「く…!」

「む…!?」

 しかし、妹紅は必死に転がり、その光速拳を躱した
 先ほどの攻防で体力を消耗しているだろうに、まだその超反応は健在だ

「猪口才な、まだ観念しないつもりかしら」

 もはや反撃の手段もなくなっているだろうに、まだしつこく食い下がる妹紅に、紫は苛立った
 まだ…、まだ妹紅は諦めてはいない

「わ、悪いが、しつこいのが玉に瑕でね。てめえには、肉体への攻撃は効きそうもない
 こうなったら、てめえの精神を破壊してやる。『鳳凰幻魔拳』でな」

 妹紅の指先が光った。妹紅のもう一つの必殺拳『鳳凰幻魔拳』
 指先から発する霊気で、相手に幻覚を見せ精神を崩壊させる
 打撃戦も、炎の妖術も効かない以上、妹紅にはこれが最後の手段だ

「ほう、面白いわね。それならば、私も見せてあげるわ
 相手の精神を支配する伝説の魔拳『幻朧魔王拳』をね」

 紫が右手を妹紅に迎えて構えた
 この戦いで、紫が構えを見せるのは初めてである

 相手の精神を崩壊させる『鳳凰幻魔拳』と、相手の精神を支配する『幻朧魔王拳』
 二人の力が、静かにぶつかる。二人の視線が交わった瞬間、二人の力がぶつかり合った




「喰らえ!。『鳳凰幻魔拳』―――!!」

「無駄よ!。『幻朧魔王拳』―――!!」



 二人の目に見えない力が、空中でぶつかり合う
 その瞬間、妹紅の脳に、拳を直接撃ち付けられたかのような衝撃が走る

「う、ううう…」

 その衝撃が走るや、妹紅は全身が麻痺したかのような痺れに襲われる
 自分の意思では、もはや指一本動かせなくなった

「ふふふ、かかったわね」

 したり顔の紫が、妹紅の様子を見てほくそ笑む
 妹紅は、紫の『幻朧魔王拳』に支配されてしまった

 こうなっては、妹紅は紫の意のままに操られてしまう

「さあて、まずは自分の腕でも貫いて貰いましょうか」

 そういうと、紫の目が光った
 その光を見た瞬間、妹紅の右腕が自分の意思とは無関係に動き出す
 そして、次の瞬間には、妹紅は自分の右腕で、自分の左腕を貫いていた

「ぐぅ…!」

 妹紅がその痛みに顔をゆがめる。まるで、何者かに操られるように、自分の身体を攻撃してしまった
 自分の身体が、自分の思い通りにならない

「ふふふ、なかなか従順ね…。そうね、次はそのお姫様の首でも刎ねて貰おうかしら
 そして、次に自分の首を刎ねる…。そうしてから、私が三人とも『西行妖』に封印していあげるわ」

 そういうと、再び紫の目が光った
 その光を受けて、妹紅は輝夜に近づいた
 妹紅が、輝夜目掛けて手刀を振り上げる。今まで、何度だって輝夜の首くらいは刎ねてきた
 しかし、それは全て自分の意思でである。他人に操られて、輝夜の首を刎ねたことなどない

「うぅ…」

 妹紅の中で激しい葛藤が生まれるが、そんなものは関係なかった
 どう制止しようと、妹紅の身体はすでに紫に支配されている
 どうやっても、自分の身体を止めることができない

「うおぉぉ」

 妹紅の手刀が、輝夜の細首に振り下ろされた
 その瞬間、激しい鮮血と共に、輝夜の首が宙を舞った

 妹紅がその首を掴む

「ククク、それでいい。これで私に逆らおうとしたものは全ていなくなる
 フフフフフ…。ハァーハッハッハ!!」












「…っは!」

 それは、まるで悪夢から醒めたように、紫は急激に現実に引き戻された
 紫は確かに見た。妹紅が輝夜の首を刎ねるのを、妹紅がその首を掴み、高く掲げるのを

 しかし、いま目の前にある現実では、輝夜の首は繋がったまま
 妹紅も無言でそこに佇んでいる

「ば、馬鹿な…。確かに妹紅は、輝夜の首を刎ねたはず…」

 紫は狼狽する。まるで、悪夢でも見せ付けられたかのような、妙な不安感に襲われる

「どうした、紫。悪夢でも見たのか…」

 無言だった妹紅が、口を開いた。その左腕には、自らの手で貫いた痕がある

「ま、まさか、私が妹紅に『幻朧魔王拳』を仕掛けた瞬間、私もまた妹紅の『鳳凰幻魔拳』に掛かっていたというのか」

 紫の言う通り、紫が妹紅に『幻朧魔王拳』を仕掛けた時、紫も妹紅の『鳳凰幻魔拳』によって悪夢を見せられたのだ
 二人の精神拳は互角だった。紙一重の差である

「まさか、微かとはいえ私の精神を冒すとは、ヒヨコながら褒めてあげるわ」

 紫は驚きながらも、まだ余裕のある態度を見せた
 自分の仕掛けた技と相打ちにされるなど、紫にとっては初めてのことである

「き、貴様こそ、もしも、最初の命令が私への攻撃でなく、輝夜の首を刎ねることだったら…
 私は輝夜の首を刎ねていただろう…」

 妹紅の息が上がっている。相打ちに終わったとはいえ、妹紅にとっては事態は最悪だ

「ふふふ、つまり、もうお互いに精神拳は使えぬということね…
 このまま技を掛け合えば、下手をすれば千日戦争(ワンサウザンド・ウォーズ)になりかねない」

 紫が言った。確かに、技が互角である以上、それは決定打にはなり得ない
 それはつまり、妹紅にとっては、もう反撃の手段がないということだ…

「く…。望む所だ!。貴様を倒すまで、何度でも放ってやる!



『鳳翼天翔』



 ―――!!」

 妹紅は再び『鳳翼天翔』を放った
 しかし、紫は技が起こるよりも早く飛び上がり、かるくその風を躱した

「無駄よ」

 紫の手から、妖気の波動が放たれる
 妹紅はカウンターを喰らった形になり、壁に吹き飛ばされる

 もはや、妹紅の技はどれも紫には通用しない
 妹紅の力は、完全に無力化されてしまった

「ふふふ、もう貴方には私を打ち破る術はない…
 けれど、貴方はよくやったわ。私の最大の奥義でもって葬ってあげる」

 そういうと、紫は両手を身体の前で組んで構えを取った
 周囲に展開していた紫の妖気が、消え去り、まるで嵐が来る前の浜辺に立っているような不気味な静寂が辺りを包む

「貴方を倒すのに、これほどの技は本来必要ないわ
 でも、貴方は私の『幻朧魔王拳』を破った。これは、その褒美よ」

 そういうや、一気に紫はその力を解放した
 その力は、それまで白玉楼に展開していた力すら可愛いものだと思えるほどだった
 妖気が空間を押し潰し、異様な唸りを挙げている

 白玉楼どころか、この日の本の国を…、いや、下手をすれば地球全体を覆いつくさんばかりに増大していく

「な、なんだこの力は!。あの時のフランドール以上!?
 いや、そんなもんじゃない!」

 妹紅は、まるで金縛りにでもあったかのように震えている
 てゐを助けた時、紅魔館で見たフランドールの力。あの時、妹紅は逃げ回るばかりで反撃もロクにできなかった
 しかし、いま紫が目の前で見せている力は、あの時のフランの力すら超えている

「私の最大の妖気を凝縮して放つ一撃、この技を使わせたのは、貴方が初めてよ!
 見るがいい、銀河の星々の砕け散る様を―――!!



『ギャラクシアン・エクスプロージョン』



 ―――!!!!!!」



 ―――!?
 ―――!?
 ―――!?



「―――!?。うわぁぁぁあ―――!!!!」



 ………まさに、一瞬であった
 八雲紫が最大限に高めて放った一撃は、まさに惑星も砕きかねないような威力で妹紅を貫いた
 妹紅の全身を、数千、数万という単位で衝撃が駆け抜ける
 微か一、二秒という時間の中で、妹紅の身体を数十万という雷撃が奔った
 時間の感覚すら超越し、妹紅は全身の骨が砕ける音を聞いた

 その一瞬が、永遠にさえ感じられた。痛みはほとんど無かった。あまりのダメージの多さに、痛みを感じる神経が死んでしまったようだ
 ただ、もはや全身の力が消え去っていた。常人ならは完全に息絶えていただろう
 蓬莱人である妹紅は、なんとか生命を保てるギリギリの所で床に墜ちた

「力が抜ける…、傷が塞がらない…」

 妹紅の腹部に、大きな穴が空いていた。内臓の一つや二つ吹き飛んだかもしれない
 いつもなら瞬時に塞がる傷が、まったく塞がらず血がどんどん流出していく

 妹紅の肉体の再生能力の限界を超えるダメージを受けているのだ

「ふふふ、この技を受けて生きているとは、流石に不老不死というだけはあるわね
 本来なら、貴方は塵芥となって宇宙を彷徨うことになっていたわ」

 紫が妹紅に近づく。もうどうしようもなかった
 妹紅は傷口の再生もできないほどに弱っている
 もはや、身体も言うことを聞かない。蓬莱人の肉体の限界を超えている

「さあ、これで私に逆らう者はいなくなった…
 三人まとめて、『西行妖』に封印してやるわ」

 もはや、紫を止められる者はいなくなってしまった
 紫の力が、これほど恐ろしいものだったなど、誰も予想しえないことだった

 まさに、幻想郷最強の名に相応しい、手の付けようが無い強さだった




 …もう終わりだ




 このまま、優曇華も、輝夜も、妹紅も、『西行妖』を封印するために生贄に奉げられるのだ
 死ぬことのできない輝夜と妹紅は、永遠に『西行妖』の中で過ごさなくてはならないのだ

「さあ、いきましょう」









~??????????~







 暗い意識の中、蓬莱山輝夜は動けないでいた
 八雲紫の光速拳によって、五感の内、触覚、味覚、嗅覚、視覚を奪われていた

 唯一、聴覚だけが輝夜と現実を繋ぐ最後の架け橋であった



「ふざけるんじゃねえ!。輝夜を殺していいのは私だけだ!」



 輝夜の耳に、妹紅の声が響いた

(あのバカ妹紅。そんな小っ恥ずかしい事を大声でいうんじゃないわよ)

 輝夜は抗議したい気持ちになったが、如何せん触覚を失った身体は身動き一つ取れない
 二人の戦いが始まり、激しい震動に成す術もなく輝夜は転がる

 触覚を失っているため、痛みは感じないものの。それを抗議することもできず、もどかしい気持ちになる



「ふふふ、もう貴方には私を打ち破る術はない…
 けれど、貴方はよくやったわ。私の最大の奥義でもって葬ってあげる」



 何度かの激しい攻防の末、紫の声がした
 そして、しばらくの静寂の後、考えられないほどの力が溢れていく
 なんという力だろうか、八百万の神々といえ、これほどの力を持っているのは天照大神くらいのものだ

 圧倒的な力が放たれ、妹紅の気が何度となく弾けて崩壊していく
 こんな技を喰らっては、妹紅といえど立ち上がれないだろう

 輝夜を絶望的な心が支配する



「さあ、これで私に逆らう者はいなくなった…
 三人まとめて、『西行妖』に封印してやるわ」



 輝夜の予想通り、どうやら妹紅はやられてしまったらしい

(妹紅、バカ、しっかりしなさいよ…)

 輝夜の心の叫びも、妹紅に届くはずもなかった
 このまま、優曇華と妹紅と一緒に『西行妖』に封印されるのか…

 優曇華は紫の『幻朧魔王拳』にかかり精神を支配され、妹紅は『ギャラクシアン・エクスプロージョン』で大ダメージを受けた
 そして、輝夜は光速拳によって五感の内、四つを失い動けない

 最悪の絶望感が、輝夜を襲った

 これでいいのか…。確かに、優曇華は幽々子を救いたがっていた…
 このまま三人が犠牲になれば、幽々子は助かる…

 幽々子が望もうが望むまいが、それだけは確実だ
 もしも、これで幽々子が助かるのなら…

(…うぅ、何、これは?)

 突如、輝夜の脳裏に一つの記憶が蘇る
 思い浮かぶのは、永琳の顔…。そして、二人の姉妹…顔を知っている
 そう、それは優曇華の元の飼い主、綿月姉妹だった

(そうだ、これは私がまだ月の都で永琳の弟子だった頃…)

 輝夜の脳裏に、月の都で暮らしていた時の事が思い浮かぶ
 もう、二度と思い出すことはないと思っていたのに…

 あの時、永琳は粗相をしたイナバに厳しい罰を与えていた
 取るに足らない失敗を厳しく責める永琳に、綿月姉妹と共に永琳を諌め様とした時だった



「輝夜、豊姫、依姫、貴方達は月の兎の起源を知っていますか…?」



 そうだった、あの時に永琳に教えて貰っていた
 月の兎の悲しい宿命を、月の兎は、一生その業を背負って生きて行かなければならないのだと

(ダメ…!。優曇華、貴方は死んでは行けない…!)

 輝夜の心に、再び闘志の炎が燃えた
 しかし、悲しいかな。輝夜の身体は紫によって五感の内、四つをすでに奪われている

(動いて、私の身体。歩けなくなったっていい、動けなくなってもいい…
 私に力を…、優曇華を救えるだけの力を頂戴…!)









~白玉楼・本堂~






「幽々子、許してくれとは言わないわ…」

 紫は優曇華を本尊の前に座らせていた。優曇華は魂の抜け殻の如く、紫に支配されたまま死んだ目をしている
 紫が扇子を振り上げる。大日如来を描いた両界曼荼羅が周囲に浮かんだ

 このまま優曇華の命を断てば、優曇華の穢れ無き肉体と魂は曼荼羅と結び付き、金剛界と胎蔵界の両界の力を引き出し『西行妖』を封印する
 自分の身代わりに優曇華の命を奪う。幽々子はそれを認めないだろう

 しかし、それでもいい。幽々子が生きてさえいてくれるのであれば

「恨まないで…とは言わないわ」

 紫が扇子を振り上げた

「………!?。なに!」

 その瞬間、紫は信じられないものを見た
 紫は気が動転して、扇子を取り落とした

 そこには、五感を奪われて動けないはずの蓬莱山輝夜が、立ち上がった姿があった

「馬鹿な、貴方は私の光速拳で触覚を奪われた。もはや身動きは取れないはず!」

 紫が叫ぶ。輝夜は紫に聴覚以外の全ての感覚を奪われているのだ、立てる筈が無い
 しかし、現実に輝夜は紫の目の前で立ち上がっているのだ

「紫…。あなたは月の兎の起源を知っているかしら…?」

 輝夜が、紫に向かって話しかけた
 これもありえないことだ。輝夜は味覚を奪われている
 もはや、喋ることさえできないのだ

「な、なにを…」

 ありえない光景を見て、さしもの紫も狼狽している

「昔、狐と猿と兎が共に暮らしていた。三匹は善行を積み、人間に生まれ変わりたいと願っていた
 それを聞いたインドラは、みずぼらしい老人に姿を変え、三匹の前に姿を現した
 空腹に飢える老人を救うため、猿は木に登り木の実を採って来た
 狐は野山を駆け回り、魚を獲って来た。しかし、兎は非力なため、何も持ってくることができなかった
 兎は老人の前で焚き火をたいてもらうと、自ら炎に飛び込み、その身を老人に奉げた
 老人はたちまち元の帝釈天の姿に戻り、その姿を永遠に月に映した…」

 それは、インドのジャータカ神話に見られる話である
 日本でも、今昔物語集『天竺部・巻五・第十三話』などに掲載されている

 男はつらいよでお馴染みの帝釈天が、傷ついた旅人に自らを奉げた兎を月に映したのである

「ふん、だからなんだというの」

 紫の表情が強張っている。四つの感覚を奪われ、満足に身動きできないはずの輝夜から、寒気がするような圧迫感を受ける
 妖怪の賢者、幻想郷の最強の妖怪と呼ばれる紫が、輝夜の姿に圧倒されている

「…月の兎の起源は、『自己犠牲』。自分以外の誰かを救う為に、その身を犠牲にすることを厭わない
 月に映されたイナバ達は、月に住む貴人を守るため、その身を奉げてきた
 月の兎は、自分が仕えた主人の為に、その身を棄てて戦ってきた」

 輝夜の目が、紫を見据えた
 視覚を奪われ、すでに見えていないはずの視線が、紫を鋭く突き刺す

「…ッフ、だったら願ったり叶ったりでしょう。『自己犠牲』が月の兎の宿命なら、幽々子を助ける為に犠牲になったとしてもね」

 紫が言い放った。確かに、『自己犠牲』は月の兎の宿命
 幽々子を救うために犠牲になったとしても、それは月の兎の運命といえるかもしれない

「違うわ…。違うのよ…」

 輝夜が頭を振った。紫の言葉を、必死で振り払い、否定する

「確かに、優曇華が犠牲になれば、幽々子は救われるかもしれない。でも、それで生き残った幽々子はどうなるのかしら?
 自らが招いた『西行妖』の災禍を防ぐ為、優曇華を犠牲にして、それから生きていけるとでも思っているの?」

 輝夜の言葉が強くなっていく
 輝夜の身体に、かつてない力が溢れてきている

「優曇華を犠牲にして、幽々子が本当に救われると思っているの?
 幽々子がその後の人生で、どれほど悔やみ、苛まれながら生きていくと思っているの
 妖怪の賢者と呼ばれる貴方に、それが分からないはずはない!
 貴方がやろうとしていることは、ただ貴方が救われたいからやっているに過ぎないわ!」

 輝夜の言葉が強くなるに連れ、その力も増していく
 場に充満していた紫の妖気を、輝夜の力が押し戻していく

「黙りなさい!。貴方に私の気持ちなど分かろうはずもない
 これ以上は問答無用!、再び立ち上がれぬほどに叩きのめしてやるわ!」

 そういうや、再び紫の指先が光った
 もう一度、光速拳で輝夜の五感を奪うつもりか

「―――!?、なに!」

 しかし、輝夜はその光速拳をわずかな動きで躱した

「く…!」

 紫は矢継ぎ早に光速拳を放っていくが、輝夜はその拳を尽く躱していく
 まるで、今までと別人のような超反応である

「ば、馬鹿な…。あなたは、この光速拳を見極められなかったはず」

 紫の指先が震えている。光速で放った拳が、まるで通じない
 ましてや、輝夜は四つの感覚をすでに失っているのである

「紫、確かに私はもう目も見えない。でも、今の私は、目で見る以上に、全てを感じることができる」

 輝夜の全身から、燃え上がるような霊気が立ち上る
 まるで、輝夜の全生命力が燃えて輝夜を包んでいるかの如く…

「ま、まさか、貴方は…。自分の魂を燃やしている…!」

 紫が驚愕する。紫は、確かに光速拳で輝夜の視覚、触覚、嗅覚、味覚を破壊した
 しかし、輝夜は、それ以上の感覚でもって立ち上がっている

 失われた感覚を、輝夜の全霊の力が補っている
 輝夜は自らの魂を燃やし、自分の持てる極限の力を引き出した
 輝夜は、いま肉体の目で物を見ているのではない。いま、輝夜の全身は魂の塊と化しているのだ

 言うなれば、輝夜の全身が目であり、鼻であり、耳であり、下であり皮膚である

 いくら蓬莱人とはいえ、自らの魂を燃やすなど、自殺行為でしかない

「馬鹿な、月の民は兎などただの道具としてしか見ていないはず
 そんな兎を護る為に、輝夜は魂を…、全生命力を燃やしているというの!?」

 紫が驚愕する。紫にとって、月の民は知識として知っているだけに過ぎない
 確かに、月の民は兎などただの道具としてしか見ていない

 しかし、輝夜は違った。優曇華は、輝夜にとって掛け替えのない家族なのだ
 例え、幽々子を救うためでも、失うわけには行かない

 その為に、輝夜は全生命力を懸けるのだ!

「紫!。優曇華を返してもらうわよ!」

 そういうや、輝夜は一直線に紫に向かっていった

「愚かな、いくら魂を燃やそうと、貴方の仕掛けた技など私には通用しないわ!」

 その瞬間、紫も全身から凄まじい妖気を放った
 輝夜の拳が、紫目掛けて繰り出される。しかし、余りに真正面から行き過ぎる
 フェイントも何も入れていない、ただのパンチでは紫には通じない

「―――!?。これは!」

 しかし、その拳に、紫は驚愕する
 輝夜の拳が、まるで太陽の様な熱を上げて燃え上がっている

「こ、これは、妹紅の炎が、輝夜の拳に宿っている!」

 妹紅は、紫の『ギャラクシアン・エクスプロージョン』を受けて倒れている
 しかし、妹紅の心はまだ折れてはいない
 妹紅はまだ戦っている。優曇華を助ける為に、輝夜と共に戦っているのだ!

「く…!」

 紫は必死で輝夜の拳をブロックする。さしもの紫も、その拳の力に後退する

「おのれ!」

 紫も反撃する。紫のミドルキックが、輝夜の腹部を捉える

「ぐぅ!!」

 しかし、その蹴りを受けながらも、輝夜の勢いは止まらない
 妹紅の炎を宿した拳が、紫の顔面を捉える

「くぅ…!」

 しかし、さすがに幻想郷最強と呼ばれる紫。クリーンヒットの直前で首を捻り、脳へのダメージを逃す
 …と、同時に、輝夜の拳を掴み、突っ込んでくる輝夜の顔面にカウンターの肘を叩き込んだ

「ぐは…!」

 輝夜の顔面から、血が噴出す
 紫は、輝夜の顔面を撃った肘で、すぐさま輝夜の右の肩を極める
 そのまま体重を預けながら、輝夜を倒す。藤原喜明バリの『脇固め』

「く…」

 輝夜は倒れこむ方向に前転して、肩が折られるのを防ぐ
 しかし、これでは紫に利き腕を封じられたまま、大の字で寝転がる形になる
 完全な無防備体勢で、紫の拳を受けることになる

「粉々にしてあげるわ!」

 紫の拳に、とてつもない妖気が集まっていく
 白玉楼の本堂を押し潰さんばかりの妖気が、紫の拳に集まった
 こんなものを喰らえば、粉々どころではすまない

「終わりよ!」

 紫の拳が、輝夜に向かって振り下ろされる
 とても、寝転がった体勢では受けきることができない
 まともに喰らったら、もはや未来永劫再生できないかもしれない



『パゼストバイ・フェニックス』




「―――!?。ぐわ!」

 しかし、紫が拳を振り下ろすよりも早く、紫の背後から撃たれた炎の塊が、紫を直撃した

「ば、馬鹿な…」

 紫は背後を振り返る。輝夜がその隙に紫から離れる
 紫の背後では、妹紅が域を切らしながら立ち上がっていた

「はぁ…はぁ…。輝夜にばっかり、いいカッコさせられるかよ」

 腹を貫かれた傷も治りきらず、出血も治まっていない中、妹紅は立ち上がった
 まだフラフラだが、闘志は失われていない。むしろ、輝夜の姿を見て、数倍に膨れ上がっている

「お、おのれ…。忌々しい…」

 常に余裕のある戦いをする紫から、徐々に余裕がなくなってきている
 二人の力を合わせても、紫はそれを上回るかもしれない
 しかし、二人の優曇華を助け出したいという思いが、二人の力を限界以上に引き出している
 二人の粘りが、徐々に紫を追い詰めている

「こうなれば、もはや面倒だ。二人ともまとめ異空間へ葬ってあげるわ!」

 そういうや、紫は全身の妖気を最大に高めた
 最高に高まった紫の妖気が、自らの能力を最大限に引き出す

 すなわち、『境界を操る力』である

「私の作り出した異空間へ逝き、永久にそこで暮らすがいいわ



『アナザー・ディメンション』



 ―――!?」


「な、なんだこれは…!」

「床に、巨大なワレメが…!?」

 突如、二人の足元に巨大なワレメが出現した
 紫の能力によって引き寄せられた、異空間への扉である

 まるでブラックホールのように、凄まじい誘引の力が二人を引き込んでいく

「く、くそ…。なんだこれは…」

「か、身体が吸い寄せられる…」

 空間に発生したスキマは、強力な誘引力で二人を引きずり込もうとしている
 二人はまったく身動きが取れなくなり、必死で踏ん張って、その場に踏みとどまろうとした
 しかし、容赦ないその誘引力は、問答無用で二人を異空間へと引き込んでいく

「無駄よ、そのスキマは私と敵対するものを飲み込む
 それから逃れる術はないわ」

 これが、紫のもう一つの奥義だった
 いくら二人が不老不死でも、紫の作り出した異空間へ飲み込まれては、そこから抜け出すことはできない
 二人は、永遠に異空間で過ごさなくてはならなくなる



(やめて、紫―――!!)




 まさに、二人が異空間へ引きずり込まれようとした瞬間、謎の声が響いた
 その声を聞いた瞬間、巨大なワレメは消え、二人はその場に倒れこんだ

「こ、この声は…。幽々子」

 紫が頭を抑える。幽々子は自室で紫に眠らされているはずである
 周囲を見渡しても、幽々子の姿は見えない

「幽々子、どうして邪魔をするの!」

 しかし、紫は虚空に向かって叫んだ



(紫、もうこれ以上、彼女達を傷つけないで…
 彼女達が傷つけば、私も悲しい…)



 どうやら、幽々子の意思だけが、この空間に聞こえているようだった

「はぁ…はぁ…。どうやら、幽々子に助けられたようだな」

 間一髪の所でワレメから助かった妹紅が言った

「そうね…。幽々子もまた、私達と一緒に戦っている…。優曇華を助ける為に」

 輝夜はその手を小さく握った
 戦っているのは、自分だけじゃない
 幽々子もまた、紫に眠らされながらも戦っているのだ

「だが、どうやって勝つ。さすがに紫だ、私たちの残っている力じゃ、どうやっても勝てないぞ」

 妹紅が言った。すでに二人とも、死んでもおかしくないだけのダメージを受けている
 どれほど動揺していても、紫のその強大な力は健在だ
 半死人の二人が、どんな技を仕掛けても、紫には通じないだろう

「分からないけど、優曇華をあの『西行妖』に封印させるわけにはいかない
 何を犠牲にしてでも。優曇華を助けてみせる」

 輝夜が厳しい口調で言った。輝夜にも分かっている
 自分達に勝ち目がないことを。しかし、二人は負けられない
 優曇華のためにも、自分達のためにも…



(大丈夫だ、私に任せろ)




「―――!?。その声、慧音か!」

 突如、二人の脳に響いた声に、妹紅がすぐに反応した
 それは、二人の帰りを待つ慧音の声だった



(ああ、そうだ。二人とも、紫を倒す手段はあるぞ。諦めるな)



「なんだって、それは…」

 慧音の言葉に、慌てて妹紅が喋ろうとするが、それを輝夜が制した

「慧音、教えて。紫を倒す方法を」

 輝夜が冷静に聞いた
 二人に残っている力は、ほんのカス程度のものである
 それをどんなに集めても、紫の力には及ばないはずだ



(合体技だ。合体技を使うんだ)



「合体技―――!?」

 慧音の言葉に、輝夜が声を上げた



(そうだ、二人の残された力で紫を倒すには、それしかない)




 慧音がキッパリと断言した
 合体技とは、一体…!?



(言葉のままだ、輝夜の『ブリリアント・ドラゴン・バレッタ』、妹紅の『フジヤマヴォルケーノ』
 二つの技を合体させて放つんだ)



 慧音が言った。確かに言葉のまま、文字通りの意味だ

「しかし、慧音。私たちの残された力を合わせても、悔しいが紫には通じそうも無い」

 妹紅が言った。輝夜も妹紅も、余りに受けたダメージが大きすぎる
 二人の最大のパワーをあわせたとしても、とても紫を倒せるだけの力は生み出せない



(私は勝算があるといっただろう。分かりやすく説明するが、例えば水を張った水槽に両側から波を起こすとする
 もしも、どちらか一方の波が強ければ、弱い方の波は飲み込まれて消えるだけだ…
 しかし、もしも両方がピッタリと同じ強さで波がぶつかれば、どうなると思う…?)



 慧音が二人に尋ねる。しかし、二人には分からない
 二人とも物理は苦手なのだ



(ちょうど同じ力で放たれた波がぶつかり合うと、そのぶつかった面は元の波の何倍もの高さに隆起する
 これを共振と呼ぶんだ。二人の持つ霊気も、波動の一種だ…
 二人が心を一つにして放てば、その力は数倍にもなる。そして、それが八雲紫を撃つ力になるのだ)



「―――!?。輝夜と、心を一つにしてか…」

 妹紅は輝夜を振り返る。自分の父に恥辱を与えた輝夜。自らに蓬莱の薬を飲ませ、運命を狂わせた輝夜
 ぐうたらで、ズボラで、いい加減で、人の迷惑を顧みない輝夜…
 輝夜と心を一つに…。以前なら、考えられないことであった



(分かっているだろうが、もはや時間もない。二人とも、手を重ねろ
 そして、お互いの呼吸を合わせるんだ…。いいな、必ず優曇華院を救い出すんだ)



 そういうと、慧音の声は途切れてしまった
 本堂では、まだ紫と幽々子の話が続いている

 二人が何を話しているのかさえ、輝夜と妹紅は分からない

 三百年以上、何度も殺しあってきた
 三百年以上、憎しみあってきた

 その二人が、いまその手を合わせ、力を合わせようとしている

「妹紅…。貴方はイヤでしょうね…。でも、協力して
 優曇華を救う為に…。その力を貸して」

 輝夜がその右手を突き出した

「馬鹿野郎、お前の頼みなんか聞くかよ。私は、私の意志で優曇華を助けるんだ」

 妹紅の左手が、輝夜の右手に被さる様に重なった
 二人はその身体を密着させる

「行くぞ、力を振り絞れ!」

「おおおお!!!」

 手を合わせた二人が、その力を最大限に高めた
 しかし、それだけでは合体技にはならない

 二人の気をピッタリと合わせなければ、八雲紫を倒すことはできないのだ



(妹紅…。なんて熱く、激しく、猛々しい気…。まるで私の身体も焦げてしまいそう…)



 妹紅の激しい、熱い気が輝夜の身体を侵食していく
 まるで、身体の内部から焼き焦げていくような感覚だ
 こんなにも熱い気を、妹紅は常に滾らせているのか



(輝夜…。まるで清浄で静謐な竹林の古堂のような涼やかな気だ…。あんなに怠けているくせに、心は清らかなんだな…)



 輝夜の清らかで清楚な気が、妹紅の身体に染み込んで行く
 まるで肉体が浄化されていくような、神聖な感覚に包まれる
 これほど穏やかでたおやかな気を、このぐうたらな姫は持っていたのか



(可笑しなもんだな、こんなにも性質が違う私たちが、今心を一つにしようとしている…)



 輝夜も妹紅も、互いの気に触れて初めて分かった
 二人は、こんなにも性質の違う人間だったのだ

 まるで燃え盛る炎のような妹紅と、静寂な竹林のような輝夜

 本当に二人は、水と油、陰と陽、光と影…

 全く相容れぬ性質の持ち主だった



(妹紅、貴方の気が熱い。まるで全身が熱病にでも罹ったみたいに火照ってる)

(輝夜、お前の気が私の心を包んでいくようだ。まるで清流に身を任せているような気分だ)



 少しずつ、二人の気が大きくなっていく
 全く相性の違う二人の気が、少しずつ重なっていく



「話はここまでよ、幽々子、今は眠ってなさい!」



(ゆ、紫………)



 本堂に響いていた幽々子の声が途切れていった。再び紫の力で眠りに落ちたのか
 そして、紫は二人を振り向いた

「な、なんなの、これは!」

 二人の様子に気付いた紫が、驚きの声を挙げた
 半死人のはずの二人の気が、まさに本堂を押し潰さんばかりに膨れ上がっている
 しかも、その力はどんどん上昇していく

「しまった、気付かれたぞ」

「もうちょっとなのに…」

 二人の力は、まだ完全に合わさっていない
 まだ、紫を撃ち倒すには力が足りない

「ふふふ、まだそんな力が残っていたなんてね…
 でも、小ざかしい貴方達の抵抗もこれでお終いよ。次は完全に終わらせる
 私の最強奥義『ギャラクシアン・エクスプロージョン』のMAXパワーでね!」

 そういうや、紫の全身から圧倒的な妖気が放たれた
 これは、さきほど妹紅に撃った時の比ではない。こんな力でまともに撃っては、白玉楼どころかこの周辺一帯を吹き飛ばしてしまう
 もはや、紫にも理性の制御が効かなくなってしまったのだ

「全身を粉々にすれば、あんた達といえど容易に再生できないでしょう
 欠片も残さず消滅させて、灰を宇宙にバラ撒いてあげるわ」

 紫の力が、紫の胎内に凝縮されていく
 紫の両手に、ビッグバンすら凌ぐ強烈な力が集まっていく

 こんなものを喰らえば、蓬莱人の二人とて跡形も無く消滅してしまう

 もはや、万事休すか―――!?

「―――!?。できた!」

 しかし、紫がその妖気を溜めている間に、ようやく二人の気が一つになった
 本堂の空間に、両者の力がひしめき合っている
 激しく軋みながら、本堂が揺れていく。両者の気がぶつかり合う摩擦で、激しいスパークが起こる

 妹紅は輝夜の手を強く握った。二人の息がピッタリと重なった!

「行くぞ!。これが私たちの最後の攻撃だ―――!!



『龍鳳山・万里天翔覇』



 ―――!?」



 二人の手から、光り輝く龍と鳳凰が飛び出した。二匹の霊獣は、まるで絡み合うように飛翔する
 二匹は激しい光を放ちながら、一直線に紫に向かって飛び出した!

「ふん、猪口才わね!。そんなもので私が倒せるかしら?



『ギャラクシアン・エクスプロージョン』



 ―――!?」

 紫の手からも、最強最大の『ギャラクシアン・エクスプロージョン』が放たれた
 両者から放たれた二大パワーが空中で激突する



「―――!?」

「―――!?」

「―――!?」



 二つのパワーがぶつかり合った瞬間、まるで空間がひしゃげるような歪な爆音が響いた
 二つの力が弾き飛ばした空気が、暴風となって辺りを暴れまわる
 この広い本堂に、圧倒的な光が充満する。わずか一瞬の内に、本堂は半壊してしまった

「く…、くく…」

「ぬぅぅ…」

 しかし、それでも決着はついていなかった
 両者のぶつかり合ったパワーは、中空でぶつかり合ったまま燻っている
 龍と鳳凰が、紫の放った光に食らいついて離さない。しかし、その光は二匹を食い破ろうとしている

 両者ともに力の抜けない状況となった。ほんのわずか、瞬き一つでも天秤が傾けば、一気に勝負が決まる

「ククク…。良く頑張ったけど、ここで地の力の差が響いたようね」

 紫は怪しく笑い、さらに力を込めて行った
 すでにフルパワーを使い果たしたはずだというのに、まだ振り出せる力があるなんて…

「クク…、押される…」

「輝夜…、押されるな。もっと力を出せぇ!」

 二人とも、必死で力を振り絞ろうとしているが、すでに全力を使い果たしている
 こうして、燻りあう力を抑えるだけで精一杯なのだ

 紫の力がこれほどまでに強力だとは…

「私をここまで追い詰めたのは、貴方達が最初で最後よ、この場で果てて永遠の眠りにつけ!」

 紫が一気にフルパワーを発揮した。なんという力だ、二人の放った合体技が押し返されていく
 このままでは、『ギャラクシアン・エクスプロージョン』と『万里天翔覇』の両方の威力を受けてしまう
 そうなれば、いくら二人でも再生はできない…
 最後の審判の日まで、塵芥となって彷徨うことになるだろう…

「くぅぅ…」

「むぅぅぅ…」

 二人の表情が苦痛に歪む。どう足掻いても、これ以上の力を発揮できない
 フルパワーを使った反動で、まともに身体も動かせない

 精一杯の抵抗で、この均衡を保つのがやっとだ

 それも、紫のフルパワーの前に破られようとしている…

(くそぉ、このままやられるのかよぉ…)

(優曇華、永琳、てゐ…。みんな、力を貸して…)







~??????????~






 飛散して中空を漂っていた私の意識が、急速に収束し、私に戻っていく
 いま、自分の目の前では、激しい力がぶつかり合っている

 ただの空虚な存在として、宙を彷徨っていた自分が、再び私と云う人格を構成しだした

 人格が再生していくにつれ、私の周囲の風景も鮮明になってくる
 あやふやで朧気だった世界が、やがて鮮烈に描かれていく
 半分崩壊してしまった、お寺のお堂のような板張りの空間だった

 激しい衝撃音が、耳を劈く様に鳴り響き、照明も無い真夜中であるはずなのに、強烈な閃光が光っている
 目の前では、圧倒的な光の束と、それを噛み砕くような龍と鳳凰がぶつかり合っていた

 その激しいぶつかり合いから弾きだされた空気が、突風のように私の身体を揺さぶる
 しかし、私は何も感じない。そうだ、私はまだ完全に目覚めてはいない
 私の身体は何者かに支配されたまま、私の自由にはならない

 指先一つ、自分の意思では動かすことができないのだ

 私は、ただ肉体に取り残された意識でしかない
 肉体がどれほどの衝撃を受けてもなんともないように、私の肉体は何をどうしても私の意のままには動かなかった

 ふと、目線をずらしてみる。圧倒的な光の束を繰り出すのは、長いウェーブの掛かった金髪に、不思議な被り物をかぶった女だった
 霞がかったような記憶に、何か引っ掛かるものがあるが、何者なのか思い出せない
 何事かを喚きながら、さらに力を増していっている。どうやら、この妖怪の方が優勢なようだった

 もう一方に目を移す。そちらには二人の人間の少女らしい人物が二人いた

 白く長い髪に紅白のリボン、もんぺを履いた胸元が少し寂しい少女…
 鬼神のような形相で、鳳凰を繰り出している
 しかし、その力は徐々に妖怪に押し返されていっている

 そして、もう一人の少女…
 白い髪の少女に隠れて、上手く顔が見れない…

 時折長い黒髪が靡き、白い髪の少女と重ねた手から龍を繰り出している
 どうしてだろう…。私の心が疼いている

 もっとはっきり、その少女の顔が見たいと思ったが、いかんせん肉体に戻った私の視線は一定で固定されており、肉体を移動しないと少女の顔が見れない
 もどかしい気持ちが、私を支配する

 もっと、はっきりと少女の顔が見たい…

 その瞬間、白い髪の少女が、妖怪の力に押され後方に押し戻されていく
 そこで見た少女の顔…。長い黒髪に、小造りな顔立ち、小さく形の整った眉に濡れた睫毛…
 小さいながら肉感のある桃色の唇、綺麗に整った鼻筋と吸い込まれる様な大きな瞳…



 あれは…



(姫様―――!?)

 少女の顔を見た瞬間、私は全てを思い出した
 私は、鈴仙・優曇華院・イナバ…。あの妖怪、八雲紫に術をかけられ操られていた

 そして、白い髪の少女は藤原妹紅。幻想郷の迷いの竹林に住む、いわば隣人のようなもの

 そして、もう一人の少女…。蓬莱山輝夜
 私のご主人様、永遠の命を持った、月のお姫様

 記憶がずっと反芻されていく…

 あの例月祭の夜。謎の白い光に飛ばされ、平安末期の京都へタイムスリップした
 ここ白玉楼で保護された私は、白玉楼の主である西行寺幽々子の目的に気付いてしまう
 私を探しに来た姫様と妹紅さんに見つかった私は、その話をした後に飛び出してしまう

 そして、謎の空間に飲み込まれた私は、八雲紫の式、八雲藍と戦った
 八雲藍との勝負には勝ったものの、私は八雲紫に正体不明の技をかけられた…

 そこで記憶が途切れる…

 八雲紫がなぜ、私を捕まえたのか。それは分からない
 だが、確実に分かっていることは一つ
 それは、姫様と妹紅さんが、私を助けに来てくれたこと

 二人が、私の為に戦ってくれているということ



(そうよ、優曇華ちゃん)



 突如、私の意識にどこからともなく声が聴こえた
 周囲には、姫様たち以外に人影はない。しかし、その声には聞き覚えがあった



(幽々子さん…!)



 そう、その声はまごう事なき白玉楼の主、西行寺幽々子の声だった



(そうよ、ごめんなさいね。私のために、貴方まで巻き込んでしまった…)



 声の主、西行寺幽々子は申し訳なさそうな、小さな声で言った
 彼女のせい…というのは良く分からなかったが、何か私に責任を感じているようだった



(優曇華ちゃん、貴方は聡明だから、気付いていたかもしれないわね。私の考えていることが…
 私は、紫にも協力を求めていたわ…。紫なら理解してくれる…。そう思っていたのだけどね…)



 幽々子さんの話を聞いて、私は…ッハと気付いた
 そうだった。幽々子さんは、あの『西行妖』を封印するために、自らを犠牲にしようとしていたのだ



(紫は、貴方の素性に気付いてしまったようね。だから、貴方を私の身代わりにしようとしたの…)



 そこまで聞いて、ようやく今までの話の流れに得心がいった
 八雲紫は、私を幽々子さんの身代わりにし、『西行妖』を封印しようとしたのだ
 どうして私が幽々子さんの身代わりになれるのか、それは分からない…

 でも、そうしたら、私は幽々子さんを救える…

「幽々子さん…。もしも、私が幽々子さんの身代わりになれるのなら…」

 それは、私が密かに思っていたことだった
 幽々子さんが自分の身を犠牲にしようというのなら、自分が身代わりになってもいい…

 それは、私の月の兎の宿命なのだと思ったし、何よりもまた誰かを犠牲にして生き延びるのがイヤだった



(馬鹿ね、何を言っているの。なんの為に、あの人たちが紫と戦っていると思っているの)



「―――!?」

 幽々子さんに叱咤されて、私は我に返った
 いま、私の目の前では、姫様と妹紅さんが、死ぬ気で八雲紫と戦っているのだ

「で、でも…。私は月面戦争でみんなを見捨てて逃げました…
 いま、また幽々子さんを見殺しにしたら…。私は…」

 私の心の中に、死んでいった仲間の兎達の顔が浮かぶ
 きっと、今でも恨んでいるだろう…



(優曇華ちゃん、貴方の気持ちは嬉しいわ。でも、あの『西行妖』は、私がけじめをつけなければならないの…
 あの桜は、私の罪の証なのだからね…)



 幽々子さんがそういうと、まるで一陣の風が私の中で吹いたように感じる
 その風の中に、幽々子さんの記憶が断片的に混じっている…

『西行妖』が妖怪桜となり、人の命を奪い始め、弘川寺から白玉楼へ移植される話が出たとき、幽々子さんは内心で喜んだ
 父が愛した桜と暮らすことで、もう一度父と暮らせるような幸福感を感じられると思ったからだ

 しかし、その桜はやがて妖忌さんの娘の命を奪った
 そして、次々と人の命を奪っていった。幽々子さんもまた、『死を操る能力』を手に入れてしまった
 幽々子さんは、ずっと悔いていた。自分の勝手な考えで、妖忌さんの娘を奪い、多くの人を死に誘った

 そのことに決着をつけるため、幽々子さんは食事を断ち、『西行妖』を封印するための修行をしていたのだ



(優曇華ちゃん、私はあの二人の戦いを最初から見ていたわ。二人とも紫にボロボロにされながら戦っていた
 それは、貴方が大切な人だから…。貴方には帰るべき場所がある。こんな所で死んではいけないわ…)



 幽々子さんの言葉は、優しく、そして悲しいものだった
 幽々子さんは、ずっとこんなに悲しい想いに耐えてきたのだ
 そう思うと、言葉がでなくなり、自然と涙が溢れてきた



(優曇華ちゃん、貴方がいま救わなければならないのは、私じゃないわ。あの二人なのよ
 いま、あの二人を助けられるのは、貴方しかいないの…
 過ぎてしまったことを、どんなに後悔しても後戻りはできないのよ。だから、いま貴方はあの二人を救わなければならない
 さあ、紫の術を解くのよ―――!!)



 涙は、いったい誰の為の涙なのだろう…
 自分の命を賭して『西行妖』を封印しようとする幽々子さんの為?。私を助ける為、必死になって戦っている姫様達の為?
 分からない。だけど、この涙は熱い…

 私の心は、自然と八雲紫のかけた術を解くのに必死になっていた
 気持ちを精一杯集中して、その術を突き破ろうとしていく



(そうよ、頑張って、優曇華ちゃん。紫はいま、二人を相手にするのにフルパワーを使っている
 貴方への術の力は弱まっているはずよ、そして感じて、二人の想いを!)



 私の目には、姫様と妹紅さんが映っている
 八雲紫の圧倒的な力の前に、ジリジリと押されて行っている

「姫様…、妹紅さん…!」

 私は足掻く…、力の限りに…
 二人を、助けなきゃならない…。二人を、絶対に死なせてはならない

「くぅぅぅ…!」

 しかし、八雲紫の仕掛けた技は強力だった
 どれほどの力を込めても、私の力ではとても破れそうもない…

 私の力は、こんなものなのか…


(………)


「―――!?」

 ふと、私は自分の耳を疑った。すでに幽々子さんの声は聴こえなくなっている
 それなのに、誰かが私の耳元で囁いている



(頑張って…。頑張って、優曇華ちゃん)



 私の周囲に、死んでいった仲間の兎達の顔が浮かんでいた
 私を恨んでいったはずのみんなが、私を励ましている…!



(優曇華ちゃん、あと少しだよ)



(もうちょっと、もうちょっとで破れるよ)



 私を取り囲んだ仲間の顔が、どんどん増えていく
 私を励ましながら、私を勇気付けるように周囲を廻っていく

「どうして、どうしてみんな私を励ますの?。私を恨んでいたんじゃないの」

 私は周囲を取り囲む顔に、当然の疑問を投げかけた
 ずっと、私の心の片隅にいて、私を苦しめてきた
 そんなみんなが、私を励ましてくれている



(そうだよ、みんな君を恨んでいた…)



(君は私達に怯えながら、ただ震えていただけだったからね)



(でも、今の貴方は違う。あの二人を護る為に、貴方は自分の命すら投げ出そうとしている)



(いま、貴方は貴方がやるべき事を、全力でやり遂げようとしている。だから、みんな応援しているんだよ)



「み、みんな…」

 私の心から、堰を切ったように感情があふれ出した…
 そうだ、私はただ怯えるばかりで、何もしてこなかった
 ただ震えていただけだから、みんなが怖かった…

 ようやく分かった。私がどうすべきなのか…

 それは、『私がやるべきことを、私が全力でやり遂げること』



(さあ、もうちょっとだよ)



(あと少しで、八雲紫の術は破れる)



「みんな、ありがとう―――!!」


 その瞬間、私の意識は一気に拡散し、元の肉体へと戻っていった






~白玉楼・本堂~







「く、くくく…」

「くそ…、この土壇場で、力が出ない…」

 輝夜も妹紅も、必死で全力を振り絞っているものの、それでも八雲紫の全力には敵わなかった
 紫の『ギャラクシアン・エクスプロージョン』は、少しずつ龍と鳳凰を押し返していく
 
「ふふふ、もうそろそろ終わりにしましょう…」

 紫がさらに妖気を強めていく。この妖怪の底は、いったい何処にあるというのか
 紫の全身から迸る妖気が、二人の力を押し戻していく
 二人には、もはや対抗する力が残っていない

「これが最後よ…!。塵芥となって、宇宙を彷徨いなさい!」

 そういうや、紫が一気に勝負を決めに行った
 その刹那―――!?



『散符・真実の月(インビジブルフルムーン)』



 紫が勝負を決めようとした瞬間、優曇華の意識が戻り、その指先から一気に弾幕が放たれた

「馬鹿な―――!?」

 突然の攻撃に、紫は大いに狼狽する
 紫の仕掛けた『幻朧魔王拳』は、掛けられれば絶対に解く事のできない伝説の魔拳である
 それを、たかが月の兎である優曇華に破られるなど、まさに驚天動地である

「優曇華―――!?」

「ひ、姫様…」

 優曇華の復活に気付いた輝夜が絶叫する中、優曇華は倒れてしまった
 戦いのダメージと、紫の『幻朧魔王拳』を破った反動で、一気に力を使い果たしてしまったのだ

「チャンスだ。優曇華に自分の技を破られて、紫が混乱しているぞ」

 妹紅が言った。自分の力に絶対の自信を持つ紫が、自分の技をたかが兎に破られたのである
 そのショックは測り知れない。そのお陰で、紫は力を集中できず、力が弱まっている

「紫を倒すにはここしかない!。一気に行くぞ!」

「フルパワーよ!!」

 輝夜と妹紅が、一気に勝負に出た。自分の全生命力を懸け、その激しいエネルギーを放出した
 力の均衡が、ついに動いた。混乱した紫は、もはや力を集中させることができない

「ば、馬鹿な…。私が、幻想郷最強のこの八雲紫が…」

 紫も必死で体勢を立て直そうとするが、どうしても力を集中させることができない
 紫もまた、二人との戦いで力を消耗していたのだ

 優曇華に『幻朧魔王拳』を破られた事で、一気にその反動が来たのだ



「お、おのれ…。う、うわぁぁぁぁ―――!?」



 ついに、龍と鳳凰が、紫の『ギャラクシアン・エクスプロージョン』を食い破った
 紫の身体を、光り輝く龍と鳳凰が襲い掛かった。鋭い牙と嘴が、紫の身体を突き破る




「うぉぉ…、うわぁぁぁ―――!?」



 そして、ついに龍と鳳凰は天に昇っていった
 地面に落下した紫は、かろうじて生きている

「く…」

 しかし、わずかに呻き声を挙げるだけで、もはや身動き一つ取れなかった
 ついに、輝夜と妹紅は、八雲紫を倒したのである

「か、勝った…」

 激しい疲労の余り、妹紅が膝をつく

「イナバ…」

 輝夜は、すぐに優曇華に向けて駆け寄った
 床に倒れた優曇華を抱き起こし、必死で名前を呼んだ

「ひ、姫様…」

 意識が戻った優曇華は、ただ一言だけ呟いて涙を流した…
 輝夜は、優曇華をしっかりと抱きしめた

「く、私が敗れるなんて…」

 紫もまた、意識は残っていた
 さすがに幻想郷最強の妖怪は、肉体もタフである

「紫、あんたのした事を、全てが全部悪いとは言わないわ」

 紫に気付いた輝夜が、地面に墜落した紫を見下ろしながら言った

「あんたは幽々子が大事だったから、だから優曇華を代わりの生贄にしようとした
 それは、誰しもが持ちうる気持ちよ。私も、同じ立場ならそうしたかもしれないわ」

「………」

 輝夜の言葉には、同情や哀れみの気持ちはなかった
 紫は、幽々子の気持ちを知っていながら、それでも幽々子を救おうとした

 自分なりのやり方で…

 確かに、幽々子の意思を尊重して、幽々子を見守ることが正しかったのかもしれない
 ただ、それが世の中全部の為に良くても、自分の為に良いとは限らない

「ただ、あんたが幽々子との友情を棄ててでも幽々子を守ろうとしたように、私にとっても、この優曇華は掛け替えのない存在なの
 だから、私はなんとしても優曇華を助けたかった。それだけよ…」

 輝夜の言葉が、紫の心にのしかかる
 紫も輝夜も、ただ大事な物を守る為に戦ったのだ
 命がけで戦った相手から、思いもかけずに言葉をかけられ、不覚にも紫は涙を零してしまった

「これで、一件落着か…?」

 ようやく立ち上がった妹紅が言った
 これで、優曇華を助け出すことができた。これで、元の時代に戻れるはずである

「待って…」

 安堵の空気が流れようとした瞬間、輝夜が静まり返った本堂で静かに言った

「あの声は、なに…?」

 すでに時刻は夜中になっている。ここ白玉楼は、山中にある屋敷である
 こんな時間に、獣の声以外に聴こえるはずはない

 しかし、確かに何かが聴こえる
 しかも、その声はだんだん近づいてきている

 その数は、とても一〇〇では利かない。千とも万ともつかない声が、この白玉楼に近づいてきている



(死にたい、もうダメだ…)



(苦しい…、もうイヤだ…)



 その声を聞いた瞬間、輝夜達は、ぞっとした
 まるでこの世の全てを恨むような怨嗟の声が、この白玉楼に近づいているのだ

「こ、これは…、亡者の声…。この『西行妖』に引き寄せられた亡者達の声だ」

 優曇華は、いつか見た夢を思い出した
 この世で生きる希望を失ったもの。絶望の淵に立たされたもの。悲しみに包まれた者
 この世で生きる力を失った亡者が、満開が近づく『西行妖』の力に引き寄せられ、この白玉楼に集まってきているのだ

「くそ…。冗談じゃないぜ」

 そういうと、妹紅は背中に炎の翼を広げた

「妹紅、どうするつもり!」

 輝夜が驚いて聞いた
 しかし、こんな状況で妹紅がやることと言ったら一つしかない

「決まってるだろ、あの『西行妖』を止めるんだよ!」

 やっぱり、向こう見ずの無鉄砲の妹紅らしい判断だった

「馬鹿、なに考えてるの!。歴史の流れが変わったら、私たちは帰れなくなるのよ!」

 輝夜が言った。歴史の流れが変わってしまったら、輝夜たちは元の時代に戻れなくなる
 それは、てゐの時のことで分かっているはずである

「うるせえ!。ここまで来て、知らぬ仏のお富さんを決め込んでいられるか!
 元の時代に戻れなくっても、そこのスキマババァがいるんだ、なんとかなる!」

 無茶苦茶な理屈で、妹紅が言い放った
 単純な妹紅らしく、ここで幽々子を見捨てていくことができなくなってしまったらしい

「さあ、行くぞ!。満開になったら止められねえ!」

「ま、待ちなさい!」

 妹紅は、一気に『西行妖』に向かって飛び出した
 輝夜と優曇華も、妹紅に続いた

「………」

 一人、身動きの取れない紫は、あまりの展開の早さについていけなかった
 ただ一人、半壊した本堂から、空に輝く月を眺めた







~白玉楼・南庭~







 すでに、亡者達は白玉楼の塀に取りすがっていた
 あるものは塀を乗り越えようとし、あるものは門を破壊しようとしている

 そして、『西行妖』は怪しげな光を放ち、まさに満開を迎えようとしていた
 すでに八割方の蕾が開花してしまっている。全ての蕾が開花してしまったら、もはやどうやっても止めることはできない

「もう、ほとんどの蕾が咲いてしまっている。早く止めないと…」

 輝夜は、すばやく自分の掌に力を集めた
 輝夜の力は、『永遠と須臾を操る能力』。この力なら、『西行妖』の開花を止めることができる



「ハァ―――!?」



 輝夜は、一気に『西行妖』に向かって力を解き放った
 しかし、その力は『西行妖』の周囲に張り巡らされた結界に跳ね飛ばされる

「きゃあ―――!?。私の力が、跳ね返された!」

 輝夜は信じられない気持ちだった。あの暴走したフランドールでさえ足止めした輝夜の力が、全く通じないのだ
 そうこうしている間にも、次々に蕾が開花していく

「ちくしょう。なら、今度は私だ!



『フジヤマヴォルケーノ』



 ―――!?」

 妹紅の右手から、炎から生み出された鳳凰が飛び出す
 不滅の炎を持つ鳳凰なら、この『西行妖』を焼き尽くすことができるはず

「何―――!?」

 しかし、今度も同じだった。妹紅の放った『フジヤマヴォルケーノ』が、『西行妖』の結界に跳ね返された
 なんという強力な結界なのだろう

 輝夜の力も、妹紅の炎も、全く通用しない

「く…、どうするの、妹紅!?」

 輝夜が妹紅に聞いた。妹紅とて、最大の力で『フジヤマヴォルケーノ』を撃ったにも関わらず、あっさりと跳ね返された
 紫との戦いで、力も消耗している。とても、力では『西行妖』を封印できない

「こうなりゃ、あの亡者共を止めてやる。あいつ等が死ななきゃ問題ないんだ!」

 妹紅は一気に飛び立った。『西行妖』を力で止めることはできない
 ならば、あの亡者を止めればいい

 短気な妹紅らしい考えだ

「おい、てめえら、よしやがれ!」

 妹紅は塀をよじ登ろうとする亡者を蹴飛ばした

「何があったか知らねえけどなあ、死んでどうするんだよ!
 お前等が死んだって、何もいいことはねえんだ!」

 妹紅は大声を張り上げて、亡者達に向かって叫んだ
 しかし、その声は一つとして亡者には届かない



 もうダメだ…      寂しい…
      死にたい…     悲しい…
          苦しい…     もう殺してくれ…



 亡者は念仏でも唱えるように、この世への呪詛を吐き散らしていた
 妹紅の声など、とても耳に届いてはいなかった

「ちい、どうせこんなこったろうと思ったぜ
 こうなったら、ちぃっと手荒になるが許せよ!



『鳳翼天翔』



 ―――!?」

 妹紅の右手から、激しい風が巻き起こった
 亡者達に自分の心が通じないと悟った妹紅は、実力行使に出た

 しかし…

「う、うわぁぁぁ!!!」

 妹紅が亡者に放った『鳳翼天翔』も、『西行妖』の力で守られた亡者に跳ね返されてしまった
 不意を突かれた妹紅がバランスを崩し、亡者の群の中に墜落する



 もうダメだ…      寂しい…
      死にたい…     悲しい…
          苦しい…     もう殺してくれ…



 妹紅の周囲で、亡者達の呪詛が繰り返される



 苦しい…            死なせてくれえ…
    辛い…                 もう何もいいことなんかないんだ…
      こんな人生はもうイヤだ…                     生きているのがツラい…



「やめろ…、どうしててめえ等、明日を信じねえ!」

 亡者の呪詛を振り払うように、妹紅が喚き散らすが、亡者には妹紅の言葉は通じない



 もうダメだ…         早く楽に死なせてくれ…
      死にたい…               もう何もかもがイヤになった…
          もう終わりだ…                      苦しい…苦しい…


 もう何もする気にならない…                    辛い、死にたい…
             もうどうでもいいんだ…                 何もしたくない…
                       殺してくれ、殺してくれ…             何もかも終わってしまえ…




 妹紅の姿が、亡者の群に吸い込まれてしまった
 もはや、どうすることもできない。これが、『西行妖』の力なのか…







「馬鹿ね…、あの『西行妖』の力は、私でもどうしようもなかった…」

 本堂で倒れていた紫は、三人の様子を見ながら呟いた
 紫も、何度と無くあの『西行妖』を封印しようと試みたのだ
 しかし、全てが尽く失敗した。あの『西行妖』に張られた結界は、紫が張る結界の数十倍もの力があった
 普段の『西行妖』ですらそうなのだから、満月で、その上最も力の強くなる今夜の『西行妖』を封じることなどできるはずも無い

「さっきまで、命を懸けて私からあの兎を取り返そうとしていたくせに…
 今度は必死になって、『西行妖』を封印しようとしている…」

 紫の身体が動く…わずかに震えながら、その身体を起こす
 身体には、とてつもないダメージが残っている。だが、それでも紫は動かなければならなかった

「そうね、馬鹿なのは私も同じ…。最初から、こうするべきだったのよね…」

 紫は呟き、そして、スキマを作り出した
 紫は、静かにそのスキマに入って行った







「くそ…。これでもダメか…!」

 輝夜の如何なる攻撃も、『西行妖』には通じなかった
 もはや、蕾のままのものは幾つもない。そして、ついに亡者が白玉楼の門を打ち破った
 狭い門から、亡者が我先にと『西行妖』に向かっていく

「妹紅も亡者を止められなかった。もはや、これまでか…」

 輝夜は目を閉じた。もはや、どうすることもできない
 これから、この南庭で悲劇が起きるのだ
 とても、輝夜は目を開けていられなかった

「やめて、これ以上咲かないで、これ以上人の命を奪わないで!」

 優曇華は、まさに今から咲こうとする蕾を必死で握りつぶそうとするが、それもできなかった
 優曇華の目から、涙が滴り落ちる。もはや、優曇華の力ではどうすることもできない



「どきなさい!。ウサギ!」



 突如、優曇華に向かって声が響いた
 優曇華と輝夜が視線を動かすと、そこにはスキマから這い出た八雲紫の姿があった

「ゆ、紫さん…。なにを…」

 涙を流す優曇華が、不思議そうに紫に尋ねた

「いいからどきなさい。巻き添えを食うわよ」

 そういうや、紫はとてつもない妖気を放出しだした
 輝夜と妹紅の攻撃を食らい、幾許も残っていないであろう妖気を全て放出している
 いや、それだけでは、こんな量にはならない。これは、自分の全生命力を燃やしている…!

「紫、何を考えているの!」

「自爆するつもりか!」

 輝夜と、亡者の群から抜け出した妹紅が叫ぶ
 この妖気の量は尋常ではない。紫に残っていた妖気では、ここまでの妖気を放てないはず
 紫の身体から、血が噴水のように噴出す
 全身を駆け巡る妖気が、全身の血流を逆流させているのだ

「そうよ、もはやこの『西行妖』には如何なる攻撃も通じない
 私に残された力の全部。ありったけの力を込めて、この『西行妖』を破壊する!」

「―――!?」

 紫の言葉に、輝夜と妹紅は言葉を失った
 紫は、自分に残っている力の全てを、自らの魂と共に燃やして一気に爆発させるつもりだ
 幻想郷最強妖怪の最強最後の一撃。しかし、それは確実に紫を死に至らしめるものだった

「馬鹿、やめなさい!」

「そんなことをしても、『西行妖』は破壊できないだろう!」

 輝夜と妹紅が必死になって紫を止めようとする
 さっきまで、ギリギリの命の取り合いをしていたというのに、その光景は不思議なものだった

「いいのよ、初めからこうすべきだったわね。輝夜、貴方の言った通りよ
 私は、幽々子が何よりも大切だった。だから、全てを投げ打ってでも幽々子を止めようとした…
 幽々子のいない世界に未練なんかないわ。あのコが自分を犠牲に死ぬのなら、私も一緒に死ぬ」

 紫の妖気が、かつて無いほどに膨れ上がっている
 まるで、太陽が輝くように、圧倒的な光が周囲を包んでいく

 紫には意味が無いのだ。幽々子のいない世界など…
 だから、いまここで命を懸けることに悔いはない

「ゆ、紫さん…!」

「くそ、離れろ、優曇華!」

 紫を止めようとする優曇華を、妹紅が無理やり引き剥がした
 ここまで膨れ上がった妖気は、もはや止めようがない
 このままでは、優曇華まで巻き込まれてしまう

「まだまだ…、もっと力が必要よ…」

 そういって、さらに紫は力を込めた
 紫の額から、雫のように血が滴り落ちた…













「う、うん…」

 白玉楼の一室。館の主である西行寺幽々子は、深い眠りから目覚めた
 彼女は、夢の中で意識を飛ばして、紫や優曇華に語りかけていた

 紫は倒されたものの、病み上がりの身体には力の消耗が激しかった
 幽々子はフラつきながら、外に出てみる

 そこには、怪しげな光に包まれる『西行妖』と、圧倒的な光を放つ八雲紫の姿があった

「ゆ、紫…。なにを…」

 幽々子は叫ぼうとするが、如何せん、身体に力が入らなかった
 紫が何をしようとしているか、親友の幽々子にはすぐに分かった
 紫は自爆しようとしているのだ。その力で、『西行妖』を封印しようとしているのだ

「馬鹿ね…。私の事は、もういいのに…」

 幽々子は自分の掌を見つめる
 こうなってしまったのも、全ては自分のせいだ…

 父ともう一度暮らせるような錯覚が、幽々子の判断を誤らせた
 もしかすると、あの『西行妖』の力に最も支配されていたのは自分かもしれない
 心のどこかで、あの桜を父と同様に思っていたのかもしれない

 あの桜は、多くの命を奪いすぎた…

 そして、今度は親友である紫の命まで…

「もういいわ、これで終わりにしましょう…」

 そういうと、幽々子の両手が光りだした












「はぁ…はぁ…
 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

 紫が九字を切った。紫の力が、紫の体内で暴走している
 あまりに急激に高めた妖気のせいで、血液の温度が沸点を超え、傷口から紅い蒸気として噴出していく

「もうやめろ、それ以上は無理だ…!」

 妹紅が叫ぶが、もはや紫には外野の声など聴こえない
 紫の肉体の崩壊も始まる。爪の色が変わり、まるで年寄りのように乾燥している
 身体の先端から、肉体が老化していっている

 だが、それでも紫はやめなかった
 血液の大半が流れ出し、蒸発していった。肉体が崩壊するギリギリで紫の力が限界を超えた!



「砕けよ!。我が命!」



 紫は放出した妖気を、一気に自分の中に溜め込んで圧縮する
 もはや、その莫大な量の妖気に、もはや肉体は耐えられない

 自らの肉体を起爆剤に、紫は『西行妖』にその力を放った!

「く、紫、馬鹿野郎!」

 妹紅が叫ぶが、その声は空しいだけだった
 激しい炎は、まるで超新星爆発を思わせるほど、夜空で激しく輝いた

 紫は自爆し、肉体は粉々に吹き飛んだ…
 誰もがそう思った…。しかし…



「ゆ、幽々子…」



 急激に、紫が蓄えた力が拡散していった
 眩しい光が消えると、そこには紫の背後から抱きついた西行寺幽々子の姿があった



「幽々子…。なにを…」



 紫が口を戦慄かせながら、何かを呟こうとしたが、その言葉ははっきりとは聞き取れなかった



「いま、貴方の妖気の放出を止める秘孔を突いたわ…
 ありがとう、紫。もう十分よ…」



 幽々子が言った。紫がまさに自爆せんとした瞬間、幽々子は紫に抱きつき秘孔を突いたのだ
 妖気の放出を止める秘孔をつかれ、紫は自爆することはできなくなった
 同時に、空を飛ぶこともできず、地面に墜落する



「みなさん、ご迷惑をお掛けしました…
 でも、これは全て私が蒔いた種…。けじめは私の手でつけますわ」



 そういうと、幽々子の身体は光を放ち、輝き始めた

「ま、まさか、自分自身の能力を、自分自身に…!」

 優曇華の言う通りだった。幽々子は自分の『死を操る能力』を自分に使った
 幽々子の身体が空中に浮かび、『西行妖』に引き込まれていく

 幽々子は、自らの能力を使って、『西行妖』を封印するつもりなのだ

「止めてください!。どうして、どうして幽々子さんが犠牲にならなきゃならないんですか!」

 優曇華の悲痛な叫びが、白玉楼に響く
 幽々子の身体に、『西行妖』の光が吸い込まれていく
 桜の花が一つ散るたびに、人魂のようなものが幽々子に吸い込まれていく

「優曇華ちゃん、それからお二人とも…。本当にお世話になりました
 貴方達の経緯は存じませんが、貴方達が今のように強い思いで結ばれているのなら、必ずや目標を達成できるはずです
 優曇華ちゃん、元気でね」

 幽々子は、優曇華の問いには答えなかった
 優曇華は、すでに答えを知っているのだから

 幽々子の身体は、白い輝きを放ちながらゆっくりと『西行妖』に近づいていく
 亡者達はひれ伏し、その光を崇め、涙を流している

「紫、妖怪の賢者と呼ばれる貴方にも、そんな脆い一面があったとはね…
 私の為に、貴方を苦しめてしまっていたのね。ごめんなさい
 貴方は、私にとって掛け替えのない親友だったわ…
 この『西行妖』と白玉楼と…、妖忌達の事はお願いするわね」

 そういって、幽々子は紫にニッコリと微笑んだ

「やめなさい、貴方がいないならこの世になんの意味がある
 私は…、貴方にずっとそばにいて…」

 何事か言いかけたが、紫の言葉の途中で幽々子の身体がさらに大きな光に包まれた
 全ての花が、幽々子の身体に吸い込まれてしまったようだ

「―――!?。これは!」

 気付けば、輝夜達の身体にも異変が現れ始めていた
 三人の身体も光りだし、瞬くたびに自分の存在が消えていくように感じた
 これは、歴史の流れが正常に戻った証…
 つまり、三人が元の時代に戻ろうとしている証なのだ



「みんな、私は死んでしまったら、みんなの事を忘れてしまうでしょうけど
 もしも、貴方達がこっちの世界に来たら、その時はよろしくね…」

 そういって、幽々子は微笑んだ
 これから死ぬ人間が、どうしてこうも明るく笑えるのだ…

「それから、ここに集まったみなさん…。確かに、人生は辛いことが一杯あります…
 けれどね、生きていれば、必ず生まれて来た事を良かったと思える日が来ますから
 希望を持って、生きてくださいね…」

 幽々子を包む輝きが、最大限の光を放つ
 同時に、輝夜たちを包んだ光も瞬きが早くなる

 幽々子の身体が、少しずつ『西行妖』に吸い込まれていく…
 幽々子は微笑みを湛えたまま…

 幽々子の身体が吸い込まれるたび、その光は小さくなっていく
 そして、幽々子の身体が完全に吸い込まれると、一瞬の暗闇が周囲を包む
 しかし、その後、『西行妖』の全体から、一気に光り輝く花弁が放出された

 …と、同時に、輝夜たちもこの時代から消えてしまった

 多くの人の命を奪った『西行妖』は、ついに枯れ果て、一切の花も蕾も消滅してしまった
『西行妖』から降り注ぐ光り輝く花弁は、まさに幻想的な美しさを見せながら、悠久の時間の中で穏やかに降り続けた…



「おお、希望の光だ…」

「おお、救いの光だ…」

「ああ、素晴らしい…。心が満たされていくようだ…」



 さっきまで呪詛を吐いていた亡者達は、その幻想的な姿を見て涙を流していた
 幽々子が残した『西行妖』の花弁は、亡者達の心さえ救った
 彼等の心の中に、いつまでも彼女の姿は焼き付くのであろう

 自分達に希望を与えてくれた者として



「ふざけないで!」



 亡者達がその美しさにひれ伏す中、紫は戦慄きながら震えていた
 どうしても、幽々子を救うことができなかった
 その思いが、未だに紫の心を締め付けた
 周囲の亡者を蹴飛ばしながら、紫は叫んだ



「幽々子を犠牲にして、何が希望の光よ!。何が救いの光よ!
 幽々子!、私はこんなことは認めない!
 どんなことをしてでも、何百年かかってでも、貴方を救い出してみせる!」



 紫は、そういって強く拳を握った
 拳に食い込んだ指先から、紅い血が滴り、地面に染み込んでいく
 地面に染み込んで行った紅が、黒い地面に広がっていく

 血溜まりになった地面に、紅い月が映った
 紫は、凶悪な面相で、その月を睨んだ









~?????????~






 優曇華は目を覚ますと、そこには白い景色が広がっていた
 庭に敷かれた枯山水も、庭に咲く花も、何もかもが白に統一されているように感じた

 自分の隣では、輝夜と妹紅が眠っていた
 二人とも気絶と云うよりは、疲労の為に眠っているようだった

 優曇華には、その庭に見覚えがあった

「あれ、優曇華さん。どうしたんですか?」

 聞き覚えのある声に、優曇華ははっとした
 ボブカットの白い髪。緑の服に大小の太刀を佩いたその姿

 間違えるはずも無い、魂魄妖夢の姿であった

 つまり、ここは…元の時代の白玉楼である

「戻って、来たんだ…」

 あまりに多くの事が起こりすぎて、優曇華は気持ちを上手く整理できなかった
 ふと、自分の目の前にいる妖夢の事を思い出す
 自分より年上だった妖夢の赤ン坊時代を見たことが、なんだかとても複雑で不思議な気分にさせた

 嬉しいはずなのに、悲しみも半分と言った所だろうか…

「あれぇ、輝夜さんと妹紅さんも…。しかも、みんな服もボロボロ…
 何かあったんですか…?」

 妖夢がまだ眠っている輝夜と妹紅を発見した
 ここは冥界。輝夜と妹紅には、最も縁のない所である

「あらあら、こんな時間にお客さんかしら…?」

 ふと、優曇華の背後から声がした
 その声に、優曇華は震えた。当たり前すぎることだが、その声の主が誰なのか、はっきりと分かる

「そういえば、いつぞやの異変の時には、蓬莱人の生き肝を食べ損ねたわね
 わざわざ食べられに来たのかしら」

 物騒なことをいうその声の主。優曇華は、恐る恐る振り返る

「ゆ、幽々子さん…」

 その顔を見て、とても優曇華は筆舌し難い表情になった
 すでに幽々子は死んでいるが、その魂は亡霊となってこの白玉楼に留まっている

 生きている頃に比べ、髪の色と皮膚の色が薄くなり、足も地面から浮いている
 豊満なバディは生きている時と変わらず、その屈託のない笑みもそのままだった

「あら、貴方は…慥か永遠亭の…。うどん粉ちゃんだったかしら?」

 マジなのかボケなのか分からないが、幽々子は思いっきり優曇華の名前を間違った
 慧音も言っていた通り、幽々子は生前の記憶を全て失っているのだ

「幽々子様、優曇華さんです。私が怪我した時に直して貰ったじゃないですか」

 ツッコミ役の妖夢がつっこむ
 これが、いつもの幻想郷の風景。この白玉楼の当たり前の歴史…
 しかし、優曇華にはそれがとても悲しく思えた…

「アラ、優曇華ちゃん。泣いてるのかしら?。お腹でも空いたのかしら?」

「お腹が空いて涙が出るのは、幽々子様くらいです」

 妖夢が呆れつつつっこんだ
 幽々子の思考回路は、基本的に食べ物を中心に廻っているといって過言ではない

「そうかしらねえ、時に妖夢…。お腹が空いたわ」

 幽々子の発言に、妖夢は盛大にズッコケた

「幽々子様、さきほどお昼を食べられたばかりじゃないですか」

 妖夢がつっこむ。幽々子のお陰で、白玉楼のエンゲル係数は1000%を超えているとか
 いったい、どうやったらそんなに喰えるのか

「大体、幽々子様はもう死んでるんだから、食べなくても平気じゃないですか」

 さらに妖夢がつっこんだ
 幽々子は亡霊であるため、食べなくても死ぬ事はない
 半分幽霊の妖夢だって、食事の量は普通の半分で済むのだ…

「う~ん、どうしてかしらねえ。食べても食べてもお腹が空くのよ~」

「―――!?」

 困ったように小首を傾げる幽々子
 その言葉を聞いた瞬間、優曇華にはあの場面が蘇ってくる

 あの時代に白玉楼に初めて泊まった夜。幽々子は自分の膳には手を付けず、何も食べなかった事を…
 何年も、ほとんど食事を取っていなかったことを

 亡霊になった今、その時の反動が出てきているのだろうか…

 そう思った瞬間、優曇華の目から涙が溢れ出した
 顔がグシャグシャになりながら、妖夢が差し出したハンカチで顔を拭く

 そう、ここにいる幽々子は、紛れもなく自分があの時出会った幽々子なのだ
 記憶を無くしていても、あの時代に繋がる証左を見て、優曇華は涙が止まらなかった




「幽々子さん…。今度は一杯、ご飯を食べてくださいね…」
いやぁ、ついに第二章が終わりました
思ったより長かったなぁ…。第三章以降はさらに長くなるからなぁ大変だ
ちなみに、紫様が某黄金聖闘士の技を使っていますが、私の作品においては誰がどの技を使っているのかというのも、物語を解く上でのヒントになっております
この物語の最終的な解決はどうなるでしょうねえ

作者独自の解釈が含まれます
東方以外のオマージュ、パロディが存在します
書き方は作者独自の物です

~次回予告~

白い光に飛ばされた霧雨魔理沙は、魔法の森を彷徨っていた。いつもと違う森の様子に戸惑う魔理沙の前に数年前のある日の自分自身があわられる。自分自身がタイムスリップしたことに気付いた魔理沙、そして、魔理沙の前に現れた人物は…

次回 東方千一夜~The Endless Night 第三章「悪霊の魔術師」御期待ください

このリンクから第三章に飛べます
続き物なので、序章から読んでね


名前入れ忘れてたぜ orz
ダイ
http://coolier.sytes.net:8080/sosowa/ssw_l/?mode=read&key=1286806269&log=128
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コメント



0.610簡易評価
9.無評価名前が無い程度の能力削除
投降者名が名前が無い程度の能力になっていますよ。
27.10名前が無い程度の能力削除
おもしろいですよ。
ただ、タグ自重
38.90名前が無い程度の能力削除
いろんな人に批評受けてますが、私は文法とか詳しいことがわからないので・・・純粋におもしろかったです。続きが気になります。個人的にこういう話は好きです!頑張って下さい!