「今日から貴方は私の部下よ」
彼女にそう言われた時の事を忘れる事は無い。
私はこの時、死すら殺される事すら覚悟していた。
それだけの事を………私はしたのだ。
だけれど、彼女の口から出たのはこの言葉だった。
そして、これが優しく小さな友人との関係に終止符を打つ………そんな言葉でもあった。
「美鈴………あなた何してるの?」
「いえ、何と言われても門番をしているとしか言いようがありませんが」
「そう、それが門番ねぇ」
そう呆れたように、十六夜咲夜は足元にいる招かれざる二人の客に目線を向ける。
一人は怯えるように縮こまっているが、もう一人は咲夜を不満そうに見つめ、口を尖らせた。
「なーなー美鈴、そんな奴ほっておいて早く遊ぼうよ」
「チ、チルノちゃん、まずいよ。美鈴さん、また今度」
「な、なんだよ、そんなに引っぱらないでよ。
って、いたっ、ちょっと大ちゃん、かみ引っぱちゃだめぇ!!」
そんな二人のやり取りを見つめ、その姿が小さくなったのを確認してから「子守の間違いじゃないの?」と、ため息交じりに咲夜が言うと、美鈴はこう答えた。
「いえ、お客様に楽しんでもらうのも門番の務めですよ」
「あの子達はお客様では無いでしょう。全く、美鈴。貴方には呆れて物も言えないわ」
まあ、そこが貴方のいいところなんだけどね。咲夜は小さく笑ってそう付け加えた。
その様子から、咲夜が美鈴の門番をサボっている事をを叱りに来た訳ではない事が分かる。とはいえ、美鈴は本心からサボっているつもりなど無いのだが。
「何か御用ですか?」
「ええ、パチュリー様が貴方を呼んでいるから早く行きなさい」
「パチュリー様が? なんでですか?」
「そんな事私は知らないわよ、ほら、行きなさい」
そう急かされ、美鈴は『一体何の用だろう?』と思いながら走って紅魔館に入った。
咲夜の方は、近くにいた妖精メイドを捕まえて何やら説明している。
どうやら美鈴の代わりに門番をやらせるつもりらしい。
この大きな門の前に誰もいないと言うのは見栄えが悪い、そう判断したのだろう。
もっとも、もしも来客があった時は何の防衛にもないだろう事を咲夜は理解をしていた。
「あ、美鈴さん。こんにちは」
「こんにちは、小悪魔さん」
紅魔館にある大図書館、そこは日の光一つ通さない本の為の空間。そこの管理、そして主であるパチュリー・ノーレッジの補佐をするのがこの小悪魔だ。
その小悪魔が両手に本を抱えた状態で、美鈴を出迎えた。というより、はちあったと言った方が正解だろう。ぶつかった訳ではないけれど、それは美鈴が小悪魔の気配に気づいて回避した事によるので間違いではないだろう。もっとも、その事に小悪魔自身は気付いてはいないが。
小悪魔は申し訳そうにしながら、「申し訳ありませんが、ちょっとドアを抑えていてもらえますか?」とお願いをした。
小悪魔の様子を見て大体の事情を理解していた美鈴は、もとよりそのつもりだったが「ええ、良いですよ」と言って、小悪魔が通りやすいように元から開いていたドアの逆側も開けたままにしてあげた。羽根があたらないようにしてあげたのだろう。
小悪魔は礼を言って、出ていきそれと逆に美鈴は図書館の中に足を踏み入れた。すると、暗闇の中でバサバサという音が聞こえる。蝙蝠でもいるのだろうか? と、美鈴はそういう風に思ったが深くは考えず中へと入った。
中は、まるで人がいないように静かで薄暗かったが、奥に小さな光を見つけ美鈴はそこを目指して足を進めた。
あと数歩と言うところで、その光の発信源である小さな発光体。まるで人玉のような小さな光の球が宙に浮いている。これはパチェの魔法で、本に傷みが出ない光を出すものだ。
それが、美鈴近づいた途端、パチパチと点滅した。
「あら? 美鈴早かったわね」
それを合図にするように、パチェは本を閉じて振り返った。
どうやら、人が近づくと点滅するような魔法をかけていたようだ。
「お急ぎじゃなかったんですか?」
「え? ああ、もしかして咲夜にすぐ行くように言われたの?」
「はい」
パチェは困ったように顔をしかめた。
「それは、悪かったわ。私としては暇な時にでも寄って貰う程度の言い方をしたつもりだったんだけど………」
「そうなんですか?」
「まあ、でも早いに越した事は無いからある意味では、好都合と言えるかもしれないわ。………ああ、もしかしてワザとやったのかしら?
………というか、何突っ立ったまま話を聞いてるの? ほら、椅子に座りなさい」
そう言われて、おずおずと脇にあった椅子に美鈴は腰かけた。
それを確認したパチェがパチンと指を鳴らすと、自分の座っていたテーブルの上に乗っていた本は勝手に元あった場所に戻り、テーブルと彼女の座った椅子ごと宙に浮き向きを変え、美鈴と対面になるようにテーブルと椅子は配置された。
魔力の無駄遣いだ。
「それで話って言うのは何なんでしょう?」
「あら、友達と話をするのに用が無くちゃいけないの?」
「と、友達って、そう言って下さるのは嬉しいですが、私は単なる部下ですよ」
「そうは言うけど、貴方はレミィの部下であって私の部下ではないでしょう?」
「た、確かにそうですけど………」
「それにね、私そろそろ飽き飽きしてきたの」
「え?」
「あなた達の部下ごっこに」
その言葉に今まで軽い笑みを浮かべていた美鈴の表情に笑みが消えた。
「何を言ってるんですか?」
先程までの柔らかい口調うとは違う明らかな敵意を剥き出しにした口調で美鈴はそう言った。
だけれど、パチェはまるで気にしていないように話を続ける。
「だから部下ごっこよ」
「………そんな事の為に私を呼び出したんですか?」
「ええ」
「帰ります」
美鈴はそう言うと、乱暴に椅子から立ち上がると出口まで大股で歩きだした。
「逃がさないわよ」
パチェのその言葉に反応するように図書館の扉が『バタン』という大きな音と共に閉じた。
いや、正確に言えば閉じ込められたと言った方がいいのかもしれない。
「………」
パチェはにんまりといやらしい笑みを浮かべた。
美鈴はそれを無視し、閉じた扉に向かって全力で拳を振るう。
「無駄よ」
その言葉通り、美鈴の繰り出した拳は扉を破壊するどころか触れる事すら出来なかった。まるで見えない壁でもあるかのように。
美鈴はため息を吐くと繰り出した拳をゆっくりと下げた。
「相変わらず強引ですね、パチュリー様」
「貴方もいい加減乱暴ね、メーリン」
美鈴は一つ溜め息をついて、諦めたようにもう一度パチェの前に座り「それで、私にどうしろって言うんですか?」と不貞腐れたように言った。
「あら、諦めがいいわね。もっと抵抗するかと思ったのに」
「そんなもの、ここでしてもどうせ無意味なんでしょう?」
「ええ、無意味よ。ここをどこだと思っているの?」
そう言って、パチェは薄く微笑んだ。
「………まったく、分かってて言うんですから性格悪いですよね、パチュリー様は」
「パチェ」
「え?」
「昔みたいにパチェって呼びなさい」
「いえ、それは…………」
「丸焦げにするわよ」
表情こそ穏やかな笑みを浮かべていたが、否。そんな表情を浮かべているからこそ、美鈴は溜息を吐いた。
こういう時の彼女に歯向かうだけ無駄だと美鈴も知っている。
「…………それで、何の用なんですか。パチェ」
「貴女のそういう潔いところ、好きよ」
そう言って、パチェは「いい加減に仲直りしなさい」とその笑顔のまま言った。
だが。
「それは無理です」
美鈴の口から出た言葉は、それを肯定するものではなかった。
「……あなた、まだあの日ことを気にしているの?」
「はい」
「何十年前のことよ」
「はい」
「あの子も………フランもあなたと昔みたいに戻りたいって言っているわ」
「………」
「私もそうよ」
「………」
「レミィだって―――」
「そうだとしても」
パチェの言葉を遮るように、美鈴は言葉を挿んだ。
「私にはその資格はありません」
そう言うと、美鈴は立ち上がった。
「申し訳ありませんが、ここから出してくれませんかパチュリー様」
「………ええ」
パチェはその言葉に寂しそうな顔をした後、ゆっくりと指を振って部屋全体にかけた魔法を解いた。
「………時間を取らせて悪かったわね」
「…………………いえ」
最後にそう言って、美鈴は部屋から出て行った。
心なしか、その後ろ姿が私には小さく見えた。
「降りてきなさい、レミィ」
ビクリと、私はその言葉に反応した。
少し呆けていたのかもしれない。
私は地面に降りて術を解き、蝙蝠の姿から元の姿に戻った。
「全く、何泣きそうになっているのよ」
「な、泣いてないわよ!」
「私は泣きそうって言ったのよ」
呆れたように溜息を吐いて、パチェはそう言った。
くそっ! だましたわね。
「だましてないわよ」
「ひ、人の心を読まないでちょうだい」
「顔に出てた」
涼しい顔でパチェはそう言った。
私は文句を言うことができず、うーーと睨みを効かすとパチェはニヤニヤと笑っていた。
何が面白いのよ!
「まあ、ふざけるのもこのくらいにしましょう」
いや、別に私はふざけてなんかいないけど………
「もう、わかったでしょう? メーリンからあなたに許しを乞うてくることが無いってこと」
「それは――」
「だから、あなたが許してあげるしかないの」
「…………」
「プライドを捨ててね」
パチェは「私にできることはここまでよ」と言って私の頭を撫でた。
私はいつまで経っても子ども扱いされているようだ。
私の方が年上なのに………。
「それに、元はと言えば私達にだって責任あったでしょう?」
「………ええ、わかってるわ」
そんな事、あの日美鈴を、メーリン責めた時から気づいている。
私はあの日、全ての責任をメーリンに擦り付けたのだから。
………自分の責任に目を瞑って。
「今日、謝るわ。あの日の事も全部話す。
例え、今度は私が嫌われることになっても………」
私は言いながら、部屋の外へと足を進めた。
意志が挫ける前に行くために。
「そう………頑張りなさい」
後ろから、パチェの、困ったときにいつも泣きつく私の親友の声が聞こえた。
………そんなんだから私は今でも子ども扱いされるのだろう。
その言葉を背に、私は決意を新たに足を進める。
いつも馬鹿騒ぎをしていた、もう一人の親友の元に。
途中なのでとりあえずこの点数
楽しみにさせてもらいます。
点数は途中なので低めにですが、ご容赦を