- 前作までのあらすじ -
いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分抹殺業務に就いた輝夜。
しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
一発逆転を目指した輝夜は守矢神社の主催する「大ボケさんいらっしゃい大会」に出場、ツッコミ役の早苗を相手に持ち前の破滅的なボケを披露して見事に優勝した。
ツッコみ切れなかった早苗は心にトラウマを抱える事になったが、賞金でようやく永琳にマッサージチェアをプレゼントできた輝夜は大満足なのであった。
↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません
夏の永遠亭。幻想郷でも今年の夏は暑い。
輝夜は暑さに任せてだれたい放題だれていた。
「イナバ~暑いよぉ~」
特に意味もなく鈴仙の部屋を訪ねる。
薬学の勉強をしていた鈴仙はとても迷惑そうだ。
「そりゃ夏ですからねぇ。ペンギンの幻でも見せましょうか?少しは涼しくなりますよ」
そう鈴仙が言ったが早いか、輝夜はあっという間に何十羽という数のペンギンに囲まれた。
この模様は・・・アデリーペンギンか。
確かにアデリーペンギンはとんでもなく可愛い。
全ての動物の中で一番可愛いと言っても過言ではないだろう。
だが、ちっとも涼しくならない。所詮は幻か。
「だめだぁ!イナバ~、暑いし暇だしベタベタするしお腹すいたし口内炎痛いよぉ」
「もう、うるさいなぁ。不満は一つにして下さいよ」
「・・・ねむい」
「増やすなっ!」
いけない。これはいわゆる「燃え尽き症候群」だ。
永琳にマッサージチェアを買えた事によって一つの目標を達成してしまい、全てに対してやる気を失ってしまっているのだ。
このまま放っておけばどんどんグダグダになって、毎日邪魔をしに来るに違いない。
何とかせねば。
思えば大ボケさんいらっしゃい大会の時の輝夜は、その名の通り輝いていた。あれが人生のピークだったのか。
その時、鈴仙ははたと思いついた。
早苗と一緒にいれば、あの時の輝夜に戻るかも知れない。
うまくすれば、次の目標も見つけるかも知れない。
鈴仙は僅かな可能性に賭けた。
「姫様、涼しい場所に行きたくありませんか?」
「行きたい!どこ!?」
「山の上です。標高が100m高くなると、気温が0.65℃下がると言われているんですよ」
「え~っ、登山はやだぁ」
「まあまあ、兎車を出しますから」
兎車とは、牛車で言う牛の代わりに300羽近くの兎が引く車の事で、永遠亭では移動手段としてよく使われている。
ぴょんぴょんと軽快な走りなのだが、数多の兎達の進行方向を均一に揃える高度な技術が必要となる乗り物だ。
だから兎車を駆る事ができる人物は限られている。
鈴仙や永琳はできるが、輝夜にはできない。
輝夜は兎が引く車に揺られて、簾の中でのんびりするだけだ。
そんな兎車を駆り、鈴仙は輝夜を山の上の守矢神社に連れて行った。
神社の境内では早苗が涼しい顔で掃除をしていた。
早苗は先日の大ボケさんいらっしゃい大会での悪夢からは一旦解放されていたが、輝夜に対するトラウマだけはまだ心の奥に残っていた。
あの時の事を思い出す度に鳥肌が立つが、自分は風祝だ、ツッコミなんてできる必要ないんだ、と自身に言い聞かせて心を落ち着かせている。
そんな早苗の目の前に現れた兎車。
それを駆るのは永遠亭の鈴仙。
この時点で早苗には嫌な予感がしていた。
あの簾の内にいる人物は・・・。
まずは鈴仙だけが早苗に近づいて来た。
「早苗さん、こんにちわ!実は今日は頼みがあって、」
「聞きたくありません、お断りします」
「まあそう言わずに、聞くだけでも」
「お断りしますってば!」
「うちの姫様を守矢神社にホームステイさせて欲しいのよ」
「お断りします」
「一週間くらいでいいから」
「お断りします」
「ただでとは言わないわ」
「お断りします」
「月見団子を一年分進呈しましょう」
「お断りします」
「それと、向こう一年あなたが病気になっても診察代は頂きません」
「お断りします」
「うーん、取り付く島もないみたいね。仕方ない、こちらも奥の手を出すしかないわ。・・・てゐ、出ておいで!!」
鈴仙が呼ぶと、てゐが兎車から飛び出して来る。
「はいはい、何でしょう」
「てゐ、早苗さんを平和的に説得してさしあげて」
「は~い」
てゐがニコニコしながら早苗の前に立つ。
口八丁で生き抜いてきた妖怪兎の自信ありげな態度が恐ろしい。
「こんにちわ、因幡てゐです!よろしくね♪」
「誰が来ても同じです、帰って下さい」
「冷たいなぁ、話くらい聞いてよ」
「帰って下さいってば!」
「ちょこっと姫様と共同生活するだけじゃん~」
「帰って下さい」
「きっと楽しいよ~。飽きが来ないよ」
「帰って下さい」
「ダメなの?しょうがないなぁ。じゃあ諦めるね。ところで早苗さん、話は変わるけど」
「帰って下さい」
「時々鏡に向かって『月に代わってお仕置きよ!』とか言ってはニタニタしてるって本当?」
「帰っ・・・え?」
・・・事実だった。
早苗は美少女戦士になるのが子供の頃からの夢だった。
今、「美少女」になれたか自分では分からないが、少なくとも妖怪と戦っている以上「戦士」と自称してもいいだろうと思っている。
だから次に妖怪と戦う時は決めポーズをやってみようかと思って鏡の前で軽く練習しては、ふとした瞬間にあり得ないくらい恥ずかしくなってやめる、というような事を繰り返しているのだ。
ちなみに、機動戦士マニアはオープンにしても美少女戦士マニアの秘密は絶対死守・・・この辺の妙は凡人の解するところではない。
でもどうしてその事を知っているのか。
早苗は顔を赤くして良いのか青くして良いのか分からず、しどろもどろになった。
「どういう意味なの?」
「それは・・・」
「月はお仕置きなんてしないよ。星だもん」
「それは・・・」
「どうして鏡に向かって言うの?自分にお仕置きって事?」
「それは・・・」
「何かポーズもあるんだって?見せてよ」
「それは・・・」
「諏訪子さんにこの事言ってもいい?」
「・・・!ダメ!!ダメです、絶対ダメ!!」
「ダメなんだ。じゃあ黙っておいてあげるね。話を戻すけど、やっぱり姫様をここにホームステイさせて欲しいなぁ」
・・・鬼畜だ。
弱みを種にゆすりをかけに来るというのか。
さっきから一瞬たりとも乱れないてゐのニコニコが一層恐ろしい。
これでは詐欺ではなく恐喝だ。
「えっと、それは・・・あっ、神奈子様に聞いてみないと!!」
「そう?でも全力で説得してね。もしダメなら、月に代わってお仕置きしちゃうよ。お仕置きの内容は・・・言わなくても分かるよね♪」
「っ~~~~~~~・・・・・・」
焼け死ぬか溺れ死ぬかを選ばされている様だ。
どっちも死ぬんだってば。許してってば。
早苗はへたり込んだ。
てゐはニコニコ笑顔のまま、鈴仙を振り返る。
「きちんと趣旨を説明したら、快く承諾してくれました♪」
「ご苦労」
鈴仙が頭を撫でてニンジンを与えると、てゐは兎車に戻っていった。
「早苗さん、ありがとう!きっと私達の気持ちを理解してくれるって信じていたわ」
「ほんのちょっとでいいので私の気持ちも理解して下さいよぉ・・・」
「早苗さんの気持ち?・・・ああ、早く姫様に会いたいんですね。もう、せっかちなんだから」
「やだ・・・やだ!!」
「姫様ー、お待たせしましたー。外は涼しいですよ~」
鈴仙の呼びかけに応じてゆっくりと兎車の簾が上がる。
「やだああぁぁーーっ・・・・・・」
「輝夜さんがウチにホームステイしたいって?いいんじゃない、人は多い方が楽しいものだよ」
一応伺いを立てに来た早苗に対して、事情を知らない神奈子はあっさり許可を出した。
断ってくれるかも知れないなどという期待はしていなかったが、これで名実共に守矢神社として輝夜を受け入れる事になってしまったのだ。
諏訪子はその隣で黙ってニヤニヤしている。表情を見るに、こちらには聞くだけ無駄だろう。
この神様は風祝の不幸でお茶碗3杯はいける。
「ただし」
神奈子が付け加えた。「ただし」とは何と景気の良い言葉だろう。
早苗の期待は否が応にも高まる。
「永遠亭ではどうか知らないけど、ウチでは働かざる者食うべからず。しっかり働いてもらいます。早苗、あなたの仕事を一部教えてあげなさい」
メイドもいないのに早苗の時間が止まった。
仕事を・・・教える?
あのエキセントリックバカに?
説明して理屈は通じるのか?常識は?言葉は?
「早苗ちゃん、色々手伝ってあげるね」
輝夜が親しげに早苗の背中を叩いている。
これは今すぐぶん殴ってもいいのだろうか。
どうせ殴ったって3歩も歩けば忘れるだろうし。
(・・・でもそんなの、まともな風祝のする事じゃない。私は幻想郷で唯一まともな人間。変態だらけの世界に咲く一輪の花。耐えるのよ、早苗!自分だけはまともであり続けるのよ!)
早苗は口の両端を無理矢理上げた。
「はい。じゃあ明日から一緒に頑張りましょうね。輝夜さんと暮らせるなんて、(悪い)夢みたいです」
翌朝、守矢神社の境内。
巫女の朝は早いが、居候の朝は遅い。もう昼を過ぎている。
朝の忙しい時間は大人しく寝ていてほしいという早苗の作戦でもある。
しかし神奈子が「働かせろ」と言った以上、早苗としては働かせるしかない。
箒2本とメモリアルバカ1人を携えて、早苗は境内の掃除を始めた。
「早苗ちゃん、見て見て!麦わら帽子も似合うでしょ!私ってやっぱりインテリ系美人よね~」
ツッコまない、ツッコまない。
早苗は咳払いをして、輝夜に箒を渡した。
「私はあっちを掃除して来ますから、輝夜さんはここを掃除しておいて下さい。できますか?」
「ここを掃くだけでしょ?簡単簡単!」
ちりとりみたいな高度な道具だと心配だが、箒1本なら失敗のしようもないだろう。
早苗は安心して社の反対側を掃除しに行った。
もしかしたら発言がおバカなだけで、仕事は意外とできるかも知れないし。
しばらくすると、平和に掃除を続けていた早苗の下へ輝夜がやって来た。
「早苗ちゃん、あっち終わったよー」
「ああ、ご苦労様で・・・」
輝夜の姿を見た早苗は、とりあえず理解に苦しむしかなかった。
頼んだのは掃除だったはずだ。
箒で掃くだけの簡単なお仕事だ。
・・・どうしてそんなに泥だらけになるのか。
綺麗だった服もあちこちほつれている。
あんなに気に入っていた麦わら帽子はどこへやったのか。
肩に1本だけくっついている麦わらの切れ端は何も物語ってくれない。
「でもゴメン、箒を失くしちゃった」
「・・・」
まあ、それくらいの被害は想定の範囲内だ。
レジェンドオブバカを受け入れると決めた時点で、箒の1本や2本は失くなるに決まっているのだ。
さしたるショックではない。
でもどうして掃除中にたった一つの道具である箒を失くせるのか。
いくらバカでも・・・いやバカだからこそ、箒1本だけを渡して掃除を頼めば、箒を手から放す事などあり得ないのではないか。
どういう経緯で箒を手放し、そしてその事を忘れて、更には自分の周囲から失くなってしまったのか。
輝夜に持ち場として掃除してもらった場所を見に行くと、何故か掃除だけは綺麗に完了している。
・・・ますます分からない。
「あの・・・箒って、いつ失くしたんですか?」
「んー、いつだろ。掃除をしてたらいつの間にか」
「・・・・・・・・・」
もういい。もう何も聞くまい。
これ以上質問しても分からない事が増えるだけだ。
掃除はきっちりしてくれたのだが、早苗は何だかどっと疲れた。
なのに涼しい守矢神社に来て上機嫌な輝夜の勢いは止まらない。
「ねえ、早苗ちゃん。今度は巫女のお仕事がしてみたいな」
「えっ」
このプライスレスバカはまた疲れる事を言い出して・・・。
しかしバカに抗うだけ無駄な事を既に学習していた早苗は、巫女としての仕事の中から輝夜にもできそうなものを探した。
「はぁ・・・。じゃあ、おみくじの店番をしていて下さい。参拝客の方からお金を受け取っておみくじを渡すだけでいいですから」
早苗は泥だらけになった輝夜を風呂に入れ、綺麗な服を貸し与えた。
一応守矢神社の巫女として参拝客の目に触れるのだから、泥だらけのままにはしておけない。
輝夜の「お手伝い」のせいで明らかに余分な仕事が発生しているが、これもまた想定の範囲内だ。
守矢神社の主な収入は分社のもので、山の上までわざわざ来る参拝客はそう多くはない。
その中でおみくじを引く者はもっと少ない。
運が良ければ一人も来ないかも知れない。
輝夜一人でも大丈夫だろう。
謎は多いものの境内の掃除は遂行できたのだから。
早苗は夕食の買い物に出かけた。
それから2時間くらいが経った頃だろうか。
早苗が買い物から帰り夕食の準備をしていた所へ、輝夜が入ってきた。
「早苗ちゃん、おみくじ全部売れちゃったんだけど、予備はあるの?」
「・・・・・・・・・は?」
おみくじが全部売れた?
そんな訳はない。
年末くらいまで補充しなくてもいい程のおみくじはあったはずだ。
・・・また失くしたのではないか。箒みたいに。
「これ売り上げ」
そう言って輝夜が机に置いた菓子箱には、たくさんの小銭が入っていた。
確かに用意しておいたおみくじが全部売れたくらいの金額だ。
早苗はもちろん理解に苦しむ。
普通はたった2時間の間に売れる量ではない。
まず年始でもないのにそんなに参拝客は来ない。
どんなに客商売が上手かったとしても、理屈上売り切れる訳がない。
そして何より、また輝夜が泥だらけになっている。
事務職だ。
参拝客からお金を受け取る。参拝客におみくじを渡す。参拝客を笑顔で見送る。
その流れのどこに泥が出てきたのか。
ダメだ、我慢できない。一度聞いてみよう。
・・・まともな回答が得られない事は分かってる。
でも聞かずにはいられない。
「何でそんなに汚れたんですか?」
早苗が正面切って尋ねると、輝夜は自分の服を眺めた。
「・・・ほんとだ。夢中で働いていたらいつの間にか。ゴメンね、これ早苗ちゃんから借りた服なのに」
「いや、それはいいんですが・・・」
「自分で洗って返すわね」
「やめてください」
神奈子、諏訪子と四人でスイカを頬張りながら今日あった事を話す。
「へぇ、輝夜さんすごいね」
早苗には神奈子の「すごい」という表現が妙に引っかかった。
誉めてる?このトロピカルバカを?
「そうだね。半年分のおみくじを一日で売り切るなんて、早苗にも見習わせたいね」
諏訪子がにやにや笑い、ちらちら早苗に横目をくれながら言った。
その一面だけを捉えれば「すごい」のかも知れないが・・・やはり早苗には納得がいかない。
今日だけで異常に疲れた事もあって、早苗はムスッと黙り込んで、それ以上喋らなかった。
神奈子に「輝夜さんと早苗は意外に良いコンビだね」と言われてお茶を噴き出したくらいだ。
確かに輝夜のバカには何か底知れぬものを感じる。
ただ知性が足りないというだけではない、何というかこう、破壊力を持ったバカなのだ。
・・・破壊力・・・?
バカ・・・破壊力・・・手に負えない・・・。
眠れない布団の中で、色々なキーワードが早苗の頭の中でぐるぐる回って、やがて一つの答えに帰着した。
霊烏路空。
どうして今まで思いつかなかったのだろう。
守矢神社の最終兵器。空飛ぶ核バカ弾。
彼女なら、輝夜と対等に渡り合えるかも知れない。
明日、輝夜にあてがう仕事が決まった。
翌朝、早苗は輝夜を間欠泉地下センターへ連れていった。
「ねぇ早苗ちゃん、暑いよぉ」
「そうですか?そりゃ守矢神社よりは暑いですけど、山の麓よりはマシなはずですよ」
「そう・・・だっけ?」
んなわきゃあない。
だが輝夜には何としても来てもらわなければならないのだ。
多少の嘘はやむを得ない。
そうこうしている内に、アラートが響き始めた。
すぐに早苗達の目の前に現れたのは、もちろん空だ。
「異物発見!異物発見!!」
出会うなり空は何も聞かずに制御棒を輝夜に向けて構えた。既に臨戦態勢だ。
早苗が間に割って入る。
「この人は異物ではありません。輝夜さんという名前で、これからあなたのお手伝いをしてくれる人です」
「お手伝いをしてくれる人ですか?排除しなくても良いんですか?」
「はい。この人を排除してはダメです」
すると空は次に制御棒を早苗に向けた。
「ではあなたは誰ですか?」
「だから私は神奈子様の巫女で、早苗です!!」
「巫女?・・・巫女って何だっけ?」
ちょっぴりイラッとするが、もうすぐこの破壊力と輝夜ぶつける事ができるのだ。我慢我慢。
「もうこのやり取りはいいです・・・。とにかく!輝夜さんにあなたのお手伝いしてもらいますので、仕事を教えてあげてください」
「・・・輝夜って誰?」
「だから!この人です!」
「本当だ、いつの間に!!異物発見!異物発見!!」
「排除しちゃダメ!」
「ねぇ早苗ちゃん、ここやっぱり暑いよ」
「空気を読んでください!」
「じゃあ巫女は排除してもいいの?」
「私も排除しちゃダメ!」
「あれ、私の麦わら帽子知らない?」
「昨日のだいぶ早い段階で失くしていたでしょう!」
「でも異物は排除しなくちゃだし・・・」
「巫女は異物じゃありません!」
「あ、あった。早苗ちゃん、麦わら帽子見つけたよ」
「うそぉっ!!ここで!?」
「じゃあ巫女じゃない方だけ排除します!」
「お手伝いさんも排除しちゃダメ!」
「あれ?この麦わら帽子、何でこんなに泥だらけなの?」
「そりゃこっちが聞きたいです!」
「なら一体どっちを排除すればいいんだろう、うーん・・・」
「どっちも排除しちゃダメ!」
・
・
・
どれだけ無駄な時間を過ごしただろう。
粘り強いツッコ・・・説明の果てに、早苗はようやく空に状況を理解させた。
空が輝夜に仕事を教えている。
「ここの炉の火が強くなったら窓を開いて、弱くなったらお燐が持ってくる死体を燃やすんです。大変な仕事ですよ」
「ここの炉に火がついたら強く窓を開いて、弱く泣いたらお燐さんの死体が燃えて大変なのね?」
「違います!心に火がついたら強くマゾを叩いて、か弱く鳴いたお燐の肢体に萌えて変態なんです!!」
・・・とんでもない事になりそうな気がしないでもないが、後は知った事ではない。
「輝夜さんへ 6日経ったら迎えに来ます 早苗」と置き手紙を残し、早苗はこっそり間欠泉地下センターを後にした。
それからというもの早苗は輝夜の事を忘れたかのように平和な日々を送った。時々変な夢を見て夜中に起きるくらいだ。
6日は、あっという間に過ぎていった。
一応輝夜の事を覚えていた早苗は、間欠泉地下センターへ向かった。
中央部へと進む途中、またアラートが鳴り響く。
「異物発見!異物発見!!」
しかし現れたのは空だけ。輝夜はどこへ行ったのか。
とりあえず空のギガフレアを先に止めよう。
「だから私は異物じゃなくて神奈子様の巫女です!!」
「言い訳する異物発見!どうせ難しくて理解できないので、問答無用モードに入ります!」
「何よそれぇ!変なモードを勝手に増やさないでよ!!」
まずい。空が制御棒にエネルギーを注入し始めている。
結界で防ぎきれるだろうか、それか避けきれるだろうか、それともエネルギー充填を妨害しようか・・・などと早苗が考えている内に、空の準備は完了してしまった。
「しまった!!」
「爆符『ギガフレ・・・」
「お空、ステイ!!」
空が何も考えない全力照射をぶっ放そうとしたその時、奥の方から声がした。
声に反応した空はただちに攻撃態勢を解除し、声の方向へ走っていく。
輝夜だ。
輝夜は笛の様なものを片手に、空に命令をした。
「おすわり!」
空が犬っぽく座る。
「おて!」
空が輝夜に手を差し出す。
「おかわり!」
空が輝夜に制御棒を差し出す。
「ちんちん!」
空が頬を赤らめて目を伏せる。
「よしよし」
輝夜が空の頭を撫でると、空は満足げに笑った。
早苗としてはぽかーんとせざるを得ない。
「早苗ちゃん、危なかったわね。お空がお利口さんじゃなかったら、今頃灰になってたわよ」
「お利口さん・・・ですか?」
「今の見てなかったの?あんなに芸ができるのよ?」
本当にお利口さんなら客人に対して「問答無用モード」などへ移行してほしくない。
何かが根本的に違う気がした。
空は犬座りをしたまま羽をばたばたさせて輝夜に甘えている。
「あ、そーだ輝夜様、異物を発見しました!言い訳をする異物です!」
「あれは異物じゃなくて、私の大切なお友達よ。分かった?」
「お友達!!分かりました!!」
「偉い偉い!良い子ね、お空」
「良い子」?「お利口さん」?やっぱり何かおかしい。
「あの、輝夜さん」
早苗は思いきって口を開いた。
思えば輝夜が守矢神社に来てからというもの、気になる事は山ほどあったが全て目を瞑ってきた。
それは議論ができる相手ではないと経験的に分かっているからだ。
だが、ほとんど空に押しつけていたとは言え、輝夜のホームステイも今日で最後。
少しくらい疲れてもいいから、気が済むまで理屈で対抗してみようと思ったのだった。
「犬や猫じゃないんですから、芸ができて『お利口さんだね』とか誉めるのはちょっと・・・」
「えっ・・・お空は鳥よ?」
「鳥は鳥なんですけど、仮にも原子炉の管理を任されている訳で・・・」
「任されるくらいお利口さんってことでしょ?」
「と言うか、その時点で社会的生物として認識されているんですから、犬や猫と同じ評価基準では・・・」
「ああ、確かにもっと誉めてあげないと可哀想よね」
「そうじゃなくて、私は『評価が甘くないですか?』って言いたいんです」
「『おて』や『おかわり』ができるくらいじゃ誉めちゃダメって事?」
「そう!そうなんです、やっと分かってくれましたか!?」
「でも『まて』はまだできないのよねぇ」
「え、できないんですか・・・って、違う違う!えっと、例えば・・・そう、永琳さんが『おて』や『おかわり』をしたら、輝夜さんは誉めてあげますか?」
「永琳にそんな事を要求したら怒られるわ!!」
「でしょ!!そうでしょ!!だから・・・」
「早苗ちゃん、永琳に芸を仕込むつもりなの!?」
「いやそれは単なる例え話で・・・」
「やめなさい!やめておきなさい早苗ちゃん!!永琳が怒ったら怖いのよ!早苗ちゃんまでニンジンを食べさせられちゃうかも知れないわ!!」
「別にニンジンを食べるくらい苦にはなりませんが・・・」
「!!!・・・そう。そうなの。早苗ちゃんの意志はそこまで固いのね。ニンジンをも厭わない程に。・・・分かったわ、私も協力する!」
「そういう事ではなくてですね・・・」
そこへ空が割って入った。
「輝夜様、そういう事ではないと思います!」
空は分かってくれているらしい。
バカだバカだと噂されている地獄鴉も、輝夜よりはマシなのか。
「輝夜様のお友達は、永琳さんに『おて』をさせたいんじゃありません!輝夜様に『おて』をしたいんです!」
勘違いだった。やっぱりバカだ。
「私が輝夜様に『おて』をしているのを見て、焼き餅を焼いているんですっ!!」
「早苗ちゃん、そうなの?何だ、それならそうと言ってくれればいいのに」
オーガナイズドバカ二人が勝手にどんどん盛り上がっていく。
こうなったらもう一つひとつにツッコミを入れていられない。
「人間は『ぷらいど』を優先して自分の望みを縛り付ける、って前にさとり様が言ってました」
「もう、素直じゃないんだから。ほら早苗ちゃん、おて!!」
「良かったですね!おてですよ!!」
「早苗ちゃん、どうしたの?おて!おーて!!」
「やっぱりすぐに私にみたいには上手くいかないんですね」
「そうか。そうよね。早苗ちゃん、気にしなくてもいいわよ、初めてなんだもの。いい?私が手を出して『おて』って言ったらね・・・」
ブチッ
「開海『モーゼの奇跡』!!」
「きゃぁん><」
「ひぃん><」
「突然無理を言ったのに一週間も姫様を受け入れてくれて、ありがとうございました」
輝夜を兎車で迎えに来た鈴仙に対して、早苗はゲッソリと作り笑いを浮かべる。
実質一日半くらいしか輝夜の面倒を見ていなかったが、精神疲労は極限に達していた。
どんなに口が滑っても「また来て下さいね」とは言わない。
「早苗ちゃん、ありがとう。また来るわね」
二度と来るなとツッコむ労力も惜しい。
早苗は走り去る兎車を諏訪子と一緒に見送った。
色々と辛い事もあったが、元はと言えばてゐにゆすられて輝夜を受け入れる事になったのだ。
そちらに耐えた甲斐があって、美少女戦士マニアの秘密は守られた。それだけで良しとしよう・・・。
早苗は気持ちを前向きに修正した。
兎車が見えなくなるまで手を振っていた諏訪子が手を下ろす。
「さぁ、もらった月見団子でも食べようか」
「はい」
「何だかんだで楽しかったでしょ?」
「楽しくはないですが、確かに賑やかではありましたね」
「そうだねー。・・・ああ、そうそう。話は変わるけどさ」
「何ですか?」
「『月に代わってお仕置きよ』って何?」
目の前が真っ暗になって、その後の事はよく覚えていない。
早苗が決めゼリフの練習をしている話は既に文々。新聞の記事にされていて、本当はとっくに幻想郷中に知れ渡っていたという事実を早苗本人が知ったのは、もう少し後の事だ。
「それでね、私が『おて』って言ったら、早苗ちゃんってば私達の頭上に瞬間移動して、凄い勢いで落ちてきたのよ!!」
賑やかさを取り戻した永遠亭。
一週間のホームステイから帰った輝夜は、夕飯を食べながら守矢神社と間欠泉地下センターでの出来事を話していた。
「そしたらお空が、それは『おて』じゃなくて『おあし』です!ってビシッとツッコんでね・・・私もうおかしくって!早苗ちゃんって、ああ見えて天然よね~」
「あ・・・っはは・・・は・・・そうですよね・・・」
鈴仙は輝夜のバカ武勇伝に少し引いているが、さすがの永琳は動じていない様子だ。
「姫、楽しんでらしたんですね」と静かに笑っている。
しばらくすると、やはり輝夜は疲れて早めに寝てしまった。
屋敷の中でぐうたらとしているだけの生活から「働かざる者食うべからず」の生活への移行を余儀なくされて、かなりの疲労が溜まっていたのだろう。
鈴仙が食器を片づけていると、永琳が箒を持って台所に入って来た。
「うどんげ、今度でいいからこの箒を守矢神社に返してきてくれない?」
永琳が鈴仙に箒を手渡した。
柄の部分にはしっかり「守矢神社」と書かれている。
「え?これって、姫様が向こうで失くしたっていう?」
「ええ。私とした事が、返すタイミングを逃してね」
鈴仙は受け取った箒を握りしめて、何がどうなっているのかを考えた。
「お師匠様、もしかして守矢神社に行ってました?」
「そうよ。姫を一人だけ預けっぱなしにしておいたら先方にご迷惑がかかるから、姫にばれないようにこっそり手伝って来たわ」
「ああ、それで姫様がいっぱしに神社で役に立てていたんですね・・・何か妙に納得しました」
「特に間欠泉地下センターでは、姫ったら炉の管理なんてそっちのけで空さんに芸を仕込んでいたから、私一人で制御していたわよ・・・」
「それは・・・ご苦労様でした・・・。道理で最近留守にしがちだなぁと思っていたんですよ」
鈴仙は何だかすっきりした気分で食器洗いを再開した。
あの輝夜が掃除をちゃんとしたり、おみくじを完売できたりなんて、おかしいと思っていたのだ。
「・・・ん?」
ふと鈴仙の手が止まった。
「お師匠様、じゃあ何で姫様は泥だらけになったんですか?」
「ああ、それね。実は・・・」
「実は?」
「分からないのよ」
「えっ」
鈴仙が食器を落とした。
「私が目を離した一瞬の隙に、いつの間にか泥だらけの姿になっていてね・・・あればかりは不思議だわ」
「・・・・・・」
「姫・・・一体何をしてあんなに汚れたのかしらね・・・」
「・・・・・・」
その後、二人はそれ以上一言も発せず後片づけを終えて就寝した。
夜中、暗闇の中で天井を見つめながら、鈴仙は輝夜と永琳の事について考えていた。
さっき確かに永琳は言った。「分からない」と。
鈴仙が幻想郷へ来て数百年が経つ。
その間ずっと永琳の側にいたが、一度でも何かを「分からない」と明言した事があっただろうか。
ペンは剣より強いと言うが、バカは天才より強いのかも知れない。
月の頭脳たる永琳の予想よりも必ず少し斜め上を行く輝夜だからこそ、永琳が唯一勝てない存在として従っているんだろうな、と鈴仙は想像するのであった。
了
いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分抹殺業務に就いた輝夜。
しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
一発逆転を目指した輝夜は守矢神社の主催する「大ボケさんいらっしゃい大会」に出場、ツッコミ役の早苗を相手に持ち前の破滅的なボケを披露して見事に優勝した。
ツッコみ切れなかった早苗は心にトラウマを抱える事になったが、賞金でようやく永琳にマッサージチェアをプレゼントできた輝夜は大満足なのであった。
↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません
夏の永遠亭。幻想郷でも今年の夏は暑い。
輝夜は暑さに任せてだれたい放題だれていた。
「イナバ~暑いよぉ~」
特に意味もなく鈴仙の部屋を訪ねる。
薬学の勉強をしていた鈴仙はとても迷惑そうだ。
「そりゃ夏ですからねぇ。ペンギンの幻でも見せましょうか?少しは涼しくなりますよ」
そう鈴仙が言ったが早いか、輝夜はあっという間に何十羽という数のペンギンに囲まれた。
この模様は・・・アデリーペンギンか。
確かにアデリーペンギンはとんでもなく可愛い。
全ての動物の中で一番可愛いと言っても過言ではないだろう。
だが、ちっとも涼しくならない。所詮は幻か。
「だめだぁ!イナバ~、暑いし暇だしベタベタするしお腹すいたし口内炎痛いよぉ」
「もう、うるさいなぁ。不満は一つにして下さいよ」
「・・・ねむい」
「増やすなっ!」
いけない。これはいわゆる「燃え尽き症候群」だ。
永琳にマッサージチェアを買えた事によって一つの目標を達成してしまい、全てに対してやる気を失ってしまっているのだ。
このまま放っておけばどんどんグダグダになって、毎日邪魔をしに来るに違いない。
何とかせねば。
思えば大ボケさんいらっしゃい大会の時の輝夜は、その名の通り輝いていた。あれが人生のピークだったのか。
その時、鈴仙ははたと思いついた。
早苗と一緒にいれば、あの時の輝夜に戻るかも知れない。
うまくすれば、次の目標も見つけるかも知れない。
鈴仙は僅かな可能性に賭けた。
「姫様、涼しい場所に行きたくありませんか?」
「行きたい!どこ!?」
「山の上です。標高が100m高くなると、気温が0.65℃下がると言われているんですよ」
「え~っ、登山はやだぁ」
「まあまあ、兎車を出しますから」
兎車とは、牛車で言う牛の代わりに300羽近くの兎が引く車の事で、永遠亭では移動手段としてよく使われている。
ぴょんぴょんと軽快な走りなのだが、数多の兎達の進行方向を均一に揃える高度な技術が必要となる乗り物だ。
だから兎車を駆る事ができる人物は限られている。
鈴仙や永琳はできるが、輝夜にはできない。
輝夜は兎が引く車に揺られて、簾の中でのんびりするだけだ。
そんな兎車を駆り、鈴仙は輝夜を山の上の守矢神社に連れて行った。
神社の境内では早苗が涼しい顔で掃除をしていた。
早苗は先日の大ボケさんいらっしゃい大会での悪夢からは一旦解放されていたが、輝夜に対するトラウマだけはまだ心の奥に残っていた。
あの時の事を思い出す度に鳥肌が立つが、自分は風祝だ、ツッコミなんてできる必要ないんだ、と自身に言い聞かせて心を落ち着かせている。
そんな早苗の目の前に現れた兎車。
それを駆るのは永遠亭の鈴仙。
この時点で早苗には嫌な予感がしていた。
あの簾の内にいる人物は・・・。
まずは鈴仙だけが早苗に近づいて来た。
「早苗さん、こんにちわ!実は今日は頼みがあって、」
「聞きたくありません、お断りします」
「まあそう言わずに、聞くだけでも」
「お断りしますってば!」
「うちの姫様を守矢神社にホームステイさせて欲しいのよ」
「お断りします」
「一週間くらいでいいから」
「お断りします」
「ただでとは言わないわ」
「お断りします」
「月見団子を一年分進呈しましょう」
「お断りします」
「それと、向こう一年あなたが病気になっても診察代は頂きません」
「お断りします」
「うーん、取り付く島もないみたいね。仕方ない、こちらも奥の手を出すしかないわ。・・・てゐ、出ておいで!!」
鈴仙が呼ぶと、てゐが兎車から飛び出して来る。
「はいはい、何でしょう」
「てゐ、早苗さんを平和的に説得してさしあげて」
「は~い」
てゐがニコニコしながら早苗の前に立つ。
口八丁で生き抜いてきた妖怪兎の自信ありげな態度が恐ろしい。
「こんにちわ、因幡てゐです!よろしくね♪」
「誰が来ても同じです、帰って下さい」
「冷たいなぁ、話くらい聞いてよ」
「帰って下さいってば!」
「ちょこっと姫様と共同生活するだけじゃん~」
「帰って下さい」
「きっと楽しいよ~。飽きが来ないよ」
「帰って下さい」
「ダメなの?しょうがないなぁ。じゃあ諦めるね。ところで早苗さん、話は変わるけど」
「帰って下さい」
「時々鏡に向かって『月に代わってお仕置きよ!』とか言ってはニタニタしてるって本当?」
「帰っ・・・え?」
・・・事実だった。
早苗は美少女戦士になるのが子供の頃からの夢だった。
今、「美少女」になれたか自分では分からないが、少なくとも妖怪と戦っている以上「戦士」と自称してもいいだろうと思っている。
だから次に妖怪と戦う時は決めポーズをやってみようかと思って鏡の前で軽く練習しては、ふとした瞬間にあり得ないくらい恥ずかしくなってやめる、というような事を繰り返しているのだ。
ちなみに、機動戦士マニアはオープンにしても美少女戦士マニアの秘密は絶対死守・・・この辺の妙は凡人の解するところではない。
でもどうしてその事を知っているのか。
早苗は顔を赤くして良いのか青くして良いのか分からず、しどろもどろになった。
「どういう意味なの?」
「それは・・・」
「月はお仕置きなんてしないよ。星だもん」
「それは・・・」
「どうして鏡に向かって言うの?自分にお仕置きって事?」
「それは・・・」
「何かポーズもあるんだって?見せてよ」
「それは・・・」
「諏訪子さんにこの事言ってもいい?」
「・・・!ダメ!!ダメです、絶対ダメ!!」
「ダメなんだ。じゃあ黙っておいてあげるね。話を戻すけど、やっぱり姫様をここにホームステイさせて欲しいなぁ」
・・・鬼畜だ。
弱みを種にゆすりをかけに来るというのか。
さっきから一瞬たりとも乱れないてゐのニコニコが一層恐ろしい。
これでは詐欺ではなく恐喝だ。
「えっと、それは・・・あっ、神奈子様に聞いてみないと!!」
「そう?でも全力で説得してね。もしダメなら、月に代わってお仕置きしちゃうよ。お仕置きの内容は・・・言わなくても分かるよね♪」
「っ~~~~~~~・・・・・・」
焼け死ぬか溺れ死ぬかを選ばされている様だ。
どっちも死ぬんだってば。許してってば。
早苗はへたり込んだ。
てゐはニコニコ笑顔のまま、鈴仙を振り返る。
「きちんと趣旨を説明したら、快く承諾してくれました♪」
「ご苦労」
鈴仙が頭を撫でてニンジンを与えると、てゐは兎車に戻っていった。
「早苗さん、ありがとう!きっと私達の気持ちを理解してくれるって信じていたわ」
「ほんのちょっとでいいので私の気持ちも理解して下さいよぉ・・・」
「早苗さんの気持ち?・・・ああ、早く姫様に会いたいんですね。もう、せっかちなんだから」
「やだ・・・やだ!!」
「姫様ー、お待たせしましたー。外は涼しいですよ~」
鈴仙の呼びかけに応じてゆっくりと兎車の簾が上がる。
「やだああぁぁーーっ・・・・・・」
「輝夜さんがウチにホームステイしたいって?いいんじゃない、人は多い方が楽しいものだよ」
一応伺いを立てに来た早苗に対して、事情を知らない神奈子はあっさり許可を出した。
断ってくれるかも知れないなどという期待はしていなかったが、これで名実共に守矢神社として輝夜を受け入れる事になってしまったのだ。
諏訪子はその隣で黙ってニヤニヤしている。表情を見るに、こちらには聞くだけ無駄だろう。
この神様は風祝の不幸でお茶碗3杯はいける。
「ただし」
神奈子が付け加えた。「ただし」とは何と景気の良い言葉だろう。
早苗の期待は否が応にも高まる。
「永遠亭ではどうか知らないけど、ウチでは働かざる者食うべからず。しっかり働いてもらいます。早苗、あなたの仕事を一部教えてあげなさい」
メイドもいないのに早苗の時間が止まった。
仕事を・・・教える?
あのエキセントリックバカに?
説明して理屈は通じるのか?常識は?言葉は?
「早苗ちゃん、色々手伝ってあげるね」
輝夜が親しげに早苗の背中を叩いている。
これは今すぐぶん殴ってもいいのだろうか。
どうせ殴ったって3歩も歩けば忘れるだろうし。
(・・・でもそんなの、まともな風祝のする事じゃない。私は幻想郷で唯一まともな人間。変態だらけの世界に咲く一輪の花。耐えるのよ、早苗!自分だけはまともであり続けるのよ!)
早苗は口の両端を無理矢理上げた。
「はい。じゃあ明日から一緒に頑張りましょうね。輝夜さんと暮らせるなんて、(悪い)夢みたいです」
翌朝、守矢神社の境内。
巫女の朝は早いが、居候の朝は遅い。もう昼を過ぎている。
朝の忙しい時間は大人しく寝ていてほしいという早苗の作戦でもある。
しかし神奈子が「働かせろ」と言った以上、早苗としては働かせるしかない。
箒2本とメモリアルバカ1人を携えて、早苗は境内の掃除を始めた。
「早苗ちゃん、見て見て!麦わら帽子も似合うでしょ!私ってやっぱりインテリ系美人よね~」
ツッコまない、ツッコまない。
早苗は咳払いをして、輝夜に箒を渡した。
「私はあっちを掃除して来ますから、輝夜さんはここを掃除しておいて下さい。できますか?」
「ここを掃くだけでしょ?簡単簡単!」
ちりとりみたいな高度な道具だと心配だが、箒1本なら失敗のしようもないだろう。
早苗は安心して社の反対側を掃除しに行った。
もしかしたら発言がおバカなだけで、仕事は意外とできるかも知れないし。
しばらくすると、平和に掃除を続けていた早苗の下へ輝夜がやって来た。
「早苗ちゃん、あっち終わったよー」
「ああ、ご苦労様で・・・」
輝夜の姿を見た早苗は、とりあえず理解に苦しむしかなかった。
頼んだのは掃除だったはずだ。
箒で掃くだけの簡単なお仕事だ。
・・・どうしてそんなに泥だらけになるのか。
綺麗だった服もあちこちほつれている。
あんなに気に入っていた麦わら帽子はどこへやったのか。
肩に1本だけくっついている麦わらの切れ端は何も物語ってくれない。
「でもゴメン、箒を失くしちゃった」
「・・・」
まあ、それくらいの被害は想定の範囲内だ。
レジェンドオブバカを受け入れると決めた時点で、箒の1本や2本は失くなるに決まっているのだ。
さしたるショックではない。
でもどうして掃除中にたった一つの道具である箒を失くせるのか。
いくらバカでも・・・いやバカだからこそ、箒1本だけを渡して掃除を頼めば、箒を手から放す事などあり得ないのではないか。
どういう経緯で箒を手放し、そしてその事を忘れて、更には自分の周囲から失くなってしまったのか。
輝夜に持ち場として掃除してもらった場所を見に行くと、何故か掃除だけは綺麗に完了している。
・・・ますます分からない。
「あの・・・箒って、いつ失くしたんですか?」
「んー、いつだろ。掃除をしてたらいつの間にか」
「・・・・・・・・・」
もういい。もう何も聞くまい。
これ以上質問しても分からない事が増えるだけだ。
掃除はきっちりしてくれたのだが、早苗は何だかどっと疲れた。
なのに涼しい守矢神社に来て上機嫌な輝夜の勢いは止まらない。
「ねえ、早苗ちゃん。今度は巫女のお仕事がしてみたいな」
「えっ」
このプライスレスバカはまた疲れる事を言い出して・・・。
しかしバカに抗うだけ無駄な事を既に学習していた早苗は、巫女としての仕事の中から輝夜にもできそうなものを探した。
「はぁ・・・。じゃあ、おみくじの店番をしていて下さい。参拝客の方からお金を受け取っておみくじを渡すだけでいいですから」
早苗は泥だらけになった輝夜を風呂に入れ、綺麗な服を貸し与えた。
一応守矢神社の巫女として参拝客の目に触れるのだから、泥だらけのままにはしておけない。
輝夜の「お手伝い」のせいで明らかに余分な仕事が発生しているが、これもまた想定の範囲内だ。
守矢神社の主な収入は分社のもので、山の上までわざわざ来る参拝客はそう多くはない。
その中でおみくじを引く者はもっと少ない。
運が良ければ一人も来ないかも知れない。
輝夜一人でも大丈夫だろう。
謎は多いものの境内の掃除は遂行できたのだから。
早苗は夕食の買い物に出かけた。
それから2時間くらいが経った頃だろうか。
早苗が買い物から帰り夕食の準備をしていた所へ、輝夜が入ってきた。
「早苗ちゃん、おみくじ全部売れちゃったんだけど、予備はあるの?」
「・・・・・・・・・は?」
おみくじが全部売れた?
そんな訳はない。
年末くらいまで補充しなくてもいい程のおみくじはあったはずだ。
・・・また失くしたのではないか。箒みたいに。
「これ売り上げ」
そう言って輝夜が机に置いた菓子箱には、たくさんの小銭が入っていた。
確かに用意しておいたおみくじが全部売れたくらいの金額だ。
早苗はもちろん理解に苦しむ。
普通はたった2時間の間に売れる量ではない。
まず年始でもないのにそんなに参拝客は来ない。
どんなに客商売が上手かったとしても、理屈上売り切れる訳がない。
そして何より、また輝夜が泥だらけになっている。
事務職だ。
参拝客からお金を受け取る。参拝客におみくじを渡す。参拝客を笑顔で見送る。
その流れのどこに泥が出てきたのか。
ダメだ、我慢できない。一度聞いてみよう。
・・・まともな回答が得られない事は分かってる。
でも聞かずにはいられない。
「何でそんなに汚れたんですか?」
早苗が正面切って尋ねると、輝夜は自分の服を眺めた。
「・・・ほんとだ。夢中で働いていたらいつの間にか。ゴメンね、これ早苗ちゃんから借りた服なのに」
「いや、それはいいんですが・・・」
「自分で洗って返すわね」
「やめてください」
神奈子、諏訪子と四人でスイカを頬張りながら今日あった事を話す。
「へぇ、輝夜さんすごいね」
早苗には神奈子の「すごい」という表現が妙に引っかかった。
誉めてる?このトロピカルバカを?
「そうだね。半年分のおみくじを一日で売り切るなんて、早苗にも見習わせたいね」
諏訪子がにやにや笑い、ちらちら早苗に横目をくれながら言った。
その一面だけを捉えれば「すごい」のかも知れないが・・・やはり早苗には納得がいかない。
今日だけで異常に疲れた事もあって、早苗はムスッと黙り込んで、それ以上喋らなかった。
神奈子に「輝夜さんと早苗は意外に良いコンビだね」と言われてお茶を噴き出したくらいだ。
確かに輝夜のバカには何か底知れぬものを感じる。
ただ知性が足りないというだけではない、何というかこう、破壊力を持ったバカなのだ。
・・・破壊力・・・?
バカ・・・破壊力・・・手に負えない・・・。
眠れない布団の中で、色々なキーワードが早苗の頭の中でぐるぐる回って、やがて一つの答えに帰着した。
霊烏路空。
どうして今まで思いつかなかったのだろう。
守矢神社の最終兵器。空飛ぶ核バカ弾。
彼女なら、輝夜と対等に渡り合えるかも知れない。
明日、輝夜にあてがう仕事が決まった。
翌朝、早苗は輝夜を間欠泉地下センターへ連れていった。
「ねぇ早苗ちゃん、暑いよぉ」
「そうですか?そりゃ守矢神社よりは暑いですけど、山の麓よりはマシなはずですよ」
「そう・・・だっけ?」
んなわきゃあない。
だが輝夜には何としても来てもらわなければならないのだ。
多少の嘘はやむを得ない。
そうこうしている内に、アラートが響き始めた。
すぐに早苗達の目の前に現れたのは、もちろん空だ。
「異物発見!異物発見!!」
出会うなり空は何も聞かずに制御棒を輝夜に向けて構えた。既に臨戦態勢だ。
早苗が間に割って入る。
「この人は異物ではありません。輝夜さんという名前で、これからあなたのお手伝いをしてくれる人です」
「お手伝いをしてくれる人ですか?排除しなくても良いんですか?」
「はい。この人を排除してはダメです」
すると空は次に制御棒を早苗に向けた。
「ではあなたは誰ですか?」
「だから私は神奈子様の巫女で、早苗です!!」
「巫女?・・・巫女って何だっけ?」
ちょっぴりイラッとするが、もうすぐこの破壊力と輝夜ぶつける事ができるのだ。我慢我慢。
「もうこのやり取りはいいです・・・。とにかく!輝夜さんにあなたのお手伝いしてもらいますので、仕事を教えてあげてください」
「・・・輝夜って誰?」
「だから!この人です!」
「本当だ、いつの間に!!異物発見!異物発見!!」
「排除しちゃダメ!」
「ねぇ早苗ちゃん、ここやっぱり暑いよ」
「空気を読んでください!」
「じゃあ巫女は排除してもいいの?」
「私も排除しちゃダメ!」
「あれ、私の麦わら帽子知らない?」
「昨日のだいぶ早い段階で失くしていたでしょう!」
「でも異物は排除しなくちゃだし・・・」
「巫女は異物じゃありません!」
「あ、あった。早苗ちゃん、麦わら帽子見つけたよ」
「うそぉっ!!ここで!?」
「じゃあ巫女じゃない方だけ排除します!」
「お手伝いさんも排除しちゃダメ!」
「あれ?この麦わら帽子、何でこんなに泥だらけなの?」
「そりゃこっちが聞きたいです!」
「なら一体どっちを排除すればいいんだろう、うーん・・・」
「どっちも排除しちゃダメ!」
・
・
・
どれだけ無駄な時間を過ごしただろう。
粘り強いツッコ・・・説明の果てに、早苗はようやく空に状況を理解させた。
空が輝夜に仕事を教えている。
「ここの炉の火が強くなったら窓を開いて、弱くなったらお燐が持ってくる死体を燃やすんです。大変な仕事ですよ」
「ここの炉に火がついたら強く窓を開いて、弱く泣いたらお燐さんの死体が燃えて大変なのね?」
「違います!心に火がついたら強くマゾを叩いて、か弱く鳴いたお燐の肢体に萌えて変態なんです!!」
・・・とんでもない事になりそうな気がしないでもないが、後は知った事ではない。
「輝夜さんへ 6日経ったら迎えに来ます 早苗」と置き手紙を残し、早苗はこっそり間欠泉地下センターを後にした。
それからというもの早苗は輝夜の事を忘れたかのように平和な日々を送った。時々変な夢を見て夜中に起きるくらいだ。
6日は、あっという間に過ぎていった。
一応輝夜の事を覚えていた早苗は、間欠泉地下センターへ向かった。
中央部へと進む途中、またアラートが鳴り響く。
「異物発見!異物発見!!」
しかし現れたのは空だけ。輝夜はどこへ行ったのか。
とりあえず空のギガフレアを先に止めよう。
「だから私は異物じゃなくて神奈子様の巫女です!!」
「言い訳する異物発見!どうせ難しくて理解できないので、問答無用モードに入ります!」
「何よそれぇ!変なモードを勝手に増やさないでよ!!」
まずい。空が制御棒にエネルギーを注入し始めている。
結界で防ぎきれるだろうか、それか避けきれるだろうか、それともエネルギー充填を妨害しようか・・・などと早苗が考えている内に、空の準備は完了してしまった。
「しまった!!」
「爆符『ギガフレ・・・」
「お空、ステイ!!」
空が何も考えない全力照射をぶっ放そうとしたその時、奥の方から声がした。
声に反応した空はただちに攻撃態勢を解除し、声の方向へ走っていく。
輝夜だ。
輝夜は笛の様なものを片手に、空に命令をした。
「おすわり!」
空が犬っぽく座る。
「おて!」
空が輝夜に手を差し出す。
「おかわり!」
空が輝夜に制御棒を差し出す。
「ちんちん!」
空が頬を赤らめて目を伏せる。
「よしよし」
輝夜が空の頭を撫でると、空は満足げに笑った。
早苗としてはぽかーんとせざるを得ない。
「早苗ちゃん、危なかったわね。お空がお利口さんじゃなかったら、今頃灰になってたわよ」
「お利口さん・・・ですか?」
「今の見てなかったの?あんなに芸ができるのよ?」
本当にお利口さんなら客人に対して「問答無用モード」などへ移行してほしくない。
何かが根本的に違う気がした。
空は犬座りをしたまま羽をばたばたさせて輝夜に甘えている。
「あ、そーだ輝夜様、異物を発見しました!言い訳をする異物です!」
「あれは異物じゃなくて、私の大切なお友達よ。分かった?」
「お友達!!分かりました!!」
「偉い偉い!良い子ね、お空」
「良い子」?「お利口さん」?やっぱり何かおかしい。
「あの、輝夜さん」
早苗は思いきって口を開いた。
思えば輝夜が守矢神社に来てからというもの、気になる事は山ほどあったが全て目を瞑ってきた。
それは議論ができる相手ではないと経験的に分かっているからだ。
だが、ほとんど空に押しつけていたとは言え、輝夜のホームステイも今日で最後。
少しくらい疲れてもいいから、気が済むまで理屈で対抗してみようと思ったのだった。
「犬や猫じゃないんですから、芸ができて『お利口さんだね』とか誉めるのはちょっと・・・」
「えっ・・・お空は鳥よ?」
「鳥は鳥なんですけど、仮にも原子炉の管理を任されている訳で・・・」
「任されるくらいお利口さんってことでしょ?」
「と言うか、その時点で社会的生物として認識されているんですから、犬や猫と同じ評価基準では・・・」
「ああ、確かにもっと誉めてあげないと可哀想よね」
「そうじゃなくて、私は『評価が甘くないですか?』って言いたいんです」
「『おて』や『おかわり』ができるくらいじゃ誉めちゃダメって事?」
「そう!そうなんです、やっと分かってくれましたか!?」
「でも『まて』はまだできないのよねぇ」
「え、できないんですか・・・って、違う違う!えっと、例えば・・・そう、永琳さんが『おて』や『おかわり』をしたら、輝夜さんは誉めてあげますか?」
「永琳にそんな事を要求したら怒られるわ!!」
「でしょ!!そうでしょ!!だから・・・」
「早苗ちゃん、永琳に芸を仕込むつもりなの!?」
「いやそれは単なる例え話で・・・」
「やめなさい!やめておきなさい早苗ちゃん!!永琳が怒ったら怖いのよ!早苗ちゃんまでニンジンを食べさせられちゃうかも知れないわ!!」
「別にニンジンを食べるくらい苦にはなりませんが・・・」
「!!!・・・そう。そうなの。早苗ちゃんの意志はそこまで固いのね。ニンジンをも厭わない程に。・・・分かったわ、私も協力する!」
「そういう事ではなくてですね・・・」
そこへ空が割って入った。
「輝夜様、そういう事ではないと思います!」
空は分かってくれているらしい。
バカだバカだと噂されている地獄鴉も、輝夜よりはマシなのか。
「輝夜様のお友達は、永琳さんに『おて』をさせたいんじゃありません!輝夜様に『おて』をしたいんです!」
勘違いだった。やっぱりバカだ。
「私が輝夜様に『おて』をしているのを見て、焼き餅を焼いているんですっ!!」
「早苗ちゃん、そうなの?何だ、それならそうと言ってくれればいいのに」
オーガナイズドバカ二人が勝手にどんどん盛り上がっていく。
こうなったらもう一つひとつにツッコミを入れていられない。
「人間は『ぷらいど』を優先して自分の望みを縛り付ける、って前にさとり様が言ってました」
「もう、素直じゃないんだから。ほら早苗ちゃん、おて!!」
「良かったですね!おてですよ!!」
「早苗ちゃん、どうしたの?おて!おーて!!」
「やっぱりすぐに私にみたいには上手くいかないんですね」
「そうか。そうよね。早苗ちゃん、気にしなくてもいいわよ、初めてなんだもの。いい?私が手を出して『おて』って言ったらね・・・」
ブチッ
「開海『モーゼの奇跡』!!」
「きゃぁん><」
「ひぃん><」
「突然無理を言ったのに一週間も姫様を受け入れてくれて、ありがとうございました」
輝夜を兎車で迎えに来た鈴仙に対して、早苗はゲッソリと作り笑いを浮かべる。
実質一日半くらいしか輝夜の面倒を見ていなかったが、精神疲労は極限に達していた。
どんなに口が滑っても「また来て下さいね」とは言わない。
「早苗ちゃん、ありがとう。また来るわね」
二度と来るなとツッコむ労力も惜しい。
早苗は走り去る兎車を諏訪子と一緒に見送った。
色々と辛い事もあったが、元はと言えばてゐにゆすられて輝夜を受け入れる事になったのだ。
そちらに耐えた甲斐があって、美少女戦士マニアの秘密は守られた。それだけで良しとしよう・・・。
早苗は気持ちを前向きに修正した。
兎車が見えなくなるまで手を振っていた諏訪子が手を下ろす。
「さぁ、もらった月見団子でも食べようか」
「はい」
「何だかんだで楽しかったでしょ?」
「楽しくはないですが、確かに賑やかではありましたね」
「そうだねー。・・・ああ、そうそう。話は変わるけどさ」
「何ですか?」
「『月に代わってお仕置きよ』って何?」
目の前が真っ暗になって、その後の事はよく覚えていない。
早苗が決めゼリフの練習をしている話は既に文々。新聞の記事にされていて、本当はとっくに幻想郷中に知れ渡っていたという事実を早苗本人が知ったのは、もう少し後の事だ。
「それでね、私が『おて』って言ったら、早苗ちゃんってば私達の頭上に瞬間移動して、凄い勢いで落ちてきたのよ!!」
賑やかさを取り戻した永遠亭。
一週間のホームステイから帰った輝夜は、夕飯を食べながら守矢神社と間欠泉地下センターでの出来事を話していた。
「そしたらお空が、それは『おて』じゃなくて『おあし』です!ってビシッとツッコんでね・・・私もうおかしくって!早苗ちゃんって、ああ見えて天然よね~」
「あ・・・っはは・・・は・・・そうですよね・・・」
鈴仙は輝夜のバカ武勇伝に少し引いているが、さすがの永琳は動じていない様子だ。
「姫、楽しんでらしたんですね」と静かに笑っている。
しばらくすると、やはり輝夜は疲れて早めに寝てしまった。
屋敷の中でぐうたらとしているだけの生活から「働かざる者食うべからず」の生活への移行を余儀なくされて、かなりの疲労が溜まっていたのだろう。
鈴仙が食器を片づけていると、永琳が箒を持って台所に入って来た。
「うどんげ、今度でいいからこの箒を守矢神社に返してきてくれない?」
永琳が鈴仙に箒を手渡した。
柄の部分にはしっかり「守矢神社」と書かれている。
「え?これって、姫様が向こうで失くしたっていう?」
「ええ。私とした事が、返すタイミングを逃してね」
鈴仙は受け取った箒を握りしめて、何がどうなっているのかを考えた。
「お師匠様、もしかして守矢神社に行ってました?」
「そうよ。姫を一人だけ預けっぱなしにしておいたら先方にご迷惑がかかるから、姫にばれないようにこっそり手伝って来たわ」
「ああ、それで姫様がいっぱしに神社で役に立てていたんですね・・・何か妙に納得しました」
「特に間欠泉地下センターでは、姫ったら炉の管理なんてそっちのけで空さんに芸を仕込んでいたから、私一人で制御していたわよ・・・」
「それは・・・ご苦労様でした・・・。道理で最近留守にしがちだなぁと思っていたんですよ」
鈴仙は何だかすっきりした気分で食器洗いを再開した。
あの輝夜が掃除をちゃんとしたり、おみくじを完売できたりなんて、おかしいと思っていたのだ。
「・・・ん?」
ふと鈴仙の手が止まった。
「お師匠様、じゃあ何で姫様は泥だらけになったんですか?」
「ああ、それね。実は・・・」
「実は?」
「分からないのよ」
「えっ」
鈴仙が食器を落とした。
「私が目を離した一瞬の隙に、いつの間にか泥だらけの姿になっていてね・・・あればかりは不思議だわ」
「・・・・・・」
「姫・・・一体何をしてあんなに汚れたのかしらね・・・」
「・・・・・・」
その後、二人はそれ以上一言も発せず後片づけを終えて就寝した。
夜中、暗闇の中で天井を見つめながら、鈴仙は輝夜と永琳の事について考えていた。
さっき確かに永琳は言った。「分からない」と。
鈴仙が幻想郷へ来て数百年が経つ。
その間ずっと永琳の側にいたが、一度でも何かを「分からない」と明言した事があっただろうか。
ペンは剣より強いと言うが、バカは天才より強いのかも知れない。
月の頭脳たる永琳の予想よりも必ず少し斜め上を行く輝夜だからこそ、永琳が唯一勝てない存在として従っているんだろうな、と鈴仙は想像するのであった。
了
なんというか洗練されてる感じがします。
あらすじの一文だけで笑ってしまう。
アルティメットなお馬鹿っておまけは付くけど、基本素直で相手を喜ばせたいって
行動理念の持ち主だからかな? まあ、確かにそのベクトルは斜め上過ぎますが。
そして彼女を取り巻くキャラ達もグッド。特に永琳先生はいい味出してますよね。
ただ今回のお話を読んでちょっと感じたのが、輝夜の描写が一歩間違うと
『可愛い』から『可哀想』に変化してしまいそうな危うさ。
とても言葉は悪いんですが、いわゆる白痴って感じのキャラになっちゃいそうな。
そこら辺の許容範囲は個々人で当然変わってくるのでしょうが、私はそんな印象です。
ギャグ物に関してはその匙加減が凄く難しいだろうとは思うのですが、
作者様のお姫様が大好きな一読者としては、間違って欲しくないと切に願います。
独りよがりな感想、失礼致しました。
おくうとおばかぐやはいいなぁ
貴方の書く姫は魅力的で好きです