Coolier - 新生・東方創想話

花よりも団子よりも

2010/09/25 06:42:50
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―時に兎は月を眺める―


心地よい風が吹く。
空には下弦の三日月が輝いており、静かな夜を彩っていた。

肌に感じる涼しさ、草木が擦れる音色、月光に映える花々。
そろそろ秋が近づいているのかもしれない。


「どうしたの? 月なんか見つめちゃって」
 縁側にやってきた因幡てゐは、そこに座っていた鈴仙に声をかけた。
「あらいいじゃない、偶には私だって月くらい見るわ」
 話しかけられた鈴仙は、てゐに顔を向ける。
よく見ると、右手に包みを携えているようだ。
「それ何? てゐ」
「ん、ああこれ? お団子ー」
「月を見ながら団子とは風流ね、もちろん私の分もあるんでしょう?」

てゐは鈴仙の隣に座り込む。
そして徐に包みを取り出すと、中にはよもぎ団子が入っていた。
一串に五個、それが三串。

「そうね、てゐの事を考えて私は二本だけでいいわ」
 鈴仙の控えめな要求は、てゐには聞く耳を持たなかったようだ。
 てゐはすでに団子を一つ口に咥えている。どうやら、一本も鈴仙にあげるつもりはないようだ。
「いじわるね」
鈴仙は小さく呟き、再び空を見上げた。
それを見たてゐは、口の中の団子を飲み込んだ後、ある条件を提示した。

「そうね、鈴仙がさっき月を見ながら何を考えていたか教えてくれたらあげてもいいわよ」
 そう言ったてゐは、団子をもう一つ口に入れた。
「さっき? 別に何も考えて無いわよ。月が綺麗だなぁって」
「嘘」
 口の中に団子が入ったままだが、鈴仙には確かにそう聞こえた。
「うん…っと。だって、さっきの鈴仙の目は何か悲しそうだったよ?」
それを聞いた鈴仙は、ちらっとてゐを見た。何かを感づかれたかのように驚いた目をした。

「参ったな、てゐには分かってたのね」
「あたしを甘くみるんじゃないよ。こう見えても長く生きてるんだから」
 てゐは団子を、今度は二つ一気にほうばった。
「うん、何となくね、月が懐かしくなったのよ」
「にゃつかしく?」
「懐かしくというか、また一度くらいは月に行きたいなぁってふと思ってたのよ」

 鈴仙の過去。
 人間の月侵攻から逃げる為、鈴仙は自らの住処である月を飛び出した。
 その後地上で幻想郷を知り、ここ永遠亭に辿りついた。

「なんでまた今になって懐かしんでるの?」
 団子二つをのみ込んだてゐが問いかける。
「別にきっかけなんてないわ。ただ本当、何となくよ」
「ふーん」
 てゐは納得のいかない顔をしており、口を尖らせている。

「まぁいいわ」
 てゐは諦めたのか、しかめっ面をしていた顔をふっと綻ばせ、鈴仙と同じように月を見上げた。
 わずかな時間、その空間一体に静寂が訪れる。
 その静けさの中で、口火を切った鈴仙はてゐを横目で見ながら質問をした。
「所でてゐさん、私はそのお団子はもらえるのでしょうか?」
 てゐは少しだけ鈴仙の方へと顔を向けてから答えた。
「どうしよっかなー」







―時に姫は月を眺める―


永遠亭の一室。
畳の匂いが仄かに感じられる空間、窓の外からは月光が淡く部屋を照らしていた。
しかし、月は窓とは反対側に位置している為、ほとんど暗闇に包まれている。

ガタッ。

ゆっくりと障子が開けられ、部屋には淡い光が追加された。
「姫様、いかがなされました?」
 障子を開けたのは八意永琳だった。ここ永遠亭で薬の販売・研究を行っている。
「永琳、開けるときは一言言ってちょうだい」
 部屋にいた姫様と呼ばれたその人は、名前を蓬莱山輝夜という。
 永琳と共に、永遠ともいえる長さを永遠亭で暮らしている。
「すでに休んでいると思いまして。それに、姫様なら足音を消しても分かるでしょう?」
「そういう事ではないわ、礼儀の問題よ」
「用心します」

 永琳は部屋への敷居を跨ぎ、障子を閉めようとした。
 しかし、それは輝夜によって制止される。
「そのままでいいわ永琳、今宵は月光浴しましょう」
 意表をつく輝夜の意外な一言に、永琳は一瞬だけ動作を止めてしまった。
「……分かりました」

 永琳は月の光を部屋全体に入れるよう為、まだ閉まっている障子を開放した。
 全開になった部屋から眺めると、月の形をはっきりと確認する事が出来る。
 今宵に昇った月は、下弦の三日月のようだ。
「珍しいですね、姫様がこんな事をなさるとは」
「想いを馳せるには月を見るのが一番よ。何かと因縁もあるし」

 その昔。
 永琳は不死の薬を作り、輝夜はそれを口にした。
 そうして輝夜は永遠の命を手に入れたが、それは罪として咎められ地上へと流刑されてしまう。
 罪悪感に苛まれた永琳は。やがて姫を地上から連れ出して月からの逃亡を謀った。
 その行きついた先が幻想郷、この永遠亭だった。
 かつては幻想郷を巻き込む異変を起こした事もあったが、それも過去の話。

「何百年も経っているのに、まだ覚えてるわ。永琳は?」
「あの時の記憶は地上と月に置いてきました」
「そう、私はどうやら置いてくるのを忘れたみたい」
 言いながら輝夜は俯いた。
 顔を覆っている長い黒髪に、月の光が反射している。それは輝夜の美しさを一層と輝かせていた。
 見かねた永琳は姫の傍に寄り、背中にそっと手を置いた。

「大丈夫ですか、姫様」
「ええ……大丈夫よ永琳」
 自身の手で髪をかき分け、輝夜は妖艶な顔を覗かせた。その明眸皓歯な美貌で、地上にいた頃は男達を虜にしたものだった。
 そして今、永遠の命はその美貌をもそのままに保たせている。
 落ち着きを取り戻した輝夜は、徐に口を開けた。
「私がここにこうして居るのも、昔があるからよ。いくら永遠でも、私が生きているのは過去があるからよ」
 
 体勢を直し、体を再び月の方角へと向けた。
 月の光は、その絶世の美女を静かに照らしている。
「だからね永琳、私はそれが辛いものでも、残していくべきだと思うわ」
「それは素敵ですね」
 傍らにいた筈の永琳だったが、今は部屋にある棚のある方へと歩いていた。
 そして、その中から白い手巾を取り出した。
「しかし姫、涙を流してしまっては未来も悲しくなりますよ」

 輝夜の頬には一粒の雫が垂れていた。
 それは月の周りで輝く星に似て小さなものだったが、それには膨大な悲しみが詰まっているのだろう。
 永琳はその星の雫を優しく拭き取った。
「駄目ね、どうも湿っぽくなってしまったわ」
「永く生きているなら、そういう時もありますよ」
 手巾を畳んだ永琳はそれを懐に仕舞い、姫の乱れた髪の毛を軽く整えた。

「気分を変える為に縁側に行きましょう永琳。あそこならここよりも月がよく見えるはずよ」
「それはいいですね、参りましょう」
 輝夜の提案に、永琳も賛同する。
 スカートを踏まないようにゆっくりと輝夜は腰を上げた。一拍遅れ、永琳も立ち上がる。
「さて、行くわよ」
 永琳が追従する形で横に立ち、輝夜は大袖を翻しながら足を動かした。
 その時、輝夜がぼそっと呟いた。
「優曇華がいるかもしれないわね」







―時に永遠は月を眺める―



「あ、輝夜と永琳だ」
 縁側に向かうと、そこには輝夜の予想通り優曇華、そしててゐがいた。
「姫様と師匠が来るとは珍しいですね」
 そういう鈴仙の手には、団子が刺さっている串が握られていた。
「鈴仙、貴方何を食べているの?」
「こ、これですか? これは……て、てゐに貰ったんです」
 師匠である永琳に指摘され、鈴仙は少し焦った。このままお説教の時間が来るかもしれない。
「まぁ今日は許すわ。次は気をつけなさい」

 いつもと違って寛容な永琳に、鈴仙は驚いたもののそっと胸を撫で下ろした。
 しかし、その隣では羨ましそうに団子を見つめる少女がいた。
「てゐ、団子はまだ残ってるかしら?」
 輝夜は、夢中になって団子をほうばるてゐに質問をした。
 今のままでは言葉を発する事が出来ない為、てゐは口の中のものを飲み込もうと懸命に咀嚼した。
「っと、ふぅ。んーと、団子ならもう食べちゃいましたよ。私が二本で鈴仙が一本」
「え!? 何よそれ! ちゃんと私の分を残しておきなさいよ!」
「えーだって姫様が来るなんて知らなかったしー」
 てゐの言い分が最もなのだが、余程団子が食べたくなったのか、輝夜は躍起になっててゐを責めた。
 見かねた永琳は、呆れたような口調で二人に言う。
「団子ならまだある筈ですから、てゐを連れて取ってきて下さい。あとお茶もお願いします」

「いいえ、ここはてゐが取ってくるべきだわ」
「姫様、働かざる者なんとやら、ですよ」
「うっ……」
 それを聞いた姫はむすっとしながらも、てゐを引き連れて台所の方へと向かった。
「大体てゐ、貴方がね――」「それは姫様が――」
 歩きながらも二人はまだ言い合っている様だ。
 残った永琳と鈴仙は、どっちもどっちね、と思って互いを見ながら苦笑いを浮かべた。

「っと」
 永琳は鈴仙の隣に腰を下ろす。
「優曇華も月を見てたの?」
「はい、何か懐かしくなってしまって」
「そう。姫様と言い優曇華と言い、今日の月は何かあるのかしらね」
 永琳は月を見ながら独り言のように呟いた。
 鈴仙は最後の団子をぱくっと口へと運び、ゆっくりと口を動かしている。
「姫様もなのですか?」

 ゆっくりと団子を噛み、やがて飲み込んだ鈴仙が永琳に問いかける。
「そうよ。さっきまでしんみりしてたのに、今じゃああやって団子を探しに行ってるわ」
「まさしく花より団子ですね。この場合は月ですけど」
 

夜空を照らす三日月は、未だ煌煌と輝いている。今宵の月はいつもより綺麗で、妖しく、不思議な異彩を放っている。そんな気がした。


「優曇華は花と団子はどちらが好きなの?」
 さっきまで団子が刺さっていた串を手に持つ鈴仙に、優曇華は皮肉を込めて尋ねた。
「私ですか? 私はそうですね……」

 顔を少し下げしばらく考え込んだ鈴仙だったが、何かを思いつき顔をふっと上げた。どうやら答えを見つけたようだ。
「私は、ここで月を見ながら団子を食べるのが好きです」
鈴仙の答えに、永琳も自分の意見を言う。
「そう、私の場合はここで団子を食べながら月を見るのが好きよ」
「それは何か違うんですか?」
「ふふ、永く生きると分かるわよ優曇華」

 
月はまだまだ南へと向かって昇って行く。
 そして西に向かって沈んでいく。


 団子はすぐに無くなってしまう。
 しかし空に浮かぶ黄色の団子を食べ切るには、永い時間がかかるかもしれない。
2回目の投稿になります。
前回がかなり短めだったのですが、今回も短めですね。
妄想するままに淡々と書き連ねました。

永遠を生きるってどんな想いなんでしょうかね。
永遠には想像も出来ませんが、それでも一夜くらいなら。


最後に、読んでくださってありがとうございました。


誤字訂正しました。
ご指摘ありがとうございました。

追記
訂正だけでレスを忘れるという暴挙。すいません。

>>6様
キレイな話は苦手なのですが挑戦してみました。(それ以前の勉強が足りないかもしれませんが……)
改めてご指摘ありがとうございました。
ゴッペ
http://twitter.com/goppe0813
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コメント



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6.70名前が無い程度の能力削除
キレイな話でした。
「感ずく」は「感づく」だと思います
10.90名前が無い程度の能力削除
この雰囲気は好きです