サーっというノイズ。ぱらぱらという軽い音。
屋根を叩く雨を降らした雲は、地上から見える最も綺麗な円を隠してしまっている。
今日は中秋の名月。
十年に九年は雨が降ると言われるこの日は、昔から団子を捏ね、望月を想像して楽しむのが風流とされるらしい。
くだらない、と私は思う。
風流なんてもんじゃない。余裕がないだけだ。
精々八十回程度しかこの日を迎えられない、ちっぽけな人間の考えそうな事である。
それとも団子を捏ねるより、屁理屈を捏ねる方が得意な私が、捻くれているだけだろうか?
ここまでまとまりなく考えた所で、私は気付く。
別に名月自体、興味がない事に。
そもそも、地上の兎は餅も団子も捏ねないし。
だが、今日という日が雨で良かったと思う。
鈴仙に、淀みない月を見せずに済むから。
私は知ってる。
鈴仙が、望月を見上げる度に、溜息を吐くのを。
だから、私は鈴仙が溜息を吐かなくてもいいように、嘘を吐く。
私を叱っている間は、空を見上げないで済むから。
全部知ってる。
彼方に望郷があり。
帰る事は叶わず。
此方に想い人があり。
想い人は主だけを見据えていて。
それでも、手に入らないものを望む貴女の赤い目には。
どれだけ飛び跳ねても、私が映る要素なんてなくて。
だけど、傍にいる。
私の力では、人間でない貴女を幸せにする事はできないけれど。
だから、傍に居る。
力なんて関係なく、初めて逢った時の、泣き腫らした様な赤い目の貴女を守りたいと思ったから。
どうか。
この気持ちを覆う、薄い嘘に。
貴女が気付きませんように。
どうか。
この気持ちに。
貴女が気付きますように。
そう思う私は、滑稽だろうか。
それでも。
気持ちだけには、嘘を吐かない。
貴女を想う私が、ここで飛び跳ねているから。
「…ってゐ!アンタねぇ!」
どたどたという足音がして、私の両肩が掴まれた。
「騒がしいよ?鈴仙。今日はせっかくの雨月なんだから、風流にいかないと。」
私は上を見上げる。反対から覗き込む向きになった鈴仙の目が、涙をちょちょぎらせている。
寂しいから?もちろん、違う。
そんなことのないように、私が傍に居るのだから。
「団子の中に辛子仕込んだのアンタでしょ!ていうかアンタしかいないじゃない!も~、お師匠様には叱られるし、唇は腫れるし、どうしてくれるの!」
どうもしないよ。
傍に居るだけ。
「まぁまぁ、そんなにいきり立てなさんなって。ほら、鈴仙もこっちきて座んなよ。」
私はぽむ、と縁側の隣を叩く。
鈴仙は「なによもぅ…」と言いながらも、素直に隣に座った。これだから可愛いのだ。
しばしの無言。サーっという雨音だけが響く。
庭に向けられた鈴仙の目は、空を見ていない。でも、私の方を向いてもいない。
ね、その赤い目は何を見ているのかしら。
「ねぇ、鈴仙。」
私は、こつん、と頭を傾げて、鈴仙の肩によりかかる。
長い髪が、少しだけ私の頬にかかる。良い匂い。
「あによ。」
団子の件からか、まだ訝しげな顔をしながら、鈴仙は私の方に目を向ける。
ああ、私の方を向いてくれた。
「私はね、鈴仙の事、結構好きだよ。」
結構、が付いてしまったのは少し残念。
私にだって気恥ずかしさくらいある。
「どうしたのよ…気味悪いわね…。」
そう、それでいい。貴女はこの気持ちに気付かないまま、この望月の日を終える。
ああ、それでもいつか。
どうか。
この気持ちに。
貴女が気付きますように。
「私だって、別にアンタの事嫌いじゃないわよ。」
思わぬ反撃。思わず、少しだけ口元が綻ぶのを感じる。
でも、私の言葉は変わらない。
だって、私には団子よりも、嘘を捏ねる方が似合うから。
「もちろん、嘘だよ?」
「…だと思った。」
ああ。
どうか。
この気持ちを覆う、薄い嘘に。
貴女が気付きませんように。
サーっという雨音だけが、私達を包んでいた。
言葉で気持ちを伝えることも嘘にしてしまうほど、その気持ちは純粋で……
ただのいたずらっ子でないてゐの表現が新鮮で素敵です。
ご馳走様でした。
それでもてゐの心にあたたかさも覚えてしまうのです。
歌を聞きながら読んだら泣きそうになりました