「うーん……」
ごろごろ。
「ううーん……」
ごろんごろん。
「……」
ぽてん。
「うあー、もーっ!」
◆◆◆眠れない夜にはこの枕が一番眠れると思うんだ。◆◆◆
「ぐー……」
「どしたのお燐?」
地底世界での朝。
地上とは微妙に時間がずれているので、こう表現しておく。
目をくしくししながら歩いてくるお燐に、心配そうに声をかけるのは彼女の親友であるおくうこと空である。
「あー、おくう? ……おはよ」
「うん、おはよー。って、何か元気がないね」
うー、と小さく呻く燐を見つめる空。
いつも持ち前の明るさと元気が取り柄である彼女だが、今日は何やら様子がおかしい。
やけに目を擦る回数が多いし、少しふらついているのだ。
空は自身の数少ない記憶の中で、燐がこんな状態になっているのは三度目だなあと思い返した。
確か一度目は地霊異変の時、そして二度目は主人のさとりにちょっかいを出した挙げ句涙目で「絶交です!」と言われた時である。
「はぁ……おくう、聞いとくれよぉ。というか聞かないと今日から夜な夜な枕元に立つ」
「怖っ!? やだなー、そんなこいしさまじゃないんだからー」
それこそ怨霊と同じようなおどろおどろしい雰囲気で話す燐に対して、あははと笑い飛ばす空。
ちなみにこの話を偶然にも立ち聞きしていたこいしは、この日を境に深夜空の部屋で枕元に毎日立つことを決めた。後部屋の中に入った。
主な理由としては「ご先祖様がそう仰ったから仕方ない」とのこと。こいしの中のご先祖様の権力は絶大なのである。
だがこの話は今のところは関係ない。閑話休題。
「でさ、おくう。最近の夜やけに暑いと思わない?」
「そう? 私裸で寝てるから涼しいよ?」
「……。……いやまあ、別にどんな姿で寝ててもいいんだけどさ」
よくもまあその恵まれた体を晒して無防備に寝れるなと心の奥底で自前のパルシステムを起動させる燐。
一緒にお風呂に入るくらいの親友だからこそ、彼女のナイスバディーっぷりがよく分かるのだ。
空本人は気づいてないが、同性でも羨むような体付きをしているのだ。一言で言うとぼんきゅぅっぼん。
燐曰く、この「ぅ」に彼女なりの拘りがあるそうだ。
すらりと猫体型な彼女からそう評されるくらい、空の体は完成しているのである。ただしそういう人に限って当人は気がついていないのだが。
「まあ暑いわけ。……それでね、あたいは最近寝付けてないんだよ」
「うにゅ? 寝付けないってもしかして寝てないってこと?」
「そゆこと。おかげでこうひて……ふわあぁ……」
と、言葉を切って大きな欠伸をする燐。
空はそれを見ると、ついつられて小さく欠伸をしていた。別に眠くはなかったのだが。
何故か欠伸は移りやすいのだ。人体のちょっとした不思議の一つである。
「……あふ。今とっても眠いってことだよ」
「じゃあ寝たらいいんじゃないの?」
「うん、おくうに話したあたいがバカだったね。寝たくても寝れないんだよ」
「へぇ……。何で?」
「そこから話さないとダメなの!?」
相変わらずと言えば相変わらずの記憶処理能力を持つ空に、若干とはいえ呆れる燐。
ともあれ寝れなくて苦しいということは伝わったはずと、燐の気分は少しだけ晴れていた。
要は話して少し鬱蒼な気分を紛らわしたかったのである。
「はぁ。まあいいさ、そんなあっさり寝れたら苦労しないんだから」
「うにゅ?」
とはいえ、一睡もしてないことはさすがに身に堪える。
仮に誰かがこの地霊殿に襲撃したとしても、この状態じゃ戦えないし足手まといになる。
逆にぱたりと倒れた方が楽なんじゃないか。燐がふっとそう思うくらい、体の疲労は蓄積していた。このままでは死体盗りが死体になりかねないのだ。
「……んー」
一方の空は、どうにかして燐を元気にしてあげたいと考えていた。
こんな姿は誰も望んでないし、何より元気じゃないと構ってくれないのだ。
例えばそう、ゆでたまごを作るときとか。燐がいないと色々と困るし、やっぱり純粋に心配でもある。
では、一体どうすればよく眠れるのだろうか?
空はよく眠れるので、不眠症といった病気の類には今まで一度もかかったことがなかった。
夏はさっきも言ったとおり裸で寝るし、冬はヤタガラス様のありがたい力を使い体をぽかぽかにして寝る。
故に一年中ずっと快眠なのだ。ゴッドパワーの力は計り知れないということである。山のゴッドが聞いたらロストゴッドしそうだが。
ともあれ、そんな空はよく眠れる方法を知らない。だから自分なりのやり方でやってみることに決めた。
どうすれば燐が喜び、またよく眠れるかを考えながら。
「どうしてよく眠れないの?」
「知らないよぉ。なんというか……よく分からないんだよ」
「正体不明だね」
「うん、正体不明」
どこかでぬぇぇという声が聞こえた気がするが、それはこの際気にしないでおこう。
次に空が考えたのは、とりあえず眠れないというのなら寝かせてみればいいじゃない作戦。
ひょっとしたらごろごろしてたら眠くなってねれるんじゃないの、というありがちな作戦である。
「じゃあとりあえず横になろう。ほらお燐、はやくベッドに乗った乗ったー」
「えー? ……どうせ寝れないと思うんだけど」
あまり乗り気でない燐を尻目に、とりあえずベッドへと誘う空。
上手くいくとは思えないのだが、乗り気な彼女が引き下がることもないだろう。
というわけで気だるげに尻尾を垂らしながら、渋々ベッドに乗る燐。ちょっとかたい感触が、そのまま彼女の肢体を受け止めてくれた。
ぽふ。
「……どう?」
「どうと言われても、寝れないものは寝れないよ」
とはいえ、さすがにそんな数秒で眠くなることもなく。
先ほどまで普通に立っていたのだから、意識が覚醒しきっているのだ。
まあ目を開けていたままでは始まらないので、目を閉じてみる。
目を閉じるだけで、すぐに真っ暗な世界が訪れる。まあ眠れるわけではないのだが。
しばらくの間、静かな時間が流れていく。
「……」
「……」
「…………」
じー。
じー。
じぃぃぃぃぃ。
「眠れるかあぁぁぁっ!」
「わひゃ!? どしたのお燐?」
突然がばっと起き上がり、視線の方をむぅっと見つめる燐。
勿論その先には、きょとんとしてる相方こと空。そう、つまり寝るまで見届けようとしていたのだ。
そんな臨終の時じゃないんだから、と死体盗りらしい表現を思いつきながら、そのままの体勢ででこぴんをぶちかましておいた。
「いったぁ!? ぴんしたね!? パパンにもぴんされたことないのに!?」
「パパン!? あんた父親のことパパンって呼んでたの!?」
「……いや、そもそもいたっけ?」
「あたいが知るわけないでしょーがっ!」
びすっ。
「ふにゃん! ……にゅ、結局ダメだったの?」
「そりゃダメに決まってるよ。主に誰かさんの一因で」
「うぅー……」
空はでこぴんされたところを押さえながら、うるうるおめめで燐を見つめてくる。
だが、ここで甘い顔をするわけにはいかない。威力こそ抜群なものの、見なければ何とかなる。
見たい見たい死ぬほど見たいという気持ちを押し殺しながら、燐はため息をつくふりをして視線を外す。目の前にはさっきまで頭を乗せていた、あの白い枕が見えていた。
……これじゃあない。これはもっとこう、何かが足りない。
と、その時である。
「そうだ!」
「うわまぶしっ!?」
空の二十センチ上、何もないところから突然ミニ太陽が光り輝く。
それと同時に、彼女は右手にはめてる制御棒をぽんと左手にたたいた。どうやら何やら閃いた様子。
勿論そばにいた燐にとってはたまったものではなく、少しの間光に視界を奪われてしまった。
あまりの輝きに、慌てて目を閉じる燐。
一体空は何を思いついたの言うのか。それさえも忘れさせてしまいそうなくらい、ミニ太陽の光は眩しかった。
なお直射日光は間近で見ない方がいい。人間にも妖怪にも危険すぎる。
とろけてクリーミィな感じになるわけがないので、くれぐれもそんなことはしないように。
まあそれはともかく。
真っ暗な中、空の方からすっと服が擦れる音がした。……気がした。
…………。
むにゅう。
「ふみゃ!?」
燐の顔に突然の、柔らかい感触。そして微かに甘いミルクのような香り。
それはクッションに顔を埋めたわけでもない、極上の感触。敢えて表現するならば暖かくて大きいマシュマロ。
ふんわふわのほわっほわという、何とも言えないその柔らかさに、燐は思わずそれに吸いつきたくなってしまった。
しかし、やわこいこれは何だろう? その疑問は薄れゆく光の中、ゆっくりと晴れていくのだった。
それは。
「……気持ちいい?」
空が燐の顔に、惜しげもなく自前の胸を直接押し当てていた。
……なるほど。
確かにこれは柔らかいし、通りでぷにぷにしていると思った。
見よ、このつるつるしたたまご肌を。毎日ゆで卵を食べてるせいか、もちもちたぷたぷではないか。
体温をもってるので、顔中が生温かいとも感じる。二つの双球の間に丁度顔に挟まり、むにゅむにゅと気持ちよーく圧迫してくる。
そして何よりちらと見える空が、優しげな笑みでこちらを見ているではないか。これぞまさに聖母。燐がそう見紛うほどに、今の彼女は美しく、そしてまたいつもと違う姿を見せてくれたのだった。
因みに部屋で本を読んでいたさとりは、突然の思考の渦に飲み込まれ思わず豊胸体操を始めたのだが、今の状況を誰かに見られてはと考え慌てて中断した。
地霊殿にはこいしがいる。下手な行動をするとすぐに見られてしまうのだ。
ともあれ、一体誰がこんな思念を送ったのか?
何も分からないまま、さとりはきゅうっと自分の体の震えを押さえることしか出来ないのだった。
つまり、燐の思考はあのさとりを脅えさせるくらい、理路整然としたものだったということである。
だが勿論、そんな思考の時間も終わりを告げる。我に返る時が来るのだ。
突然胸の中でばたばたと暴れる燐を、空は慌てて押さえ込む。勿論胸でだが。
「って、おおおおくう!? あんた何やってんのさ!?」
「んにゅ。お燐はこうしたら寝るんじゃないかなーって」
「だからって、こんな……! その、どきどきするようなこと……!」
「どきどきしたら眠れる?」
「眠れるわけないじゃないの!」
「そっかー……」
しゅんと俯きながらも、空は体を動かそうとはしない。
それどころか圧迫がどんどん強くなっている気がする。とはいっても、柔らかい感触だから逆に心地よい。
「……んむ、うむむ。ふあぁ……んー……」
しかし、時が立つに連れて、燐に変化が訪れていく。
まぶたが少しずつ降りはじめて、視界が肌色からどんどん暗くなっていくのだ。
まさかこんな方法で寝れるのか? という疑問もそこそこに、燐は半目になりながらも胸に顔を埋めさせていく。
淡いミルクと、ほんのりとした汗の香り。この温もり。
……これだ。あたいはこの柔らかさが、おっぱいが欲しかったんだ。
「あれ? お燐? ……寝ちゃってる」
いつの間にか返事がなくなっていたことに気ついた空は、そっと胸の中の燐を見つめる。
二つのおさげと猫耳を垂らしながら、すーすーと小さな寝息を立てて寝ている、彼女。
起きているときとは違って、それは実に子供のような、……子供が母親に甘えているような、そんな表情だった。
「良かった、眠れたみたいだね。ちゃんと寝れるじゃない」
「んにゃ。みぅ……」
猫耳をそっと撫でながら、起こさないように横になる。空の方が体が大きいので、燐を自分の体に乗せる形になる。
すぐに眠ったのはやや予想外だったものの、燐の様子から見て疲れきっていたのは分かっていた。単純に眠れないだけだったのだ。
目の下にクマがあるものの、このまま寝ていればまたいつもの元気な彼女に戻ることだろう。
まだ起きて少ししかたってないので空としては眠るつもりはないのだが、親友が幸せそうに寝ているので良しとした。
むにむに、むにゅん。
「ふゃ!? ……もう、えっちな猫さんなんだから。お燐はー」
たまーに胸を軽く揉まれたりもしたが、猫の習性なので全く問題はない。
そんな燐の頭を撫でながら、空はふっと無意識に上を見る。
何てこともない、いつもの地霊殿の天井。……そこに。
「やだ、見つかっちゃった」
「うにゅぁ!?」
こいしが張り付いていた。自覚なしで上を見たので、偶然にも見つけてしまったのである。
無意識を破るには無意識しかないのだ。
「あれ、こいしさまどうやって天井には、むにゅ」
「そういうことは聞かないの。乙女の秘密と同じよ、たぶんだけど」
すとんと音もなく地面に降りると、そっと空の口を塞ぐこいし。
そして、ちょいちょいと眠っている燐を指さす。騒いでると起きてしまうと言っているのだろう。
その意味が分かり、一先ず口を閉じる空。こいしは小さく頷くと、手をそっと引いていった。
「まあとりあえず見つかっちゃったから、こいしちゃんはそそくさと退散しますよー」
「は、はい。……あの、こいしさま?」
「何?」
そのまま部屋から立ち去ろうとしたこいしを、手を伸ばし引き留めようとする空。勿論、胸に燐を抱き止めながら。
こいしに待ってと言った場合、二つの可能性がでてくる。一つはそのまま立ち止まるか、無意識にふっといなくなるかである。
ぴた、と止まった彼女はそのまま動かない。どうやら今回は話を聞いてくれるようだ。
……とはいえ、本当に全く動かない上に何故か両手を上げているが、あれはたぶん無意識だろう。
無意識とは得てして便利なものである。
「どうして私たちを見てたんですか? ……その、無意識に」
「んー? ……特に考えて無かったんだけどねぇ」
ちょっとした質問に、首をわずかに左に傾けるこいし。どうやら理由を考えているらしい。
空は待っている間、ほにゃっとした顔で寝ている燐の猫耳をむにむにしていた。時々ぴくっと動いて、ちょっとかわいらしかった。
そうした時間が少しだけ流れた後、こいしがくるりと空に向かって振り返って言う。
その顔は、いつものような満面の笑顔だった。
「おくうが何だか、お母さんみたいだったから!」
「ほぇ。……う、うにゅっ!?」
「うふふ。じゃあねおくう、私ちょっと用事が出来ちゃった!」
「あ、ちょっと、ちょっとこいしさまぁっ」
言うだけ言った後、ぱたぱたとその場を走り去っていくこいし。気のせいか空にはさっきよりも足取りが軽いように見えた。
あわあわと両手を一しきり振った後、ぽふとベッドに手を置く空。
また、燐と二人きりになった。……しかし、ちょっとだけ何かが変わった気がする。
「も、もうこいしさまったら。……てい」
「ふにゃっ。んみみ……」
頬を少し赤く染めながら、燐の頭を軽く小突く。
さすがにこれだけでは起きないだろうが、何だか胸がもやもやするような、変な気分を払いたかった。
それでもやっぱり違和感は拭いきれないままで。
「……お母さん、かぁ。さとりさまの方がそんな気がするけどなぁ」
どちらかと言うと自分は子供のような気がする。体については無しにして、だ。
こいしの答えはどこから出たかは知らない。何も意味はないかもしれない。元々そういうお人なんだから。
もしかしたら何か知っているかもしれないし、燐が起きたらとりあえず一つ尋ねてみよう。
今の私が、お母さんに見える? と。
……まあ、私が忘れていなければだけど。
一方その頃―――
「ねえお姉ちゃん!」
「……あ、あら、こいし。一体どうしたのかしら?」
「おっぱいまくらしてほしいの!」
「……。……私、それが出来るほどないんだけど……」
また新たな物語が、始まろうとしていた。
続くかもしれない。
誰かおっぱいマウスパッドの応用で枕を作ってくれればいいと思うんだ。
今夜はうちの硬い枕をさとり様のおっぱい枕と思ってねると(ry
×続かない
○続く
>9
不覚にもワロタw
始終2828が止まらなかった
コメント9の人は今世紀最大の天才じゃなかろうか。
>>2さん
枕である以上、誰かに需要があるはずなのです。
やったねさとりさん!
>>3さん
核エネルギーと同時に、新たなる夢も生み出してくれました。
そしてその発想は無かった。誰か作ってみてはどうでしょうか。
>>4さん
さとりさんが手招きしているようです。どうぞお入りください。
>>6さん
言ってはいないのでセー……フ?
>>9さん
そうか、誤字だったなんて……。
その内続きとかも考えてみますー。
>>15さん
不眠症には抜群の枕です。膝枕みたいに足が痺れたりもしないはず。
>>16さんと>>23さん
おりんくうは良いものだ。ただただそう思います。
>>17さん
大変ちちましいと思います。
でも問題はないですね、ええ。
>>19さん
むしろ続けていいのかと聞きたいですしおすし。
まあ気が付いたらひょっこり続編が出ているかもしれませんし、出てないかもしれません。
>>28さん
穏やかな甘さが好きだったりします。
そして地霊殿は皆かわいいですよ。
>>34さん
恐らくおくうは子供とかが出来たら、一番印象が変わると思います。
>>38さん
誤字ではないと(ry
ともあれ、今のところは保留ですね。
>>44のAdmiralさん
おりんくう以外でもしっかり組めるのが地霊殿の良いところだと思います。
いずれは地霊殿以外を舞台にした地底の話も書きたいですね。
>>47さん
本当に不思議です。
欠伸のメカニズムについて誰か詳しく教えてください。