今日もセミが鳴いている。
何故彼らは鳴き続けるのだろう。
飽きもせずに、ただ必死になって。
その長い生涯を終える為に這い出て来た地上。
彼らは新しき世界で、地下では響くことのなかったであろう鳴き声をこれでもかと響き渡らせる。
彼らが命の際に世界へと告げる鳴き声は、一体何を意味しているのだろうか。
「秋が……来ない……!?」
その日、二人の神が住まう社に電流が走った。
穣子の手元にあるのは一枚の新聞だ。
号外号外と飛び回っていた天狗がばら撒いていったものを拾って来たのだが、そこに書かれていた内容は酷いモノだった。
「何々……今年の幻想郷住人が選ぶ神格人気ランキングの順位発表?あれ……?呼ばれた記憶ないかもなぁ」
「いや、そこはどうでも良いのよ。静葉お姉ちゃん」
新聞を持ち込んだ先は姉である静葉の部屋。
部屋の中はいつも整頓されていて我が姉ながら立派だと思うが、縁側で長閑にお茶をすすっている様はどこぞの巫女以上にババくさい。何故だろう。
「ん~、でもさ。秋が来ない、っていきなり言われても実感が無くて」
「いっそ実感は無くてもいいけど危機感持ってよ!秋が無くなっちゃったら私達の存在意義が疑われちゃうんだから!」
実際死活問題ではある。
春夏秋冬と呼ばれる四季の廻りに依れば、秋の後は冬となる。
紅葉の神である静葉にとって、秋すっ飛ばしの直接冬入りが示すのはニートまでの一本道だけだ。
…現状でもほとんど無職に近いけど。
暗黙の了解、というやつだ。気にしない。
しかし、そう考えれば静葉にとっては大した問題ではないのかもしれない。
本当のところ、豊穣の神である自分にとってこそ死活問題だから静葉に相談しに来たのだ。
「村の人達の作物が不作になっちゃうと信仰が集まらないじゃない?そうしたらお姉ちゃんも困るでしょ?」
「あー。でもほら、……私は穣子ちゃんが元気でさえいてくれたら、何があっても大丈夫だから」
「……お姉ちゃん」
本当に優しい姉、なのか。
或いは暗にカラ元気で乗り切れと言ってるのだろうか。
解らないが、とりあえず話をしても無駄そうだ。
「それにしても、今年は長く鳴いてるね」
「――は?」
「セミ。まだまだ暑いからかな」
静葉が微笑みながら見上げる先、社にある大樹からは力強いセミの鳴き声が響いていた。
「異変~?」
困り果てた穣子は博麗神社を訪れていた。
秋が来ないなんて立派な異変だろう、という穣子の主張に対して、巫女は鼻で笑って返す。
「そんなことあるわけないでしょ。ほら帰った帰った。私はお金にならない異変は解決しない主義なのよ」
「巫女の癖に相変わらず現実主義な……。というか、ほら!天狗の新聞にちゃんと書いてあるのよ!」
巫女に新聞を突きつけ、今年の気候の異常性を訴える。
天狗の新聞の統計に依れば、今日を含めれば今年の夏は平年よりも二週間近く長いことになる。
しかも、この夏が終わると気温が一気に10度近く落ち込むというのだ。
明らかに何かしらの異変要素を含んでいる。
だと言うのに、この巫女は笑いながら言うのだ。
「あのねぇ。天狗の新聞なんかいちいち真に受けてたら普通の生活出来なくなるわよ?」
「でも!」
「はいはい、この話はもうおしまい。お茶くらいなら出すけど上がってく?」
「……いらないっ!」
巫女の手から新聞を奪い取り、博麗神社から走り去る。
そもそも他人の力を借りようとしたのが間違っていた。
穣子は新聞を帽子の中にしまい、石造りの階段を駆け降りていく。
「私だって神格なんだ。異変の一つや二つくらい――!!」
~数時間後~
「無理…っ」
幻想郷中を飛びまわり、原因となりそうな物や人を片っ端から当たってみたが、解決どころか手掛かりさえ掴むことは出来なかった。
少しというか大分動き過ぎた穣子は、人里を少し外れた森の入り口に腰を下ろし、休憩を取ることにした。
かなり飛びまわったせいだろうか。頭が内側から叩かれているようにガンガンと痛む。
森の入口は風が通り抜けて比較的涼しいが、そんな涼しさの中でもセミの声が聞こえる。
…煩いなぁ。
森全体が鳴いているかと思う程の音量だ。
少し脅かせば飛び去るだろうと思い、穣子は見下ろした手のひらの上にエネルギーを込めて弾を作り出す。
「ダメよ」
「へ……?」
不意に人の声が降って来た。
その声に気を取られて集中が切れ、弾が霧散する。
「何でダメなの?……って、アナタは……」
「こんにちは。秋の神様」
見上げた先には笑顔でこちらを見下ろす妖怪の姿があった。
…確か、風見幽香とかいう。
何故こんな場所にいるのだろう、と考える穣子の隣に幽香も腰を下ろす。
木陰に入り、日傘を閉じた幽香は目を閉じて何かに耳を澄ませているようだった。
「何を、しているの?」
「――聞いてるのよ。彼らが唄う季節の終わりを告げる歌を」
「季節の……終わり?」
「あら、そう思ってこんな場所まで出て来たんじゃなかったの?貴女」
クスリと小さく笑う幽香は、こちらをからかうことを楽しんでいるのか、それとも『歌』を聞くことを楽しんでいるのか解らない。
その時、柔らかな風が吹き抜けていき、穣子はぼんやりとだが幽香の言葉を理解する。
「……歌って、この風のこと?」
「それもそう。――けど、季節の終わりを告げているのは風だけじゃないわ」
幽香は目を開くと立ちあがり、青く晴れ渡った空を見上げる。
そしてまた口元に笑みを作ると、こちらに振り返ることなく日傘を開いて歩き出す。
「ちょっと待っ――」
「そうそう、異変だ異変だと騒いでいたのが天狗以外にもいたそうなんだけど……貴女、知ってる?」
「あ……えっと」
「もし会ったら教えてあげて。『夏はもう終わり。すぐに次の季節が廻ってくる』って」
「え……?でも」
「――セミが何で鳴くか知ってる?」
「し、知らないけど……」
「季節の始まりと、季節の終わりを教えてくれているのよ。きっとね」
「それってどういう意味……?ねぇ!ねぇってば!」
歩き出した幽香は、穣子の言葉に再び足を止めることはなかった。
ただ一つ、小さな笑い声を残して去っていく幽香の背中を、穣子はただ呆然と眺めていることしかできなかった。
「んー。……熱中症かな」
「う~……。頭がぼーっとするぅ……」
気付けば自分の部屋の布団で横になっていた。
静葉が言うには、穣子は鳥居の前で気を失って倒れていたらしい。
自力で帰って来たのだろうか。
…誰かが運んでくれたのかもしれないけど。
部屋の窓から差し込む光は、既に夕の色に染まっている。
静葉が開けておいてくれたのか、窓の隙間からは風が入ってくる。
「涼しい……」
「もう夏も終わりだね。――穣子ちゃんはいっぱい仕事あるんだから早く元気にならないと」
穣子は平然と言ってのける静葉を見て、目を丸くする。
「お姉ちゃん……もしかして異変なんて無いって初めから……?」
「ふふ、どうだろうね」
微笑した静葉は窓の外に見える大樹を見て、それから窓枠に手を掛ける。
「まだセミが鳴いてるし、煩かったら閉めようか?」
「……ううん。開けておいて」
そう?と言って、静葉は料理を作りに穣子の部屋を出て行く。
穣子はまだ靄のかかったような思考の中で、今日のことを考えていく。
来ないと言われた秋のこと、セミを見上げていた静葉 のこと、異変なんて無いと言った巫女のこと、森の入り口で出会った幽香のこと。
…色々あったなぁ。
普段は秋が始まる前に外に出ることは無い。
だからこそ、今日のような季節の変わり目を見ることはほとんどなかった。
穣子は自分も天狗と同じだったのだ、と苦笑して、窓の外に見える空を見上げる。
そして、目を閉じて季節の終わりを告げる歌に耳を傾ける。
何故彼らは鳴き続けるのだろう。
飽きもせずに、ただ必死になって。
その答えを、穣子は知っている。
彼らは長い生涯の終わりに、季節の終わりを告げに来るのだ。
変わりゆく季節の終わりを告げる為に、彼らは必死に声を上げ、歌い続ける。
彼らが命の際に世界へと告げる鳴き声は、きっと私達が忘れてしまわないためのもの。
『季節は流れ、廻りゆく物』なのだと、彼らは教えてくれているのだ。
毎年、夏の季節が始まり終わる、その時まで。
「あぁ――」
今年もセミが鳴いている。
個人的には穣子が物語の前半でもうちょっとドタバタしてくれた方が、
幽香と邂逅した後のしみじみ感がアップして更に良かったかもです。
これまた個人的になんですが、蝉が飛び立つ時にかけてくるオシッコを蝉爆弾、
作者様の言われるドッキリは蝉地雷に分類していますね、私は。どっちもビビるんだぜ。