青々と茂る垣根を風が過ぎた。
その風は緑であり、刃を持ち、それと同じ色の髪をして、半分は幽体であった。
髪の上では、黒の髪留めが風に振り落とされまいとしがみ付いている。
垣根に沿わせて刃を立て、ほぼ一瞬にして疾駆する。
二百由旬はあると言われる庭の、一番外を彩る垣根をだ。
ふう・・・ と、息を吐いた風は、魂魄妖夢という少女であった。
剪定から一転して、庭を掃く姿は緩慢である。
彼女と同じく、庭師であった先代には、丁寧に掃除するようにと教わっているのだ。
それを頑なに守ってるのは彼女の長所であり、短所でもあった。
「それにしても・・・」
その先を止め、見上げる。
冥界であろうとも、四季はある。となれば梅雨も残暑もくる訳で、現在はその残暑である。
死人しかいないので蝉も鳴かぬのだが、太陽に熱はある。
死人に感覚は無い。しかし、妖夢は半分生きている。
暑い。
彼女視線の先では、熱と光のもとが大絶賛連続稼動中である。期限は沈むまで。さあ、あなたもレッツ労働。
太陽に白い歯を見せ付けられた様に感じ、ついでに目も乾いて痛いので視線を下げる。
眼前には広大な枯山水が広がり、これからの彼女の仕事量を物語っていた。
白玉楼の主は外出中であるが、それもいつ戻るかわからない。
しかし、主が午と半刻にいつも庭先で休むことを考えれば、それまでに終わらせることが最良と言えた。
ふと、妖夢は異変に気づいた。
枯山水の向こうには独立して池があるのだが、その畔に誰かが居る。
幽霊ならば不定形だが、それは人の形をしていた。
侵入者である。
侵入者は、池のそばに屈んでいた。
池の魚が珍しいのか、緑の髪が池に着きそうにも関わらず、その少女は覗き込んだままだ。
そして服装はといえば、どこぞの巫女のように脇を晒している。
脇を晒している少女は、危険人物である。
妖夢の中ではそういう図式が成立しており、すなわち排除対象ではあるのだが、かといって庭を荒らされる訳にはいかない。
鞘走らせようとする右手を押さえ、彼女は意を決して呼びかけた。
「あのう、どちら様で?」
「今"サマー"って言いました!?」
立ち上がり様、少女が叫んだ。地面から斜め45度の角度で。
左の髪は蛇の髪留めで括られているが、その髪に魚が食いついている。
行く先は池であった。
54度では、彼女も何が起こったのか理解できていない様子だった。
64度で、漸く何が起こったのか理解し、
83度で、絶望に表情が歪み、
92度で着水した。
「痛!?これ痛い!噛んで・・・なんで噛まれて!!?」
妖夢は知っていた。
主である幽々子の気まぐれで鯉は食われ、代わりにピラニアが入れられていたのだ。
脇を出した侵入者は暫くもがいていたが、それもやがて収まった。
直後、池が割れた。ドン! という、盛大な音が付属品である。
「あはは! どうです奇跡の力は! 凶暴極まりない人食い魚とて一溜りも─────」
脱出したことに満足した少女だったが、妖夢の惨状を見て二の句を止める。
視線が合い、頭からずぶ濡れの妖夢は一度頷いた。
軸足である左足を半歩下げると、顎に噛み付いたピラニアもそのままに、楼観剣に手を掛ける。
「すいません、お風呂まで借りてしまって・・・」
「いえ。しかし、せめて正門から入ってください」
その少女は、東風谷早苗と名乗った。風祝りとかいう巫女の亜種らしい。
最近、外の世界から引っ越し、二柱の神とともに山の頂に住んでいるという。
先程の脇を出した格好は、巫女服のようなものらしい。のだが、全身ずぶ濡れになってしまったために着物を借りている。
余波を受けた妖夢も着替え、魚に噛み付かれた顎には絆創膏を貼っていた。
そういえば、麗の巫女がそのような話をしていた事を思い出し、ああ、と妖夢は納得した。
「それで、本来はここに来られない筈なんですが」
「ええ、実は夏を探しているのです」
一瞬、妖夢は意味を図りかねた。
質問に答えていないこともだが、夏を探しているという点だ。
夏を探す。
探すも何も、盆はとうに過ぎている。霊達が顕界に里帰りしたのも彼女は確認していたし、ならばもはや残暑しかない。
「夏を探すというのは・・・」
「ええ。以前、冥界が幻想郷中の春を集めていた事があるという噂を聞きまして、それで、何か参考になることがあればと思い、伺ったのです」
「噂ですか・・・ 確かに当時は、例年よりも顕界に春が訪れるのが遅かったと聞きます。ただ冥界は例年通りでしたし、ここの木は桜が殆どですから、見栄えとしても誤解されやすかったのだと思います」
「そうだったんですか・・・」
春を集めたのは事実であり、主である幽々子の命令だ。
しかし、その事実は公にされていない。公表するなと主人にも言われている以上、妖夢にははぐらかす以外の選択肢は有り得なかった。
幸いなのは、早苗があの紅白から話しを聞きだしていなかった事だろう。
「それより・・・」
「夏を探そうと思い立ったのは、うちの神社の二柱を見ていてのことなんです」
なにやら語りだしてしまった山の巫女に、妖夢は内心溜息を吐いた。
質問に答える気が無いのか、はたまた天然マイペースなのか。どちらにせよ、この巫女も厄介だと彼女は認識した。
巫女という生き物が、面倒そのものなのかもしれないとも。
「うちの神社には、神奈子様と諏訪子様、二柱が居られるのですが、越してきたばかりで信仰が足りず、存分に力が発揮できない状況なのです。そこで私は考えました。この幻想郷は外の世界の常識が通じず、普通に信仰を集めてもダメなのではないかと」
「・・・信仰と夏と、何か関係でも?」
「そこなんです! 信仰とは敬うことです。敬う相手には敬語、最上位では様をつけると。つまり、様=サマーとなり、夏を集めれば信仰も得られるのではという自由な発想の勝利なんですよ!」
頭が痛い。
妖夢は頭を抱えた。
半眼で見やれば、どうですか目を輝かせて胸を張る早苗が居る。
なにやら腹が立った。自身には無いものが強調されているので、尚更だ。
早苗としては、人里以外の幻想郷は外の常識の一切通じない場所であるという認識なので、彼女なりに常識外の発想で考えた結果なのであるが、そのようなことを妖夢が知る由も無い。
「とにかく・・・」荒くなる口調もそのままに、妖夢は切りだした。
「帰ってください。冥界に来ると言うことは死ぬということで、おいそれと入っていい場所ではないんです。主人も戻ってきますし、すぐにお引取りを」
「あれ?この発想は・・・」
「ない!」
「まぁそう言わず」
「言う!」
「香林堂店主の発想なんですが」
「からかわれたの!」
「からかわれたんですか!?」
「からかわれたの!」
漸く止まった早苗を見て、妖夢は満足した。
止まったというよりは固まったといった様子だが、話しを聞かずにしゃべり続けられるよりは良い。
さて、どう言ったら帰ってくれるだろう。改めて思案を始めたその時、一度止まった巫女もどきが動き出した。
再起動を果たした風祝りは、今度は、
「・・・・・ふふふふふふふ」
笑い出した。
「そう、そうですか。何も知らないからって嘘吹き込みましたかあの眼鏡・・・」
「・・・・あのう?」
「私を騙した罪は重いです、相応の対価を払っていただきますよ香林堂店主さん・・・」
「・・・もしもし?」
「あ、すいません。急に用事を思い出してしまいまして、これで失礼させて頂きますね」
「えっあっはい」
それっきり、緑の巫女は飛んで行ってしまった。
得体の知れない迫力に、反射的に答えてしまった妖夢だが、風と共に去った早苗の後姿を見て、ふと疑問に思うことがあった。
どうやって帰るのだろう、と。
結局、それ以降は何事も無く、荒らされた庭の修理をして一日が終わった。
帰ってきた幽々子に、散ってしまったピラニアについて文句を言われたが、他には何事も無く平和であった。
一つ違ったのは、主人から聞かされた話。
香林堂が謎の突風で壊滅したという、割とどうでもいい事ぐらいであった。
池のピラニアの発想も面白いし、その発想の膨らませ方も笑わせていただきました。
文章も分かりやすいので、作者様が構成を作って中くらいの長さで書いた話なんかは面白そうと思いました。
初投稿で感想がいただけるとは思ってもみなかったので、非常に嬉しいです。
実を言うと、SSというものがどの程度の長さの話を挿すのかいまいち理解しきれていなかったのですが、もっと長くてもいいのですねw
あと、見返してて早苗の服の所在を書いてなかったのが目に入ったので、それも反省点ですね。
すごい!!
僕と比べるといかに投稿するまでの勉強量が多いか実感させられます!!
これからも頑張って下さい!!
私も頑張らねば!!
初投稿、といえば初々しい印象ですが、実は別の二次創作で数年ほど書いておりまして、初と言うのはここへの投稿、ということであったりします。
応援ありがとうございます、とくめーさんも頑張ってくださいね。