都の大学で学び、若くして相対性心理学を修めたマエリベリー・ハーンは博学才穎にして眉目秀麗。
その美貌は解語の花とも称されるほどであったが、過度に夢想を好む悪癖があった。
大学の卒業を控えその性はいよいよ進行し、現を愉しまず、卒業の前夜遂に発狂した。
独り大学近傍の社を訪れていた彼女は突然何か訳のわからぬ言を叫びだすと、そのまま闇の中へと駆け出し、二度と戻ってくることはなかった。
かつて失踪したマエリベリー・ハーンは、大学で物理学の教鞭をとる宇佐美蓮子の数少ない友人の一人であった。
親友と公言して憚らなかった彼女の失踪には、蓮子も酷く胸を痛ませた。
その痛みは失踪から幾年を経ても時折ぶり返し、愈々耐えきれなくなると、彼女は決まってその社を訪れる。
事件直後は、何か手掛かりをと血眼になって徘徊した境内ではあるが、今では心安らかに歩みを進めることができる。
蓮子が境内でその奇妙な鳥居を見つけたのは、ある良く晴れた夜のことであった。
幾度となく足を運んだ社であり、今まで見逃していたとは思えない。なのにその鳥居は以前よりそこに在ったかの如く、杜の中に立っていた。
「これが結界ならば良いのに」
そう呟くと、学生時代のサークル活動が思い出され、不意に眼頭が熱くなるのを感じた。
照らす月光を頼りに草を掻き分け、鳥居に至る。
「くぐってみようか」
それをくぐると、何かに足を獲られたのか、転倒し強かに頭を打った。
意識が遠のきそうになるのを堪え上半身をもち起こすと、いつの間にやら大勢の人間が、心配そうに彼女を見つめていた。
その人々の妙に古めいた身なりに既視感を覚え、思わず空を仰ぐと、ここがかつてメリーとともに訪れた幻想の里であることを、月が示していた。
翌朝早く、一宿一飯の礼を述べ、蓮子は里を発った。
里には稀に外界よりの迷い人が着くそうで、そうした場合は時折里へ下りてくる博麗の巫女を頼るのが良いとのこと。
しかし蓮子には、いつになるとも知れぬ巫女の訪れを待つ気は無く、自ら神社に赴き、早々に元の世界に帰してもらうつもりであった。
里にも興味を惹くものが無いではなかったが、学会発表を間近に控えた今は、帰らねばならぬという意思が働いた。
__否、それは己への方便か。と、蓮子は考える。
本心では__意味が無いと分かっているのだ。
如何に珍しきものを見物し興奮を覚えようと、それに共感してくれる大切な存在が、自分にはもういないのだと。
人食い妖怪が出るから、と里人の引き止めるを斥け、まだ暗い空の下、蓮子は神社を目指した。
残月の導きを頼りに林中の草地を通って行った時、果して一匹の妖狐が叢の中から踊り出でた。
妖孤は蓮子に襲いかかり、細い喉笛を噛み潰すかとみえたその刹那、虚空より亀裂が生じ、そこから生じた白い腕が妖獣を制した。
妖獣は揺らめく腕の招きに応じ、亀裂に飛び込んだ。あわや、という場面ではあったが、蓮子は事なきを得たのである。
「危ないところだった」
亀裂の中より、繰り返し呟く声が聞こえた。その声には聞き覚えがあり、蓮子は咄嗟に叫んだ。
「その声はメリー、我が友マエリベリー・ハーンではないか?」
先程まで聞こえていた声は絶え、ややあって、しのび泣きが聞こえてきた。
「蓮子、なの?」
訳あって、姿を見せることは能わない。どうか声のみで応じるこの無礼を許して欲しい。そう頼むメリーに、蓮子は快く応じた。
幾年もの別離を経てはいたが、それは微塵も感じられず、学生時代に戻ったかのように話に華が咲いた。
都の噂、大学の近況、蓮子の現在の地位・職務、それに対するメリーの祝辞…。それらが語られたのち、蓮子は聞かざるを得なかった。
何故、突然に姿をくらませたのか、と。
暫しの沈黙を経て、メリーが語りだした。
「私は怖かったのよ。卒業することが、そうして秘封倶楽部の活動が終わることが。」
「そんな事を考えながら、あの日境内を歩んでいると、しきりに何物かの私を呼ぶ声がする。それは杜の中から聞こえる気がした。
その声を追うようにして、見知らぬ鳥居をくぐり抜けると」
「私は此処に辿り着いていたのよ。そうして何時しか異能の力を手に入れ、先程の様な妖魔から、人々を守っている。
もっとも、そんな私自身が既に人外だと言えるわね」
「その結界を」
蓮子が言う。
「くぐるべきではなかったのだ。私は、卒業以降もサークル活動を続けるつもりだった。
メリーも共に大学に残ってくれるものだと信じて疑わなかった。そうして、いつまでも、二人で…」
言葉に詰まる蓮子に、メリーは優しげに答える
「ありがとう、蓮子。優しい貴女なら、きっとそう言ってくれるものと信じていた。
でもそれは能わないわ。教職を奉じた貴女は成果を立てるごとに忙しさを増すでしょう。それにいつかは家庭を持つ日が来る。
サークル活動など、きっと疎遠になるわよ。そして」
「私は大学に残るつもりはなかったわ。いや、残る資格はなかった。何故なら、私は学問__相対性心理学が好きではなかったから。
多少なりとも無理をして学を修めたのは、貴女が、あまりに物理学を楽しそうに語るから。貴女と同格でいたかったのよ」
「嗤ってほしい。或いは憤っても構わないわ。醜い私欲のために学問を為し、貴女を偽ったこの私を」
そこまでを一気に言うと、メリーは一度口を噤んだ。蓮子の表情は帽子のつばに隠れて、読めない。
「最後に嫌な話をしてしまったわね、蓮子」
メリーが謝る。
「既に日は昇ろうとしている。月は読めなくなるでしょう。博麗神社までの安全な道を教えるわ。お元気で。」
蓮子は眼を伏せ、強く唇を噛んでいたが、やがて意を決して話を切り出した。
「帰ろう、メリー」
「え?」
「共に帰るのだよ。元の世界に」
蓮子の突然の提案に、今度はメリーが押し黙った。蓮子は続ける。
「妖魔を諌めることなどは、この世界の住人の問題だ。それを貴女が負う必要などは無い。
貴女が物理学に嫉妬を抱くなら、私は職を返じて大学を辞そう。
二人が共にあれば即ちそれが家庭だ。それに」
「元から人間離れした特性を持ち合わせていた我々ではないか。それが多少強くなろうと、今更何の問題があるだろう?」
蓮子は思う__私からは見ることができないが、きっとメリーは己を見ている。そのメリーに、最高の笑顔で応えよう。
「我々は、天にあっては比翼の鳥、地にあっては連理の枝。最早別離はあり得ない。さあ」
「…秘封倶楽部を再開しよう」
暫しあって、薄く生じた亀裂の中から悲痛な哭き声が聞こえた。
「ああ、ごめんなさい、蓮子。私は愚かだ。貴女がそこまで想ってくれているとは。それなのに私は、貴女に取り返し様の無い嘘をついた。
貴女に懼れを抱かせぬが為に」
「言うが良い。今更何に驚こうか。」
「私が、食らうのよ」
「何を」
「私が、人を、食らうのよ」
「里人の言う人食い妖怪とは私のこと。先程の妖魔は私の命に従い、人を襲っていたのよ。
ただ時折…妖怪ではなく、人間であったマエリベリー・ハーンの意識がそれを食い止める。
しかしそれも長くは続かない。貴女と共にいれば、きっと貴女を食らってしまう日が来る。」
メリーの声は震えている。紅涙を絞りながらも、蓮子はそれに叫び返す。
「食らわば食らえ。貴女の血肉と化すのなら本望だ」
「違うのよ、蓮子。これは私のエゴイズムなの。仮に貴女を自らの手で殺めたならば、ああ、きっと私は生きていけない。
しかし例え傍には居れずとも、貴女が無事でいることを糧に、私は命永らえよう。」
「どうか私のことを想うならば、独り元の世界へともどってほしい。お願いよ、蓮子」
__博麗神社への石段を登り切ったら、後ろを振り向いて欲しい。私の姿を見せようと思うの。
おぞましい私の姿を見て、蓮子が二度と私に会うことを欲しなくなるように__
蓮子は最後の一段を登り終え、言われたとおりに後方の空を眺めた。
忽ち明け方の空に亀裂が生じ、一匹の妖怪が姿を現した。禁色の衣を身に付けたその姿には、以前にも勝る美しさがあった。
しかし蓮子は、哀しげに笑う妖怪の口元に伸びた、鋭い犬歯を見つけてしまった。
山影より姿を現した太陽に眼を射られ、咄嗟に蓮子は眼を背けた。慌てて視線を戻したが、そこには既に何者もいなかった。
見上げた月は既に白く光を失っていて、蓮子に何かを示すことはなかった。
下敷きにした作品の流れに当て込んだだけで、滑稽な人形劇を見ているような印象です。
そしてその予想を全く裏切ることのない、
二次創作ではありふれた設定を有名なお話に落とし込んだのみの内容。
それに、何でセリフを東方らしくアレンジしないのですか? どう見ても不自然です。
中身がオリジナルで相応の説得力を持つなら、或いはこの文体によって何らかの効果を得ようと意図しているのならともかく、これではタダの手抜きにしか見えません。まるで学生が授業中に山月記を読んで、ふと妄想した内容をノートに書き殴っただけのようにさえ感じられます。
このアイデアが本気で気に入っているのでしたら、これを基にして、自分なりの肉付けをした作品を書いて欲しい。一読者としては、たとえそれで話がつまらなくなったり、長ったらしくなっても、少なくともこの作品よりは、ずっとマシなものになると思うので。
雰囲気とか出てていいなって思うんだけど、長すぎるというよりは短すぎる気がするんだぜ・・・・・・それにこれだと山月記の配役をメリーと蓮子に、舞台を幻想郷に変えただけなので、話の展開にもう一、二捻り欲しい!そうすることによって文章量も増えるしお得w
>見上げた月は既に白く光を失っていて、蓮子に何かを示すことはなかった。
ここで終わらせるのではなく、例えばここから展開を思いっきり変えて
案1:・・・・・・月は『私』に何かを示すことはなかった?おかしいわ、でも何がおかしいんだろう。『私』はもうメリーが妖怪に変わってしまったことを重々しくも受け入れて元の日常に帰るだけの筈なのに・・・・・・?そこで『私』は、いや私は自分の能力に気づいて思わず笑う。
「ああ、なんて白々しい台詞なのかしら!メリー、生憎と私宇佐見蓮子は袁傪とは違って諦めが悪いし聞き分けの良い子じゃないの。そもそも貴方だって変よ!私の相棒マエリベリー・ハーンそんなに弱気で殊勝な娘だったかしら?現時刻は午前5時12分、さあメリー!夢から覚める時間よ!」
と、ここから『袁傪』の配役の殻を突き破った蓮子が、まだ『李徴』の殻に囚われているメリーを引っ張って三月記の物語の世界から脱出するという、一転してアクションな展開に変えるとか
案2・「・・・・・・なんて夢を見たのよ」
という風に視点を秘封の世界に移して、三月記の流れから一転、原作CD風に益体も無い考察や雑談を交えさせる日常系SSに変えるとか
うん、長くなってるし偉そうですまない。↑のはただの俺の妄想展開だしあくまでも例なんで文章とか支離滅裂なのは勘弁しておくれwSSとか書いたことないですサーセンw
言いたいことを要約すると、既存の物語を東方風にして改変するだけではなく、作者の秘封のキャラクター像をそこに盛り込んで欲しかったりするんだ。三月記の話に類似しそうな登場人物を当てはめる発想は面白かったので、次の作品も考えているのなら次こそはと期待するぜ
作者のssは2つとも好き(今回のは特別に好きな題材とキャラだったw)なんだけどもっと長いお話が読んでみたい
これからも頑張って下さいな!
蓮子の口調をあえて原文のような硬い口調にしていたのがそれっぽくてよかったです。
なによりそれで柔らかな女性口調のメリーの台詞に心情がこもる感じがしてじわっとしました。
あなたの作風が好きです。
余計なことかもしれませんが、人の意見はあくまで参考程度に。
物語の雰囲気は好きです。
この発想はありませんでした。
自分も大好きな山月記で秘封倶楽部ネタとは…
メリーの気持ちもよく分かります。
蓮子との関係はいわば悲恋にも近いものがありますね。
素晴らしいお話、ありがとうございました。
蓮子の口調がちょっと変わってましたが、これはこれでかっこいいので中々
面白かったです