Coolier - 新生・東方創想話

七月の雪―マヨヒガ―

2010/09/22 10:00:51
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七月の雪―マヨヒガ―







八雲 紫は焦っていた。
普段、彼女は面倒ごとは式に任せ、自分は優雅で怠惰な淑女の生活を送るのが常だった。
昼まで寝て、起きてはぼーっとし、偶に誰かにちょっかいを掛けて過ごす。今日もそんな一日になるのだろうと思っていた。
しかし今は違う。
表情はこわばり、時々爪を噛むこともある。何度か自分の式には注意されるがその場限りでやめることはなかった。
爪を噛むときは心の底から焦っているときにだけ表れる、紫の癖であった。






プロローグ
Time:朝

紫のこんな様子は朝からであった。
珍しく一人で目が覚めたことに式は驚いていたが、同時に無理もないことだとも思っていた。
今日は7月18日。
梅雨も明け、連日の猛暑日に式の式もへばっているのに心を痛めていた。
それが今日になって、冷え込んだのだ。いや、ただの冷え込みなら冷夏の到来かと流せれたがそうはいかない。
この冷え込みは、一言で言うなら『冬』そのものであった。
雪こそは降ってはいないが屋外では冷気を伴った風が吹き荒れ、家の中に入ってくる隙間風は式の尻尾をピンと立たせるほどであった。

現在、柱に掛けてある室温計は4℃を指している。これはないだろうと、思った式は主人を起こそうか起こすまいか悩んでいたときだった。
廊下に通じるふすまが開いた。振り向いてみると、青ざめた式の主が立っていた。
まずいと思った式はすぐに主人の元に駆け寄り体を支えた。
主――紫は震えていた。
式は寒さのせいではないことに気づいていた。どこか怯えているように見えた。

(こんな表情は初めてだ)
声を聞かれないようにそっと呟く式―藍。
しかしすぐに首を横に振る。
以前もこんな風に藍に支えてもらわないといけないくらい、憔悴したことがあったことを思い出したからだ。

(あれは……そうだあの時も紫様はこんな感じだった)
大切な友人がここから出て行ったときの記憶が藍の頭にフラッシュバックした。
とりあえず、藍はゆっくりと紫を座らせる。座り込んだ彼女は膝を抱え、体を震わせていた。
紫は強い妖怪だ。頭も能力も妖怪としての力も全てを兼ねそろえていた。そんな彼女を周りは『大妖怪』や『賢者』とも崇められていた。
しかし、そこにはそんな威厳が全く見られない。どこかの妖怪に襲われておかしくないような人間の少女に見えた。
藍は失礼な考えをした自分の頭を小突く。そして、紫に尋ねた。

「紫様、私はどうしたらよいでしょうか。何なりとご命令下さい。貴女様のためなら馬となり幻想郷を縦横無尽に駆け巡りましょう。どうか」
そう言って畏まりながら藍は俯き片膝をつく。
一分、二分と待てど命令を下されないことを不審に思い、顔を上げた。
少し後悔した。

「ひっく………ぐしゅっ……うぇぇ……………」
紫はうずくまりながら泣いていた。
突然泣き出したことに藍は表面上、動じてはいなかった。
そして、また一分、二分がたった頃に紫はポツリと言葉を洩らした。

「藍……私は、どうしたら良いの………」
「あなたの思うようにご命令下さい。必ずやり遂げて見せます」
藍は言い切った。躊躇いもなく言った自分の式に紫は顔を見あげ、少し安堵を覚えた。
まだ体は震えていたが、少し表情が柔らかくなったのを藍は見逃さなかった。

「藍……助けて…………」
「御意!」
その言葉を後に藍は主の前から消えた。
















Side:藍
Time:午前

藍は青空の下、人里を目指して飛んでいた。
身を切り裂くような冷たい風が容赦なく彼女に襲い掛かる。
それでもスピードを緩めることはなかった。
そして飛び始めて半刻もしないうちに目的地に着く。

上白沢宅
歴史と人間が好きな半獣の住処である。
藍は玄関の扉を軽くノックする。しかし、本人は現れなかった。代わりに、

「誰だい?」 
「妹紅?」
「おや、誰かと思えば紫の式じゃないか」
出てきたのは蓬莱人、藤原 妹紅であった。
彼女は上白沢 慧音の友人でここにいても不思議ではなかった。

「慧音はどこに?」
「ああ、慧音なら阿求の家に行ったよ」
「そうか」
ここにいないことを知った藍は阿求の家の方にむく。
帰り際に邪魔したな、と言って藍はその場を後にしようとした。
しかし、それよりも先に妹紅が彼女に待ったを掛けた。

「時間は今日の午前3時から4時に掛けてくらい。その時から急激に温度が下がり、傍にあった水たまりが凍り始めるくらい冷え込んできた。そして、この冷え込みはなおも進行中。今のところ、大きな被害はないが一部の農作物に被害があり。また、急激な温度低下により老人や子供を中心に風邪を引き、永遠亭に運び込まれた。これらの『異常』について自然に発生したか、人為的かは不明」
「慧音の言葉か?」
「うん、紫か霊夢辺りが動いたら教えてくれと言われてたからね。あんたなら丁度良いだろ」
「助かる。それともう一度確認したいのだが人の仕業か自然かは分からないんだな」
「ああ、慧音はそう言っていたよ」
「そうか……」
藍は軽く挨拶をしてその場を後にした。
慧音の言葉は有効な情報ではあったが、肝心な情報が分かっていない。
これ以上慧音に伺っても進展はないだろうと判断した藍は目的地を変更した。
次の目的地は妖怪の山だ。

















『貴方はレティがここからいなくなったらどうする?』
かつて私は紫様にそう問いかけられたことがあった。
当時は幻想郷も成立したばかりで協力者を欲していた紫様はレティ様を仲間に迎え、一緒に住んでいたときがあった。
けれど、あることをきっかけに紫様とレティ様が仲違いをした。
それはその時に言われた言葉であった。

そのときの私は自分の意見を通すことが出来なかった。
なぜならそれを認めたくなかったからだ。
だから私は主に向かってこう返した。

『どうも出来ません。私は紫様の式神ですから』
ひどく無粋な答えだったと今でも後悔している。
紫様はそういうことを望んでいたのではないことを知っておきながら私は言ってしまった。
情けない…





それからまもなくしてレティ様はマヨヒガを去った。
今ではどこで暮らしているのか紫様にも分からない。

あの時自分の意見を通していたら未来は変わっていただろうか。
無駄だと分かっていてもぼんやりとしているときに時々よみがえる。

今回の一件、紫様はレティ様が引き起こしたのではないかと読んでいる。
だからあんなに弱弱しいお姿になっているのだ。

「失礼を承知で言えば、今の紫様は役に立たない」
紫様の能力や強さ云々を言っているわけではない。
紫様はレティ様に負い目を感じている。だからこそあの方は精神面で締め付けられているのだ。

「………」
また失礼に当たるが、今回の異常は良いきっかけなのかもしれない。
紫様が正面から対等にレティ様と立ち合うのにはいい薬だ。私はそれが出来るのなら惜しみはしない。
負い目を感じているだけでは先に進めない。
少しでも奮起してくれるのであれば何でもしよう。

「そのためにもあの人に会わねば」
私は脳内で自分の式にコネクトした。いわゆるテレパシーだ。

「……橙。橙、聞こえるか?」
「あ、藍様。おはようございます」
「ああ。今どこにいる、妖怪の山か?」
「そうなんですけど……うわっ!?あぶないなぁ、もう………」
「どうした、何かあったのか」
どうやら私の式は何かトラブルの中にいるらしい。

「すみません。今日すっごく寒くて、どうしたのかなってお外に出たら天狗がビュンビュン飛んでるんですよ」
「天狗が?どういうわけだ」
「わかりません。ただ皆は口々に『あのお方が』とか『急いで探さねば』って呟いていましたよ」
『あのお方』……なるほど。どうやら天狗もレティ様が今回の件を起こしていると思っているようだ。
そして捜索中だと。

「………ふむ。橙、今すぐ山を降りてきなさい。そしてチルノのところに向かって欲しいんだ」
「チルノちゃんのところですか?」
「ああ。それでレティ様の居場所を聞き出して欲しいんだ」
「え、何でまた、その人を…」
「詳しいわけは後で話すよ。とにかく頼んだよ」
「わかりました」
一旦橙とのコネクトを切った。
それにしても天狗が探しているとは失念していた。

(あいつらもレティ様と因縁があるからなぁ)
私が妖怪の山に向かっていたのはレティ様に縁がある、天魔様に会うためであった。
けれどこの様子だと取り合ってくれそうにもない。
なので私は急遽、妖怪の山に行くのをやめ、太陽の畑に向かうことにした。














Side:藍
Time:昼

紫様は私に『助けて』と言った。
何を助ければよいのだろうか。

紫様を? 幻想郷を? それとも………

あの人の心の中には大部分があのお方で占められている。
普段、一言も名前も出さないけど私には分かる。
これでもうん千年という長い付き合いだからな。

時々嫉妬してしまいます。あの人が羨ましく思います。あのお方よりも前に私のほうが先に会っているのに……





ダン!!!



私は思わず地面を力一杯に踏みつけてしまった。
お陰で右足が太ももまで埋まってしまったよ。

「よいしょっと……」
どうやら私もまだ親離れできていないようだ。
頭を軽く振って、さっきまでの嫌な気分を払拭する。少しは落ち着けたようだ。

今、私は太陽の畑に向かっていた。
そこの主、風見 幽香もまたレティ様と縁がある方だからだ。
何かしら知っていれば良いのだが。





太陽も天高く上り少しは暖かみを感じ始めた頃、やっと目的地に着いたのだが…私はここから引き返したくなった。
明らかに幽香さんの機嫌が最悪なのが目に見えたからだ。
暗いオーラを纏わせては向日葵畑の中央にじっと立っている。
周りをよく観察してみると所々に黒焦げの何かがぽつんぽつんと黄色一色の世界に浮かんでいる。




………天狗か

「無茶しやがって……」
私はため息をつきながらも、彼らの勇気に少し感嘆していた。


幽香さんがここまで機嫌が悪いことに心当たりがある。おそらく、と言うか絶対この異常気象のせいだ。
幽香さんにとって花は大切なパートナーだと思う。特に向日葵を大事にしていると聞いたこともある。それが今日の異常気象のせいで、元気がないのが目に見える。

「ふぅ……仕方がないか」
私は勇気を振り絞って一歩足を進めた。
その瞬間!!







ゴウッ!!!!!!



強烈な閃光が藍の傍を横切った。
藍は思わずその場にへたり込む。

「か、か、か、かすった!?かすった!!!」
「黙りなさい!!!何度も言わなくても聞こえてるわよ」
怒声をかけられた私は体を震わせながら目的の人物がこちらに来るのを待っていた。

「あら、誰かと思えば紫のところの式じゃない」
「藍です。と言うか確認もしないで撃ったのですか?」
「ええ、そうよ。どうせまた天狗かなと思って撃っちゃったわ」
「やめてくださいよ。当たったらどうするんですか」
「当たるはずがないわ。当てないように撃ってるんだもの」
幽香さんはさもあらんといわんばかりに言っている。相変らず、いい態度と体をしているなと思った。
この人は基本的に怖い人だ。理不尽なことはしないものの、好き嫌いははっきりしており、気に入らないものには容赦しない。一応、私は気に入らないものに入ってないらしい。だから、当てられなかったのだろう。
けれど、私は思わず黒焦げになっている天狗らしきもののほうに目を向けた。

「あ~、あいつらは勝手にぶつかってきたのよ。折角当たらないように威嚇射撃してるのにね」
恐ろしい威嚇射撃があったものだ。
とりあえずこのまま話すのも気が引けるので、からだを起こしお尻や尻尾についた土を払った。

「で、何の用?下らないことだったらさっさと消えて欲しいんだけど」
「え~っと、実はですね、レティ様をご存じないかなと思いまして…」
「…………レティ?」
明らかに不機嫌な声で答える幽香さんに私は肝を冷やした。
幽香さんは私のほうをじろじろと見てくる。正直、怖い。

「何でしょうか?」
「貴女、まだあいつのことを『様』って言ってるの?」
「ええ、そうですが」
「それ、やめた方がいいわよ」
怒っているわけではないがそれでも不機嫌なのが伺える。

「何故でしょうか」
「あなたがそう言っている間はあいつを抜くことなんて出来ないわよ。それでいいのかしら、八雲 藍?」
幽香さんは『八雲』の部分をわざと強調して言った。
おそらく、彼女は彼女なりに私のことをきに掛けてくれたのだと思う。甘い考えかもしれないが、自然とそう取れた。

『八雲』の名を名乗っている以上、中途半端なことは許されないのが周知の通りである。
もちろん私はそれを覚悟して名乗っているつもりだ。
だから幽香さんはあのお方に『様』と付けるのは止めろと言っているのだと分かっていた。
けれど、

「それと、これとは別です。あのお方はいつまでも私の目標の妖怪ですから」
「ふ~ん。まあ、貴女がそう言うのなら別に良いけど」
私は幽香さんの表情に納得したようにも見えたし、そうでないようにも見えた。

「ああ。レティのことだけど…私は知らないわ」
「そうですか。幽香さんならご存知かと思ったんですけど」
どうやらこの人も知らないらしい。やはり頼みは橙になりそうだ。

「貴女、あいつを探してるのならこれをどうにかしなさいと伝えてくれないかしら」
「あ、分かりました」
空を指差す幽香さん。私はこの人のためにも早くレティ様に会わないといけないと思い、ここを後にした。
帰り際、しばらくしてふと、彼女の方に目を向けた。
まだ不機嫌なオーラを振りまいている。私の話に付き合ってもらったのはどうやら偶然らしい。そうでなければ問答無用に聞いてもらえなかっただろう。
私はちょっぴり幽香さんに感謝した。














Side:橙
Time:昼手前

藍様から頼みごとをされて私は山から離れ霧の湖に向かっています。
あそこに行けばチルノちゃんがいると思ったからです。
でも今日は一体何なんだろう。
朝から尻尾がぴーんとなるくらい寒いし、外に出れば天狗がビュンビュン飛んでるし何か変な日だな。
それに藍様がレティさんを探して欲しいなんてすっごく珍しい。
まあ、考えてても仕方ないから急ごっと。



時々思うんだけど藍様は何であの人をレティ『様』って言うのか分からない。
昔、一緒に住んでいたことがあるって言うのは聞いたことあるけど、それだけで『様』って言うもんかな。
……藍様だけじゃなく紫様もレティさんと深い関係があると思う。
私と藍様の出会いよりも前から関係があるのだろうな。


私はあの人が嫌いだ。
上手くいえないけどなんか嫌いだ。
こんなこと言ったら藍様は悲しむかな。紫様は落ち込むかな。
そんな風に思うから私は言わないようにしているし、顔に出さないようにもしている。
だから、気づかれていないと思う……たぶん。

気分が悪いや。
早くお使い終わらせてみんなとあそぼ。













Side:橙
Time:昼過ぎ

ここはいつ来ても霧が出てる。不思議だ…
今日は寒いからこの霧がすごく冷たく感じる。
昨日までは気持ちよかったのになあ。暑い日に霧に当たると体が涼しくなるんだ。
ゆっくり降下して、ほとりに立った私。
とりあえず湖の周りを歩いてみることにした。
霧のせいでよく見えないからよく分かんないや。

「お、あれは…」
湖の中央付近にじっと佇んでいる姿が見えた。
あのシルエットはチルノちゃんだと思う。
背中についている羽が目印だ。
……やっぱりかっこいいなぁ。

「チルノちゃ~ん!!」
私は向こうに届くように大声をあげた。
どうやら聞こえたようだ。
あれ、何か変だな。霧のせいではっきりと見えないけど、何か慌ててるようにみえるなあ。
あ、逃げた!

「待ってー!私だよ、橙だよー!」
チルノちゃんに聞こえるように大きな声をあげたんだけど、見えなくなっちゃった。
やっぱり今日は変な日だ。
とりあえずこのままじゃ、藍さまのお使いが果たせないから追いかけないと。
私はチルノちゃんが逃げた方に飛んでいった。





「あ~!やっと見つけたよ」
「うわっ、見つかった!」
湖近くの林の中で私はチルノちゃんを見つけた。
結構探し回ったんだからね、お陰で服に何枚も葉っぱがついちゃったんだから。

「もう、何で逃げるのさ」
「え~っと……まあ、ちょっと」
なんだかいつものチルノちゃんにしては歯切れが悪い。
いつも思ったことをずばっと言うのがチルノちゃんのいいとこなのに、これは何か怪しいな。
……でも、いいや。とりあえず藍様のお使い終わらせないと。

「ねえ、ねえ、チルノちゃん。聞きたい事があるんだけど…レティさんってどこにいるか知らない?」
「え!?レ、レティ?」
チルノちゃんが驚いてる。
そりゃそうだよね、今日は冬みたいだけど本来なら夏だもの。こんな時期に聞くなんてそりゃ、驚くよ。

「どうかな?やっぱり知らない?」
「う、うん。あたい、レティがどこにいるのか知らない」
「そうなんだ……あ、でもなんとなくでもいいんだけど、分からないかな?」
「え、えっと……あたい、やっぱ知らないよ」
チルノちゃんでもやっぱり知らないのかな。
一番仲良さそうな気がしたんだけどな。
まあ、でも仲がいいからって知らないことだってあるよね。
藍様や紫様とレティさんの関係を知らない私のように……
なんだかちょっと悲しくなっちゃった。

「そっか。あ、じゃあさ。他にレティさんのことを知ってる人知らないかな?」
「え、他に?そうだなあ………」
チルノちゃんが知らないのなら他の人に聞こう。
そうすれば、藍様に怒られなくてすむ。

「あ、そうだ。確か、人里にいる人間でやけにあたいたちのことに詳しい奴がいたよ」
「え、それって誰?」
「確か、あちょーだったかな?あれ、あちゃーだっけ?あちゅー?」
「あ!阿求さん」
「それ、そいつだ」
なるほど、確かにあの人なら詳しそうだ。
前に私のことが書かれていてなんか恥ずかしかったなあ。
でも、これでまだいけそうだ。

「わかった。ありがとうチルノちゃん。私、今から行ってくるね」
「あ、うん……えっと、橙。その、ごめんね」
「ううん、別にいいよ。それじゃあね、また遊ぼう」
「う、うん……」
チルノちゃんは何か寂びそうに手を振ってくれた。
たぶん、レティさんの居場所が知らなくて、私に教えれなかったからだ。
仕方ないよ、誰にだってあるんだから。
私は、早く阿求さんのところに行くためにスピードを上げた。


あのとき、ちゃんと気づいていればややこしくならなかったのだと思う。
凍てつくような冷たい風に乗って、か細い声が響いた。

「ホント、ごめんね……」















Side:藍
Time:夕刻

あのとき、もう少し考えが深かったらこんな面倒は起こらなかったんだろうな。
レティ様に縁のある人たちを追っかけていたのだが、縁がなくても手がかりはあるじゃないか。

稗田 阿求
幻想郷縁起を編纂し、数々の妖怪たちについて造詣が深い人間だ。
あの人なら何か手がかりがあるかも。
そう思い、私は再度人里に向かっていた。




奪われた暑かった日常を悲しんでいるように人里はしんと静まっていた。
確か何人かが風邪で永遠亭に運ばれたって言っていたっけ。
それも相まって人があまりいないここをスムーズにぬけていった。

そして辿り着いたのがここだ。
ここではなかなかの大きさを誇る屋敷、稗田家であった。
さて本人はいるだろうか。

「ごめんください」
玄関の前で声を掛けた。
暫くしてお手伝いさんらしき人が現れた。
私が阿求に会いたいと言うと、その人は私を通してくれた。やはり大きいだけあって廊下もそれなりの長さだ。
そして、私は阿求本人と対面した。

「こんばんは、藍さん」
「ああ、こんばんは。体のほうは大丈夫かい?何人かが風邪でダウンしたって聞いたけど」
「私のほうは大丈夫です。普段から夏でも厚手の布団で寝ていましたから。それよりご用件は何でしょうか?」
「うん、ああ…」
私は一泊置いて尋ねた。

「実は、レティ様の居場所を知らないかと思ってな。どうろうか?」
「レティ……やはり彼女の仕業でしょうか」
「……紫様はそう思っている」
今朝の光景が目に浮かぶ。あのお方の仕業だと思ったからあれだけ動揺していたのだろう。

「そうですか。残念ですが私には…」
「そうか……」
阿求が横に首を振るところをみると知らないらしい。
どうやらこれで望みは橙頼りだけとなったようだ。

そう考えてくるとあのお方はやはり謎に包まれた存在なのだと再認識させられた。
友人関係は少ないが、それでもその繋がりは深い方だと思う。
チルノとは一緒にいるのを見かけたことがあるし、幽香さんとは一緒にお茶をしていたのを見たこともある。
だからそうだと思ったのだ。
いや、まて…私がそう思っているだけで、本当は誰とも関係が薄いのでは。上辺だけの付き合いで、心の内には入らせない。あのお方ならやりかねない。
ふぅ、やはり想像だけで考えていると話が膨らむだけで一向に話がまとまらない。

「何か考え事でしょうか?」
「うん?ああ、まあ、そんなところだ」
「表情に出ていましたよ。何やら難しいようで」
「いや、ハハハハ……」
あまり突っ込まれたくなかったので苦笑した。
すると、先ほど私を案内してくれたお手伝いさんが入ってきた。
どうやら新たな客人のようだ。
これ以上いても仕方ないから、お暇した方がいいのかもしれない。
そう思っていたら意外な人物が現れた。

「あれ、藍様?」
「橙?どうしてここに」
入ってきたのは私の式の橙であった。
普段からこんなところに来るわけがないのだが。

「あちゃー、失敗しちゃった……」
私はその言葉でピンときた。どうやら橙はチルノから聞けなかったのかもしれない。だからここで聞きにきたのだろう。
そこまで気が回るのはいいことだ、だが出来れば一報して欲しかったとおもう。

「そうか、橙も駄目だったか」
「はい。チルノちゃんも知らなかったようです」
「くっ」
どうやらこれで手詰まりのようだ。
悔しいな、結局、紫様に何も出来なかった。
私の取ってきた行動の選択は間違っていなかったはずだ。問題があるとすれば、もう少しあのお方のことをよく知っておくんだった。

『あなたがそう言っている間はあいつを抜くことなんて出来ないわよ。それでいいのかしら、八雲 藍?』
向日葵畑での幽香さんの言葉が思い出される。
もしこの異変があのお方の起こしたことであるならば、私は掌の上の悟空の様だ。いや、下手すれば幻想郷全員がとも言えるかもしれない。何も干渉できないままだと、拙い。

「橙。お前はもう戻っていいぞ」
「藍様は?」
「私にはまだやることがある」
橙には悪いがこれ以上、手伝ってもらっても何も戦果が上がらないかもしれない。
突き放すような言い方になってしまったが、すまないな。

「では、私達はこれで失礼させてもらう。お邪魔になりました」
「いえ、こちらこそ力になれなくてすみません」
深々とお辞儀をする阿求に挨拶をして私達はそこから出た。

他に手がかり層になるものを探しに私はまた飛び回った。
空は今にも泣きそうな様子だった。





















Side:紫
Time:夕刻

私は弱い存在なんだと改めて認識した。
かつての友人が起こしたかもしれない今日の異変。
私はそれに触れたくなくて、藍に頼んだ。
あの娘は優しい。
血は繋がってはいないが溢れるばかりの愛情を注ぎ込んだ。だから実の娘のように思ってきた。
面等向かっていえないが、『藍』と呼ぶときは式としてではなく『子供』を呼ぶようなつもりで言っている。
私はそんな娘に親の尻拭いをさせているのだ。
やっぱり私は弱い。

そんな実にもならないような自虐を繰り返していたら、いつの間にか部屋の中が暗くなっていた。
朝も昼も何も手につけなかったが不思議とお腹はすいていない。

「さむっ………」
冷気に当てられた空気が私を意地悪するようにまとわりつく。これらにも彼女の意思が宿っているのだろうか。
このまま藍が帰ってくるまでじっとしていよう。
…でも、そうしてはいけないと言う気持ちが私の中にくすぶっていた。
不思議だった。本当に不思議だった。
いつもなら、絶対におきるはずがない気持ちなのに。どうしてだろう。



多分、あの時から時間が経ったからだと思う。
彼女と別れてから、数えるのも馬鹿らしいくらいの年月がたった。だから、自分の中でそろそろ心の整理をしろと、心が言っているのかもしれない。
でも、

「いけないよ……」
私には意気地がなかった。どんなに心が言っていても、体が拒否してしまう。
このギャップが苦しかった。のどが渇くような心境に似ていた。
行きたい、行けない、生きたい、生けない、往きたい、往けない
繰り返される自問自答。無駄だと分かっていて止められない葛藤。こうしていても何も始まらない苦闘。

「勇気が欲しい……」
私はいつの間にか自分のスキマを開いていた。
無意識に開いたのでどこに通じているか分からない。そんなスキマに私は体を委ねた。
この時ほど私は自分のスキマに感謝したことはなかった。









向こうに通じたスキマから体を出してみる。するとそこは普段から見慣れた場所であった。私が好きで好きで、とても好きな場所だった。

「博麗神社」
そう口から洩らす。
すると暗い部屋の中をもそりと動く何かがいた。

「うん…まりさぁ?」
「霊夢」
霊夢がいた。そりゃ、ここに住んでいるのだから居ても不思議ではない。
でもその名前を呼ぶとなぜか愛しさが沸いてきた。まるで藍を呼ぶときみたいな感じがした。

「……ゆかりぃ、どこ?」
「ふふっ…ちょっと待ってなさい」
私はこの部屋に光を灯した。
黒から白へと変わり奥に居た霊夢が体を起こした。それを見て自然と笑みがこぼれた。

「こんばんは、霊夢。お休みのところ申し訳ないわね」
「別にいいわ。そろそろ起きようと思ってたから」
そう言って霊夢は私の方に近づいてきた。
相変らず、寒そうな格好をしてるわね。今日なんかきつくないのかしら。

「紫」
「どうしたの?」
近くに来ても腰を落ち着けず、どんどんと近づく霊夢。

「ちょ、ちょっと近いわ!」
何と目の前にまで近づいてきた。
霊夢の顔がはっきりと見える。頬に畳の痕がうっすらと付いているのがわかる。
私がもう少し顔を前に動かせば唇が触れ合うくらいに近づく霊夢。この娘の息が耳に伝わる。私のあごを軽く持ち上げ、目を覗きこんでくるので恥ずかしくて仕方ない。
初めてここまで近づいてきたこの娘に、心臓がどきどきする。何も言えないまま、思わず唇がきゅっと閉じてしまう。

「紫、泣いていたの」
「えっ?」
霊夢の息が私の唇を震わす。そしてこの娘の言う言葉に心を震わす。

「涙の痕くっきりと残っているわ」
どうやらそれが気になったようでここまで近づいたようだ。
確かに、私は泣いた。朝からずっと泣いていたと思う。
だからくっきりと残っているのだろう。

「ええ。ちょっと、ね」
「ふ~ん」
理由を言うのも恥ずかしかったので、私は言葉をぼかした。
霊夢はそのことに対して何も聞いてこない。
ここがこの娘の良い所だ。
私は感謝した。


なおも霊夢は姿勢を崩さず、まだ私の事を見ていた。
どきどきは収まってきたけど、やはり照れくさい。この娘には悪いけど引き離そうと彼女の肩に触れようとした。
すると、逆に霊夢のほうが私の肩に手を乗せた。そしてゆっくりと私を引き寄せ、霊夢の胸に私の頭が来るように抱いてきた。
これには焦った。

「霊夢!?あ、あの離して欲しいんだけど」
「だめ」
私の言葉を否定する霊夢。

「どうしてかしら?」
「変な虫を寄せ付けないためよ」
変な、虫?どういう意味かしら。

「紫を泣かす変な虫よ」
「!?」
私は絶句した。

「紫は私が守ってあげる。だから、安心していいわ」
「…………」
何で今日に限ってこんな事を言うのかしら。自分で言うのも変だが弱っていた私にはその言葉が何よりも魅力的だった。だから、思わず体をより密着してしまったじゃない。
この娘は私の娘に近いようなものだ。藍とは違い手のかかる娘だ。
永夜のとき彼女をパートナーに選んだのは好きだからだ。
決して恋愛感情と言う意味ではない。言うなれば家族愛に近いものだ。
親役の私と娘役の霊夢。今日それが逆転した。まさに今日みたいな劇的な逆転だ。
私はそれが嬉しくて霊夢に寄りかかった。

案外、霊夢は知っていたのかもしれない。
本当は弱い存在な私ということを。

「霊夢………」
私は意図せず愛しそうな声で呼んだ。
けれど反応はなかった。覗き込んでみると、

「………く~」
霊夢は穏やかな顔でまた眠っていた。
私は残念に思えたがこれもまたいいのかもしれないと思った。
夏に訪れた冬の季節。私が生きてきた中でこんなことは一度もなかった。
中庸な霊夢に訪れた私への加護。私が付き合ってきた中でこんなことは一度もなかった。

私は霊夢に勇気を貰った。
これなら彼女と立ち会えそうだ。

「ありがとう、霊夢」
私は起こさないようにゆっくりと彼女を横にして、そっと額に口付けた。

「待ってなさい。貴女の思うようにはいかせないわよ、レティ」


















エピローグ
Time:夜

日はすっかり消え去り、昼間に比べて一層寒さが増してきた。
マヨヒガに戻ってきた紫は部屋の明かりをつけ、押入れに入れてあったコタツを出してくる。
もう少しで戻ってくるであろう藍のためにである。
こんな寒くなるまで調査に行っている彼女へのサービスだ。
少しは温かくなったかなというタイミングで帰ってきたという合図が紫の耳に届いた。

「ただいま戻りました、紫様」
「おかえりなさい。疲れたでしょう?コタツが温まってるから、そこで暖を取ってなさい」
「え、あ、はい」
部屋から出てきた紫が労をねぎらう。そのまま彼女は台所へと引っ込んでいった。
藍のほうは朝とはすっかり様子が変わった彼女に驚きを隠せずにいた。
そのまま立ちすくんでいるのも風邪を引いてしまいそうなのでいそいそとコタツのある部屋に入る。

「あ~、気持ちぃ……」
藍は知らず知らずに自分の体が冷え切っていたことを気づかされた。
コタツの魅力に思わず顔がにやけてしまうがすぐに引き締めた。
暫くして、お盆を持った紫が現れた。
しゃがみこみ、お盆の上にあった温かいお茶を二人分置き、自分もコタツに入った。

「寒かったでしょ?これで温まりなさい」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
藍はお茶を一口含む。渋みと温かさが口の中に広がった。

「今日はごめんなさいね。みっともないところを見せてしまって」
「あ、いえ。その大丈夫です。仕方のないことですから」
「そう。仕方のない、いえ仕方のなかったことだったのよ。でもね、私このままじゃいけないってやっと気づけたの。このままだったら後悔だけの未来に行ってしまうわ」
紫は自分の反省を告げる。
藍は口を挟まず主の目を見ていた。

「だからね、今回から真剣に彼女と目を向き合おうと思うの。例え、彼女がまだ私を嫌っていようと蔑んでいようと向き合うわ。藍、貴方に誓ってね」
「紫様……」
「長い間、待たせたわね」
紫は両手大きく広げる。
藍は引かれるように紫に抱きつき、顔を埋めた。

「藍、聞かせて頂戴。今日の報告を」
「はい」
藍は今日あった出来事を言った。芳しくない内容の報告にも紫は節目ごとにうんうんと頷く。時折り頭を撫でる仕草が藍の気持ちを穏やかにさせた。

外は氷のように冷たい空気が飛んでいる。
この様子だと今日は雪が降るのだろう。
幻想郷にまた新しい異変が目覚めたのかもしれない。






















おまけ

Side:チルノ
Time:???

今、あたいは太陽の畑に向かって飛んでいた。
今日はとても気持ちがいい。
いつも暑くて暑くて毎日が辛かった。
でも、今日はずっと気持ちがよかった。こんな日は皆を誘って遊びに行くのが一番だ。
だけど、そうはいかない。
あたいは今、お使いを頼まれているのだ。
だから、誰とも遊ばずにいる。ちょっと残念だけど仕方ない。
早くゆうかに会わなきゃ。




やっと着いた太陽の畑。
いつものように向日葵が太陽を見ていた。けど今日は何か様子が変だ。いつもの元気がない。

「おおい、どうした向日葵?」
あたいは近くにあった一輪の向日葵に声を掛けた。声を返してはくれなかったが、別の方から声が聞こえた。

「この子達は今、寒がっているのよ。出来れば声を掛けないでいて欲しいわ。向日葵たちが疲れちゃうからね」
「えっ、あっ、ゆうかだ」
「こんにちは、チルノ」
ゆうかがしゃがみこんであたいが見ていた向日葵を優しく撫でる。
なんとなく喜んでいるように見えた。
それを見てあたいも嬉しくなった。
あ、それよりもゆうかに用があったのだ。

「ゆうか。今日、あたいお使い頼まれたんだよ」
「お使い?誰にかしら」
「レティ!」
「……レティですって?」
ゆうかが何か不機嫌になっていく。
何でかわかんないけど、怒っているようだ。
そう言えば、橙がレティのことを聞きに来てたっけ。あたいはこのことは誰にも秘密だって言われてたけど、本当はレティがどこにいるのか知っている。
けど、教えたら駄目だって言われている。友達にもいったら駄目だって言われてる。
だから、橙にも教えなかった。ゴメンね、橙。

「で、あいつが何だって?」
「えっと……この冬は一時的なもの、だから明日にはいつものような夏が戻ってくるって。でも、この異変は今日だけに終わらない。8月にももう一度来るからそのときは力を貸して欲しいって」
「…………どういう意味かしら、チルノ?」
「え、そのまんまじゃないの」
ゆうかはさっきと同じように難しそうな顔をしている。
どうしてそんな顔になるのだろう。あたい、何か間違ったこと言ったかな。

「………チルノ。あいつがそう言ったのよね」
「うん。あたい忘れないように何度も覚えたよ」
「そう……」
レティに怒られないように何度も覚えたよ。だから、自信ある。
ゆうかは考え中だから邪魔しないように向日葵を見ていた。
寒がっているって言っていたから、触らない方がいいのかな。

「ねえ、チルノ最後にもう一つ確認するけど、いいかしら」
「うん、いいよ」
「力を貸して欲しいってことはこの異変はあいつが起こしたものじゃないの?」
「異変ってなにが?」
「この寒さよ。どう、あなたは何か知ってる?」
「あたいが知っているのは、この気持ちいいのはレティのおかげじゃないってことだけだよ」
「そうなの?それは驚きね………ふむ、あいつは何か知ってるようね。分かったわ、手を貸してあげるって言っておいて頂戴」
「分かった~!」
ゆうかがレティの手伝いをしてくれるようだ。
あたいは嬉しくなってゆうかにバイバイした。ゆうかもしたのを見てから湖に戻った。
レティ、喜ぶかな。

「あ、一つ言うの忘れてた」
今日、雪が降るから気を付けろって…

















Side:???
Time:???

「7月18日、今日のニュースです。本日未明から日本列島に夏にもかかわらず冬型の気圧配置が展開され、各地では気温が10℃以下に低下するなど冬のような異常気象が現れました。何故このようになったのか専門家にも分からず頭を抱えているようです。この異常気象は日本だけではなく世界各地にも飛び火しており………」

私は空から様子を眺めていた。
外の様子は中に比べて慌しくしている。右往左往する人を見ていると環境に弱いのはどの生物も同じだと言うことを改めて気づいた。
悲しいかな、この現象は起こるべくして起こったのだと私は考えている。
こちらの人間はあまりにも傲慢だ。自然を自分たちが支配しているように気取っている。
そんなことできるはずがないのにどうして気づかないのか。
この異変はそのしっぺ返しだ。

まあ、外の人間がどうなろうと私は知ったことではない。
だが、このまま続けばいずれ中の人間にも大きな被害が訪れる。
どうにかしなくてはいけない。だが、表立って動いては私の行動は感ずかれてしまう。秘密裏に解決しなくては…
決して、これはあいつのためではない。私はあいつが大嫌いだ。あいつは私を裏切ったからだ。
とにかくこうしてはいられない。早く異変の根源を探さないと…

「さて、どこにいるのかしら……」
私は吸い込まれるように中へと入っていった。









To be continued…
どうもこんにちは、アクアリウムです。
七月の雪、マヨヒガ編やっと出来ました。
本当はもっと少なくするつもりでしたが、創っているうちにどんどん話が膨らんでこうなっちゃいました。
まとめるって難しいですね。
とにかくこれで話の本編に移れそうです。
季節離れしているSSですが、どうぞ次も読んでやってください。
それでは…
アクアリウム
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コメント



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13.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです
これは続きが気になりますね
期待をこめてこの点数で