草木も眠る丑三つ時。星明りのない夜になにやら人も妖怪も微睡みと戯れる。
天幕よろしく竹の葉が幾重にも重なり、迷いの竹林は闇深い。
しかしそこかしこに燭台の様に赤々とした炎が、竹の幹を照らしている一角がある。
辺りを見渡せば、何本もの竹が中程からへし折れささくれ立つ切り口を覗かせる。
そこかしこに夥しい数の鋭い傷があり、しかも弾幕の残り滓がほのかに虹色に輝くから
星屑が降り注いだ様だ。
「ねえ、妹紅。前々から気になっていたのだけど、
あなたどうやってそのへんてこな妖術を覚えたの?
あなたと遊ぶたびに火炎地獄になったら堪らないもの。熱いし」
「さあねえ、さぞ高名な某に師事を乞うたかもしれないし、
名もなき骸に問うたかもしれないわ。
でもどちらも一緒よ、答えは灰は灰に、よ。誰も彼もが消え去ってしまったから」
少女が二人、大の字に寝転んでいる。
片や、宵闇よりも尚黒く、美しい髪を撒き散らし。
片や、淡雪よりも尚白く、美しい髪を撒き散らし。
黒白の髪は緩やかに絡まり、複雑な模様を描いている。
彼女達、輝夜と妹紅は蓬莱人である。
衰えぬ肉体と朽ち得ぬ魂を以てして、古今東西の悲願を体現する。
「そんなこと決まってる。徒労よ。
肉体という器に注がれた魂を考えてみなさい。
なみなみと魂を湛え、底が見える程に澄んでいる。
でもやがて淀み、腐り、果てには乾ききってしまうの。
じゃあ不死はどうかしら。魂は飢えず?
そんなことはありえないわ。どんな大妖怪も朽ちるもの。
だからね妹紅、不死とは最初から魂なんてなかったのよ。
あるのは虚ろな器だけよ」
「とんだ大ペテンね。水を掬おうとしても
無ければどうしようもないわ」
二人は朝な夕な殺しあう。
憎きわけではない。忌むわけではない。
ただ言葉を知らぬ赤子が全力で泣き喚くが如く、ひたすらに殺しあう。
今宵も殺し合い、そして疲れ果てた二人は語らいに興じる。
「そう大ペテン。ほら、あなたのスペルカードに確かそんな
詐欺師がなかったかしら。名前は・・・サンバルカン?」
「とんだ人違いね。サンジェルマンよ。多分」
少女達の会話は蝶が春陽にたゆたう様に気まぐれだ。
「あら失敬。御免遊ばせ。
かの詐欺師曰く。ご覧いただくは吾輩サンジェルマンの叡智の結晶にして
不老不死の秘訣である。この器こそがかのエリクシールを生み出し、
その一滴を飲すれば忽ち不朽の魂が宿るので御座います。
さあさあ皆様、金貨百枚でお譲りします。是非とも是非とも。
倹約なぞ不徳ですよ、なにせあの世には金貨は持ち込めませんからなあ。
かくして阿呆は器を有難がり、遂には死ぬまで拝み続けたとさ」
「そして誰もいなくなった。とんだ傑作ね。
確かに器には何もなかったわ。でもね輝夜。
きっと私ならその器に花を挿すわ。とっても綺麗な花をね。
そして皆で微笑むのよ。それは素敵な事だと思わないかしら」
がばりと起き上がるやいなや、妹紅の胸元に飛び込む輝夜。
妹紅は素っ頓狂な声を上げ、引き離そうとするがしっかりと抱きしめた
輝夜は離れない。
しまいには諦めて為すがままにされる妹紅。
「ええ、素敵ね、とても素敵なことね。
だからあなたが好きよ妹紅」
垂れた黒髪が主の頬の朱を隠した。
永遠亭の住人にとって主が自らの宿敵を連れて帰る事など
驚愕にも値しない。
のみならず逢瀬で泥んこになった彼女達の為に湯浴みの準備など
慣れたものである。
しかし厨房に立ち入り、朝餉を作るとのたまわれた際には一同愕然とした。
事の発端は夜明けの頃。
深い藍色の空に雲の鮮やかな橙が輝く見事な朝焼け。
奇しくも夜中の騒乱にて周囲の見渡しは実に良い。
遠く妖怪の山ではまだ黒々としているが背後には強い強い朝日。
鳥の一群の影がくっきりと映る。
舌戦にも飽きた二人がしばらく絶景に見惚れると
あちこちの家々から細い煙が立ち上る。朝餉の支度である。
それを見るとなにやら急に腹が空いてくる。
思えば夜通しで何も口にはしてはいない。
二箇所からぐぅと腹の音。
二人は顔を見合わせてクスクスと笑い、妹紅は永遠亭にて馳走になることにした。
永遠亭への道すがら奇妙なことを言い出したのは輝夜である。
「折角だから二人で朝餉でも作ってみましょう。
妹紅の腕前も是非拝見したいわ」
急な提案に面食らいはすれども、妹紅は好奇心が沸き立つ。
なにせ姫君が厨房に立つのだ。これは見物である。
輝夜は妹紅の料理の腕前を見たいと言うが、妹紅も同様に
輝夜の料理の腕前を見たくて堪らない。
この素敵な提案に妹紅は頷く。
かくして永遠亭の厨房に至る。
呆然とする兎達に事情を説明し、厨房の一角を獲得する。
調理の際に邪魔にならぬ様に二人は髪を結い上げる。
互いの髪を弄るのが楽しいらしく、しばしじゃれ合う。
割烹着を着て、ようやく調理が始まる。
品目はご飯、味噌汁、焼き魚、茶碗蒸し、野菜の煮物、香の物、焼き海苔。
少々品目が多くなんだか二人は嬉しくなる。
調理が始まり、包丁がまな板を叩く音や鍋が煮立つ音が聞こえ、
それと同時に嗅ぐ者を穏やかにする独特な優しい香りが漂う。
調理は滞りなく進む。
迷いの竹林で独り居を構える妹紅にとって朝餉の準備など至極簡単なもので、
軽やかに具材を切り分けていく。
意外なことに輝夜もまた手馴れたもので、芳しい出汁を取っていく。
妹紅がそれを指摘したところ、
「今時の姫はお料理くらいは嗜むものよ」
と輝夜。
事が起きたのは味噌汁を作り始める時であった。
永遠亭は食料を常日頃備蓄しており、ちょっとした料亭なら
即座に開ける程である。
調味料は同じ品目でも用途により多種揃えてあり、それが今回の事件を引き起こした。
味噌汁に使う味噌をそれぞれ別のを選んでしまったのである。
双方、普段より親しんだ味噌であり、折角なのだから相手に味わって貰いたい。
反面、相手のを味わってみたくなる。
折角の朝餉を味噌汁を二つ作るといった酔狂で台無しにしたくはない。
互いに顔を見合わせるが一向に考えは出てこない。
いよいよどちらかの味噌で作るか、といった間際に妹紅に天啓下る。
妹紅は輝夜の持ってきた味噌をお玉ですくい取り、鍋で溶かす。
しかし味噌の量は足りない。
溶かし終わると今度は自分の持ってきた味噌をすくい取り、溶かしはじめる。
これで味噌の塩梅は丁度いい。いわゆる合わせ味噌である。
これには輝夜は関心したようで、一段穏やか顔つきで調理が再開された。
調理が終わり、料理がちゃぶ台に並んでいる。
姫であってもこのようなものを使うことが、妹紅はおかしくなってくる。
部屋はこざっぱりとして快い。襖は開け放たれ、庭の青々とした草木が飛び込んでくる。
ゆるりと料理から湯気がくゆり、それに混じって味噌汁の香りが漂ってくる。
畳に腰を降ろした二人は、手を合わせる。
「いただきます」
天幕よろしく竹の葉が幾重にも重なり、迷いの竹林は闇深い。
しかしそこかしこに燭台の様に赤々とした炎が、竹の幹を照らしている一角がある。
辺りを見渡せば、何本もの竹が中程からへし折れささくれ立つ切り口を覗かせる。
そこかしこに夥しい数の鋭い傷があり、しかも弾幕の残り滓がほのかに虹色に輝くから
星屑が降り注いだ様だ。
「ねえ、妹紅。前々から気になっていたのだけど、
あなたどうやってそのへんてこな妖術を覚えたの?
あなたと遊ぶたびに火炎地獄になったら堪らないもの。熱いし」
「さあねえ、さぞ高名な某に師事を乞うたかもしれないし、
名もなき骸に問うたかもしれないわ。
でもどちらも一緒よ、答えは灰は灰に、よ。誰も彼もが消え去ってしまったから」
少女が二人、大の字に寝転んでいる。
片や、宵闇よりも尚黒く、美しい髪を撒き散らし。
片や、淡雪よりも尚白く、美しい髪を撒き散らし。
黒白の髪は緩やかに絡まり、複雑な模様を描いている。
彼女達、輝夜と妹紅は蓬莱人である。
衰えぬ肉体と朽ち得ぬ魂を以てして、古今東西の悲願を体現する。
「そんなこと決まってる。徒労よ。
肉体という器に注がれた魂を考えてみなさい。
なみなみと魂を湛え、底が見える程に澄んでいる。
でもやがて淀み、腐り、果てには乾ききってしまうの。
じゃあ不死はどうかしら。魂は飢えず?
そんなことはありえないわ。どんな大妖怪も朽ちるもの。
だからね妹紅、不死とは最初から魂なんてなかったのよ。
あるのは虚ろな器だけよ」
「とんだ大ペテンね。水を掬おうとしても
無ければどうしようもないわ」
二人は朝な夕な殺しあう。
憎きわけではない。忌むわけではない。
ただ言葉を知らぬ赤子が全力で泣き喚くが如く、ひたすらに殺しあう。
今宵も殺し合い、そして疲れ果てた二人は語らいに興じる。
「そう大ペテン。ほら、あなたのスペルカードに確かそんな
詐欺師がなかったかしら。名前は・・・サンバルカン?」
「とんだ人違いね。サンジェルマンよ。多分」
少女達の会話は蝶が春陽にたゆたう様に気まぐれだ。
「あら失敬。御免遊ばせ。
かの詐欺師曰く。ご覧いただくは吾輩サンジェルマンの叡智の結晶にして
不老不死の秘訣である。この器こそがかのエリクシールを生み出し、
その一滴を飲すれば忽ち不朽の魂が宿るので御座います。
さあさあ皆様、金貨百枚でお譲りします。是非とも是非とも。
倹約なぞ不徳ですよ、なにせあの世には金貨は持ち込めませんからなあ。
かくして阿呆は器を有難がり、遂には死ぬまで拝み続けたとさ」
「そして誰もいなくなった。とんだ傑作ね。
確かに器には何もなかったわ。でもね輝夜。
きっと私ならその器に花を挿すわ。とっても綺麗な花をね。
そして皆で微笑むのよ。それは素敵な事だと思わないかしら」
がばりと起き上がるやいなや、妹紅の胸元に飛び込む輝夜。
妹紅は素っ頓狂な声を上げ、引き離そうとするがしっかりと抱きしめた
輝夜は離れない。
しまいには諦めて為すがままにされる妹紅。
「ええ、素敵ね、とても素敵なことね。
だからあなたが好きよ妹紅」
垂れた黒髪が主の頬の朱を隠した。
永遠亭の住人にとって主が自らの宿敵を連れて帰る事など
驚愕にも値しない。
のみならず逢瀬で泥んこになった彼女達の為に湯浴みの準備など
慣れたものである。
しかし厨房に立ち入り、朝餉を作るとのたまわれた際には一同愕然とした。
事の発端は夜明けの頃。
深い藍色の空に雲の鮮やかな橙が輝く見事な朝焼け。
奇しくも夜中の騒乱にて周囲の見渡しは実に良い。
遠く妖怪の山ではまだ黒々としているが背後には強い強い朝日。
鳥の一群の影がくっきりと映る。
舌戦にも飽きた二人がしばらく絶景に見惚れると
あちこちの家々から細い煙が立ち上る。朝餉の支度である。
それを見るとなにやら急に腹が空いてくる。
思えば夜通しで何も口にはしてはいない。
二箇所からぐぅと腹の音。
二人は顔を見合わせてクスクスと笑い、妹紅は永遠亭にて馳走になることにした。
永遠亭への道すがら奇妙なことを言い出したのは輝夜である。
「折角だから二人で朝餉でも作ってみましょう。
妹紅の腕前も是非拝見したいわ」
急な提案に面食らいはすれども、妹紅は好奇心が沸き立つ。
なにせ姫君が厨房に立つのだ。これは見物である。
輝夜は妹紅の料理の腕前を見たいと言うが、妹紅も同様に
輝夜の料理の腕前を見たくて堪らない。
この素敵な提案に妹紅は頷く。
かくして永遠亭の厨房に至る。
呆然とする兎達に事情を説明し、厨房の一角を獲得する。
調理の際に邪魔にならぬ様に二人は髪を結い上げる。
互いの髪を弄るのが楽しいらしく、しばしじゃれ合う。
割烹着を着て、ようやく調理が始まる。
品目はご飯、味噌汁、焼き魚、茶碗蒸し、野菜の煮物、香の物、焼き海苔。
少々品目が多くなんだか二人は嬉しくなる。
調理が始まり、包丁がまな板を叩く音や鍋が煮立つ音が聞こえ、
それと同時に嗅ぐ者を穏やかにする独特な優しい香りが漂う。
調理は滞りなく進む。
迷いの竹林で独り居を構える妹紅にとって朝餉の準備など至極簡単なもので、
軽やかに具材を切り分けていく。
意外なことに輝夜もまた手馴れたもので、芳しい出汁を取っていく。
妹紅がそれを指摘したところ、
「今時の姫はお料理くらいは嗜むものよ」
と輝夜。
事が起きたのは味噌汁を作り始める時であった。
永遠亭は食料を常日頃備蓄しており、ちょっとした料亭なら
即座に開ける程である。
調味料は同じ品目でも用途により多種揃えてあり、それが今回の事件を引き起こした。
味噌汁に使う味噌をそれぞれ別のを選んでしまったのである。
双方、普段より親しんだ味噌であり、折角なのだから相手に味わって貰いたい。
反面、相手のを味わってみたくなる。
折角の朝餉を味噌汁を二つ作るといった酔狂で台無しにしたくはない。
互いに顔を見合わせるが一向に考えは出てこない。
いよいよどちらかの味噌で作るか、といった間際に妹紅に天啓下る。
妹紅は輝夜の持ってきた味噌をお玉ですくい取り、鍋で溶かす。
しかし味噌の量は足りない。
溶かし終わると今度は自分の持ってきた味噌をすくい取り、溶かしはじめる。
これで味噌の塩梅は丁度いい。いわゆる合わせ味噌である。
これには輝夜は関心したようで、一段穏やか顔つきで調理が再開された。
調理が終わり、料理がちゃぶ台に並んでいる。
姫であってもこのようなものを使うことが、妹紅はおかしくなってくる。
部屋はこざっぱりとして快い。襖は開け放たれ、庭の青々とした草木が飛び込んでくる。
ゆるりと料理から湯気がくゆり、それに混じって味噌汁の香りが漂ってくる。
畳に腰を降ろした二人は、手を合わせる。
「いただきます」
淡々としてて普通によかったです
そして兵士はフラグを立てるのがお好きなようでw
とりあえずおゆはんは兎鍋などいかがですかね。
この文体ならぜひとも「MS ゴシック」で!