幻想郷の夜。妖怪たちの夜。
人は眠りに落ち、魑魅魍魎が這いつくばり、徘徊する時間。
暗がりは灯りを喰らい尽し、悪魔の棲む紅い館を呑みこむほど色濃く漂っている。
しかしその闇も、悪魔の紅い双眸は呑み込めなかったらしく、レミリア・スカーレットはその瞳をぎらぎらと輝かせていた。
「巫女の奴、来ないわね……これで三日目よ」
苛立ちを隠すことなく、悪魔は不快を露わにした。意匠をこらした椅子にどっかりと背を預け、足を組み変える。
部屋の空気はぴりぴりとしているが、慣れたことなのか、彼女の従者は普通に対応してくる。
「いつものことではないですか、お嬢様。そうかっかすることではないかと。カモミールでもお入れいたしましょうか? 気持ちが安らぎますよ」
宥める様子の従者を無視して、レミリアは爪を噛んだ。
「四日前に紅魔館に来るよう招待してやったのに、まだ来ないなんて。悪魔の誘いに乗らないとは、まったく粋じゃないわ。巫女の器が知れるわね」
「貴様の血肉でパーティーを開いてやる、などと送って、普通来るとは思えませんが……」
「馬鹿ね、それは隠喩よ。その程度のことも読み取れないとは思えなかったわ」
はあ、と曖昧にうなずく従者に、レミリアは視線を添える。
手のひらを向け、不機嫌に言う。
「咲夜、他人事じゃないぞ。あの巫女だって、ここに来ればお前の料理が出ることぐらい知ってるだろう。なのに来ないってことは、お前の腕がその程度だと見られたということだぞ?」
「恐れ入れますがお嬢様、ただ今の時刻は真夜中です。この時間帯、人間は起きていませんし、まして食べ物を口に入れはしないでしょう」
「ならこれが人間の腹を空かす昼時なら、あの巫女は来たって言うのか?」
眉を上げ、肘掛に頬杖を突きながら、試す口調で尋ねるが。
「ええ、来たでしょう」
「ふん、どうだか」
「ですが、実際今日来ましたし」
あっさりと言ってのけられ、レミリアは肘掛に手をついて起き上がった。
詰め寄って、聞いてないぞと剣呑に口を開く。
「おい、咲夜。それはどういうことだ?」
「昼時に山の巫女に引っ張られるように来ましたわ。もちろん私はお嬢様を起こし致しました。ですがお嬢様は、やだ寝ると仰ったではないですか」
「そこは無理にでも起こすべきだろう」
「ええ、もちろんそう致しましたとも。そうしたらお嬢様は、ものすごい険悪な顔をして私をお噛みになられたではないですか。ほら見てください。これ歯形です。私傷物にされてしまいました」
と、腕を捲って咲夜。
見やれば二の腕にはくっきりと歯形が付いていた。なるほど、確かに二本の犬歯の跡は、吸血鬼の特徴を表している。
レミリアは記憶を辿るように視線を上にして、他人事のようにうなずいた。
「あー、そういえば何か噛んだような記憶が有るような無いような。いやあったかな、どうだったかな……」
決してとぼけている訳ではないが。
従者は差し出した腕をしまうと、素知らぬ風に付け加えてくる。
「あの巫女はきまぐれの塊ですから、気に病む必要はないでしょう。偶に餌を貰いにやってくる図々しい野良猫程度に考えればよろしいかと」
「ふん、まあ畜生には変わりないわね」
鼻を鳴らす。
彼女にとって、吸血鬼以外の種族はその程度の認識にすぎない。例外は館に住む者だけだろう。口に出すことは無いが。
さて、と息をついて、レミリアはドアに足を向けた。
「お出かけになるのなら、お供いたしますが」
従者の申し出を横目に見て、ひらひらと手を振るう。
「いいわ。ちょっとその野良猫を躾てくるだけ。それも私の役目だからね」
「はぁ、どうしてです?」
「いずれ判るよ。それと、美鈴に言っておけよ、屋敷に来る猫に餌をやらないようにとな。咲夜、お前もだぞ。バレてないとでも思ったのか?」
ぎょっと表情を強張らせた従者に満足して、悪魔は屋敷を後にした。
空を見上げれば、雲間から差し込む透き通った月の光が、幻想郷を淡く照らし出している。
月の灯りを浴びながら、博麗神社へと向かう。しばらくして視界に映った神社は、深い夜に埋もれていた。灯りが一切無いことから、すでに巫女は就寝しているのだろう。
神社の敷地に進入する手前で、何かを破る感触を味わう。
「ん?」
なんだと訝ったが、すぐに判断はついた。結界だ。
職業柄、巫女は妖怪を退治するが、その逆もまたしかり。巫女は襲われやすいのだ。知恵のない妖怪と、知恵のある妖怪に。前者は実力の差を知らぬ阿呆で、後者はなにかしらの意図をもって襲う。当然、レミリアは後者に位置する。
(この程度の結界で、妖怪を阻めると思ってるのかしら)
力の小さい妖怪ならば十分に役割を果たすだろうが、彼女にとっては障子のようなものだ。障害にもならない。
レミリアは母屋の入り口に足を着けると、丁寧にもノックをした。呼び鈴は無い。
「遊びに来てあげたわよ、霊夢」
返事など期待していなかったが。何事も堂々とこなすのが吸血鬼であり、真正面から踏み抜くのが王の道だ。
鍵はかかってなく、彼女はがらがらと戸を引いて母屋へと入った。靴を脱いで、勝手知ったる人の家とばかりに寝室へと向かう。
室内は紫色の闇に閉ざされているが、彼女の紅い目には、なんの妨げにもならない。むしろ闇が深いほど、その目はより万能へと近づくだろう。
足音も立てずに――どんなに暴れようと足音など立たないのだが――進み、寝室を閉ざすふすまを、さっと開ける。
巫女は居た。一人では広過ぎる部屋に布団を敷いて、横たわっている。
「……」
レミリアの目に、獲物を見つけた肉食の光が宿る。
そのまま巫女へと近づいたが、三歩ぐらい手前で、ふと足を止める。そして眉を顰めた。
腕を伸ばすと、指先にぴりぴりと刺激が走る。ここにも結界がある――それもかなり強力な。有刺鉄線を張るがごとく、巫女を取り囲んでいる。
(蹴散らすこともできるけど……粋じゃあないわね)
人間を起こすのに手間をかけるというのも、気に食わない。
レミリアはその場に腰を下ろして、巫女にじぃっと視線を注いだ。
見やれば、解かれた長い髪が布団に流れている。白一色の寝間着が、安らかな寝顔と相まって巫女を死人のように仕立てあげていた。生きているのかと疑問に思ったが、胸が上下していることから死んではいないのだろう。
しばらくすると、勘が働いたのか、巫女に目覚めの気配が現れた。んん、と言葉を漏らし、まぶたを開ける。顔を横に向け、こちらを視界に入れた。
「……」
「……」
レミリアは何も言わず、口元を吊り上げた。人間ならば、恐怖を呼び起こされるだろう笑み。
暗がりに輝く紅い双眸。小さな悲鳴ぐらいは期待したのだが、巫女はこちらを見据えて、ぱちぱちと緩やかな瞬きを繰り返すだけだった。そう長くは無い時間、視線と視線を重ねる。やがて彼女は小さな吐息をついて、ごろんと寝返りをうった。こちらに背中を向けて、すーすーと寝息を立て始める。
レミリアはささやいた。
「霊夢」
黙り込む巫女に、あとを続ける。
「私はね、気が長いわ。貴方が自分から起きるまで、ずっとここで見ている。今日起きなかったら、明日の夜も来る。明日も起きないのなら、明後日も来る。貴方が起きない限り、ずっとずっと毎晩来るわ。たとえ貴方がおばあちゃんになったとしても――」
と。
むくりと、巫女が腰を上げる。
それを認めて、レミリアは笑みを浮かべた。
「こんばんわ霊夢。月明かりの気持ちいいとても良い夜よ。寝るなんて勿体ないわ」
巫女は眠そうに目元を押さえつつ、ぼんやりと口を開いた。
「なんなのよ、一体……下らない要件だったら――」
「あら、下らないなんてことはないわ。咲夜から聞いたわよ。貴方、今日紅魔館に来てくれたんですってね」
「だからなに」
「せっかく来てくれたのに、私は対応できなかったわ。だからその不手際を謝りに、そして埋め合わせに遊びに来たのよ」
「いらないから帰りなさい」
舌足らずに言ってくる。
明らかに機嫌を損ねた口調ではあるが、構いやしない。私が遊びに来たと言ったら、遊ぶのだ。拒否権は無い。人間が身勝手なように妖怪もまた身勝手で、そこには妥協などなく、どちらかが折れるしかない。
そして折れるのは、いつだって人間だ。
「霊夢、賢い選択をしなさい。言ったでしょう。私は今日帰っても、また明日来るわよ。明日が駄目なら明後日。明後日が駄目なら明々後日。貴方の寿命の限り、何度もここに来るわ」
繰り返すと、巫女はうっとおしそうに長いため息をついた。
ふっと結界を払う仕草をして、のっそりと立ち上がり、疲労のようなものを漂わせながら言ってくる。
「……居間に行ってなさい。わたしも後で行くから」
「一緒に行きましょうよ」
「着替えてから行くわ」
「巫女服に着替える必要はないわ。そのままの貴方でいい、滅多にお目に掛かれる姿じゃないからね」
「わたしが嫌なの。とっとと行きなさい」
「私を信頼していないのね、霊夢」
すっと、刺すように目を細める。
巫女は寝起きの眼差しで、こちらを振り向いた。
「だって、巫女服は妖怪を退治する為の衣装でしょう。あの服には、いろいろと妖怪退治の道具が仕込まれている。わざわざ着替えるってことは、私が貴方に害を加えると思っているから。そうよね?」
告げると、巫女は隠す素振りも見せず、煩わしそうな様子を見せた。
「何事にも用心は必要でしょ。それに、あんたを信頼する理由もないもの……当たり前のこと言わないで」
「悲しいわね。私たちは血濡れで戦い合った仲じゃないか。あのはじめての弾幕の中で、判り合えると感じたのは私だけなの?」
レミリアは目を伏せて、良心を揺さぶる声を出したが、
「悲しいのはわたしもよ。こんな時間に起されて。着替えるからとっとと出ていけ」
巫女は取りつく島もなく、恬淡と追い払う仕草をしてくる。
なんて生意気な人間だろうと、レミリアの額に青筋が立ったが、彼女はそれを隠して音もなく巫女に詰め寄った。胸に手を当てて、宣言する。
「そうね。なら霊夢。私は今晩貴方を襲わないことを、ここに契約するわ。対価は快く私を迎えること。悪魔の言葉に力があるのは知ってるはずよね」
単なる口約束でも、悪魔の言葉は力を持つ。それを妖怪退治の専門家が知らぬはずがない。
巫女は胡乱に目を細めた。
「今晩と言わず一生にしなさいよ」
「それは駄目。いつかは襲うから。ぎゃおーって」
「弾幕ごっこならいいけど……まあ判ったから、出ていきなさい。じゃないと、摘まみ出すわよ」
「……」
ここまで言っても駄目なのかと、レミリアは胸中で唸った。
しかしこれで諦めるはずがない。悪魔は折れない。折れるのはいつだって人間でなければならないのだから。
彼女は巫女の背後に回り込むと、その背中にぴょんと飛び乗った。
「……なにしてんの?」
わずかに振り向いて、呆れた声を出してくる。
レミリアは巫女の背中にがっちりと体を食い込ませて、解かれた髪を煩わしく思いつつも、不敵に口元を吊り上げた。
「着替えられるものなら着替えてみなさい。私はここから動かないわよ」
「……なんなのあんた。めんどくさい悪魔ねえ」
「ありがとう。じゃあ居間に向かいましょうか?」
びしっと居間の方向を指差す。
やはり契約の言葉が後押しをしたのだろう、霊夢はため息をついたが、はいはいと言って命令に従った。
居間は空虚だった。
埃の落ちる音も聞こえそうな静けさと、夜の気配に満たされている。
人間は暗いと落ち着かないらしい。そのままで構わなかったのだが、霊夢はマッチを擦って灯篭に火を灯した。ぼんやりとした明るさが室内を照らすが、夜の闇色のほうが濃く、部屋の隅はさびしげに揺れている。
ふっとマッチの火が消され、煙が立ち昇るのを、レミリアは巫女の肩に顎を乗せながら眺めていた。
「いつもなら、お茶を出すんだけど……もうすぐ丑三つ時だもの、いらないわよね」
それは尋ねてくるというよりは、確認の口調だったが。
「ワインはあるかしら?」
「神社に何を期待してるの」
と、霊夢。
レミリアは巫女の背中にしがみついたまま、思いついたことを言う。
「前に宴会を開いたとき、余ったものがあったでしょう。私が持ってきてあげたやつ」
「それ、確か魔理沙が持って帰ったわよ。いや、萃香が呑んじゃったんだっけ……どちらにしろ無いわ」
「霊夢の血が呑みたい」
「諦めなさい」
「ならお茶で我慢してあげるわ」
「我慢しなくていいわよ。水でいいわね」
「お茶」
別段、水でも構わなかったのだが。
お茶を要求したのは、もう少しこの巫女の背中に揺られるのも有りだと思ったに過ぎない。なかなかに居心地が良い。
ぎしぎしと木の板を踏み鳴らす音に揺さぶられながら、台所に着く。水を沸かすために火をおこせと巫女が催促してくるため、適当に手伝ってやる。
密かに巫女の髪の匂いを嗅いでいると、彼女は呆れ混じりに言ってきた。
「いつまでそこに居るつもり? 降りなさいよ」
「嫌よ」
「もう着替えないわよ。今更めんどうだもの」
「い・や」
薬缶が悲鳴を上げるまでの時間、降りろ降りないの攻防をし、当然の勝利を治める。
やがて湯が沸くと、巫女はお盆に急須と湯呑を置いて居間へと向かった。それをちゃぶ台において、座布団を二枚とりだして並べると、レミリアに座れと合図する。
仕方なしに降りて、座布団の上に正座をする。まあすぐに足が痺れるため、結局は崩すのだが。
「何しに来たの? こんな時間に」
こぽこぽとお茶を注ぎながら、改めて巫女は聞いてきた。
湯呑は一つしかないため、巫女は飲まないのだろう。とにかくそれを口に含んで、レミリアは味わうように目を瞑った。言う。
「吸血鬼が夜に出歩くのは当然でしょう。私は遊びに来てあげたのよ」
「遊ぶって、何をするのよ」
「可笑しなことを言うわね。こうして貴方と会うこと自体暇つぶしなんだから、別に何をするわけでもないわ」
当然のことを、さも当たり前の口調で言う。
巫女は眠そうにこめかみの辺りを押さえつつ、なにやらうめき声をあげてきた。
「弾幕ごっこなんて言われるよりマシだけど……釈然としないのは何故かしらね」
「本当は外に連れ出して月を眺めたかったんだけどね。今にも眠りそうだから、今日のところは見送ってあげるわ」
「ありがたいわね。できればもう一歩踏み込んだ優しさが欲しかったわ」
「吸血鬼に何を期待しているのかしら」
犬歯を覗かせると、巫女は小さな嘆息で答えてきた。
レミリアはちゃぶ台に肘をつけて、巫女をじっくりと眺めた。
黒髪をそのまま流し、真っ白な衣装を纏った彼女はまるで別人に見える。ここが博麗神社でなければ、恐らく誰か判らないかもしれない。いや、纏う気配を探ればすぐに判るだろうが、見た目の印象となると難しいのは確かだろう。
(やっぱり、白一色だからかしらね?)
胸中で思う。
紅白という色調が、彼女を博麗の巫女たらしめているのかもしれない。
ならばと、悪魔は夢想する。
もし――ここで巫女の首を噛み切り、その白い衣装を紅く染め上げたのなら、彼女は博麗霊夢に見えるのだろうか。それはなかなか面白い考えのように思えた。
「レミリア」
しばし想像を漂わせていると、それを遮る形で巫女が口を開いてくる。
考えを見抜かれた訳ではないだろう、彼女は目を瞑りつつ、言った。
「遊んでるところ悪いんだけどね。あんたが喋るなりなんなりしないと、わたしは暇過ぎてこのまま眠るわよ」
大胆なことを言う巫女に、目を細めて流し目を送る。
「それは豪胆ね。悪魔を前にしてのんきに眠りこけようなんて」
「牙の無い吸血鬼を恐れて、何の得があるのよ」
先ほどの口約束のことを言っているのだろう。
レミリアは肩をすくめて見せた。
「私の言葉を真に受けないほうがいいわ。悪魔の言葉は真実だけど、正直じゃない。考えない人間はいつだって字面に惑わされ、破滅を辿ってきたのよ」
「あんたが悪意を見せれば、身体が勝手に動くから平気よ」
やっぱり畜生ね、とは言葉に出さずつぶやく。
だがその動物的な勘が如何にやっかいなものなのかも、理解している。
レミリアは早くも正座を崩した。畳の上に手をついて、ゆったりと腕に体重を預けながら話を変える。
「この神社に足りないのは机と椅子ね。正座ってのは非効率よ。肩が凝るだけだわ」
「座椅子なら人里に出ればあるだろうけど……買わないわよ。畳に跡が付くもの」
聞きなれぬ単語に、首をかしげる。
「座椅子? 何それ」
「知らないの? まああんた、見るからに洋風育ちだものね。座椅子ってのは、そうね……座布団に背もたれが付いたようなものよ」
「ふぅん」
と、つぶやくころには。
レミリアは無音で巫女に詰め寄り、隣に佇んでいた。巫女を見下ろす心地で、台詞を紡ぐ。
「欲しいわね、その座椅子。どっかりと腰かけて踏ん反り返らないと、やっぱり落ち着かないわ」
巫女はめんどくさいものを見る目を寄越してきた。
「買わないって言ったでしょ。あんたが持って来ても捨てるわよ」
「買う必要は無いわ」
告げて、巫女の足元に身体を滑り込ませる。
彼女の正座を強引に崩してスペースをつくり、そこにすとんと座り込んだ。
「ちょっと、なに」
「座椅子よ。生きた座椅子。これなら畳に傷がつかない」
「あのねぇ」
巫女は反発の仕草を見せたものの、すぐに消沈したようだった。諦めたように小さく嘆息している。
レミリアは胸中で笑った。この人間は極端なめんどくさがり屋だ。ある基準を越えない限り、嫌そうな顔をするものの、ごり押しで通せる。その基準は危害を加えるか否か、もしくは巫女の裡にある何かしらの琴線。前者は勘から来るもので、後者は茶菓子が良いとか、そういう趣味の類から来るものだ。
まあ要は、彼女の言った通り悪意さえ見せなければ、大抵のことは通るのだ。
「いくら鈍感な貴方でも、悪魔を膝元においては眠れないでしょう? 咲夜でもあるまいし。これは一石三鳥の妙案ね。感謝しなさい」
「とても殴りやすい位置にいるわね」
「あら、約束を違えてはいけないわ。私を快く迎える、そういう取り決めのはずよ」
巫女は聞こえよがしにため息をついてみせたが、レミリアは聞き流した。せめて帽子はとりなさいよ、との懇願は聞き入れてやったが。
レミリアは肘掛のごとく巫女の腿に手を載せた。ふふんと満足気な心地で、どっかりと霊夢に体重を預けて――ばっと、反射的に振り返っていた。
唐突に振り向いたためか、もしくは目を見開いた形相の所為か。巫女が面食らったように眉をあげるのが見えた。
「なに?」
「い、いえ……なんでもないわ」
跳ね上がった気持ちを押さえ、かぶりを振るう。
再び、レミリアはゆったりと巫女にもたれかかった。
「……」
無言で、すべての体重を巫女に押しつけながら、身体を揺らす。
上下左右にゆらゆらと揺れながら、レミリアはバネについて考えていた。
押し潰され、跳ね上がる力。塑性とは対極のもの。普抑抑圧されていたものが、解放されるときに生じる力は侮れない。
そう、虐げられた者はやがて反旗を翻すのだ。館の主たる者、その塩梅には気を配らなければならない。過ぎた恐怖は、蛮勇を引き起こすのだから。
「ん、ちょっとレミリア、動かないでよ。羽の付け根が当たって痛いんだけど」
「ああ待ちなさい。今それどころじゃないの」
「それどころって、何してるのよ」
「一番良いポジションを探っているところだから、もうしばらく待ちなさい」
「座り心地が悪いなら、退けばいいじゃない」
呆れ混じりに言ってくる。
誰が退くものか。ぐりぐり背中を摺り寄せながら、うーむと唸り試行錯誤を重ねる。
時間を掛けながら吟味していると、巫女の纏う雰囲気が段々と剣呑なものに変化するをの悟り、一時断念する。まあいいだろう。そのままでも十分なのだ。
呼吸を整える為に、深く息を吸って――吐く。ゆっくりと身体を沈めれば、巫女の体温がじんわりと浸透してくる。
(人間てのは無駄に熱いわね)
胸中でつぶやく。
人の血は暖かく、悪魔の血は冷たい。それが真実ならば、やはり博麗の巫女も人間なのだろう。
背中に気を取られて沈黙していると、巫女のぼやけた声が耳に入った。
「レミリア、あのね。わたし、寝ると言ったら本気で寝るわよ。例えあんたが居たって寝る自信はあるわ。空気があればどこでも一緒よ」
振り返ると、霊夢のまぶたの重そうな面持ちが目に入る。
流石に、レミリアは呆れた。
「霊夢、それは冗談でしょう? 勘違いしないで欲しいわ。私は人畜無害じゃない。気に食わない真似をすれば、誰であろうと躊躇わず牙を剥くわよ」
あの口約束だって、抜け道はいくらでもある。いつだって覆せるのだ。
緊張感を持って接しろと、棘を含ませて告げるが、巫女は変わらぬ様子で返してくる。
「わたしの仕事は妖怪を退治することで、ご機嫌取りじゃないの」
「貴方の頭の中にはそれしか無いのかしら。妖怪を退治せず払う方法がある。その為に人間は知恵をつけたのでしょう? 貴方の態度ひとつで、私は大人しくしてあげると言っているの。これが判らない?」
「だから、なんか喋ろって言ってるんじゃない。わたしだって、あんたと争うのは嫌よ」
この巫女は寝ぼけているのではないかと、レミリアは疑った。
膝元からじっと見上げ、探るように瞳を覗き込むが、そこから覗く真実はただ一言。眠い。もし何も行動を起こさなければ、彼女はすんなりと眠りに落ちるだろう。このレミリア・スカーレットの存在を、空気として扱うがごとく。
(本当に気に食わないわね、この巫女は……)
自分の手のひらの上に乗らない、思い通りに動かない人間。
だからといって引きちぎってしまおうと考えるほど、レミリアは狭量ではない。暇つぶしという側面から見れば、この巫女は十分に役立っている。面白いじゃないか、悪魔の手でも掴めない人間だなんて。
レミリアは顔を逸らして、再び彼女にもたれかかった。
「ふふ、いいわ。貴方が馬鹿な真似を起こさないように、お話をしましょうか。実はね、今日はこの話をする為に来たのよ」
「つまらないと寝るかもしれないわ」
「そんなことはない。これは貴方にとっても、そして私にとっても大切な話よ。きっと今後を左右する、大きな分岐点となるわ」
「ふぅん」
と、気の無い様子で霊夢。
レミリアは背中越しにじんわりと浸透してくる熱の、さらに奥を意識した。熱を生み出す源、心臓を。いくら外面を取り繕うとも、鼓動までは誤魔化せまい。
薄い笑みを浮かべ――背後の巫女には見えないだろうが――居間に声を響かせた。
「霊夢、あなたは考えたことがあるかしら。自分がいったい、いつまで生きることが出来るのか」
「なにそれ」
怪訝な口調の霊夢を無視して、吸血鬼は目をつむる。
「私は考えたことが無いわ。人間と違って、妖怪の本質は形の無いもの。魂や思念、または精神と呼ばれるものね。心が衰えたり、妖怪退治で壊されたりしなければ、身体が朽ちようとも、私はいくらでも生き続けることが出来る。特にこの幻想郷なら、力の無い妖怪でもそれは容易だわ」
「まあ昔は縄張り争いや、妖怪退治が盛んだったらしいけど。今は収まるところに収まって、妖怪退治もスペルカードルールになったからね。たまにしばいてるけど」
「力を持たなくとも、ルールを破らなければ長生きできる。スリルは減ったけど、その分弾幕ごっこや異変を起こせるようになった。でも、人間は相変わらず脆いわ。身体も、心も、命も。この部屋を照らす灯りと同じように、寿命なんて妖怪にとってはまばたき程度の時間よ。人間の顔は、すぐに変わっていく」
「人の寿命だって伸びたのよ。あんたからすれば短いでしょうけど、わたしには五十年なんて途方もない時間に思えるわ」
巫女のつぶやくような台詞に、レミリアは試すように尋ねた。
「あら、貴方はそのぐらいまでは生きられると思ってるの?」
「さあ。考えたことないけど。普通に生きていれば、それくらいは生きられるでしょ」
「自分が普通に生きているとでも?」
「普通でしょ。わたしはわたしでしかものを見れないもの。誰とも比べることはできないわ」
淡々と口にする。
確かに、他の者と比べることさえしなければ、すべての基準は己のみに頼るしかないが。それが出来ないのが人間の弱さだ――となれば、彼女の強さはそこからもたらされるのかもしれないが。
ともあれ、レミリアは愉快気に声を上げて笑っていた。巫女の言葉は、なんとも滑稽でしかなかった。
「なに笑ってるのよ、気色悪い」
胡乱な声音に、口元に張り付いた可笑しさも拭わぬまま答えてやる。
「笑わずにはいられないわ。もしやと思って確認したけど、そこまでのんきな返事が来るとは思わなかった。他人に興味が無いのは結構なことだけど、貴方はもう少し自分を取り囲む状況を見たほうがいいわ」
くつくつと笑いながら、間の抜けた巫女に嘲りを籠めて言い放つ。
「貴方は、本当に自分がそこまで生きられると思っているのかしら?」
「どういうこと?」
「断言してあげる。貴方は長く生きられない。そう遠くない未来、確実に死が訪れるわ」
「そりゃあんたからしたら、わたしは早死にでしょうよ」
「私は人間の基準で話している。霊夢からしたら少し先の話でしょうけど、私からすれば一瞬ね。貴方は妖怪に殺されるわ。必ず。そして人間としての生を終える」
端的に事実を突きつける。
果たして自分の告げた意味を理解できるだろうかと、レミリアは思った。
考えを巡らせれば辿りつけるかもしれないが、勘だけを頼りにしている巫女には無理だろう。彼女は訊いてきた。
「それって、お得意の運命?」
「違うわ。これは予定よ。変更が極めて困難な予定」
「あんたの?」
巫女の言葉に、かぶりを振るう。
「いいえ。言うなれば、幻想郷の予定ね」
「なにそれ。あんたの言葉が真実なら、幻想郷がわたしの死を望んでるってことじゃない」
おや、と。レミリアは僅かに感嘆を漏らした。彼女の意見は核心を突くものがあった。
面白がる口調で、皮肉を口にする。
「判ってるじゃないか。その通りだよ。貴方は幻想郷に殺される。いままで自分が護ってきた存在に心臓を貫かれるの。ぞくぞくするわよね、そういうのって。堪らないわ」
「聞くけど、そもそもなんでわたしは殺されるわけ。そりゃ巫女やってれば危険は付きまとうけど、正直、死を間近に感じたことはないわよ」
あっさりと言ってのけるに巫女に、嘘を吐いている様子は無い。
他の者が聞けば、その胸中は猛り狂っていただろうが、レミリアはただ酷薄な笑みを浮かべた。
「判らないの? どうして自分が殺されなきゃならないのか」
「ええ」
「自業自得よ、霊夢。貴方は自分で自分の首を絞めてしまった。もし普通の巫女だったら、こんなことにはならなかったでしょうね。恨むなら、その呑気さを恨みなさい」
「意味が判らないから、簡単に話して」
苛立ちを見せるわけでもなく、淡々と促してくる。
この巫女はあまりにも周りを見なさすぎだろうと、レミリアは思った。足を止め、自分のしてきたことと、取り囲まれている状況を俯瞰すれば、想像ぐらいはつくだろうに。いや、それをしないからこそか。
説明してやる。
「貴方は好き勝手にやり過ぎたのよ。スペルカードルールの制定や、巫女の癖に退治した妖怪と呑気に宴会なんて開いちゃったりね。今や博麗霊夢の名を知らぬ妖怪は居ないと言っていい。そしてだからこそ、貴方は妖怪に殺されるのよ」
話を区切る。
巫女は口を挟まず、静かに座している。レミリアは続けた。
「霊夢。大きな力を持った妖怪が……永きを生き続ける妖怪が、もっとも恐れることは何だと思う?」
「さあ、妖怪退治じゃないの」
「それも正解ではあるけれど、昔の話ね。この幻想郷の力のバランスは、覆せないほど妖怪に偏っているわ。大妖怪と区別される妖怪なら、もはや退魔を生業とする人間は脅威にもならない。塵芥同然よ。唯一の例外が博麗の巫女ではあるけれど、人の力は数でしょう。一人では高が知れている。それにスペルカードルールを破らない限り傍観を貫いている貴方は、恐れるに値しないわ」
歯に衣着せず、告げる。
妖怪と人のパワーバランスが崩れても破綻しないのは、大妖怪達が理解しているからだ。人の存在なしに、妖怪は成り立たつことができないと。
故に、人間を生かしもしないし殺しもしない。家畜を扱うがごとくの所行だが、非難される謂われは何処にも無い。人間にとっての牛や豚が、妖怪にとっての人間であると、それだけの話なのだから。
それは博麗の巫女という立ち位置に居る彼女ならば、理解しているはずだ。まあ、恐らくだが。
改めて、言葉を紡ぐ。
「私たちが最も恐れるもの――それは暇よ」
「……暇?」
怪訝な声に、うなずく。
「ふざけて言ってる訳じゃないわ。さっき言ったわよね。私たちは、無形の存在だって。人間と違って、自身を定義する精神が確かなら、身体が朽ちようとどこまでも生きられる。けど無限に続けられるわけじゃない。私たちも、心が衰退したり壊されたりすると、人間でいう死を迎えるわ」
人間は身体を主柱とした存在であり、妖怪は精神を主柱とした存在である。
自らの死を、身体に依存するか、精神に依存するか、人と妖怪の大きな違いはそこあるだろう。
「退屈というのはね、私たちにとって一番の大敵なのよ。無限にも近い時間を生き続ける中で、私たちの感受性は次第に薄れていく。自ら求め動かない限り、目も耳も鼻も口も手も、すべての五感が衰えて、やがて何も思うことも感じることも無くなる。あらゆる外界から遮断されて、心は廃れ消えてゆくしかない。そうならない為には、どうしても刺激が必要なのよ」
「それで、どうして私が殺されないといけないわけ。まさか暇つぶしじゃないでしょうね」
口を挟んできた巫女に、口元を歪める。
確然とした口調で言葉を紡ぐ。
「その通りよ。霊夢、貴方は多くの大妖怪の目に留まり過ぎた。人間の癖に、あまりにも異色過ぎたのよ。今や博麗霊夢の死は、多くの妖怪にとって退屈しかもたらさない。貴方みたいな面白い人間を、むざむざ死なせるはずがないわ。だから貴方は近いうち妖怪に殺され、人としての生を終える。そして生まれ変わる。妖怪か、悪霊か、神か……それは貴方を殺す者によるでしょうけど、いずれにせよ、人から外れた別の存在になる。妖怪の退屈を紛らわす為だけに」
告げると、巫女はぼんやりとした声で言ってきた。
「あんたの話、鵜呑みにはしないけど、なんか嫌ね。あんたたちの都合で殺されて、まして人間辞めて生き返るだなんて。勘弁してほしいわ」
「貴方は妖怪に何を期待しているの。妖怪は妖怪の都合でしか動かない。人情なんてものが、あるはずがない。例えあったとしても、裏返せば気味の悪い虫がたくさん這い出てくるわよ。あなたとて、判ってるでしょう? 博麗の巫女は、結界を護り、人に仇成す妖怪を退治するために存在している。けど、裏返せばまったくの逆。妖怪は人を襲い、退治されなければならない。そうでないと、妖怪は妖怪として存在できないから。博麗の巫女の本当の役割は、その関係を築くためにあるのでしょう? 妖怪を、妖怪として成り立たせるために」
「……」
無言は如実に肯定を表してしまう。
言葉を発しなければ、世界が死んでいるのではないかと思うほど、外は静かだった。虫の鳴き声も、葉の擦れる音もしない。
動くのは、ゆらゆらと揺れる灯篭の弱い灯りだけだ。その灯りも、すでに尽きようとしていたが。
レミリアは静寂を破り捨てた。
「信じる信じないは勝手にしなさい。でも、覚えておいて。貴方は自分の意思で死ぬことも許されない。いずれは化生に堕とされ、妖怪の慰み者になるしか道は無いの。そしてこれは、幻想郷の望んだことなのよ」
「どうして」
「ふふ、判ってる癖に。ここを何処だと思っているの。この世界はすべてが妖怪の為に成り立っている。妖怪の快楽の為だけに存続し続けている。何故ならここは幻想郷――あなたが護っているのは、妖怪の楽園なのよ」
そこに人の意思が入る隙間は無い。
すべては妖怪の存続のために。故に、博麗霊夢は幻想郷に殺され、人としての生を終える。
沈黙を挟んで、巫女が口を開いた。
「あんたは、それをわたしに言ってどうしたいわけ。それが事実になるなら、あんたもわたしを殺すんじゃないの」
「ええ。今は機を窺っているだけで、私だけでなく時が来れば多くの妖怪が貴方を襲うわ。背後で引き金を引くのは、恐らくあのスキマ妖怪ね。きっと幻想郷を上げたお祭り騒ぎになる。あなたに味方する妖怪も出るでしょう。だってそのほうが楽しいから。そして逃げ惑う貴方を見て、心を躍らせるのでしょうね」
「素敵な話ね」
巫女が皮肉を言うのは、意外と言えば意外だったが。
「まあ貴方なら、一度妖怪にでもしちゃえば文句は言いそうだけど、そのままのほほんと生きそうだからね。さぞ面白おかしく殺されるでしょう」
「わたしだって、何も考えてないわけじゃないわ。わたしは巫女よ。妖怪は退治するもので、成るものじゃない。降りかかる火の粉は払うわ」
「でしょうね。貴方は最期まで抗う。でも勝ち目は無い。いくら博麗の巫女でも、幻想郷が相手では逃げ場もない。一つあるとすれば、それは死よ。人としての尊厳を保って、命を絶つこと。でも、貴方には自分の命を絶つことは出来ないでしょう? だから――」
やさしく告げて、レミリアはくるりと振り返った。
霊夢に身体を寄せて、彼女の頬に手を這わせる。そのまま、囁いた。
「もし、時が来たら……私の屋敷に来なさい。貴方が人としての尊厳を保ちたいのなら、人として死を迎えたいのなら、私が殺してあげる。貴方の心臓を抉り抜いて、生き返るなんて馬鹿らしいと思えるほど、身体も魂もぐちゃくちゃにしてあげる。だって、貴方は生意気で、気に食わない巫女だけど、私の友人だもの」
霊夢は一切表情を変えなかったが、彼女の瞳には、吸血鬼の紅い瞳が映っていた。
それに満足して、レミリアは巫女から身体を離した。すっと腰を上げる。
巫女が聞いてくる。
「帰るの?」
レミリアはただ巫女を見据えた。
言葉に力を含ませて、告げる。
「霊夢、私は貴方の味方よ。忘れないで。今日言ったことは近い未来必ず起こる出来事よ。避けることはできない。だから、良く考えておくことね。自分がどう生きたいのか、どう死にたいのか」
「……」
お茶ごちそうさま、と告げて、ぼうっとする霊夢を背にレミリアは神社を後にした。
帰りの夜空は、雲のない晴れ晴れとしたものだった。月明かりが幻想郷を青く照らし出している。
彼女に告げたことは、紛れない真実だ。あの巫女は妖怪に殺される。そして彼女の意思とは関係なく、無理やり生かされるだろう。
尊敬も、恐れも、喜びもなく、恬淡と妖怪と酒を交わす彼女は、妖怪の興味を惹きつけすぎた。なによりも、スペルカードルールを制定してしまったことが原因だろう。あの巫女からすれば、それに大した意味を見出してはいないかもしれない。本気の妖怪退治がめんどくさいから作った、などと禄でもない返事が返ってくるのは目に見えていた。
だがスペルカードルールは、この幻想郷を、本当の妖怪の楽園に仕立てあげてしまった。妖怪と妖怪。妖怪と人のいざこざは、これからも絶えることなく続いていく。だがそのルールは、そのいざこざをより平和的なものに変えてしまうだろう。そして妖怪は刺激を求めるようになる。
(だから、自業自得なのよ)
空に羽を伸ばしながら、つぶやく。
そんな面白い人間を、妖怪が放っておくはずがない。そう易々と死なせるはずがない。
博麗の巫女は飽きるまで骨を舐められ、絶望が死をもたらすまで踊らされるだろう。妖怪が持て余すだろう暇を、消化するために。
「貴方はどうするのかしら、霊夢」
そっとつぶやく。
だが、判ってはいた。彼女は立ち向かうだろう。アレは根っからの巫女だ。いや、博麗の巫女としてしか自身を定義できない人間だ。
自らが好もうと好まざると関係なく、闘わざるを得ないだろう。でなければ、彼女は彼女でなくなるのだから。
「私の言葉が、届いていればいいんだけどね」
もし、霊夢が少しでも自分を信じているのなら、彼女は悪魔の館に来る。巫女として終わりを迎えるために。
そして願うのだ。わたしを殺して――心臓を貫いてと。
その光景をありありと想像して、吸血鬼は口元を愉悦に歪ませていた。
「霊夢、貴方に逃げ道はないのよ。だから私の下に来なさい。死にたくなるほど、かわいがってあげるから」
冷たくささやく悪魔の目は、運命を見通していた。
博麗の巫女には、すでに堕ちる道しか残されていない。怠惰と堕落に溺れる彼女は、どれだけ美しいだろうか。
だが、もしかしたら運命の波を掻い潜り、すべての手をすり抜けるかもしれない。レミリアがすべてを語っても、鼓動一つ乱れさせなかった人間だ。妖怪でも計り切れない精神を秘めている。
だがまあ、それはそれで面白くはある。どちらに転ぼうとも構わない。いずれにせよ、妖怪は喜ぶだろう。
悪魔は、夜気に声を響かせた。
「楽しみだわ。私が牙を突き立てたとき、貴方はどんな顔をするのかしら……」
これからは、足繁く神社に通う必要があるだろう。
巫女の確かな信頼を得る必要がある。手間はかかるが、構わない。あの巫女はいずれ紅魔館へと来るのだから、今のうちに躾をする必要がある。
近い未来に手に入るだろう堕ちた巫女を想い、悪魔は息を震わせた。
面白かったです
妖怪にはこういう愛しかたが似合う
>実はわたし巫女さんが好きです。
そんなことは先刻承知ですよ?
今回はいつもと毛色が違うお話でしたね。
死についてすら無関心。霊夢さん超かっこいい。
な、なんだってー(棒)
霊夢はどんな状況に陥っても、冷静に淡々と立ち向かって行くんでしょうねぇ。
しかし、お嬢様マジ悪女。霊夢を手に入れるために手段を選ばない姿に惚れそうです。
なんだかんだで霊夢のこと好きやなレミリア。
この悪魔、なかなかツボを突いてくれる。
そう思えばやはりお嬢様は無慈悲だなぁ
続編希望で。
悪魔らしいレミリアも素敵でした
極自然にその二つの要素を両立している作品は、中々有りませんから非常に新鮮でした。
面白かったです。
格好いいなぁもう!
そんな悪魔達を退けてきたのもまた人間であると考えると、一筋縄ではいかない展開を想像できる
クールでホットな作品をありがとう
霊夢が最終的に妖怪化するのか死ぬのかわからないなー
体面やモーションという上辺ではなく、純粋にどこからどこまでも悪魔であるレミリアがとてもよかった
それが出来るのは例えば自らの目標を胸に日々を過ごしている魔女だったり
既に補完し合う相手が居る蓬莱人達だったり
結局はレミリアも霊夢で暇潰しをするだけという事なんですから
人間を脅かすことしか出来ない妖怪は小傘を笑えませんね
作者さん、今でも続き、待ってますよ!
そもそもルール無しで戦ったら霊夢に勝つ事は不可能だしな。人外になるとしても第三者からの干渉じゃ不可能だし、恐らく自分自身の手でなるんじゃなかろうか?それもいつの間にか人間やめてたーみたいな感じだと思うよー