湖に臨む紅魔館。レミリア・スカーレットはこの館の主である。
常に参拝を欠かさぬが、決して信心からではない。むしろ神も仏も低く観る節さえある。彼女が参拝の理由、日々の愉しみ、それは神社の巫女を訪ねることであった。
昼過ぎ、咲夜を伴い神社を訪れたレミリアは、境内の履き掃除をする見知らぬ少女を見つけた。霊夢よりは確実に若く、年の頃は十になるか、ならぬか。彼女はレミリアに気付き、目礼をすると掃除を再開した。
「あれは弟子よ。今は修行中なの」
母屋を訪ねて来たレミリアの問いかけに、霊夢はそう答えた。手早く茶を淹れた霊夢が縁側に腰かけると、レミリアも横に並ぶように腰を下ろす。咲夜は、後ほど迎えに来るように言い付けた上で帰しており、ここには霊夢、レミリア、そして二つの湯呑しか存在しない。
「なんだ、弟子など採って。隠居でも企んでいるのか」
冗談のつもりであった。
「ええ、遅くとも五年以内には」
一瞬強く風が吹き、会話の妨げになったのが、かえって良かったのかもしれない。レミリアは、即座には返す言葉を見つけることができなかった。
「悪ふざけが過ぎる」
「ふざけてなどいない。むしろ遅きに失した位だったかもしれないわ」
そう返す霊夢の顔には妙な清々しさを感じさせるものがあった。
「でも本当によかった。あの子は幸い筋が良い。私の引退までに修行が完成するかもしれない。間に会うかもしれない」
「間に会うも何も」
レミリアの口調は自然と早く、強くなり、
「霊夢が引退する理由が無いだろう!」
その時の霊夢の表情を、レミリアは決して忘れることはないだろう。
「限界なのよ。もう私は戦えない。弾幕ごっこはできないわ」
「貴女がこの幻想郷に襲来し、霧の異変を起こしてからもう10年近くになる」
「博麗の巫女が、巫女としていられる期間は本当に短い」
「私はこの間、本当によくやってきたと思う」
レミリアに聞かせるということもなく、淡々と、霊夢は話す。
「仮に」
初めて聞く霊夢の弱音に耐えきれず、レミリアが口をはさむ。
「仮に多少衰えても技は競い合える。そう、スペルカードがある。あれは、力量の差を補う為のルールだろう?古よりこの幻想郷に伝わる美しき決闘法だと聞いたぞ」
「ああ、それは嘘よ」
「何だと」
「あれは、先代を失い、巫女を継いだばかりだった私が殺められぬように考え出されたものよ。貴方達にも守らせるために、導入の経緯は誤魔化させてもらったわ。ごめんなさいね」
予期せぬ話の展開に、レミリアは鼓動の高鳴り、そして口渇を感じた。出された茶は程良くぬるまっている筈。しかし、それを飲むことができない。
「スペルカードの件はまあ、いいとしよう。だが、先代の巫女のくだりは初めて聞いたぞ。彼女は、どうなったのだ。凶悪な神か、悪魔にでも…?」
「さて、どうなったのかしら?」
霊夢は軽い口調で言ってのける。
「魔界に赴いたきり、帰ってこなかった。もっとも、神や悪魔相手に倒れたなら彼女の本望だったかもしれないわね。晩年の彼女は空を飛ぶことすらかなわぬ衰えぶりで、裏の池に棲む神獣に乗って旅立っていった。道中で魑魅魍魎に食われて果てたとしても、何もおかしくはないわ」
「そしてレミリア、あなたはそんな私と弾幕ごっこを演じたいのかしら?」
気圧されたレミリアの返事を待たず、霊夢は立ち上がった。
「お茶、冷めてしまったわね。今淹れなおすわ」
一人縁側に残されたレミリアの眼の前で、西日が落ちていく。庭に、掃除をしていた少女___次代の博麗の巫女の姿を見つけることはできない。買出しにでも出かけたのであろうか。
「今まで、絶えて気にすることも無かったな。日の沈みゆくはこれほどまでに速いか」
レミリアは独りごちた。そして思う。___そうなのだ。当たり前のことなのだ。盛者必衰、苑転たる蛾眉よく幾時ぞ。人間は、本当に、あっという間に…。だが、だがそれでも、私は…まだ霊夢と…!
「お嬢様」
咄嗟に目許を拭い顔を上げると、そこには咲夜の姿があった。
「お迎えに参りましたのです…が…?」
「御苦労」
己の波立つ心のうちを、気の付く従者に悟られぬように。
「だが私は霊夢にもう少し話がある。」
「あら、咲夜。」
淹れなおした茶を盆に載せ、霊夢が縁側に戻ってくる。
「もう一つ湯呑を持って来るわね」
そう言って立ち去りかけた霊夢をレミリアが引き止めた。
「茶などいいんだよ。さっきの話の続きをしよう。座りなさい」
神妙に座する霊夢に、レミリアは話を切りだす
「なるほど、今までの話はよくわかった。もう霊夢は弾幕ごっこをすることが、能わない」
「しかし、それは弾幕ごっこに限った話だ。」
レミリアは微笑む。一縷の望みをかけて。
「ねえ霊夢、霊夢と私、そして幻想郷の人ならざる者たちとの関係は、最早弾幕ごっこのみに依るものではないのだよ」
「例え力弱くなろうとも、博麗霊夢は私のかけがえのない友人だ。これからも共に酒を酌み交わしそう。杯を打ち鳴らしつつ、花を愛で蛍を愉しみ月に感じ雪を仰ごう。そうして」
「…永久の友情を誓おう」
レミリアは手を差し伸ばす。だが霊夢は、その手を取らない。
「何故だ。この手を取ってくれ、霊夢」
ため息ともつかぬ呻き声をあげ、霊夢が返して言う。
「駄目よ。そんな友情は幻想よ。」
「私や魔理沙が人間の身でありながら、貴女達妖怪と対等に付き合えたのは、人外にも打ち負けぬ力を保持していたから。そこにはある種の緊張感があり、そして互いの実力を認め合っていたからなのよ。力を失った私は、貴女にとって__餌にすぎない。」
「引退と同時に、里へ下りるわ。そして妖怪とは縁を切る」
幻想郷縁起によると、その後も吸血鬼とその従者は頻繁に博麗神社を訪れている。また、時には巫女の方から紅い館を訪ね、館の主人らと喫茶に興ずることもあったという。異変も無いままに三年がたち、博麗の巫女は代替わりをし、元の巫女は里へ下りた。以降、彼女について記録はない。吸血鬼についてもその後、異変を起こしたという記録はない。博麗神社への訪問も無く、時折館のテラスで紅茶を飲む姿が目撃、報告されるばかりである。
湖を眺めつつ、レミリアは紅茶を口に含む。
テーブルには季節の花が生けられ、2つのティーカップが並んでいる。
常に参拝を欠かさぬが、決して信心からではない。むしろ神も仏も低く観る節さえある。彼女が参拝の理由、日々の愉しみ、それは神社の巫女を訪ねることであった。
昼過ぎ、咲夜を伴い神社を訪れたレミリアは、境内の履き掃除をする見知らぬ少女を見つけた。霊夢よりは確実に若く、年の頃は十になるか、ならぬか。彼女はレミリアに気付き、目礼をすると掃除を再開した。
「あれは弟子よ。今は修行中なの」
母屋を訪ねて来たレミリアの問いかけに、霊夢はそう答えた。手早く茶を淹れた霊夢が縁側に腰かけると、レミリアも横に並ぶように腰を下ろす。咲夜は、後ほど迎えに来るように言い付けた上で帰しており、ここには霊夢、レミリア、そして二つの湯呑しか存在しない。
「なんだ、弟子など採って。隠居でも企んでいるのか」
冗談のつもりであった。
「ええ、遅くとも五年以内には」
一瞬強く風が吹き、会話の妨げになったのが、かえって良かったのかもしれない。レミリアは、即座には返す言葉を見つけることができなかった。
「悪ふざけが過ぎる」
「ふざけてなどいない。むしろ遅きに失した位だったかもしれないわ」
そう返す霊夢の顔には妙な清々しさを感じさせるものがあった。
「でも本当によかった。あの子は幸い筋が良い。私の引退までに修行が完成するかもしれない。間に会うかもしれない」
「間に会うも何も」
レミリアの口調は自然と早く、強くなり、
「霊夢が引退する理由が無いだろう!」
その時の霊夢の表情を、レミリアは決して忘れることはないだろう。
「限界なのよ。もう私は戦えない。弾幕ごっこはできないわ」
「貴女がこの幻想郷に襲来し、霧の異変を起こしてからもう10年近くになる」
「博麗の巫女が、巫女としていられる期間は本当に短い」
「私はこの間、本当によくやってきたと思う」
レミリアに聞かせるということもなく、淡々と、霊夢は話す。
「仮に」
初めて聞く霊夢の弱音に耐えきれず、レミリアが口をはさむ。
「仮に多少衰えても技は競い合える。そう、スペルカードがある。あれは、力量の差を補う為のルールだろう?古よりこの幻想郷に伝わる美しき決闘法だと聞いたぞ」
「ああ、それは嘘よ」
「何だと」
「あれは、先代を失い、巫女を継いだばかりだった私が殺められぬように考え出されたものよ。貴方達にも守らせるために、導入の経緯は誤魔化させてもらったわ。ごめんなさいね」
予期せぬ話の展開に、レミリアは鼓動の高鳴り、そして口渇を感じた。出された茶は程良くぬるまっている筈。しかし、それを飲むことができない。
「スペルカードの件はまあ、いいとしよう。だが、先代の巫女のくだりは初めて聞いたぞ。彼女は、どうなったのだ。凶悪な神か、悪魔にでも…?」
「さて、どうなったのかしら?」
霊夢は軽い口調で言ってのける。
「魔界に赴いたきり、帰ってこなかった。もっとも、神や悪魔相手に倒れたなら彼女の本望だったかもしれないわね。晩年の彼女は空を飛ぶことすらかなわぬ衰えぶりで、裏の池に棲む神獣に乗って旅立っていった。道中で魑魅魍魎に食われて果てたとしても、何もおかしくはないわ」
「そしてレミリア、あなたはそんな私と弾幕ごっこを演じたいのかしら?」
気圧されたレミリアの返事を待たず、霊夢は立ち上がった。
「お茶、冷めてしまったわね。今淹れなおすわ」
一人縁側に残されたレミリアの眼の前で、西日が落ちていく。庭に、掃除をしていた少女___次代の博麗の巫女の姿を見つけることはできない。買出しにでも出かけたのであろうか。
「今まで、絶えて気にすることも無かったな。日の沈みゆくはこれほどまでに速いか」
レミリアは独りごちた。そして思う。___そうなのだ。当たり前のことなのだ。盛者必衰、苑転たる蛾眉よく幾時ぞ。人間は、本当に、あっという間に…。だが、だがそれでも、私は…まだ霊夢と…!
「お嬢様」
咄嗟に目許を拭い顔を上げると、そこには咲夜の姿があった。
「お迎えに参りましたのです…が…?」
「御苦労」
己の波立つ心のうちを、気の付く従者に悟られぬように。
「だが私は霊夢にもう少し話がある。」
「あら、咲夜。」
淹れなおした茶を盆に載せ、霊夢が縁側に戻ってくる。
「もう一つ湯呑を持って来るわね」
そう言って立ち去りかけた霊夢をレミリアが引き止めた。
「茶などいいんだよ。さっきの話の続きをしよう。座りなさい」
神妙に座する霊夢に、レミリアは話を切りだす
「なるほど、今までの話はよくわかった。もう霊夢は弾幕ごっこをすることが、能わない」
「しかし、それは弾幕ごっこに限った話だ。」
レミリアは微笑む。一縷の望みをかけて。
「ねえ霊夢、霊夢と私、そして幻想郷の人ならざる者たちとの関係は、最早弾幕ごっこのみに依るものではないのだよ」
「例え力弱くなろうとも、博麗霊夢は私のかけがえのない友人だ。これからも共に酒を酌み交わしそう。杯を打ち鳴らしつつ、花を愛で蛍を愉しみ月に感じ雪を仰ごう。そうして」
「…永久の友情を誓おう」
レミリアは手を差し伸ばす。だが霊夢は、その手を取らない。
「何故だ。この手を取ってくれ、霊夢」
ため息ともつかぬ呻き声をあげ、霊夢が返して言う。
「駄目よ。そんな友情は幻想よ。」
「私や魔理沙が人間の身でありながら、貴女達妖怪と対等に付き合えたのは、人外にも打ち負けぬ力を保持していたから。そこにはある種の緊張感があり、そして互いの実力を認め合っていたからなのよ。力を失った私は、貴女にとって__餌にすぎない。」
「引退と同時に、里へ下りるわ。そして妖怪とは縁を切る」
幻想郷縁起によると、その後も吸血鬼とその従者は頻繁に博麗神社を訪れている。また、時には巫女の方から紅い館を訪ね、館の主人らと喫茶に興ずることもあったという。異変も無いままに三年がたち、博麗の巫女は代替わりをし、元の巫女は里へ下りた。以降、彼女について記録はない。吸血鬼についてもその後、異変を起こしたという記録はない。博麗神社への訪問も無く、時折館のテラスで紅茶を飲む姿が目撃、報告されるばかりである。
湖を眺めつつ、レミリアは紅茶を口に含む。
テーブルには季節の花が生けられ、2つのティーカップが並んでいる。
初投稿でこの出来とは恐れ入りました。改行をするなりして見やすくすれば、もっと読みやすくなるはずです。
力が衰退した人間はただの餌って言ってレミリアを拒んでるけど
付き合い長いし少なくとも霊夢が関わってきた妖怪たちには気を許そうぜ!!
最後のレミリアがとても寂しく虚しい様が印象に残りました。
ただ、話の雰囲気作りは良かったと思います。
ケチをつけるようですみません、これからも頑張って下さい。
次の作品も楽しみにしています
でも物語が広がりきれてないところがものすごく惜しい。
この短さだからこそ良いんでしょうが、個人的にはもっと深く書いてほしかった。
あくまで個人的意見なんでさらっと流してください。
次も楽しみにしてます。