風が木々を揺らす、さらさら、という音だけが辺りを満たしている。
東から昇る太陽は、高く、より高く。と徐々にその高度を増して行く。妖怪達はおねむの時間だ。そのうち巫女が「暑いわね。暑くて掃除もしていられないわ。」と箒を捨て、熱いお茶の準備を始めるだろう。足元に、水を張った桶だのたらいだの用意しているかも知れない。
やがて足音、誰かが草を踏み歩く音が聴こえてくる。手には仰々しい鎌、死神か。
死神、小野塚小町は、さらさら、という涼しげな音を立てて流れる川に惹かれる様に歩いて往く。傍の木陰に、寝転がるのに丁度良さそうな大きさの岩を見付け、座る。
さらさら、涼しげな音だ。此処は三途の川では無い。
空には雲が程よく散らかっている。天蓋に映る珠はこの地上の全ての者を照らさんと輝いていた。それはもう燦々と。
木漏れ日が実に綺麗である。良い天気だった。
「良い天気だね。ここで寝なけりゃ空に大地にこの川に、なによりお天道様に失礼さね。」
そう呟いて、寝転がる。ごつごつした岩のひんやりとした感触が心地良い。
天にはもう水が残っていないのだろう、数日前から暑い、晴れた日が続いている。小町は楽しんでいた。この暑い日々を、この暑い季節を。
季節とは、四季というものはなんと良いものだろうか、なんと楽しいものなのだろうか。本当にそう思う。
春はやはり花見か。花より団子?両方楽しまないでどうするのか。美しく咲く桜を観ながら桜餅を食べるのも中々。夏はこの様に涼しい木陰で寝転がるのも良い。夜に美しい弾幕花火を咲かせるというのも中々。幻想郷らしくて良い。秋は夜、虫達の声の響く中、月明かりに照らされた紅葉を楽しむのも中々。春に夜桜なら秋は夜紅葉か。春のそれは死の匂い、秋のそれは狂気を感じる。冬にはやはり、凍えた躰に染みる酒が何とも。炬燵で鍋をつつくのも中々。勿論蜜柑を忘れてはいけない。なんと楽しいものなのだろうか。
まあ結局、四季様には何時でも説教されている気がする。
「サボっていないで仕事しなさい。」
「暇だね、何か面白い事でも起きないかね」
暇とは言ったが、別段退屈している訳では無いし、しっかり仕事も残っている。仕事だって、しっかり、残っている。ああ仕事しなければ。今頃四季様が「ああ暇だわ。幽霊はこんなに沢山いるのに。」と言っているかも知れない。
幽霊が沢山、といえば、以前幻想郷の全ての花々が一斉に開花した事があった。幻想郷の者達の殆どは既に忘れているが、考えてもみれば、六十年周期であの様な事が起こるのだ、まして害など無い。偶にやって来る当たり前の事を誰が覚えているのだろうか。気付けば終わっている、いや、起こった事にすら気付かない者もいるかも知れない。日常は日常の彼方に忘れ去られて往く。
おおっと、話が逸れてしまった。
あの出来事で幻想郷の美しさに気付かされた。気付いていなかった訳では無かった。が、見せ付けられた、魅せられた。幻想郷が持っている美しさを、幻想郷がどれ程美しい「幻想郷」であるかを。
「あまりの美しさに仕事が手に付かなかった。」小町の言い訳である。
目を瞑る。涼しい風が頬を撫でた。今日もこれから少しずつ暑くなって来るだろう。しかし、此処で寝ている分には何の問題も無いだろう。まあ、別に暑いのも嫌いじゃあ無いが。
「何か起こらないかねえ。」
ただ、単純に、そう思った。
小町は、さらさら、という流れを楽しみながら、この穏やかな時間をのんびり過ごす事にした。ほんの少しの期待を抱いて。
――――――――――――――――――――――――
目の前に置かれた一枚の大きな紙。
紙には『文々。新聞』と書き慣れた文字が。
書き足される文字が、唯の大きな紙を「新聞」へと変えて行く、というのに。
『文々。新聞』存続の危機か
一向に文字が、文章が、仕事をしない。その気配すら無い。
大きな紙に、とんとん、と指を打ちながら思案する。しかし、紙は依然紙のままである。
自慢の手帖を開いてみても、書いてあるのは宴会の時に聴いた、巫女の武勇伝くらい。勿論書きませんよ。私は真実しか書きません。しかし困った。
「あー。もう直ぐ締切りなのにー。」
こう言ったが、実のところ締切りなど無いに等しい。というか無い。だがしかし、たとえ締切りが無くともプライドというものがある。新聞記者としてのプライドが。だと言うのに、新聞を書く事が出来無いとは。
いっそこの現状をネタにして新聞を書こうと一瞬考えたが、私にとってみれば笑えない冗談だ、と切って捨てた。仮に書いたとしよう。そうするとあの巫女辺りに、「ふーん、そうなの。でも燃やす紙が無くなるのは困るわね。」と言われるくらいだろう。笑えない冗談だ。
新聞を作る要素が無い事には始まらないので、取りあえず出掛ける事にして、すっかり冷めてしまったお茶を飲み干した。
良い天気だった。
さらさらと心地良さそうに揺れる深緑、きらきらと涼しげに輝く水。向こうには圧倒的な存在感を持ちながらも何処か周りと調和した紅、それをうっすらと覆う白。また他には、太陽を向いた黄も視える。良い天気だ。
近くに数匹の烏達を見付けたので手を上げ、笑い掛けて挨拶をすると不思議な事に、本当に不思議な事に、烏達はすぐさま文の下に集まった。隠し切れない魅力って奴でしょうか。うふふ。
「幻想郷中に散って、見聞きしたものは私に報告する事。行きなさい。」
これであとは新聞の要素となる面白い「何か」が顔を出すのを待つばかりだ。いや、尻尾を出すのを待つと言った方が良いか。
「さて、私も行きますか」
そうして文は面白い、もしくは面白くなる「何か」を探して、飛んだ。
―――――――――――――――――――――――
いい加減背中が痛くなってきた。
小町は立って伸びをする。あまり時間は経っていない様だ。太陽はまだまだ低い。
空を仰いでいると、空をかなりの速さで移動する黒いものを見付けた。それはかなり速かったが、小町にはそれが何であるか直ぐに判った。よく知っているものだった。小町はにやりと笑って「良い眺めだね。」と呟くと、頭上を通り過ぎようとするそれを、捉まえた。
文は飛んでいた。目的地は特に無かったので速度控えめで。それでも十分速かったが。強いて目的地を挙げるとしたら面白い、もしくは面白くなる「何か」がある場所か。
さて、何処へ行こうか、などと考えながら飛んでいた。考えながらなので速度控えめで。それでも十分速かったが。丁度川を越えた辺りだろうか。控えめだがそこそこの速さで飛んでいるはずなのに、周りの景色が変わらない事に、変わっていない事に気付いた。同じ様な景色が続いているのでは無い。いくら飛んでも進んでいない様な、そんな感覚。すると下から「久しぶりだね。」という声がした。文に向けられたものであるかは判らなかったが、文は声のする方向を向いた。
笑っている死神が居た。
文は小町の前に下りる。
確か「距離を操る程度の能力」を持っていたはず。成程。
「貴方でしたか。」
「ああ、悪いね。急いでいるのに。」
「ええ、本当に。用件があるなら短めにお願いしますね。」
文はいつもの笑顔で話す。本心がちょっと見えた?いいえ気のせいですよ。
「いや、特に用件とかは無いんだけどね、強いて言……」
「そうですか。それでは。」
用件は無いようです。という訳で飛びました。勿論笑顔でお別れを言って。
そのはずだったのだが、やはりというか何というか、そこそこの速さで飛んでいるのにも関わらず、距離は一定。
「面白いもの持ってそうだな、って思ってね」
ううむ、厄介なものに捉まってしまった。
文は以前彼女を捉まえた事を棚に上げ、この不幸、少なくとも文にとって不幸な事態を嘆いた。
この幻想郷の小さな出来事、歴史、変化。それを求める二人の少女。先に捉まえたのは、小町だった。
木々の揺れる音が少し大きくなっている。風が少し強くなったようだ。
「私が欲しいくらいです。」
「そうなのかい?なら、一緒に探そうじゃないか。」
「はい?」
小町は何処か楽し気に言う。いやいやちょっと待って。
「新聞の締切りがもう直ぐなので、そんなにのんびりもしていられないのですよ。」
今の文には、こんな所で小町と付き合ってる暇は無い。ここをどうにか切り抜けなければならない。でなければ非常に不味い。
「まあ良いじゃないか。焦っても面白いものなんか見つかりっこ無いよ。」
この様子だと、私を離す気などさらさら無いらしい。今飛び去ろうとしても、此処から離れる事は出来ないだろう。
「……判りました。では一緒に行きましょう。」
文は小町に付き合う事にした。小町は文を離さないつもりだろうし、これ以上何を言っても変わらないだろう。新聞と私の距離まで離されてしまってはたまったものでは無い。
「そう来なくちゃね。」
小町は笑顔で言った。ああ困った。
「じゃあ何処から行こうか。紅魔館の奴等とかなんかは、また面白い事でもしてくれるんじゃあ無いか?」
「うーん。最近そういった話は聞いていませんね。そうですね……じゃあ、魔理沙さんの処にでも行きますか。」
「ああ、良いね。それじゃあ往こうか。」
文は飛び立った。……あれ?
「おや?飛ぶのかい?歩いて往こうよ。」
あー進めない進んでない。飛ぶのも駄目なんですか。締切り近いって言いましたよね?わざとなんですか?嫌がらせですか?厳しいなー。
結局歩いていく事になった。飛んでも進まないですし。何とかなるかなあ。いや本当に。
何故魔理沙の処へ向かうのかと言うと、彼女は頻繁に紅魔館へ足を運んでいる。もしかすると紅魔館で何か見たり、聞いたりしているかも知れないと考えて、だ。彼女自身が何か事件の様なものを起こす事も期待している。あと、態々紅魔館まで往かなくても良いから。
「お前さんはせっかちだねえ。」
小町の声が後ろの方から聴こえる。文の歩く速さが、小町の歩く速さに比べて大分速かったのだ。その所為で、二人の距離はそこそこ開いていた。このまま振り切れるのではないか、と思える程に。まあ無理な話だが。そりゃあ速くもなりますよ。飛べば一瞬なのに、態々歩いているんですから。それもこの一分一秒が惜しい時に。態々。
「さっきも言っただろう?焦っても何も見付かりやしないって。」
「そうかもしれませんが。」
「もっと周りを観てごらんよ。探し物は近くにあるかも知れない。」
「もしかして何か探してます?」
「ああ、面白そうなものを、ちょっとね。」
どうやら文の探しているものと小町の探しているものは違うらしい。いや、もっといえば小町の言う面白そうな「何か」は、文の言うものよりも広い意味である。と言ったところか。
文は一応周りを見渡してみたが、周りにはただ木があるばかり。其処にあるものこそ、一番面白い。とは言っても、新聞のネタにはなりそうもありませんね。
「どうだい?何か見付かったかい?」
「いえ何も。それでは魔理沙さんの家へ向かいましょう。」
文は半ば小町を引っ張る形で魔理沙の家へと向かって歩いて往った。
一陣の風が木々を揺らして、音を立てた。
「よう。珍しいな、お二人さん。」
魔法の森に入り、暫く歩いた処で、後ろからこちらへ向けたものであろう声がした。ずっと聴きたかった声である。振り向くと魔理沙がいつもの、見ていて気持ち良くなる程すっきりとした笑顔をして立っていた。
文は内心ほっとした。魔理沙は基本的に何処かへ出掛けている。その魔理沙が今魔法の森にいる、いや、戻って来たのか。取り敢えず、今魔理沙と会えた事は好都合である。
「此処に何か用でも在るのか?言ってくれれば助けになってやらんでも無いぞ?」
「いえ、用が在るのは貴方の方です。」
「私か?確かに家へ帰るところだが。」
「私たちが貴方に用が在るのです。」
「私に?生憎だが私の方には無いぜ。」
「だろうねえ。」
話が一向に進まない。もうわざとやっているのだろう。先程の笑顔からにやにやした表情になっているのが、少し憎らしい。
「私に用か。新聞のネタにでも困ったか?」
ははは、と笑ってみせる魔理沙。全く、変なところで鋭いというか何というか。
「まあ、そんなところですかね。」
「ふーん。で、何で天狗のネタ探しにお前がくっついているんだ?天狗もとうとうお迎えか?」
「暇潰し、ってところかね。面白いものが見れそうじゃないか。」
「成程。流石はサボマイスタ。仕事との距離の置き方も絶妙だな。」
「まるで人が仕事してないみたいな言い草だね。」
言い返す小町。しかし肩書きと言うか、呼び名が段々と増えていっている気がする。「三途の水先案内人」は何処かへ往ってしまわれたのだろうか。
「そういえば、先の異変、と言うか現象の解決にもそこそこ時間が掛かっていたみたいですが。」
更に文からの追い打ち。中々手厳しい。
「六十年に一度なんだ。皆余裕を持って楽しめるくらいが良いだろうと思ってね。」
あと、あまりの美しさに仕事が手に付かなかった。と付け足した。夏に入る前には終わらせたが、向日葵は疲れていなかっただろうか。後で太陽の畑へ往ってもいいかな。
「ま、無事に終わらせたんだし良いじゃないか。それよりその袋は何なんだい。」
小町は魔理沙が担いでいる大き目の袋を指差して言う。
「これか。これは今日の戦利品だぜ。」
と、自慢気に袋を見せる。成程それなりの収穫らしい。紅魔館で本でもかっぱらって来たのだろう。
「おっといけない。魔理沙さん、最近紅魔館で何か見たり聞いたりしていませんか。」
「ん、いや。特には。いつも通りの変なお屋敷だったぜ。」
文の期待していた答えは返って来なかった。魔理沙に、往って見れば何かしら見つかるだろ。と言われたが確かにあの吸血鬼のお嬢様は何時も暇潰しを考えて居るので、今もとんでもない事を思いついて居るかも知れない。口元に笑みを浮かべて「今度は太陽に居る三本足の烏を見に行くのよ。」等と言い出しかねない。
「そうだなあ。また月にでも往くってんなら付いて往きたいな。月の技術は相当なものだって言うし、土産に何か頂いて来たい。」
この前はさっさと帰って来ちゃったしなあ。と魔理沙。堂々と「頂いて来たい。」という辺りが流石である。それにしても、そんなに物を蒐集してどうするのでしょうね。何か目的でも在るのでしょうか。
「で、お前達は一体何処まで付いて来るんだ?」
文と小町は家路に付く魔理沙と並んで歩いていた。この二人に迷いなど感じられない。家まで押し掛けて来るつもりなのだろうか。全く、困った奴等だ。
「取り敢えずは何処までも。期待しているんだよ。あたい達は。お前さんは何かしてくれ無いのかい?」
「私を何時も退屈してる奴だと思ってくれるな。私は何かと忙しいんだ。」
「充実しているんだね。楽しいかい?」
「ああ、毎日が楽しいぜ。」
手に持った袋を見て、魔理沙はふと笑った。
「おや、お前さんもアレなのか。」
「アレとか言うな。そんなんじゃないさ。」
「これからまた出掛けるのでしょう?」
「どうだかな。何せ忙しいからな。」
「準備が出来るまで待って居ますね。」
魔理沙はもう家の前まで来ていた。勿論、付いてきた文達もだ。
「何時までも待ってるといいさ。」
じゃあな。と魔理沙は軽く手を振って家の中へ消えて行った。
文は、小町と魔理沙の二人と共にちょっとした小咄やらをしながら歩いていた。二人のしてくれる小咄は面白いもので、笑い合いながら歩いていた。
結局あの後、魔理沙は直ぐに支度を済ませて出てきた。勿論、文と小町は魔理沙を逃がす筈も無く、こうして歩いている。何時も魔理沙の使っている箒は、役割を果たす事も無く担がれているだけである。
今、この様に笑い合いながら歩いていられるのも、小町が居るからこそであろう。多分そう。
穏やかな風が涼しい。周りの木々も柔らかな音を立てている。
魔理沙が、「霊夢の処に用事が在る。」と言うので博麗神社へと向かっていた。
「しかしお前達も退屈しているんだな。暇潰し探しとは。」
「まあね。」
「退屈してなんかいませんよ。していられません。忙しいです。」
「そのくせのんびりしているよなあ。」
「こうなる予定は全く無かったのですがねえ。」
出だしは好調だった気がするのだが。いや、そもそも不調だったからこそこうして出て来たわけで。博麗神社で御神籤引こうかな。
もしかすると今、こうしているのは、小町から逃げられないからでは無く、それを言い訳にこの状況、こうして三人で歩いているのを、楽しんでいるからかも知れない。
「何だそれは。」
魔理沙がそう言ったのは、文の下に一羽の烏が飛んで来たからだ。恐らく先程情報収集の為にばら撒いた内の一羽で、私に報告しに来たのでしょう。しかし役に立ちませんね。別に良いですけど。
「私程になると自然と集まって来るのですよ。隠せぬ魅力って奴です。」
「だだ漏れの殺気、の間違いだろ?」
「あはは、そうかもねえ。」
「まさに、渡りに船。丁度船頭が居ることですし、いっそ彼岸迄往ってみるというのはどうですか。」
文は魔理沙に微笑みかける。確かに微笑んでいた。と思う。
「えー。」
「えー。」
「えー。じゃないです。」
後で四季様を誘って飲みにでも往こうか。小町は何と無く、そう思った。
小町達は三途の川を渡る事無く、無事に博麗神社に着いた。博麗神社は宴会の時の様な騒がしさは無く、聴こえるのは風や、風が揺らす木々や風鈴の音だけであった。
「相変わらずだな、霊夢。」
霊夢は箒を傍らに置き、熱いお茶を啜りながら涼んでいた。
「あら魔理沙。今日はやけに荷物が多いじゃない。」
「両手に華と言って下さい。」
「お賽銭を入れない上に、宴会の時に後片付けの手伝いもしない厄介な華ね。」
そう言って、お茶を啜った。
「お賽銭なら入れて来たよ。まあ少しだけどね。」
「死神が神様にお祈りか?」
「いい心掛けね。きっと貴方には御利益があるわ。あら、こんな処にお茶が。飲むかしら。」
霊夢の顔が笑顔へと変わる。察するに、最近のところ余程収入が少なかったのだろう。霊夢は、ついでに弾幕ごっこでもやって往って欲しいな。と思った。流れ弾でも賽銭箱に入れば。そういうこと。
「有り難く頂くよ。」
「こんなに暑いのによくこんなに熱いお茶を呑むよな。」
魔理沙は湯呑みを用意して来て、既にお茶を淹れて呑んでいる。それに文も便乗する。霊夢は、何勝手に呑んで居るのよ。とは言ったが、何時もの事であるし別段怒っている様子は無く、小町にお茶を淹れていた。どうやら御利益とはお茶が呑める事では無く、霊夢にお茶を淹れてもらえる事なのだろう。さぞ美味しかろう。
「これが良いのよ。」
「ま、私も好きだがな。」
皆、お茶を啜る。皆してまるでお茶を呑みに来た様である。
「暑くなって来ましたね。」
「そりゃあそうだ。こんなに熱いんだからな。」
「それが良いんじゃない。」
「まあ、そういう季節だしね。暑くもなるさ。」
「夜が短くなるからな、妖怪達にとってはどうなんだ?」
魔理沙は団扇で自分を扇いでいる。夜は、環境的には悪くは無いんだがなあ。と呟いた。
「最近は妖怪も昼夜の関係無しに生きている様ですけどね。」
「目の前のみたいに?」
「そうみたいだね。」
「昼間くらいは休めば良いのに。」
「人の事言えた口ですか。」
「人間は夜眠るぜ。」
「しかし暑くなって来たね。」
「こんなに暑いのに、あんた達はよく歩いて来たわね。」
霊夢は、呆れたわと言わんばかりである。
「確かに。何で態々歩いていたんだ?」
「私に訊かないで下さいよ。私は巻き込まれた側ですよ。」
「態々というものが大事なのさ。態々やる必要の無いことをやってみると、周りのものだって違って見えてくるかも知れない。まあ気まぐれって奴さ。」
「無駄なことは無駄では無いって事か。」
「言ってしまえば、こうしてお茶を啜って居る事自体無駄みたいなものよね。私は好きだけど。」
「多分皆そうだろうな。私も大好きだ。」
神社に風が入り込んだ。風鈴の音色が神社に涼しさを伝えている様である。この季節になると何故態々風鈴を出して来るのだろうか。
「視野の狭い者は愚か者だろう。前に進むのに躓かないよう下を向く必要は有っても、上を向く必要は無いかも知れない。しかしどうだ。上を向くとこんなに、暑いじゃないか。」
文は空を、天を仰いだ。もうこんな時間か。速さを感じさせ無かったが、速かった。太陽は、最も高いところに在る。確か夏至の頃の南中高度は七十八・四度だったか。今はもう少し低いだろう。
急に暑さを感じた。太陽の神々しい光が真正面から文を照らす。もしあの太陽を写真に収めんとすれば、その愚行に眼は焼かれてしまうだろう。
暑い。確かに此処はそれなりに高い場所で、太陽に近い。しかし更に近いはずの空を飛んでいる時よりも、身体が焼けそうな程の暑さを感じる。何と言う力だろう。
普段、下を視ながら飛ぶ事は有ったがこうして太陽を見上げた事は少なかった気がする。暑い。
「しかしこの饅頭美味しいね。」
「お茶請けに丁度良いわね。」
暑さに耐えかねたのか。霊夢たちは縁側で涼みながらで賑やかにお茶を愉しんで居た。
「あ、ずるい。私も食べます。」
「ちょっと。他人の盗るなよな。」
「速い者勝ちですよ。つまり私の勝ち。大体どれが魔理沙さんのなんですか。」
「大体私のだぜ。」
「もう、私のだって。感謝しなさいよ。態々振舞ってるのよ。態々。」
「本当に良い御利益だ。此処に来て良かったよ。」
「あら。美味しそうなお饅頭。それに楽しそうねえ。私も混ぜて貰っても良いかしら。」
あ。御利益切れた。
「さて、朝から仕事を放って置いて何をして居るのかしら。」
小町の目の前では、閻魔が悔悟の棒を両手で持ち、立って居る。
不味い。四季様だ。笑っては居るけれど、悔い改めろオーラが尋常じゃ無い。
「た、退屈だったので何か面白いものを、と探していました。」
「悔い改めなさい。」
はい一回。凄く良い音が神社に響いた。
「済みません!済みません!」
「退屈なら仕事をしなさい。仕事を。全く。朝から待って居るというのに全然来ないし。」
「済みません!本当に済みません!」
説教を始める映姫様。小町はただひたすらに謝る。時折説教に良い音が交じる。はい二回。どこまで増えるのだろう。
「そこの天狗。」
一通り小町への説教を終え、文を指す。
「何でしょう。」
「貴方は何故、新聞を書くのか。しっかりと考えていますね?」
「勿論です。」
「宜しい。前に話した事を忘れずになさい。そこの巫女。」
今度はここに居る全員に教えを説くつもりらしい。とんだとばっちりである。
「さて、小町。休憩はお仕舞いです。往きますよ。」
「はい。四季様。」
有難う霊夢。と礼を言う二人。二人はこの博麗神社で少し休憩をしたのだった。そういえば、考えてみるとこの二人は朝から仕事をしていない。大丈夫なのか、文はふと疑問に思った。
「ああ、此処からの眺めは良いものですね。ではまた。」
小町も、また休憩しに来ると言って、帰っていった。
「あ、四季様。今度呑みに往きましょうよ。」
「ええ、良いですよ。それではしっかり仕事しなければ。」
「頑張りますよ。でも休憩は取らせて下さいね。」
「貴方はそれが過ぎるのです。一緒に呑みに往きませんよ?」
「ちゃんとやります。解っていますって。」
「楽しみにして居ますよ。小町。」
任せて下さいよ。と小町は胸を張る。
「しかし文は締切り大丈夫かね。結構連れ回してしまったけれど。」
「決して無駄な事では無かった筈です。しかし、悪いと思ったのならば、後でお詫びに往くと良いでしょう。」
「そうします。今度は文を誘おう。」
確かに、良い眺めだ。幻想郷を一望できる程である。太陽が少しずつ降りていく。暫くした後に、この黄色の地の底へと沈むだろう。もしかしたら、天照大神は毎日黄泉の国を訪ねているのかも知れない。
そう、締切りだ。戻らないと。
文も博麗神社を飛び立ち、帰っていった。
「しかし随分と楽しそうだったな今日は。」
「何か良い事でも在ったんじゃないかしら。御神籤が良かったー。とか。」
「末吉だったりしてな。」
次の日、『文々。新聞』はお休み、となった。
―――――――――――――――――――――――
風が草を揺らす、さらさら、という音は心地良い。眠くなってくる。
草原に寝転がり、昼寝をしていた。その時である。ばさっ、という音と共に何かが顔に覆い被さった。風が隣を過ぎ去った。
雑誌か何からしい。寝ぼけ眼のまま、それを持ち上げた。良い日除けだな。それには大きく『文々。新聞、号外』と書かれてあった。
簡単に目を走らせてみると最初には、先日の『文々。新聞』の急な休みについてのお詫び等が簡単に書いてあるようだった。
「またこんな処で。」
「ああ四季様。」
小町は映姫様を見上げた格好のままだ。
「私ってこんなに退屈してて良いんでしたっけ?」
「あたいの両脇なら空いてますけど。」
「はいはい、立ちなさい。休憩はお仕舞いですよ。」
「そんなことより、はい。」
文々。新聞を手渡す。そんなことよりじゃありませんと言いながら受け取る。
幻想郷観光名所―幻想郷
文々。新聞では時折、幻想郷観光名所として紅魔館や冥界、永遠亭などが紹介されている。特に、幻想郷での珍しい場所が話題となっていた。
今回はこの号外一杯に、幻想郷が紹介されているのだ。
博麗神社から、紅魔館、白玉楼、永遠亭……果ては妖怪がよく出る処や、よく宴会場にされている処、薬草の採れる処や、美味しい木の実がなる処まで。そして、幻想郷の美しさなども紹介されているのだ。
「この『幻想郷』って、とても綺麗なところなのですね。」
「そりゃあもう。とても良いところですよ。」
新聞には強力な力がある。それは事実を変えてしまう程の。彼女の見た幻想郷はどんなところだったのだろう。それはこの号外を読む事で解るのかも知れない。
幻想郷中を風が巡り、風の便りが幻想郷を伝えた。
心地良い風の音は、幻想郷中に広がったのか。
2さん、8さん、そう思って貰えるとは、嬉しいです。
もしまた見かける機会があれば、ふらっと通りかかって下さい。
あ、あと冷えたサイダーも美味しいですよ。
読んで下さってありがとうございました。