みんなは、唐突にこれは夢なんだと自覚することがないだろうか?
夢って見ている間は気がつかないものだけど、ふとした拍子に今見ている世界が夢だと認識する。
私が感じているのは、そんな起きながらに夢を見ているような不思議な感覚だった。
でもまぁ、何でこれが夢だと気がつけたのかというのも。
「おぉ、勇者フラン。死んでしまうとは情けないデーッス!!」
気がついたら目の前に神父服姿の小悪魔がいたからなんだけど。
うん、悪魔的に神父ってアリなの? ていうかデーッスってどういうキャラなのさ?
エセ外国人キャラなの? エセ外国人キャラにしても露骨過ぎるでしょうが!
「……何してんの小悪魔?」
「ノンノン、私は小悪魔ではアッリマセェーン! 私は教会の神父以外の何者でもアッリマセェーン!!」
「うん、私こんな神父ヤダ」
とまぁ、こんな素っ頓狂な状況はどう考えても夢以外にはありえないわけで。
いくら幻想郷がありとあらゆるものを受け入れるからって、こんなアホな状況にはならないだろう。
ていうか、むしろ夢であってほしい。わりと切実に。
「さぁ、旅立つのデーッス勇者フラン。世界を脅かす大魔王パーンを倒すことができるのはあなただけなのデース!」
「なんかあった瞬間破裂しそうなんだけど、その魔王。なんか針一本刺せば倒せそうだよね?」
「さぁ、四の五の言わずに出て行きなサーイ! 外であなたの仲間が待っているデーッス!」
……さりげなく本音が駄々漏れなのは果たしてツッコミを入れるべきだったのか。
でも正直、私もこんなエセ外国人な小悪魔を相手にしたくなかったもんだから、私は何も言わずに出て行くことにした。
いや、だってあんなの相手にしてたら疲れるだけで何のメリットもないし。
そんなわけで、教会らしい建物の扉を押し開く。やっぱり夢のようで日光浴びても私の体はなんともない。
そうして、外に出た私を出迎えたのは、三人の顔見知りだった。
「お待ちしてました」
ニコニコと笑顔で出迎えてくれたのは、紅魔館の門番の紅美鈴。
赤い髪を靡かせて、いつもとは違うチャイナドレス姿の彼女は、多分格闘家とかそんな感じだろうか。
ちょっと新鮮。体のラインがはっきり出る服だというのによく似合うんだから、彼女のスタイルのよさが伺える。
「……どう、体調に問題はない?」
本に目を通したままこちらに視線も向けないのは、やっぱり彼女らしい。
紅魔館が誇る知識の魔女、パチュリー・ノーレッジはいつもと違って黒いローブに身を包んで実に魔法使いらしい姿だった。
……うん、ここまではいいんだ。ここまでは、私も何一つ文句はなかったんだ。
でもさぁ、最後の一人が……。
「そういうわけで、早速面白おかしく楽しく行きましょう!!」
どーみても遊び人な小悪魔です。本当にありがとうございました。
普段とは違ってやたらと露出の高い服装をした彼女は羞恥心など欠片もないのか、楽しそうにぴょんぴょんと跳ね回っている。
……というか、お前は神父役とちゃうんかい。なんなのこの心底はた迷惑な一人二役。
「……すんません、この子チェンジでお願いします」
「受け付けておりませんッ!」
「即答かよ。ていうかそのドヤ顔腹立つなチクショウ」
まぁ、半ば予想していたことではあったのだけれども。
なまじ美鈴とパチュリーが心強かっただけに、最後の一人の落差があまりにも激しい。
この先、そのすぐ破裂しちゃいそうな名前の魔王を倒さなきゃいけないらしいのに、小悪魔には悪いけど不安にもなるというものだろう。
「……ちなみに、小悪魔何ができるの?」
「道具袋をもてますっ!!」
「つまり何もできないと」
予想以上に役立たずだった。何、この仲間メンバー版の呪いのアイテム。
まぁ、いいや。幸いにも美鈴とパチュリーは信用できるし、その実力は私だって知っている。
夢なんだからほっといても勝手に覚めるだろうけれど、どうせなら楽しんだほうが得だと思うし。
「まぁ、いいや。その大魔王ってどこにいるの?」
「この町を出て南に200mの城に住んでるわ」
「近ッ!!? 近所の友達の家に遊びに行く程度の距離しかないの!!?」
「だからこそ、この100年間この町は大魔王の脅威に怯え続けているのよ妹様」
「それだけ時間があるならとっととこの町征服しなよ大魔王!!?」
パチュリーの説明に、思わずツッコミを入れてしまう私。
いやだって、南に200mとかドンだけご近所さんなのよ大魔王!
あと、そんなご近所さん征服すんのにどれだけ時間かかってるの大魔王!!
いくら夢とはいえ、すでにツッコミどころ満載なんだけど大魔王!!?
「まぁまぁ、とりあえず出発しましょう妹様」
「……そうね、美鈴の言うとおりだわ」
なんにしても、ここでこのアホな夢にツッコミ入れてたって仕方がない。
いくら状況があれだからといって、このままここにいたって何の進展もないんだから。
不安は正直、両手使っても足りないくらいあるけれど、何よりもまずは行動あるのみだ。
「行こう、大魔王を倒しに!」
「そうこなくっちゃ!」
ノリノリで賛同する小悪魔がびみょーに不安要素ではあるけれど、まぁやれないことはないだろう。
美鈴もパチュリーもいるんだ。どんなことがあったって、負ける気なんかしない。
そうして、私たちは大魔王を倒しに旅立った。
旅立ったというより、ちょっとした遠出であるという事実には目をつぶって。
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「いや、実際問題緊張感の欠片も無いよねコレ」
「そうですか?」
「いやだって、町出たらもうラストダンジョン見えるってどうなのさ?」
意気揚々と町を出た瞬間、すぐさま視界に飛び込んだ魔王の城っぽい建物。
その建物がびみょーに紅魔館に見えるのは果たしてスルーするべきなのだろうか?
緊張感を感じろってほうが無理だと思う。ていうか、よくよく考えたら勇者のポジションって私じゃなくて霊夢か魔理沙なんじゃないの? もしくは早苗。
不思議そうに問い返した美鈴にため息つきながら声を返して、私たちは短い旅路への第一歩を踏み出したのだった。
「パチュリー様、今夜何食べましょうか?」
「そうね、美鈴に任せるわ」
「あはは、美鈴さんの中華料理おいしいですからねー」
……ピクニックかよ。絶対に魔王を倒しに行こうってメンバーの会話じゃないもんこれ。
お気楽にもほどがある会話にげんなりしながら、私は一歩一歩と歩みを進めた。
何はともあれ、日光の下を何の気兼ねもなしに歩けるっていうのは結構新鮮だ。
私は元々夜型だし、吸血鬼だから日の下に出ようと思ったら日傘がどうしても必要で、それも日に当たらないように注意しなくちゃいけない。
だから、本当はこうやって何の心配もなく外を出歩けるだけで、私にとっては楽しいものだった。
まぁ、夢だとわかってはいるんだけどね。
「にしても、蚊が多いなぁ」
「虫除け買って来ればよかったですね」
私のつぶやきに、小悪魔がおかしそうに微笑んだ。
寄ってくる蚊をパタパタと手で追い払う私の様子がそんなにおかしかったのか、微笑ましそうな彼女のその笑顔がなんだかこそばゆい。
なんだか気恥ずかしくなって、小悪魔から私が視線をはずしたその瞬間。
プスッ。
―――パチュリー は しんでしまった―――
「何でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
いきなりパーティーメンバーが一命脱落したもんだから、思わず突っ込んでしまう私だった。
ていうかどういうこと!!? 何この超展開!!?
「パチュリー、どうしたの!!?」
『クッ、まさか蚊にやられるとは……不覚だったわ』
「不覚にもほどがあるでしょうが!? 蚊に刺されて脱落ってドンだけ耐久力ないのよ!!? 何これスペランカー!!?」
まさかわずか50mも進まぬうちに一人脱落するなんて……。
あまりにもあんまりなこの展開に私、ツッコミが追いつかないんだけどどうすればいいの!?
なんだかいきなり不安になってきたんだけど。はてしなく不安なんだけどッ!!?
『妹様、私のことはいいから先に進みなさい!』
「えー、いやでもさぁ……」
『いいから早くしなさい、時間がないわ。世界の命運はあなたにかかっているのよ!?』
「え、いつからそんな切羽詰ったのこの世界?」
とにもかくにも、結局私たちには復活の呪文もなけりゃ、彼女を復活させるためのゴールドもないわけで。
彼女の言うとおり、先に進んだほうが懸命ではあるのだろう。
この世界に時間がなくて私に命運がかかっているとか激しく納得がいかないけれど、このままこうしていても仕方がない。
ひとまず、あとでパチュリーの入っている棺は回収しに行くからと放置して、私たちは先に進む。
なんか小さな二足歩行の猫たちがニャーニャー棺を運んでいく光景が見えたような気がしたけれど、気にしたって仕方がない。
そんなわけで、旅はいたって順調快適そのもの。
元々たいした距離もなかった魔王の城には、ものの5分程度で到着なさったのである。
……うん、うすうす思ってたけどコレ旅じゃないよ。ただのご近所訪問だよコレ。
あと、やっぱり至近距離で見たら魔王の城じゃなくてどう見ても紅魔館でした。
「待っていたわ、勇者妹様」
「語呂悪ッ。そこ普通に呼び捨てでよくない?」
そして門に立っていたのは、意外というべきか予想通りというべきか。
我が家のメイド長、十六夜咲夜が腕を組んで鋭い目つきでこちらに視線を向けている。
門番の役割をこなしているのか、真っ黒なコートに身を包んだ彼女は新鮮で、ナイフを構えるその姿は凛々しくてカッコいいとさえ思えてしまう。
「残念ですが、ここは通しません。大魔王様にお会いになる前にお帰り願いますわ」
「ねぇ、咲夜。その大魔王って、もしかしなくてもお姉さまだよね?」
「いいえ、そんなことはありません。おじょ……大魔王様は大魔王様ですから」
「いま言いかけたよ。お嬢様って言いかけたよあのメイド」
咲夜はごまかそうとしてるけど、もうここまで来ればその大魔王とやらがお姉さまだって薄々とは想像がつく。
大魔王パーンとか名乗ってるみたいだけど、城が紅魔館だったり門番が咲夜とか、そう判断する材料は十分すぎる。
いったいなんでそんな名前付けたのかと思考して、ここが自分の夢だという事実を思い出して鬱になった。
「妹様、ここは私に任せて先に進んでください」
「美鈴」
そんな私の前に、美鈴が躍り出た。
力強く構えを取り、油断なく咲夜を真正面から見据えている。
私でさえも、思わず呑まれてしまいそうな威圧感。正面にいる咲夜には、私の感じている威圧感の倍以上のものを感じていることだろう。
それでも、咲夜は表情を崩さない。
どこからともなくナイフを取り出し、静かな水面のような視線を美鈴に向けている。
「そう、やはりそうなるのね美鈴」
「ふふ、咲夜さんと戦うのも久しぶりですね。手加減しませんよ?」
ウインクひとつして、美鈴は軽口をたたく。
私が不安そうな表情を覗かせると、美鈴はにっこりと笑って視線だけで先へ行くように促してくれた。
きっと、彼女たちはここで止まる気なんてあるまい。
事実、二人とも口ではなんだかんだといっているけれど、その表情はどこか楽しそうで。
……なんだ、私たちは要するに邪魔者になっちゃうわけだ。
「まったく、心配して損したわ。それじゃ、二人とも楽しんでね」
「はい。思う存分、咲夜さんと手合わせしてきます」
まったく暢気なもんだと思うけれど、それもまぁ彼女らしいとは思う。
私は二人の脇をすり抜けるように先へ進む。咲夜が何も反応しなかったあたり、彼女も美鈴と戦うのが楽しみみたい。
まったく、好戦的なところはいったい誰に似たんだか。
そういえば、小さなころの咲夜は美鈴が面倒見てたって聞いたことあるけど、……なるほど、子は親に似るってこういうことをいうのね。
「パチュリー様、美鈴さん、二人の想い、無駄にできませんよ妹様!」
「あ、そういや小悪魔いたね」
いや、館に入ったあたりで声をかけられて、小悪魔がいることをいまさらのように思い出した。
するとどうだろう。いつも賑やかな彼女が私の一言に目をパッサパサに乾かせて、遠い目で私の隣を併走する。
……うん、ごめん。そこまで落ち込むとは思わなかった。
だって仕方ないじゃない。パチュリーが脱落してから今まで珍しく一言も喋らないんだもん!
そんなやり取りをしながら走っていると、見覚えのあるホールの出た。
そこに、予想外というべきなのか、あるいは予想通りというべきか、見覚えのある人物が腕を組んでこの広大なホールの中央で佇んでいる。
コツコツと、彼女が歩み寄る音がやけに響くのは、この場がとても静かだからか。
「やはりきたわね。勇者フラン」
「えぇ、来たわよ大魔王。いいえ、レミリア・スカーレット」
「フッ、よくぞ私の本当の名に気がついたな」
「いや、見りゃわかるよ」
何しろ身内である。はたして、あの偽名に何の意味があったのかはてしなく問いかけたい。
けれども、やはり感じる威圧感は本物で、お姉さまが本気だというのがありありと感じられた。
私のツッコミにも、お姉さまはクツクツと笑い機嫌を害した風もない。
紅い悪魔、運命を操る吸血鬼、レミリア・スカーレットの本来のあり方。
喉がカラカラに渇いていく。怖気が冷気となって体中を駆け巡って、私の全身を支配する。
コレは夢だ。夢のはずだ。けれどもその威圧感は間違いなく、久しく見ていない本気になったお姉さまの姿だった。
あぁ、と、か細い声が吐息のように零れ落ちる。
私は、本気になったこの人に一人で勝たなくてはいけないんだと。
……え、小悪魔? 部屋の隅で「がんばれー」とか応援してるけども。
……わかってはいたけど、役にたたねぇあの小悪魔。
「構えなさい、フラン。全力で行くわよ」
心臓が鷲掴みにされるかのようだ。
小悪魔は早々に部屋の隅に移動したけれど、よく考えればそれは当然だったのだ。
彼女では、お姉さまの相手は務まらない。むしろここにいれば、私の邪魔になってしまうと理解していたから、小悪魔はすぐに避難したんだ。
気を引き締める。お姉さまがスピア・ザ・グングニルを生み出したのを見て、私もレーヴァテインをこの手に生み出した。
お姉さまの手にあるのは禍々しい紅色の魔力を纏った槍、対して私の手に生まれたのは轟々と燃え盛る焔の剣。
空間が軋む、魔力の余波で床がひび割れて、やがて耐え切れずに砕けていく。
正直、今のお姉さまに勝てる気がしない。いつもは暢気で紅茶を嗜むような人だけれど、ひとたび本気になれば私だって勝てるかどうか。
それでも、私はパチュリーと美鈴の願いを背負ってここにいる。
負けるわけには、行かないんだ!!
「行くわよ」
その静かなお姉さまの言葉が、始まりの合図だった。
お姉さまが駆け出す。まるでミサイルのような猛スピードで私に向かって、槍を構えて突進する。
息を整える暇も、剣を構える暇も、私が声を上げる暇もないままに。
コケッ! べちーん!!
―――だいまおう を たおした!―――
そんな間の抜けた音を響かせて、その場で盛大にこけたお姉さまはそのまま沈黙したのであった。
▼
「だからスペランカーかって言ってんでしょうが!!?」
ガバッと、私は勢いよく跳ね起きた。
辺りを見回せばホールじゃなくて、ここはどうやら地下の図書館らしい。
……いや、夢だとはわかっていたけどどれだけ支離滅裂な夢見てんのよ私。
あんまりといえばあんまりな夢を見たもんだから、ため息ついて席に着く。
テーブルで眠っていたみたいで、体のあちこちが変に固まってしまってちょっと痛い。
そこでふと、私に毛布がかけられていたのに気がついて、もう一人、私のそばに寄り添うように小悪魔がウトウトと眠りこんでいる。
その手には、勇者が魔王を倒しに旅に出るという、まぁありがちな物語の本が握られていて、それであんな夢を見た原因を理解した。
理解したけど、……なんか納得のいかないこの不思議。
「えへ~、妹様ぁ」
「あー、はいはい。ったく、どんな夢見てんのかしら」
もしかしたら、私と似たような夢でも見ているのかもしれない。
そんな彼女に苦笑して、私の毛布を彼女にかけて、一緒の毛布の中で机に身を任せるように座ったままうつ伏せになる
目の前には、あいも変わらない暢気で幸せそうな小悪魔の寝顔。
眠っていた私に毛布をかけてくれたのは、やっぱり彼女なんだろう。
まったく、いつもいつも変なところで気の利く奴。
そんな奴だから、私も彼女のことはお気に入りなんだけど。
毛布の暖かさが、私を再び眠りに誘って行く。
そっと小悪魔の手の甲に手のひらを合わせて、その暖かさを感じながら私はまぶたを閉じる。
できうることなら、彼女と同じ夢を見れますようになんて、そんな少しだけ恥ずかしいことを考えながら。
夢はこれくらいのカオスさでちょうどいい。
ああ・・和む・・・
フランのツッコミが冴えわたりますね。
というかいまさらですが、ツッコミにまわるフランってあまり見かけないような……。
だけど、それがいい。
カツカツカ…ッ
コケッ
ベシャ
ピチューン
―――だいまおう を たおした!―――
……とか幻視したんだがw
・力尽きた。報酬がーーーG減りました。
・自機があれば安心、なければ崖っぷちーーーbyスペランカー
・喋らない小悪魔はただの小悪魔だ。文面では変わらない。
夢の中でも紅魔くおりてぃ。流石です。