Coolier - 新生・東方創想話

異聞吸血鬼異変 5.8 ~ 番外編 3 ~

2010/09/16 00:14:40
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※ローカルネタ満載の番外編になります。時期的には⑤と⑥の間くらいの話になります。



























国道20号線は、中央区日本橋より出でて千代田区や新宿区、杉並区等を通過し23区外、ひいては首都圏外へと抜けていく一般道路である。
都心においては三宅坂ジャンクションを起点とする首都高速四号線、そして高井戸のインターチェンジを過ぎてからは中央自動車道とそれぞれほぼ道を同じくしているため、東京都内においては高速道路と一般道路が多重構造となっている箇所が多い。
現在の時刻は午前の二時を回って深夜と言うべき頃合いではあるが、道はいまだ煌々とした明かりに照らされていて、そこを三色の光を灯した車たちが忙しなく行き来していた。
上部のハイウェイは運送関連のトラックが多く、またしばしば高速バスの類も通過する。そして下部の一般道は帰宅客狙いのタクシーが目立つ。
そうしたこともあって、この時間帯は下り路線の方が交通量は多いのだった。

この道路を行くと新宿区と杉並区の境目辺りで、白く高い一本の塔に出くわす。
俯瞰の限りにおいては、そこが『都会』の起点であり終点だ。そこを境にして街の様相は様変わりしている。
新宿方面へと向かえば、同じような塔が林立して空を切り取っていく。逆に新宿から遠ざかるなら、そこより先にはそのような高い塔はまばらにしか存在していない。
境目の塔は東京オぺラシティと呼ばれている。
新宿の高層ビル群の西の突端にあって、まるで巨大な道祖神のようにそびえる54階建てのビル建築である。竣工は二年ほど前へとさかのぼる。外観は決して奇をてらったデザインではなく、むしろ直線と白一色で構築されたシンプルな装いだ。下層に劇場やコンサートホール、美術館等を擁したいわゆる複合文化施設と呼ばれる類の建物である。

その白亜の塔の屋上――篝火のように明滅する航空障害灯が照らす空間で、二人の少女が対峙していた。
一人は金色の髪と金色の九本の尾を有している。一人は額に二本の無骨な角が生えている。
明らかに人間ではない。
だから二人の姿は穢れた都市の空気とは全く調和していないようにも見えるのだが、他方で不思議と馴染んでいるような観もある。それはひょっとすると都市というものが一種の幻想の産物であるからなのかもしれない。
新都心の超高層ビル群を背景にし、二人は静かに視線をぶつけ合う。

「なあ、藍の字――」

角を生やした少女が九尾の少女に語りかける。その手には紫色の瓢箪が抱えられていて、身体の各所には無骨な鉄鎖が巻かれている。

「護衛と監視――紫の頼みはまあ分かった。でもさ、タダってわけにもいかないんだ」
「『私たち友だちだよね、えへ』と紫様はおっしゃっていましたが」

藍と呼ばれた少女が己の主人の口調を真似ると、鎖の少女は露骨に嫌そうな顔をした。

「なにがえへ、だよ……もう、大体これ要するにあんたの主人の尻拭いってことでしょう? やなこった、こっちは酒虫が上手く働かなくて欠乏状態なんだ。面倒くさい」

鎖をじゃらりと鳴らしながら少女が腰に付けていた紫の瓢箪を返すと、数滴だけ雫が散った。

「良いお酒を持って行く、と紫様が」
「どうせ開けて悔しき何とやらだろう? それよりさ――」

鎖の少女――伊吹萃香は不敵にほほ笑む。その笑みは警告灯の赤と相まって奇妙な威圧感を発している。

「鬼に頼み事をしようというのなら、古来より作法というものがある」
「作法……えっと、貴女の名前は鬼六」
「それ別のヒト。技術関連はいーちゃんにまかせっきりだったんで、残念ながらあたしゃ橋なんて造れないよ」
「そのいーさんというのは誰なのです?」
「ん、まあいーちゃんの話はいいんだよ、私が寂しくなるから。でだ――」
「戦え、ってことですか」
「そゆこと」

節目がちに萃香の方を見ながら藍が言うと、萃香は対照的に笑顔で応じた。

「面倒くさいなあ。紫様は私の頼み事なら聞いてくれるでしょうからって言ったのに……『私たち友だちだよね、えへ』」
「それはもういい。なんか似てるのが余計に腹立つ」
「こんなことなら鬼毒酒でも作ってくるんだったなあ……」
「聞こえてるぞ。ま、正直こっちとしちゃあんたとはいっぺん『外で』やってみたかったわけ。でもって今回はちょっとしたチャンス。下野国での武勇伝は聞いているよ、玉藻の――」
「藍だよ」

萃香の言葉を藍はぴしゃりと遮る。それまでのどことなく頼りなかった態度がなりを潜め、瞳に獣じみた光が宿る。

「私は八雲藍。八雲紫様の忠実なる僕にして、道具――式神にございます」
「……ふん、初めっからそういう顔をしていればいいんだ」

萃香は鎖を巻き直し、藍はかぶっていた帽子を懐へとしまった。
ビルに吹き当たった風が八方へと散り、塵芥を交え二人の髪をなびかせる。高所にあっては都市の構成物が奏でる物騒がしさもあまり届かず、歪に散らされた風の音ばかり耳に入る。

「聞けば八万騎とやりあったそうだが……」

萃香が瓢箪を腰へと戻す。

「あいにくこっちは百万鬼だ! 行くよ!」

二人の姿が消え、オペラシティの屋上の空気が激しく震えた。
藍と萃香が衝突したのだ。発された衝撃波が、複数設けられた障害灯のうちのいくつかを破壊する。
そして二人は互いの身体を幻想の空気で覆う。それで二人の力は現実へと作用しなくなり、また姿は虚構のものとなる。簡易の結界のようなものである。

「秘鍵」

藍がそう呟くと、一印会の曼荼羅模様が幾つも空から降り注いだ。萃香は一見すると千鳥足のようにも見える足取りで、しかし確実にそれらをかわしていき、最終的にはビルから離脱し宙へと躍り出た。藍はそれを追う。
そうして二人の少女の戦いの舞台はオペラシティを離れ、大都市の空へと推移する。
穢れを孕んだ風が、少女たちの身体を撫ぜて吹く。空の星は少ないが、地は光に満ちている。
林立する塔たちにもまた白い明かりが灯っていて、その間を錯綜する高速道路は輝く回廊の体だ。そこをいまだ幾多の車たちが走り回っている。
草木は眠ろうともこの街は起きている。街も、そして人も、まるで闇を恐れぬ妖怪のように夜陰の中を動き回っている。
その夜を忘れた京の上空で、鬼の発する赤の炎と天狐の発する青の炎とが衝突し混ざり合う。
そしてその相克する二色の火炎を突き抜け、藍の回転しながらの一撃が萃香に打ち込まれる。
萃香は命中の寸前で辛うじて瓢箪で持って防御をしたが、衝撃そのものは殺し切れず、彼女は地面に向かって急降下した。

「おわっ、とっ、とっ」

危うく20号線の上層を走る首都高へと激突しそうになるが、身体をいったん分解して衝撃を殺しその道路の上へと着地した。
そこへ長距離運送用のトラックが走りかかる。深夜なこともあってか、かなりの速度だ。
萃香はそれをすんでのところで飛びのいてかわすと、高速道路の外柵へと飛び乗る。一方藍はその反対の柵へと降り立った。
夜であるにもかかわらず忙しなく走る車両たちを挟んで、再び二人は向き合う。
そして鬼が外柵を新宿方面へ向かって駆ける。狐もそれを追う。車両たちはそれとは逆の方向へと流れていく。
互いが疾駆しながら牽制の弾を放ち合う。
車たちの頭上で幻の銃弾が交差する。
弾がかすめ、萃香の蜂蜜色の髪と藍の金毛とがわずかばかり夜に散る。それを首都高のオレンジ色の光が一瞬きらりと照らし出す。

そうしてやがて、高速で駆ける二人の眼前に新たな塔が現れた。
金属質な感じのする、幅広な塔である。
四角い筒を三つ並べて外着させたようなデザインで、上層においてその筒は少しずつ高さを違えて階段状の構造を取っている。
オペラシティ寄りの部分は52階建て、都心寄りの部分は39階建て、その間の部分は45階建てとなっていて、だから一見すると三つのビルが並び立っているように見える。そしてそれぞれの上部は三角に尖っている。
一般には新宿パークタワーと呼ばれる高層建築である。
一瞬だけ藍はその異様の塔に目がいった。特段見とれたということではない。ただ藍のいる方の外柵はビル寄りの側だったのであり、だから藍にとってそれは一種の巨大な障害物のように映ってしまったのである。

「スキありッ!」

それにより生じるわずかな弾幕の隙間を、萃香が突く。
弾の合間を縫って彼女は柵を飛び降りると、ちょうど足下に走り込んで来たトレーラーのコンテナを踏み台にして藍に向かって跳びかかる。
そして藍がとっさに防壁を展開したところで、爆発を伴った萃香の蹴りが命中する。
道路からタワーまでは歩道や広場等を挟み結構な距離があるのだが、鬼の力はその距離をものともせず藍の身体をタワーの外壁に向けて吹き飛ばす。

吹き飛ばされた藍は、壁面に衝突する寸前で体勢を整え正面からの激突を回避し、垂直の壁に『着地』した。
まるでそこが平らな地面であるかのように、壁に垂直に降り立ったのだ。重力などまるで無視している。
後を追う萃香も柵から外壁へと飛び、藍と距離を置いて向かい合う形で壁に立つ。
壁を地面に、そしてアスファルトの冷たい大地を背景に変え、無重力の妖怪たちは睨みあう。
ただそれも束の間のことで、再び少女たちは先ほどの高速道路での追走劇と同様に、弾幕を張り合いながらコンクリートと窓ガラスが交互する絶壁を駆け上っていった。
炎。鎖。光球。
護符。苦無。光線。
それらが錯綜し、互いをかすめ、花火のように都の夜に散る。

「いいねいいね! 『外』だとアンタは見違えるよ!」

護符や光の帯をかわしながら、萃香が興奮して叫ぶ。一方の藍は少し苦笑いを浮かべつつ、相手から発される炎や光弾をさばく。
血の気のない石の壁を上りきったところで二人は三度近接する。
藍は爪を走らせ、萃香は拳と鎖を振るう。空気を震わせて攻防を繰り返す両者は、段々になったパークタワーの屋上を次々に移動して再び宙へと躍り出る。

パークタワーから見て斜め前方に500メートルばかり行くと、別の塔が出現する。
下層においては繋がっているが頂点付近においては音叉のように北棟と南棟とに分かれた、何処となく巨大な聖堂を思わせる外観の塔である。
造形はややデコラティブなものとなっており、光り輝く両の頂点付近にはパラボラ通信用の大型アンテナが幾つも設けられている。それは遠くから見れば、塔の先端に白い花が咲いているようにも見える。
空を切りぶつかり合う二人の攻防の舞台は、その塔の天辺へと及んだ。
そして藍の攻撃を受け止めた萃香は再び弾き飛ばされて、北棟屋上のヘリポートの上を横滑りするようにして着地した。
藍は距離を置いてその向かい側、同じ高さの南棟へと着地したが――すぐさまその姿は消えた。

「……まったく、人間てのはとんでもないもんを造るねえ」

萃香は皮肉半分感心半分といった口調で呟いた。

「この辺りではこの塔が一番高いようですね」

いつの間にかその隣に移動していた藍が言う。二人が立つのは、同じような塔の林立する新宿おいてもなお最大の高さを有する建造物である。
穢れた霊都にそびえる、政の石塔――東京都庁第一本庁舎ビル。
夜に怪しく浮かび上がるその異形は、見ようによっては妖怪以上に現実味の欠落した存在であるようにも思える。
それにしても――と藍が呟いた。

「観客がいるねえ。藍の字、あんたも感じたか?」
「ええ、気のせいかとも思いましたが……」

二人は北の方角に向き直る。
広がる黒い大地に人工の光が散りばめられている。遠くには中野サンプラザやサンシャイン60、練馬区役所の庁舎ビルなどが見える。
二人はその方向から何者かにより発された視線を感じ取ったのである。距離はかなり遠い。遠くから見ればビルの谷間で花火を打ち上げたような光景として目に映ったはずだ。

「……かなり『視力』のいい奴だね」
「件の風祝はまだ諏訪でしょうから別人でしょうか」

『見える』人間というのは今の時代においても存在しているものである。
どの程度『見える』のかには個体差があって、東風谷早苗のように正確無比に幻想の存在を捉えきれている者などは稀有なのだが、逆にうっすらと見えるだとか、ほんの少し声が聞こえるだとかといった程度の条件であれば、在野においても相当数の人間がこれに該当している。また普段はそうしたものを見聞きすることが出来ない身であっても、何かの拍子に『見えて』しまうということもある。

「ここまではっきり捕捉されたのは久しぶりだよ」

今から二十年ばかり前、西行寺幽々子の指揮の下『幽霊移民計画』と呼ばれるプロジェクトが始動した。
それは顕界の人の寄りつかなそうな場所――例えば廃坑や廃病院、廃ビルなど――を増えすぎた幽霊たちのための一時的な棲家として活用しようという試みだったのだが(当時は成仏の制限により冥界の人口は飽和状態だったのだ)、しかしそうした場所が何故だかミステリースポットなどと称されてかえって脚光を浴びてしまい、最終的には是非曲直庁の目にとまりこの計画は中止へと至る。
そしてその原因となったものこそが、こうした在野の霊視能力者たちの存在だった(それらはしばしば霊感などと評される)。

「……ところで続き、やります?」
「いや、興が削がれちったよ。まあ、腐れ縁のよしみで紫の頼みは聞いてあげる」

萃香は弛んだ鎖をじゃらじゃらと元に戻した。

「感謝致しますわ。中に一人非常に勘の鋭い輩がいますので、お気を付けください」
「ああ、それで私なのか」

それにしても回りくどい――そう萃香は思う。
八雲紫のあの能力があれば欲しいものなどいくらでも、望むままに手に入れられるであろうに。

「存在が大きすぎる、とのことです。問題となっている吸血鬼は約500歳、その相方の魔法使いに至っては100を少し回った程度なのですが」
「若造じゃないか。なら――」
「将来性を見込んでということです。吸血鬼の方はまあ現在の幻想郷が混乱状態であることを見れば一目瞭然なのですが……」
「幻想郷はどうなってる?」
「多くの妖怪やら妖精やらが敵の手に落ち兵隊と化しています。そいつらは自我が『飛んで』いるから、なにをするか分かったもんじゃない。統制をかけられるのはその吸血鬼だけですが、今は沈黙している。あの妖怪の山ですら、かなり持って行かれましたよ」

萃香はかつて自分たちが治めていた幻想郷の最高峰を思い浮かべる。そこは現在は天狗や河童たちに支配が移っていたはずである。
そして天狗は――口は信用ならないが――あれでかなりの実力を有する種族ではある。それにより守られたあの山が危機に陥るという様が、萃香には今一つ想像できなかった。

「野は多くの獣たちが覚醒し、跋扈している。こちらもルールだの約束事だのは期待できないから――」
「人間は相当ヤバい状況ってこと?」
「ええ。ただまあ、彼らもただでは転ばないでしょう。連中はそのほとんどが退治屋の末裔ですからね。何かしらの技術を受け継いでいる奴は多いですし、身を守る術なんぞは大抵の奴が持っている。ただ――さすがに今は非常事態です。私も少々面倒な計算を依頼されましてね。ほら、式は数字に強いでしょう?」
「計算って――なんの計算だ? ていうか誰からさ?」
「人里の守護者とでもいうべき立場の娘がいましてね、そいつからです。今の『本物』の非常事態にも良く対応している。感心したものです」
「ずいぶん持ち上げるじゃないか」
「持ち上げるというよりは――同情しているのですよ。さすがに少し哀れだな、と思いましてね。計算の結果がどうであれ――」

あの娘にとっては辛いことになるんだろうな――そう藍は口調を渋らせつつ言った。察するに最後の方はひとり言だったのだろう。だから萃香はその内容について追及することはぜず、その代わり別の質問を投げかける。

「野の連中はどうだ?」
「結構な数が人里に集結していますよ。みな意外と情勢を読んでいる」
「だねえ。紫はひょっとしてそのことも試したかったのかなあ」

襲い襲われるという形式的な、しかし非常に重要な儀礼的意味合いを持つ人と妖怪の関係――その関係をいったん横に置いておかねばならないほど、現状の人里は逼迫した状況下にあるということなのだろう。
そして人里の破綻は幻想郷の破綻へと繋がる。人との関係性の内においてこそ妖怪は妖怪たるのであって、完全な忘却の彼方に追いやられてしまっては、もはや妖しくも怪しくもなくなってしまう。

「さて、私は忙しいのでこの辺りで失礼しますわ。たぶんこれから地下に潜ることになるので、何か言伝があれば伝えておきますよ?」
「地下? なんでそんなとこに行くのさ?」
「少々予定外の事態が発生しまして」
「今回の紫はミスが多いなあ……あいつの企みは上手くいくときはほんと見事なもんだけど、ダメなときは全然ダメだね」

先の妖怪拡張計画などは実に見事な策だったが、逆に例えば失敗に終わった月面戦争などは杜撰極まりないものだった――そう萃香は思う。

「そうだな……一本角の長い髪をした鬼がいるわ。たぶん盃を持っているはずさ。勇儀というんだが、そいつに今しばらくは外をうろついてるよって伝えといて」
「了解しました」

藍は服の両袖を胸元で合わせて礼をした。
そして萃香はビルの縁へと立つ。吹き上る京の夜風が長い髪をさらっていく。

「また――今度は面倒くさい事情とかは抜きでやろう、藍」

屋上の縁に立った萃香は藍の方を振り返ると破顔した。

「こっちとしては正直勘弁してほしいんだがね」
「そう言うな、つれない。じゃあね」

後ろに倒れ込むようにして萃香はビルから落下する。
壁面を降下する途中でその身体は紫の霧となり、冴えた夜気と淀んだ空気の混じり合う東京の宙へと溶けていった。
藍はビルから身を乗り出してそれを確認する。すでに萃香の気配は遠ざかっている。

「さて……私はひとまず帰るとするか」

そこから少し目線を移すと、先ほど駆け上ったパークタワーとその横を通り抜けて走る国道20号線が見える。
その道に沿って、藍は西の方角を見つめる。
国道20号線――かつての江戸五街道が一つ、甲州街道。
夜の東都八百八町を縫って伸びるその道の先には、神々の住まう諏訪の国がある。
藍はその方向に向かって小さく柏手を鳴らすと、その場から姿を消した。





























「あれ、早苗絡みじゃないでしょうね……」

都心で花火のように散る弾幕を岡崎夢美が目撃したのは、深夜のコンビニに向かって自転車を走らせている最中のことだった。
翌日辛いことになるというのは分かっているのだが、どうにも夜更かしがやめられない性質である。夜半遅くに一人出歩くという行為もやはり感心できたものではないのだが、そちらもやめられない。夜の空気が癖になっている。
特に日差しが嫌いということではないし、人が苦手なわけでもない。昼間は昼間で楽しいのだ。ただ静まった空気の中に多くの人間の意志を忍ばせた郊外の夜は、不思議と夢美の頭を冴え渡らせる。夜だから眠れないのが岡崎夢美という少女である。

――見に行ったほうがいいのかしら?

どうやら弾幕の発生源は甲州街道を上るように移動しているようである。そしてそれは都庁の上まで移動したところでぱたりと止んだ。
都心に向かって中央線の高架沿いに自転車を走らせれば、高円寺の駅を過ぎた辺りで環状七号線へと出る。そこから世田谷方面へ向かってしばらく行けば甲州街道と交差する。自転車ならば一時間半もあれば行き着けるだろう。幸い明日は休みでもある。

――いや

明日は久しぶりに早苗と会うことになるのだから、さすがに不眠というわけにもいかないのだ。彼女がいったいどういった事情で上京してくるのかは知らないが、さすがに目の下に隈を作った状態で会いたくはない。話の最中に舟を漕いでしまったりするのも駄目だ。

「大人しく帰るかあ……」

ちっとも重くならない瞳で、少し湿り気を帯びた夜の空を見上げる。
人口の光に阻まれない一部の明るい星と、下弦に向かって傾き始めた月だけが見える。五月の夜空は晴れている。



――18:12:03+09:00



場所は東京――

「寝ない子だーれだっと」

小さく呟き踵を返すと夢美は街灯が照らす夜道を急いだ。


(⑥へ続く)
趣味全開のどローカルネタ満載でございます。どん判。
そしてお久しぶりです。まだ生きてます。
本編の方が順調に詰まっているので悩んでいたところ、ブログのコメで違う作風の別の話を書いてみたらどうだというアドバイスをいただいたので、別の話ということではないですが別の場面の話を書いてみることにしました。本来はもうちょい先で書くつもりのシーンだったのですが、あんまり間が空くと失踪疑惑ががが

でまあ書いた奴が東京大好きなのでこんな話。
茨木さんがどういう立ち位置の人なのかはまだ分かりませんが、ばら萃な妄想は既に始まっている。
あと藍さまがなんか強力風味なのは九尾の狐が自分にとってかなり特別な妖怪だから。子どもの頃日暮れの図書館で読んだ九尾の狐のヤバさは今も心に残っています。
ごんじり
http://gonzirit.blog129.fc2.com/
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コメント



0.990簡易評価
1.100スポポ削除
あなたがいなかったら秘封倶楽部も藍様も好きにならなかった
今回も凄まじい迫力でした。いったい何を食ったらこういう文章が書けるんです?

次回も楽しみにしてます
2.100名前が無い程度の能力削除
新宿が戦う場所だと映画「幻魔大戦」の風景が思い浮かびます.
良いSF風味.
「鬼六,鬼六,鬼六来い♪ 大工の目玉を取って来い♪」懐かしい歌ですが,むしろ反射的に「団?」.

いつも良いところで終わるのでじれったさで悶えます.
次回を首を長くして待っています.
4.100名前が無い程度の能力削除
待ってました…!
5.90名前が無い程度の能力削除
大都会+妖怪…… 鉄板ですね。
車が行き交う高速道路で戦う二人の姿がはっきり見えた。ちょう格好良い。
本編の続きはいつまでも待つよ!
12.90名前が無い程度の能力削除
おお、ごんじりさんだ。
ぶっちゃけ本編はあまりにも登場人物が多すぎて
ちょっと読むのに気合が必要ですが、
これはさらさらと読めました。

萃香と藍が、東京を舞台に戦うというのは、
まさに二次創作の醍醐味だなあと。読み応えがありました。
新宿~高円寺周辺は個人的にも馴染みの深い場所なので
とてもワクワクしました。
あと強い藍様がいいですよね~。
自分の中でもやっぱり九尾の狐って特別な存在ですから。
18.100名前が無い程度の能力削除
ブログにコメントした者です。
本当に書いて貰えるとは思わなかった…!
どの登場人物も雰囲気が出ててどうしようもなく素敵だと思います。
しかし、ローカルネタ出されると本当に行きたくなるから困るww

因みに全然関係ない話になりますが、以前ごんじりさんが書かれた『遅刻』とかも大好きだったりします。
短いんだけど、泣けるというかしんみりできます。
23.100名前が無い程度の能力削除
続きを来世くらいまで待ってます
25.100名前が無い程度の能力削除
異聞吸血鬼異変シリーズ、いつも楽しみにしています。
ごんじり様の描く戦闘シーンは臨場感があり、アクション映画のような緊迫感もあって大好きですw
今回も闇に散る花火のような弾幕が目に浮かぶようでした。

様々な人妖の思惑が入り乱れる複雑な話ですから、書くのも大変でしょう。
焦らずのんびりと執筆してください。
29.100名前が無い程度の能力削除
再来世辺りには完結することを切に願っています
30.100名前が無い程度の能力削除
このシリーズが醸し出す独特の空気が壺です。
人妖が交錯する、本当の意味での『異変』がどのような結末を迎えるのか……。
続きも楽しみに待ってます!