「ねぇ、賭けをしない?」
いきなり輝夜にそんな話を振られ、妹紅は困惑する。
いつも通りの気まぐれで、よし輝夜殺そうと尋ねてみれば、爛々に目を輝かせ待ってましたといわんばかりの輝夜の姿がそこにあった。
「はあ? 何でそんなこと」
「だって、最近じゃ殺して殺されての繰り返しばかりじゃない」
「そりゃまあ、私とお前の関係だからな」
「飽きたわ」
「殺し合いを飽きるなんて、些かも笑えない」
「少し緊張感が欲しいわね。ただ殺し合うだけじゃなくて」
「そういうことか。なるほど、一理ある」
永遠亭の縁側で月兎が出してくれた茶を啜り、妹紅は頷いた。
確かに、殺しても死なない自分たちの殺し合いには、緊張感というものが欠けている気がする。
せっかく殺しあうのだから、なにか緊張感や緊迫感といった、もっと張り詰めた雰囲気があってもいい。
「でしょ。長い時間を楽しむ秘訣は、常に変化を求めることよ」
同じく縁側に、妹紅と湯飲みの置いた盆を挟んで腰を下ろす輝夜は、ずずいと身を乗り出す。
「いや、秘訣は知らないけどさ。でも、たまには面白そうだな、そういうのも」
輝夜が身を寄せた分だけ体を引いて距離を置きながら、妹紅は答えた。
「けど賭けか。何を賭けようか? 私は正直、あまり高級なものなんか持ってないぞ」
「ふふっ、違うわよ妹紅。物なんてかけてもしょうがないでしょう? どうせ千年もしたら朽ちていくんだから」
輝夜はわかってないわね、というように、どこからか取り出した蓬莱の玉の枝で、宙に円を描くようにくるくると回す。
「うん? まあそりゃ違いないが、じゃあどうするんだよ?」
「そんなの、罰ゲームみたいなものでいいのよ。たとえば、『相手の言うことを丸一日聞く』、とか」
そう言って枝の先をピッと妹紅に向ける。
「ああ、そういう感じね。悪くないな。それじゃあ――」
「よーいどん!」
「ぐはッ!」
不意打ちの弾幕に体を貫かれ、妹紅の意識はそこで途切れる。
意識を失った妹紅を、輝夜は鼻歌交じりでズルズルと永遠亭内へと引きずり込んでいった。
「……なあ、これはどうなんだ?」
「なにが?」
翌日。
妹紅と輝夜は人里の前にいた。
二人仲良く。
手をつないで。
「いやいやいやいや、これは無い。あってはならない」
「約束でしょ。言うこと聞きなさい」
「いや、そのことにだって納得してないから」
「なんで? そっちもやる気だったんでしょ?」
「やる気ではあったけど、あの内容で手を打ったわけじゃないよ」
「『それじゃあ』っていってたじゃない」
「『それじゃあどんな罰ゲームにしようか?』って言うつもりだったんだ」
「残念だったわね、もう勝負は着いたもの」
「それにしたって、不意打ちで一回殺しただけでそっちの勝ちになるのはおかしくないか?」
「別に?」
輝夜はさも当然という顔でこちらを見てくる。疑問などこれっぽっちも感じていない顔だ。
「そもそも、緊張感を出すためにあんなルール作ったんだから、今更になって不意打ちだのなんだの言われてもお門違いだわ」
「だからってそんな……あー、いやいい。わかったよ……」
「あら? いきなり聞き分けよくなっちゃって、どうしたの?」
「……こういう分野でお前に勝てる気がしない」
「ふふんっ、まあね。これでもお姫様だから? 知識と教養はあなたより高くてよ?」。
「屁理屈上手そうだから、お前」
「何か言ったかしら?」
得意げに胸を張る輝夜を呆れながら、妹紅は自分の状況を確認する。
「でさあ、この手がくっついてるのって、なんなのこれ?」
妹紅の右手は輝夜の左手とぴったりとくっついており、先ほどから何をやっても離れない。しかも指と指とが絡まり合う、いわゆる『恋人つなぎ』というやつで、恥ずかしいことこの上ない。
「これは今日の罰ゲームに必要なのよ」
「どうでもいいけど、罰ゲームって言うのやめようぜ? 安っぽいし」
「罰ゲームはね」
「聞けよ」
「私に人里を案内して欲しいのよ」
満面の笑みを浮かべ妹紅を見る輝夜。かわいらしく首をかしげ「ダメ?」と上目遣いまでしてくる。しかし、妹紅はそんなもの気にせず、しかめっ面で今言われた言葉の意味を反芻していた。
「……え? 私が?」
「ええ、あなたが」
「お前を?」
「私を」
んん
「人里を案内?」
「楽しみね。期待してるわ」
妹紅は目眩がして頭を抱えた。
「……なるほど、そういうことか。えげつないことを考える。私のことを殺すことは不可能だからと精神的に追い詰めるわけだな。身体的にどれだけ傷つけようが、不老不死である限り死ぬことは無い。ならばそれを利用して精神的、社会的に自分を抹殺することにして生き地獄を味合わせようということか。心にトラウマを植え付け、幻想郷から自分の居場所をなくし、じわじわと私を追い込んでいく。精神的にどれほど擦り切れようが自分は死ぬことが無い。最終的に人格を破綻させるわけだ。さすが月の民、やることが違――」
「んなわけないでしょうがっ!」
「うぐっ!」
輝夜から強烈なボディブローを受け、はっと我に返る妹紅。
「ぶつぶつ言い始めたから何かと思ったら、どんな被害妄想よ」
「……え、なに? 声に出てた?」
「ついでに目は虚ろでどこ見てるのかわからないし、真っ黒なオーラ滲み出てるし、あなたってそんな病んだキャラクターだったっけ?」
「……そうだな、慧音に拾われるまでは、人間不信に陥ってたし」
「やめて、重い。聞きたくない」
ぽつぽつと語り出しそうな雰囲気の妹紅を、輝夜は遮った。
「ま、何はともあれ、あなたは私に人里を案内するのよ。手が離れないのは、あ~、逃げるのを防止するため、と、えっと、私を嵌めようとしても道連れにできるように?」
「これ、くっつけるのに何使ってんだ? 薬師がまた何か作ったのか?」
「違うわ、私の能力よ。あなたが気を失ってる間に手をつないで、永遠に留めておいたの。だから、私が解除しない限りはずっとこのままよ」
「ふーん、なんだか無茶するなあ」
つながった手をまじまじと観察する妹紅。
「もっと他に方法無かったのか?」
「何の問題も無いでしょ?」
「……これなら、縄で縛られて無理やり案内させられる方がまだよかったな」
「私が嫌だから。なに妙なこと口走ってるのよ、あなたは」
「だってさあ、人里の人は知らないだろうけどさ、知ってる人が見れば、私とお前が和解したように見られるじゃないか。それは私としては……」
「なによ?」
「妥協って言うか、有耶無耶にしたみたいで、なあ?」
「なっ! ……なによ? そんなに嫌?」
「……」
「ねえ!」
「……あー、うん。いいや、やっぱり」
「いや、目が死んでるから」
遠くを見つめる妹紅の目は、何か悟ったような色をしていた。それがなんとなく気に入らなかったのでとりあえず頭を叩いておいた。
「妹紅、あなた今日、情緒不安定すぎない?」
「そうか? そんなこと無いさ」
「そんなことあるわよ、明らかにいつもと違うわ。それに……」
「おーい、そこで何してる。早く祭りの準備、手伝ってくれ」
輝夜が続けようとしたそのとき、人里から声が聞こえてきた。
見ると里のほうから人が駆け寄ってくる。
「なんだ、竹林の案内屋さんと永遠亭のお姫様じゃないか。すまない、うちの倅たちかと思ったんだ」
「うん? ああ、里の診療所の先生か。なんだよ、今日は祭りか?」
妹紅はにやりと男に笑いかけた。
「ああ、今日は豊穣祈願の祭りだよ。朝から大忙しだってのに、うちの坊主が友達連れて逃げ回ってんだ。手伝わなきゃいけねえって言ってんのになあ。悪いな、間違えちまった」
「いや、こんなとこに突っ立ってる私たちが悪いよ、気にしないでくれ」
男は申し訳無さそうに笑うと、妹紅と輝夜を交互に眺めた。
「……へえ、お二人さん、仲がいいんだね」
男は二人の関係を知らないらしく、カラカラと陽気に笑う。
「ちょっと、私たちが仲いいだなんて……」
「ああ、そうだろう。もう長い付き合いだからな」
「仲がいいことは素晴らしいことだ。大事にしないといけないよ」
それじゃ、と男は里のほうへ走っていった。
「……ねぇ、今の誰?」
「里で小さな診療所を開いている先生だよ。しょっちゅう永遠亭に向かうものだから、顔なじみになっちまった。って何で知らないんだよ。お前、永遠亭の住人だろうが」
「診療所のほうまで顔出さないのよ。いても何もできないし」
「働けよ」
「魔が差したらね」
「おい」
男を見送りながら答える妹紅に、輝夜はため息をついた。
「今のやつ、私とあなたを見て『仲がいい』なんて言っていたけど、いいの?」
「うん? なにが?」
「私と仲いいと思われるのが嫌なんじゃないの?」
「まあ、今のは知らなかっただけだしな。それにこんな手をつないでたら仕方ないだろ」
そう言って、つないだほうの手を振る妹紅。
「それにしても、今日は運が良かったな。祭りが楽しめる」
「私としてはいつもの人里が良かったんだけど、まあしょうがないかしらね」
二人は人里に足を踏み入れた。
「ふっふふ~♪」
「はあ……」
妹紅と輝夜は屋台の並ぶ一角に設けられた涼み台で一服していた。
時間は夕暮れといったところか。日は和らいでもまだまだ暑く、不老不死とはいえこの中を歩き続けるのは骨が折れた。
とはいっても、参っているのは妹紅だけで、輝夜は熱冷めやらぬ様子で今にも飛び出していきそうだ。
「人里の祭りっていいものね~。遊び足りないし食べ足りないわ」
「……そうだな、祭りの楽しみ方としては斬新だったんじゃないか。新時代を築けるよ……」
妹紅はこれまでの輝夜の奇行っぷりを思い出し、大きくため息を吐いた。
初めての人里でタガが外れたのか、たこ焼きや焼きそばを買い放題。今、輝夜の手には持ちきれないほどの屋台の食べ物で溢れている。無論、手が離れない以上、妹紅にもその役目は回ってくる。食いきれずに捨てたら、屋台の親父連中が束になって襲い掛かってきそうだ。それほどの量である。
さらに、能力を使って金魚すくいやヨーヨーすくいを完全に攻略してしまった。永遠の能力があれば、確かに自分でも使いたくなるだろうが、限度というものがある。ちなみに金魚は「永琳の実験に使われそうだから」と水槽に返し、ヨーヨーはそこら辺の子供たちにばら撒いていた。
極めつけはくじ引きを全て買い占めようとしたことだ。「当たりが本当にあるのか確かめる」などと言い、くじ箱をひっくり返そうとしたときは流石に止めた。そこは触れてはいけない不可侵領域なのだ。
「つか、何でそんなに金があるんだよ」
「人里に行くっていって永琳から貰ってきたのよ」
「お母さんかよ」
「あとはイナバからぶん取ってきたわ」
「嫌なお姉さんみたいだな……」
永遠亭一家の中心はやはりこのお姫様らしかった。
「まあ、それはいいとして、どうすんだよこの量。全部食う気か?」
妹紅は自分の横に置かれた山ほどある屋台の商品が積んである。それは焼きそばや焼き鳥といった食べ物もあれば、お面やガラス玉、輪投げの景品といったおもちゃまである。全て輝夜が買ってきたものだ。
「おもちゃはまだしも、食べられるものは食べとけよ。露店のオヤジに目ぇ付けられてんだから」
「そうねぇ。食べなきゃ二度と人里に入れてもらえないかもしれないわね」
「いや、そこまではないと思うけど……」
ふむぅ、と思案する輝夜だったが、不意にニタァと不気味に笑ったのを見て、妹紅は嫌な予感しかしなかった。
「ちょっと、輝夜さん……?」
「ねぇ妹紅、ひとつお願いがあるんだけど」
輝夜は露店商品の山の中から紙袋をひとつ取り出した。それには『べびぃかすてら』と書いてある。
「これをね、私に食べさせて欲しいの」
「はあ!?」
それを聞いて妹紅は一気に赤面した。
「別に難しく取る必要はないわ。簡単に言えば『あーん』ってやつよ」
「『あーん』ってお前! やだよそんなの! 何で私がっ!?」
「言うこと聞きなさいよ。ルールでしょ?」
「ひとつじゃないのかよ!?」
「丸一日何でも言うこと聞くのよ」
「うぐぅ……」
妹紅は顔を真っ赤にしながら口元を抑えて「有り得ない……」だの「ルールだし……」だのとぶつぶつ呟いている。
輝夜はそれを楽しくてたまらないという顔で眺めている。
「な、なあ、普通はさ、女同士でこんなことしないだろ? やめとけよ」
「あなたが男相手にこんなことするとも思わないけどねぇ」
「そう! 男相手にもこんなことはしないんだ! 女相手ならなおさらだ!」
「罰ゲームなんだから、普通はしないことをしたいじゃない? さあ、どうぞ?」
あーん、と口をあける輝夜を前にますます追い詰められる妹紅。
そうしているうちに、妹紅の中の何かがはじけた。
「わ、わかったよ! やってやろうじゃねぇかっ!」
それに動揺したのが輝夜である。
「えっ!? ほ、本当にやるの?」
「なに今更言ってやがるっ!」
「や、だって妹紅のことだから、こんなことするくらいなら右手もろとも燃やして逃げるかと思うじゃない?」
「しねえよ、んなことっ! ほら、さっさと食えよ!」
どうやら輝夜は妹紅の困る姿を見たかっただけで、本気で実行しようとは考えてなかったらしい。しかし、吹っ切れた妹紅にはそんなことお構いなしである。
「しかもそれ、てっ、手じゃない!」
「だから今更何言ってんだ!」
「ちょっと、これなし、深く考えてなかった! 見落としてたのよ! もういいからっ、いい加減――」
「いいから食えっ!」
なにやら喚き散らして抵抗じはじめた輝夜の口に強引に『べびぃかすてら』を突っ込んでやった。
はっ、と妹紅が正気に戻ったときには既に指は妹紅の口の中。輝夜が涙目でこっちを見ている。口から指を抜くと、輝夜は俯いて静かになってしまった。見ると耳まで真っ赤になっている。
しかし妹紅にそんなものを見る余裕はなく、同じく耳まで真っ赤にして斜め上を向いている。今、お互い目を合わせてしまえば、恥ずかしさのあまり憤死できる気がした。もちろん、死んでも死ねないので文字通り生き地獄である。
「……あー、輝夜? えーっと、ごめん、大丈夫……?」
「……」
「……このさ、焼きそばとか、全部私食べるから」
「……(こくんっ)」
「じゃ、じゃあ、もらうからっ」
恥ずかしさを誤魔化すために、妹紅は暴飲暴食に走り、輝夜は俯き続けるほかなかった。
「おい、輝夜。輝夜ったら」
妹紅が何とか食べ終わり、さてこれからどうするんだろうと輝夜に声を掛けたが返事がない。見ると、どうやら眠ってしまったようだ。いや、気絶といったほうが正しいのかもしれない。
食べている間に夜も更けており、祭りは一番の盛り上がりを見せている。一番盛り上がる時間というのは一番混み合う時間であり、つまり祭りを見て回るのには向いていないじかんでもある。
そろそろ帰ろうかと思ったが、輝夜が起きず、手はつながれたままのため一人で帰ることもできない。
「いや、流石に一人で帰ろうとは思わないけどさ」
そうなると、取る行動はひとつである。
「お、目ぇ覚めたのか。気分はどうだ」
人里から永遠亭へと帰る竹林の道中、背中にいる背中にいる輝夜が目を覚ましたのがわかった。
輝夜は妹紅に背負われている。ただし、手はつないだままなので、体の前で両手が交差するという、だいぶ妙な形になってしまったが。
「んー……、なんか頭がふわふわする気が……。ここは?」
「帰ってるところだよ。祭りも混み合ってきたことだし、今日はこれでおしまいだ」
「……そっか、終わったのね」
そう言うと、背中でもぞもぞと動き始める輝夜。
「おい、あんまり動くな。ただでさえ背負ってるのがやっとなんだから」
「悪かったわね、こんなことにつき合わせて」
輝夜がそう言うと、何かさっきまでと違う、体に違和感がある。確認すると、右手が離れていた。
「能力は解除しても、背中から降りる気はないのか」
「せっかくだし、最後まで運んで頂戴。永遠亭まで、もうそんなにかからないでしょう?」
「はあ……。まあいいか」
自由になった右手も使って体勢を直し、妹紅はまた歩き始める。
「私が背負っていったら、永遠亭のやつら驚くだろうな」
「そうでもないわよ。あなたの傷が大きいときには永遠亭に運ぶことだってよくあるし」
「お前は私を引きずっていくだろう。ちゃんと知ってんだよ」
「あらやだ、ばれてたのね」
永遠亭に帰るまでのあいだ、あたりさわりのない話しをした。
「でも、今日も殺し合いだと思われるんだろうな」
「そうね、でもそっちのほうが都合がいいんでしょう?」
「ああ、中途半端な馴れ合いは嫌いだ」
「へえ、立派ね」
「でも、輝夜を背負ってこんな話をするだなんて、思ってもみなかったよ」
「それを言うなら、私もそうよ」
妹紅はふと、今日ずっと引っかかっていた疑問を口に出す。
「なあ、月兎がいるじゃないか」
「なにが?」
「人里の案内だよ。たしかにお前は外に出ないから交友関係は壊滅的だが」
「おい」
「月兎やら素兎やらがいるんだから、そいつらに頼めばよかったんじゃないか?」
そう、あんな賭けなどしなくても、里の案内など月兎でもできる。宿敵である妹紅にさせる必要などないのだ。
「ああ、それなんだけどね」
「うん?」
「永遠亭で何もしてないの私だけなのよ。その上、他に仕事を増やすような真似、したくないじゃない」
「うわ、しょうもねえ。しかも、何もしてない自覚あるのかよ……」
自覚があるにも関わらず何もしないとなると、相当にたちが悪いように思える。自分を半ば嵌める形でこんなことをさせるのだから、本当に何もしてないのだろう。
「それにね――」
「まあ、お前はそう思ってるかもしれないけどさ、月兎や薬師はお前が言えば喜んで案内してくれるさ。邪険にされることはねぇよ」
輝夜の言葉を遮るようにして、妹紅は言った。
だから心配するなよ、と輝夜を元気付けようと輝夜のほうを振り向くと、輝夜に白い目で見られていた。
「……え、なに? どうした輝夜、なんか変なこと言ったか?」
ちょっと怖くなって輝夜の反応を待つ妹紅に、輝夜は大きなため息をついた。
「はあ……。いいわ別に。うん、そうね。あなたにはわからないでしょうね」
「ええ? どうしたんだよ一体」
むすっとした顔で不機嫌になる輝夜に、妹紅は戸惑った。
「おい、本当に心配要らないさ。あいつらみんな、なんだかんだでお前のこと大好きだから」
「もう、ホント駄目ねあなた。里の半獣も手を焼くわけね」
「あん? 慧音がどうしたんだよ」
「なんでもないわ。いいわよ、今度からいなばに案内してもらうから」
ふんっ、とそっぽを向いて拗ねてみせる輝夜。そんな輝夜に妹紅は言う。
「ああ、その件だけどな、気が向いたら案内してやるよ。今日は中途半端に終わったし、里の案内くらいなら別にやぶさかじゃ――ぐえっ!」
「ホントに!?」
妹紅の一言のなにに食いついたか知らないが、輝夜は妹紅の首を抱きしめるように絞めてきた。
「あら、ごめんなさい」
「げほっ、ごほほっ、なにすんだ!」
「ホントに案内してくれるの?」
「あ? ああ、まあ、それこそ『魔が差したら』ってやつだよ」
妹紅が見ると、輝夜の顔は今まで見たことのない、期待に胸を膨らませる子供のように輝いていた。
「じゃあ私はすぐにでも働くわ」
「うん? ああ、魔が差したら働くとか言ってたからなあ。まあ、頑張れ」
「約束よ、妹紅」
「どうしたんだよ、一体?」
輝夜の感情の振り幅に戸惑う妹紅を尻目に、輝夜はいつの間にか妹紅の背から降りていた。
「おい、いいのか? もうすぐ永遠亭だろ?」
「いいのよ、もうすぐ永遠亭だから」
そう言って歩き出す輝夜を見送る妹紅だったが、ふと思い出すことがあり、声を掛けた。
「輝夜!」
「なに? 人の去り際に声を掛けるなんて、無粋なことするわね」
「……あ~、えっとだな」
妹紅はなにやら言いよどんで、視線を横にそらす。しばらく頭を掻いて気まずそうにしていたが、決心したのか口を開いた。
「……無理に食わせたりして、悪かったよ。すまん、どうかしてた」
「ナンノハナシダカワカラナイワ」
いたって真顔で答える輝夜だが、目が据わって怖いことこの上ない。いや、正確には少し青ざめているように見える。
「……あの、輝夜さん?」
「……せっかく忘れてたのに」
そろそろと後ずさる妹紅に向かって、輝夜は蓬莱の玉の枝を取り出す。
「妹紅のバカーーーーーッ!! せっかくなかったことにしようと思ってたのにーーーーーッ!!」
「ゴフッ!」
言うが早いか、展開された弾幕は妹紅を打ち貫く。
輝夜はパタパタと走り去ってゆき、あとには妹紅の無残な死体が残されていた。
翌日。
「悪いね。昨日の祭りで怪我人が結構出ていてね。いや、怪我といっても転んだ擦り傷や打撲ってだけなんだけど、やっぱり薬が足りなくなってな」
「いやいいよ。私にできることなんて、道案内くらいなんだし。(それにちょうど通り道で死んでたし)」
「うん? 何か言ったか?」
「いや」
妹紅は里の診療所の男と並んで、迷いの竹林を歩いていた。
「どうだった? 昨日はお姫様と楽しめたかい?」
男は昨日の妹紅と輝夜のやり取りを知らないらしく、軽い感じで聞いてきた。
「いやー、参ったよ。あいつは普段、外に出ないからね。よほど嬉しかったらしく、引きずり回されたよ」
「はははっ、そんなもんだよ。お姫様だろう」
「そうなんだよ。あいつ、ああ見えて金持っててさ。いや、世間知らずに金を持たすとろくなことにならんよ」
「世捨て人みたいな生き方しといてよく言うよ。あんただって里に出入りするようになったのは最近だろう」
「いやいや、もう結構前の話だろう。それにもう慣れたさ」
「どうだかな。上白沢先生に連れられて初めて里に来たあんたのはしゃぎっぷりったら」
「おい、よせよ」
「いや~、あのときのあんたは可愛かったな」
「な、何言ってんだよ。はしゃぎっぷりなら、あいつの方がはしゃいでたよ。だいたい、あいつときたら……」
道を歩きながら、昨日の輝夜の様子をつらつらと語る妹紅。
輪投げで輝夜が力任せに輪を投げるものだから、景品が吹っ飛んでえらいことになったり。
綿飴に「ふわふわしていそう」と言って手で遊んでたら、砂糖でべたべたになったり。
飴細工が綺麗だからといつまでも食べず、あまつ持ち帰るとまで言い出したり。
そんな妹紅の様子を見て、男は言う。
「その様子じゃ、あんたも随分楽しんだんだろうね」
それを聞いて妹紅は、一瞬きょとんとした。
それからすぐに、少し気恥ずかしそうに笑った。
「楽しむだなんて、とんでもない。これでもずっと緊張していたんだよ、私は。そのせいで、妙なことしたかもしれないけど」
手をつないでからずっと。
そう言って、また少し笑う。
視線の先には既に永遠亭がある。
「うん? 緊張だなんて、友達同士だろう?」
「まさか、違うよ。あいつは友達なんかじゃない」
永遠亭の前に立つ。
「宿敵だ」
妹紅は永遠亭の門を開く。
「もう長い付き合いになる」
妹紅と診療所の男が見た永遠亭の中の様子は散々なものだった。
「姫様っ! なんですかこれはっ!? 天狗の持ってきた新聞のこの記事! なぜあんな猪女と里になど! 言えば私が案内してさしあげたものを!」
「うるさいわね! 誰と行こうが私の勝手でしょ! 足にまとわりつくのやめなさい、永琳!」
「輝夜、貴様! よくも私の妹紅をたぶらかしてくれたな! 覚悟はできているのだろうな!」
「なっ!? たぶらかしたなんて……っ! 私はただ……」
「ひ、姫様、何故そこで赤くなるんですか!?」
「貴様、生かしておけん……。ええい、いい加減はなせ、鈴仙!」
「はなしたら姫様に襲い掛かるじゃないですかぁ! もう、何で満月でもないのに角生えてんですかこの人!」
「……」
「……」
妹紅と男は玄関で唖然としていた。
いつもの落ち着いた雰囲気の永遠亭がいったいどうしたことか。
と、その後ろを因幡てゐがこそこそと逃げていく。
「待て、そこの兎。どこへ行くつもりだ」
「……え、いや、ちょっと散歩にでも……」
「まさかお前、天狗になにか情報流したか?」
「……い、いや、あんまりにも面白そうだったから、つい」
「ついじゃねえ!」
「これは仕方がなかったうさ! 不可抗力と言ってもいいうさ!」
「うるせぇ! どこが不可抗力だ、待ちやがれ兎!」
「あの……、妹紅さん、今日は私はこれで……」
「ちょ、先生なんで急に態度がよそよそしいんだ!」
なにやら問い詰められている姫に、その足元にすがりつく薬師。
怒りと嫉妬で半獣と化している里の守護者と、それをどうにか押さえている月の兎。
ここまで騒ぎを大きくした原因である地上の兎と、その兎を追っかけまわす当事者にして騒ぎの張本人の竹林の案内人。
珍しく騒がしい永遠亭を、心の奥の奥にしまいこみ、男は永遠亭をあとにした。
よくある話だけど、面白かったですよ。
私にとってはこの作品がまさにそれ。安心して読めるというか。
作者様にとっては全然褒め言葉になっていないのかもしれませんが、純然たる称賛です。
楽しく拝見させて頂きました。