Coolier - 新生・東方創想話

真夏のメリークリスマス

2010/09/11 22:27:45
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「元々、人間は裸で暮らしていたと聞くわ。今、私が裸でいることはなんらおかしくない。人間として」
「おかしいから、さっさと服を着なさいって言ってるの!」
「や~だ~! あ~つ~い~!」
「いいから、ほら!」
 ――という微笑ましいやり取りが、ここ、博麗神社にて夜更けに行われていた。

「第一、霊夢! あなたには女の子としての慎み深さはないの?
 暑いのはわかるけれど、こんな、誰に覗かれるかわからない部屋の中で裸になるなんて、常識外れにも程があるわ」
「幻想郷では常識に……」
「常識に囚われないのと非常識なのは違うでしょう!」
「だけどねぇ、紫! 暑いのよ! いやんなるくらい!」
「それ以外に涼をとる手段はあるでしょう!
 全くもう……!」
「あー、はいはい、わかったわかった。それじゃ……」
「霊夢! まだ終わってないわ! 正座!」
「……うぐ」
 夜更けに、ここ、博麗神社を訪れたのは八雲紫その人。
 その彼女の前で、神社の主、博麗霊夢が素っ裸で畳の上に転がっていたのである。曰く、『暑くてたまらん』というのがその理由のようだった。
 当然、紫は怒る。ただでさえ、この幻想郷には、他人様に迷惑かけるのを何とも思っていない輩がデフォでうじゃうじゃいるのである(なお、紫当人もそのカテゴリに当てはまるのだが、それについては彼女は言葉を濁している)。その連中に、そんな姿を見られたらどうなることか。
 人の口に戸は立てられないのと同じ、妖怪の口に鍵をかけることは不可能だ。
 そうなったら、今後、霊夢は『真夏の全裸巫女』とでも呼ばれるようになるだろう。そのうち、『博麗霊夢は語る。裸で何が悪い!』というわけのわからない見出しの書かれた新聞が出回るのも確実だ。
 ちなみに、幻想郷の生きる迷惑の一人、某天狗の新聞記者がその情報を聞きつけ、『それならば写すしかない!』と家を飛び立ち、自分が鳥目なのを忘れていたため、木にぶつかり、地面に激突し、弾んだ拍子に知り合いのとある鴉天狗の家の風呂場に飛び込み、『文ぁぁぁぁぁっ!』と半殺しにされていたりするのだが、それは現状、関係ない。
「それでなくとも、女の子にとって冷えは大敵なのよ! 将来、子供が産めなくなったらどうするの! あなたの代で博麗の巫女が終わってしまうのよ!? そうなったら幻想郷はどうなると思ってるの!」
「うぅ……あの、わかったから……」
「本当に反省した!?」
「……はい、ごめんなさい」
「……もう」
 腰に手を当てて、目を三角にしていた紫が、ようやくその勢いと矛先を収めた。
 そして、部屋の片隅のタンスを引き開けて、霊夢の服などを取り出そうとするのだが、
「何、このごちゃごちゃな中身! 下着もぐちゃぐちゃに突っ込んで……!
 霊夢、これ、ちゃんと外に干してないでしょ! 虫が湧いてるじゃない! 夏物と冬物もごちゃ混ぜだし……!
 それから、干す時はきちんとしわを伸ばしてって言ったでしょう! こんなしわだらけの服、どうするつもりなの!」
「……何、今日の紫はどういう状態なの……?」
「……まぁ、私は、紫さまの言うことの方が正しいと思うから何も言わないよ」
 その紫の、半分以上、付き人と化している藍が、小さく肩をすくめた。
 というか、普段、そういう怠惰な生活をしている奴に言われたくない、と霊夢は思うのだが、そんなことを言おうものならどれほど怒られることか。
「藍、これ、洗い直してきて。洗い終わったら、うちに、きれいに干してきてちょうだい」
「……はあ、わかりました」
「霊夢、あなたはこれを着てなさい。
 全く……ちょっと目を離すと、すぐにぐーたらするんだから……」
「……あんたは私のお母さんか」
「ええ、そうよ。あなたは、私がお腹を痛めて産んだの。
 わかったら言う通りにしなさい!」
「……はーい」
 さすがに、今回は100%、紫の方が正しい。
 反論することも出来ず、文字通り、渋々と言った感じで、霊夢は渡された下着と肌襦袢に袖を通した。
「……で、あんた、何をしにきたのよ」
 汚れたままの状態でタンスに突っ込まれていた、霊夢の服一式を取り出し、藍にそれを押し付けた後、しわだらけのもののしわを伸ばす作業を始めている紫に一言。
「その前に、まずはこの惨状を何とかさせてちょうだい」
「……ごめんなさい」
「全くもう」
「っつーか、あんた、そんだけまともに家事できたのね……」
「当たり前でしょう。藍にこの手のことを教えたのは私よ」
「じゃ、何で、その後はぐーたらしてるのよ」
「霊夢、あなた、この服。買ってあげた時から一度も着てないでしょ。色が落ちてるじゃない」
「……スルーしたし」
 とはいえ、やっぱり霊夢に反論は出来なかった。
 紫と藍の、てきぱきとした作業を横目で見ながら、彼女は立ち上がる。しばらくして、三人分の麦茶を用意して霊夢が戻ってくると、彼女たちの仕事は終わっていた。
 紫はジト目で、藍は『やれやれ』という顔で、霊夢を見る。
「はい」
「当然のもてなしね」
「いただくよ」
「……んで?」
 壁掛けの時計を、霊夢は見た。
 時刻はそろそろ11時を過ぎる。いい加減、霊夢も床に就く頃だ。その証拠なのか、普段、彼女たちが連れている猫耳少女の姿は、そこにはない。
「……何をしに来たのか忘れてしまったわ」
「何よ、紫。ボケたの? ……あいたっ」
「誰のせいだと思っているの?」
「……冗談なのに」
 どこかから取り出された扇子で頭をひっぱたかれ、涙目になる霊夢。
 彼女を叩いた扇子を、またどこへともなくしまってから、
「今日はね、霊夢。クリスマスをしようと思って来たの」
「……は?」
 さすがに、霊夢の目が点になった。
 クリスマス。その名前も祭りの内容も知っているからだ。
「あのねぇ、紫。あれって……」
「さあ、藍。クリスマスパーティーの用意をしましょう」
「はい、紫さま」
「待て待てお前らちょっと待て」
 霊夢を無視して話を進めようとする二人。彼女たちに、ずびしずびし、とツッコミを入れてから、
「何で今、クリスマスなのよ? あと3ヶ月くらい先なんですけど?」
「霊夢。幻想郷では、常識に囚われてはいけないと言ったのはあなたでしょう?」
「いや、それはそうだけど。
 常識と非常識は違うって言ったの、あんたじゃない」
「つれないわねぇ」
「いや、つれないとかそういう話じゃなく」
「大丈夫よ。パーティーのメンツに関しては、すでに大量に声をかけてあるから。
 誰も彼もが『面白そう』と言っていたわ」
「……」
「準備は私と藍の二人でやっているから。あなたは、パーティーが始まるまで寝ていていいわ」
「……あーもー、そーするわ。頭が痛い……」
「まあ、それは大変。お薬がいるかしら?」
「あんたらの顔を見てると頭痛が増すのよ」
 はぁ、とため息をついて、霊夢は床に就く。閉じられたふすまの向こうを見つめていた紫の顔が、わずかにほころんだ。
「……かわいいんだから」
「私達から見れば、ほぼ、幻想郷のもの達全てが『かわいい』でしょう」
「そうね。
 けれどね、藍。これはこれ、それはそれ、よ」
「もう少し、私にもわかるようにお言葉を述べてください」
 それでは、と彼女は一礼して部屋を辞した。
 しばし、その場に留まっていた紫は、やがて小さくつぶやく。
「季節を無視した祭りも、時には楽しいでしょう」
 そう言って、本当にわずかに、小さな笑みを浮かべたのだった。

 ――さて、時は過ぎ、すでに夜半を回ってから、博麗神社の境内に紫が集めたパーティーの参加者たちの姿が現れる。
「何か少なくない?」
「そう?」
 先ほど、寝ていたところを起こされたため、半分、寝ぼけ眼の霊夢が境内の面々を一瞥してコメントする。
 てっきり『大量に』声をかけたと聞いたため、いつもの宴会のごとく、山のような人妖の姿を想像していたのだが、その想像に反して、集まったのは10にも満たない面々である。しかも、全員、『どうして』今日のパーティーに参加することになったのか、あまりわかっていないような表情を浮かべていた。
「らーん! 用意はできたー!?」
「ええ、ただいま」
 そう答えて、建物の中から、物理的にどうやって建物の中に入れたのかわからない、巨大なツリーを持って藍がやってくる。
 それをどでんと立てると、確かに雰囲気上は、クリスマスと言えなくもなかった。
「クリスマスってんなら、この蒸し暑さも何とかして欲しいんだけどねぇ」
「それもまた風流でしょう」
「……はいはい」
 言うと思った、と霊夢。
 さて。
「皆さん、今宵はようこそ、博麗神社のクリスマスパーティーへ」
「お前、何だよ。その格好」
 前に進み出る紫に声をかけるのは、やはり、魔理沙の役目だった。
「うふふ。似合うでしょう、ゆかりんサンタ」
「いや、無駄にエロいだけでうさんくささが痛い痛いごめんなさいごめんなさい!」
「そういうことを言うお口は、このお口かしらぁぁぁぁぁぁ?」
「痛い痛い痛い! ほっぺが伸びる! 伸びちゃう! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「全く、失礼ね」
 ぷりぷりと怒りながら、紫。対する魔理沙はつねられて、さらにうにょ~んと引っ張られたほっぺたを押さえて涙目を浮かべていた。
 もっとも、魔理沙の指摘ももっともである。
 普通、サンタクロースといえば、恰幅のいい初老の男性の姿を想像するものだ。ところが、『ゆかりんサンタ』は、やたら丈の短い上着(肩とおへそを露出、背中もがばっと開いている)に、めちゃくちゃに裾の短いスカート(膝上何センチかは、もはや誰も計ろうとはしない)を基準とした、サンタクロースというよりは、どこかの『その手の店』で働いている女性のような格好をしているのだ。色だけは、辛うじて赤と白を保ってはいるものの、『サンタクロース』という単語から、およそ想像されるサンタクロースではないのは言うまでもない。
「今宵は楽しいクリスマス。イブではないけれど、どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ。
 藍、お料理を出してあげて」
「はい、紫さま」
「……珍しいわね。こういうことに、あなたが何も言わないなんて」
「何、余興だよ」
 神社の境内に置かれた、真っ白なテーブルクロスのかけられたテーブル(ちなみに、クロスは紅魔館提供)に料理を運んでくる藍に、その側に佇んでいた咲夜が声をかけた。彼女は、これまた珍しいことに、茶目っ気たっぷりにウインクなどしながら咲夜に答える。
「それでは、皆さん、グラスを手に」
 それぞれに、ワイングラスがいきわたったのを見て、紫が声を上げる。
「メリークリスマース!」
 しーん。
「……ノリが悪いわねぇ」
「いや……メリーも何もないかと……」
 そのアリスの発言に、どこか遠いところで、とある少女が『呼ばれている!』と『ぴきーん!』と額の辺りに稲妻走らせたのだが、それはさておき。
 まぁ、いいわ、と紫は笑顔を崩さず、グラスの中の白ワインを飲み干した。
 その後は、いつも通りの、博麗神社の宴会が始まる。
「おい、霊夢。こいつは一体どういう理由なんだ?」
「さあ……?
 私も、いきなり『パーティーやるわよ!』って言われた口だし」
「というか、あなたのその格好は何?」
「あんたが持ってきたって聞いたけど」
「似合わないわね。特に胸部がぶかぶかよ」
「よし、ちょっと空に行こうか、十六夜咲夜」
「あら、それはとても無粋なお誘いね、博麗霊夢。今宵はとても素敵な十六夜の月。その名を冠する私に勝てるとでも?」
「それ以前に、霊夢、あなた、その状態で飛んだらすさまじく丸見えよ」
「くっ……! 確かに……!」
「……そういや、咲夜は見えないよな」
「私はパーフェクトなメイドだもの」
 色々よくわからない理由だったが、とりあえず、その場のメンツはその一言で納得したらしい。
「霊夢ー。あなた、何してるの。ちょっと来なさい」
「あ、は、はーい」
「何か、霊夢、今日は紫に対して素直ね」
「……あんだけ叱られたから」
 よくわからない、彼女の一言に、その場の全員の頭に『?』マークが浮かんだ。
 そんな彼女たちから離れた霊夢はというと、
「……はい、お料理追加」
「あの……お手伝いしましょうか? 霊夢さん……」
「早苗……ありがとう……。だけどその目はやめてお願い」
 哀れむような、悲しいものを見るかのような視線を向けてくる早苗に、思わず彼女は涙する。
 露出度MAXなサンタさん衣装の上にエプロンをつけるという、その手の方々にアピールしまくりの姿をさせられている霊夢の姿は、確かに色んな意味で哀愁が漂っていた。
「……それにしても、どうして、こんな夜更けに……。しかも、この方々なのでしょうね……」
「……知らないわよ、そんなの。
 ああ……あんな格好してなければ、紫に負い目を感じることもないのに……」
「……何……やったんですか……?」
「聞かないでお願い」
「……はい」
 どれだけ悔やんでも、過ぎた時は戻らない。それを痛感する霊夢だった。
「こら、霊夢! あっちのテーブルが空っぽよ!」
「は、はいはいはーい!」
「何かお母さんに叱られてるみたい」
 紫に怒られ、慌てて、藍から料理を受け取る霊夢の後ろ姿を見て、ぽつりと、早苗はこぼした。
 次のテーブルへと料理を持っていく霊夢。そこにいたのは、以下の人物たち。
「最初に起こされた時は何事かと思いました」
 地霊殿の主が言う。
 聞けば、ベッドでぐっすり眠っていたところを、ペット達と妹に叩き起こされたのだとか。「あんた、寝るの早いわね」とそこで霊夢がコメントする。ちなみに、このさとり、いつも夜の9時ごろには寝てしまう生活をしている(眠くて起きていられないのだ)ということが、『お姉ちゃんは幼稚園児』(著者:little stone 発行:幻想郷出版)に書かれていたりするのだが、それはさておきとしよう。
 そうして、彼女は皆によって着替えさせられ、一体何事かと思って来てみれば、
「確かに……こんな真夏にクリスマスなんて、よほどのことなのかもしれませんが」
 そこで、さとりはジト目で霊夢を見る。
「……失礼。ぶしつけだとは思いますが、心を読ませていただきました。
 霊夢さんは、何もご存知ないようですね」
「まあ……ね」
「紫さんの心中は渾然一体としていますから、全く読むことが出来ませんし……」
 仕方ないから楽しみます、と言って彼女はグラスを傾ける。なお、中身はジュースだ。聞けば彼女、酒に非常に弱いらしく、甘酒一杯でばたんきゅーなのだとか。
「……ナイトキャップかぶりっぱなしについては何も言わないほうがいいよね」
「そうですね……」
「まあまあ」
 とってもぷりてぃな、おっきなぼんぼんがついたナイトキャップをかぶりっぱなしという事実に気づいていないさとりへと、他数名の視線が降り注ぐ。というか、あれは絶対に、彼女の妹が仕掛けたいたずらだろう。
「で、うどんげと白蓮? 何かこのテーブル、妙にカオスってない?」
「……そういわれても……」
「まあまあ、そうですか?」
「……まぁ、うどんげにとっちゃ、永琳と一緒にいるみたいでいいか」
「……わかります? 白蓮さんって、ものすごく師匠と同じ人種の匂いがするんです」
 おっとりのんびりお姉ちゃん(お姉さん、ではない)の白蓮は、確かに、うどんげ――鈴仙が心酔する、彼女の『師匠』そっくりの雰囲気を持っている。ちなみに以前、彼女が白蓮を永琳と間違え、「師匠!」と呼んでしまったのは内緒のエピソードだ。
 ちょうど、子供が学校の先生に『お母さん』と言ってしまうのと同じような心境だと説明すれば納得頂けるだろう。
「白蓮のところはさ、お寺でしょ? クリスマスパーティーってするの?」
「そうですね……。きっと、していたのでしょう。私は、ずいぶん長いこと、あそこを空けていましたから。
 その当時のことを、皆は話してくれないのですが、きっと、楽しい時間を過ごしていたんだと思いますよ」
「まぁ、紅魔館でもクリスマスパーティーってやるくらいですからね」
 悪魔の館のはずなのに、尊ばれる聖人の死を悼む日――もちろん、そこの館主たちは、そういうエピソードは知らない――をにこやか笑顔で過ごしている館が、この世界にはあるくらいなのだ。いっぱしの寺の僧がクリスマスパーティーでケーキを食べてもみの木を飾っていても、なんら不思議はないだろう。
「……ま、いいや。何かよくわからないけど楽しんでいってちょうだい」
「何か、霊夢さんにしては殊勝なセリフですよね、それ」
「紫ー、兎鍋追加していいー?」
「ちょっと待ってくださいごめんなさい!」
「まあまあ」
 白蓮に『いいこいいこ』されて、肩を落としつつもうさみみを嬉しそうにぴくぴく動かしている鈴仙を横目に、霊夢はその場に背を向ける。
「ねぇ、紫。そろそろほんとのところ、教えてくれてもいいんじゃない?」
「はい、あ~ん」
「もぐもぐむぐむぐ」
「……お前は鳥の雛か」
 出された料理にぱくっと食いつき、口をもぐもぐさせる霊夢を見て、思わず藍はつぶやいた。
 博麗の巫女を餌付けするのは、犬や猫を餌付けするよりも簡単である、と幻想郷中の誰もが知っている標語がその通りなのだということを証明する一幕であった。
「霊夢、あなたはこんな名言を知っているかしら」
「何よ」
「今週のびっくりどっきりメカー」
「いや、メカじゃないし。そもそも聞いてる意味が違うし」
 第一、何でこのメンツなのよ、という霊夢の問いに、やはり紫は答えない。
『はい、あーんして』と差し出される川魚のフライに、霊夢はまたもや、ぱくっと食いついた。
「ですが、紫さま。そろそろ頃合もいい頃かと思われます」
「そうね。
 それじゃ、霊夢。まずは魔理沙を呼んできてちょうだい」
「えー?」
「よろしい?」
「……うぐぅ」
 露骨にいやそ~に顔を歪める霊夢が気圧される。背中に『ごごごごごごごご』の書き文字を背負う紫の迫力は絶大だった。
 めんどくさいなぁ、とぶつくさ文句をつぶやきつつ、魔理沙の元へ。声をかけると、彼女は『何だ、決闘か?』と、割と本気で霊夢に訊ねたりする。
「それじゃ、魔理沙。いらっしゃい。
 ああ、霊夢。次はアリスを呼んできておいて」
「な、何だ。一対一か? マジで決闘か?」
「いいから、ほら」
「ち、ちょっと待て! まだスペカのデッキが……!」
 ずーるずーると紫に引っ張られ、おもむろに、彼女の姿は母屋の中に消える。
 霊夢は視線を、藍へと向けるのだが、彼女は飄々とした態度を見せるだけだった。
 仕方なしに、次はアリスの元へと向かう。
 理由を話すと、アリスもまた『……ふぅん』と低い声でつぶやくだけだ。思慮深い彼女のことだ、これが何らかの罠である可能性を探っているのだろう。
 ――ややしばらくしてから、紫と魔理沙が戻ってくる。
「魔理沙、大丈夫?」
「あんた、何もされなかった?」
「あー……いや……その……」
 妙に歯切れの悪い返答だった。
 彼女は、帽子を目深にかぶりなおすとつぶやく。
「ま、行けばわかるよ」
 アリスは、彼女の様子を訝しげに見るものの、紫に誘われてその場を後にする。その背中には警戒心の色が、思いっきり漂っていた。
「ねぇ、魔理沙。本当に何があったのよ」
「ん~……その……だな。さすがに恥ずかしいから言えん」
「恥ずかしい?」
「うむ。非常に恥ずかしい」
 確かに、言われてみれば、帽子の下に覗く彼女のほっぺたは真っ赤だ。表情を伺うことは出来ないが――、
「おーい、どこ行くのよ」
「飯食って気分を紛らわせるんだよ!」
 はてさて? と霊夢は首をかしげる。
 そうしていると、藍がやってきて、「次は咲夜殿を頼む」と声をかけてきた。
「一体何が起きているのかしら?」
「んな警戒されてもさぁ」
 じろじろと、不躾に探る視線を向けてくる咲夜に、霊夢は肩をすくめた。
 二人の間の会話はそれで終わってしまったが、居心地が悪いことこの上ない。しばらく待っていると、アリスが戻ってくる。今度は一体、彼女に何があったのか。目元を真っ赤にして、彼女は鼻をすすっていた。
「ちょっと、アリス?」
「ああ……ごめんなさい、二人とも……。情けないところ、見せちゃったわね」
「アリス、紫に何かされたの?」
「ううん……何にも。
 大丈夫だから。咲夜さんも、気にせずに行って来て下さい」
「……気にするわよ」
 使いなさい、とスカートのポケットから、彼女にハンカチを渡す。アリスはそれに礼を言ってから、受け取ったハンカチを片手にテーブルに戻っていく。
「……ナイフの残りは20本。持ってくる数が足りなかったかもしれないわね」
「殺伐としたセリフやめてくんない?」
「何かあったら、私はあなたも恨むわよ」
「私に何の責任が……」
 警戒もせず、ほいほいと紫の企みに乗ったからでしょ、と咲夜は言った。内心で、『紫の奴、恨むわよ』と愚痴る霊夢を置いて、咲夜は歩いていく。
 そうして待っていると、今度は早苗を読んでこいとの言葉がかかる。
「……あのさ、藍。いい加減、あいつの目的を教えてくれない?」
「教えたら楽しくないだろう?」
「こうやって焦らされる方の身にもなって欲しいんだけど」
「何、期待も不安も、大きい方が印象に残るものさ」
「……そんな格言はいらないんですけどね」
 夜空を仰ぎ、はぁ、と彼女はため息をつく。
 何で私がこんな目に。
 その瞳は、雄弁に、それを語っていた。

 さて、その後の展開はというとだ。
 まず、咲夜が色々とやばかった。これ以上ないというくらいの泣き笑いの表情を浮かべており、『疑って悪かったわ、霊夢』と、異様に霊夢に対して優しかった。
 続く早苗は、『今日は一生の思い出になります』と、片手にぐっしょりと濡れたハンカチを持って、霊夢に笑いかけてくれた。
 さらにさとりはというと、『急いで帰りたいところですけど、こんな粋な計らいをしてくれた感謝を表明しないといけませんね』と、むちゃくちゃ大人っぽい笑顔で微笑んでくれた。
 鈴仙は、『私、これからも、一生懸命頑張ろうと思います!』と、なぜか霊夢に対して所信表明演説をし、白蓮は、ただ静かに『本当にもう……』と微笑んでいた。
「……何なのよ」
 全くわけのわからない、紫の『催し』。
 いい加減、状況が読めないことに苛立ってきた霊夢は、『次はお前の番だ』と藍に呼ばれたことで、『あいつの鼻を明かしてやるわ!』と勢い込んで母屋へと乗り込んでいった。
「紫ぃー!」
「あら、霊夢。大きな声を出すのね」
「よーっし、逃げないように。あんたが今、何を企んでるかを当ててみせるわ!」
「へぇ、それは楽しみ」
 居間で座布団に座したまま、紫は楽しそうに目を細めてみせた。霊夢は『うーむ』と悩むような素振りを見せた後、びしっと指を突きつける。
「日頃の覗きで得た情報でみんなを脅した!」
「ぶっぶー」
「何かの自慢話!」
「大外れ」
「旧作!」
「いやいやいやいやいや」
「わかったわ、ビールね!」
「落ち着きなさい」
「あいてっ」
 べしん、と扇子で頭を叩かれて、霊夢はその場にうずくまる。『全くもう、どうしてこの子はこうなんだか』という視線を向けてくる彼女に、『うぐぐ……』とうなりながらも近寄っていく。
「……じゃあ、何なのよ」
「だから、最初に言ったでしょう。クリスマスパーティーだ、って」
「その理由がわからないのよ。何でクリスマスなのよ」
「その理由はね?」
 うふふ、と笑う紫。
「むか~しむかし、あるところに、小さな女の子がいました」
「何よ、いきなり」
「いいから黙って聞きなさい。はい、正座」
「……はい」
 なぜか逆らえず、示された座布団に腰を下ろす霊夢。
 それを見てから、紫は続ける。
「その女の子は、と~ってもわがままな子でした。お母さんを困らせ、知り合いのお姉さんを困らせ、みんなを困らせるやんちゃ娘でした」
 ――だけど。
「その子は、とっても純粋で、かわいらしい女の子でした。
 ある時、女の子は『クリスマス』という言葉を知りました。いい子にしていると、サンタさんからプレゼントがもらえるというその日を、女の子は楽しみに過ごしていました。
 ところが、いつまでたってもクリスマスはやってきません。その日が12月であるということを、女の子は知らなかったのです」
 ひどい話ね、と霊夢。
 その子にクリスマスの話を教えた誰かは、それがいつ、やってくる日なのかをあえて教えなかったのだと知ることが出来たためだ。
「けれども、女の子はいい子で居続けました。必ず、サンタさんがやってきてくれることを信じて。
 そして、そんな女の子の姿を見ているうちに、女の子のお母さんは、知り合いのお姉さんに言いました。
『今は夏だけど、あの子のために、クリスマスをしてあげられないかしら』と」
 ん? と霊夢は首をかしげた。
「その日の夜のことです。
 女の子にお母さんは言いました。『いい子にしていたから、これからサンタさんがやってくるわよ』と。
 大喜びする女の子のところに、サンタさんが来たのはその時です。
 ――かくして、女の子にとっての、初めてのクリスマスは、真夏のメリークリスマスになったのです」
 しばしの沈黙。
 霊夢は頬をかきつつ、視線を逸らしながら、
「あー……それってもしかして……」
「あなたのことに決まってるじゃない」
「うぐ」
「ほんとにもう、小さかった頃のあなたは、それはもうわがままでやんちゃですごかったのよ?
 それなのに、クリスマスの話を聞いた途端、ものすごいいい子になっちゃって」
「いや、あの、それは……」
「あの時の、あなたの顔は忘れられないわねぇ。
『ママ、サンタさん! サンタさんだよ!』って」
「わーっ! やめ、やめ、やめーっ!」
 顔を真っ赤にして、手をばたばたさせながら霊夢は声を上げた。
 くすくす笑う紫は、「さて、そのサンタさんは誰でしょう」と一言。
 当時の記憶が蘇ってきたのか、霊夢は座布団を頭にかぶって「言うな言うなーっ!」と絶叫した。
「あれ以来、博麗神社のクリスマスは真夏になったのよ。あなたのお母さんも、『夏にクリスマスケーキが売ってなくて大変なのよ』って笑っていたわ」
「だーかーらーっ!
 な、何よ! 人の恥ずかしい記憶を掘り起こして幸せ!? あーそー幸せなのね私は不幸せよ! 忘れろ、紫、忘れろーっ!」
「無理ね。だって、あんなにかわいい霊夢を忘れることなんて出来ないわ」
 これくらいちっちゃくて、おめめがくりくりしててね? 私が遊びに来ると、『お姉ちゃんが遊びに来た!』って飛びついてきたのよ? それで、もう、いたずら好きでおてんばで。それなのに、夜中になったら、お母さんか誰かが一緒じゃないとおトイレにも行けなくて。ああ、おねしょも何回もして怒られてたわね~。それから――、
「やーめーてー!」
 子供の頃の小さな記憶を掘り起こされて、じたばた、恥ずかしさに身をよじる彼女。そんな彼女を、実に楽しそうに、そして愛おしそうに、くすくすと笑いながら紫は見ていた。
「うふふ。わかった? あなたは、絶対に私には勝てないの。何せ、私はあなたのおしめを取り替えたこともあるんですからね」
「な、なるほど、そういうことね……。みんなの反応、よくわかったわ!」
「は?」
「みんなにも、そういう恥ずかしい過去を暴露したんでしょ!」
「まさか」
「え?」
「言ったでしょ、クリスマスだ、って。もう何回も。
 私は、あの子達に、あの子達宛のプレゼントを届けてあげただけよ」
 最初に言ったでしょ。『ゆかりんサンタ』って。
 ぽかんと呆ける霊夢に、『間抜けな顔ね』と笑ってから、
「これは内緒よ?」
 茶目っ気と愛嬌たっぷりに、彼女は言う。
「魔理沙にはね、あの子のお師匠様から預かった魔法の本とお手紙を届けてあげたわ。その時に手紙に書ききれなかった言葉を伝えてあげたんだけど、もうかわいくて。あんな風に笑うことも出来たのねぇ。
 それから、アリスにはね、あの子の家族からのメッセージを」
 どん、とどこからともなく紫はそれを取り出した。
 一抱えもある箱。その箱にはガラスがはまりこんでおり、下の方にはいくつかスイッチらしきものもある。
「香霖堂から借りてきたの。テレビ、っていうのよ。
 これで、それを見せてあげたのだけど、もう感動しちゃったらしくて。泣いて泣いてすごかったわ」
 ハンカチ、何枚使ったかしら、と紫。
「で、咲夜には、レミリアとフランドールと、パチュリーに美鈴、小悪魔ちゃん。他にもメイドのみんなからの、心のこもった贈り物。内容は秘密ね。
 みんなして、散々悩んでいたわよ。やれ、こっちがいい、やれ、こっちだ、って。その時の話もしてあげたら、『あなたを誤解していたわ、紫。ありがとう』って。
 あんなしおらしい咲夜を見るのは新鮮だったわね」
 足を崩しなさい、と紫は言った。
「早苗には、神奈子と諏訪子の二人から、それぞれ預かってきたプレゼントを渡してあげたの。
『早苗は、私のプレゼントを気に入るはずだ』『いーや、わたしのだね』って大喧嘩してたわね、あの二人。その話をしてあげたら『どっちも気に入るに決まってるじゃないですか』って大笑いしてたわ、あの子。大切そうにプレゼント抱えちゃって」
 かわいいったらないわね、と笑う。
「さとりは、あの子のペット二人と妹が大ハッスルしちゃって。『お姉ちゃんに気に入ってもらうんだ!』『さとり様に気に入ってもらうんだ!』って。今頃、お片づけが大忙しでしょうね」
 帰ったら、さとりが泣くかもね、違う意味で。軽く肩をすくめて、紫。
「鈴仙には、あの子の師匠から。お姫様もなんだかんだって騒いでいたけれど、彼女が代表して筆を取っていたわね。
 明日から、あの子にも主治医を任せてみる、って」
 免許解禁ね、と彼女は言った。
「白蓮には、あそこの寺の面々から。『三日間、時間を下さい』って真顔で言われたわ。
 何を用意したかは内緒だけど、あれを見て、『……本当にもう』って微笑んでいたわねぇ」
 あの雰囲気は羨ましいわ、と紫は苦笑する。
「そんな感じね」
 サンタクロース役も悪くない、と彼女は締めくくった。
 やはり、最初は霊夢のように、皆、何がしかの疑いの目線を紫に向けていたのだが、彼女が考えていたことを知らされるなり、一気に、言葉通り豹変したこと。その時にかけてくれた言葉。そして、態度。最後に、『プレゼント』を受け取った時の、彼女たちの顔。
 それが忘れられない、と彼女は言う。
「このメンツなのは……」
「普段、一方的でしょ? このメンツは。持ちつ持たれつではあっても、言い方は悪いけれど、一方に、一方的に心を砕いているもの達。そうじゃない子達には、今回、声をかけなかったのよ」
 たまには気を抜くことも必要。
 手元のグラスに入ったワインを一口してから、彼女の視線は霊夢に向く。
「プレゼント、欲しい?」
「……」
「あら、いらない? それは残念」
「……ほしい」
「ん? なぁに?」
「欲しい! ちょうだい!」
「はいはい」
 はい、どうぞ。
 紫から渡されたのは、リボン。「あなたのお母さんから預かってきたわよ」と紫は微笑んだ。
「……つけて」
「自分でやりなさい」
「やーだー」
「……はいはい。じゃあ、動かないように」
 寝起きで下ろしていた髪を、新しいリボンで結わえる。
 霊夢は、自分の姿を鏡に映し、何度かうなずいた後、満足そうに笑った。
「……ありがと」
「それを言うなら、私じゃなくて、あなたのお母さんに言いなさい」
「どこにいるかわからないもん」
「伝えておくわ」
「さっすが」
 そういう時だけ便利よね、と憎まれ口を叩いてから、霊夢は立ち上がった。
「ほら、まだ料理残ってるんだから」
「今日は徹夜のパーティーね」
「そういうこと。
 たまには、あんたの悪巧みに乗ってあげるのも悪くないって思ったんだから」
 立ち去る彼女を見送ってから、『やれやれ』と紫は腰を浮かした。戸口に向かう彼女の横手から声がする。
「なぜ、こんなことを、今、いきなり?」
「何となくよ。
 藍、あなただってあるでしょ? 何となく、誰かに何かをしてあげたいとき」
「ありますね」
「それが、たまたま今日だっただけ」
「用意周到に準備をしておいて、ですか。ある意味、口の減らないお方です」
「そうね。それは私への褒め言葉だわ」
「お疲れ様です、紫さま」
「どういたしまして」
 たまにはこういうのもいいじゃない。
 季節外れのクリスマスは、人の心にも残るのだし。彼女はそう言って、ひょいと、肩をすくめたのだった。






『紫へ
 
 昨日はどうもありがとう。それから、まず最初に、ごめんなさい。
 私はあなたを疑っていました。一体、どんな悪さを考えたのか、って。それから、正直、最初はとてもめんどくさかったです。
 けれど、昨日、話してくれた私の昔話は、とっても恥ずかしかったけれど、すごく懐かしくて、嬉しかったです。
 紫からもらったプレゼントも、大切にします。本当は私のお母さんにも感謝しないといけないけれど、今、私が一番、感謝するのは紫です。
 本当にありがとう。
 真夏のメリークリスマス、とても楽しかったです。
 
 あと、他のみんなからもメッセージを預かりました。この封筒にそれを同封するので、面倒でも読んで下さい。っていうか、読むように。わかったわね?

 一緒に入れた扇子は、私からのクリスマスプレゼント。ありがたく使いなさい。

                                                         博麗霊夢より』
よく取り上げられる一部のカップリングについては、ある意味、「カップリング」というよりも「親子」や「姉妹」などといった関係に置いた方が好きだったりします。
そういうのもカップリングと言うのかもしれませんが。
ちなみにタイトルの元ネタは某アニメ映画より。
思えば、あの作品がセイラさんの声を聞いた最後の映像作品でした。

たまにはトラブルメイカーじゃなくてもいいじゃない、と思うのですがいかがでしょうか。
haruka
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コメント



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3.100拡散ポンプ削除
もろに私好みの話が来た!!
作者様には心よりの賛同と、最上級の感謝を。
親子、姉妹、良いですよね。私は大好きです。
10.100名前が無い程度の能力削除
良かったです。
14.100名前が無い程度の能力削除
とてもいい紫と霊夢ですね。
紫の立場上、ずっと昔から霊夢のことを知ってて当たり前なわけですし…
こういう暖かい話は大好きです
16.100Taku削除
紫の優しさに感動した
たまにはこんな紫もいいですね

心が暖まりました
17.100名前が無い程度の能力削除
良いお話でした。
22.100名前が無い程度の能力削除
これは好きです
でもこの中には妖夢は入らないのかな?
36.100名前が無い程度の能力削除
良いサプライズや
紫様が良いキャラしててよかったです