昼下がり、ようやく橙は目を覚ました。
ふと家の軒先には二つの影がくっついている。
犬かな――、と橙は思った。
しかし、様子が違う。
片方は犬らしいが、もう片方の大きさはどう見ても人のそれに近い。大きなしっぽがいくつも揺れていた。
藍さま――――!
自分に式を付けた藍、その本人が軒先で四つん這いになり、野良犬とおぼわしき汚い犬の尻をむさぼるように嗅いでいた。
ウソだ、と橙は思った。まさか自分の――親のような存在である藍さまが、汚らしい犬の尻を嗅いでいる。
そこでようやく藍は橙が見ていることに気付いた。
ばっと身を翻し、取り繕うように服に付いた埃を払うと、慌てた様子で橙にまくしたてた。
「違うんだ、橙、これは犬同士の挨拶みたいなものなんだよ」
だからと言って理性で抑えられないほど式神の頭は弱くない、と橙は思ったが、その時は口には出さなかった。
それから数日の時が過ぎた。
その間藍様はさまざまな痴態を橙に余す所なく見せつけた。
野良犬と尻を擦り合わせたり、無意味に地面の匂いを嗅いだり、橙の布団の匂いをむしゃぶりつくように嗅ぎまくったりした。
橙はいい加減思い至った。
このあさましいメス犬め、と。
八雲藍は悩んでいた。
橙の心が自分から離れていくのを感じていた。
野良犬と挨拶を交わしただけのつもりだったが、やはり本能は抑えきれなかった。
いかに動物の本能があったとはいえ橙も呆れ果てているだろう。
現に、あのとき橙が自分を見るその冷たい眼差しは、スーパーで並んでいるパック詰めされた豚肉の端に添えられたよく分からない黄色の菊のようなものを見るそれと同じだった。
「―よし、橙の誤解を解こう」
八雲藍は重い腰をあげた。
「なんですかメス…いえ、藍様」
あからさまに顔をしかめる橙の表情に、藍の顔が強張る。
しかし、そこで引き下がる訳にはいかない。
「ほら、橙、これをあげよう」
橙に差し出されたのは金色の稲穂を実らせた猫じゃらし。
猫はこれを見たら飛びつかずには居られないという、究極の玩具である。
「……なんですか?」
だが橙は手ごわい。目の前で揺れる猫じゃらしを目で追いはするが、ピクリとも動かない。
そこで藍は懐からすっと木ギレを取り出し、橙の目前に突きつける。マタタビだ。
この香りを嗅いで、ネコ科動物が抗えるわけがない。
「……藍様、私は藍様と違って自分の本能を抑え付けられないわけではありません」
多少鼻がヒクつき、心が揺らいではいるものの、橙はそれほどでもなく耐えている。
必死な藍に、橙は口を開いた。
「私は―――」
声が震えている。よく見ると、それに呼応するように先程から体も震えていた。
「わたしは、強くてカッコイイ藍様が好きです…それなのに、藍様は…藍様は…」
震えながら言葉を紡ぎ始めると、橙は糸が切れたように泣き出した。
「ぐずっ、わだしはっ、藍様がっ、もっとっ、かっこいいところがっ、見だいのにっ…!」
「犬じゃっ、犬なんかじゃっ、無いのにいいいいっ!」
藍はようやく自分の愚かさに気がついた。
犬の本能に簡単に負け、犬のような行動を取ってしまうことは、恥辱などより遥かに重いキズを生む。
橙が見ていた。
自分の式、かわいいかわいい我が子のような式が見ていたのだ。
「ごめんな…橙、こんな頼りない藍様で」
「うぇっ…うぇっ…らんさまのばかぁ…っ」
そして数日後。
マヨイガの柱にアンモニア臭がする原因が藍だと気付いた橙は、二度と口を聞いてくれなかった。
ふと家の軒先には二つの影がくっついている。
犬かな――、と橙は思った。
しかし、様子が違う。
片方は犬らしいが、もう片方の大きさはどう見ても人のそれに近い。大きなしっぽがいくつも揺れていた。
藍さま――――!
自分に式を付けた藍、その本人が軒先で四つん這いになり、野良犬とおぼわしき汚い犬の尻をむさぼるように嗅いでいた。
ウソだ、と橙は思った。まさか自分の――親のような存在である藍さまが、汚らしい犬の尻を嗅いでいる。
そこでようやく藍は橙が見ていることに気付いた。
ばっと身を翻し、取り繕うように服に付いた埃を払うと、慌てた様子で橙にまくしたてた。
「違うんだ、橙、これは犬同士の挨拶みたいなものなんだよ」
だからと言って理性で抑えられないほど式神の頭は弱くない、と橙は思ったが、その時は口には出さなかった。
それから数日の時が過ぎた。
その間藍様はさまざまな痴態を橙に余す所なく見せつけた。
野良犬と尻を擦り合わせたり、無意味に地面の匂いを嗅いだり、橙の布団の匂いをむしゃぶりつくように嗅ぎまくったりした。
橙はいい加減思い至った。
このあさましいメス犬め、と。
八雲藍は悩んでいた。
橙の心が自分から離れていくのを感じていた。
野良犬と挨拶を交わしただけのつもりだったが、やはり本能は抑えきれなかった。
いかに動物の本能があったとはいえ橙も呆れ果てているだろう。
現に、あのとき橙が自分を見るその冷たい眼差しは、スーパーで並んでいるパック詰めされた豚肉の端に添えられたよく分からない黄色の菊のようなものを見るそれと同じだった。
「―よし、橙の誤解を解こう」
八雲藍は重い腰をあげた。
「なんですかメス…いえ、藍様」
あからさまに顔をしかめる橙の表情に、藍の顔が強張る。
しかし、そこで引き下がる訳にはいかない。
「ほら、橙、これをあげよう」
橙に差し出されたのは金色の稲穂を実らせた猫じゃらし。
猫はこれを見たら飛びつかずには居られないという、究極の玩具である。
「……なんですか?」
だが橙は手ごわい。目の前で揺れる猫じゃらしを目で追いはするが、ピクリとも動かない。
そこで藍は懐からすっと木ギレを取り出し、橙の目前に突きつける。マタタビだ。
この香りを嗅いで、ネコ科動物が抗えるわけがない。
「……藍様、私は藍様と違って自分の本能を抑え付けられないわけではありません」
多少鼻がヒクつき、心が揺らいではいるものの、橙はそれほどでもなく耐えている。
必死な藍に、橙は口を開いた。
「私は―――」
声が震えている。よく見ると、それに呼応するように先程から体も震えていた。
「わたしは、強くてカッコイイ藍様が好きです…それなのに、藍様は…藍様は…」
震えながら言葉を紡ぎ始めると、橙は糸が切れたように泣き出した。
「ぐずっ、わだしはっ、藍様がっ、もっとっ、かっこいいところがっ、見だいのにっ…!」
「犬じゃっ、犬なんかじゃっ、無いのにいいいいっ!」
藍はようやく自分の愚かさに気がついた。
犬の本能に簡単に負け、犬のような行動を取ってしまうことは、恥辱などより遥かに重いキズを生む。
橙が見ていた。
自分の式、かわいいかわいい我が子のような式が見ていたのだ。
「ごめんな…橙、こんな頼りない藍様で」
「うぇっ…うぇっ…らんさまのばかぁ…っ」
そして数日後。
マヨイガの柱にアンモニア臭がする原因が藍だと気付いた橙は、二度と口を聞いてくれなかった。
あ、いや、でもそんな藍様眺めてみたい。
イヌ科ですが犬ではありません。
寝て目が覚めたらいつもの藍様に戻ってる。戻ってる。
これからも精進して参りますのでどうか長い目で暖かく見守って頂けるととても嬉しく思います。
>ふと家の
「見ると」か「気付くと」もしくは「目をやると」なんかが抜けています。
>おぼわしき
これは「おぼしい」と「おもわしい」が混ざってしまっています。
>まさか自分の(中略)嗅いでいる。
文末に「とは」や「なんて」などの言葉をいれないと「まさか~」の用法から外れてしまいます。
省略された文が導けなくなりますので。
>顔をしかめる
顔をしかめるのは体調のせい。眉をしかめるのは他人によってもたらされる不快感のせい。
もっとも、これはプロでも間違えている人が多いようですから気にしなくても良いかも知れません。
>マヨヒガの柱にアンモニア臭がする~
マヨヒガの柱からアンモニア臭がする~
また、文章のお約束が守られていません。
特に、句点を打つべきなのに読点としている箇所が多くあります。
もう少し文の作法を勉強したほうが良いかと思われます。
最後に作品内容のほうですが、僕はあまり好きにはなれませんでした。
本能云々でいうなら、犬ってのは狐狸の天敵みたいなものですから、ネタ自体に疑問を抱いてしまいます。
その疑問を置いておくとしても、藍と橙の和解(?)シーンが弱すぎるため、
オチの「結局は本能に勝てていない藍様」が落ち切っていない印象を受けました。
ここまで人物像が違うと、ちょっと壊れてるというより異変レベルに感じ、なんでこんな性格になったのか理由が欲しくなりました
藍様は狂ってしまいました おしまい ではギャグなのにもやもやして終わってしまいました
ギャグでももう少し話を構成したほうがいいと思います、頑張って下さい
申し訳ございません、最後に小説を書いてから5~6年ほど、ずいぶん間が開いたこともあって、このような単純なミスを見逃してしまったあげくに、指摘を受けてようやく気がつくという醜態を晒してしまいました。
私の知らなかった「おぼわしき」や「しかめる」の意味など大変勉強になりました。ありがとうございます。
狐がイヌ科なのでイヌみたいなもんだろう、と思っておりましたが調べてみたところキツネ側の習性についてはあまり言及されておらず、結局どちらか分からないまま書いてしまいました。
また、落ちの弱さや和解シーンの印象の薄さなど、これからはメリハリを付けていけるよう努力していこうと思います。
>14
狂気の沙汰ほど面白いかと思っている赤木しげるです。(見た目はどちらかというと船井です)
どうせ崩壊させるなら最後まで突き抜けた方がいいかと思い、このような感じになりました。設定を練るという方向性も考えなくはなかったのですが、あえて省いた方がストレートに分かりやすくギャグとしての内容が伝わるかと思ったのですが、理由付けもまたひとつのギャグ要因として生かすことができそうですね。
がんばります、ありがとうございました。
キャラ崩壊大歓迎