Coolier - 新生・東方創想話

未来はまだ描かれていないから

2010/09/10 18:37:16
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 古い歴史についてひとしきり語り終え、酒でも飲もうか、と年代物にも程のあるおちょこに酒を注いでいると、ふと慧音が不思議そうな顔で言った。

「珍しいですね」
 
 慧音の来訪も珍しかったけれど、その視線の先にある一つの花瓶、それはもっと珍しかったに違いない、いや、珍しいどころか、私の家にこんなものが有ったことは今までに無かった。大げさな言い方をすれば、前代未聞のことだろう。

「まあ、柄じゃないだろうね」

 まだましな方のおちょこを手渡しつつ答える。私の家は、せいぜいがあばら屋と廃墟の中間、と言ったところだ。ありとあらゆる所から吹き込んでくる風のおかげで夏は暖かく、冬は涼しい。虫食いだらけの大黒柱は風に吹かれてはミシミシと音を立て、その他の惨状は口にしたくもない。
 
 竹林のおかげで夕暮れ時なのに薄暗く、灯りは粗末な行灯だけ。最近は「ガス灯」とやらも設置され始めて、夜でもかなりの明るさに包まれている人里とは、比べるのもおこがましいだろう。
 たまには人里にでも引っ越そうか、と思う時もあるけれど、先立つものはなく……あの喧噪にも馴染める気がしない。少なくとも今は。
 
 そんなボロ屋には、殆ど物も無い。どうせ私は飲まず食わずでも、睡眠を取らずとも、どれだけ劣悪な環境であっても、死ぬことはないのだから。そんな家に、安っぽいけれど真新しい花瓶が置いてあるのは、確かに珍しい。殆ど物のない部屋を見渡しても、実用品以外の物はその花瓶くらいしかない。それに花が挿されているとなれば、珍しいに加えて柄でも無いだろう。

「柄? ああ、いえ、そう言うことではなくて――」

 ただ、慧音の珍しいは花瓶が有ると言うことでは、あるいはそれだけでは無かったようだ。考えてみれば、慧音の存在を抜きにしても、三つくらいは珍しい事があるだろう。一つは私の家に花瓶があること、

「この時期にライラックがあるなんて珍しいな、と思いまして」

 季節外れの花を咲かせられる奴もいるから、あり得ないとまでは言わないけれど、春の花であるライラックが秋の我が家にある。これもまた珍しい事だ。 

「その辺で拾ってね」

 三つ目は慧音には言わなかったけれど、やはり珍しい。もう、花瓶に挿してから優に一月は経つ。なのに未だに生き生きとした姿で甘い香りを放ち続け、同時に枯れる、それどころか何かしらの変化が有ったようにも見えない。つまりはあいつ、永遠を操るお姫様からの贈り物だと言うことだ。

「素敵な贈り物ですね」
「拾い物だって」

 慧音には何も言わなかったけれど、秋に飾られた春の花を見れば、その意味はわかったのだろう。微笑ましそうな顔でこちらを見つめていた。少し気恥ずかしくなったので、酒を飲むようにしては口を閉じ、目を反らしては花の方に視線を移す。
 枝の先に咲いた、白いライラック。凄く美しい花、と言うわけもない、どちらかというと地味な部類に見える。ただ、そのくらいの方は私が好きだ。

 しかし、どうして輝夜はこんな花を贈ったのだろう? 輝夜が送った、というのは状況証拠からの推測でしかないし、そうでなくてもわざわざ聞こうとは思わないせいで、今でもその理由はわからない。
 
 一月ちょっと前、軒先に一つの箱が置いてあった。迷いの森を抜けられる奴は少ない。そして、私の隠れ家を知る奴は更に少ない。慧音だったら無造作に地べたに置き捨てるなんて事はしないだろう。となれば永遠亭の連中以外にはいない。
 箱には何も書かれておらず、添え状が付けられているわけもなく、何が入っているかもわからない箱。中身は爆弾だっておかしくはない。なんせあいつは、私を殺すことが生き甲斐みたいな女なんだから。そう考えると、開けるか捨てるか、流石に一瞬は逡巡した。
 それでも結局は開けた。中身のわからない箱を見たら開けたくなるのは、今も昔も変わらない人の常のようだ。幸い、私は年を取る恐れはないし、雀を助けた覚えもない。好奇心の導きのまま箱を開けてみる。爆発は無かった。安堵しつつ、恐る恐る中身を覗くと、むしろ拍子抜けしたような気分になってしまった。そこに入っていたのは花、それだけ。爆弾は勿論、毒蛇も、蜂の巣も、希望も入ってはいなかった。ただ、ライラックだけが入っていた。

「ところで」

 と慧音が言って、目の前の酒を一口飲んでは、慌てて意識を現在へと戻す。ただ、慧音の言葉を聞いていると意識をまたどこかへと移したくもなった。

「知っていますか? ライラックの花言葉を?」
「いや、知らないな」

 長年人目から隠れて生きてきた私は、花言葉のような事には明るくない。付け加えれば、花言葉なんて可愛らしいものは、花瓶どころじゃないほどに柄でない気がする。

「私は全く興味が無いけれど……慧音は花言葉に詳しいのかい?」
「多少は知っていますよ」

 慧音の言う「多少」は多少どころではないと言うことは重々承知していたので、

「可愛い趣味もあるんだな、花言葉なんて」

 とからかってみた。少し恥ずかしそうにしては慧音は否定するのだけど、その仕草が可愛らしくて、私は声をあげて笑ってしまった。そうするとまた……その堂々巡りを「コホン」と芝居じみて言ってはせき止め、ようやく慧音は話を戻した。

「花言葉も、歴史に支えられた様々な文化の特徴が感じられて、中々興味深いのですよ。まあ、それに関して話すのはまたの機会として、まずはライラックの花言葉ですけどね」

 ああ、と思った。私は花言葉に詳しいわけではないけれど、ろくでもない意味の花言葉があることは知っている。「復讐」とか「呪い」とか。ライラックもその類だろう。なるほど、ただ綺麗だな、と思っていた花に実はそんな意味がある、輝夜らしい陰険な嫌がらせだ。

 と言っても、花に罪はない。そんな迷信に囚われず、私はせいぜい花を愛でてやるとしよう。

「一番有名なのが『友情』ですね」

 酒をこぼしそうになって、同時に口中に酒を含んでいたせいで確実にむせた。ただ、幸い呼吸をしなくても私はなんとかなる、凄く苦しくて、少しの間死ぬだけだ。ぜいぜい言いつつ問いかけた。

「……他にはないのか? 一つの花でも色々あるんだろう? 例えば『復讐』とか」
「それはクローバーですね」
「『呪い』なんかは?」
「それは黒百合です」
「……『不老不死』は無いかな?」
「ウイキョウの花言葉ですね、薬でよく使いますから、その連想でしょう」

 どこが「多少」だ、ウイキョウなんて植物、生まれて初めて聞いたぞ。私ほど薬に縁がない奴もいないのに、と毒づきたくなったけれど、

「他のライラックの花言葉は……青春の思い出、後は初恋、そんな所でしょうか」

 そんな言葉を続けられると毒づく覇気も無くなる。初恋は虫酸が走りそうだし、そもそも千歳の時の事を青春と呼ぶのか? という事を置いておいても、殺しあいが青春の思い出なんてのは最悪にも程がある人生だ。

「そうか、じゃあ慧音にそんなライラックをプレゼントしてあげよう。友情の証さ」
「お気持ちは嬉しいのですが、気持ちだけ受け取っておきますよ。ライラックがないと、随分殺風景に見えそうですから」

 呪いの手紙を転送出来なかったような気持ちになりながら、

「一服してくるよ」

 と言っては間を作ろうとするのが精一杯だった。
 冬は絶望したくなるくらい寒いけれど、この時期の竹林は涼しくてありがたい。指先で煙草に火を付けて、空に吹き出す。蓬莱人の肺を通っても不死の煙にはならないようで、力なく立ち上っては風に吹かれて消えた。

「夜風が心地いいですね」

 私が吸い終わった頃、慧音もまた外に顔を出した。実際、心地よい夜だった。空に雲は見えなくて、上弦の月と、竹林の合間合間に見える星空。半分が隠れた月に、竹林で大半が隠された星だけが空に浮かんでいた。
 大昔の事を、なんとなく連想した。男と女は御簾を挟んで合うのが粋、なんて時代。私が子供の頃、まだ普通の人間だった頃。噂に聞く竹取の姫に憧れたりもしたっけ……
 男と女となれば古くさいけれど、隠れた方が魅力的に見える、と言うのはわかる。「垣間見」故の美しさだって。ああ、花言葉もそうか、一見してわからない意味を隠してるのは確かに魅力的だ。と女々しく思うくらいには、夜空が綺麗だった。

「あれがなければもっと心地よいんだけど」

 夜の竹林は暗い。まあ、夜が暗いのは当然だ。他の所も月明かりがない夜、雲が出た夜、となれば、当然、目の前だって見えなくなる。二つの場所を除いては。人里と妖怪の山、その二つを。
 私だって人間だ。人里が明るい理由はわかる。そこに夜盗が、獣が、それか妖怪が、どんな脅威が待っているかわからない。星が見えないともなれば、自分がどこにいるのか、どこに向かっているのかもわからなくなる。そんな夜が、闇が怖くない人間なんてのは蓬莱人くらいだ。

「河童の工場ですか」

 ただ、妖怪の山の連中はそうじゃない。いくら夜目が利いて――夜の光の方が心地よい、と言っても、あいつらも光が有った方が物は見えやすいらしい。恐怖からではなく、何を作っているのかわからない工場を上手く回すため、夜もすがら電灯とやらの灯りを灯し続けているのだろう

「ああいうまぶしさが見えると、『すこしことさめて』って気分になるな」
「そうですね」

 慧音に背を向けて、風下へと少し動いて煙草に火を付けた。もう一本吸いたい気分だ。甘い煙が口中と肺を満たす。

「この間、行ってきたよ。山に」
「どうでした? 無事に会えましたか?」

 千三百年遅れで、八ヶ岳、いや、妖怪の山へと私は昇った。そこに住む不死の仲間に詫びるために。咲耶姫との約束を違え、蓬莱の薬を供養しなかったこと。千三百年も登頂が遅れたこと、そして何より岩笠のこと。

「ああ、それを話すと立ち話にしては長くなるけど……」

 そう言うと慧音は「そうですね」と言っては詫びた。ただ、むしろ立ち話くらいがちょうどいいのかもしれない。慧音は私の過去を知らないわけでは無いが……事実はまだしも、全ての思いを話すのは、酒を飲んだ頭ではしたくない。
 
 夜は恐ろしい。富士山を登った時、それをどれだけ実感したのだろう? あの山はとてもじゃないけれど、子供の足で上れる場所ではなかった。ましてや、大人を尾行してなど。それでも、陽のある内は、辛いだったり、見つかったら? という程度の不安ですむ。だけど、夜は違う。
 岩笠達の持つ灯りだけが、私と世界を繋いでくれるような気がした。それを見失ったら、世界に一人取り残されるような気がした。だけど、私には無為に近づくことは出来ない。私は隠れて、彼らを尾行――とっくに気づかれていることも知らずに――していたのだから。

 灯りだけが頼りなのに、近づくことは許されない。ひょっとしたら、山道よりも、灯りを見失う恐怖、人を見失う恐怖。その方が辛かったとも思える。
 だから、八合目で力尽き、そしてとっくに私に気づいていた岩笠が引き返し――私を助けてくれた時。水を差しだしてくれた時。あの瞬間、私の輝夜への復讐、子供じみた意趣返し、は失敗したはずだった。なのに、その下らない計画が頓挫した事への悔いは、微塵も無かった。
 ただ「助かった」という思いだけがあった。そして、岩笠や連れの兵士達と励まし合いながら山を登った時、彼らの声が、存在がどれだけ心強かっただろう。昔も、今でも心底思っている。彼は間違いなく命の恩人だと言うことを。
 仮にあの時岩笠が私を置いて山に登っていたら、私は確実に死んでいただろう。野垂れ死んでいただろうか? あるいは殺されて、獣か妖怪の餌になっていただろうか? そして岩笠は少なくとも私を助けた場合よりは長生きが出来て、蓬莱の薬は供養され、消え失せていた。

 そして、そんな命の恩人を私は殺した。

「でも、そうだな、案外思っていたような神様じゃなかったな、石長姫は」

 別に、岩笠を殺めた事を、少なくともその事実に関して言えば、私は隠す気は無い。それは過去にあった、消しようのない事実で、時効などもきっと、永遠にないから。
 そういえば、昔、輝夜が自嘲的に、だけどどこか楽しそうに、己の事を「永遠と須臾の罪人」と言っていた。
 人には、須臾の罪しかないのだと思う。死ねば彼岸で閻魔様に裁かれ、無間地獄に墜ちようが、いつかは全てを忘れ、生まれ変わるのが人間、いや、蓬莱人以外の全ての生命だ。だが、私たち蓬莱人は違う。どんな裁判官も、牢獄も、それどころか星や宇宙さえも私たちよりも早く朽ち果てるのだから。
 無論私たちを殺すことも出来ない。だから、誰も私たちを裁ける物など居らず、永遠に禊ぎの済まされない罪が、穢れが残り続ける……それが永遠の罪人、蓬莱人。

「書物でしか知りませんが、どのような神か、と言うことについては私も知っています、ですが、貴方が思っていた事とは、どのように違ったのでしょう」
「私が知っていたのは慧音の言っていたことくらいだけど……不変を司る神、と言ってたっけ」
「ええ」
「だけど、人間、いや、神様か。それでも変わるものだと思ったよ」

 短い立ち話で言えるのは、ほんの少しの彼女の話だけだろうか?





「なるほど、確かに石長姫は外の世界でもさほど信仰の厚い神だとは言えません、ましてや幻想郷ともなれば」
「おまけに器量もイマイチと言われてるとな……」

 単に書物に書かれているだけではない、私は、石長姫も咲耶姫も、姉妹共にこの目で見た。咲耶姫は、噂に違わず美しい神様だった、私が改めて語る必要もないほどに。花が咲くように美しい、なんて言われるが、花にしてもこの部屋にある、地味なライラックのことでは間違いなくないだろう。
 それほどに美しかった。背筋が凍るほどに神秘的で、美しかった。例え血の海の上ですら美しかった。
 石長姫は……そこまでの器量は無いように思えた。それだけに留めよう。

「外の世界でも大概は咲耶姫の――この様な言い方は失礼かもしれませんが――添え物のように祀られてる神社が殆どですからね」
「世の中顔か、世知辛いな」
「もちろんそれだけではありませんけどね」

 と慧音は言うけれど、少なくとも、こと幻想郷ともなれば、神降ろし――神の力をその身に宿す、神聖な神事。そのために招く神を「美形だから」という理由で決めようとした巫女のいる神社が長らく信仰を――全体数は少なくとも――独占していたわけだ、さもありなん、と思わなくもない。

「世の中馬鹿が多いからな、輝夜みたいな性悪な引きこもりの我が侭娘に五人も人生が狂わされたくらいだ」

 五人の皇子について改めて言う必要は無いし、中でも一人については口にしたくもない。代わりに物語にもならないような輝夜の失敗談を山のように話してやった。流石の慧音も苦笑しては、

「貴方もそんなに輝夜さんと差があるとは思えませんよ」
「なあに、慧音だって。惜しむらくは言葉遣いかな。もう少し柔らかく話せばいいのに。今はわりと柔らかい気もするけどね」
「そんな性格ですから」

 私たちがどう馴れあおうが、輝夜は物語になる美人で私たちはそうじゃない。私たちは無駄な褒め合いをやめては本筋に話を戻す

「でも、それだけ、顔のせいだけではないか。確かにあまり頼りがい、というか信仰のしがいは無さそうだったな、博麗神社じゃないけど」

 博麗神社、と言うと、「知っていますか?」と前置きして慧音が続けた。

「以前、霊夢から相談されたんですよ。木花咲耶姫命を勧請しようかと考えてるんだけど……などと」
「どうしてそう思ったのかね? これといった縁が有るようにも見えないけれど」
「咲耶姫は酒の神でもあります。大方、酒の神を祀れば信仰が増えるとでも思ったのでしょう」
「なるほど、あいつらしいわかりやすい発想だな」
「古道具屋の店主に勧められたそうですけどね」

 しかし、慧音が昔言っていた事が正しいのなら、元々石長姫は、咲耶姫の性格に嫌気がさして、山と、本来の姿の八ヶ岳と共にここへと移ってきたはずだ。
 そもそも、正確に言えば八ヶ岳と言う名の山は存在しない。私たちが八ヶ岳と呼ぶ物は、いくつかの山が集まっている山塊だ。そして、いくつもの山が一所に集まっている理由。慧音の言によれば、かつての八ヶ岳は石長姫の住まう一つの山だった。富士山よりも高い山だった。だが、咲耶姫は自分の山、富士山よりも高い山が有ることが許せなかったらしい。

 そして、咲耶姫はその富士山より高い山を八つの山に砕き、今では八ヶ岳と呼ばれる山塊にして、無理矢理富士山をこの国で最も高い山とした、とのことだ。
 なんとも豪快な話で、私でもそんな妹がいれば身を隠したくなる。そして、そんな過去が有るにも関わらず、御利益確かな妹の咲耶姫は、石長姫の隠れたここでも祀られようかとしていていたわけか。

「結局は取りやめにしたそうですが。確かに、咲耶姫を祀るとなれば名前を――浅間神社、博麗浅間神社とでも――変えなければなりませんしね」
「あれでも一応は名前に愛着があったのかな」
「そうだとすれば、己の神社に祀られている神の名程度は把握しておいて欲しいところですが……」

 はあ、と溜息を付いては慧音は言った。私も知らなかったので聞いてみたが、あいにくその名は聞いたこともなかった。御利益のない神様だから無名なのか、無名だから御利益がないのかはわからないが。博麗神社の御利益の無さも言わずもがな、と言ったところだろうか。

「ですが、疑問が解けましたよ」
「疑問って?」
「いえ、妖怪の山は元は八ヶ岳、石長姫が鎮座する山というわけです、しかし、今あそこで信仰を集めているのは――」
「山の上の神社、守矢神社か」
「はい、それを思うと、何故石長姫が黙っているのか? とは常々思っていました」
「言ってみれば、自分の店の中に商売敵が店を出したようなものだからな」
「博麗神社の中に守矢神社の分社があるように、もちろん神社同士の共存、あるいは信仰同士の並存もできますが……今は共存どころか、存在を脅かされる程でしょうからね、守矢の神話にもありますが、神とは言え……神だからこそかもしれませんが、信仰、引いては存在を脅かされれば、時には敵対することもあります」

 慧音の疑問を解いた、先ほどの短い立ち話を要約すれば、延々と石長姫の愚痴を聞かされた、とまとめられるだろう。
 仕方のないことだとは思う、これといった御利益も感じられず、おまけに信仰を集める努力もしなければ、力を失うのは必然で自業自得かもしれない。
 
 が、それでも石長姫は不変を司る神だ。妖怪の山、元は八ヶ岳――富士山よりも高い、この国で最も高かった山――が、咲耶姫に砕かれる前の、本来の姿のまま残されている事が、その何よりの証拠だろう。
 だが、今の石長姫の力は、山をかつてのままにしておくこと、それが限界のようだ。下品な電灯、黒煙を放つ工場、そして、信仰を集める守矢神社。それらが立つことを、山の姿が変わることを留める力は、もはや今の彼女にはない。

「ですが、貴方の話を聞いてわかりました。今の彼女には、他の神社が信仰を集めるのを止める力もないのですね」
「だろうな、相談されたよ『やはり、あの風神を見習ってもう少しフランクになった方が信仰が集まるのでしょうか?』なんて」
「河童や天狗も馬鹿ではありません。もし山が本来のままである、今の形を失っては困るでしょう、それを考えれば信仰が皆無となることはないと思いますが……」
「例えれば、急に家が小さくなるようなものだろうしなあ」
「ええ、ですので、それだけの信仰、山の高さを保てる程度の信仰はしているはずです。ただ、それだけでしょうね」

 神様の世界も楽ではないな、と思うと、いくらかは同情を感じる。

「神様の世界もあれこれ大変だな、それにつけて人間の現金な事と言えば」
「仕方有りませんよ、それこそ神は八百万もいるのです。全てを信仰するなど土台無理なことでしょう」

 慧音も諦念混じりでも、幾らかは同情したのか、苦笑を浮かべながら話していた。

「それに、人間が信仰すれば利益などどうとでもなるのですから」

 慧音が言うには、咲耶姫の御利益は数多いらしい。酒の神だと言うのは先に聞いたけれど、他にも五穀豊穣、縁結び、安産。変わったところじゃ養蚕にも御利益があるとの事だ。元々は富士山――つまりは火山を象徴した、火の神だそうだけれど、それが養蚕に結びつくというのはイマイチわからない。
 一応はどれも謂われ、由来――例えば酒の神だという事に関しては天舐酒、甘酒の起源を彼女が作ったとされるから――はあるそうだが、

「中には他の神と混同された事がきっかけの謂われもあるようですね」

 と聞いては怪しいものだ。一方の石長姫にも、一応は御利益がないわけではない。流石に不変を司るだけはあって長寿の御利益はあるそうだ……信仰さえ集まっていれば。あとは妹同様の縁結びや、妹の安産と繋がったような母乳の出をよくするなど。妹と繋がった御利益が多いのは、彼女のせいだろうか? それとも人のせいだろうか?

「まあ、餅は餅屋と言うように、出来ればその様にちなんだ願い事をするのがよいのですが、実際、中々そうはいきませんからね」

 守矢神社が出来るまでは、神社と言えばそれだけで博麗神社を意味していた。一応、遙か昔に立てられては管理する物の居ない社程度はあったけれど、神に仕える者が常駐して、まともに管理されている神社は他に存在しなかったのだから。
 なんせここはそこら中に神様が歩いている場所だ、神社によらない信仰も皆無ではない。あの秋の神はその典型だろう。どこかできちんと祀られているとは思えない神だけれど。祭りに呼ばれては、美味しい焼き芋を焼くくらいの御利益は施しているわけだ。

 ただ、きっちりと神事を行っては願掛けをしたいとなれば、皆が博麗神社の神様に頼るしかなかった。どんな力を持つ、どんな神が祀られているかもわからない神社の神に。
 もっとも、旗違いな力しか持たない神様に頼らざるをえないと言うのは、他の神社、外の世界で私が見てきた神社でも変わらないだろう。都ならともかく、田舎の村に、神様を選べるほど多くの神社があるわけもない。大概の場合は、地元に由来した神が、貧相な社に祀られているだけだけなのだから。 

「流石に神職に携わる物がいい加減では困りますが、ある程度我々はいい加減でもいいのですよ、信仰された神は力を持ちます、例え不得意な事でも力があればどうとでもなりますしね」

 そんな田舎の神様だろうが、頼られれば、信仰を集めれば力を持つし、機嫌だって良くなる。当然、人間に力の及ぶ範囲で力を貸しては、本来の性質とは無縁の利益も時には生み出す。

「これも何かの縁です、貴方も分社を作って石長姫を祀ってみてはいかがでしょうか? 何か御利益の一つでもあるかもしれませんよ? さほど難しいものではありません。魔理沙だって守矢の分社を作ったほどですからね」
「茶飲み友達くらいにはなるかねえ……」
「本来、神社に祀られるのは神霊です。分社ももちろんで、守矢の二柱のように肉を持つ神が鎮座するわけではないので茶飲み友達とはいかないかもしれませんが――」

 慧音は笑いながら、二度と慧音がしないんじゃないかというくらい悪戯っぽく笑いながら言った。

「悩み事の相談くらいは出来るかもしれませんね、そう、憎い相手からライラックをプレゼントされて困惑した際に相談するくらいには」
「なんのことだか」
「不変を司る石長姫ですら、真の意味で不変ではありません……神の存在は、人と、その信仰に支えられているのですから」
「まあ、昔の石長姫なら『フランク』なんて言葉は使わなかったろうなあ……」
「そして、石長姫すら変わるのでしたら、蓬莱人もまた変わっていいのではないでしょうか?」

 その通りだろう。輝夜はずっと、永遠の魔法をかけられた永遠亭の中で生きてきた。全ての変化を拒む、永遠の世界の中で。私も、それと大差ない生き方を、不変の過去に縛られた生き方をしてきた気がする。
 輝夜は永遠の魔法を解いた。私もまた、変わってはいる気がする。ただ、私と輝夜の関係は多分、再会した時から何も変わっていない気がする。
 ……変わる必要性があるとは言わずとも、変化の可能性を頭に入れても損は無い。それは確かだ。ひょっとすると、そう思えたこと自体が私の輝夜の関係に生じた変化なのだろうか?
 
 それに、ふと思った。私の罪を消すことは出来ないけれど……荷を軽くすることは出来るかも知れない。もう一つ思ったことは、人間で有る私にも彼女のために出来ることがあるということだ。信仰すると言うことが。

 それは守矢の信仰と比べれば蟷螂の斧のように弱く、小さな信仰かもしれない、ただ、私は永遠の、不変の信仰を彼女に捧げることが出来る。不変の神に相応しい信仰を捧げることが。





「どうしたものかね」

 私は目の前の鳥の巣、正しく言えば石長姫を祀った社に話しかけた。あいにく神霊の彼女に口はないから、返事を返してはくれない。それでも、なんとなくだったけれど、彼女が話を聞いてくれてるんだろうな、とは実感出来た。
 それだけで、十分彼女を信仰した価値はあると感じた。忘れてはいけない事を、彼女も共に覚えていてくれている。私が罪をあがなおうとする道を、彼女が見てくれている。

 具体的に何をすればいいのかはわからない。でも、別にそれでいいのだろう。それを考える時間は無限にあるのだから、もし私がいつまでも何もしなかったり、罪を一切あがなわなければきっと石長姫が私に罰を与えてくれるはずだ。
 もしかしたらその時に彼女を信仰しているのは私だけかもしれないし、それだけにとてもちっぽけな罰かもしれないけれど、確かに罰を与えてくれる。そう信じている。

 だから岩笠たちの事を考えるのは後に置いておいて、とりあえずは輝夜とライラックだ。

「そりゃ、殺し合う仲よりは仲良く酒でも飲んだ方がましだろうけどねえ」

 慧音の言を考えれば、和解の印か何かで、「友情」の花言葉を持つライラックを送ってきたのだろう。

「そうは言っても、これまでがこれまでだからな」

 輝夜を殺したことはごまんとあるし、殺されたことも。そんな憎い、いいや、憎かった相手と仲良く、か。
 昔の私だったら虫酸が走るような事に思えただろうけど、不思議でも何でもなく、今の私にはそうは思えなかった。
 私が蓬莱人になってから、もう千三百年は経った。口でなんと言おうが、心でどう思おうとしようが、実際に心底輝夜を恨めたのはその半分もない時間。六百年くらいだ。蓬莱人になってから六百年も経った頃には、もう恨むことにも飽いて、疲れ果てていた。

 ……いや、最初の三百年は恨む余裕すらなかった。そう思えば恨んでいられたのは三百年。私の人生の四分の一もない。私の半生を思い返せば、輝夜を恨んでいた期間より、そうでない期間の方が長い。
 そして、人生で最悪な期間はそれからの三百年間。輝夜と再会するまでの三百年間。後悔することにも飽きて、恨むことにも疲れ果てていた三百年間。

 あの時の事は、もう殆ど覚えていない、違うな。最初から知らなかったのだろう。起きているか寝ているか、生きているかどうかもわからない、考えることすらおっくうになっていた三百年間だったのだから。
 これを認めるのは癪だけれど、だけど認めないといけないだろう。そんな私の凍っていた時間を溶かしたのは憎い宿敵だったと言うことを。

 まったく、考えるだけでも癪だ。否定できないのはもっと癪だ。だけど、輝夜と殺し合う日々のなんと楽しかったことか! 忘れたはずの憎さは確かに蘇った、だけど、それを覚えていられたのは一年、いや、一月、もしかしたら一日だけだったかもしれない。
 親愛の情も憎悪も、突き詰めれば相手への思いがあふれ出す感情だ。それを振り絞って殺し合う日々の甘美なことと言えば。

 蓬莱人になって良かったと思えるころもあれば、悪かったと思うこともある。その時々でどちらを多く感じたかは違えども、常に私はその双方を感じてきた。ただ、蓬莱人だからこそ味わえる輝夜との殺し合いの楽しさ。それに関しては良かった事、と認めよう。また癪な事だが。

「もう、あいつと再会してから四百年か」

 そう、四百年。「七代まで祟ってやる」なんてのは木っ端妖怪がお得意の捨て台詞だが、そんな呪いを解くにも余りある時間だ。実際の所、私も輝夜も昔と違って、最近は頻繁に殺しあいをするほどに暇ではない。少なくとも私は。
 あいつと殺しあいをするよりも、人間の護衛をする方がどれだけ生産的で、かつ感謝される事だろう。噂に聞くには輝夜も展覧会を開いたり、盆栽育てにせいを出したりと忙しいようだ。

「お前も……いや、石長姫様だって変わったんだよな」

 慧音の言ったとおり、不変を司る神ですら変わる。慧音の話によれば、石長姫に呪いをかけられるまでは、人は今よりも遙かに長い寿命を持っていたと伝えられているらしい。そんな恐ろしい存在ですら変わる。短命の呪いをかけた神も、今では健気に人のために御利益を与えているわけだ。外の世界の神社にいけば、疎んでは姿を隠したはずの妹と共に祀られて。

 ……理屈はわかるものの、どう輝夜と接するべきか頭を悩ませていると、

「こんばんは」

 と言う声が聞こえた。永琳の声だ。我が家のことだから、扉も有ってないようなものだが、一応の礼儀として私は扉の様な物を開ける仕草をした。珍しいにもほどがあることだな、と思いながら。

「珍しい事もあるねえ、お前さんが訪ねてくるなんて」
「色々と事情が有ってね」
「事情?」
「そう、姫様がおかんむりでね、私にまで火の粉が飛んできそうだから逃げてきたのよ」

 どうせこいつにも一因があるんだろうな、と思いつつ、私はお湯を沸かし始めた、仙術の炎で暖められた水は、あっという間にお湯となる。

「何やら考え事がある様子ね」
「別にないよ」

 だからすぐにお茶も淹れられたのだが、それを後悔したくなった。真っ当に薪で沸かしてればお茶を淹れずに済んだのに、いや、そうだとしても、きっとお茶が沸いた頃に話を切り出したのだろう。

「逃げるのはいいけど、どうして私の家に来るのかね」

 と話を脇に逸らそうとするのが、私に出来る精一杯の抵抗だった。

「もし急患が来たら困るでしょう? 流石にそこまで公私混同は出来ないから」

 私の仕事は、要は人間を妖怪の手から守って、無事に永遠亭まで連れて行くということだ。つまりは私が永琳への窓口でもあるわけで、私の側にいればいざという急患を把握出来る。一応理屈は通ってはいるものの……

「それはそうかもしれないけどね、ところで、輝夜が怒ったって何があったんだい?」

 永琳の態度を見ていても、大方あれのせいだろうと感じるが、他に話す話題もなく、ひょっとしたらと思いつつ問いかける。

「貴方が聞いたらがっかりするかもしれないけれど……」

 そう言われようが、あのライラックの入った箱のように、気になれば聞かざるを得ないのが人間だ。

「輝夜に関する限りそんなことはありえないさ。教えて欲しいね」

 もちろん、それは嘘。ロケットの話を聞いたときのあの焦燥を思えば、ありえないなど言えるわけもない。……当然、永琳もそれはわかっているのだろう。それでも私は「ありえない」と言って、永琳も流す。それが今の、私と輝夜の関係なのだろう。

「ちょっと回りくどくなるけれど、まずライラック、白いライラックの意味を知っているかしら?」

 溜息をついては天を見上げたい気持ちになったけれど、こいつが眼前にいる以上、口中で恨み言を呟くくらいしか私には出来なかった。やれやれ、全てが誘導尋問のような気になってくる。

「知らないな、そういう可愛い趣味をもてるほどゆとりある暮らしじゃないから。働かなくても不自由なく暮らせる誰かと違って」
「誰かは知らないけれど、羨ましい人もいるものね」
「まったくだ、そして私は貧乏暇無し、花に思いを馳せる暇なんて無いよ」
「その割には、わざわざ花瓶まで買っては飾ったみたいで」
「幾ら忙しくても、罪もない花をぞんざいに扱うほどではないさ」
「そう。ちなみに、その花は姫様が魔法をかけた花なの。知ってた?」

 形式は質問だけれど、念押し以外の何物でもない。私は小声で、

「まあ、これだけ飾っても変化は無いしな……そうだとは思ったよ、かといって、あいつが何をしようが花は花だけど」
「姫様にはそんな趣味があるのよ、普通の人間なら押し花を作るような感覚かしら? 可愛い趣味よね」
「年寄りじみた趣味だな」

 そう呟いては永琳の流れに巻き込まれるままだ。蓬莱人二人の会話で「年寄りじみた」というのもなんだけど、その位つまらないことしか今の私には言えなかった。

「それで、ライラックの意味なんだけれど」

 知ってるよ、慧音が言ってた。かといって、それを永琳に言う気にはならない。こいつの前で「友情」おまけに輝夜との「友情」なんて言えるものか。

「有名なのは花言葉ね、「友情」とかそんな花言葉があるわ」
「ふうん、あの引きこもりが花言葉なんて知ってるとは思えないけどな」
「そう、残念ながら知らなかったの、そこが問題だったのよ」
 
 私は困惑を顔に出さないので必死だった。永琳が嘘を言っているのでなければ、どうしてあいつはライラックなんてよこしたのだろう? いや、それ以前に私の葛藤はなんだったのだ?

「他にもう一つ、ライラックの中でも白となると別の意味もあってね。白いライラックを飾った家には不幸が起きる、地域によってはそんな言い伝えもあるの」
「なるほど、私に不幸が起きるようにライラックを送ったと、実に陰湿で輝夜らしいな」

 私も藁人形に釘を打ったことが有ることはこの際忘れよう。

「てゐがそれを吹き込んで、面白がった姫様が兎に命じてはここまで運ばせたわけ」
「それが我が家にライラックが運ばれてきた真相か。ただ、私はそんな迷信は気にしない質だから、気にせず飾っておくよ」
「あら、迷信かもしれないけれど、それを信じる者がいれば実際の恐怖ともなり得るものよ?」

 神は信仰されれば力を持ち、人間が適当に付けた御利益を施す。無垢な花も、人の呪いに応えては不幸をもたらす。そう考えれば永琳の言は嘘では無いのだろうけれど、

「最近近くに神社を造ったんだ、きっとそこの神様が守ってくれるから大丈夫だよ、幾ら信仰が薄くても、花より力が無いと言うことはないだろう」
「来る時に見たわ。石長姫を祀っているのね、貴方らしく」

 殊更に気にはしない。あの鳥の巣を見て、どうして石長姫を祀っているとわかったのは気になったけれど。まあ、月の頭脳の洞察力を人間の頭で考えても仕方ないか。

「そうそう、話が脱線したんだけれど、なんで姫様がおかんむりかって話は――」

 私ですら忘れかけてたのだから、脱線したまま戻ってこなければいいのに、と心底思った。

「知ってしまったのね。ライラックの花言葉を」
「で、それを送る前に教えなかったお前にも、あいつの怒りが飛んできそうだから逃げてきたと」

 出来るだけ他人事のように、私が関わっていないことのように話を持って行こうとはしたけれど、

「そう、貴方に――妹紅に変な事を思われたらどうするの! みたいに怒って」

 そんなのは結局無駄な抵抗だ。

「心配しなくても、私は元からそんな意味は知らなかったから問題ないさ」
「そうね、何か考え事にふけってたようだけれど、姫様のことではないでしょうし」
「ああ、今日の夕食について考えてただけだよ」
「ところで――」

 と前置きしては永琳は話を続ける。

「貴方も神社を造るくらいだから、多少は神に付いての知識はあるんでしょうけど」
「少しはな、慧音に幾つか教えて貰ったよ、石長姫のこと、八ヶ岳のこと、そんなことを」
「永遠亭にもね、神がいるの」
「あそこに神社なんてあったっけ……それとも、もしかしてお前のことか?」

 永琳は笑ったまま、それには答えなかった。

「神社はないわね、だけど縁結びの神はいるわ。てゐの事よ」

 それは初耳の話で、そしてあの詐欺兎が神様だとしても絶対に信仰する気は無いけれど、永琳の言によれば、外の世界には白兎、つまりはてゐを祀る神社があるそうだ。そして、物好きにも信仰する人間がいるらしい。縁結びの神として。

「そうね、これはただの勘違いかもしれないけれど、また何かの縁。てゐの結んだかも知れない縁」
「いや、完全に気のせいだけだよ」
「気のせいでもなんでもいいのよ、ライラックを見て不幸をもたらすものと思えば不幸が襲いかかって、ライラックを友情の象徴と見れば友人にもなれる。世の中そんなものだから」

 信仰や御利益や奇跡も関係無いほどの、当たり前の話だろう、誰だって、不幸になる物を送られれば相手を憎く思うし、友情の象徴を送られればそうは思わない。当然、相手への接し方も変わってくる。ただの心の持ちようだ。

「……」

 言おうか迷ったが、結局は言わなかった。ただ、確実に思っている。私はもう輝夜を憎んではいない。

「まあ、選択肢は有ってもいいのかもしれないけどね、まずあり得ないだろうが、輝夜と私が仲良くする未来を否定まではしないよ」

 迷った末に出てきた一言、それ以上に思うことも無かった。私たちの命と未来は無限にあって、無限に変わり続けるのだから、それ以上のことは。

「……殺しあいよりも楽しければ、それもいいかもな」
「不変の神も、永遠の魔法をかけられていた永遠亭も変わったわ。変わる必要はないかも知れないけれど、蓬莱人が不変でいなければならない理由もないのよ」
「……わかってるさ」

 ライラックの花を「友情」の意味で送り合って楽しめる日が来るかも知れない。今のように、「不幸をもたらすもの」で送り合って楽しみ続けるかも知れない。
 別に、そのどちらでもいいんだ、と思えた。今永琳が思っているように、「仲良くした方が楽しい」と思えるかも知れないし、今の私たちのように、憎み合ってる体で殺し合ってる方が楽しいのかもしれない。

「今まで仲良くしようなんて考えたことは無かったけれど、頭の片隅の片隅くらいには置いておくかね」
「そう」

 永琳の答えは短かった。ただ、十分永琳が満足する答えだったようで、穏やかな顔をしては静かにお茶を飲み続けていた。
 私もそれでいいと思う。今までは後者の、殺しあいをしては満足する関係しか頭に無かったけれど、前者の方が楽しいと思えれば、それを選んでもいいだろう。今までは考えたことも無かったけれど、ライラックの花のおかげでそう思うことはできた。

「そろそろかしら」
「何がだ?」
「なんというのかしらね、ええと、後はお若いお二人にお任せしますって所かしら」

 勝手に一人で納得した様子を見せては、永琳は足早に家を後にした。「おい」と私が声をかける間も無く。後を追おうとしたが、既に竹藪に隠れて、永琳の姿は見えなかった。ただ、竹藪の隙間に代わりの人影を見ることが出来た。

 そう、輝夜の姿を。複雑な表情で、片手には殺意が伝わってくるような武器、ガトリング砲とか言ったか、それを抱えながら。
 その顔は怒っているようにも、焦っているようにも、困惑しているようにも見えた。

 何故か私は声をこぼしてしまった。笑い声を漏らしてしまった。
 月都万象展で飾られていたそうだから、ガトリング砲の、その無骨な姿を見た者はいるだろう。ただ、恐らくはそれを食らったことのある奴は私だけに違いない。「痛い」と感じる間も無く、悲鳴をあげる余裕もなく、人間の体を一瞬で粉々に出来るその威力を。
 こちらに近づいてくる輝夜は殺気を漂わせながらそれを担いでいるというのに……何故か、輝夜の複雑な表情を可愛いと思ってしまった。

 可愛い、とは言っても、強がっては必死に周りを威嚇しようとしている子供や、下手すれば子犬に感じるような、微笑ましさと呆れ混じりの可愛さなのだけれど。でも、紛れもなく私は輝夜を可愛らしいと思った。
 私を殺しに来た輝夜を見て、心は弾む。殺しあいはいつだって甘美で優美な、最高の暇つぶしなのだから。ただ、弾む心と共に、不思議と穏やかな気分も感じた。

 そう考える間に、私の眼前に輝夜が降り立って、ガトリング砲を突きつけながら、

「何かの手違いで私の花が貴方の元に紛れ込んだみたい」

 物騒な仕草で話しかける。

「もっとも、貴方が素直に返すわけもないでしょうから、死んでる間に持って帰るつもりだけどね」

 さて? 私はなんと答えるべきだろう? いつもの様に「死んでも返す気は無いよ」とでも言っては先手を打つべきだろうか? それとも「綺麗な花だから譲ってくれないか? お礼はするから」と柄にもなく返すべきだろうか? ひょっとしたら「花を肴に酒でも飲まないか?」なんて、「悪いものでも食べたの?」と返されそうな返事をしてもいいかも知れない。

 ああ、変わったんだな、変えられるんだな、と思った。

「そうだな――」

 とだけ言って、私は少し口ごもる。その先に繋がれる言葉? 何が繋がれるのだろう? それは、今この瞬間の私にもわからない。殺伐とした殺しあいが待っているのか、和やかな宴会が待っているのか、それもわからない。
 過去の事実は不変だ。未来はまだ決まってもいない。それを決めるのは、私がこれから紡ぐ言葉。不変の過去をどう私が捕らえるかによって決められる言葉。
 今までの殺し合いの歴史は、これからの殺しあいのためにあったのかもしれない。これからの仲睦まじい付き合いのためにあったのかもしれない。どちらの未来が待っているか、未来に過去の意味をどう捉えるようになるか、それは次の言葉に懸かっている。

 自分が緊張していると感じられて、呆れ顔を浮かべそうに思えた。おいおい、どうしてこんな些細な事で、おまけに輝夜の前で緊張しないといけないんだ。緊張が心地よいとも感じられれれば、苦笑いを浮かべたくもなった。

「――」

 そんな緊張を抱えるのが馬鹿らしくなったので、私は短く答えを返す。さて? 輝夜はどんな反応を返すのだろう? 私たちにはどんな未来が待っているのだろう?
 それは現在の私にはわからないけれど……どう転んでも愉快な未来だと思えた。緊張は消え、心地よさだけが私を包んでいた。
"The Future Is Unwritten"――Joe Strummer

 私的な事ですが、今年は猛暑ゆえに、実にビールを美味しくいただくことが出来ました。結果は言わずもがなで肉体へと跳ね返ってきます。
 それは過去の事実で変えられないのですが、ジョギングをして減量に成功した未来も有るかもしれません。節食して減量に成功した未来もあるかもしれません。今のまま怠惰な生活を続け、より太った未来もあるかもしれません。
 そして、出来ることならば今の行動によって減量に成功した未来を掴みたい、そう考えています。酒を飲まずにはSSを思いつけないという問題もあるのですが……
Pumpkin
[email protected]
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
派手ではないものの深い、心に残る大好物の話でした。
3.90名前が無い程度の能力削除
輝夜の出番は少ないにも関わらず、なんともいい関係が伝わりました
タグに偽りなし
5.100名前が無い程度の能力削除
どう変わるか誰にも分からず、どうとでもなれそうなこの二人の醍醐味を堪能しました。
6.100名前が無い程度の能力削除
儚月抄の空気が感じられました。好きです、こういった原作調の作品は。
8.90名前が無い程度の能力削除
少なくとも1300年は生きてる二人に向かって若いっていう永琳さんかっこいいっす。
一体歳いk(ry
10.100名前が無い程度の能力削除
年齢が億を超えてるって噂の永琳なら二人を若者扱いできるのかもしれませんがw
14.100山の賢者削除
真に変わらないものなんてそんなにないもんですね。
いやよいやよも、なんて恋の原則もかわりはしないと。
23.100名前が無い程度の能力削除
すばらしい永夜組。
前向きな妹紅が好きなので大変楽しませて頂きました。