はい、皆さんこんにちは。
空気が読める程度のデキる女、永江衣玖です。ごきげん麗しゅう。
そうなんです、皆さんお察しの通り、我らが総領娘様は今日も今日とて地を這うものたち相手に喧嘩を売っておられまして。なんでも、どちらが幻想郷最強かを決める戦いだとか。
構って欲しいなら構ってくれと言えば良いだけなんですけどね。どうしてこうなってしまうんでしょうか…。
「はっ、人間のクセにやるじゃない!」
「ただの人間じゃないわ、天人だって言っているでしょうっ」
「ちがいがわかんないよ!」
ええ。これだけで分かる方もおられると思いますが、我らが総領娘様に対する本日の相手は氷の妖精。
…妖怪や人間はまだしも、妖精相手に戦いを繰り広げているなどということが分かれば、比那名居の家名が傷つくとか考えられぬのでしょうか。いえ、あの妖精がかなりの力を有しているのは事実なのですが、問題はそこではなくて、ですね。
まぁそんな私の思いなど気にもされず、目の前では地が割れたかと思えば氷塊が降り注ぎ、なんか随分と相性の悪い戦いが展開されています。
これが位相を狂わせる妖怪兎と、距離を操る死神の戦いなどですと、互いの能力が面白いように作用して見栄えが良いのですが。
「えい、えーい!」
「っ、この…ちょこまかとぉ!」
なんと申し上げるべきか。宙を舞う雪や氷の結晶は非常に美しく、そして大地を突き破り隆起する岩盤や要石は雄雄しいのですが。
「ふたつあわさるとミスマッチなだけですねぇ」
思わず私は口に出してつぶやいてしまいました。
しかしながら第三者である私がどう思おうとも、おふたりの戦いがどんどんと白熱していっているのは事実でありまして。
どうやら戦いはクライマックスを迎えつつあるようです。
「これでぇ、おわりぃっ!」
「甘い、そうやって大技繰り出すときに宙で止まるのが貴方の弱点よ!」
そう言いながらご自身も立ち止まっておられますよ総領娘様。って、あー…おふたり共に美しい弧を描いて吹き飛んでゆきます。
そして同時にドスン、と地面に叩きつけられてしまいました。
「きゃうんっ」
「いったぁぁぁぁぁい!?」
ものの見事にダブルKOというヤツでしょうか。頭を押さえて立ち上がったおふたりは今度はどちらが勝ったかでもめておられるようです。
「今のはぜーったいにあたいの勝ちだったね!」
「何を言っているの。地面に頭を打ち付けたショックで、この私の勝利も忘れてしまったのかしら?」
「ふん、地面からボコボコ出しているだけの不細工なスペルじゃない」
「なんですってぇっ」
ああ何故でしょう。あの妖精と話していると総領娘様の精神レベルが、普段よりさらに下落傾向にあるようです。
口を真一文字に結んだおふたりが瞳を潤ませながらいがみ合ってる姿は、子どもの喧嘩そのもの。妖精はそれで良いでしょうが、天人とあろうものがそれでは…とは思うのですが。
「ならもう一回やって勝ったほうの勝ちよ!」
「ふん、カチンコチンにしてやるわ!」
そしてそのまま第二ラウンド突入ですか。おふたりとも元気ですね…というかもう私がすぐそばにいることなんて覚えてないんじゃないでしょうか。
まぁいいでしょう。このまま天井に戻っても退屈なだけですし、ねぇ。
「アハハハ、なかなかやるじゃない、人間のクセに!」
「だーかーらー、ただの人間じゃなくて天人って言ってるでしょう?ンもう…」
2ラウンド目開始からちょうど30分後、ボロボロになった総領娘さまと妖精は、不敵な笑みを浮かべて互いに見つめあっています。
「よし、あたいのライバルにみとめてやる」
「ふん、勘違いしないで欲しいわね。この比那名居天子があなたのような相手を、わ・ざ・わ・ざ・好敵手に認めてあげるのよ。感謝して欲しいくらいだわ」
お互い胸をはってフフン、と口の端を吊り上げていますが…ああ、要は雨降って地、固まるというか…氷降って地面割れるという感じなんでしょうかねぇ。いやまぁそれじゃダメじゃんってことなんですけどね。
と、手を握り合ったのもつかの間、おふたりともその場にへたれこんでしまいます。
「それにしても体を動かしたからお腹が減ったわね…」
「そういやあたいもペコペコだぁ」
おやおや、そういうところは呼吸がぴったりですね。まぁアレだけ動き回れば当然といったところですが、ここはひとつネタを提供、ではなく助け舟を出してみますか。
「総領娘様」
「あら衣玖じゃない。まだいたの」
………ほんの1時間ほど前に「このザコをすぐ片付けるから、そこで見てなさい!」と言われたことをすっかりお忘れのようです。ちょっと自慢の羽衣ドリルでうめぼしをしたくなりましたが、我慢我慢。
「ここはひとつ、食事を兼ねてチルノさんと大食い対決などいかがでしょうか。彼女を天上へ招待することになりますが、妖精は穢れなき存在。天上の威に傷が付くこともないでしょうし」
「なるほどそれは良いアイディアね、採用よ」
「え、なになに?」
「今から総領娘様…つまりこちらにおわす天子様の領域にご案内します。そこでご飯にしますが、そのときより多くの量を食べられた方が勝ち、というのはどうでし…」
「やるやる!おもしろそうだよ!」
私が言い終わる前に、身を乗り出して目を輝かせるチルノさん。こういう無邪気さは見ていて良いものですねぇ。
「それでは参りましょう、総領娘様、そしてチルノさん」
私は慇懃(いんぎん)に頭を垂れた。
「はむ、はむはむはむはむ…」
「ずずぅ、じゅるるるる!」
…嗚呼、なんと野蛮な光景でしょう。私にとって予想通りとはいえ、給仕をしている女官たちがドン引きですよ。
「んー、この焼ブタったらサイコー!もうひとつちょーだいっ」
「こっちも刀削麺一杯追加よ、こんなもんじゃ足りないわ」
「は、はぁ…かしこまりました」
あらあら、もう完全に目が点になってしまっていますね。それだけ総領娘様とチルノさんの食べてる量と勢いが激しいというワケなんですが…一体あの小さい身体のどこに入るんでしょうか。
もう一心不乱にかき込むものですから、机の周囲は汚れ放題。総領娘様も普段はあのような食べ方をされないのですがね。やはりチルノさんへの対抗意識があそこまで幼児退行じゃない、我を忘れさせている、ということなのでしょう。
まぁ天人の皆様の中には食事以外の楽しみもなく、来る日も来る日も暴飲暴食を重ね、満腹となると孔雀の羽で自分の喉を刺激して嘔吐を促し…というような方もおられるので、それに比べれば可愛いものではあるのですが。
「む、うぅ…ウェップ」
「げぇっふぅ、ふ、ふふふ、大分苦しそうじゃない」
「むぅぅぅ、まだまだ食べれるもんね!」
アレでゲップを隠しているつもりなのでしょうかと思っていたのですが、チルノさんはそれどころではないようですね。総領娘様も普段の何倍もの量を食べられて顔が青いように見えますが、この戦いどうなってしまうのでしょうか。
「ならけっちゃくつけられるすごいもの食べようよ、このままチンタラやってもおもしろくないって」
「フフン、言ったわね。良いわ、私もこのまま遊んでるのには飽きた頃だし…有頂杏を持ってきなさい!」
おぉ、総領娘様が勝負に出ました。まさか有頂杏をここで投入するとは、これは面白くなってきましたよ。
「し、しかし総領娘様。それ以上のお食事はお体に…」
「良いの、これは天人の誇りを賭けた戦い、地を這う存在を前にして退くことなど許されないわ!」
いつにない気迫で一喝され、すごすごと女官も引き下がります。普段からあれくらい覇気があればと思うのですが、まぁ仕方がないことですかねぇ。
「うちょうあん?つよそうな名前じゃないっ」
「見て腰を抜かさないことね。外の世界では金魚鉢パフェとか呼ばれてる有頂杏が、攻略できるかしら」
「あたいは負けない、それがどんなあいてだってね!」
売り言葉に買い言葉。そう、有頂杏とは多量の杏仁豆腐を外周に、アイスクリームの塊を金魚鉢の中心に配し、周辺をポッキーや生クリームでデコレーションした美味かつ胸焼けするほどのボリュームを誇る天上界最強のデザート。食事の最後に食べるにはあまりにも大量で、むしろ空腹状態であっても完食が難しい逸品です。
「有頂杏をふたつ、お持ちしました」
うやうやしく差し出され、自分の前に置かれた巨大なそれを眺め、おふたりはしばらくの間言葉もありません。
「ハ、ハハ…さすがの氷精さんも減らず口が出ないみたいね。降参するなら今のうちよ」
「そういうアンタこそ声がうわずってるじゃない、ギブアップしたらどうなの」
言い出した総領娘様も、受けて立つチルノさんもそのボリュームに圧倒されている様子。ま、食べ始めるとより深い絶望に包まれるのですが。
互いに牽制しあって相手の反応を待つこと数秒。相手が退かないと見ると、眼前の有頂杏に狙いを定めます。
ゴクリ、という生唾を飲み込む音。それを発したのは総領娘様かチルノさんか。けれどもその音を先途とばかりに、スプーンを金魚鉢の中へと突っ込まれました。
「この勝負、いただくわ!」
「あたいは…だれよりも強いっ」
…何か先刻の弾幕決闘のときよりテンションが高いように見えるのは、私の気のせいではないようです。いえ、これはこれで面白いのですけれどね。
「ん~、さすがに味もおろそかになってないわね。この蜂蜜ソースが絶妙っていうのかしら」
「うんうん、このプルプルしたのとあってる」
そうなんですよ。この有頂杏、味もかなりのものなんです。そうでなければ最後まで食べきることもただの苦行となりますが…おふたりとも甘いですね、そのハニーシロップよりも甘い。外側の杏仁豆腐から攻略を始めてしまうとは。
この有頂杏を攻略することすでに15回を数える永江衣玖ならば、そのような過ちは決して犯さないのですが。
「現金ねぇ、さっきビビってたのと同じ妖精とは思えないわ」
「フン、そうやってヨユーぶってられるのも今のうちよ」
そう言って視線を交わすと、再び眼前の有頂杏に取りかかるおふたり。見る見るうちに杏仁豆腐と周辺の菓子類がなくなり、金魚鉢の中心に居座るアイスクリームの山だけとなってゆきます。
そこまでゆくと総領娘様は満足げにうなずき、水を飲んで一息。
「どれほどのモノかと思ったけれど。案外容易いものじゃない、あと半分ってところね」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべられたところを見ると、いつもの調子を取り戻されたようです。それに遅れること数秒、こちらも外周の杏仁豆腐たちを攻略し終え、ふぅ、と息をもらしたチルノさん。
「もうここまできたら終わったもどーぜんねっ、一気にいくんだから」
終わりが見えてきたとの安心感からか、おふたりとも強気な様子。スプーンでアイスごっそりとすくうと、次々と口の中に放り込んでゆきます。しかしその速度も、十数回繰り返された頃から目に見えて減速していきました。
そう、これこそが有頂杏最大の難所にして素人が最も陥りやすい罠。冷たく大味なアイスクリームはある程度の量を食べるには適していますが、度を越した量となると飽きがやってくるのが早いのです。
これを攻略するためには内側のアイスクリームを外側の杏仁豆腐やポッキーなどと交互に食べていくのが正解なのですが、どうしても食べやすそうな杏仁豆腐から進めてしまうのが悲しい性というものでしょうか。
そしてアイスクリームの恐怖はそれだけに留まらないのです。
「げげげ、溶けてきた」
「な、なに?なんか体のなかがつめたく…」
終盤を彩るふたつの恐怖。長時間常温に置かれたことによって急速に溶け始めることと、冷たいものを食べ続けることによって引き起こされる冷えです。まさか、それが氷の妖精にも適用されるものだとは思いませんでしたが。
「こうなったら…」
手をかざしたチルノさんは、能力を使うようです。溶けかけたアイスを再び凍らせようという発想は正しいですが、この場合は少々ずるいかもしれません。総領娘様も困ったような視線を彼女に向けましたが、そのプライドが邪魔して言い出せない様子。
「ああいや、ちょっと待ってください」
これも観戦料のようなもの、ならば私が空気を読むとしましょう。
「ん、どしたの?」
「普段の弾幕決闘なら自分の能力を使うのは美徳とされますが、こういうときに使うのはどうでしょうか。たとえば萃香さんが分身してアイスを食べ始めたら…など、色々と思いつきますが」
「あ…うーん、そっか。じゃあやめる」
「そうしてください。それがスポーツマンシップです」
素直で聞き分けの良い方です。やはりこういったところが彼女の美徳なのでしょうね。
「…余計なことを」
「はい?」
「なんでもないっ」
総領娘様の傍らを通るときにはこんなやり取り。まったく、これもまたこの方の魅力なのかもしれません。
ですが状況が改善したわけではありません。おふたりとも寒そうに身を震わせつつ、溶けてすくいにくくなったアイスに手を伸ばします。
『うっ!?』
そうして苦しい状況に耐えること数分。まだアイスの山が半分以上残った状態で、おふたりのスプーンがほぼ同時に止まりました。
「ね、ねぇチルノ…」
「ちょっと天子、いい、かな?」
苦しそうに互いを見つめ、お互いの言葉を待ちますが
『なんでもない!』
ぷいと顔をそらして用はないといった素振り。その額に脂汗が浮かんでるのがこちらからは良く見えるんですけどね。
まぁこの辺りが潮時でしょうか、と私はおふたりの前に進み出ます。
「おふたりとも何でもないということはないでしょう。何か仰りたいことがあったように見えましたが」
「それなら……チルノが先に言えば良いじゃない」
「なんであたいが。天子が言ったらあたいも言うわ」
意地っ張りな方たちですねぇ。先に言い出したら負けとでも思っているのでしょうか。
「ならば私が合図をしますので、おふたり同時に言われたらいかがでしょう。あまり余裕もないように見受けられますし、ね」
そういうことなら…と渋々うなずくおふたり。お互いが何を言いたいかも分かっているでしょうに。これもひとつの勝負ならばそれも致し方ない、のかもしれませんが。
「ではいきますよ。せーの」
『トイレに行かせて!!』
「はい、良く出来ました」
満面のスマイルを浮かべ、私がうなずき終わるより早く、椅子を蹴って駆け出す総領娘様とチルノさん。
「トイレどっち!?」
「こっちよ!」
こうして見ていると息もぴったりなのですけどねぇ。いそいそと片づけを始める女官たちを横に、私は駆けていった先を見つめていました。
「で、また決着が付かなかったわけなんだけど」
「どーしようか…」
さすがにお疲れになられた様子でため息混じりに戻ってこられるおふたり。普段は元気一杯な方たちが猫背になってトボトボと歩いてくる姿、というのもなかなかお通なものだとは思いませんか。
「お帰りなさい。お加減はいかがですか」
「最悪…」
「あたいもちょっとダメー」
そうですか、と私は思慮深げに首を縦に振ると、今思いついたかのように手を叩いてみせます。
「ならばこういうのはどうでしょう」
「ん?」
「なぁに」
「今日のところは幻想郷最強の座はチルノさんに、そして一方で総領娘様は幻想郷最高ということでいかがでしょう」
指を立てて提案する私の前でチルノさんは良く分かってないという表情で、総領娘様はあきれたような表情。
「それ、どう違うのよ」
「最強とは文字通り最も強い存在ですが、最高とは強さだけではなく気高さや権威を備えた存在をさします。総領娘様に相応しい称号だと考えますが」
なるほどと瞳を開き、手を打つ総領娘様。そしてしばらく考えてから
「まぁ良いわ。そういうことにしといてあげる」
最高、最高ねぇ…と繰り返しながら微笑まれ、チルノさんの肩を叩かれます。
「そんなわけで最強の称号はチルノにあげるわ」
「ん…じゃああたいが最強でいいの?」
「そうね、そういうことにしといてあげる」
「やった、あたい最強!」
ガッツポーズをして飛び跳ねるチルノさん、嬉しそうなその様子に、思わず私や総領娘様もつられて微笑んでしまいます。
「はぁ…それにしても今日は疲れたわね、まだ陽が傾いてほとんど経ってないけれど、眠りたいわ」
「じゃあ、あたいもそろそろかえろうかな」
「おや、帰られてしまいますか?おふたりがトイレと格闘しておられる間に、天子様の寝所にもうひとつ寝床を用意しておかせたのですが」
『え?』
もう息もぴったりですね。まったく同じ体勢、タイミングでこちらを振り返るおふたり。私は笑いをこらえるのに苦労しながら、言葉を続けます。
「せっかくこうして好敵手と認め合った仲ですし、ここはひとつそういった趣向も良いのではないかと思ったのですが。お嫌でしたか?」
「い、イヤってことはないけど…チルノに迷惑でしょ」
ふふふ、総領娘様、甘いですね。その反応は予測済みなのですよ。
「ということですが、チルノさんは総領娘様のところにお泊りするのは嫌ですか?」
「ん…そんなことないよ。天子といっしょならたのしそーだし!」
「だ、そうですよ」
有無を言わせぬ笑みで私は総領娘様の方へと向き直りました。「しまった!」という表情をされて少しの間固まっておられましたが、覚悟を決めたように肩を落とされます。
「はぁー…まぁいいわ。行きましょ、チルノ」
「うん!」
仕方ないわねぇと言いながら、まんざらではないといった様子の総領娘様は、チルノさんの手を取って寝所の方へと進んで行かれます。
「それではおふたりとも、おやすみなさい」
「ん」
「じゃあねー」
振り向かずに手だけ上げる総領娘様と、振り向いて手をブンブンと振るチルノさん。その姿が見えなくなるまで私は見送り、
「さて、これからが本番です。用意はどうなっていますか」
私が声をかけると、女官の一人が進み出て私にリモコンとイヤホンを手渡しました。
「お言いつけの通りに盗聴器をしかけておきました。これでよろしいですか」
「結構、大いに結構」
私は鷹揚(おうよう)にうなずくと、それを懐にしまいこみます。いやはや、これだからあの方にお仕えすることはやめられません。
これから起きるであろうドタバタに胸をおどらせつつ、私は自室への道を急いだのです。
空気が読める程度のデキる女、永江衣玖です。ごきげん麗しゅう。
そうなんです、皆さんお察しの通り、我らが総領娘様は今日も今日とて地を這うものたち相手に喧嘩を売っておられまして。なんでも、どちらが幻想郷最強かを決める戦いだとか。
構って欲しいなら構ってくれと言えば良いだけなんですけどね。どうしてこうなってしまうんでしょうか…。
「はっ、人間のクセにやるじゃない!」
「ただの人間じゃないわ、天人だって言っているでしょうっ」
「ちがいがわかんないよ!」
ええ。これだけで分かる方もおられると思いますが、我らが総領娘様に対する本日の相手は氷の妖精。
…妖怪や人間はまだしも、妖精相手に戦いを繰り広げているなどということが分かれば、比那名居の家名が傷つくとか考えられぬのでしょうか。いえ、あの妖精がかなりの力を有しているのは事実なのですが、問題はそこではなくて、ですね。
まぁそんな私の思いなど気にもされず、目の前では地が割れたかと思えば氷塊が降り注ぎ、なんか随分と相性の悪い戦いが展開されています。
これが位相を狂わせる妖怪兎と、距離を操る死神の戦いなどですと、互いの能力が面白いように作用して見栄えが良いのですが。
「えい、えーい!」
「っ、この…ちょこまかとぉ!」
なんと申し上げるべきか。宙を舞う雪や氷の結晶は非常に美しく、そして大地を突き破り隆起する岩盤や要石は雄雄しいのですが。
「ふたつあわさるとミスマッチなだけですねぇ」
思わず私は口に出してつぶやいてしまいました。
しかしながら第三者である私がどう思おうとも、おふたりの戦いがどんどんと白熱していっているのは事実でありまして。
どうやら戦いはクライマックスを迎えつつあるようです。
「これでぇ、おわりぃっ!」
「甘い、そうやって大技繰り出すときに宙で止まるのが貴方の弱点よ!」
そう言いながらご自身も立ち止まっておられますよ総領娘様。って、あー…おふたり共に美しい弧を描いて吹き飛んでゆきます。
そして同時にドスン、と地面に叩きつけられてしまいました。
「きゃうんっ」
「いったぁぁぁぁぁい!?」
ものの見事にダブルKOというヤツでしょうか。頭を押さえて立ち上がったおふたりは今度はどちらが勝ったかでもめておられるようです。
「今のはぜーったいにあたいの勝ちだったね!」
「何を言っているの。地面に頭を打ち付けたショックで、この私の勝利も忘れてしまったのかしら?」
「ふん、地面からボコボコ出しているだけの不細工なスペルじゃない」
「なんですってぇっ」
ああ何故でしょう。あの妖精と話していると総領娘様の精神レベルが、普段よりさらに下落傾向にあるようです。
口を真一文字に結んだおふたりが瞳を潤ませながらいがみ合ってる姿は、子どもの喧嘩そのもの。妖精はそれで良いでしょうが、天人とあろうものがそれでは…とは思うのですが。
「ならもう一回やって勝ったほうの勝ちよ!」
「ふん、カチンコチンにしてやるわ!」
そしてそのまま第二ラウンド突入ですか。おふたりとも元気ですね…というかもう私がすぐそばにいることなんて覚えてないんじゃないでしょうか。
まぁいいでしょう。このまま天井に戻っても退屈なだけですし、ねぇ。
「アハハハ、なかなかやるじゃない、人間のクセに!」
「だーかーらー、ただの人間じゃなくて天人って言ってるでしょう?ンもう…」
2ラウンド目開始からちょうど30分後、ボロボロになった総領娘さまと妖精は、不敵な笑みを浮かべて互いに見つめあっています。
「よし、あたいのライバルにみとめてやる」
「ふん、勘違いしないで欲しいわね。この比那名居天子があなたのような相手を、わ・ざ・わ・ざ・好敵手に認めてあげるのよ。感謝して欲しいくらいだわ」
お互い胸をはってフフン、と口の端を吊り上げていますが…ああ、要は雨降って地、固まるというか…氷降って地面割れるという感じなんでしょうかねぇ。いやまぁそれじゃダメじゃんってことなんですけどね。
と、手を握り合ったのもつかの間、おふたりともその場にへたれこんでしまいます。
「それにしても体を動かしたからお腹が減ったわね…」
「そういやあたいもペコペコだぁ」
おやおや、そういうところは呼吸がぴったりですね。まぁアレだけ動き回れば当然といったところですが、ここはひとつネタを提供、ではなく助け舟を出してみますか。
「総領娘様」
「あら衣玖じゃない。まだいたの」
………ほんの1時間ほど前に「このザコをすぐ片付けるから、そこで見てなさい!」と言われたことをすっかりお忘れのようです。ちょっと自慢の羽衣ドリルでうめぼしをしたくなりましたが、我慢我慢。
「ここはひとつ、食事を兼ねてチルノさんと大食い対決などいかがでしょうか。彼女を天上へ招待することになりますが、妖精は穢れなき存在。天上の威に傷が付くこともないでしょうし」
「なるほどそれは良いアイディアね、採用よ」
「え、なになに?」
「今から総領娘様…つまりこちらにおわす天子様の領域にご案内します。そこでご飯にしますが、そのときより多くの量を食べられた方が勝ち、というのはどうでし…」
「やるやる!おもしろそうだよ!」
私が言い終わる前に、身を乗り出して目を輝かせるチルノさん。こういう無邪気さは見ていて良いものですねぇ。
「それでは参りましょう、総領娘様、そしてチルノさん」
私は慇懃(いんぎん)に頭を垂れた。
「はむ、はむはむはむはむ…」
「ずずぅ、じゅるるるる!」
…嗚呼、なんと野蛮な光景でしょう。私にとって予想通りとはいえ、給仕をしている女官たちがドン引きですよ。
「んー、この焼ブタったらサイコー!もうひとつちょーだいっ」
「こっちも刀削麺一杯追加よ、こんなもんじゃ足りないわ」
「は、はぁ…かしこまりました」
あらあら、もう完全に目が点になってしまっていますね。それだけ総領娘様とチルノさんの食べてる量と勢いが激しいというワケなんですが…一体あの小さい身体のどこに入るんでしょうか。
もう一心不乱にかき込むものですから、机の周囲は汚れ放題。総領娘様も普段はあのような食べ方をされないのですがね。やはりチルノさんへの対抗意識があそこまで幼児退行じゃない、我を忘れさせている、ということなのでしょう。
まぁ天人の皆様の中には食事以外の楽しみもなく、来る日も来る日も暴飲暴食を重ね、満腹となると孔雀の羽で自分の喉を刺激して嘔吐を促し…というような方もおられるので、それに比べれば可愛いものではあるのですが。
「む、うぅ…ウェップ」
「げぇっふぅ、ふ、ふふふ、大分苦しそうじゃない」
「むぅぅぅ、まだまだ食べれるもんね!」
アレでゲップを隠しているつもりなのでしょうかと思っていたのですが、チルノさんはそれどころではないようですね。総領娘様も普段の何倍もの量を食べられて顔が青いように見えますが、この戦いどうなってしまうのでしょうか。
「ならけっちゃくつけられるすごいもの食べようよ、このままチンタラやってもおもしろくないって」
「フフン、言ったわね。良いわ、私もこのまま遊んでるのには飽きた頃だし…有頂杏を持ってきなさい!」
おぉ、総領娘様が勝負に出ました。まさか有頂杏をここで投入するとは、これは面白くなってきましたよ。
「し、しかし総領娘様。それ以上のお食事はお体に…」
「良いの、これは天人の誇りを賭けた戦い、地を這う存在を前にして退くことなど許されないわ!」
いつにない気迫で一喝され、すごすごと女官も引き下がります。普段からあれくらい覇気があればと思うのですが、まぁ仕方がないことですかねぇ。
「うちょうあん?つよそうな名前じゃないっ」
「見て腰を抜かさないことね。外の世界では金魚鉢パフェとか呼ばれてる有頂杏が、攻略できるかしら」
「あたいは負けない、それがどんなあいてだってね!」
売り言葉に買い言葉。そう、有頂杏とは多量の杏仁豆腐を外周に、アイスクリームの塊を金魚鉢の中心に配し、周辺をポッキーや生クリームでデコレーションした美味かつ胸焼けするほどのボリュームを誇る天上界最強のデザート。食事の最後に食べるにはあまりにも大量で、むしろ空腹状態であっても完食が難しい逸品です。
「有頂杏をふたつ、お持ちしました」
うやうやしく差し出され、自分の前に置かれた巨大なそれを眺め、おふたりはしばらくの間言葉もありません。
「ハ、ハハ…さすがの氷精さんも減らず口が出ないみたいね。降参するなら今のうちよ」
「そういうアンタこそ声がうわずってるじゃない、ギブアップしたらどうなの」
言い出した総領娘様も、受けて立つチルノさんもそのボリュームに圧倒されている様子。ま、食べ始めるとより深い絶望に包まれるのですが。
互いに牽制しあって相手の反応を待つこと数秒。相手が退かないと見ると、眼前の有頂杏に狙いを定めます。
ゴクリ、という生唾を飲み込む音。それを発したのは総領娘様かチルノさんか。けれどもその音を先途とばかりに、スプーンを金魚鉢の中へと突っ込まれました。
「この勝負、いただくわ!」
「あたいは…だれよりも強いっ」
…何か先刻の弾幕決闘のときよりテンションが高いように見えるのは、私の気のせいではないようです。いえ、これはこれで面白いのですけれどね。
「ん~、さすがに味もおろそかになってないわね。この蜂蜜ソースが絶妙っていうのかしら」
「うんうん、このプルプルしたのとあってる」
そうなんですよ。この有頂杏、味もかなりのものなんです。そうでなければ最後まで食べきることもただの苦行となりますが…おふたりとも甘いですね、そのハニーシロップよりも甘い。外側の杏仁豆腐から攻略を始めてしまうとは。
この有頂杏を攻略することすでに15回を数える永江衣玖ならば、そのような過ちは決して犯さないのですが。
「現金ねぇ、さっきビビってたのと同じ妖精とは思えないわ」
「フン、そうやってヨユーぶってられるのも今のうちよ」
そう言って視線を交わすと、再び眼前の有頂杏に取りかかるおふたり。見る見るうちに杏仁豆腐と周辺の菓子類がなくなり、金魚鉢の中心に居座るアイスクリームの山だけとなってゆきます。
そこまでゆくと総領娘様は満足げにうなずき、水を飲んで一息。
「どれほどのモノかと思ったけれど。案外容易いものじゃない、あと半分ってところね」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべられたところを見ると、いつもの調子を取り戻されたようです。それに遅れること数秒、こちらも外周の杏仁豆腐たちを攻略し終え、ふぅ、と息をもらしたチルノさん。
「もうここまできたら終わったもどーぜんねっ、一気にいくんだから」
終わりが見えてきたとの安心感からか、おふたりとも強気な様子。スプーンでアイスごっそりとすくうと、次々と口の中に放り込んでゆきます。しかしその速度も、十数回繰り返された頃から目に見えて減速していきました。
そう、これこそが有頂杏最大の難所にして素人が最も陥りやすい罠。冷たく大味なアイスクリームはある程度の量を食べるには適していますが、度を越した量となると飽きがやってくるのが早いのです。
これを攻略するためには内側のアイスクリームを外側の杏仁豆腐やポッキーなどと交互に食べていくのが正解なのですが、どうしても食べやすそうな杏仁豆腐から進めてしまうのが悲しい性というものでしょうか。
そしてアイスクリームの恐怖はそれだけに留まらないのです。
「げげげ、溶けてきた」
「な、なに?なんか体のなかがつめたく…」
終盤を彩るふたつの恐怖。長時間常温に置かれたことによって急速に溶け始めることと、冷たいものを食べ続けることによって引き起こされる冷えです。まさか、それが氷の妖精にも適用されるものだとは思いませんでしたが。
「こうなったら…」
手をかざしたチルノさんは、能力を使うようです。溶けかけたアイスを再び凍らせようという発想は正しいですが、この場合は少々ずるいかもしれません。総領娘様も困ったような視線を彼女に向けましたが、そのプライドが邪魔して言い出せない様子。
「ああいや、ちょっと待ってください」
これも観戦料のようなもの、ならば私が空気を読むとしましょう。
「ん、どしたの?」
「普段の弾幕決闘なら自分の能力を使うのは美徳とされますが、こういうときに使うのはどうでしょうか。たとえば萃香さんが分身してアイスを食べ始めたら…など、色々と思いつきますが」
「あ…うーん、そっか。じゃあやめる」
「そうしてください。それがスポーツマンシップです」
素直で聞き分けの良い方です。やはりこういったところが彼女の美徳なのでしょうね。
「…余計なことを」
「はい?」
「なんでもないっ」
総領娘様の傍らを通るときにはこんなやり取り。まったく、これもまたこの方の魅力なのかもしれません。
ですが状況が改善したわけではありません。おふたりとも寒そうに身を震わせつつ、溶けてすくいにくくなったアイスに手を伸ばします。
『うっ!?』
そうして苦しい状況に耐えること数分。まだアイスの山が半分以上残った状態で、おふたりのスプーンがほぼ同時に止まりました。
「ね、ねぇチルノ…」
「ちょっと天子、いい、かな?」
苦しそうに互いを見つめ、お互いの言葉を待ちますが
『なんでもない!』
ぷいと顔をそらして用はないといった素振り。その額に脂汗が浮かんでるのがこちらからは良く見えるんですけどね。
まぁこの辺りが潮時でしょうか、と私はおふたりの前に進み出ます。
「おふたりとも何でもないということはないでしょう。何か仰りたいことがあったように見えましたが」
「それなら……チルノが先に言えば良いじゃない」
「なんであたいが。天子が言ったらあたいも言うわ」
意地っ張りな方たちですねぇ。先に言い出したら負けとでも思っているのでしょうか。
「ならば私が合図をしますので、おふたり同時に言われたらいかがでしょう。あまり余裕もないように見受けられますし、ね」
そういうことなら…と渋々うなずくおふたり。お互いが何を言いたいかも分かっているでしょうに。これもひとつの勝負ならばそれも致し方ない、のかもしれませんが。
「ではいきますよ。せーの」
『トイレに行かせて!!』
「はい、良く出来ました」
満面のスマイルを浮かべ、私がうなずき終わるより早く、椅子を蹴って駆け出す総領娘様とチルノさん。
「トイレどっち!?」
「こっちよ!」
こうして見ていると息もぴったりなのですけどねぇ。いそいそと片づけを始める女官たちを横に、私は駆けていった先を見つめていました。
「で、また決着が付かなかったわけなんだけど」
「どーしようか…」
さすがにお疲れになられた様子でため息混じりに戻ってこられるおふたり。普段は元気一杯な方たちが猫背になってトボトボと歩いてくる姿、というのもなかなかお通なものだとは思いませんか。
「お帰りなさい。お加減はいかがですか」
「最悪…」
「あたいもちょっとダメー」
そうですか、と私は思慮深げに首を縦に振ると、今思いついたかのように手を叩いてみせます。
「ならばこういうのはどうでしょう」
「ん?」
「なぁに」
「今日のところは幻想郷最強の座はチルノさんに、そして一方で総領娘様は幻想郷最高ということでいかがでしょう」
指を立てて提案する私の前でチルノさんは良く分かってないという表情で、総領娘様はあきれたような表情。
「それ、どう違うのよ」
「最強とは文字通り最も強い存在ですが、最高とは強さだけではなく気高さや権威を備えた存在をさします。総領娘様に相応しい称号だと考えますが」
なるほどと瞳を開き、手を打つ総領娘様。そしてしばらく考えてから
「まぁ良いわ。そういうことにしといてあげる」
最高、最高ねぇ…と繰り返しながら微笑まれ、チルノさんの肩を叩かれます。
「そんなわけで最強の称号はチルノにあげるわ」
「ん…じゃああたいが最強でいいの?」
「そうね、そういうことにしといてあげる」
「やった、あたい最強!」
ガッツポーズをして飛び跳ねるチルノさん、嬉しそうなその様子に、思わず私や総領娘様もつられて微笑んでしまいます。
「はぁ…それにしても今日は疲れたわね、まだ陽が傾いてほとんど経ってないけれど、眠りたいわ」
「じゃあ、あたいもそろそろかえろうかな」
「おや、帰られてしまいますか?おふたりがトイレと格闘しておられる間に、天子様の寝所にもうひとつ寝床を用意しておかせたのですが」
『え?』
もう息もぴったりですね。まったく同じ体勢、タイミングでこちらを振り返るおふたり。私は笑いをこらえるのに苦労しながら、言葉を続けます。
「せっかくこうして好敵手と認め合った仲ですし、ここはひとつそういった趣向も良いのではないかと思ったのですが。お嫌でしたか?」
「い、イヤってことはないけど…チルノに迷惑でしょ」
ふふふ、総領娘様、甘いですね。その反応は予測済みなのですよ。
「ということですが、チルノさんは総領娘様のところにお泊りするのは嫌ですか?」
「ん…そんなことないよ。天子といっしょならたのしそーだし!」
「だ、そうですよ」
有無を言わせぬ笑みで私は総領娘様の方へと向き直りました。「しまった!」という表情をされて少しの間固まっておられましたが、覚悟を決めたように肩を落とされます。
「はぁー…まぁいいわ。行きましょ、チルノ」
「うん!」
仕方ないわねぇと言いながら、まんざらではないといった様子の総領娘様は、チルノさんの手を取って寝所の方へと進んで行かれます。
「それではおふたりとも、おやすみなさい」
「ん」
「じゃあねー」
振り向かずに手だけ上げる総領娘様と、振り向いて手をブンブンと振るチルノさん。その姿が見えなくなるまで私は見送り、
「さて、これからが本番です。用意はどうなっていますか」
私が声をかけると、女官の一人が進み出て私にリモコンとイヤホンを手渡しました。
「お言いつけの通りに盗聴器をしかけておきました。これでよろしいですか」
「結構、大いに結構」
私は鷹揚(おうよう)にうなずくと、それを懐にしまいこみます。いやはや、これだからあの方にお仕えすることはやめられません。
これから起きるであろうドタバタに胸をおどらせつつ、私は自室への道を急いだのです。
このチルノ、ただ者ではないな!?
チルノはやればできる子
ぼかぁそう信じてるんです。可愛いですしね~