―――先に行け、奴は俺が食い止める
―――死にたい奴らはここにいろ、俺は部屋に戻るからな!
―――好きだったぜ、お前のこと
―――戦争が終わったら俺、結婚するんだ……
―――そんなワケねぇだろ、俺が見てきてやるよ
「……ふむ。なるほどね……」
いつものように図書館で読書に耽りながら、パチュリーは一人呟いた。
「『死亡フラグのさしすせそ』か……なかなか興味深い文献だわ」
彼女が手にしているのは、外の世界の出版物。
使い魔である小悪魔に、「面白そうな本を適当に見繕ってきて」と命じて香霖堂に向かわせたところ、購入してきたうちの一冊である。
外観から察するに、漫画やアニメの考察本のようだ。
「要するに、こういう台詞を発した者は高確率で死亡するということね」
パチュリーはじっと手の中の本を見つめる。
これはげに恐ろしい情報を知ってしまった。
しかし逆に言えば、死亡確率を低減させる術を得たともいえる。
「そうよ。ここに書かれている台詞をうっかり口にしないよう注意を払っておけば、不用意に死亡する確率は大幅に低くなる」
うんうんと、確かめるように頷くパチュリー。
幸いにも、書かれている台詞の数は知れている。
この程度、彼女の明晰な頭脳を持ってすれば、記憶するのは造作もない。
「よし。もう台詞は全部覚えたわ。これで私が死亡フラグを立てることはない!」
ガタンと勢いよく椅子から立ち上がり、ぐっと拳を握り締めるパチュリー。
と、そこに件の使い魔、小悪魔が現れた。
「? どうしたんですか? パチュリー様」
「え、あ、ああ……べ、別に」
パチュリーはぷいっと顔を背けながら、いそいそと椅子に座り直した。
(も、もう……少しは空気を読みなさいよ……)
一人顔を赤くするパチュリーだったが、小悪魔は特に気にもしていない様子で、「はい、どうぞ」なんて言って紅茶を差し出している。
若干不服そうに頬を膨らませながらも、パチュリーはティーカップに口を付けた。
「ん。おいし……」
パチュリーが、紅茶の感想を述べようとしたとき。
「!?」
パチュリーは我が目を疑った。
小悪魔が不思議そうに尋ねる。
「? どうしました?」
「……小悪魔」
「はい」
「……あれ」
パチュリーが震える指先で示す。
そこには……。
「なっ!?」
一瞬にして、表情を驚愕の色に染める小悪魔。
無理もなかった。
彼女の視線の先には―――“アレ”がいたのだから。
「……ど、どうしましょう……パチュリー様」
「どうするも何も……退治する他、ないでしょう」
「……で、ですよね……」
「…………」
「…………」
じっと、“アレ”を見つめ続ける二人。
いくら魔女と悪魔とはいえ、やはり“アレ”は苦手らしい。
―――そうして、硬直すること暫し。
「…………」
やがて、小悪魔は軽く息を吸うと、神妙な面持ちで一歩前に踏み出した。
パチュリーが思わず声を上げる。
「小悪魔!?」
「…………」
しかし小悪魔は振り返ることなく、“アレ”に向かって着実に歩を進めていく。
その瞳には、確かな決意の色が宿っていた。
「パチュリー様」
「……な、何?」
一方、パチュリーの胸中には、いつしか、未だかつてない程の不安が立ち込めていた。
(……こういうシチュ……どっかで……)
予感が、予期が、パチュリーの脳内を支配する。
聡明な彼女は、すぐにその原因に行き当たった。
(! そうか! こ、これはまさに……)
パチュリーが予感の原因を突き止めたのと同時、小悪魔は薄く微笑みながら、
「……パチュリー様は、先に外へ逃げてください。奴は私が食い止め……」
「こあたぁああああ!!!!」
「がぼっ!?」
小悪魔が台詞を言い終えるより早く、パチュリーは小悪魔の首元にある秘孔を突いた。
膝から崩れ落ち、悶絶する小悪魔。
「こ、こぁっ……こぁっ……」
ビビクン、ビビクンと、傍目にも尋常でない様子で痙攣を繰り返す小悪魔。
しかし小悪魔をその状態に追いやった張本人であるパチュリーは、そこはかとなく満足げな表情を浮かべていた。
「ふぅ……危ないところだったわ……」
パチュリーは実に爽やかな笑顔で、額の汗を拭っている。
数分後、なんとか意識を回復させた小悪魔が立ち上がった。
「な……何、するんですかっ……!」
いくら悪魔とはいえ、やはり秘孔は相当に堪えたらしい。
その顔色は未だすこぶる悪く、意識も半分朦朧としているようにみえる。
しかしパチュリーは悪びれた風も見せず、呆れたように言い放った。
「何って……あなたを死亡の危機から救ってあげたんじゃないの。感謝されこそすれ、非難される覚えなどないわ」
「……今、私、パチュリー様の手によって死亡の危機に瀕したような気がするんですけど……」
恨みを募らせた目でパチュリーを睨む小悪魔。
しかしパチュリーはどこ吹く風で、「さーて。紅茶の続き続き」などと暢気にのたまっている。
小悪魔はやれやれと嘆息しつつ、
「……あ」
とある一点を見て、何かを思い出したように固まった。
「? どうしたの?」
パチュリーがきょとんとした表情で尋ねる。
小悪魔は、震える指先でその一点を示す。
「……“アレ”、どこへ行きました?」
「…………え」
そこでようやくパチュリーも気付き、小悪魔が指し示す場所―――すなわち、先ほどまで“アレ”がいた場所―――に目を向ける。
……しかし、そこにはもう、何もいなかった。
「…………」
「…………」
再び、硬直する二人。
顔を見合わせ、「あはははは」「うふふふふ」などと笑いあう。
「……って、どーすんのよ!?」
「私に言わないで下さいよ! せっかく退治しようとしてたのに、パチュリー様が邪魔したからでしょ!?」
「邪魔とは何よ! 私はあなたを死亡の危機から……」
「おーい。何やってんの?」
一触即発の雰囲気を纏っていた二人の間に、何者かの声が割って入った。
自然、そちらを見やる二人。
「レミィ」
「お嬢様」
そこには、泰然と仁王立ちをしている紅魔館の主―――レミリア・スカーレットの姿があった。
レミリアは笑顔で片手を上げる。
「やっほ。暇だったから遊びに来たわよ」
「……レミィ。来てもらって悪いんだけど、今ちょっと応対できる状態じゃないのよ」
「? 何? なんかあったの? 二人、なんか言い合ってたみたいだけど」
「……ええ、それも込みで」
「? 一体どうしたのよ?」
「……出たのよ」
「えっ」
「…………」
いつになく、神妙な面持ちを浮かべているパチュリー。
レミリアの表情が強張る。
「出たって……まさか……」
レミリアの言葉に、無言で頷くパチュリー。
その瞬間、レミリアの顔がぞっと青ざめた。
「……か、帰る!」
「ああ、待ってレミィ!」
羽ばたき始めたレミリアを、渾身のタックルでガッシと捕まえるパチュリー。
喘息持ちであることを微塵も感じさせない素晴らしいプレイですね!
「ちょっ、こら! 放しなさいよ!」
「まあまあ、そう言わずに……どうかしら? ここに来たのも何かの縁、“アレ”を退治してから帰るっていうのは……」
「は……はぁ!? 冗談じゃない、何で私が!」
「いやあ、やっぱりここは館の主たるレミィの出番じゃないかなーって。ね、小悪魔もそう思うわよね?」
「お、思います! これはお嬢様にしかできないことです!」
「何言ってんのよ二人して! 私は嫌よ! 私は“アレ”が死ぬほど嫌いなんだから!」
ぎゃあぎゃあと喚いて逃げようとするレミリア。
その腰に必死にしがみついて行かせまいとするパチュリー。
「ま、まあまあレミィ。そう言わずに……」
「大体、わざわざ見つけて退治しなくても、バルサンかなんか炊けばいいでしょ!」
「それは駄目よ! 防護魔法を施してない本だってあるんだから!」
「ええい、そんなん知らん! 私は“アレ”を目にしただけでショック死する自信がある! 私はまだ死にたくない!」
「はは、レミィったら。死ぬなんて、そんな大げさな……ん?」
ふとそこで、またもパチュリーの聡明な頭脳が何かを感じ取った。
ざわざわと、胸中が予感に包まれていく。
(……! ま、まずい……! この、シチュは……!)
パチュリーがその原因を探知したのと同時、レミリアは苛立たしげに、
「ええい! 死にたい奴らはここにいろ、私は部屋に……」
「れみぃぁああああ!!!!」
「どぅるっ!?」
レミリアが台詞を言い終えるより早く、パチュリーはレミリアの羽根元にある秘孔を突いた。
膝から崩れ落ち、悶絶するレミリア。
「れ、れみっ……れみっ……」
ビビクン、ビビクンと、傍目にも尋常でない様子で痙攣を繰り返すレミリア。
しかしレミリアをその状態に追いやった張本人であるパチュリーは、そこはかとなく満足げな表情を浮かべていた。
「ふぅ……危ないところだったわ……」
パチュリーは実に爽やかな笑顔で、額の汗を拭っている。
数秒後、なんとか意識を回復させたレミリアが立ち上がる。
「な……何すんのよ!」
流石は吸血鬼、その顔色は既に平常時のそれに戻っており、意識も正常に働いているようだ。
パチュリーは、例によって悪びれた風も見せず、呆れたように言い放った。
「何って……あなたを死亡の危機から救ってあげたんじゃないの。感謝されこそすれ、非難される覚えなどないわ」
「……今、私、パチェの手によって死亡の危機に瀕したような気がするんだけど……」
恨みを募らせた目でパチュリーを睨むレミリア。
つい先ほど、同じ目に遭わされた小悪魔はうんうんと同調するように頷いている。
しかし、そんな恨み言などどこ吹く風のパチュリーは、暢気な声で提案した。
「さて、レミィの死亡の危機も回避できたことだし、お茶にしましょうか」
「そうですね」
「……納得いかねぇ」
ぐちぐち言いつつも、パチュリーと小悪魔に続いて椅子に座るレミリア。
小悪魔に注いでもらった紅茶をこくこくと飲んでから、
「って、違うだろ!」
ずびし! とツッコんだ。
きょとんと首を傾げる小悪魔。
「え? お砂糖はいつものように五杯お入れしましたが……足りなかったですか?」
「いえ、十分よ。どうもありがとう……じゃなくて! “アレ”よ“アレ”! まだこの部屋のどっかにいるんでしょ!? 暢気にお茶なんか飲んでる場合じゃないでしょ!」
「!?」
「しまった……!」
そこでようやく、緊迫した面持ちに戻る図書館主従コンビ。
こいつらのテンポは微妙に合わせにくいなと思いながらも、レミリアは渋々話を進めた。
「……まあ、私は別にどっちでもいいんだけどさ。ここにずっといるわけでもないし。……でも、パチェ達は困るでしょ?」
「困る困る、ちょう困る!」
「助けて下さいお嬢様!」
涙目でレミリアにしがみつく二人。
めんどくさいなあと思いながらも、基本的に優しいレミリアは宥めるように言った。
「……分かったわよ。仕方ないわね」
「レミィ!」
「お嬢様!」
「……咲夜に退治してもらおう」
ずこっ。
笑顔で提案するレミリアに、二人は揃ってずっこけた。
昭和風のノリである。
「ま、まあ退治してくれるんなら誰でもいいけど……」
「でしょ? じゃあ早速呼ぶわよ。―――咲夜」
「はい」
レミリアがその名を呼んだ瞬間、いつものように、音もなく咲夜が出現した。
レミリアは威厳に溢れた口調で言う。
「早速だけど、頼みたいことがあるの」
「何なりと」
「この部屋に、“アレ”が出たそうなの。そこで悪いんだけど、退治してもらえないかしら?」
「………………“アレ”で……ございますか」
「そう。“アレ”よ。」
「………………」
目に見えて、咲夜の顔色が悪くなった。
額には汗が滲んでいる。
(あ、咲夜さんでもやっぱり苦手なんだ……)
小悪魔は冷静にそう思ったが、ここで咲夜をフォローすると自分にお鉢が回ってきそうな気がしたので何も言わなかった。
まさに小悪魔である。
一方、当の咲夜はレミリアにじりじりと追い詰められていた。
「ねぇ? できるわよねぇ? 咲夜」
「え、ええ、まあ……いや、でも……」
「できないの?」
「そ、そういうわけでは……」
「そうよねぇ。『完全』で『瀟洒』な咲夜だもんねぇ。たかが“アレ”ごとき……退治できないわけが、ないわよねぇ?」
「…………ぐっ……! え、ええ……できます。……できますとも!」
もはや逃げ切れないと悟ったのか、半ばやけくそ気味に咲夜が吼えた。
そんな咲夜の様子を見て、レミリアは満足そうに頷いた。
「……では、行って参ります」
「頑張るのよ」
「幸運を祈るわ」
「よろしくお願いします!」
三人の声援を背に、咲夜は自慢のナイフを携え、目標が最後に確認された地点へと近付いていく。
その背中を見送りながら、パチュリーが呟いた。
「……まあ実際、姿さえ視認できれば楽勝よね。咲夜は時間を止められるんだから」
「あ、そうですよね。時間止めて、その間にナイフで刺すなりなんなりすればいいんですから」
「時間止めてる間は、ナイフ刺せないけどね」
「…………」
「…………」
ぼそりと呟いたレミリアの一言に、パチュリーと小悪魔は沈黙する他なかった。
―――しかし咲夜は、そんなことは当然織り込み済みといった面持ちで目標を探索していた。
(……確かに、時間を止めている間にナイフで刺すことはできない)
本棚の下。
壁との隙間。
(……しかし、時間を止めている間に可能な限り接近することはできる)
本棚の上。
本と本との隙間。
(……そうすれば、時間停止を解除した瞬間に刺せる。コンマ一秒も掛からない)
僅かな物音をも聞き逃さないよう、咲夜は聴覚を研ぎ澄ませる。
―――そのとき。
「!」
小さな音。
だがそれは、生物的な気配を明確に感じさせた。
(……いる!)
咲夜はナイフを構え、その方向へと少しずつ近付く。
恐る恐る、本棚を回る。
その、側面―――!
「っ……!」
おぞましい。
その感情が咲夜の脳を支配する。
しかし彼女は堪えた。
ここで不用意に動けば、気取られる可能性が高い。
一瞬たりとも隙を見せることなく、冷静に呼吸を整える。
そして慎重に、能力を発動させる。
(………止まれ)
瞬間、世界が停止する。
それでもおぞましさに変わりはないが、時間停止にも限界がある。
躊躇している暇は無い。
彼女は更に歩を進め、目標に向けてナイフを掲げた。
(……よし)
目標までおよそ二十センチ強。
この距離なら一瞬だ。
勢い余って本棚を傷付けてしまうかもしれないが、それは不可抗力というものだろう。
目を閉じ、頭の中でカウントダウンを開始する咲夜。
(……三……二……一……)
目を見開く。
(……解除!)
世界に色が付き、それと同時に―――。
「……只今戻りました」
「咲夜!」
「やったの?」
「いましたか?」
咲夜が帰還すると、三人は一斉に椅子から立ち上がった。
咲夜はにこりと微笑んで、黒色のゴミ袋を掲げ上げた。
「……ええ。やりましたわ」
その瞬間、歓喜の声が上がる。
「流石咲夜! 私の従者!」
「……ふぅ。これでようやく安心してお茶が飲めるわね。小悪魔、冷めちゃったから淹れ直して頂戴」
「はい!」
パチュリーの命を受け、嬉しそうに頭の羽根をぱたぱたと羽ばたかせながら、小悪魔がキッチンの方へと飛んでいった。
そんな小悪魔を見送りつつ、パチュリーは咲夜を労った。
「ありがとう、咲夜。本当に助かったわ」
「いえいえ、そんな、お礼を言われるほどのことでは……」
「はっはっは。当然よ。咲夜は私の従者なんだからね」
「なんでレミィが偉そうなのよ」
「あはは」
ようやく安堵に包まれた空間に、咲夜も笑顔を浮かべる。
「……?」
だがレミリアは、その表情に僅かな影が差している事に気付いた。
咲夜の顔をじっと覗き込むようにして、尋ねる。
「……どうかしたの? 咲夜。なんか、元気なさげだけど」
「あ、いえ、その……大したことではないんですけど」
「?」
首を傾げるレミリア。
咲夜は薄く微笑んで答える。
「……このナイフ、もう捨てないといけないなあ、と」
「あ……」
そう言って咲夜が掲げたのは、こちらは透明の袋に入れられたナイフ。
言わずもがな、“アレ”を仕留めるのに使用したものだろう。
「そう、ねぇ……洗えばいいっていうもんでも、ないしねぇ」
「はい……というか、洗うのもちょっと……」
「ああ、うん……はは」
思わず苦笑するレミリア。
咲夜の笑顔が曇っていた理由が分かったためだろう、その表情は、確かな安堵感に満ちていた。
「…………」
一方、パチュリーは何でもないことのようにその光景を見つめていたが、
「…………!?」
また、感じた。
鼓動が早まる。
(……いや、でも……こんなシチュ……)
パチュリーは考える。
そして彼女の聡明な頭脳が、すぐさま答えを弾き出す。
(! そ、そうか! これはあの……)
パチュリーが視線を向けたのと同時、咲夜は儚げに微笑みながら、
「……好きだったんですけどね、このナイフのこ……」
「さくぃああああ!!!!」
「うわらばっ!?」
咲夜が台詞を言い終えるより早く、パチュリーは咲夜の鎖骨下にある秘孔を突いた。
膝から崩れ落ち、悶絶する咲夜。
「さ、さくっ……さくっ……」
ビビクン、ビビクンと、傍目にも尋常でない様子で痙攣を繰り返す咲夜。
しかし咲夜をその状態に追いやった張本人であるパチュリーは、そこはかとなく満足げな表情を浮かべていた。
「ふぅ……危ないところだったわ……」
パチュリーは実に爽やかな笑顔で、額の汗を拭っている。
十数分後、なんとか意識を回復させた咲夜が立ち上がる。
「な……何、するん……ですかっ……!」
やはり人間に秘孔はきつかったのだろう、その顔色は未だ非常に悪く、意識もかなり朦朧としている感じだ。
しかしパチュリーは、これまた例によって全く悪びれた風も見せず、呆れたように言い放った。
「何って……あなたを死亡の危機から救ってあげたんじゃないの。感謝されこそすれ、非難される覚えなどないわ」
「……今、私、パチュリー様の手によって死亡の危機に瀕したような気がするんですけど……」
恨みを募らせた目でパチュリーを睨む咲夜。
つい先ほど、同じ目に遭わされたレミリアはうんうんと同調するように頷いている。
―――そうこうしているうちに、ティーポットとカップをお盆に載せた小悪魔が戻ってきた。
「紅茶持って来ましたよー。……って、あれ? どうしたんですか? 咲夜さん。なんか具合悪そうですけど」
「な、なんでもないわ……ありがとう、頂くわね」
ひゅうひゅうと不自然な息をしながら、なんとか席に着く咲夜。
小悪魔は四人分のカップに紅茶を注いだ後、最後に自身も着席した。
「それでは、咲夜の功労を祝って」
レミリアがそう言い、軽くカップを掲げると、他の三人もそれに倣った。
そして、各々のカップに口を付ける。
「うん、美味しい」
「いい味だわ」
「えへへ、ありがとうございます」
レミリアとパチュリーから褒められ、嬉しそうにはにかむ小悪魔。
咲夜も、まだ呼吸が苦しそうな状態でありながら、「……温度、色、香り。……ど、どれを取っても、がふっ、も、申し分ないわね……」とかなんとか、頑張ってメイドっぽいことを喋っていた。
「あ、そうだ」
と、そこで小悪魔がぽんと手を叩いた。
「? どうしたの?」
パチュリーが尋ねると、小悪魔はにこりと笑顔になった。
「……パチュリー様」
「!?」
その瞬間、パチュリーは背筋にぞくっと汗が伝うのを感じた。
(……こ、これは……まさか……!)
息を呑むパチュリー。
小悪魔が何か言っている。
「……が、終わったら……」
「!」
パチュリーは刮目し、小悪魔を注視する。
(……最初の方、よく聞こえなかったけど……間違いない!)
パチュリーが腕を振り上げる。
小悪魔は気付かず、暢気に言葉を続ける。
「け」
「……!」
―――間に合うか?
―――否。
―――間に合わせる!
パチュリーの指先が、再び小悪魔の秘孔を突かんとした瞬間―――。
「―――ーキ、食べませんか?」
「!?」
びくっと、首元の秘孔を突く寸前でパチュリーの指先は停止した。
そこでようやく、小悪魔もパチュリーの挙動に気付いたようで、
「へ? な、なんですか? パチュリー様……」
「…………」
だらりと、嫌な汗がパチュリーの頬を伝う。
「こ、小悪魔」
「はい」
「い、今……なんて?」
「え? ああ……ですから、『このお茶が終わったら、ケーキ食べませんか?』って」
「……け、ケーキ……?」
「はい。この前買ったのがまだ残ってたことを思い出しまして」
「ああ……」
そういえば、そんなものがあったような気がする。
どっと、脱力感に包まれるパチュリー。
「でもこのお茶、かなり甘めですからね。ケーキと合わせるとちょっと甘々になっちゃうと思いまして」
「…………」
「だから、このお茶が終わってから、別の、もう少し渋めのお茶と合わせようかなと」
「…………」
「……あの、どうかしましたか?」
「ああ、いえ……なんでもないわ」
パチュリーは軽く頭を振ると、何事も無かったかのように自身のティーカップを手に取った。
レミリアと咲夜が胡乱な目で此方を見ているが、それはこの際気にしない。
(ふふ……私としたことが……)
緩やかな動作で、残りの紅茶をそっと流し込む。
(死亡フラグなんて、そうそう立つものじゃないというのに……)
どうやら自分は、少々神経質になり過ぎていたようだ。
パチュリーはそう思い直した。
(……そうよ。所詮あんなものは、作り話の中のお約束に過ぎない)
そう考えたら、急速に馬鹿馬鹿しく思えてきた。
何がフラグか、くだらない。
たかだか発言の一つ二つで、人の生き死にが左右されてたまるか。
第一、何の科学的根拠も無いはずだ。
(……今日限りで忘れてしまいましょう。こんなくだらない俗習なんて)
もう一度カップを傾けたところで、紅茶は無くなった。
程なくして、他の面子のカップも空になる。
「それじゃあ、ケーキと次のお茶、持ってきますね」
小悪魔が立ち上がり、ぱたぱたと飛んでいく。
その背中を、パチュリーは心底穏やかな気持ちで見送っていた。
(そうよ。今は楽しいティータイム。この心地よい時間を満喫しないと)
そんな優雅な心持ちでいるパチュリーの元に、今飛んでいったばかりの小悪魔が血相を変えて戻ってきた。
「ぱ、パパパパチュリー様っ!」
「? どうしたの、そんなに慌てて」
「あ、あのあのですね」
「?」
息を切らす小悪魔の背中をさすりながら、パチュリーは続きを待った。
レミリアと咲夜も、また何かあったのかと不安げな面持ちを浮かべている。
「……キッチンで、その、音が」
「音?」
「……はい。あの、がさがさって」
「……!」
パチュリーはぞっとする。
一匹いたら……とはよく言われる都市伝説だ。
(いや……そんなはずはないわ。それもくだらない俗習よ。何の科学的根拠も無いのだから)
パチュリーはごくりと唾を飲み込み、レミリアと咲夜を見やる。
レミリアは言わずもがな、咲夜ももうこりごりといった表情を返してきた。
(……大丈夫。大丈夫よ)
パチュリーは自分に言い聞かせるようにして頷く。
そして小悪魔の方に向き直ると、努めて平静を装って言った。
「まったく、もう。あなたは小心者ねぇ」
「うぅ……だ、だって、さっきの今ですよ……? もしまた、って思ったら怖くて……」
「そんなワケないでしょ、私が見てきてあげるわ」
「パチュリー様……!」
頼もしい主の言葉に、瞳を潤ませる小悪魔。
レミリアと咲夜も、安堵の表情を浮かべている。
「じゃあ、ちょっと行って来るわ。ついでに、ケーキとお茶も持って来るから」
「すみません……本当は、私がしなくちゃいけないのに」
「いいのよ。従者のフォローをするのも、主人の務めだから」
そう言って、パチュリーは小悪魔の頭をよしよしと撫でてやった。
小悪魔は気持ち良さそうに目を細めている。
「それじゃあ、行って来るわね」
パチュリーは見送る三人に軽く手を振り、ふよふよとキッチンの方まで飛んでいった。
図書館内のキッチンは、扉で書庫とつながっている。
その扉は、小悪魔が飛び出してきたためだろう、半開きのままになっていた。
「まったく、しょうがない子ねえ……」
くすくすと微笑みながら、扉のノブに手を掛けるパチュリー。
キッチン内に入り、扉を後ろ手に閉める。
「……ほら。何もいない」
見たところ、“アレ”はどこにも見当たらない。
やはり、小悪魔の気のせいだったのだろう。
パチュリーはそう思い、何気なく天井を見上げたところ。
「……え?」
そのとき、パチュリーの脳内に、先ほどの小悪魔とのやりとりが想起された。
さっき、自分は何と言った?
さっき、確か。
自分は。
―――そんなワケないでしょ、私が見てきてあげるわ
「~~~~~~ッ!!」
頬をひくつかせるパチュリー。
直後、“アレ”はへばりついていた天井を蹴り、瞬く間に滑空を開始し―――。
了
的確に秘孔を突くパッチェさん(*´Д`*)ハァハァ
読んでいて、この後どういう展開になるか、分かってるけど分からない感じが良かった。
笑った。
タイトルでホイホイされたら面白かった
(*´Д`*)
ただ、あと何か一捻り足りない気がしたからこの点で
美鈴とフランが「せ」と「そ」を担当して欲しかった……かもw
このひとたちのこういうノリの話は大好き
ところでここのめーりんは素手で捕まえながら
「咲夜さん見てください、捕まえましたよ!」と言いながらすごいいい顔で迫ってきそう。
体張りすぎです
これ…フラグ立ってるよね…
Σd(^皿^)うー☆
頭なでなでしてあげたい
俺、この感想投稿し終えたら、小悪魔と(ry
というか、貴女が使っているのはどう見てもアミバ流北斗○拳でしょう、パチュリーさん。
そして貴女はこのセリフをこそ覚えておくべきだった。
『ふっ、どうやら私もここまでのようね……』
そうすれば開いた瞳の先には雄々しく立ちはだかるフランちゃんか美鈴が居たというのに。
良い作品でした。
わりと死亡フラグってのを知るべきだと思いましたw
それにしてもかわいいw
面白かったですー
声出して笑ったわ
死亡フラグのさしすせそに素直に感心しました。
やっぱり皆復活した台詞にバリエーションが欲しかったかも。あと『せ』と『そ』まできっちりやってもらえたら完成度高かったかも。
>「そんなワケないでしょ、私が見てきてあげるわ」
あっ ……ぱっちぇさんアッー!
>「……ほら。何もいない」
実際に天井から逆落としに出現したヤツに「俺を踏み台にしたぁ!?」をやられたことがあります。
今回は「やったか!?」→やってないもクリアーってことですね。
これが死亡フラグじゃないなら何なのかと
パッチェさん・・・・・・無茶しやがって・・・・・・
そう言えば紅魔館の面々は名前の最後がア行の人が多いなぁw
これはギャグとしてとてつもなく完成度が高いっす。
飯食べてた時に天井見上げたらGがいた時の嫌な感覚を思い出しました。
さようなら……
繰り返しネタには弱いのです
無茶苦茶笑いましたwww
でもそこまでいくとしつこくなるかなという気もしますね
冒頭からぐいぐい引っ張られる面白さでした。
一番自然にフラグを立てたパチェさんに黙祷。
【死亡フラグのかきくけこ】より抜粋