夜の紅魔館で私達は遅い夕食を取っていた。
私の横には妹のフランが座っている。
そしてその後ろには咲夜が静かに立っていた。
「ごちそうさま!」
フランはそう言ってナイフとフォークを皿の上に置いた。
そのまま椅子から飛び降りてどこかへ向かおうとするフランの腕を慌ててつかむ。
「こらこら、まだほっぺたにソースがついてるわよ?」
私はフランの頬についていたソースをナプキンで拭いてやる。
白くて綺麗な肌がソースで台無しだわ。
……うん、これでよし。
「うん、きれいに取れたわ」
「ありがとうお姉様」
フランはにこりと笑って礼を言うと、私達に背を向けた。
「どこに行くの?」
「ちょっとお屋敷の中を散歩してくるね!」
「あ、ちょっと! 後片付けくらい……」
「行ってきまーす!」
私が止めようと声を発した時には既にフランは食堂を出て行ってしまっていた。
「ふぅ、後片付けくらいしていきなさいよね……」
私はやれやれ、と首を横に振った。
「いいんですよ。私がやりますから」
「そう? いつも悪いわね」
「いえいえ、大丈夫ですよ」
咲夜は笑いながらフランの食器を片付け始める。
私も一緒に自分の食器を手に取った。
前までは咲夜に任せっぱなしだったのだけれど、
最近は食器の片付けくらいは私も手伝うようになっていた。
咲夜に任せっぱなしなことが気になったからだ。
流石にそれ以上のことはまだ出来ないけれども。
ゆくゆくは咲夜の手伝いをしてあげたいと思っているのは内緒だ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、これくらい」
そう言って私を気遣ってくれる咲夜。
よっ、と少し声を出して食器を持ち上げてから咲夜と一緒に台所へと向かう。
少しだけ重いけどなんとか大丈夫。
台所へと向かう道中……といってもわずかな時間だけど、咲夜に話しかけられた。
「それにしても妹様は地下から出られたばかりだというのに……
もう幻想郷に溶け込んでいますね。
この前なんて庭で湖の妖精たちと遊んでいましたよ」
その様子は私もテラスから見たわね。
細かい表情までは窺うことができなかったけど……
楽しそうな雰囲気だけは十分すぎるくらいに伝わってきていた。
「無邪気で純粋で優しい。
フランのこんなところが人から好かれるんでしょうね」
「なるほど」
咲夜は軽く頷く。
あれほど優しい子もなかなかいないだろう。
……ふと、私はあの時のことを思い出した。
思わず顔をしかめてしまう。
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもないわ」
「そうですか」
咲夜はそう言って視線を前へと戻す。
あえて「そうですか」と返したのは彼女なりの優しさだろう。
彼女は私のわずかな感情の変化も見逃さない。
つまり私が今なんでもないと答えたのは嘘であると完全に見抜いているはずなのである。
少しの間沈黙が続く。
私も咲夜も一言も発せずにいる。
黙ったまま歩いていると台所に着いた。
私は咲夜の後に続いて流し台へと向かう。
流し台の前に着くと私は咲夜に食器を手渡す。
「あとは私がやりますからお嬢様はお帰りいただいて結構ですよ。
ありがとうございました」
咲夜は微笑みながら頭を下げた。
「うん、わかったわ。こちらこそありがとう」
そう返してから私は元来た道を戻っていく。
先ほど見せた笑顔とは裏腹に引き返す私の心の中は酷く乱れていた。
私はリビングに入り、近くにあった椅子に腰掛けた。
「なんで……なんであの時のことが今更……!」
椅子に座ると私は頭を押さえた。
あの時というのは……フランを地下に閉じ込めた時のことだ。
私の頭の中にはあの時に起きたことの記憶がまだしっかりと残っている。
フランを閉じ込めた直後などは毎日のように悪夢を見たくらいだ。
私は落ち着くために近くにあった水差しから水をコップに注いだ。
コップに注いだ水を一気に飲み干す。
……水のおかげで頭がやっと冷えてきた。
「ふぅ……」
「ただいまー!」
いきなりそう後ろから叫ばれたので私はびっくりしてひゃっ、と小さく声を上げてしまう。
心臓が飛び出そうだった。
胸に手を当てると鼓動が早くなっていることが分かる。
振り返って後ろを見ると……フランがニコニコと笑って私を見ていた。
「ふふ、びっくりした?」
「あ、当たり前じゃない! あー、びっくりした……」
無邪気に笑うフラン。
……彼女を見ているとなんだか怒る気も失せてくる。
「まったく、あなたって子は……」
私はふぅ、と軽く笑って叱る代わりにフランの頭を撫でた。
彼女はこうして頭を優しく撫でられるのが好きなのだ。
「えへへ、ごめんなさーい」
そう笑うフランの笑顔は……まるで天使のようだった。
見ているだけで癒される。
「お嬢様、終わりました」
「ん、ご苦労様」
その時、ちょうど咲夜が戻ってくる。
私は彼女に労いの言葉をかけるのを忘れない。
「そういえば……もうこんな時間ですがお嬢様はお眠りになられますか?」
咲夜の言葉を聞いて時計を見た。
確かにもう夜も遅い。
うーん、そろそろ寝ようかな。
「そうね、もう寝るわ」
「それではベッドの準備をしてきますので、しばらくお待ちください」
一礼してまた部屋を出て行く咲夜。
咲夜が出て行ったことでまた私達は二人きりになる。
「もう寝ちゃうの?」
「ええ。もう夜も遅いしね」
そう言う私に向かって頬を膨らませて不満そうな顔をするフラン。
「えー、つまんないなぁ」
「また明日遊べば良いじゃない」
「うーん、それもそうだね!」
親バカならぬ姉バカと笑われてしまうそうだが、そう言って笑うフランはとても可愛かった。
改めてこんな妹がいる私は幸せ者だと感じる。
「ベッドの準備が終わりました」
「えっ……は、早い……!」
咲夜の帰りにフランが驚いている。
無理も無い。
まだ彼女がリビングを出て行ってからは1分くらいしか経っていないのだ。
「ご苦労様。それにしても早いわね」
「ええ。メイドたるもの主人を待たせてはいけませんもの」
ニヤリ、と静かに笑う咲夜。
流石は完璧で瀟洒なメイドだ。
そんな彼女の顔を見て自然と笑みがこぼれる。
「それじゃあ私達は寝るわ。おやすみ、咲夜」
「おやすみなさいませ」
「あ、咲夜も早く寝なさいね? 疲れているでしょう?」
「ふふ、ありがとうございます。それでは私もそろそろ寝ることにしますよ」
咲夜に別れを告げて私達は寝室へ向かった。
ちなみに私とフランは同じ部屋、同じベッドで寝ている。
何故なのか。
それは彼女が愛おしくてたまらないから。
……そしてあの時の罪を償いたいから。
寝室に着くと着替えを済ませてから一緒にベッドへと潜り込んだ。
広いベッドがあっという間に狭くなる。
でもフランが私のすぐ横、彼女の心臓の鼓動が聞こえてくるくらいに近い場所にいる。
それを考えるともうちょっと狭いベッドでも構わない気がした。
「それじゃあおやすみ、お姉様」
「うん、おやすみなさい」
私はフランの額に軽く口付けをする。
これは私がいつも寝る前にしている日課のようなものだ。
フランの顔を見るとにこり、と笑っている。
「ありがとう、お姉様」
「いえいえ、どういたしまして」
フランは私の腕にしがみついてから目を閉じた。
いつもフランは私の腕にしがみついて寝るのだけれど……
そんなことをするのには何か理由でもあるのかな?
……特に深い意味はないのかもしれない。
しかしなんだろう。
ものすごく嫌な予感がする……
気のせい……かな?
うん、気のせいに違いない。
とりあえず寝ることにしよう。
そう思い、ゆっくりと目を閉じるとすぐに睡魔はやってきた。
気がつくと私は薄暗い場所に立っていた。
ここは……紅魔館の地下かしら……?
ふと、目の前に誰かがいることに気がついた。
誰かしらね……?
「フラン、あなたの能力は危険すぎるの……」
な、何よ、これ……?
目の前にいるのは……私だ。
姿は今よりも幼いけれど。
そして目の前にいる私の目の前には……
動物を入れるような檻の中に閉じ込められたフランがいた。
「危険って……?」
「あなたの能力は周りにあるものをなんでも傷つけてしまう……
この意味が分かる?」
「うん、なんとなく……」
フランはゆっくりと頷いた。
これは……あの時の光景……?
「すまないわね……
私もこういうことはしたくないのだけれど……」
私はフランに向かってくるりと背を向けてそう呟いている。
その肩は小さく震えていた。
薄暗い地下に設置されている蝋燭の光が私の頬からこぼれ落ちる雫を光らせる。
これは……夢、なのかしら……?
「ううん、大丈夫……」
こんな状況にもかかわらずフランは次の瞬間、こう言ったのだ。
「いつまでも……ずっとお姉さまを待っているから……!」
涙を流しながら精一杯の笑顔を見せるフラン……
目の前にいる私には見えなかったのだろうけど、
今の私はしっかりと彼女の顔を見てしまった。
私を批難するような気持ちなど全く感じ取れない澄んだ目……
や、やめて……!
そんな目で私を見ないで……ッ!
私は絶叫した。
すると目の前がどんどん暗くなっていき……
最終的に真っ暗になってしまった。
私はそこで目が覚めた。
「はぁ……はぁ……夢……か」
息は荒く、体中は汗でびっしょりと濡れている。
私は頭を抱えて涙を流した。
「私を恨んでくれて良かった……
罵ってくれても良かったのに……
あの子……笑ってた……!
何で……!」
恨んでくれたり罵ってくれた方がまだ良かった。
あそこで見せたフランの笑顔は一生忘れることが出来ないだろう。
あの状況でなんで笑えたの……?
私を信頼し、姉として愛してくれていたから……?
心が……痛い。
こんな最低の姉を信じ、愛してくれていたなんて……
私は横で寝ているフランを見た。
彼女は静かに寝息を立てて寝ている。
「フラン……」
私は無意識のうちにゆっくりとフランの頭へ手を伸ばしていた。
そのまま彼女の頭を起こさないように気をつけながら軽く撫でてやると、ビクッと体を震わせた。
どうしたのだろう。
「お姉様……行かないで……」
私はその言葉にドキッとした。
もしかして……
「私をこんなところに一人にしないで……」
そこで私は確信した。
間違いない。
私と同じようにあの時の夢を見ているのだ。
「お姉様……」
そう呟きながら涙を流すフラン。
辛かっただろう……
寂しかっただろう……
私はゆっくりと慰めるように彼女を抱きしめる。
その時、涙が頬を伝っていくのがはっきりと感じられた。
「大丈夫……お姉様はいつでも近くにいるから……」
私はそう彼女に呟きながら、離してしまわないようにさらに力をこめて彼女を抱きしめた。
すると……
「う、うーん……お、お姉様……?」
「あ……起こしちゃったかしら?」
流石に力を入れすぎちゃったかしら……
それからすぐに私は慌てて目を拭った。
フランに泣いているところを見られたくなかったからだ。
彼女はしばらくじっと私を見ていたが、いきなり私の胸に顔を当てて泣き始めた。
「お姉様……! もうお姉さまはどこにも行かないよね……!
私を一人にしたりなんかしないよね……!?」
「ええ、どこにも行かないし、あなたを一人にもしないわ……」
私はフランを抱きしめながら頭を撫でる。
まるで親が子供をあやすように。
抑えたはずの涙がまた溢れ出してくる。
「ごめんなさい……あの時は……仕方が無かったのよ……
あなたが能力を乱用しないように地下に閉じ込めろって手紙が見つかって……」
「え……?」
私はフランを閉じ込めたくて閉じ込めたわけではない。
そもそもの理由はずっと前に見つけたとある手紙だ。
誰が書いたのかは不明だったけど、私の家系の誰か、可能性的には親か親戚……が書いたものには違いない。
それには「フランは危険であるから地下に閉じ込めよ」といったようなことが書いてあった。
まだ幼かった当時の私はそれを信じてしまったのだ。
しかし、今考えてみればそんなものは出鱈目だとしか思えない。
フランのような優しい子が他人を傷つけることなんて考えられなかった。
私は馬鹿だ、大馬鹿だ。
あんな何の根拠も無い手紙を信じてしまうなんて……
もしあの頃に戻れるのならきっと自分を殴っているだろう。
「ごめんなさいね……
あんな手紙を信じてしまうような馬鹿な私を……
私を、許してもらえるかしら……?」
「……うん。ただ許す代わりに一つだけ約束して?」
「何?」
「……私と、いつまでも一緒にいてくれる?」
私は涙を流しながら力強く頷いた。
「ええ、もちろん……!」
「約束だからね……」
私達はお互いに強く抱きしめあった。
まるでお互いの愛を再確認するかのように。
それからというもの、私達はいつでも二人一緒に過ごすようになった。
まぁ、用事がある時なんかは別だけどね。
「おはよう咲夜」
「咲夜おはよう!」
「おはようございます」
いつものように朝の挨拶を交わす私達。
もちろん私とフランは仲良く隣同士に座っている。
咲夜はそんな私達を見て、口元に手を当ててクスクスと笑った。
「それにしても最近はいつでも一緒にいますね」
「当たり前よ、姉妹なんだから」
「そうよ! 寝る時やご飯を食べる時、お風呂はもちろんトイレも一緒なんだから!」
「いや、最後のはないから」
胸を張るフランの言葉に私は引きつった笑みを浮かべて否定する。
「ふふふ、仲が良くて羨ましいです」
「それじゃあもっと羨ましくさせてあげようかな?」
そういってフランはいきなり私に抱きつき……
私の唇を奪った。
びっくりしてフランから顔を遠ざける私。
「ちょ、ちょっと何するの!?」
「ふふふ、お姉様の唇はもらったわ!」
「はぁ、もうついていけないわよ……」
ふぅ、とため息をついて肩をすくめる私をみて咲夜もフランも笑った。
「ふふ、それじゃあ私はお菓子を持ってきますね。
お二人の邪魔をするのもどうかと思いますし……」
「こ、こら! 何を言うのよ咲夜!」
「それでは邪魔者はさっさと退散することにします。
ごゆっくりどうぞ」
咲夜は意味深な笑いを浮かべながらリビングを出て行く。
私達は二人、リビングに残されてしまった。
残された私達は顔を見合わせる。
するとフランが話しかけてきた。
「ね、お姉様……」
「何よ……?」
フランはもじもじしながら私の耳に口を近づけた。
「さっきの続き……また夜にしない?」
「え?」
フランの言葉に少しだけ驚く。
それから私は軽く笑った。
ふふ、まったく可愛いわね、この妹は。
「……わかったわ。覚悟してなさいよ?」
「うわぁ、なんかお姉様、危ない人みたい!」
「この、言ったわね!」
私は笑いながらフランを捕まえる。
そのままフランを膝の上に乗せてぎゅっと抱きしめた。
フランの耳元で私は囁く。
「……もう、離さないわ」
「お姉様……これからもよろしくね」
私達はそのまま目を閉じて口付けを交わす。
もうフランを一人にさせはしないし、悲しませもしない。
私はそう強く、強く彼女の唇に誓った。
心温まる優しい話ですね
レミフラ好きの自分には最高の話でした^^
手紙が誰からのものなのか、何ゆえに手紙でと言う形だったのか…書いた本人が直接動かなかった理由も見えません。
話そのものを優先させているというか、早く結末まで書きたいがゆえに、その辺をないがしろにしてるように感じてしまいました。
あと、凄くどうでも良い突っ込みですが…
吸血鬼にとって、夜遅く、なんてのはまさに、自分たちの時間なのでは?
少し気になったので一応の指摘です。
フランが疑心暗鬼になりかねる発言だよね;
この物語のフランなら大丈夫みたいだけど
ベッドメイキングを瞬時に完了した咲夜さんに驚くフランドール。
夜も遅いとフランドールをたしなめるレミリア。他の方も指摘していますね。
思うに、普段は作者様の頭に入っているキャラ設定が、物語を紡ぐことに夢中になって
飛んでしまっているんじゃないかと邪推してしまうんですよね。
無邪気な、おバカな、優しい、仲の良い、吸血鬼に見えない、等々。
どんなスカーレット姉妹でも、説得力さえあれば私は大好きです。
でも、スカーレット姉妹に見えないスカーレット姉妹だけはちょっとなぁ。
作者様の創作に対する姿勢は好きです。頑張って下さいね。
手紙については自分が一番悩んだところですね。
「レミリアがフランを地下に閉じ込めた理由はなんなのだろう?」
そう考えたときに、幼いレミリアが手紙の内容を鵜呑みにしてしまったという
理由がいいのではないかと考えてこうなってしまいました。
省いた方がいいという意見もありましたが、
省いてしまうと「何故閉じ込めたのか?」という疑問が解決されなさそうだったので入れました。
夜は吸血鬼の時間という点については・・・
レミリアたちも幻想郷に馴染んでいくうちに夜寝て昼起きるという習慣が
染み付いてしまったのではないかという勝手な想像で書いてしまいました。
不快に思われた方々、申し訳ありませんでした。
唯一つ言いたいことは私はこの物語で「姉妹の仲の良さ」や「姉妹愛」を描きたかったということです。
今回は自分の拙い小説にアドバイス、感想を下さり、ありがとうございました。
皆様にはいつも感謝しても足りないほどお世話になっています。
どうかこれからもよろしくお願いします!