肌と肌の触れ合う感覚で目が覚めた。
「…んぅ」と情けない声が無意識に口から漏れる。汗とも柑橘類とも思える甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。私じゃない誰かの呼吸音が聞こえる。近い、部屋にいてもうるさく聞こえる蝉の声とは別の音だ。隣に眠っているメリーが私のほうへ体を寄せてきたのだろう。
眠い、目を覚ました自分を呪いたい。最近は異常気象で8月を過ぎても気温は30℃を上回り、蝉が鳴くことをやめなくなっている。ようは初秋にも関わらず熱帯夜なのだ。
自宅のクーラーが壊れて、何日も暑さで夜中に起きてはなかなか寝付けず寝不足だった私を「じゃあ、夏が終わるまで私の家で暮らせばいいじゃない」と少し語弊のある言葉で誘ってくれたのがメリーだった。
今日――正確には昨日も秘封倶楽部の活動で体を酷使したばかりだった。いい加減身体を休めないと私もボロボロになってしまう。
せめて目を瞑って眠るまで待とう。寝たりない、高揚している意識を脳内で抑えつつ、パジャマを脱いでネグリジェ一枚になろうとパジャマのボタンへと手をかけた。
「…あれ?」
しかし、手に触れたのはネグリジェ――私の汗を吸いわずかに蒸れたシルクの繊維だった。
寝る前にパジャマを着た記憶は、ある。脱いだ記憶も、これまでに寝相で服を脱いだことも無い。
そこから導かれる答えは――
「何よ、メリー」
クスッ、と笑う声が耳の横で聞こえる。
重い瞼を上げた先には笑顔のメリー。
私に覆いかぶさる体位だ。
「…あ、ちょ…」ざらりと舌が首筋をつたう感触、舐められた痕が風に触れて冷たい。
メリーを振り払おうと両手を動かしたが無駄だった。私の右手はメリーの左手に、左手は右手に抑えつけられて動かすことができない。足をバタバタさせるも無駄な努力、私の身体はメリーに支配されたも同然となった。
中学、高校とバレー部で青春を謳歌していたメリーと帰宅部で怠惰な生活を送っていた私だ。身体能力で負けるのは致し方ない。
「ちょっと…メリー、やめ…」
せめてもの抵抗として声を出す。メリーは答えることなく首筋から口を離し、顔を私の胸へと寄せてきた。
首に唾液のぬるりとした感覚は残るが、私の抗議の言葉が功を奏したようで安心する。
胸へと顔を寄せたメリーは「あーあー」などと呻きながらグリグリと頭を左右に振る、けっこう痛い。
「…固い」
「…ぅ」
メリーの一言に喘ぎではない、嘆きの声が出てきた。こいつ、気にしてることを!
「でも、温かいわね蓮子の身体」
なぜ身体を強調するのか、とつっこもうかと思ったが悪い気分じゃないので返事はしない。メリーはもっと肌を寄せてきた。私の全身にメリーの温もりが伝わる、暖かい。
「暑い?蓮子」
「暖かいわ…どうして?」
「あなたの首、汗でしょっぱかったもの」
「それは…メリーも同じでしょ」
メリーが身体を動かしたことで自由になった両手に力を入れる。右腕を支点に体を180度回転させる。メリーが下に、私が上になってあっさり形勢が逆転した。メリーは驚いた表情を隠そうともせず私を見つめている。
暗い紫色、二対の瞳。ブロンドの明るい髪とは対照的な落ちついた紫。
「――可愛い――」
私が口にしたのかメリーが口にしたのか、一瞬判断がつかなかった言葉。出会ってからずっと言いたかった言葉。
私とメリーが同時に口にした、その言葉は二人の心からの―――気持ち。
メリーは笑う。私と出会ったときのように穏やかな笑顔で。
私も笑う。少しぎこちない笑顔で。
二人はお互いを求めあった、この温もりの中で。
私はメリーへと顔を近づける。
メリーは瞳を閉じ、私を受け入れてくれる。
私も瞳を閉じる。
女の子の肌はレモンの香りがすると昔、本で読んだ。
顔を近づけるにつれて私はメリーの匂いに包まれていく気分だ。
メリーの息がかかる。
私の息もメリーにかかっているだろう。
一息。
私の唇がメリーのそれと重なりあった。
柔らかい、弾力のある肌。
「蓮子…」「メリー…」
二人は互いを受け入れ“一つ”になった。
私たちに聞こえるのは唇が交わり、水の跳ねる音だけ。
深く深くもっともっともっとメリーのことを知りたい。その欲望を行動でメリーに発散する。
「…ねぇ、メリー」
一旦、唇を離して話しかける。二人の唇は糸を引きつながっている。
「私たち、ずっとずっと一緒だよね…?」
「当り前じゃない、私は―――私たちは二人で一人の、」
「秘封倶楽部だから」
二人の声が重なる。彼女は私を、宇佐見蓮子を受け入れてくれた。だから私は、
「ありがとう」短いけれど、気持ちの伝わる感謝の言葉を言う。
「ありがとう」
メリーは私を抱き寄せる。そして、再び『ちゅっちゅの世界』へと秘封倶楽部は沈んでいく…。
……日の光で目が覚めた。体が気だるい。時計へと目をやると、午前と言うより正午に近い時間だった。
午前中に講義が入っていたが仕方ない。疲れに勝てるものなどないのだ。
メリーが寝ているであろう横へと目をやると、誰もいない。同じ講義をとっているのだから、もう大学へ行っているのか。それなら私を起こしてくれてもいいじゃないかと思わないでもない。
「よっこいしょ…」
重い体を、何とか起こす。全身がだるいが着替えて大学へ行かなければならない。
あれは…夢?うつろな頭では昨夜の出来事が現だったのかの確証がない。
ネグリジェの匂いをかいでも生地の匂いがしなかった。下着を着替えてシャツに腕を通していると、
「あ、蓮子。おはよう」
居間の方からメリーが顔をのぞかせてきた。
すでに着替えてエプロン姿だ。
「メリー、大学は?」
何から尋ねるか、僅かな時間で悩んだ末に出てきたのがそれだった。
「蓮子が気持ちよさそうに寝ているからね。起こすのははばかられるしサボっちゃった」
笑顔で答えるメリー。それに、と言葉をつづけて
「私たちは二人で一人の秘封倶楽部でしょ。一緒じゃないなんて私はいやよ」
嬉しかった。彼女と一緒に秘封倶楽部を始めたことが、彼女と出会えたことが。
ずっとずっと一緒にいよう。だから私は言った。シンプルだけど気持ちの伝わる一言を、
「メリー…ありがとう」
『秘封ちゅっちゅ』はまだ始まったばかりなのだから。
「…んぅ」と情けない声が無意識に口から漏れる。汗とも柑橘類とも思える甘酸っぱい匂いが鼻腔をくすぐる。私じゃない誰かの呼吸音が聞こえる。近い、部屋にいてもうるさく聞こえる蝉の声とは別の音だ。隣に眠っているメリーが私のほうへ体を寄せてきたのだろう。
眠い、目を覚ました自分を呪いたい。最近は異常気象で8月を過ぎても気温は30℃を上回り、蝉が鳴くことをやめなくなっている。ようは初秋にも関わらず熱帯夜なのだ。
自宅のクーラーが壊れて、何日も暑さで夜中に起きてはなかなか寝付けず寝不足だった私を「じゃあ、夏が終わるまで私の家で暮らせばいいじゃない」と少し語弊のある言葉で誘ってくれたのがメリーだった。
今日――正確には昨日も秘封倶楽部の活動で体を酷使したばかりだった。いい加減身体を休めないと私もボロボロになってしまう。
せめて目を瞑って眠るまで待とう。寝たりない、高揚している意識を脳内で抑えつつ、パジャマを脱いでネグリジェ一枚になろうとパジャマのボタンへと手をかけた。
「…あれ?」
しかし、手に触れたのはネグリジェ――私の汗を吸いわずかに蒸れたシルクの繊維だった。
寝る前にパジャマを着た記憶は、ある。脱いだ記憶も、これまでに寝相で服を脱いだことも無い。
そこから導かれる答えは――
「何よ、メリー」
クスッ、と笑う声が耳の横で聞こえる。
重い瞼を上げた先には笑顔のメリー。
私に覆いかぶさる体位だ。
「…あ、ちょ…」ざらりと舌が首筋をつたう感触、舐められた痕が風に触れて冷たい。
メリーを振り払おうと両手を動かしたが無駄だった。私の右手はメリーの左手に、左手は右手に抑えつけられて動かすことができない。足をバタバタさせるも無駄な努力、私の身体はメリーに支配されたも同然となった。
中学、高校とバレー部で青春を謳歌していたメリーと帰宅部で怠惰な生活を送っていた私だ。身体能力で負けるのは致し方ない。
「ちょっと…メリー、やめ…」
せめてもの抵抗として声を出す。メリーは答えることなく首筋から口を離し、顔を私の胸へと寄せてきた。
首に唾液のぬるりとした感覚は残るが、私の抗議の言葉が功を奏したようで安心する。
胸へと顔を寄せたメリーは「あーあー」などと呻きながらグリグリと頭を左右に振る、けっこう痛い。
「…固い」
「…ぅ」
メリーの一言に喘ぎではない、嘆きの声が出てきた。こいつ、気にしてることを!
「でも、温かいわね蓮子の身体」
なぜ身体を強調するのか、とつっこもうかと思ったが悪い気分じゃないので返事はしない。メリーはもっと肌を寄せてきた。私の全身にメリーの温もりが伝わる、暖かい。
「暑い?蓮子」
「暖かいわ…どうして?」
「あなたの首、汗でしょっぱかったもの」
「それは…メリーも同じでしょ」
メリーが身体を動かしたことで自由になった両手に力を入れる。右腕を支点に体を180度回転させる。メリーが下に、私が上になってあっさり形勢が逆転した。メリーは驚いた表情を隠そうともせず私を見つめている。
暗い紫色、二対の瞳。ブロンドの明るい髪とは対照的な落ちついた紫。
「――可愛い――」
私が口にしたのかメリーが口にしたのか、一瞬判断がつかなかった言葉。出会ってからずっと言いたかった言葉。
私とメリーが同時に口にした、その言葉は二人の心からの―――気持ち。
メリーは笑う。私と出会ったときのように穏やかな笑顔で。
私も笑う。少しぎこちない笑顔で。
二人はお互いを求めあった、この温もりの中で。
私はメリーへと顔を近づける。
メリーは瞳を閉じ、私を受け入れてくれる。
私も瞳を閉じる。
女の子の肌はレモンの香りがすると昔、本で読んだ。
顔を近づけるにつれて私はメリーの匂いに包まれていく気分だ。
メリーの息がかかる。
私の息もメリーにかかっているだろう。
一息。
私の唇がメリーのそれと重なりあった。
柔らかい、弾力のある肌。
「蓮子…」「メリー…」
二人は互いを受け入れ“一つ”になった。
私たちに聞こえるのは唇が交わり、水の跳ねる音だけ。
深く深くもっともっともっとメリーのことを知りたい。その欲望を行動でメリーに発散する。
「…ねぇ、メリー」
一旦、唇を離して話しかける。二人の唇は糸を引きつながっている。
「私たち、ずっとずっと一緒だよね…?」
「当り前じゃない、私は―――私たちは二人で一人の、」
「秘封倶楽部だから」
二人の声が重なる。彼女は私を、宇佐見蓮子を受け入れてくれた。だから私は、
「ありがとう」短いけれど、気持ちの伝わる感謝の言葉を言う。
「ありがとう」
メリーは私を抱き寄せる。そして、再び『ちゅっちゅの世界』へと秘封倶楽部は沈んでいく…。
……日の光で目が覚めた。体が気だるい。時計へと目をやると、午前と言うより正午に近い時間だった。
午前中に講義が入っていたが仕方ない。疲れに勝てるものなどないのだ。
メリーが寝ているであろう横へと目をやると、誰もいない。同じ講義をとっているのだから、もう大学へ行っているのか。それなら私を起こしてくれてもいいじゃないかと思わないでもない。
「よっこいしょ…」
重い体を、何とか起こす。全身がだるいが着替えて大学へ行かなければならない。
あれは…夢?うつろな頭では昨夜の出来事が現だったのかの確証がない。
ネグリジェの匂いをかいでも生地の匂いがしなかった。下着を着替えてシャツに腕を通していると、
「あ、蓮子。おはよう」
居間の方からメリーが顔をのぞかせてきた。
すでに着替えてエプロン姿だ。
「メリー、大学は?」
何から尋ねるか、僅かな時間で悩んだ末に出てきたのがそれだった。
「蓮子が気持ちよさそうに寝ているからね。起こすのははばかられるしサボっちゃった」
笑顔で答えるメリー。それに、と言葉をつづけて
「私たちは二人で一人の秘封倶楽部でしょ。一緒じゃないなんて私はいやよ」
嬉しかった。彼女と一緒に秘封倶楽部を始めたことが、彼女と出会えたことが。
ずっとずっと一緒にいよう。だから私は言った。シンプルだけど気持ちの伝わる一言を、
「メリー…ありがとう」
『秘封ちゅっちゅ』はまだ始まったばかりなのだから。
誤字報告>「ブロンドの明るい神」、明るい髪でしょうか
ただアウトライン寄りな気がしてならないので自分でも不本意ながらこの点数で
誤字修正しました。報告ありがとうございます
『ちゅっちゅの世界』で全部持って行かれた感がww