「ああ、その陣にはこの魔道書に載ってる式をですね…」
「あ?これを使うのか?全く種類が違うじゃないか。」
「確かに性質が真逆ですが、この陣には特別な『印』が掛かってまして、それを解くためにこの式を組み込むんです。」
「印…?」
「ええっと、貴女なら封印とでもいいますか。この陣の魔法を使うには一定の魔力の供給が必要なんです。
私なら絶えず魔力は出せますが、人間である貴女はそうもいかないでしょう?
だから今まで成功しなかったのではないでしょうか?」
「そ、そうなのか?」
「ええ、おそらく。いいですか。魔法を使う陣にはありとあらゆる印が混ざります。
その印を一つ一つ理解していかないと、魔法は本来の力を発揮できません。
例えば、この陣。『陽』の性質を持っていますが、この裏には『陰』も潜みます。じわじわと魔力を送るための印でして…」
「ちょ、ちょっと待った!ストップ!ストップ!!頭が痛くなるぜ…本当に…」
魔法の森にある霧雨魔法店。
現在ここには普段はあまり見ないような組み合わせがいた。
「それじゃ、少し休憩しましょうか?」
そう言ってにっこりと微笑むのは、既に昔の話にはなるが、春の星蓮船異変の時の主要人物だった聖白蓮。
「ああ、そうしてもらえると助かる。お茶でも煎れてくるぜ。」
何とも疲労感たっぷりの顔でそう言ったのは霧雨魔法店店主の霧雨魔理沙だ。
そもそもこの2人。初めのうちはそんなに仲が親しかったわけじゃない。
こうやって家に白蓮が訪れるなんて魔理沙は考えたことすら無かった。
だけどそうなったきっかけは至極簡単なものだった。いやそもそもきっかけなんていうのはそんなものかもしれない。
それはある宴会での席の話。
*********
「よう、飲んでるか?」
「君は…あの時の魔法使いか。」
ナズーリンは少しだけ警戒しながら口を開く。
少しだけ同じ趣向を持つ彼女らは、互いにぶつかりあうことが少なくなかった。特にこういう席では。
何か似ていると反発しあう。それは世の理でどうしようもないことだった。
「こら、ナズーリン。折角の宴会の席なのにそんな顔をしてはいけませんよ。」
「むっ……」
それをいつも宥めるのが聖白蓮だった。
「こんばんは、魔理沙さん。いい夜ですね。」
「ああ、満月の光が嫌ってほど体に刺さるみたいだ。」
「それで、どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとお前に頼みごとがあるんだが。今、いいか?」
さっきまで少し酔っていた様な感じの魔理沙だったが、その時は真剣な表情を見せる。
白蓮はそれを見て、相手が真剣な姿勢だったため、持っていた杯を置き姿勢を魔理沙に向ける。
「ええ、構いませんよ。」
「そうか。えっと、その…頼みごとなんだが……」
「頼みごと、ですか?」
「ああ、そうだ。お前昔からずっと魔法についていろいろやってきたんだよな?」
「………はい。」
少しだけ、暗い表情になった白蓮を見てナズーリンが口を開こうとしたが、彼女は手でそれを制した。
不服そうな目線を送るナズーリンを流しながら、白蓮は彼女の言葉を待つ。
「あの、な。魔法を教えてもらいたいんだ。」
「え?」
「今、行っている魔法の実験がどうしても息詰まるんだ。アリスに頼むのは何か抵抗があるし、パチュリーは手伝おうともしないだろう。
だから頼めるとしたらお前ぐらいしかいなかったんだ。頼まれてくれないか?」
少し不安そうな表情で頭を下げた魔理沙に対し、白蓮は笑っていた。
「ええ、もちろん。力になれるならいくらでも貸しましょう。」
「返せないかもしれないが……」
「大丈夫ですよ。貸した知識は返ってくるものではなく自分に足されるものですから。」
魔理沙は嬉しくて顔が緩むのを抑えることができなかった為か、帽子を深く被りへへっ、と小さく笑う。
「そうか、それは助かる。明日の昼ぐらいに来てもらえるか?」
「構いませんけど、私は貴女の家を知らないのですが……」
「あー、わかった。それじゃ昼ごろ迎えに行く。ってことでいいか?」
「はい。命蓮寺でお待ちしております。」
「………とぅ。」
小さな声でお礼を言って去って行く魔理沙を微笑みながら白蓮は見送った。
「いいのかい?聖。」
ナズーリンが口を開く。心なしか若干不機嫌な様子だ。
「いいのですよ。困った人を見過ごすなんて出来ませんから。」
「相変わらず甘いね。本当に。だから皆ついてくるんだろうけど。」
「そう言わないで下さいな。ところで星はいいのですか?いないようですけど。」
「……なっ!?いつの間に…?しょうがないな、本当に。」
そんなこと言いながら星を探しに行くナズーリンの背中をやはり微笑みながら見ている白蓮だった。
*********
「さぁ、私の煎れた美味しいお茶と私の焼いた美味しいクッキーだ。」
「あらあら、すいません。」
それから、定期的に白蓮は魔理沙の家へと通っていた。
初めのころは白蓮はボランティア程度のものとして手伝いをしていた。
しかし、魔理沙とこうして研究したりしていると、不思議と心が癒されていた。
日頃から、様々な業務や説法に追われる彼女の身に、この手伝いは良い効果を発揮した。
「ん、相変わらず美味しいですね。」
「当たり前だ、私が作ったんだからな。」
そう言って胸を張る魔理沙を見て白蓮はくすくすと笑う。
「やっぱりなぁ。」
「どうしました?」
そんま白蓮を見て魔理沙は納得したように頷く。
それを見て、白蓮はどうかしたのか、という視線を魔理沙に送る。
「いや、個人的な意見だが、そんな風に笑えるんだなぁ。とおもってな。」
「そんな風に?」
「寺で見るお前は絶えず笑ってはいるが、何か違和感があってな、今ぐらいが私から見てちょうどいい感じなんだ。」
「……っ」
そう言われて何か見透かされているような気がして、白蓮は驚いていた。
その観察力と洞察力。何時からか笑う振りになっていたのかもしれない、と知ることが出来ただけでも、白蓮は彼女に感謝していた。
「さ、続きを始めようぜ。さっきよりもわかりやすく教えてくれよ。って大丈夫か?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。もっと詳しく教えてあげますからね。」
「細かいのは勘弁だぜ……」
そう言って再び魔理沙と白蓮は研究に戻った。
「そもそもどうしてこの魔法を使おうと?」
「ああ、それはな……」
現在魔理沙が取り組んでいる魔法は奴隷型の弾幕である。
積年の願いだったこの魔法を魔理沙は何とかして習得したかったのだ。
「アリスには人形がいるし、霊夢にはあの陰陽玉があるだろ。あんなふうにまるで生きているようなそんな奴隷が出来れば弾幕のパターンも広がると思うんだ。」
「なるほど。ですが既に十分強いとは思いますけど?」
異変の際に魔理沙と白蓮は衝突した。白蓮はいかに封印から解かれたばかりだといってもかなりの力を持っていた。
しかし、この人間の魔法使いはそれを打ち破った。
その強さを白蓮は認めていたのだ。しかし魔理沙は首を横に振った。
「私は誰よりも強くなくてはいけないからな。今の戦法じゃ一方通行なことぐらいわかっているんだ。
だったら弾幕のパターンを増やすまでだ。目標は奴隷にマスタースパークを撃たせることだな。」
「それは随分と大きく出ましたね。」
「何、成功させてみるさ。私が生きている間にな。」
「……そうですね。頑張りましょう。」
「ああ、それじゃ、さっきの陣についてだが……」
それから魔理沙と白蓮は時間を忘れるほど魔法に没頭した。
何度か失敗したり小火が起きたりと、大変だったが、2人は常に楽しそうだった。
そして、気がついたらお約束の夜になっていた。
「集中しすぎましたね……」
「ああ、一生分頭動かしたかもしれん……」
テーブルにお互い突っ伏してぐでーっとなっている。
それもそうだ、午後から深夜までぶっ続けでありとあらゆることを試したり学んだりしたのだから疲労はものすごいものだった。
「寺に帰らなくていいのか?」
「一応、遅くなるとはいってるので、大丈夫かと……」
「そっか……」
「寝ます?」
「そうしたいが、生憎ベットまで動く気になれそうもない…」
そう言って徐々に瞼が閉じて行く魔理沙だったが、急に妙な浮遊感に襲われ目を開けた。
視線の先には白蓮の顔があり、魔理沙自身の状況の確認は意外にも冷静に出来た。
「風邪を引かれても困りますからね。」
「お姫様抱っことは年にも合わないが、助かる。」
眠気のほうが強いのか魔理沙は白蓮の体に抱きつくように身を預けた。
白蓮はそのままベットのある場所まで来たが、魔理沙が腕の中ですぅすぅと寝息を立てていることにやっと気がついた。
「困りましたね。」
穏やかな寝顔を見せる魔理沙を見ながら全く困っていないような顔で白蓮はそう呟いた。
降ろそうにも魔理沙は腕を回しているので引き剥がすわけにもいかない。
しょうがなく白蓮は彼女を抱いたまま一緒にベットへと入った。
2人分には余裕があるぐらい広いベットだった。
その中で白蓮はゆっくりと魔理沙の腕を解いて、寝やすい姿勢にする。
白蓮は彼女の髪を優しく撫でながら、考えていた。
『あの、魔理沙って子はねぇ、随分小さい頃に両親に家を追い出されたんだよ。私はその時若かったからよう覚えとる。』
『聖に頼まれて調べたが、元は普通の人間だったらしい。ある悪霊に魔法を習ったせいか、かなり幼いうちに家を追い出されたらしいが…』
『ええ、魔理沙さんは今や妖怪退治のヒーローですが、予想以上に困難な道を歩かれ来たと思います。短命な私には彼女が時々羨ましいぐらいですが。』
里の人から聞いたり、寺の者に調べさせたり、知人に聞いたりとしたが、彼女はずっとつらい思いをしてきたようだ。
幼いころから親の愛を受けれなくなり、それでも何か目的があって魔法を覚え今、彼女はここにいる。
それまでに道のりは決して楽なものではないのだろう。
苦しい思いやつらい思いばかりの日々もあったに違いない。
もしかしたら自分と少し境遇が似ているかもしれない。
家族との離れ方には違いはあるが、どちらも1人で力をつけるために血の涙を流したりしたのだ。
もしかしたら、彼女のそういうところに惹かれて………
とそこまで考えたが白蓮はそれを放り投げた。
彼女は彼女自分は自分と言い聞かせた。
自分は逃げたのだ。彼女は強くなるために前に進んだだけだ。
白蓮は弟の死を見てしまい、恐怖に駆られてしまったのだ。
だから、若返りという逃げ道を作った。
怖いから、死にたくないから。ありとあらゆる魔法を学び、妖力を手に入れ、彼女は初めて死の恐怖から逃げ切った。
(貴女はおそらく、死を見ても受け入れられる。
そして、死ぬまでに自分が出来る最大限のことをやって死ぬ。
それでいい。私のようになって欲しくない。
貴女には貴女らしく生きて欲しい。
だから、私は貴女にいろいろ教えてあげましょう。魔法だけでなくもっとたくさんのことを……)
「ねんねん ころりよ おころりよ……」
彼女は静かに呟くように謡う。
「ぼうやは 良い子だ ねんねしな……」
金色に輝く彼女の頭を優しく撫でながら、静かに謡う。
「ぼうやの おもりは どこいった……」
一滴だけ、たった一滴だけ魔理沙の目から涙がこぼれ落ちたように見えた。
そして、それを見たのを最後に白蓮の意識も徐々に遠くなっていった。
*********
「その、なんだありがとうな。いろいろと。」
「いいえ、まだ試作品ですし、私は少しでもお手伝いで着たならそれで十分ですよ。」
「いや、今回は本当に助かったんだ。礼ぐらいは、言わないとな。」
結局あれから約3日間魔法の完成に時間が掛かった。
白蓮もたまに寺に帰ったりはしたもののほぼ3日間魔理沙の家にいたのだ。
魔理沙が主に陣を作りながら白蓮はアドバイスをしたりするだけだったが、少なくとも聖は胸が軽くなる思いだった。
「それで名前は決めたんですか?」
「あ、そうだったな…そうだなぁ……」
うーん、と唸りながら数分あーでもないこーでもないと言っていたがついに完成したようだ。
「テスト…テストスレイブなんてのはどうだ?」
「試作的奴隷ですか?」
「まんますぎるか?」
「いえいえ、貴女らしい真っ直ぐなネーミングセンスですね。」
「馬鹿にしてないか?それ。」
「ふふっ、どうでしょうね。」
「何はともわれここまでありがとうな、助かったよ。」
「お役に立てれたのなら幸いです。また今度、何か息詰まったらいつでもどうぞ。
基本的には命蓮寺のほうにいるので。」
「ああ、その時はまた迎えに来てやるぜ。」
「待ってますので。それでは。」
そう言って白蓮は頭を下げて霧雨魔法店を後にしようとした。
が、しかしそれは後ろから急に名前で呼び止められて叶わなかった。
後ろを振り向くと、少しだけ顔を赤くしながら魔理沙が口を開いた。
「その、もし良かったらだが、あの…子守唄をまた聞かせて欲しいんだが……」
「……!ええ、もちろん。いつでも聞かせてあげますよ。寂しくなったときでも辛いときでもいつでもどうぞ。」
「あ、ああ、そうさせてもらうよ。」
「いつでも甘えてもいいんですからね?」
白蓮がそう言うと魔理沙は笑った。
「はっ、私が甘えるのは眠たい時だけだ。だから眠くてどうしようもない時は呼んでやるさ。」
眠りそうなのにどうやって呼ぶのかは彼女は聞かなかった。
「それでは、今度こそ。」
「ああ、気をつけてな。」
そうして魔法の森へと姿が見えなくなるまで魔理沙は見送った。
そして新しく出来たカードを手に取り、少しにやける。
「さて、餌食でも探しに宴会でも開くか。」
そして、また新しい課題を見つけて、白蓮でも呼んでまた新しいのを作ろう。
そう考えて、魔理沙はいつもより軽い足取りで神社へと向かうのでだった。
「ただいま帰りましたー。」
「聖!遅かったですね。」
寺に帰ると星が出迎える。皆既に朝食は済ませているらしい。
そこで初めて、自分が昨日の夕食から朝まで何も食べてないことに気付いた。
別に拾食の術を取得しているから必要は無いのだが。
「朝食はいりますか?なんなら今からでも。」
「いいえ、朝食はいりませんよ。」
そう言った白蓮に星は不思議そうに目線を送るが、それを軽く流して優雅に微笑みながら言った。
「既にお腹一杯いただきましたから。」
またいつか彼女が訪ねてくるのを楽しみにしながら白蓮はいつもの命蓮寺へと足を運んでいった。
いつもより機嫌も愛想も笑顔も明るくなって、命蓮寺に住む者たちは一瞬呆気に取られたが、すぐにそれを受け入れいつもより少しだけ楽しく過ごすようになっていった。
「ふん、氷で防いでみせるよ!思いっきり来い!」
「妖精相手にどこまで楽しめるのか。話の種にもならなかったら責任取ってお前が種になれ!」
それから氷精との弾幕ごっこにてそれを使っては見た魔理沙だったのだが。
まだまだ改良が必要だということで魔理沙が命蓮寺に突撃するのはまた別のお話。
「あ?これを使うのか?全く種類が違うじゃないか。」
「確かに性質が真逆ですが、この陣には特別な『印』が掛かってまして、それを解くためにこの式を組み込むんです。」
「印…?」
「ええっと、貴女なら封印とでもいいますか。この陣の魔法を使うには一定の魔力の供給が必要なんです。
私なら絶えず魔力は出せますが、人間である貴女はそうもいかないでしょう?
だから今まで成功しなかったのではないでしょうか?」
「そ、そうなのか?」
「ええ、おそらく。いいですか。魔法を使う陣にはありとあらゆる印が混ざります。
その印を一つ一つ理解していかないと、魔法は本来の力を発揮できません。
例えば、この陣。『陽』の性質を持っていますが、この裏には『陰』も潜みます。じわじわと魔力を送るための印でして…」
「ちょ、ちょっと待った!ストップ!ストップ!!頭が痛くなるぜ…本当に…」
魔法の森にある霧雨魔法店。
現在ここには普段はあまり見ないような組み合わせがいた。
「それじゃ、少し休憩しましょうか?」
そう言ってにっこりと微笑むのは、既に昔の話にはなるが、春の星蓮船異変の時の主要人物だった聖白蓮。
「ああ、そうしてもらえると助かる。お茶でも煎れてくるぜ。」
何とも疲労感たっぷりの顔でそう言ったのは霧雨魔法店店主の霧雨魔理沙だ。
そもそもこの2人。初めのうちはそんなに仲が親しかったわけじゃない。
こうやって家に白蓮が訪れるなんて魔理沙は考えたことすら無かった。
だけどそうなったきっかけは至極簡単なものだった。いやそもそもきっかけなんていうのはそんなものかもしれない。
それはある宴会での席の話。
*********
「よう、飲んでるか?」
「君は…あの時の魔法使いか。」
ナズーリンは少しだけ警戒しながら口を開く。
少しだけ同じ趣向を持つ彼女らは、互いにぶつかりあうことが少なくなかった。特にこういう席では。
何か似ていると反発しあう。それは世の理でどうしようもないことだった。
「こら、ナズーリン。折角の宴会の席なのにそんな顔をしてはいけませんよ。」
「むっ……」
それをいつも宥めるのが聖白蓮だった。
「こんばんは、魔理沙さん。いい夜ですね。」
「ああ、満月の光が嫌ってほど体に刺さるみたいだ。」
「それで、どうしたんですか?」
「ああ、ちょっとお前に頼みごとがあるんだが。今、いいか?」
さっきまで少し酔っていた様な感じの魔理沙だったが、その時は真剣な表情を見せる。
白蓮はそれを見て、相手が真剣な姿勢だったため、持っていた杯を置き姿勢を魔理沙に向ける。
「ええ、構いませんよ。」
「そうか。えっと、その…頼みごとなんだが……」
「頼みごと、ですか?」
「ああ、そうだ。お前昔からずっと魔法についていろいろやってきたんだよな?」
「………はい。」
少しだけ、暗い表情になった白蓮を見てナズーリンが口を開こうとしたが、彼女は手でそれを制した。
不服そうな目線を送るナズーリンを流しながら、白蓮は彼女の言葉を待つ。
「あの、な。魔法を教えてもらいたいんだ。」
「え?」
「今、行っている魔法の実験がどうしても息詰まるんだ。アリスに頼むのは何か抵抗があるし、パチュリーは手伝おうともしないだろう。
だから頼めるとしたらお前ぐらいしかいなかったんだ。頼まれてくれないか?」
少し不安そうな表情で頭を下げた魔理沙に対し、白蓮は笑っていた。
「ええ、もちろん。力になれるならいくらでも貸しましょう。」
「返せないかもしれないが……」
「大丈夫ですよ。貸した知識は返ってくるものではなく自分に足されるものですから。」
魔理沙は嬉しくて顔が緩むのを抑えることができなかった為か、帽子を深く被りへへっ、と小さく笑う。
「そうか、それは助かる。明日の昼ぐらいに来てもらえるか?」
「構いませんけど、私は貴女の家を知らないのですが……」
「あー、わかった。それじゃ昼ごろ迎えに行く。ってことでいいか?」
「はい。命蓮寺でお待ちしております。」
「………とぅ。」
小さな声でお礼を言って去って行く魔理沙を微笑みながら白蓮は見送った。
「いいのかい?聖。」
ナズーリンが口を開く。心なしか若干不機嫌な様子だ。
「いいのですよ。困った人を見過ごすなんて出来ませんから。」
「相変わらず甘いね。本当に。だから皆ついてくるんだろうけど。」
「そう言わないで下さいな。ところで星はいいのですか?いないようですけど。」
「……なっ!?いつの間に…?しょうがないな、本当に。」
そんなこと言いながら星を探しに行くナズーリンの背中をやはり微笑みながら見ている白蓮だった。
*********
「さぁ、私の煎れた美味しいお茶と私の焼いた美味しいクッキーだ。」
「あらあら、すいません。」
それから、定期的に白蓮は魔理沙の家へと通っていた。
初めのころは白蓮はボランティア程度のものとして手伝いをしていた。
しかし、魔理沙とこうして研究したりしていると、不思議と心が癒されていた。
日頃から、様々な業務や説法に追われる彼女の身に、この手伝いは良い効果を発揮した。
「ん、相変わらず美味しいですね。」
「当たり前だ、私が作ったんだからな。」
そう言って胸を張る魔理沙を見て白蓮はくすくすと笑う。
「やっぱりなぁ。」
「どうしました?」
そんま白蓮を見て魔理沙は納得したように頷く。
それを見て、白蓮はどうかしたのか、という視線を魔理沙に送る。
「いや、個人的な意見だが、そんな風に笑えるんだなぁ。とおもってな。」
「そんな風に?」
「寺で見るお前は絶えず笑ってはいるが、何か違和感があってな、今ぐらいが私から見てちょうどいい感じなんだ。」
「……っ」
そう言われて何か見透かされているような気がして、白蓮は驚いていた。
その観察力と洞察力。何時からか笑う振りになっていたのかもしれない、と知ることが出来ただけでも、白蓮は彼女に感謝していた。
「さ、続きを始めようぜ。さっきよりもわかりやすく教えてくれよ。って大丈夫か?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。もっと詳しく教えてあげますからね。」
「細かいのは勘弁だぜ……」
そう言って再び魔理沙と白蓮は研究に戻った。
「そもそもどうしてこの魔法を使おうと?」
「ああ、それはな……」
現在魔理沙が取り組んでいる魔法は奴隷型の弾幕である。
積年の願いだったこの魔法を魔理沙は何とかして習得したかったのだ。
「アリスには人形がいるし、霊夢にはあの陰陽玉があるだろ。あんなふうにまるで生きているようなそんな奴隷が出来れば弾幕のパターンも広がると思うんだ。」
「なるほど。ですが既に十分強いとは思いますけど?」
異変の際に魔理沙と白蓮は衝突した。白蓮はいかに封印から解かれたばかりだといってもかなりの力を持っていた。
しかし、この人間の魔法使いはそれを打ち破った。
その強さを白蓮は認めていたのだ。しかし魔理沙は首を横に振った。
「私は誰よりも強くなくてはいけないからな。今の戦法じゃ一方通行なことぐらいわかっているんだ。
だったら弾幕のパターンを増やすまでだ。目標は奴隷にマスタースパークを撃たせることだな。」
「それは随分と大きく出ましたね。」
「何、成功させてみるさ。私が生きている間にな。」
「……そうですね。頑張りましょう。」
「ああ、それじゃ、さっきの陣についてだが……」
それから魔理沙と白蓮は時間を忘れるほど魔法に没頭した。
何度か失敗したり小火が起きたりと、大変だったが、2人は常に楽しそうだった。
そして、気がついたらお約束の夜になっていた。
「集中しすぎましたね……」
「ああ、一生分頭動かしたかもしれん……」
テーブルにお互い突っ伏してぐでーっとなっている。
それもそうだ、午後から深夜までぶっ続けでありとあらゆることを試したり学んだりしたのだから疲労はものすごいものだった。
「寺に帰らなくていいのか?」
「一応、遅くなるとはいってるので、大丈夫かと……」
「そっか……」
「寝ます?」
「そうしたいが、生憎ベットまで動く気になれそうもない…」
そう言って徐々に瞼が閉じて行く魔理沙だったが、急に妙な浮遊感に襲われ目を開けた。
視線の先には白蓮の顔があり、魔理沙自身の状況の確認は意外にも冷静に出来た。
「風邪を引かれても困りますからね。」
「お姫様抱っことは年にも合わないが、助かる。」
眠気のほうが強いのか魔理沙は白蓮の体に抱きつくように身を預けた。
白蓮はそのままベットのある場所まで来たが、魔理沙が腕の中ですぅすぅと寝息を立てていることにやっと気がついた。
「困りましたね。」
穏やかな寝顔を見せる魔理沙を見ながら全く困っていないような顔で白蓮はそう呟いた。
降ろそうにも魔理沙は腕を回しているので引き剥がすわけにもいかない。
しょうがなく白蓮は彼女を抱いたまま一緒にベットへと入った。
2人分には余裕があるぐらい広いベットだった。
その中で白蓮はゆっくりと魔理沙の腕を解いて、寝やすい姿勢にする。
白蓮は彼女の髪を優しく撫でながら、考えていた。
『あの、魔理沙って子はねぇ、随分小さい頃に両親に家を追い出されたんだよ。私はその時若かったからよう覚えとる。』
『聖に頼まれて調べたが、元は普通の人間だったらしい。ある悪霊に魔法を習ったせいか、かなり幼いうちに家を追い出されたらしいが…』
『ええ、魔理沙さんは今や妖怪退治のヒーローですが、予想以上に困難な道を歩かれ来たと思います。短命な私には彼女が時々羨ましいぐらいですが。』
里の人から聞いたり、寺の者に調べさせたり、知人に聞いたりとしたが、彼女はずっとつらい思いをしてきたようだ。
幼いころから親の愛を受けれなくなり、それでも何か目的があって魔法を覚え今、彼女はここにいる。
それまでに道のりは決して楽なものではないのだろう。
苦しい思いやつらい思いばかりの日々もあったに違いない。
もしかしたら自分と少し境遇が似ているかもしれない。
家族との離れ方には違いはあるが、どちらも1人で力をつけるために血の涙を流したりしたのだ。
もしかしたら、彼女のそういうところに惹かれて………
とそこまで考えたが白蓮はそれを放り投げた。
彼女は彼女自分は自分と言い聞かせた。
自分は逃げたのだ。彼女は強くなるために前に進んだだけだ。
白蓮は弟の死を見てしまい、恐怖に駆られてしまったのだ。
だから、若返りという逃げ道を作った。
怖いから、死にたくないから。ありとあらゆる魔法を学び、妖力を手に入れ、彼女は初めて死の恐怖から逃げ切った。
(貴女はおそらく、死を見ても受け入れられる。
そして、死ぬまでに自分が出来る最大限のことをやって死ぬ。
それでいい。私のようになって欲しくない。
貴女には貴女らしく生きて欲しい。
だから、私は貴女にいろいろ教えてあげましょう。魔法だけでなくもっとたくさんのことを……)
「ねんねん ころりよ おころりよ……」
彼女は静かに呟くように謡う。
「ぼうやは 良い子だ ねんねしな……」
金色に輝く彼女の頭を優しく撫でながら、静かに謡う。
「ぼうやの おもりは どこいった……」
一滴だけ、たった一滴だけ魔理沙の目から涙がこぼれ落ちたように見えた。
そして、それを見たのを最後に白蓮の意識も徐々に遠くなっていった。
*********
「その、なんだありがとうな。いろいろと。」
「いいえ、まだ試作品ですし、私は少しでもお手伝いで着たならそれで十分ですよ。」
「いや、今回は本当に助かったんだ。礼ぐらいは、言わないとな。」
結局あれから約3日間魔法の完成に時間が掛かった。
白蓮もたまに寺に帰ったりはしたもののほぼ3日間魔理沙の家にいたのだ。
魔理沙が主に陣を作りながら白蓮はアドバイスをしたりするだけだったが、少なくとも聖は胸が軽くなる思いだった。
「それで名前は決めたんですか?」
「あ、そうだったな…そうだなぁ……」
うーん、と唸りながら数分あーでもないこーでもないと言っていたがついに完成したようだ。
「テスト…テストスレイブなんてのはどうだ?」
「試作的奴隷ですか?」
「まんますぎるか?」
「いえいえ、貴女らしい真っ直ぐなネーミングセンスですね。」
「馬鹿にしてないか?それ。」
「ふふっ、どうでしょうね。」
「何はともわれここまでありがとうな、助かったよ。」
「お役に立てれたのなら幸いです。また今度、何か息詰まったらいつでもどうぞ。
基本的には命蓮寺のほうにいるので。」
「ああ、その時はまた迎えに来てやるぜ。」
「待ってますので。それでは。」
そう言って白蓮は頭を下げて霧雨魔法店を後にしようとした。
が、しかしそれは後ろから急に名前で呼び止められて叶わなかった。
後ろを振り向くと、少しだけ顔を赤くしながら魔理沙が口を開いた。
「その、もし良かったらだが、あの…子守唄をまた聞かせて欲しいんだが……」
「……!ええ、もちろん。いつでも聞かせてあげますよ。寂しくなったときでも辛いときでもいつでもどうぞ。」
「あ、ああ、そうさせてもらうよ。」
「いつでも甘えてもいいんですからね?」
白蓮がそう言うと魔理沙は笑った。
「はっ、私が甘えるのは眠たい時だけだ。だから眠くてどうしようもない時は呼んでやるさ。」
眠りそうなのにどうやって呼ぶのかは彼女は聞かなかった。
「それでは、今度こそ。」
「ああ、気をつけてな。」
そうして魔法の森へと姿が見えなくなるまで魔理沙は見送った。
そして新しく出来たカードを手に取り、少しにやける。
「さて、餌食でも探しに宴会でも開くか。」
そして、また新しい課題を見つけて、白蓮でも呼んでまた新しいのを作ろう。
そう考えて、魔理沙はいつもより軽い足取りで神社へと向かうのでだった。
「ただいま帰りましたー。」
「聖!遅かったですね。」
寺に帰ると星が出迎える。皆既に朝食は済ませているらしい。
そこで初めて、自分が昨日の夕食から朝まで何も食べてないことに気付いた。
別に拾食の術を取得しているから必要は無いのだが。
「朝食はいりますか?なんなら今からでも。」
「いいえ、朝食はいりませんよ。」
そう言った白蓮に星は不思議そうに目線を送るが、それを軽く流して優雅に微笑みながら言った。
「既にお腹一杯いただきましたから。」
またいつか彼女が訪ねてくるのを楽しみにしながら白蓮はいつもの命蓮寺へと足を運んでいった。
いつもより機嫌も愛想も笑顔も明るくなって、命蓮寺に住む者たちは一瞬呆気に取られたが、すぐにそれを受け入れいつもより少しだけ楽しく過ごすようになっていった。
「ふん、氷で防いでみせるよ!思いっきり来い!」
「妖精相手にどこまで楽しめるのか。話の種にもならなかったら責任取ってお前が種になれ!」
それから氷精との弾幕ごっこにてそれを使っては見た魔理沙だったのだが。
まだまだ改良が必要だということで魔理沙が命蓮寺に突撃するのはまた別のお話。