Coolier - 新生・東方創想話

夕暮怪談「木製電柱」

2010/09/05 19:17:29
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「いきなり声が聞こえてきたんです」
 霊夢さんは聴き入っている。
 そこで私は声の抑揚を落とし――
「――――今度はあなたの番ね」
「ひぅ!」
 両手で掴みかかる真似をしたら霊夢さんは大仰に顔を引いて短い悲鳴を上げました。
 大成功です。ここまで怖がってくれると語り手冥利に尽きますね。
「お、終わり?」
「はい終わりですよー」
「ひっかけ無し?」
「無しですよー」
「と言いつつまだ後日談があったりするんでしょ?」
「信用ないですねぇ」
 怖がらせ過ぎたかしら。
 散々その手法で怖がらせましたけど。
 思い出して、笑ってしまう。
 やっぱり霊夢さんは怪談の語り甲斐がありますねぇ。
 あの手この手の殆どが大当たり。毎回きっちり怖がってくれるから楽しくてたまりません。
 あまりにも楽しいからついつい博麗神社に遊びに来る回数も増えてしまいました。
「そういえば今日は魔理沙さんは?」
 魔理沙さんも語り甲斐のあるひとなのですけど……
 いつもは神社に居るのに今日は見かけませんね?
「ああ、研究が煮詰まってるとかで最近顔見せないのよね。あいつ一度熱中すると他が見えなくなるからね。
ま、アリスが様子見てるらしいから餓死はしてないんじゃない?」
 が、餓死って……猪突猛進なひとだとは思ってたけど、そこまでだったなんて。
「今の時期だと熱中症も怖いですけど……」
「魔法の森は日当たり悪いから平気じゃない?」
「違いますよ、日射病じゃなくて熱中症。普段の暑さが毒になるんです」
「ふーん……でもあいつ八卦炉があるから大丈夫だと思うけど」
 あ、そういえば初夏の頃に見せて貰いましたね、八卦炉。
 レーザーを撃つだけじゃなく手の平エアコンにもなるとかなんとか。
 私も欲しいです。便利グッズ。
「あれ売ってないんですかねぇ……」
「どうだろ。霖之助さんに頼めば作ってもらえるかも」
「うーん。香霖堂さんですか……ぼったくられそうで」
「そう? 結構タダでやってくれるわよ」
 それ絶対ツケを踏み倒してますよね。
 ちょっと香霖堂さんに同情です。
「まー暑さ云々は早苗の怪談で多少凌げるし、いいじゃない」
 笑う霊夢さんに私も笑みを返しちゃいます。
 確かに彼女に語って聞かせてる間は暑さなんて忘れてしまいますから。
 でもそれは、怪談だからというより……私と霊夢さんだから、って気がしますけどね。
 少なくとも私は――霊夢さんが相手だから、暑さも忘れてしまいます。
 こんなこと、恥ずかしくて霊夢さんには言えませんけど。
 まだ―――この想いを伝えられてもいないのに。
「……さて、続きといきましょうか」
 想いを告げる勇気がなくて、でもまだ離れたくなくて。
 遊びの時間の延長を求めてしまう。
「だめだめ。流石にもうおなかいっぱい」
 だけど苦笑されて、終わりを告げられてしまった。
 名残惜しいなぁ。まだ、帰りたくないんですけど。
 もう少し、あなたの隣に居たいんですけど。
「早苗」
 名を呼ばれ顔を上げる。
「今日はもう満足したけど、また聞かせてよ」
 見惚れてしまう笑顔で、彼女は言った。
 また。
 次の――約束。
「……はいっ」
 嬉しいですねぇ。えへへ。
「ぶきみちゃんってのが怖かったわ」
 霊夢さんは、今回の総括に入ったようでした。
 まだ遊んでいられると思って、私も乗ります。
「トイレの花子さんの派生ですね」
「派生って、なに? その花子さんってのの家族かなんか?」
「それは面白い発想ですけど違いますよー。噂が広まる過程で誰かが手を加えたってとこでしょうか」
「へえ、怪談もそうやって変わってくんだ」
「ある日ぽんと新しいのが出てきたり、面白いですよ」
 あったなぁ、学校ごとの創作七不思議。
 学区の違う友達に聞くと新鮮だったんですよね。
 時計関係の怪談もこっちは4時44分なのに向こうは6時66分だったりして。
「そんな簡単に出てくるものなの?」
「江戸時代の鳥山石燕という絵師はちょっとしたことを妖怪図として書き残してたりするんですよ。同時代の
ひとが『今日生垣から手が生えてるのを見た。石燕だったらこれも妖怪にするのだろうな』なんて文句を残し
てるくらいで。しかも石燕の妖怪図はそういう妖怪が居た、って認識されてるんです。例えばガシャドクロっ
て妖怪が居るんですけど、これは近年創作された妖怪なんです。過去の文献には欠片も出てこないんですよ。
なのにガシャドクロは今じゃ居て当たり前の妖怪の一匹になってます。人口に膾炙しさえすれば怪談というの
は成立してしまうものなんでしょうね」
「へえ……妖怪が居るのが当然って視点からだと面白いわ。そうやって妖怪が生まれたりするのかしらね」
「かもしれませんねぇ」
 感心した様子の霊夢さんに相槌を打ちます。
 私は単なるオカルト好きで、マニアと言えるほど詳しくはないのですが……
 こうも喜んで貰えると調子に乗ってしまいそうです。パチュリーさんの図書館で勉強しようかな。
「幾つか何が怖いのかわからないのあったわねえ」
「やっぱり文化が違いますから、通じない怪談もあるんでしょうねぇ」
「ぶんか?」
「ええと……例えば、テレビから出てくるお化けとか」
「ああ……あの幽霊が映る箱ね。幽霊が映ってるんだから当然じゃない?」
「ほら。通じないじゃないですか」
「あ」
 ぽんと霊夢さんは手を打ちます。
「そういうこと」
「ですね。ちなみに外じゃテレビから出てくるお化けが大流行りしたんですよ」
「え、そんなに出たの」
「いえいえそうじゃなくて。そういう映画が流行ったんです」
「はあん。怪談の劇ね?」
「そうそう。それが流行ったので皆テレビから出てくるお化けが怖い、って文化が出来たんです」
「ふぅん……じゃあさ、文化に関わらず怖いのってなにかしら?」
「そうですねえ……」
 問われ、暫し考え込む。
 文化に関わらずということは民族や宗教も問わないということ。
 そうなると人間という生物の根源に近い恐怖なのでしょうけれど――
「――得体が知れないのが怖い。なんてのはどうでしょう」
 私の出した答えに、何故か霊夢さんは表情を消した。



 時が過ぎるのを忘れても、終わりの時間はやってきます。
 夏の日は長いといってももう六時過ぎ。夕暮れの時間になってしまいました。
 遠く人間の里で灯りが点っているのが幽かに見えます。
「そろそろお暇しますね」
 行燈に火を入れている霊夢さんに声を掛ける。
 流石にこれ以上居座っては迷惑でしょう。
 年上の私はそれくらいの常識は弁えているのです。
 常識にとらわれないだけじゃないのですよ、えっへん。
「ちょっと暗くなり過ぎだわ。泊まってけば?」
 う、魅力的なお誘いです。
 ですがここは年上の威厳を保たねば。
 ただでさえ年下っぽいとからかわれてるんですし。
「着替えもありませんし、そこまでお世話になっちゃ悪いですから」
「服くらい貸すわよ?」
「霊夢さんの服、私着れます?」
「う」
 ふふふ。年上のアドバンテージです。
 体格だけなら私の方が霊夢さんより上ですからね。
 後ろ髪引かれる思いですけど、立ち上がります。
 玄関に向かうと霊夢さんは見送りに来てくれました。
 靴を履く背に彼女の声が掛かる。
「一人で帰れる?」
 霊夢さんも年上ぶるなぁ。
 苦笑しながら応えます。
「大丈夫ですよう。最近は山の道に電柱が立ちましたし」
「でんちゅう?」
「間欠泉地下センタ―からの送電線です。おかげで夜道も明るいですよ」
「あかる……そうで……? ごめんさっぱりわからない」
「えーと。話すと長くなるんですけど……ランプがついたんです。一晩中光る」
「なんかわかんないけど凄そうね」
「年若い妖怪も増えて夜道は物騒だから、ってことらしいですよ」
「妖怪が夜道は物騒ってのもなんかアレねえ」
 あなたや魔理沙さんがうろついてるからだと思いますよー?
 私見ちゃいましたもん。「言うこと聞かない子は巫女に退治されるよ!」って叱られてる妖怪の子供。
 山の街灯は外の世界の街灯と違って、山に来る妖怪退治の専門家を寄せ付けるのが目的らしいです。
 街灯の無いところを歩けば妖怪は安全だって。改めて考えると面白いですねぇ。
「でも」
 霊夢さんの浮かべる表情に、首を傾げてしまう。
 眉を顰めて、視線を泳がせる――彼女は、不安がっていた。
「なんか、嫌な予感がするっていうか」
 何を言いたいのか理解できない。
 ただ夜道を帰るだけ――しかも出るのは妖怪くらいです。
 私も霊夢さんも、今更妖怪を怖がるなんてあり得ないくらい妖怪退治を重ねてるのに。
 そりゃ、幽香さんや紫さんとばったり会って即バトルなんてことになれば怖いですけど。
「嫌な予感って?」
「なんだろう。よくわかんないんだけど」
 霊夢さん自身、困惑顔です。
 そういえば、魔理沙さんに霊夢さんは勘がいいと聞きました。
 魔理沙さんの話ですから話半分に聞いてましたけど……今回のもそれ、なんでしょうか?
「…………」
 霊夢さんの、勘。
 眉唾な感は否めません……正直、私を引き止める為の嘘なんじゃないかって思ってしまいます。
 多分に私の願望が混じっていますけど、それくらい的外れな心配。
「――まあ、気をつけてね」
 説明するのを諦めたのか、霊夢さんは疲れた顔で言いました。
 感覚的なものでしょうしそれを言葉にする難しさはある程度わかります。
「はい。注意して帰ります」
 彼女を安心させるように笑顔を浮かべる。
 意を酌んでくれたのか、霊夢さんはまだ不安そうだったけれど笑顔を返してくれます。
 そして別れの挨拶を交わし神社を出ました。
 すっかり暗くなった空をふわふわと紅魔館を目印にしながら飛びます。
 目立つあのお屋敷を指針にしていれば間違えずに山に向かえますからね。
 ん――
「今日は月が隠れちゃってるなぁ」
 空を見上げても月どころか星も見えません。生憎の曇り空、です。
 月に叢雲――の例えじゃありませんけど、夜道を行くには少々不便ですね。
 それも山に入るまで。山の道には電柱が立っているから夜道も安心です。
 ふっ、と肌に感じる気配が変わりました。
 飛んでいるのに山に入ったのだとわかります。
 なんでかわかるんですよねぇ。私も山に馴染んできたってことなんでしょうか。
 暫し飛んでいると、木々の間から光が漏れているのが見えました。
 電柱――と、街灯です。
 …………ふむ。
 飛ぶのをやめて、地面に降ります。
 飛んで帰ればいいんですけど、ちょうど霊夢さんとの話にも出てきたし歩いてみようかな。
 電柱なんて久しぶりですからねぇ。私の知ってるコンクリート製のとは随分と違うんですけど。
 ……神奈子様に聞いた、昭和の頃の電柱ってこんな感じかしら?
 電柱は木製で、笠を被った電球が……って。うん、こんな感じかもしれない。
 タイムスリップしたみたいで面白いです。
 ふふ、アスファルトで覆われてない夜道が人工の灯りに照らされているって新鮮ですねぇ。
 ここは何度も通った道なのにとても真新しく見えてきます。
 まるで、知らない道を歩いてるみたい――

ごそり

 なにか、いる。
 え、なに?
 確かに、何かの気配が動いた。
 向ける視線の先には、電柱。
 木製の電柱の下に、なにかが居た。
 ごくりと、つばを飲み込む音がいやに大きく聞こえる。
 あれは……妖怪? 山の妖怪全てを知ってるわけじゃないけど、見たこともない。
 黒い、塊……? 蹲って、いる?
 私の進む先に、電柱の下に、なにかが、いる。
 街灯の、ちょうど死角で――照らされてない。
 ポケットからお札を数枚引き出す。
 何故だろう。敵意なんて感じないのに、怖い。
 戦いに備えなきゃって、体が勝手に動いてしまう。
 妖怪なら――妖怪だったら、退治出来る。
 私にはそれだけの実力があるし、幾度もそうしてきたという実績がある。
 だけど。だけれど――それは安心材料にはならなかった。
 だって、知らない。
 なにかわからない、姿も見えない、得体の知れない妖怪退治なんてしたことがない――
 ……得体が知れない。
 ぬえ、さん。そうだ、ぬえさんの時が一番近い。あの経験が私にはあった。
 ぬえさんと比べれば禍々しさも妖力もまったく脅威にはならない。
 いや、それどころかなにも感じない程で
「――え?」
 なにも感じない?
 そこらの妖精の方がよっぽど強い気配を放っている。
 あれは、ただ蹲っているだけで、気配というには薄過ぎるなにかしか感じられない。
 なんで私はあれに気づいたの? どうして私は、そんなものを怖いと思っているの?
 くしゃりと、お札をポケットに仕舞い直す。
 何の脅威もない。通り過ぎてしまえばいいんだ。
 人工の灯りの中に入ってくることも出来ない程度の存在。
 この道を歩いていれば安全だ。この道を逸れずに通り過ぎてしまえば……
「――っ」
 足が、止まってしまう。
 一歩を踏み出せない。
 あれが、動いた。
 影の中で、もぞもぞと動いている。
 手招き――してる。
 見るな。見るな見るな見るな。
 あれは動いても灯りの中に入れてない。
 きっと灯りが苦手なんだ。そういうお化けの話は聞いたことがある。
 早く通り過ぎちゃえばいい。あいつはきっと追ってこれない。
 早く家に帰らなきゃ。神奈子様と諏訪子様の顔を見れば安心できる。
 一歩。
 それだけ踏み出して、駆け抜けてしまおう。
 目をつぶって振り返らずに走り抜ければ大丈夫。
 足が重い。
 走ろうとしているのに、走らなきゃだめなのに。
 ゆっくりと、歩いてしまっている。
 じりじりと黒いなにかに近づいている。
 だんだん、視界の中で黒いなにかが大きくなってくる。
 見ちゃだめだ。見ちゃうから、怖いんだ。
 だから、だから走って通り過ぎなきゃいけないのに。
 これじゃまるで、あの手招きに応じているみたい。
 怖い。
 怖いよ、霊夢さん…………
 幽かに見える服は、赤い。
 赤い? ……赤い、袖?
 赤……紅……私の好きな、色。
 私が好きになった、色。
 よく見れば、黒髪だ。
 黒髪。紅い服。
 あのひと、みたい。
 行かなきゃ。
 呼ばれてる。
 具合が悪くて助けを呼んでるのかもしれない。
 ほっとけないもの。早く行かなきゃ。
 あのひとみたいななにかを見捨てることなんて出来ない。
 手みたいなのが必死に動いて、私を呼んでいるんだから。
 ――手?
 そう、手だ。あれはきっと手。
 紅い袖に包まれた黒い手が私を呼んで

「ひっ」

 まだ。
 電柱に辿り着いてないのに、肩を掴まれた。
 誰に? なんで?
「早苗」
 声。
 知ってる声。
 振り向けない。
 肩を掴む力がどんどん強くなってる。
 こわ――い。
 だって、だってあの人が居る筈がない。
 ここは妖怪の山で、あの人の神社のある山じゃない。
 今日はもう用事も済んでて、あの人が来る筈がない。
 こんなところであの人と会う筈がないんだ。
 それに、あのひとは、電柱の下に。
「あの」
 名を呼べない。
 呼んだらそうよと答えてあの人の顔が出てきそうで。
 だってあの人が出てきたら逆らえない。そのまま連れて行かれてしまう。
 私は行かなきゃいけないのに。まっすぐふりかえらないであのでんちゅうのもとに。
 れいむさんのもとに。
「早苗」
 誰かは私の名前を繰り返す。
 私の呼び掛けなんて無視されてる。
「早苗」
 抑揚の変わらない声で繰り返す。
 まるで、まるでその単語しか、その喋り方しか知らないみたい。
 欠片も――微塵も、人間味が無い声で、私の名前を呼んでいる。
「早苗」
 きり、と肩に指が食い込んだ。
 振り向かせようとしている。
 私が振り向かないから、力尽くで。
 や、やだ。
 振り向きたくない。
 怖い。怖い……!
「や、やめてください……っ」
 その一言を口にする為に歯を喰いしばっていた力を抜く。
 それが、隙になってしまった。
 ぐい、って、肩にかかる力が一気に強くなって、
「早苗」
 肩を引かれて、無理矢理振り向かされる。
 霊夢さんが、居た。
 私のと似たデザインの、紅白の巫女装束。
 髪を一房縛っている大きなリボン。
 黄色い、お洒落なタイ。
 いつもの、霊夢さんの姿。
 視界の中央に鎮座する彼女の顔を見る。
 見てしまう。
「れ――れいむ、さん」
 彼女は、無表情だった。
 怖い。
 なんの感情も覗わせない能面染みた顔。
 まるで霊夢さんじゃないみたい。
「なあに? 早苗」
 ――――名前を呼んでしまった。
 霊夢さんは霊夢さんの顔で霊夢さんの声で応じてきてしまう。
「は、放してください。痛い、ですよ」
 肩から手が離される。
 ほっと息を吐く前に、手を掴まれた。
「あ、あの?」
 ぐいと引っ張られる。
「え、あの、痛いですって」
 爪が食い込んでる。
 普通の掴み方じゃない。
 荒々しい、霊夢さんらしくない、人間らしくない掴み方。
「あの、霊夢さん?」
「なあに?」
 また、さっきと同じ抑揚の声。
 ぞっとしてしまう。
「い、いたい、です」
「そう」
 霊夢さんの声しか聞こえない。
 静かだ。風が草木を揺らす音も虫の鳴き声もなにもしない。
 この世の全てが息を潜めているみたい。
 そんな異常な静寂の中で彼女はぐいぐいと腕を引っ張ってくる。
 そのまま、歩き出す。私は引っ張られて、足を動かしてしまう。
「っつ」
 ぷつりと皮膚が、破けた。
 彼女の爪が、刺さった。
 ――おかしい。
 妖怪ならわかるけど、霊夢さんは人間だ。こんなことをすれば霊夢さんの指だって痛む。
 なのにどうして彼女はやめようとしないんだろう。痛くない筈がないのに。
 だめだ。
 この人に、ついていっちゃだめだ。
「霊夢さん? こっち、私の家じゃ」
「いいから。今日は私の家に泊まりなさい」
「でも私、あっちに行かなきゃ」
「ダメよ。ついてきて」
「でも」
「神奈子たちには明日私が言うわ」
「それより」
 強引に足を止めて、首を傾ける。
「あの、あの――あそこ、電柱に」
「見るな」
 怖い声だった。
 冷たくて、夏だっていうのに背筋が凍ってしまいそうな声。
 振り返れない。まだあの電柱の下に居るのに。
 助けを求めてるかもしれないのに。
 振り返れない。
「でも私、行かなきゃ。行かないと――」
「どこに?」
「あ、あの電柱ですよ! 呼んでるんです! 行かなきゃ!」
「誰が?」
「え?」
「誰があなたを呼んでるの」
 なんでそんなことを訊かれるのかわからない。
 霊夢さんは気付いてないの?
 あんなに必死に手招きしてたのに。
 具合が悪くて声を出せないのかもしれない。
 早く、早く行って助けなきゃいけないのに。
 黒髪で、紅い服で、だから霊夢さんなのに。
 助けを求めてるのになんでこのひとは――
「…………」
 ――霊夢さんはこんなに冷たいひとだっただろうか。
 霊夢さんはもっと優しくて、あったかいひとで。
 だから、私は霊夢さんを好きになったのに。
 そうだ、さっき、考えた。
 名前を呼んだら霊夢さんの顔で現れるんじゃないかって。
 まるで、霊夢さんじゃないみたいって。
 じゃあ、このひとは、だれ?
「いや……!」
 強く握り締められてしまって、手を振り払えない。
「早苗」
 また名を呼ばれる。
 霊夢さんの声。
 私が大好きな、年下の少女の声。
 ――違う。
 違う違う違う違うちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう!
 こんなつめたいこえ、わたしのすきなれいむさんじゃない!
 このひとはれいむさんじゃない!
 わたしをれいむさんのもとにいかせないなにかわるいものだ!
「放してっ!」

「早苗っ!!」

 目がチカチカする。
 鼻の奥がつんと、え?
 霊夢さんが私を見ていた。
 余裕のない顔。無表情じゃない。
 えっと、ビンタ――された?
「走るわよ!」
「え、え?」
 何が何やらわからないまま手を引かれて走り出す。
 ざわざわと草木が揺れる。忙しなく虫たちが騒いでいる。
 無音じゃない夜道を、街灯に照らされながら駆けていく。
 転びそうになった拍子に、顔が僅かに後ろを向いてしまった。
 あれは――まだ、電柱の下で、手招きをしていた。





 完全に山を出て、紅魔館の近くでようやく足を止めた。
 私も霊夢さんも肩で息をしている。
 飛ぶことも忘れて走っていた。
 こんな――全力疾走したのなんて、体育の100m走以来、だ。
 今度は、何百m走ったのか……こんなの、マラソンだわ。
 座り込んで、空を仰ぐ。あ……いつの間にか雲が晴れて、月が見えてる。
 灯りの無い夜なのに、真っ暗じゃない……いつもの、夜だった。
「さ、早苗……だい、じょうぶ?」
 息を切らした霊夢さんの声に振り返る。
 応えようとしたけれど、私も息が切れていて声が出せない。
 ぜひぜひと息を吐きながら何度も頷くのが精いっぱいだった。
 く――苦しい。口の中がからからで、くちびるがひび割れちゃいそう、です。
「そ……よかった」
 呟いて、霊夢さんも座り込む。
 霊夢さん。
 いつもの霊夢さん、だ。
 なんであんなに怖かったのかわからないくらい……霊夢さんだった。
 えっと、お礼言った方がいいのかな。まだ理解出来てないけど、助けてもらったみたいですし。
 性質の悪い妖怪にからまれたんでしょうか。私もまだまだですねぇ……
「た、助かりました霊夢さん。ありがとうございます」
「いいわよ、無事ならそれで」
 照れ笑いを返される。
 でも、本当に助かりました。あのままじゃどうなっていたか。
 冷静になってくれば――あの時の私がどれだけ異常な精神状態だったかよくわかります。
「なんか、嫌な予感が治まらなくてね。後を追ってみたらあれなんだもの。びっくりしたわ」
「あはは……お手数掛けまして……でもすごいですねぇ、霊夢さんの勘」
「んー、まあなんとなくなんだけど」
「あれが危険だって一目で見抜いて私を連れ出してくれたんですから、やっぱりすごいですよ」
 霊夢さんに掴まれていた手がちょっぴり切れていることに気づく。
 爪が刺さったんだっけ。霊夢さんの爪は大丈夫かな。
 顔を上げると、彼女はまた、険しい表情を浮かべていた。
「霊夢さん……?」
「見抜いてない」
 否定の言葉。
「……私には何も見えなかったわ」
「え? ……じゃあなんで」
 見えなかった? あれが? あの黒いなにかが?
 あんなに、街灯の死角の中でもはっきりと見えたのに。
 暗がりの中で、黒いあれが動いているのが、はっきりと。
「あなたの様子が普通じゃなかったから。ここに居させちゃいけないと思って」
 霊夢さんは見えなかったと繰り返す。
 彼女の勘でもあれの存在に気づいていなかったと繰り返す。
 じゃあ。
 ――じゃあ。
 私が見たものは、いったい。
「ねえ早苗」
 やめてください。
 言わないでください霊夢さん。
 考えたくないんです、知りたくないんです。
 ただ、ただ――怖いから、忘れたいんです。
「あなた――」
 お願いだから、言わないで。


「あなた、なにを見たの?」
















「電柱の下に何かが出るんだって?」

「守矢神社の巫女が見たって」

「山にそんな妖怪いたかねぇ……?」

「得体の知れない奴が来たのかな」

「おっかないね」

「本当に出るのかな?」

「見に行ってみない?」

「あの巫女が怖がるような妖怪って、ねぇ」

「妖怪の山におかしなもんが出るって」

「退治出来ないの?」

「得体が知れないんだってさ」

「なにが出るの?」








ごそり












そう、今では里でも噂される「電柱の下のなにか」
あれを最初に見たのは私だったのです
卵が先か鶏が先か
そういうモノを見てしまったのか
見てしまったからそういうモノになったのか
今ではもう判然といたしません
あれは、私が生み出してしまったモノだったのでしょうか
……六十六話目、以上です

――ふっ







残暑が厳しい中如何お過ごしでしょうか

六十六度目まして猫井です

ここまでお読みくださりありがとうございました

……六十六話目、以上です



六十六本目の蝋燭が、消えました
猫井はかま
http://lilypalpal.blog75.fc2.com/
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コメント



0.3360簡易評価
1.100桜田ぴよこ削除
夜中に一人でおトイレ行けなくなっちゃうじゃないですか、やだー!
3.100名前が無い程度の能力削除
マジで怖かったので百点
5.100名前が無い程度の能力削除
得体の知れないということでぬえオチかと思ったらそんなことはなかった!
6.80名前が無い程度の能力削除
読みやすかった。実に怪談らしい。
7.100名前が無い程度の能力削除
おや?家の外の電柱に、何か黒いものg(ry
8.90名前が無い程度の能力削除
いったい、何が……。
9.100名前が無い程度の能力削除
貴方こんなのも書けたんですか、糖分を期待したらSAN値がえらいことに……ごそり……ごそり…ウッ、ふぅ…
10.80名前が無い程度の能力削除
ごそり

((;゚Д゚)ガクガクブルブル
11.100euclid削除
まず……冒頭の霊夢さん可愛かったです。怪談聴いた後の魔理沙の反応もすっごく見てみたいなぁと思ったり。

怪談ってのは恐怖の対象が判明したら何故か安心するもので。
だから、前半に感じていた何かきな臭いような嫌な予感が、黒い何かというビジュアルを持つことで解消されたのですが、そこでホッとしたのがいけなかった……。
百合とホラーの融合、先を読むのが怖いのにそれでも先を読みたくなってしまうあの黒いなにかのようで、こんなにも怖い物になるとは思いもよりませんでした。

あと、最後に百物語風に締まってることで、「あくまでも怪談である」と気持ちの切り替えができて、ちょっとホッとしたりも。
13.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
15.100名前が無い程度の能力削除
いいネタ思いついた。
でも小説とか書けないでござるよー

面白かったです。
17.100名前が無い程度の能力削除
後書きまでらしくて、凄くよかったです。お姉ちゃんぶりたい霊夢かわいい。
21.80名前が無い程度の能力削除
幻想郷にいても得体の知れないものって怖いものなんですかね?
怪談好きですけど、何か東方SSだといつも違和感あるんですよね
23.100名前が無い程度の能力削除
え、あれ、今、そこに……あれ?
25.100奇声を発する程度の能力削除
と、鳥肌が…
28.80名前が無い程度の能力削除
一人東方百物語がんばれ
30.100名前が無い程度の能力削除
人は明りを手に入れて夜を恐れなくなったとは言うけれども
半端な街灯はかえって周りの闇を際立たせているような気がががが
31.90名前が無い程度の能力削除
鳥肌たった。
面白かったです。
34.100名前が無い程度の能力削除
ねこさんが百作品投稿したらどうなってしまうというんだ・・・!
37.100名前が無い程度の能力削除
上手いなぁ
45.90名前が無い程度の能力削除
え?え?結局電柱の影にいたのはなんだったの?
正体明かしてくれないと怖くて眠れないじゃないですか……!
47.100名前が無い程度の能力削除
怪談話を聞くと、背景を考察してしまう自分がいる…

無理にでも納得したいのでしょうね。
48.100v削除
あはははは……あの、もー笑って誤魔化すしかできないんですけど……っ。
むしろ、何でもない些細なものにも恐怖を抱き得る人間の心が一番怖いっす。絶対逃げられないし。
49.100名前が無い程度の能力削除
最初は二人の語りだけで、少し霊夢なのか早苗なのか読みにくいところがあるなと思いました。
しかし中盤から引き込まれること。疑心暗鬼になる早苗はうまかったです。
おかげで台風からやってくる生ぬるい風と合わせて背筋が寒くなりました。

理由がないものって、怖いですよね。
50.100名前が無い程度の能力削除
ナイス恐怖です!
51.80名前が無い程度の能力削除
そういえば時々黒い人っぽいなにかが物陰にいるとか聞くなあ
あれもこの類なんだろうか
55.100名前が無い程度の能力削除
ガキの頃の夏休みの体験と大部分被ってて驚きました。
巫女さんじゃなくてヒゲ面の父ちゃんに連れもどされました。

幻想郷行きそびれた。
57.100名前が無い程度の能力削除
うわあ・・・。
65.100名前が無い程度の能力削除
科学でも魔法でも幻想でも、捉えられないモノはあるんでしょうなあ。
76.100名前が無い程度の能力削除
こええ…
78.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと前、十字路にて自転車に乗る自分の前をさっと横切る自転車に乗った陰を見た。
何気なく通り過ぎる時にそっちを見たら誰もいなかった。ほんの2~3秒しか経っていないのに 。
というより、その先は自転車で、更にはそのスピードで走るには無理がある道幅だった。
暗闇にはどんなモノが潜んでいるのか。
或いは、ソレは人の心の中に・・・?

道は未知。人の首を掲げて清めるモノ。
早苗さんを止めてくれて、もう霊夢GJ!!
84.100名前が無い程度の能力削除
いや・・・まじで・・・ゾクっときました・・・ハイ・・・たぶんこの夏一番・・・
91.100名前が無い程度の能力削除
こえええええええぇぇぇぇ
得体の知れない系は強い霊夢ですら化かされうる気がして、特に怖いですね。
個人的には、得体の知れないものに背を向けること(すなわち背後から何されるかわからない点)が一番怖いと思うので、無表情の霊夢さんとの挟み打ちに遭った早苗さんが完全に化かされて混乱してしまった状況に説得力を感じました。
素晴らしい怪談をありがとうございます。
92.100名前が無い程度の能力削除
いい
103.100名前が無い程度の能力削除
いいホラーだ
105.90名前が無い程度の能力削除
うひゃあ怖い
霊夢と早苗の人物描写も見事