道端でボロボロになっていた彼女を運び、自宅のベッドに寝かせたのは、もう随分前のことになる。
小さなその体を背負うのは、非力な私でも簡単だった。
普段だったら妖精なんて助けない、どうせ死んでも生き返るんだし。
そもそもこんな真夜中に妖精が落ちていても普通は気がつかない。
だけど彼女は特別だった。
彼女は妖精だったら誰もが認めるほどの力の持ち主であった。
いや妖精だけでなく妖怪や人間たち、あの博麗の巫女でさえ一目を置いていたに違いない。
小さな体に秘められた彼女の力は、それくらい規格外のものであった。
大妖精に分類される私でさえ、彼女の前ではかすんでしまうほどだ。
そんな彼女だが、他の妖精たちには尊敬の眼差しで見られていた。
本能のままにイタズラを好む私たちにとって、力のままに暴れまわる彼女を誰もがリーダーとして認めていた。
協調性の薄い妖精たちも、彼女が「はくれいにほうきをぶっさすよ!」と言えば五万あまりの軍勢で巫女のお尻を再起不能にし、「しろたまろうのけんしに勝負をいどむよ!」と言えば十万を超えた大軍が園芸用ハサミを持って白玉楼へ向かい、彼の白髪を危険にさらしたものであった。
まぁ十万はさすがに言い過ぎだけど、それくらい彼女は皆から人気があったということだ。
だけど、そんなことは私にとってはつまらないオマケだ。
私が彼女を特別な存在として見ているのには、別に理由がある。
自分で言うのも恥ずかしいけど、まえの私はとても社交的とは言えなかった。
他の妖精たちが楽しそうにイタズラしているのを、遠くで恨めしそうにみるという日々を過ごしてきた。
「一緒に遊ぼう!」とさえ発することが出来れば楽になれたけど、いざというときには声がまったくでなかった。
なぜそんな簡単なことさえ出来ないのかと不思議に思うのかもしれない、私だって理由なんてわからない。
出ないものは出ないのだ、仕方ないでしょ。
しかしそんなときである。
また私が湖の畔で一人、何をするでもなくぼーっと佇んでいると、
「私たちと人間を脅かしに行こうよ」と彼女が誘ってくれたのだ。
彼女にしてみれば、ほんの些細な事かもしれない。
じっさい、きっかけとしては簡単なことだったのだろう。
だけどその日から、私の世界に光が射し込んできたように思えた
小さな口を精一杯広げて笑う、彼女の姿が私には太陽のように見えた。
けっきょくちゃんとお話は出来なかったけど、遠くから見ているだけでも私の心は胸いっぱいになった。
彼女の周りにはたくさんの妖精がいたから、それを機に私にも交友がする機会が増えたのだ。
そんな私のヒーローを自宅のベッドで寝かすなんて想像もしなかった。
それ以上に彼女をこんなにもボロボロにできる奴がいるなんて、考えもしなかった。
おそらく、力が暴走でもして自爆したのだろう、そうに決まっている。
とあれこれ考えていると、とつぜん彼女が目を覚ました。
そして気だるそうに、殺風景な私の部屋を見渡しだした。
「あ、えっと……」
なんとか彼女にしゃべりかけようと、私は脳内から必死に言葉を捜してみた。
だってこんなチャンス、もう二度とないかもしれないじゃない。
だけど頭が真っ白になる。
あれだけ彼女と話したいと思っていたのに、いざというときにはやっぱり声が出ないらしい。
自分の家で挙動不審になっている私を、おかしそうに彼女は笑った。
あまりの恥ずかしさに、自分の顔が真っ赤になるのが鏡を見なくてもわかる。
「ありがとう、助かったよ」
それだけ言うと、彼女はお礼にとプレゼントを私に渡して、どこかへと行ってしまった。
それは彼女のように立派な太陽で、彼女の大好きなものらしい。
そんな素敵な物を私に手渡してくれたのがとてつもなく嬉しかった。
わけもわからず神社に突っ込んで、巫女にこっぴどく叱られたくらいだ。
そして、この日を境に私は彼女との距離を他のあらゆる妖精よりも縮めることが出来らしい。
イタズラをするときはまっさきに誘ってくれたし、宴会をするときもいつも彼女は隣にいた。
彼女には自分の家が無いのか、たまに瀕死の状態になると、私の所に泊まってはお礼にと一束の太陽を手渡してくれた。
きっかけなんて、やっぱり簡単なものだった。
そんなある日のことである。
珍しくまともな姿で彼女は私の家へとあがりこみ、ベッドへとダイブしていった。
いつもならボロボロなのに、この日に限っては服すらも汚れてはいなかった。
どうやら宿敵に勝ったらしい、さすがは私の英雄。
私は思わずおめでとう、と叫んでしまったが彼女はあまり嬉しそうではなかった。
ポリポリと自分の顔を掻いたあと、私に向かって「死ってなんだと思う?」と尋ねてきたのだ。
せっかく彼女が私に聞いた質問なのだから、まじめに答えようと頑張った。
けれど、腕を組みさんざん唸りながら出た答えは「一回休み?」というしょうもないものであった。
せっかくアピールする機会だというのに、自分のアホさがここにきて悔しくなる。
しかし彼女はその答えに満足したのかしないのか、「だよね」と呟やき気持ちよさそうに眠ってしまった。
それからしばらく、彼女はイタズラをするのを休んだようである。
再び彼女と人間たちを襲いに行ったのは、あれから一週間後のことである。
彼女と私は、たくさんの妖精を引き連れて人間の里へと攻め入ったのだ。
小さな子供から筋肉質の大人までもが、彼女を恐れるのを見てみんなで大笑い。
人間たちも私たちを見て笑っていたのが妙だったけど、楽しくてすぐに気にならなくなってしまった。
「みんな死んじゃえー!」と危ないことを笑いながら叫ぶ彼女だったが、かりにケガをさせたとしても、擦り傷を負わせるだけという慎ましいものである。
真っ赤な太陽の下で、みんなで無邪気に遊んでいただけであった。
そう、本当にいつもどおりだったのなら。
いま思えば、あのときの彼女の笑顔は、どこか引きつっていたように見えた。
それからしばらく遊んでいると、とつぜん後ろから不吉な音が聞こえてきた。
その原因が彼女で、音の正体が悲鳴だと気がついたのは振り向いたときであった。
人間の女の子が血溜りの池を作り沈んでいたのだ。
それを彼女はこれまで見た事も無いような形相で見下ろしていた。
あの表情は、確か恐怖だったかな? 他の生物がよく見せる感情だ。
それを彼女が私たちに見せるのがとても意外だった。
あんなに強い妖精が、妖怪にも負けない彼女が見せるのが信じられなかった。
人間たちの顔もさっきまでと違って、敵を射るような眼差しで私たちを見ていた。
恐怖と怒りが入り混じった、なんともいえない表情であった。
「やる気ならやってやる、人間と妖精の大戦争だ!」
そう私が意気込んだけど、「逃げるよみんな!」と彼女が叫んだのを合図に、みんな空へ向かって飛んで行ってしまった。
しかたなく私も彼女を追った、こんなことは初めてだ。
どうして彼女は逃げるんだろうか、理解が出来ない。
あれだけの力があるのなら、人間に負ける事なんてないのに、もったいない。
ふと気がつくと、彼女は私の右手をぎゅっと握り締めていた。
英雄である彼女に頼られて、普段なら天へと舞い上がる心地よさだ。
だけどそんな気には到底なれなかった。
冬なのに彼女の手は汗ばんでいて、誰かに祈るかのように震えていた。
彼女の体が、いつもより小さく見えた。
「やっぱり、あいつの言った通りなのかな」
ポツリと呟いた彼女の言葉が、家に帰った後もなぜか忘れられなかった。
そして彼女はいつの間にかどこかへ消えてしまった。
それから数日経った日のことである。
相変わらず雲ひとつない晴天のもと、湖で釣りをする人間の邪魔をして、一人遊んでいたときだ。
彼女が手を振りながら私の所へ走ってきたのだ。
私もつい嬉しくなって、持ってた釣竿を捨て彼女のもとへ突っ込んだ。
しかし彼女の口から出た言葉で、すぐに気分は最悪のものとなってしまった。
「私もう、みんなと一緒に遊べないみたい」
それを告げるのが彼女の目的だったらしい。
宿敵であった閻魔がどうとか、死についてがどうとか説明してくれたけど、わけがわからなかった。
妖精の私たちにそんなものを考えるなんて、やっぱり無駄だとしか思えなかった。
「強くなっちゃうと、もう無茶が出来ないんだってさ。まだよくわからないのだけどね」と照れくさそうに彼女はうつむいた。
「強いならどんどん暴れればいいのに、あなたは無敵なんだから」
つまらないことで悩む彼女に私が言ったけど、首を横に振られるだけだった。
無作為に力を振り回すのは、弱者にしかこの世界では許されないらしい。
力を抑えられないただの強者は、すぐに排除されてしまうのだと彼女は私に教えてくれた。
気がつけば周りには誰もいなかった。
あれだけいた釣り人もどこかへ消えていた。
そういえば彼女が現れたときから、みんなそそくさと退散したように見えた。
「それじゃあ、またいつか会おうね」
去ろうとする彼女に、『また』とはいつかと私が訪ねると
「自分の視野を広げて、もっと強くなってから」
と自分の胸を勇ましく叩いた。
わからない、このままでも充分あなたは強いのに。
そこらへんの村を壊滅させる力くらい持っているはずなのに。
「明後日には戻ってくるの?」
「わからない。数日かもしれないし何百年もかかるかもしれない」
「そんなにかかったら、あなたのこと忘れちゃうよ」
自分で言うのもあれだけど妖精は馬鹿だ。
昨日のことも忘れちゃう、朝食べたメニューですら飛んでいく、数百年なんてなおさらだ。
だけどそれを悲しいと感じたのはこの日が初めてだった。
妖精たちの英雄であり私の友達であり太陽であった彼女を思い出せないのは、絶対に嫌だ。
「あなたは私の太陽なのに」まえからずっと告げたかったこと。「あたながいない世界なんて、嫌だよ……」
やっと伝えることが出来たのに、なぜかちっとも嬉しくなかった。
「じゃあ、みんなでコレを持っていて。私を忘れないように、ずっとずっと持っていて。お願いね」
そう言って彼女は花を取り出し私にくれた。
いつも私にくれた彼女の大好きなもの
冬に咲いているはずが無い、太陽を。
「あ、そうそう私が撃った子供はなんとか無事だったみたい。だから、私が去ればあなた達が退治されることはないよ。それじゃあ、今度こそバイバイ」
彼女は自分の口に手を当て慎ましく微笑んだ。
いつもと同じ笑顔なはずなのにどこか違和感があって、なぜか目から涙が流れて落ちた。
そして彼女は空へと飛んでいってしまった。
私と偽者の太陽を残していって。
「あーあ。こんな花だけじゃ、きっとすぐに忘れちゃうよ」
名残惜しくていつまでも空を見上げていると、いつしか雪が降ってきた。
私の持っている花束に積もっていく。
まるで太陽が消えてしまったようだ。
雰囲気といい真相といい引き込まれました
えっ、なんて無邪気なリーダーだったんですかマスターさん。やられた。
彼の白髪、で気付くべきだったんだ…。
妖精説は聞いてたけどこういうSSを読めるとは思わなかったな。
良い物をよませてくれてありがとう。
『私』って結局誰だったんだろう。作品の雰囲気からするとそれを聞くのは野暮かな。
あの方も昔はずいぶんと…
妖精としては異質な力、異質な精神を持ってしまった幽香はちょっと哀しくはあるけれど
その本質は変わってないみたいで安心しました。
太陽のような笑顔を浮かべる彼女。今も昔もすごく無邪気な表情なんだろうなぁ。
なんだか突拍子もないけど、何か納得のいくお話でした。
良い作品でした。美しい。そして優しくて、最後はほのぼのとしていて、素晴らしい
ストンと心になんかが落ちた感じでした
脱字報告
>力を抑えられないただの強者は、すぐに排除されてしまうだと彼女は私に教えてくれた。
しまう「の」だと
誤字報告本当にありがとうございます。
修正させていただきました
面白かったです。
読み終わった今、なんだか無性に晴れやかな気分が胸中に広がっています。
大変面白かったです。
いい着眼点。
なるほど、そういうのもありか……
面白かったです。
幽香が元々妖精だったとは、面白い
幽香=元妖精説……そんなのもあるんですね。知らない私としてはちょっと唐突な感じが……。
でも、晴れやかで胸がすうっとするいい読後感を味わえました。ありがとうございます。
面白かったです。
面白かったです。