深い深い山の奥、幻想郷と云ふのがあって、そこはすてきな郷でした。
山は千尋、峪も千尋、いくつも川やら里やらあって、みんながわいわいくらしています。
山と山とのはざまには、人やら鬼やらたくさん住んで、茶やら酒やらたくさん飲んで、何百年とくらしています。
谷をわたってそのまたおくの、妖怪の山と呼ばれたお山。
伊吹萃香と称する鬼が、いかにも愉しく飲んでいた。
河童と天狗と鬼とを囲い、伊吹萃香は小さな体を、いかにも楽しく跳ねさせながら、焚き火を回って歌いだす。
(どってん、どてちて、どてちて、どんどん)
遠い昔の話をしやう
今日は祭りだ 大酒盛りだ
太鼓のはやしは たえなくひびき
笛のはやしも たえなくひびく
月がまんまる こんな
鬼もきたりて 語り出す
そうだあのころ わたしと云ふのは
どうにもまだまだ 子どもであった
そうあのころは まことにたのしく
まことにつらくも あっただろうか
けれども私ら かっと眼を明け
毎日毎日 弾幕遊びで
朝から晩まで 飛び跳ねながら
いかにもまじめに くらしていたさ
今日の噺は 昔の噺
どいつもこいつも 耳孔ほじって
聴いてくれたら おなぐさみ……
(どってん、どてちて、どてちて、どんどん)
昔々の幻想の郷。天地も別れぬ、
そこには一人、巫女がいた。
すてきなすてきなあかしろ巫女です。
髪はくろくて肌しろく、
大きくはないが小さくもなく、
毎日毎日ぐうたらしてて、
まったく平和にくらしてた。
その子の名前は忘れたけれど、もう何年と巫女でした。
ある日あかしろ、ぐうたらしてた。
その日のひるまで、ぐうたらしてた。
前の晩には酒を飲みすぎ、頭がいたくてうごけない。
やっと酔いどれ覚めたと思へば
どこからともなくきつねが一疋、慌てた様子で駆けてきました。
きつねはがたがたふるえながらも、ケーンといっぺんするどく啼いて、神社の奥へと消えてった。
しかしまたまた、きつねは来ると、あかしろの前で口を利いた。
「ここはたしかにこの世でしょうか。
きつねの私が云ふのもへんだが、わたしは一体なにものでしょうか。」
巫女さん笑って、楽しく答える。
いかにもこここそこの世であるが、お前は一体何者なのか。
するときつねは汗をだらだら、いっぺん回ってあわを吹き吹き、ばったり倒れてそのまま死んだ。
巫女はおどろき哀しくなって、そっときつねを抱き上げたらば、きつねは突然むっくり起きて、恐ろしい声でケーンと啼いた。
「すべては全く、あいつのせいだ。
私は可愛い三つ子の父で、餌を獲るため野山を駆けた。
そのうち知らずに迷った私は、とある峠であいつに会った。
怖い土着の、化け物土神。
やつは笑って私をつかまえ、私の名前を喰らってしまった。
たったひとつの私の名前を、やつは余興にはぎ盗った。
おかげで私は私を忘れ、何者であったかすっかりわからぬ。
方々かけて走って逃げて、帰り道すら忘れてしまった。
ここで死ぬのはいかにも無念。
可愛い三つ子も飢えて死ぬれば、いかにもいかにも無念であるぞ。
ここで遭ったが奇特なえにし。
どうか巫女様、気をつけなされ。やつに名前を奪われたれば、妖怪ですら無事ではすまぬ。」
も一度きつねはケーンと啼いて、今度こそはとたおれて死んだ。
(どってん、どてちて、どてちて、どんどん)
幻想郷では大騒ぎ。
巫女の言葉が皆に伝わり、勘弁できぬと話が決まる。
なにしろ奴は獰猛で、生きてるものの名前を奪う。
名前が盗られりゃ誰だかわからぬ。
誰が誰だか不明になれば、きっと誰もが困るであろう。
討伐隊が作られた、一世一度の大異変。
方々さがしてあるいた挙句、山の奥地に巣穴があった。
方々探され追われた土神。
博麗の力に圧し負けて、ついに捕まり討伐された。
全身襤褸の、土着の土神。
やつはぎりりと歯を噛み締めて、恐ろしい顔で巫女をにらんだ。
「おのれ小娘、恨めしや。
我は土神、神なるぞ。
名前を奪うも盗るも殺すも、すべては神の一意にあらん。
ここで討たれて晒される。
それがいかにも無念であれば、一矢報いてやるのが意地だ。
お前の名前を喰らってやろう。」
言うが早いか土神は、口を大きくぐわっと開けて、ぶわあと大きく息を吸い、巫女は思わず飛び退いた。
最後の力を振り絞り、土神にっかりぶきみに笑う。
そしてぺそぺそ音を立て、跡形もなく消え去りました。
(どってん、どてちて、どてちて、どんどん)
ある朝、神社に鬼がきました。
レミリア・スカーレットという娘。
つめたく澄んだ紅い月、怖くて強い吸血鬼。
「巫女様、おはよう。」彼女が言うと、巫女はちょっとそちらを向いて「一人できたの。」と尋ねました。
「じつに日柄がいいじゃないの。」レミリアが笑って答えますと、「珍しいわね、咲夜もいない。」そう云いながら巫女は笑う。
「弾幕勝負、しようかと思って。」紅い娘がにやりと笑うと、あかしろ巫女もにやりと笑う。
巫女も頷き、にやりと笑い、二人はとことこ駆けて行って、地面を蹴って空を飛びます。
まだまだお腹はすきません。
弾幕勝負もまだ終わりません。
弾幕勝負は終わりました。
巫女の勝利で終わったのです。
どんなスペルも退けられて、すっかり参った吸血鬼の子。
鼻を鳴らしたあかしろ巫女に、歯噛みしながらこう答えます。
「さすが強いね、博麗の巫女。どんなスペルも通用しない。」
(どってん、どてちて、どてちて、どんどん)
不機嫌になった博麗の巫女。
縁側座ってお茶を飲み、誰かがくるまで待ちぼうけ。
次に来たのは蓬莱の人。決して死なぬ業の人。
決して死なぬ蓬莱人は、暇潰しには苦労します。
「珍しいわ。」と彼女が云ふと、藤原妹紅は顔をあげます。
「近くに来たから寄ってみた。今日も暇しているのかい。」
蓬莱人があきれて笑うと、まぁねと巫女も苦笑い。
巫女が茶を出し話をすると、妹紅は突然ため息吐いて、巫女に愚痴を垂れ始めます。
慧音は本当変な奴さ。妙に堅くて説教好きで、昨日も私に説教だ。
『毎日ちゃんとめし食べてるか?』当たり前だよ、そんなこと……。
しばらく笑って話をすると、ふいに妹紅は立ち上がりました。
「ぐうたらしてたら体も鈍る。私とちょっと遊ぼうよ。」
妹紅がトンと地面を蹴ると、炎が大気を焦がしました。
不死鳥の羽根が炎の色に、ごうごう唸って燃え滾る。
巫女もにやりと笑いました。
昼まで勝負は続きます。
決して死なない蓬莱人は、すべての技をよけられました。
藤原妹紅は頭を掻いて、やれやれ参ったと苦笑い。
ふふんと笑んだあかしろをみて、足を鳴らしてくやしがる。
「博麗のには敵わないなぁ。蓬莱人でもこのザマか。」
(どってん、どてちて、どてちて、どんどん)
ますますむくれる博麗の巫女。お茶を啜って待ちぼうけ。
お茶はすっかりぬるくなって、ぬゆま湯ほどにもあつくない。
つぎにきたのは風祝、東風谷早苗と云ふ子です。
博麗の巫女がちらりと見ると、東風谷早苗はにっこり笑い、伸び上がっては手を振ります。
「今日も分社の相談かしら。」
あかしろ巫女がからかいますと、「そういうわけでは。」と早苗は笑う。
縁側に呼んで話をすると、早苗はとつぜんぐちを云い、ため息をついて話し出す。
信仰集めも楽じゃないです。毎日毎日大変です。
神妙な顔で話を聞くと、やおら早苗は立ち上がり、「今日こそあなたを倒して見せます。」いきり立って云いました。
巫女は笑って立ち上がります。
おやつはまだまだ先でしたでしょう。
二人といない現人神は、今日もきまって負けました。
すべての弾を避けられて、挙句に一発くらって堕ちた。
地面に降りた現人神は、地団太踏んで悔しがる。
それから息を吸いこんで、どうにかこうにか笑顔になった。
あかしろ巫女はさみしそう。きっと何かを待っています。
東風谷早苗はそれには気づかず、苦笑いして答えます。
「お強いですね、博麗の巫女。まだまだ修行が足りなかったな。」
(どってん、どてちて、どてちて、どんどん)
泣き出しそうなあかしろ巫女は、小さな唇への字にまげて、ぶっちょうづらで腰掛けながら、お茶をすすって待っている。
誰かがこないか待っていますと、とつぜん空がぱっくり割れて、金色の髪をきらきらさせて、中から誰かがやってきました。
「いつでもどこでもどんなときでも、あなたはほんとう、いいご身分ね。」
あかしろ巫女はそれでも笑う。
もう彼女しかいないと思うと、心のどこかがきゅうんと鳴って、どうしようにもせつなくなった。
隙間の大妖・八雲紫は、妖しい笑みを顔に浮かべて、しゃなりしゃなりと歩み寄り、そっと腰掛け笑顔になった。
「お茶飲むでしょう? やすくしとくわ。」
あかしろ巫女がそう云いますと、八雲はこくんと頷いた。
巫女はずうっと待っていた。もう彼女しかいないのだ。
お茶を飲むのもゆっくりに、八雲の女は無言でした。
あかしろ巫女は待っています。ずうっとずうっと待っています。
待って待って、まちぼうけて、ついに自らけんかを売った。
あかしろ巫女は負けました。せっかくつくった封魔針、お札の効果もまったくなくて、途中でみんな諦めました。
地面に降りて、降参して、あかしろ巫女は待ちました。
ただ一言を待ちました。
小首をかしげた八雲の女。
隙間の妖、小首をかしげて、みだれた髪を右手ですいて、それからふうっと、ため息吐いた。
「まだまだ青いわ、博麗の巫女。ちゃんと修行に励みなさいな。」
(どってん、どてちて、どてちて、どんどん)
泣き出してしまったあかしろの巫女、ひとりでずうっと泣きました。
天道様は西に沈んで、もうすぐ夜がやってきます。
一日待って、まちぼうけて、結局誰もが気づかなかった。
勝っても負けても同じこと、誰もがぜんぜん、気がつかぬ。
私は何で、一体誰か。誰もが全然、気がつかず、あかしろ巫女の夜は更けます。
彼女が泣いて鼻を啜ると、「よおっ。」と突然、声がして、あかしろ巫女は泣き止んだ。
やってきたのは黒と白。
大事な大事なともだちで、いつも決まってやってくる。
泣いてる姿は見せられぬ。あかしろ巫女は目を拭って、つとめて明るい声で言う。
「こんばんわ。今夜は遅くにやってきたのね。」あかしろ巫女がそう云ひますと、しろくろ魔女はにやりと笑う。
「もうすぐお前を越えられさうだ。」くろしろ魔女は張り切って云ふ。
巫女はすっかり面白くなく、「ふうん。」と浅く頷いた。
「キノコを湯がいて、煮詰めて、干して。今回ばかりは私の勝ちだ。今度の魔法は強力なんだぜ。お前もきっと撃ち落せるさ。」
あかしろ巫女は不思議であった。どうしてこいつは、これほどまでに、
博麗でなくて自分だけ、どうしてこんなに追い続けるか。
巫女は守護者で空を飛び、結界守って一生くらす。
それさえやれば誰も見ず、そうしていれば気にも留めぬ。
必要なのは博麗だけで、あかしろ自身じゃないと云うのに。
そのとき魔理沙がすっと動いて、せんべい一つ、そっとくすねた。
巫女はぽかりと頭をなぐる。
しろくろ魔女はいててとうめき、頭をおさえて巫女をみます。
「げんこつだけはどうにも防げん。○○のパンチはほんとに痛い。」
ああそうなのか、そういうことか。
お札じゃなくてげんこつで。
針ではなくて平手打ち。
これこそ自分か。博麗○○。
誰でもなくて、博麗○○。
そこれで初めて博麗○○、どういうわけかにこっと笑い、長い噺はこれにて終わり。
(どってん、どてちて、どてちて、どんどん)
さアさ終わりだ、お名残惜しや
今宵の噺はこれにて終わり
各々方の 清聴賜り
真に愉快な噺であった
そうそうもひとつ つけくわえるなら
あかしろの名前は ついには戻らず
みんながひとしく わすれたままだ
そのうち巫女も すっかり老いて
いまは滅びて 土の中
しかし最後に くろしろだけが
あかしろの名前を呼んだと云うが
それの真偽もわからぬままに
いまでは一切 滅んでしまった
嗚呼口惜しや 化け物土神
私もついには あかしろの名を
思い出せずに 今宵も終わる
しかし私は まだまだ生きて
いつかはきっと 思い出す
奪われ喰われた あかしろの名を
いついつまでも 待ち続け
頭を捻って いじめ抜き
いずれの日にか 思い出す
私はそれまで 踊ろうか
明日も変わらず 歌おうか
どってん どてちて どてちて どってん……
了
確かにわけわからんが、古い民話を語られた子供の頃の気持ちを思い出した。
解は時だけが知っているのでしょうか。
こういうのがお酒飲んでてティンとくることが凄いですが。
変えるときはせめて何らかの法則性をつけて欲しかった
内容も特別なにかあるわけでもないので、雰囲気のみの評価で
創想話では、時々実験的な作品が出てきますが、文体や構成に凝るとストーリーが少しぼやけるきらいがありますね。
私は新しいもの好きなので実験的な作品は好きなんですけどね。
交流電燈の時といい、霊夢がすごく可愛い。
好きというより、霊夢は誰かが繋ぎとめてないと飛んで行っちゃうんですよ。ふわふわ宙に浮いてるから誰かが人間の側に繋いでおかないと本当に訳のわからないやつになってしまう。できるできないかは別にして私は繋ぎとめたいんです。
久し振りにひっぱりだしてみることにします。
全編通して語感がすごくいい。宮沢賢治が書いた詩みたいだ
というか「どってん、どてちて……」って絶対どっかで聞いたことある。賢治でよかったっけ?
語調が統一されてないのはリズムを重視したんだろうし、個人的にはまったく減点対象にならない。むしろ心地好くすらある
内容も面白かったし、文句無しに百点を差し上げたい