サークル旅行と言う名目で長時間電車とバスに揺られて辿り着いた先。
青い海、白い砂浜、輝く太陽。
秘封倶楽部部員2名は避暑地の予定を急遽変更、家のポストに入っていた観光会社のハガキに書いてあった海へと足を運んだのだった。
「うーん!やっぱりヴァーチャルビジョンよりも実感があっていいわね」
晴天の青空に両手を伸ばし、白いワイシャツと黒いスカートを潮風にはためかせながら嬉々とした様子で相方に問いかける。
「すごい潮の香り・・・・・・本物の海」
「そうよメリー、う み!This is a sea. Did you understand?」
「一々英語で聞かないでよ!コンプレックスなんだからさぁ」
夏の浜辺、あたり一面は太陽の光を反射してキラキラと残光を残しながら海と漣の音に流されて行く。
二人はちょうど海の手前にある防波堤の日陰にブルーシートと手荷物を置きながらハンカチで額に纏わりつく汗を拭う。
「メリーは外人なのに英語からっきしだもんねぇ」
「あーはいはい、英語優等生の蓮子さんには頭があがりませんよ」
「別に優等生じゃないし、そんな怒らなくてもいいじゃない」
蓮子はメリーそっちのけで手荷物のバッグをあさり始めた。
スナック菓子、トランプ、着替え、携帯麻雀卓セットなど様々な物が辺りに広げられていく。
「怒ってないわよ、ところでそのバッグ随分重そうにしてたけど・・・何が入ってるの?」
「じゃっじゃーん!見て驚け、天然物のスイカである!」
蓮子が頭上に掲げたのは少し黄色身がかっているがその丸いボディ、ソレを縦に割ったかのような黒いライン。
誰が見てもこう言うだろう、これはスイカです、と。
「・・・・・・」
「あのー、メリーさーん?リアクション欲しいんだけど」
「あ、あぁ!ごめん、あんまりにも驚いて声も出なかったわ」
今の時代、天然物の果物はごく限られている人しか買うことが出来ない最高級品である。
遺伝子組み換えは人類にとって大きな食糧確保の1歩であったがそれは食品を創りやすくしただけであり、
安全面の問題も然り、味や栄養価は天然に比べると大分落ち込んでしまう結果となった。
しかし安全面が確保されてしまえば話は別で遺伝子組み換え食品の安さ手軽さを求めてそれらを買い求めるようになり、
地方で栽培されていた食物がごく限られた人の商品へと時間を掛けて進化して行ったのである。
「田舎のおばさんが送ってくれたのを持ってきたのよ」
「いいおばさんね、きっと心が宇宙規模の大きさなのよ」
「メリーにとってのいい人の基準が少し不安になってきたわ・・・」
メリーは珍しそうにスイカを手にとって観察している。
ヘタを掴んで硬さが違う、瓜の臭いが強い、いい音がすると感想を述べながら今にも食べたそうな面持ちでうっとりとスイカを見つめていた。
「ほら!スイカは後で冷やして食べるんだから、さっさと着替えて行きましょうよ」
「わかってる~、スイカちゃん・・・・・・また後でね」
メリーはスイカにそう呟き、氷と飲み物が入ったクーラーボックスにスイカをそっと入れると宝物でもしまうかの様に
しっかりと蓋を閉じたのであった。
所変わって海近くの木陰で着替えに奮闘する二人の姿があった。
蓮子はタオルで前方をカバー、メリーは後方を木に縛り付けたタオルでカバー。
「スピードが肝心よ、急いで着替えちゃってね!」
「そんな事言っても水着の早着替えとか練習した事無いわよ」
「大丈夫だって!この海は全く人居ないし」
蓮子の言うとおり海には自分達二人だけのようで、海を想像した時の浜辺から聞こえる喧騒等は全く聞こえては来なかった。
「う、うん。じゃあいいって言うまで後ろ向いててよ!絶対だからね?」
「それ見てくれと言わんばかりのノリだよ・・・」
「いいから前・・・向いてて」
メリーはタオルで胸元を隠しながら上目遣いで悲願してくる。
ここでまた意地悪なんてしたらメリーは絶対に海に入らないなんて言い出すだろう。
蓮子はしばらく後ろを向いている事にしたが如何せん後ろが気になって仕方が無い。
スルスルと背後から聞こえる服の絹擦れの音が蓮子の想像を駆り立てて行く。
たまにお風呂などに一緒に入ったりもしているが、それはお互いの了承があって初めて許諾される訳であって
今のような状況ではただの覗きに他ならないのである。
同姓であれ少しはお互いのことが気になる仲、嫌な汗をかきながらひたすら耐える蓮子に待ち望んでいた言葉が
かけられる。
「着替えたよ・・・、何だか着替えだけでドッと疲れたわ」
それは私も同じだよと突っ込みを入れたかった蓮子だがどうやらメリーもさっさと着替えて欲しいようで
どこか落ち着きが無くそわそわしている。
「振り向いたら絶対許さないからね?」
「それは見て下さいと言ってるのかしら?」
「ぶつよ?」
蓮子が少し赤くなりながらメリーに前を向くように指示する。
メリーも蓮子と同じくして居ても立っても居られない心境だった。
見えないからこそ妄想と言う物は膨らむのではないか?いっそ見てしまったほうが変な妄想を抱かずにすむであろう、とメリーは
一人で考え事をしていた。
メリーは今か今かと後ろに振り向くタイミングを図っていたのだがそれは虚しくもメリーの肩に置かれた手で遮られてしまった。
邪まな考えだったが振り向いた先に居る蓮子の顔を見て振り向かなくて良かったと考えさせられてしまった。
「よし、それじゃ泳ぎ行こうか?」
「ちょっと待った!」
メリーが腰に手を当てて浜辺をなぞる様に指を指していく。
「何よ?暑いんだからさぁ・・・」
「いい蓮子?浜辺には誰も居ない」
一瞬きょとんとした蓮子だったが空気を読んで頷く仕草を見せる。
「車もほとんど走ってない」
「だから?」
「だから・・・溺れたら助ける人がほとんど居ないって訳よ」
「あぁ・・・なるほど」
蓮子は納得がいった顔で手をポンと叩き理解した、と言うジャスチャーを送る。
「準備体操よ!」
「二人してお陀仏になりかけた~なんて事になったら笑い話にもならないし」
「じゃあ運動は各自でそれなりに」
準備運動を始める二人、しかしお互いに気になる所があって運動どころでは無かったのだ。
そこでは準備体操と言う名前のチラチラとお互いを盗み見するような観察合戦が繰り広げられていた。
(あー、メリーはやっぱスタイル良いわ・・・何食べたらあんなになるんだか)
(前より少し蓮子の大きくなったかしら・・・それにしてもスレンダーよね)
チラチラとお互いを見ていた時にふとお互いの目が合ってしまった。
「な、何見てるのよ!」
「いや、蓮子も成長してるなぁと思ってね」
にへらと笑うメリー、内心少し嬉しかった蓮子だが顔の火照りが大分酷くなってきたようで
照れ隠しにそっぽを向いてしまう。
「お馬鹿・・・ほらそろそろ海、行きましょうよ」
「おぉ照れちゃった?」
「うるさい!ほら早く行くわよ!」
「そんな乱暴にしないでってば」
蓮子はメリーの手を掴んで浜辺から海へと走り出した。
サンダルを脱いだ足の裏が熱い、しかし蓮子はメリーの手を握っている自分の手のほうが熱いのではないかと
錯覚してしまうほど自分の鼓動が高鳴っているのを抑えきれない思いだった。
ばしゃばしゃと忙しなく入った海の温度は蓮子の体温を冷ますにはちょうど良いい温度で火照った蓮子は深いため息をついた。
「ふぃ~、冷たくて気持ちいいわね」
「本当に最高ね、クーラーなんかよりずっと健康的だし」
二人はまるでCMか何かのように両手で水を上に掻き揚げながらお互いにかけ合って遊んでいる。
とてもじゃないがオカルトサークルの活動とは思い難い光景だろう。
いつまで二人で遊んでいただろうか、手の皮がふやけ始めて髪の毛が潮風でパキパキになる頃メリーは少し赤みがかった砂浜を見つめる。
海辺に到着したのが午後近くだった為に日はもう傾き始めていた。
「ねぇ蓮子、そろそろ食べない?」
「あぁ、スイカね。すっかり忘れてたわ」
メリーは蓮子を置き去りに浜辺に一直線、まるで真っ直ぐな道があるかのようにスイカが入っているクーラーボックスに駆け出した。
「おーい!そんなに慌てなくてもスイカは逃げないよ~!転んでも知らないよ~!」
メリーは心配して声を掛けた蓮子を振り返り自分は大丈夫だと両手を振って合図をしようとしていたが
「あ・・・転んだ」
振り返り様に砂に足を取られて砂浜に飛び込むように滑り込んでいった。
まるでビーチフラッグの選手のように右腕を前に突き出してメリーはそこからピクリとも動かなくなってしまい
もしかしてどこか悪いところでもぶつけたのかと蓮子は心配になってその場に急いで駆け寄った。
「メリー・・・・・・? 返事が無いただの屍のようだ」
「屍になりたいくらい恥ずかしい」
メリーは顔を赤くして涙目になったままプルプル震えている。
そんなメリーを気遣ってか蓮子が手を差し伸べる。
「誰も見てないし気にしないの、ほら立てる?怪我してない?」
「うん、大丈夫・・・」
メリーが蓮子の手をぎゅっと握ると蓮子はよいしょと言う掛け声と共にメリーを引っ張りあげる。
体の半分が砂まみれになっていたがその珠のような肌には傷一つ付いていなかった。
「ほら、スイカ食べるんでしょ?」
「当たり前よ」
先ほどの恥ずかしさは何処へ手を握ったまま仲良く歩きながらブルーシートを目指す。
誰かが漁った訳でもなく持ち物はそのまま。
二人は安心したようにブルーシートに腰を掛けて一息ついた。
「どっちが切る?何等分?」
「うーん、じゃあ蓮子に任せたわ」
蓮子は少し考えた後、すぐ横に置いてあるクーラーボックスを開け放った。
「うわ!何よコレ・・・」
「え?あぁ、お酒よお酒」
中身はすし詰め状態、スイカの周りがアルコールで囲まれておりボックスの底は見えない。
発泡酒からワンカップ、ウィスキーから水割り用飲料など種類は様々である。
「お酒を飲みに来た訳じゃないのよ?まぁ好きなんだけどね」
ぶつぶつと小言を零しながらスイカに手を掛けたときにあることに気が付いた。
「そういえばさ・・・切るものもって来てないよね」
「あぁ、大丈夫よ!」
蓮子の質問にメリーは自信満々で答えた。
「切れないなら割れば良いのよ」
「おぉ!さっすがメリーすんげぇアイデアゲットォ! ってんな事が出来るかぁ!」
「冗談よ冗談、南斗水鳥拳さえ使えればこんな事には・・・」
二人は頭を悩ませた、スイカ割りをするにしても割る場所がない。
砂の上で割った日にはスイカの塩の代わりに砂を食べる羽目になりかねない。
まして天然物のスイカをそんな杜撰に扱うつもりは全く無かった。
メリーが周りに何か使えそうな物が無いかと見渡しているとふと自分の背の高さ位の所に何かを見つけた。
それは空に穴が開いているようで空間には陽炎のような靄が掛かっている。
メリーがその空間の隙間のようなものに釘付けになっているとなんとそこから手が出て来たのだ。
しかも何かを下に落とした後にこちらに向かって手を振っている。
メリーは混乱した。
今見ているのは境界のほつれでは無かったのか?なぜそこから人の手が見えているのか。
考えるには余りにも現実離れしていて頭がオーバーヒート寸前だ。
「れ、れれれっれれっ・・・!」
「何よメリー?レレレのおじさんでも出たの?ふざけてるとしか思えないぐらいどもってるわよ?」
「でででっで・・・すぅ~はぁ~・・・ 出たのよ」
「えぇ!?漏らしちゃったの?トイレ無いんだから海ですればよかったのよ、もぅ」
「漏らしてない!あんたは出したのかよ!出たのよ!お化けか妖怪の類が!」
蓮子はさっぱり解らないと前面に突き出した表情であたりを見回す。
「・・・・・・居ないじゃない!図ったな!」
「居たのよ!さっきまで何かこう手のようなものがぞぞぞって出てきて」
メリーはどうにか状況をジェスチャーで伝えようと頑張ってはいるが遠目で見れば宴会芸の練習をしている
痛い子にしか見えない。
「分かった分かった、秘封倶楽部の一員だし信じるわよ」
メリーの様子からみると嘘ではなさそうだし怖がらせようとしている素振りは全く無い。
しかし腑に落ちない点が多すぎて蓮子にはやはりにわかには信じ難い話だ。
「そう言えばあの手何か落としていったみたいなんだけど」
「何か解らないんだから慎重にね?」
「・・・・・・分かってる」
メリーは恐る恐る落ちている何かを確認するために恐る恐るそれに近づく。
最初は何か分からなかったが近づく内にそれが何かは見て取れるようになってきた。
どうやら長方形の箱のようなもので素材はプラスチックの箱のようだ、夕日を反射して眩しく光っている。
蓮子は遠巻きにその様子を後ろから見ていたがどうせ誰かが捨てたゴミを見間違えたのだろうと早合点していた。
箱を確認したメリーがいきなり笑いだした。
後ろから見ている蓮子はどうして笑っているのか解らない。
立ち上がって振り向くメリー。
「おーい、何か変わったものでもあっ・・・・・・」
蓮子の言葉が遮られる。
遮ったのは逆光で光るメリーの右手に握られた物だった。
「何で包丁持って・・・」
「・・・・・・」
メリーの顔は逆光で影が掛かってしまいよく見えなかったが口元は歪んだように笑っているのが解った。
蓮子は恐怖した。
もしかすると本当に妖の類が出てメリーが乗っ取られてしまったのではないかと嫌な想像が頭をよぎる。
メリーはいつもより大きい歩幅でこちらに向かってくる。
(私、殺されちゃうの?逃げる?でもメリーはどうなっちゃうの)
自分にも聞こえる位の心臓の高鳴りを感じる。
もうメリーは目の前だ。
もし自分が死んでしまって、メリーが意識を取り戻した時にどんな顔をするのだろうと考えた途端
何故か目頭が熱くなってこんなに悲しい事って無いんじゃないかと思い苦しくなった。
恐る恐る顔を上げるとメリーの顔が見える、楽しそうに笑って手にした包丁、刃渡り30センチはありそうな刺身包丁を振りかぶっている。
そのままぼーっとメリーの顔を見つめているとそのままメリーの手は下に振り下ろされた。
自分の頭に迫る包丁をただ見つめて居ることしか出来なかった。
するどい刃が丁度頭に当たる。
(い、痛い痛い!やめて!一緒に仲良くしてたじゃない!)
どれだけ叫んでも彼女に自分の声が聞こえる事はない。
まだ彼女は刃を頭に乗せただけである、どうしようもない苦痛、自由の利かない体に諦めにも似た感情を抱いた。
そのまま彼女は力をこめる事無く頭を二つに割った。
(あっ・・・)
「あはは!この包丁よく切れるわ!」
薄れる意識の中彼女を見ると自分が飛び散らせた体液を舐め取ると心底嬉しそうに笑った。
終に自分の人生もここまでかと更に切り刻まれていく淡い感覚が無くなると同時に
そこで自分の意識はぷっつりと途切れた。
そうスイカは犠牲になったのだ。
包丁は蓮子の隣に置いてあったスイカに向かって振り下ろされていて既に四等分されていた。
水分が多かったのかスイカからは果汁が飛び散り包丁を薄く赤い飛沫で濡らせて行く。
蓮子は心臓が止まる思いだった。
早く食べようと問いかけるメリーには乾いた笑いしか返事を返せなかった。
「まさか包丁が落ちてるとは思わなかったわ、しかも刺身包丁」
「・・・・・・包丁持って無言で近づいてくるのは頂けないわ。正直殺されると思った」
「私が蓮子を殺す理由がまず無いし、それに大好きな親友を私が殺せるとでも?」
「若干心に来るような台詞だけどさっきの恐怖に打ち勝つには些か点数が足りないわ」
「もう、拗ねないでよ。早く食べたかったんだから仕方ないじゃない」
なだめる様に蓮子の頭を撫でるメリーの手を払う事も無く黙ってそれを受け入れる。
文句を垂らしながらスイカにかぶり付く二人、とてもじゃないが上品ではない。
しかしスイカを食べた瞬間先ほどの事が嘘だったかのように顔が自然とほころんだ。
「おいし~!ほら蓮子、種入ってるわよ種!」
「見れば解るし食べても解るわよ。それにしても甘さが段違いね」
この時代のスイカのほとんどは溶媒されて作られている。つまり種が無いと言う訳だ。
元々ウリ科と言う育てやすい環境にあった食べ物だけに育てやすいらしい。
「こうやってさ、夕日を見ながら食べるスイカって言うのもおつな物よね」
「なんかさ、こういうのってさ・・・」
「ん?」
「カップルみたいだよね」
メリーの言葉に蓮子は目を丸くしてしまう。
もはや爆弾どころの騒ぎではない、焼夷弾クラスである。
「まぁ恋人・・・みたいな関係なのかな私たち」
少し照れ笑いした蓮子の爆弾発言にメリーも顔を赤くする。
ムードは最高潮、メリーはすかさずアクションを起こした。
蓮子の頬に軟らかい感触、驚いて振り返ると唇に二連撃。
蓮子の頭は雷か何かに打たれたかのような感覚に襲われグワングワンと頭を揺さぶる。
上唇と下唇を交互に唇で挟み込むようなキスは何秒続いただろうか。
メリーがゆっくり口を離す。
「えへへ・・・びっくりした?」
「・・・うん、恥ずかしいからさ、外ではあんまりしないでよね」
「今日は特別よ、特別」
二人が食べていたスイカはもう冷えてはいなかったが何故かとても、とても甘く感じて
噛む度に美味しさとはまた別の笑みが零れるのだった。
スイカも食べ終わり夜方になってから二人は重大な事に気が付いた。
「帰りのバスが無い・・・・・・」
「馬鹿な・・・・・・私たちのプランは完璧だったはず」
今来ている場所はドがつくほどの田舎で電車までのバスが1日4本
新幹線までの電車の乗り換えが2回と言う結構な長旅だったのだ。
「野宿はやよ?」
バスのホームで野宿する現役女子大生。
きっと暇になって余ったお酒でも飲み潰すんだろうなぁなんて
想像はしてみたもののあまりにも酷すぎる。
「私だって嫌よ・・・そうだ!宿よ、宿を探しましょう」
「そんな都合よく宿なんてあるわけが・・・・・・え?」
あった。
それはもう見事な民宿だった。
看板には〔マヨイガへようこそ!〕とやけに強調した大きさで文字が書いてある。
建物自体は立派で和風のお屋敷のようなつくりだ。
どうにもこの海辺には少し似合わないような気がした。
旅行と言うこともあって丁度お金は多めに持ってきている。
二人は意を決してその胡散臭い民宿に泊まる事にした。
蓮子が戸に手を掛けて横に引くとガラガラと気味のいい音を響かせながら扉が開く。
仲は純和風と言った感じの内装で綺麗に色々な小物が整えてある。
とたとたと廊下から誰かが走ってくるような音が聞こえたかと思うと民宿の人だろうか
着物姿の13歳位の女の子が姿を現した。
「い、いらっしゃいましぇ!」
舌を噛んだのか口を押さえながら悶えている女の子に蓮子は声を掛けた。
「あの、1部屋お借りしたいんですけど・・・」
「はい!1部屋でお二人様ですね!えーっと、うーんと」
どうやら値段が良くわからないらしくうなり始める女の子。
しばらくすると奥の暖簾からすっと着物姿の20歳前後の金髪女性が姿を現した。
少し離れて見ても十分に分かる位スタイルが良い。
「メリー、大きいね」
「うん、しかも美人」
「こらちぇ・・・みかん!さっき値段は教えただろう?」
「ごめんなさい藍さ、あっ!・・・お、お、お姉ちゃん」
女の子の名前はみかんと言うらしい、みかんが姉と呼んでいる所を見ると二人は姉妹のようだ。
目つきが猫目っぽい所はそっくりだなぁと二人は思った。
こほんと咳払いを一つして姉の方が振り返る。
「お二人様ですね?料金は食事3回、露天風呂が付きまして1万円となっております」
二人は驚いた顔を隠しもせず目を見合わせた。
食事が3回も付いて尚且つ露天風呂、値段も一人5千円と考えればとても魅力的だった。
「お値段にご不満が?いくらかはおまけさせて頂きますが?」
「とんでもない!ね?ここに泊まりましょう」
「ええ、それには是が非でも賛成せざるを得ないわね」
二人が頷くのに議論は必要ないようで二人同時に頷いた。
「それでは2名様ご案内いたします」
案内を承ったのは妹、みかんだった。
後ろを付いて行くのだがやはり歩き方はトテトテと少し小走りのようで小動物を連想させる。
可愛いなぁと様子を見ながら付いていく二人だったがみかんは急に止まると隣の襖を開けて
此方に向きなおした。
「そ、それでは此方です、このお部屋になります。お食事は何時頃御持ちすれば宜しいでしょうか?」
海にも入ったし潮風で髪の毛が気になる点を踏まえてとりあえずお風呂に入ってからと言う考えでまとまった。
「じゃあ7時半過ぎにお願いします」
「7時半ですね?お酒は飲まれますか?」
「お酒・・・・・・じゃあお願いします」
みかんはかしこまりましたと頭を下げるととてとてと小走りで厨房に向かって行ってしまった。
「ちょっと、お酒なら私のクーラーボックスに・・・」
「帰りで飲む量はキープしておかないとね?」
「この飲兵衛メリー、そう言えばお風呂の場所聞きそびれちゃったね」
「露天風呂でしょう?多分のれん位は掛けてあるわよ」
二人は部屋を後にして民宿、もとい旅館だが色々探索することにした。
廊下には木彫りの狸やこけし、手作りの団扇などが飾られていて記念博物館のような印象を覚えた。
しばらく進むと青いのれんと赤いのれんに大きな文字で ゆ と解りやすく書いてある。
「あったあった、さっそく入っちゃいましょう」
「どうやら貸切みたいだし、ゆっくり入るのもいいわね」
入ると脱衣所には人の気配が無い、どうやら本当に貸切のようだ。
せっせと服を脱ぎ始める二人、やはり二人で銭湯やお風呂になると割り切れるのだろうか
昼間の着替えとはまた別で羞恥心のような物は殆ど無かった。
脱衣所には棚が設けてあり籠と大きいタオルが2枚小さいタオルが1枚、それと紫陽花柄の浴衣が綺麗に収めてあった。
蓮子は服をそのまま籠に詰め込むとタオルを一枚巻いて我先にと露天風呂に駆け出した。
メリーは洋服が皺にならないように丁寧にたたんでから蓮子の後を追いかけたのだが。
「蓮子、走ると転ぶわよ?」
と言った瞬間の事だった。外の出口に設けてある湯切りマットが滑りそのまま真後ろにストンとこけた。
「ほら言わんこっちゃ無い・・・」
転んだ拍子にタオルは外れ、蓮子は全裸状態で後頭部の痛みに仰向けでのた打ち回る痴態を晒す羽目になった。
メリーからしてみれば気の毒すぎて笑いも興奮も一切感じなかった。
残ったのは蓮子の悲痛なうなり声のみ。
「いったぁ~タンコブできたかも」
「大丈夫?血とか出てないわよね?」
蓮子は頭をさすりながらにっくきマットを睨む。
「大丈夫、しかしこのマットは盲点だったわ」
「足元を良く見ないから転ぶのよ」
「経験者は語るってヤツ?」
昼間の出来事を思い出したメリーは少し恥ずかしくなったが今の蓮子程じゃないやと
嫌な思い出を無理やり押し戻した。
「そういうこと、それはさておき アレしましょうよ」
「えぇ?まぁ久しぶりだからいいけどさぁ」
外に出ると石で囲まれた中々豪華な露天風呂が目に付いた。
アレをするべく二人は流し場のプラスチック椅子に腰を掛けるとメリーが声を掛けてきた。
「ねぇ・・・この椅子さぁ、アレだよね」
「うん、間違いなくスケベ椅子だよね」
どこからどう見ても真ん中が窪んだ特徴的な形はスケベ椅子そのものだった。
「なんでスケベ椅子が民宿に・・・・・・」
「いや私に聞かれてもねぇ」
そんな事も気にして居られないとアレをすべく椅子に座って二人は仲良く向かい合いながら
お互いの足をガシガシと洗いっこしていた。
「いや、本当にコレするの久しぶりね」
「蓮子はこういうの嫌い?」
「ううん、楽しくて結構好き。恥ずかしいのには変わらないけどね」
お互いに右足、次に左足と洗い進めて行く。
背中は交互に洗い進めていくのだが蓮子は何を思ったか思いっきりメリーの背中をゴシゴシと擦り始めた。
「いたたた!いたぁぃ!」
「私は今猛烈に怒っている!なんと肉付きのいい体だろうか!けしからん!」
蓮子は意味不明な言葉を投げかけつつメリーの背中から胸に向かってスポンジを進めて行く。
別段触られてもお互いに気にはしていなかったから問題は無いだろうと後ろから抱き込むような形で前を洗っていく。
「ちょっと、急に前洗わないでよ」
「へへへ、よいではないかぁ!」
調子に乗った蓮子が胸を触ってくる。洗っているのではない、明らかに掴んで揉んでいる。
変な気は起きなかったが余りにもしつこい上に後ろからデカイ、やわらかい、などと妬ましさ全開で呟かれたのでは
たまったものじゃない。
「もう・・・いい加減にしないと怒るわよ?」
「はぁい・・・じゃあ次は私の番ね」
蓮子は少しがっかりした様子で後ろを向いて背中を預けてきた。
メリーは蓮子のひきしまった背中の肩甲骨沿いに手を掛ける。
「ひゃいっ!・・・そこ弱いの知ってて触ったでしょ」
「うふふ、ごめんごめん。さっきのお返し」
「お返しはお中元だけで十分よ」
蓮子の意地悪と裏腹にメリーは丁寧に、筋肉をなぞる様に洗っていく。
うなじから腰の周りまでじっくりと時間を掛けて洗ってくれた。
「前洗うよ?」
「はいよ」
メリーも蓮子と同じように後ろから抱え込むような形で前を丹念に洗っていく。
時折むにむにとお腹の肉を摘んでくる。
蓮子はそこまで太っている方でもなくメリーもそこまで太ってはいないが気になるらしい。
「少し食べすぎなのかなぁ」
「えぇ?メリーはスタイル良いからいいじゃない」
「蓮子は食べても太らない体質だから羨ましいわ」
嫌味のように蓮子のヘソの周りをワサワサとスポンジでなぞる。
次第に飽きたのかその手を止める。
「ん?流すの?」
「このまま髪も洗ってあげるわよ」
メリーはそういうとお湯とシャンプーとコンディショナーを馴染ませて蓮子の髪を
手櫛でもかけるかのようにやさしく梳き始めた。
蓮子も気持ちが良いのか安心したため息をはいた。
「よく覚えてたわね?」
「何が?」
「私がシャンプーとコンディショナー混ぜて使ってた事」
「当たり前でしょう、自分の髪の毛なのに別々に使うのが面倒だって言ったのは蓮子じゃない」
メリーは以前に銭湯で髪の毛を洗った時に蓮子はシャンプーとコンディショナーを一緒に使って
髪の毛を洗っていた所を見ていたのだ。
理由を聞いた所「何回もお湯を使うのは経済的では無いし時間の無駄」と答えたのだった。
普通の女子が聞いたならば大半はズボラだと思われるかもしれない。
しかしそんな性格をワイルドに感じて好意を抱く女性が居ても良いのではないかと考えたメリーだった。
しばらく髪を洗い続けた後に桶に入ったお湯で泡を流していく。
「蓮子の髪はストレートで綺麗よね」
「あー、メリーは少しくせ毛だしね。でもボリュームあっていいじゃない」
「まぁセットする時はそこまで整髪料使ってないしね・・・ほら次は私の洗って」
メリーの髪の毛は長い、幼い頃から髪の毛を伸ばし続けて腰の長さで揃えているこの金髪が自慢だった。
蓮子はメリーの髪の毛を指に掛けないようにゆっくりと解す様に髪の毛を洗っていく。
時折髪の毛を指に引っ掛けてメリーが声を上げる度に蓮子が謝るというやり取りが続けられていく。
「いたた・・・・・・このままじゃカツラになっちゃうわよ」
「ごめんってば!これでも気をつけてる方よ。少なくとも散髪屋の人よりは上手いと自負してるわ」
先ほども説明した通りメリーの髪は長い。
長い髪を洗うのにはどうしても時間が掛かってしまうのだ。
蓮子はコンディショナーを手に広げるとやんわりと頭を撫でるようにメリーの髪に馴染ませて行く。
メリーは髪の毛越しのコンディショナーの冷たさと蓮子の手の暖かさの感覚に少しこそばゆくなって背を振るわせた。
「あ、冷えてきちゃった?もうすぐ終わるからね」
蓮子は勘違いしたのかメリーが冷えてきてしまったのではと思い桶にお湯をため始めた。
「じゃあ流すよ?」
メリーの肯定の意思も読み取る間もないままお湯をメリーの頭へゆっくり掛け流して行く。
髪の毛に付いた泡はメリーのくせ毛に絡む事もなくお湯に溶け出して足元の排水溝に流されて行く。
残りも手櫛で綺麗に洗い落とすと二人は一息付いて風呂の前に立ち並んだ。
「さて・・・シャワーも自販機も無いお風呂だけど」
「これがメインディッシュって訳ね」
二人は同時に露天風呂という名の極楽に右足を突っ込んだ。
「やっぱり露天風呂はぬるめでいいわね」
「それは同感、蓮子も私も長く浸かっていたい派だもんね」
肩まで湯に浸かると周りの岩に手ごろなポイントを見つけザバザバとお湯を跳ねさせながら
ポイントの岩に二人でもたれ掛かる。
その場所からは屋根と竹で出来た覗き避けの間に夜空が見える絶景のポイントだった。
「ほらメリー、星がよく見えるわ。今にも星が降ってきそう」
「本当、星って言うよりも・・・なんだか夜自体がこっちに降りてくるみたい」
メリーが言った通りその星空はどこか不自然でいて自然な夜空だった。
飛行機の点滅灯とは違う空の光。いつも見ていた普通が普通じゃなくなる瞬間を二人は
違和感として脳が捉えていた。
いままで見ていた空はビルと排気ガスで囲まれた狭くて暗くて底が無いような曇り空。
今見ている空はそれらの蟠りが一切無い空で、今までの支えを失った空が落ちてきてしまう
ような感覚だった。
「こういう感覚ってさ、新鮮って言うやつよね」
「そう、そんな感じ。どう?時間は分かりそう?」
「こんなに星が輝いてたんじゃ目印にしてる星が見つからないわ」
蓮子は可笑しそうにはははと笑うと遠くを見るような目で星空を見つめる。
メリーも同じく蓮子が見ているであろう星たちの煌めきに目を輝かせた。
「ねぇメリー、私達ってさ・・・・・・友達かなぁ」
不意に蓮子から投げかけられた言葉をどう取って良いのかメリーには解らなかった。
それを曖昧な返事で返せるわけも無く。
「友達以上夫婦未満ってやつよ」
夏の空に吸い込まれるような呟きでメリーは答えた。
蓮子は満足したのかメリーに向き直ってにっこりと微笑みかける。
「ようするに本当の恋人って事で受け取って良いのよね」
「ばか・・・」
二人は掛け湯をして名残惜しく露天風呂から上がる。
「やっぱりお風呂上りは牛乳が欲しくなるわよね」
「自販機も無いし望み薄でしょ」
二人は自販機が無いと解りつつもきょろきょろと周りを探してしまう。
諦めてタオルと民宿の浴衣に手を伸ばそうとするとあるものが目に付いた。
[☆こちらはサービスです☆]
そうはっきりと書いてあるカードの上にビンの牛乳が2本置いてあった。
置いてから間もないようで水滴がビンの周りにうっすらと浮き出ている。
「なんという僥倖!」
「いいサービスね、随分気が利くみたい」
二人は新しいタオルを体に巻いた後定番のポーズで牛乳を飲み始めた。
ゴクゴクと喉に流れる冷たい感覚が体の火照りと渇きを癒していく。
蓮子はぷはっと牛乳を一気飲みすると元の場所にビンをコトリと置いた。
「やっぱりビン牛乳に限るわぁ」
ビン牛乳は衛生面や特殊樹脂容器の発達によってその姿は極僅かに留まっていた。
二人には珍しい物と言うよりも懐かしさを感じさせる何かをビン牛乳から感じ取っていた。
「小学校の終わり位からビンとかパックが樹脂容器に変わったっけねぇ」
「そうそう、あの頃は牛乳に混ぜて飲むアレを机に取り置きしてたのよ」
「ふーん、相変わらず何とも言えない性格ね」
「メリーには解るまい・・・デザートのプリンと取り置きの苺牛乳の粉の組み合わせが至高の存在だと言う事が」
「だからスイーツ好きになって毎月金欠になるのよ」
「メリーも同類でしょうが!」
二人でじゃれあいながら着替えを済ませて廊下に出るとみかんが待っていた。
「そろそろ夕食の時間になりますのでそれをお伝えに上がりました」
畏まってそう告げるみかんの頬は何処か朱を帯びていて少し恥ずかしそうに下を向いてる。
何か見てはいけない物を見てしまったような顔で申し訳無さそうにしていた。
蓮子はもしやと思ってメリーの耳元でささやく。
『ねぇ・・・もしかして見られてたんじゃない?』
『えぇ!?少し刺激が強すぎたかしら』
そこで恐る恐る蓮子が口を開く。
「ね、ねぇ?何か見たりしちゃったかな?」
その問いかけにみかんは肩を跳ねさせるようにビクリと震えて上目遣いで蓮子を見た。
「な、仲が良い事は、幸せの証拠です!・・・って藍さ、お姉ちゃんが言ってました」
少し上ずった声でそう答えると凄い速さで廊下の角に消えてしまった。
少しすると奥から「廊下を走っちゃ駄目だって何度も教えたでしょ!」と言う叱咤と共に
みかんの謝る声が何度か聞こえて来た。
そんなやり取りを尻目に部屋に戻る。
部屋には荷物を置いただけでよく見ていなかったが中々大きな部屋だ。
大きさはおよそ12畳はあるだろうか、正面には障子があって中庭が良く見えた。
「うわ~、よく見るとすんごく豪華じゃない?」
「何か怪しい成金がよく行く料亭みたいね・・・」
メリーはそんな事を言ってクスリと笑った。
蓮子も釣られて笑いつつ右にある仕切りに区切られた寝室を覗くとそこには布団が1式敷いてあり
中々大きな布団で寝心地はよさそうだった。
これなら文句は無いと思った矢先、その布団に違和感を感じる。
「ん?」
「どしたの?何かあった?」
よく布団を確認しても布団は1組しかない。
1組と言うのは敷き布団、シーツ、掛け布団、タオル、枕。
そかし何故か枕は2つある。
「いや布団が1組しか無くてね」
「本当・・・でも枕が2つあるから良いじゃない。一緒に寝ましょ?ね?蓮子」
可愛らしく首を傾けて提案してくるメリーの笑顔が蓮子の心に突き刺さる。
その拍子に民宿の人を呼んで布団をもう1組持ってきてもらおうなどと言う愚かな考えは
何処か空の彼方へ飛び去ってしまった。
「うん・・・一緒に寝るのも久しぶりだしたまには良いかもね」
蓮子は気が付いていなかったがメリーから見れば何処か嬉しそうでソワソワしているのが
丸わかりだったようだ。
しばらくテーブルで今後の活動について話し合っていると襖の外から声が掛けられる。
「失礼します・・・」
声から察するにみかんの姉のようだった。
どうぞと声を掛けて襖を開けて貰うとどうやら料理が運ばれてきたようだ。
蓮子は運ばれてきた料理に驚愕した。
「おぉ?洋食!」
「和食じゃないのね、びっくり」
メリーは喜んだ顔で料理を眺めているとみかんの姉が口を開く。
「本来なら和食をご用意するのですが、主が異人のお連れ様がいらっしゃるなら洋食をと」
どうやら和食が苦手な外人を気遣ってか洋食へとチェンジしてくれたようだ。
蓮子はメリーと付き合っている内に舌が洋食寄りになっていてこのメニューチェンジは喜べる物だった。
メリーは元々外国生まれもあって口に合う料理を出されて満足しているようだった。
長机に色々な料理が並べられて行く。
フレンチサラダレモンドレッシング和え、サーモンのマリネ、グリルチキン、ソラマメとバジルのスープ
牛フィレ肉のスパイシーグリル。たらこパスタ
どれも食欲をそそる見た目で見ているだけでもお腹が一杯になりそうだった。
みかんの姉が料理を全て並び終えると後ろからビンを何本か取り出して並べ始めた。
「こちらがお酒になります。お好きな物を1本づつお選び下さい」
出されたお酒は見た事の無い銘柄ばかりで少し悩んでしまう。
日本酒〔幻想の雫〕、焼酎〔伊吹鬼〕、ウィスキー〔グランギニョル座の怪人〕
ワイン〔スカーレット〕、ブランデー〔夢と現〕。
メリーはブランデーを蓮子はワインを選んだ。
「それでは食事が終わりましたらこのベルを使っておよび下さい。直ぐに片付けに参ります」
みかんの姉はごゆっくりと告げるとにっこりと微笑み選ばれなかったお酒を御盆に載せて襖を静かに閉める。
「他のお酒も気になったけど流石に洋食に焼酎とかはねぇ」
「うーん、私も気になったけどお酒よりもこの洋食ね」
メリーが料理に向き直ると幼い子供が宝物でも見つけたかのように目を輝かせた。
「見てよ蓮子、こんなに綺麗な料理殆どお目にかかれないわよ?」
「よく見ると盛り付けとかすっごく凝ってるわね」
料理はどれも細かい盛り合わせ、盛り付け、色のバランス、どれを取っても一級品で芸術の領域に昇華していた。
その味を想像すると口の中から唾液がじわりじわりとあふれ出して来るのを感じる。
待ちきれない二人はお互いに向き合って机に座ると手を合わせた。
「それじゃあ・・・・・・」
「「いただきます」」
まずはフォークでパスタを丁寧に巻き取って口に運んでいく。
メリーはとても上手に食べていたのだが蓮子は上手くパスタを巻き取れない。
「ほら蓮子、こう。フォークを立てて巻くのよ」
「それは解ってはいるんだけどさぁ・・・・・・あっれぇ?」
蓮子がフォークを立てて巻き始めると何故か自然と腕が傾いてフォークが横になって行く。
横で巻いたフォークには巻きつく力が掛からずにパスタが解けて行く。
それを見かねたメリーは蓮子のフォークを奪い取った。
「あっ!ちょっとぉ、今上手く行けそうな気がしたのに・・・・・・」
「いいから、ゆっくり食べてたんじゃパスタがくっ付いちゃうでしょ」
メリーの右手は自分のパスタを左手は蓮子のパスタを器用に巻いていく。
そして巻き終わったパスタを蓮子の口に運んでいく。
「ほら、あーん」
「ばっ!むぅ・・・・・・」
一瞬恥ずかしげに顔を顰めた蓮子だったが素直に口を開く。
メリーは餌付けしているような感覚で蓮子の口にどんどんパスタを運んでいく。
「むっ、もっほゆっくりはべはへへ」
「え?なぁに?もっと?」
メリーは硬く結んだ蓮子の口にフォークを捻じ込ませる。
蓮子は噛む暇も与えられず口の中にあるパスタを流し込んでいく。
ようやく蓮子の皿がなくなるとメリーは淡々とゆっくり食べ始めた。
「・・・・・・ぷはぁ!なんであんなに一杯詰め込むのよ!味わえなかったじゃない」
「えぇ?もう蓮子は我侭ね」
「あんたの所為だよ!」
口の中や胃、ついには頭までムカつき始めた蓮子はそれを抑えるために
フレンチサラダに手を伸ばす。
レタスに香る清涼感あるレモンの香り、よく噛んで味わうと野菜のほのかな甘さと
レモンの酸味が絶妙にマッチし口当たりもオリーブオイルでまろやかに仕上げてある。
パスタを食べるメリーを尻目にシャキシャキという音を立てながら蓮子は黙々とサラダを食べている。
ただ黙っているだけでは少しテンションが下がってしまうのでメリーは蓮子に声を掛ける。
「どう?美味しい?」
「美味しい!すんごく美味しいよこれ。ほら」
蓮子はフォークで控えめな大きさのレタスを突き刺すとメリーの前にずいっと突き出した。
「何?」
「ほらお返し、あーん」
するとメリーは恥ずかしげもなく口を開いて待っていた。
蓮子はその様子が何か面白くなかったのか、先ほどのパスタが気に食わなかったのか悪戯心に火がついた。
メリーの口の前までフォークを持って行く。メリーが口に入れようとした瞬間にフォークを引き戻す。
カチリと歯と歯が噛み合わさるいい音がしてメリーの導火線に1歩火が近づいた。
「へっへー、引っかかった~」
「・・・・・・」
「あれ?メリー怒った?」
「ふん」
「メリーさーん?ほら次は騙さないからあーん」
「・・・あーん」
するとまたカチリと歯と歯の合わさる音が響く。
一瞬の静寂。まさに嵐の前の静けさとはこのことか。
「2度も同じ手に引っかかるとは、メリーも落ちたわね」
「っ!」
にやりと笑う蓮子に対してふつふつと怒りがこみ上げてくる。
ここまで親友をウザく感じたのは初めてで腹の底から何か
どす黒いものが渦巻き始めていた。
(人が素直に乗ってあげてるのに何なのよ!もぅ・・・ウザ見蓮子、うんまさにコレだわ)
握っていたフォークが超能力のように曲がった。気がした。
「もういい、意地悪する蓮子、嫌い」
メリーはそういうとむすっとした顔で料理を食べ始める。
蓮子がやりすぎたと気が付いた時には時既に遅し。
蓮子は素直に謝るのが1番だと考えていそいそとメリーの横に蓮子が座りなおす。
メリーは全く気にした様子も無くだんまりを決め込んで料理を食べ続けている。
「ごめん、ちょっと意地悪したくなっちゃっただけでさ」
「・・・・・・」
「別に恨みとか嫌いになったって言うわけじゃなくてさ」
「・・・・・・」
蓮子が謝っては見たもののメリーはびくともせずに料理を食べ進めて行く。
次第に謝る言葉が見つからなくなって、このまま嫌われてしまったら嫌だなと
色々考えていく内に蓮子も少し涙目になってしまう。
メリーは既に許しては居たが必死に謝る蓮子が少し可愛くてしばらく様子を見て見たくなった。
「乗ってくれたのにあんな事二回もしたら嫌われて当然だよね、あたし馬鹿だからさ」
蓮子の声は何処か涙声でメリーを振り向かせるには十分な破壊力のある台詞だった。
メリーが振り向くとやはり泣いている蓮子が隣で俯いていた。
自分はもう怒って無いはずなのに謝らせている相手を泣かせてしまったメリーはどこかもどかしい気持ちで
一杯になった。
「どうして泣くのよ、私も意地張って悪かったわよ」
「だって・・・このまま嫌われたら学校でも話しなくなるかな、とかサークル解散かな、とか考えて」
「嫌うわけ無いでしょ!こんな馬鹿馬鹿しい喧嘩もどきで崩れるような関係じゃないわ!」
メリーは声を荒げて蓮子に向き直る。
「私だって仲違いみたいな事はしたくない、だから泣かないで・・・・・・」
「うん、じゃあ仲直り」
「必要無いでしょう?仲違いにはなってないんだから」
そう言うとメリーは蓮子の手をきゅっと握った後に蓮子の髪の毛を撫でるようにそっと触れた。
一方廊下では。
「ねぇ藍様、あれが喧嘩するほど仲が良いって言う事ですか?」
「こら橙、ここではお姉ちゃんと呼びなさい。後その意味で合ってるよ、よく覚えたね」
廊下では民宿の姉妹が部屋前でひそひそ話しをしていた。
ただ覗いていた訳では無く、追加の料理、即ちメインディッシュを運んで来て偶然に居合わせて居たのだが。
「悪戯も程々にしないと虐めと変わらなくなってしまうんだ、解ったかい?」
「はい、お姉ちゃん」
(ぐあああああぁああ!橙が私をっ!お姉ちゃんだって!可愛いよ橙、橙、ちぇぇえええ「失礼します」・・・・・・え?)
橙は喧嘩後のフレッシュタイムを満喫している部屋を開け放ってしまった。
部屋の中では蓮子とメリーが体を寄せ合ってあーん合戦をしている真っ只中だ。
これは状況を聞いて居なくとも経営者側として由々しき事態だ。
橙が相手の了解も聞かずに襖を開けた為に二人はフォークを口に運ぶポーズのまま硬直。
「メインディッシュをお持ちしました~。あれ?」
(空間凍結、パーフェクトフリーズっ!・・・圧倒的っ!絶望っ!)
藍と呼ばれた姉は頭をフル回転させてこの状況を打破したいと考えていた。
そう、まるで息子の部屋を掃除していて卑猥な本を見つけてしまった所に偶然息子が帰ってくる。
そんな状態だ。
あまりにも気まずい。
(どうするべきか、ここで橙を叱って場を取り持つか?いいや橙を人前で叱るなんて飛んでも無い!)
「すみません、じゃあメインディッシュは此方になります。ごゆっくりどうぞ」
橙はまるでプログラムが組まれていたかのようにやる事だけやってそそくさと部屋を後にした。
無駄になったのは藍の脳で分泌されたブドウ糖だけ。
廊下に橙が出てくると藍に向かって愛くるしい笑みを浮かべる。
「お姉ちゃん、よく出来ましたか?」
「あぁ!100点満点だよ、さぁ私たちもご飯にしようか?」
「はーい!」
(くそう、くそう、私は何でこうも甘いんだ。教育者失格だ、だが橙は可愛い。勝てるわけが無いよ)
二人は軽い足取りで部屋を後にする。
残ったのは固まっていた二人でおよそ2分間何も出来ずに固まってしまっていたようだ。
先にゆっくりと口を開いたのはメリーだった。
「ま、まぁ別に見られて困るような物じゃないし!」
「そうよね、そうよ・・・」
気を取り直した2人は机を見る、先ほどの料理は片付けられていて残りは運ばれてきたメインディッシュのみだった。
大きい皿に銀のボウルがかぶせてあり中身の想像が膨らんでいく。
一般人の考えなら見ただけで七面鳥のイメージが浮かんで来るであろうボウルの取って見る。
「何これ?」
「何のお肉かしらね?」
仲には厚いハムのようなミディアムレアな肉にロースとビーフにかけるようなソースがかかっている。
肉の見た目は豚とも違い赤みがしっかりしている、かと言って鶏肉のように細身ではない、牛か羊かと聞かれれば
油の通い方を見ればそれとも違うと答えるだろう。
蓮子は恐る恐る一切れをフォークに刺して口に運ぶ。
少し酸味がかっていたがソースは割りと甘めでそれを打ち消している。
歯ごたえも牛肉よりもすこし軟らかい位だろうか。
はっきり言った感想では美味しい、それだけでしか形容出来ない。
「どう?何のお肉だか分かった?」
「ううん、分からない。でも美味しいよこの肉」
メリーも進められるまま肉を口に運ぶ。
レアに近い肉から少量の血が噛むたびにソースと混ぜ合わされる。
「すこし生っぽいけど味は良いみたい」
しばらく食べ進めても正体は分からなかったが蓮子とメリーはこの味に満足していた。
どうしても最後の1枚が手を付けられないのは日本人の癖なのだろうか。
「中々美味しかったわね」
「メインディッシュにふさわしい料理って所かしらね」
「それは良かったですわ」
聞き覚えの無い声がメリーと蓮子の後ろから聞こえて二人はビクリと背筋を凍らせた。
後ろを振り向くとちょうどメリーを大人にしたような外見の女性が足を崩して座っている。
どこから入ってきたのかは用意に想像が付いた。
中庭が見える障子が開いていてそこから入ってきたのだろうと蓮子は推理した。
「あ、あなたは?」
「申し送れました、私この宿のオーナー、紫と申します。以後お見知りおきを」
紫と名乗った人物は優雅に妖しい笑みを浮かべて頭を下げた。
よく見ると綺麗な金髪で肌は陶磁器のように白い、典型的に美人と呼べる顔立ちだった。
「で、そのオーナーさんは何でいきなりここに?」
「そのお肉の話が気になってしまいまして」
紫は口元をセンスで隠して含みのある笑いを零した。
メリーはどうせなら聞いて見ようと考え、思い切ってこの肉について尋ねてみた。
「結局このお肉は何のお肉なんですか?」
「あら、食べてお気づきになるかと思いましたのに」
紫は最後の一枚を口に入れると美味しそうにそれをよく噛んで飲み込んだ。
そして口元を隠していたセンスを折りたたむとそれで二人のお腹を指し示した。
「中々美味しかったでしょう?ヒトのお肉」
そう呟いた紫の口元はまた扇子で隠されていたが何処か歪んでいて三日月を横にしたようにはっきりと
その笑みが頭に焼き付けられた。
蓮子は理解するのに時間がかかったのかしばらく笑顔だった顔が青白く変色していく。
蓮子は少しでもこの吐き気を抑えようと自分が選んだワインに口を付けゴクゴクと飲み干す。
ワインはよく熟成された高級ワインのような味でソムリエが評価を付けるなら上等と答えるだろう。
生臭く饐えた血の味がしなければ。
「っぐ!えほっ!げほっ!」
「蓮子!?大丈夫?」
「あらあら、駄目じゃない。しっかり香りを味わっていただくのがワインの正しい飲み方よ?」
蓮子の頭の中で幾つもの光が弾け、脳が危険だと自分に促しているのが良く分かる。
「なんでメリーはそんな平気な顔してるのよ・・・・・・」
「平気って、そんな気分悪くなる料理あった?」
「え?」
メリーが何を言っているのか蓮子にはよく理解出来なかった。
人肉を食べさせられて平気な人間が居るはずか無い。
二人が狂っているようにしか蓮子には見えなかった。
「ヒトの肉を食べて平気な顔して居られるなんて狂ってる!」
「ヒトの肉?蓮子・・・?シカの肉って言ってたじゃない」
紫は果たしてシカの肉と言っただろうか?蓮子はそれを受け入れたとしてもまだ疑問が残っていた。
血の味がするワイン。
「でもこのワインだって血の味がしたし・・・・・・」
メリーは首をかしげてワインを一口口に含む。
よく味わってから飲み込んだようでその顔はとても満足そうだ。
「血の味なんてこれっぽっちもしないわよ?それに凄く美味しいし」
蓮子は嘘だと自分に言い聞かせながらメリーのグラスを借りて血の味に怯えながらワインに口を付ける。
すると甘い果実酒の味だけで血の味は一切してこない。
「あれ、聞き間違えて勘違いしたのかなぁ・・・すみません」
紫は胡散臭い笑みを浮かべおどけた調子で謝罪を受け流す。
「別にこの位の事では怒りませんわ、それにその考え中々現実味があって面白いし。いいご友人ね?」
「蓮子は自慢の親友ですから」
「こんな早合点する友人を自慢しないでちょうだいよ」
「それにしてもシカの肉なのに生臭くなかったですね?」
「それは少し特別な調理方法でね・・・・・・」
紫が他愛もない質問に次々と答える。
何か似たもの同士で羨ましそうに蓮子はそれをワイン飲みながら見ている。
(気持ち悪くは無くなったし・・・・・・何だったんだろう?疲れてるのかなぁ)
蓮子はそんな事を考えながらワインを口に運んでいく。
どんどん体が温まってきて中庭から吹いて来る夜風が気持ちよかった。
全員がお酒に口を付けて酔いが回る頃、藍が食事を下げに部屋を訪れると紫を見て酷く驚いていた。
「な、なんでここに居るんですか・・・・・・」
「あら居ても悪い事なんて無いわよね?」
「ねー?」
メリーが可愛らしく紫に返事を返す。
「メリー、あんたなんでそんなに仲良ししてるのよ」
「うふふ、妬かせちゃったかしら。ごめんなさいね」
「そうか蓮子妬いたのかぁ、えへへモテモテだわぁ」
メリーはあまりお酒には強くない方で何時もは少し控えめに飲んでいるらしい。
しかし今日は美味しいお酒と紫の無理なお酌でべろべろに出来上がってしまった。
「と、とりあえず食器はお下げします。食後は御緩りとお休み下さいませ」
「藍、お疲れ様。片付けが終わったらゆっくり休みなさい」
藍は困った顔で微笑むと食器をお盆に載せて廊下に出て行ってしまった。
蓮子は食後に酒を飲んでばかりでは仕方ないと重い、何をしようと思案していると紫から話しかけられた。
「あなたたち何か面白いゲームか何か持ってきてない?」
紫はすっかり打ち解けたのか営業スマイルではなくて友人に接するような
態度で話しかけてくるようになった。
2人にとっても話しやすくてその方が良かったのだが。
「トランプと・・・・・・麻雀が」
蓮子が持ってきているゲームを恥ずかしげに告げるとやはり紫に笑われてしまった。
「ぷっ、女子大生が旅行で麻雀」
「おじさん臭いですよね」
メリーも一緒になって笑ってくる。
(おじさんで悪かったわねぇ・・・・・・好きなんだからいいじゃないのよ)
「それじゃあ3人は居るんだし三麻(三人麻雀)しましょうか?」
「さんせー!ほら蓮子!早く準備しなさいよ!」
「メリー、あんた酒乱の気があるわね・・・・・・」
蓮子が口にした通りメリーは酒乱のようでいつもよりも態度が大きい気がする。
蓮子は渋々自分のバッグから携帯麻雀セットを取り出すとの萬子の一九牌以外を外して
机の上で混ぜ始めた。
「麻雀なんて久しぶりですわ」
紫はそう言うと手際よく山を組むと手牌を揃え始める。
蓮子やメリーもたまに麻雀をしていたが2人しか居ないので3人目はシュミレーションである。
「悪いけどこりゃあ最初でハコ飛ばしちゃうかもね」
蓮子は配牌が良かったのかやけに強気だ。
蓮子の手は四暗刻狙いの一向聴。
「あら、怖いわぁ」
紫はからかった様子で牌を切り進める。
それから何分経っただろうか。
蓮子の和了り牌はすべて紫が握っている状態となっており蓮子がどれだけツモ切りをしても聴牌止まりで和了れない。
この調子で局がオーラスに差し掛かった時蓮子は河の流れがおかしい事に気が付いた。
しかし気が付くのが遅かったのだ。
結局オーラスは紫の独走でダブル役満。小四喜、字一色。河に字牌や風牌が流れないと思った矢先の事だった。
振り込んだのは親の焼き鳥メリーさん。
メリーは聴牌にも届かないまま点を搾り取られてしまった。
「久しぶりに麻雀したけれど楽しかったわ」
「こちらこそ・・・・・・メリー!しっかりしなさい!」
「みてよ蓮子ぉ・・・・・・ほぉら九蓮宝燈だぁ!」
メリーは相当酔っていて目が据わってしまっている。
「このお馬鹿、三麻でどうやって一九以外の萬子を持ってくるのよ!」
「へへへ~、全部蓮子のしぇきにん払いでぇす。スイーツ毎日奢る係りの刑に処す」
「意味分からないから!ほら水飲んで、横になりなさい」
「蓮子は優しいから大好き!」
「本当に仲が良いのね?羨ましいわ」
紫は少し寂しげな表情を見せると直ぐに笑って誤魔化しているように見えた。
「それじゃあ私はそろそろお暇しますわ、やり過ぎない程度に楽しんで頂戴な」
紫は含みのある言い方でそう言うと藍が出て行った襖を開けて妖しい笑みのまま部屋を去った。
「んぅ~、蓮子ぉ」
「何?」
メリーに返事を返しつつ部屋の時計を見ると10時を過ぎていた。
蓮子はお酒も飲んでるし早めに寝ようかなと考えていた。
「蓮子が欲しい・・・・・・」
はぁ?と蓮子は耳を疑った。
自分は自分であって物ではない、メリーが指す欲しいとは何の事なのか?
それを考えるよりも早くメリーの口付けが蓮子の紡ぎ掛けた言葉を塞ぎこんだ。
メリーのキスは先ほどから飲み散らかしていたブランデーの甘い香りがして蓮子の理性を揺さぶる。
アルコールの力なのか、蓮子の中で理性という鎖に縛られた欲望が解き放たれようとしていた。
蓮子の体が勝手に動く。
メリーを抱き起こすと明かりを消して1組の布団に縺れ込んだ。
このままこの行為を続けてしまっても良いのか?蓮子に疑念がよぎる。
「ぷはっ、ねぇメリー?」
「なぁに蓮子?」
「今日は最後まで?」
「もちろん・・・・・・」
メリーの肌蹴た浴衣がやけに色っぽく感じられて蓮子の興奮を煽るには十分すぎた。
長く深いキスがお互いの理性を溶かしていく。
まだ月が昇りきらない時間から始めたその行為はお互いを感じ尽くすには長すぎる余裕があった。
朝目が覚醒しない内から聴覚を頼りに辺りの状況を窺う。
雀の鳴き声、それと人の話し声が聞こえる。
蓮子が目を擦って辺りを見回すとそこは何時も見て来た風景だった。
頭がボーっとする。
顔を洗う為にベッドから降りようとすると背中から誰かに抱きつかれた。
メリーだ、寝ぼけているのか寝言を繰り返しながら放そうとしない。
「メリー、朝よ」
「・・・・・・んえ?」
寝ぼけたメリーの顔は辛そうで二日酔いでもしているかのような顔である。
「あぁ、蓮子・・・・・・昨日は少し激しかったね」
「・・・・・・知らない、早く歯磨いて・・・・・・あれ?」
頭が覚醒してきて蓮子は気が付く。
多少アルコールで記憶が吹っ飛んでいるが確かに自分達は民宿で宿泊したはずだと記憶を辿る。
浴衣を着ていたはずだが私服で床に着いている。オカシイ。
海から京都までは100キロ以上は離れているはずだ、気が付かれないように運ぶのは無理なはず。オカシイ。
部屋には内側から鍵が掛かっているし勝手にエアコンまで付けてある。オカシイ。
オカシイと思える不可解を突きつけられた。
「ねぇ蓮子、なんで蓮子の家に戻って来てるの?」
「知らない」
蓮子の口は震えている。
今更どう推理しようと遅かったのだ、今はただ自宅に戻ってきていると言う不可解な現実を受け止める事しか
出来なかった。
「夢でも見てたのかな・・・・・・」
「そう思いたいわね、じゃなければ化かされてたとか?」
少しでも空気を和まそうとありきたりな決まり文句を述べる。
メリーは何か思い出したように部屋を探し始める。
部屋の隅、海で使っていたクーラーボックスが荷物と一緒にまとめてあった。
メリーはクーラーボックスを空けて中から何かを取り出した。
「それ・・・・・・」
振り向いたメリーの震えた手には浜辺で拾った鈍色に光り輝く包丁が握られていた。
二人はこの件をレポートにまとめてミステリーとして取り上げようと企画した。
しかし話によるとそこには浜辺のある海なんて最初から無い上にバスも通っていない。
ましてや民宿や旅館なんてものは昔を遡っても1件も無いと言う事が調べて明らかになった。
家を出る前に確認した観光会社のハガキを確認しようとしたがハガキには全く見当違いな
懸賞応募の要項が記されているだけ。
居ても経っても居られず改めてその海に二人で出かけるとそこには海面上昇に伴った
砂浜の成れの果て、断崖絶壁になっていてとても泳げるような場所では無かった。
民宿があった道路を二人で並んで歩いて見たもののそれらしき建物はひとつも無かった。
蓮子とメリーはひと夏の思い出までが幻想だったのかと思うと切なくて。
お互いの手と手を強く握り締め、この場所で起こった出来事を
『さよなら』と言う言の葉に乗せて深く胸に刻んだのだった。
1つだけ誤字ではないんですが「外人」は差別用語なので、外国人か異人にしたほうがよろしいかと。
果たしてどこからまやかしだったのやら。あと地味に藍様が過労死しそうな気がw
勿論、あれが人肉でなく、血でなければ、ですが。
面白かったです。
やはり秘封と言えば旅行物。海で旅館(?)で、終始バカップル全開な二人のやりとりが良かったです。
本当は天狗の肉だったりして。もみじですって。
メリーが妖怪になる話は結構あるし!
ハッピーエンドが見えたぜ!
それにしてもみかんちゃんはかわいいなぁ
ホラーな部分もあったけど全力でちゅっちゅする2人のせいで気にならなかったw
次はホラー強めなのも読みたい
コメントありがとう御座います!圧倒的っ!感謝!
返信!
>>2 外人から異人に修正しておきました。差別いくない!
>>3 アレはですね・・・人肉です
>>6 藍様は橙が居る限り無敵です(キリッ
>>8 それは言っちゃらめぇ!
>>11 アレはですね・・・人n
>>12 スイカェ・・・棚の前のオレオ取ってオレオ!
>>16 もみじぃいいいいいい!
>>17 アレはですね・・・j
>>18 ハッピーエンドにしてみせる!
>>21 実はこの続きのストーリーも考えていたので載せられたらいいなぁと思って手を進めてます
とても面白かったです
夢現、好きかい?
表現が粗いけど初投稿とは思えないくらい楽しかったよ
途中ちょっと怖いところもありましたが…
しかし八雲一家は全力で蓮メリを応援してるなw
※この文脈では確かに「異人」の方が古風で良いと思いますが、
「外人」は差別用語ではないですよ!
参考:ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%96%E4%BA%BA
マヨヒガだけあって、一度出たら二度と戻れない屋敷か…
しかしこの八雲家、ノリノリだな
二人のために時空まで捻じ曲げるとは
お肉の件は予想がつきましたが、やはり紫様の口から直接語られた瞬間はゾクリとしました。しかも作者様は釘を刺すように人n(ryと繰り返す始末。平然とするメリーちゃん。……蓮子ちゃん逃げてぇぇぇ!?あ、でも蓮メリは世界の理だからやっぱらめぇぇぇ!!(自重
しかし何で八雲一家はあの二人の為にここまでしたのだろうか?気に入ったのかな?
なにはともあれ良い作品でした。素晴らしかったです。