Coolier - 新生・東方創想話

蓬莱の人の形

2010/09/02 02:26:51
最終更新
サイズ
38.84KB
ページ数
1
閲覧数
1700
評価数
4/20
POINT
880
Rate
8.62

分類タグ


「お前のことなんかもう知らない」
藤原妹紅は感情を押し殺し出来るだけ冷たくなるようにその声を放った。
その言葉に目の前の憎き女はその整った顔を大げさに歪ませて驚いて見せた。
でも妹紅は思っていた。
彼女はなにも驚いてなんかいないと、それどころかなにも感じてすらいないと。
彼女は落胆したかのようにその表情を変え、
「残念ね」
と、ただ一言つぶやいた。心にもないことを。
「なにが残念だ。お前を恨む人間が一人お前の前から消えるんだ。残念なわけがないだろう」
沸き立つ怒りとは裏腹に、妹紅は冷静に言葉を紡ぐ。
「いえ、私が残念なのはそのことではないわ」
彼女は踵を返し、
「私が残念なのは……」
冷たい笑みを浮かべて
「あなたがこんなに早く壊れてしまうことよ」
どういうことだ、答えろ!なんで去ろうとする!
まだ話は終わってないんだ!
待て!
待てって!
待ってよ!ねえ!
「輝夜!!」

ぼやけた視界にうつる伸ばした手が、ここ数年で見慣れることになった天井を掴もうとしている。
それは妹紅にとって最悪の目覚めだった。
『よりにもよって、あいつの、しかも、別れた場面そのものを、夢に見るなんて』
「まるで、フられたことを引きずっている女みたいじゃないか」
自分で言っておきながら頭の痛い内容だ。輝夜を憎むことはやめたハズなのに、今でもヤツのことを忘れられずにいる。
夢にまで出てきて人のことを悩ませるならさすがに腹を立てずにはいられないと思った。
「起きました?」
そういって開いた戸から顔をのぞかせたのは人里の教師、上白沢慧音だ。
「ああ、おはよう慧音」
彼女は妹紅にとって数少ない友人の一人であり、また人と生きることをあきらめた妹紅を人里と繋いでくれる大切な存在だった。
妹紅自身が好んで人里には近寄らないため、妹紅に対するお礼が慧音を通して妹紅の元に届く。
始めは、ただの偶然。迷いの竹林で一人の子供が道に迷っていた、なんでも大人に黙って竹林に筍を取りにいくことになり、その際に一人だけはぐれてしまったらしい。妹紅はそれを不憫に思い、人里まで案内してやった。
その話を聞いて妹紅の元に訪れたのが慧音だ。
竹林で死んだように眠る自分を見て必死に起こそうとする姿を妹紅は今でも覚えていた。
自分の生徒がその命を救ってもらった、何かお礼をさせてくれと、頭を下げるその少女に望むようなことなど特になかった妹紅は、なによりあまり人里と関係を持ちたくなかったこともあり、適当に
「じゃあ、なにか美味しいものが食べたい」
と一言返した。
翌朝は彼女、竹林に大量の食材を持ち込み
「台所をお借りしてもよろしいですか?」
と言った。
だがあいにく、妹紅には家がなかった。
というより必要なかったのだ。
雨風をふせがなくても決して死ぬことのない不死のその身体。
いつも適当な竹を見つけるとそれによりかかり、座ったままの姿勢で眠りに付いた。
思い荷物を抱えたまま人里に帰っていく慧音を見送ったその日もそうだった。
そして翌朝には妹紅の家が建っていた。
さすがにどうかと思い、慧音に抗議をしたのだが、彼女は言った。
「いいですか、あなたが助けた子供がもし大人になったら仕事をするでしょう。彼女の実家は着物を作っています。もし彼女が大人になったらきっときれいな着物をたくさん織ってくれるでしょう。それは里にとって貴重な財産です。それに彼女が結婚して子供が生まれたら里はまた一段とにぎやかになります。それは今ここにある食べ物や、新しく建ったこの家屋よりも尊いものなのです。あなたはその繋がりを、彼女の命を守ってくれたのです。ならば私はあなたにただそれだけのお礼がしたいのです」
つまり、彼女にとっては本当に教え子が大切で、また里のことを誰よりも愛しているのだろう。事実、こんな竹林まで呼び出された大工のおじさん達は嫌な顔ひとつせず
「慧音ちゃんの頼みじゃしょうがねえな」
と理由も聞かず仕事を引き受け、里に帰っていった。親切の押し売りもここまでくれば大したものだ。
きっと里に愛されているのだろうなと、妹紅は人事のように思った。当時は。
今では。
「おはよう妹紅、朝食の支度があと少しですから顔を洗ってくるといいですよ」
毎朝わざわざ里からごはんをつくりにくる彼女に。
「ありがとう、そうさせてもらう」
妹紅もまた頭の上がらない人間の一人だ。
おいしいものが食べたいっていうのはとりあえず一回だけでよかったんだけど、と後悔とも、よかったとも、思えるような言葉で思った。

外に出ると刺すような夏の日差しが迎えてくれた。
どうやら太陽は今日も朝から元気らしい。
妹紅は家の外の水瓶まで近づいた。
喉の渇きに気が付いた彼女はまず水を飲もうと思っていた。
それは、炎天下の中、水も飲まずずっと活動をしていると日射病になると慧音が言っていたからだ。
彼女自身、喉の渇きを潤すことには大した感慨もなかった。
人間的なことを気にかけるようになったのも慧音と会ってからだ。
蓬莱の薬を飲んでから、彼女は食欲や睡眠欲といった、なにかを欲する気持ちが薄くなっていた。
それは、不死の身において必要のないものだからなのかもしれない。
彼女にとっては、ただ憎しみさえあればそれでよかった。
だからこそ、必要のないものだからこそ、さして気にすることはなかった。
自分が『人間』という枠組みからどんどん離れていることには気づいていたが、どうせ人間とかかわることなど出来ないと思っていた。
慧音と会うまでは。
慧音は妹紅に言う。
飯は朝昼晩で三食食べろ。寝るときは布団の中で寝ろ。などなど。
慧音は逆に彼女に人間的な生活を送らせた。
それは、彼女が人間だからなのか。
それとも妖怪だからなのか。
慧音は妹紅のことを『人間』だと思っていた。
それは、妹紅にとって心苦しいことであり、同時にうれしいことだった。
慧音と会ってから、妹紅は人間としてその息を吹き返したのだと思う。
だからこそ、輝夜への憎しみは捨てたかった。
水がめの縁に柄杓がかけてありそれを手にとって、そのとき初めて彼女は気が付いた。
(目尻が少し赤くなっている……)
泣いていたのだろうか……
妹紅は輝夜を憎むことをやめた。
理由は簡単だ。
憎しみは輝夜を殺すのに、輝夜は決して死なない。
妹紅の憎しみが輝夜の不死を前に挫折したのだ。
妹紅の憎しみは満たされず、望みは叶わない。
それに、慧音に輝夜の話をすると、彼女は少しだけ目を伏せて悲しそうな表情で微笑むのだ。その表情が忘れられなかった。その表情を見て妹紅は思ったのだ。いつまでも過去の恨みを晴らすべく、永遠に復讐をするなど、全うな人間のするべきことではないと。
だから、輝夜を憎むことをやめた。
それでも、夢にまで出てきて人のことを悲しませるような奴にはさすがに恨み言の一つでも聞かせてやりたくなる。
(悲しい?私はなにを悲しんでいるのだろう……)
今の生活は充実している。
里の周りの警備。紅の自警団などと大層な名前も貰い、今では里の一部と認めてくれるような人間さえいる。
つい先日の永い夜の異変の時など、直接、里に赴いて慧音に代わって警備をしていたぐらいだ。そのせいでその異変の時になにが起こっていたか妹紅は知らないのだが。
誰かの役に立ち、人間としてこれほど充実している日々などここ千年なかった。
ならば、なぜ悲しいなんて言葉が出たのだろうか……
飲むつもりで柄杓に汲んだ水で顔を流し、水面に移る顔がまだ少し赤いことを知りながらも、妹紅は家屋の中に戻った。

まもなく日も沈むというころ、赤い夕日に照らされた竹林に妹紅はいた。
逢魔ヶ刻。
それはもっともアヤカシの類が出やすいとされる刻限だ。
だからこそ、彼女は紅の自警団として竹林を歩いていた。
このあたりの妖精に顔が利くため妹紅には適任の仕事だった。
とはいえ、妖精は少し強い力を感じるとまるで酒に酔ったように暴れだすので、もし力の強い妖怪などがいようものなら妹紅にもちょっかいをかけてくるのだが。
ふと、視界の隅に映る夕日に照らされてのびる影の中、そこにわずかながらに人の影を確認した。
「誰だ?」
その言葉に答えるように竹林から現れたのは、私の記憶にある一人の女性だ。
「お前は確か、輝夜の従者・・」
そう名前までは思い出せないが、この女は蓬莱山輝夜の付き人だ。
「八意永琳よ」
目の前の女性は妹紅の内心の疑問に必要最低限の言葉だけで返した。
「なんのようだ?」
妹紅は思わず身構えた。
分類するのであれば目の前の女性は敵であるのだから。
「年長者として一つ忠告に来てあげたのよ」
彼女はそんな私の様子を気にした様子もなく言葉を続けた。
「近いうちにあなたは亡くなるわ」
あまりの言葉に妹紅は一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。その一拍をおいて妹紅は思わず声を荒げて否定した。
「馬鹿をいうな!蓬莱の薬を飲んだ私が死ぬものか、輝夜の従者である貴様が知らぬわけがない!」
「もちろん知っているわ、蓬莱の薬をつくったのは他ならぬ私だもの。だからこそいえるのよ、あなたは亡くなるって」
「どういうことだ」
妹紅は意味がわからず思わず相手に聞き返すことになった。
「亡くなるのはあなたの心よ」
「ここ、ろ……?」
私は思わず彼女の言った言葉をそのまま口にした。
「たとえ体や魂は不死になろうとも人の心は永遠には耐えられないわ。思想は壊れ、思考は止まり、知恵は失せ、知識も意味を成さなくなる。あなた自身気付いているのではないかしら?あなたの心に寿命が近付いていることを」
そういわれて妹紅はふと思った。自分の心は壊れてしまうのではないかと。自分の中にどうしようもない空虚が潜んでいるのだと。
「私があなたに伝えることはそれだけよ、藤原妹紅」
永琳が去ったそのあとも、妹紅はしばらくそこから動くことができなかった。
日はゆっくりと沈んでいった。

上白沢慧音は夜闇に包まれた竹林を歩いていた。
時間は既に子の刻をまわっている。
こんな夜更けに、彼女は非常識にも人様の家を訪ねようとしている
正確に表現するならば彼女はこんな夜更け、非常識にしか、とある人の家を訪ねることができなかった。
慧音が目指しているのは永遠亭という、少し前まで文字通り、永遠を体現していた屋敷だ。
彼女はどうしても、とある人物に会わなければならなかった。
その名は、蓬莱山輝夜。
竹取物語に謳われる、かぐや姫その人だ。
彼女は、藤原妹紅と強い因縁のある人物だ。
それゆえに妹紅は苦しんでいる。
それこそ、夢にまでみるほどに。
慧音は思っていた。
妹紅は自分の友人であり、また、人との関わりを忘れてしまった教えることの多い一人の生徒でもあると。
彼女はそんな人間を放っておくことなんてできなかった。
慧音は思っていた。
自分は、傲慢で、頑固で、自分勝手で、偽善者で、恩着せがましい、そんな人間だと。
だが、同時に思う。
誰かの助けになりたいのだから仕方がないと。
罵られるのは仕方がない。
彼女を慕ってくれる人はたくさんいるが、彼女自身、やっていることは親切の押し売りに過ぎないと、そう思っていた。
それでも、放っておく事など出来ない。
目の前で自分が救える人がいるなら救いたい。
たとえそれがお節介でも、自分の心はそれで少し満たされるのだから。
つまり、上白沢慧音はそういう性分なのだ。
だからこそ、彼女は妹紅の苦しみの原因である、蓬莱山輝夜を訪ねることにしたのだ。
それが友人を理解する第一歩と信じ。
ところがここは迷いの竹林。
慧音は依然、昼にたずねたとき、丸半日ほど歩き続け、結局、永遠亭に辿りつくことはなかった。
故に日を改め、歴史喰いの獣ハクタクとして、訪れることにした。
空には満月。
彼女の頭には鬼を思わせる長い角が二本伸びていた。
満月の日、彼女は普段は人に見せぬ妖怪としての半分の姿をあらわにする。その正体は歴史喰いの獣、白澤だ。
意図的に隠された永遠亭の歴史を探す。それを隠蔽する歴史を食べる。永遠亭に続く歴史を創る。それは今の彼女にとっては造作もないことだった。
しばらく竹林の中を進むと、少し開けたところに大きな屋敷を確認した。
永遠亭だ。人里にもこれほど大きな屋敷は少ないだろう。それだけの物がこの竹林の中に忽然と建っていた。
その門の前、慧音は人が立っているのを確認した。
いや、それは人なのか。
『こんな時間にわざわざ門番のように待構えて?』
妖怪か・・?
妹紅の話を聞く限り、有り得ない話ではない。
引き返すべきなのかもしれない。
妖怪を相手にわざわざ好き好んで向かっていく人間など、それこそ、つい先日に彼女が出会った紅白の巫女か、はたまた白黒の魔法使いぐらいだろう。
知識と歴史の半獣、人里の教師である上白沢慧音は当然そのどちらでもない。
だが進む。
彼女は目的があってきたのだ。
争いは好まないが、その目的をなすためなら荒ごともやむなし。
『仕掛けてきたら仕掛ける……!』
一歩、また一歩と近付く。
鮮明に見えてくる人影。
少し近付くことで彼女にはすぐにわかった。
それは人間ではなくやはり妖の類であることが。
頭部からピンと生えた、あれは兎の耳のように見える。
兎の妖怪なのだろうか。
そういう意味では今の彼女も兎の妖怪扱いなのだが、彼女の頭部から生えているのは角であって耳ではない。
向こうもこちらに気が付いたのか、こちらのことをまっすぐ見つめている。
その瞳は、見ているこちらが飲み込まれそうな、狂おしいほどの紅。
月明りだけが照らすこの夜闇の中、まるでそれ自体が光を放っているかのような、そんな紅が二つ、爛々と輝いて見える。
だが、その妖怪はこちらに気付いていながら襲いかかってはこない。
『どういうことだ?』
考えているうちにも彼女の足はまっすぐ門を目指す。
そしてお互いの姿がはっきりと確認できるようになったところで、妖怪に動きがあった。
『来るのか……?』
ところがその妖怪はおもむろに閉じていた門を開け始めた。
「おまちしておりました!」
目の前の兎は満面の笑みを浮かべ明るくそう答えると、あっけにとられた彼女を余所に既に中へと案内する気に満ちている。
「待ってください」
さすがに状況が理解できなかったので、慧音が静止をかけた。
「え?まだなにか待つのですか?」
妖怪兎はきょとんとした表情で慧音のことを見つめ返した。
「いえ、そういうことではなく」
慧音は彼女に聞くか悩んだが。兎の返事を待つその表情に疑問を口にすることにした。
「私を、待っていたのですか?」
彼女には待たれる理由は微塵も思いつかなかった。
「ええ、師匠にいわれて結構な時間待っていましたけど」
その師匠という人物は自分の知り合いなのだろうかと慧音は思った。
「すみませんがあなたの師匠の名前を聞かせていただけないですか?」
だが、思い当たる節がなかったので名前を聞くことにした。
「はあ、師匠の名前ですか?」
兎の妖怪は、さすがに怪しく思ったのか。そのことを話していいのか少しだけ考えたが、すぐに問題はないと思ったのか口を開こうとする。その声は第三者の声に阻まれた。
「うどんげ、その方は?」
声がかかり振り返ると、そこには満月を背後に従えた一人の少女が空にいた。
目に映るのは黒曜石のように輝く黒、それでいて絹のような柔らかさを持つ膝まで伸びた髪、整いすぎた目鼻立ちは美しいと思う一方で、そ畏怖に似た、触れ得ざるなにかを感じさせる。
つまり、彼女こそが慧音が探していた人物だった。
「蓬莱山輝夜!あなたに話しがあってきた!」
輝夜はすぐになにか思いいたったようだった。
「へえ、私に?・・・うどんげ、彼女の案内はもういいわ」
すると、すぐに妖怪兎に指示をだした。
「え、ですが、師匠にまっすぐ部屋までお連れするように言われているのですが」
彼女は戸惑いを隠せない様子だ。
「えーりんには私から話しておくわ、行きなさい」
その言葉を聞くとうどんげは一人永遠亭の門の中へ入っていった。
彼女は後ろ髪を引かれるように、少しだけ二人のことを気にしていたがすぐに屋敷の奥へと消えて言った。
その姿を見送った輝夜は向き直ると私の方を向いた。
「で、私に話ってなに?」
私は早速、本題にかかることにした
「私の友人、藤原妹紅があなたのことで苦しんでいます」
それ自体にはまるで興味がないようだ
「へえ、それで?」
輝夜は生返事を返した。
「あなたなら、彼女が苦しんでいる理由を知っているのではないかと思い伺いにきたのです」
「妹紅が苦しんでる理由ねえ」
彼女は含み笑いを一つ
「なにか知っているのであれば、どうか教えてください」
輝夜はその表情を崩さずに言葉を続けた。
「あら、私なんか頼らなくてもあなたの能力なら彼女のことがわかるんじゃないの?ワーハクタクの上白沢慧音さん」
蓬莱山輝夜は上白沢慧音のことを知っていた。妹紅のことを気にかける少女のことを。慧音は内心の動揺を隠しつつ話を続けた。
「私は、ただ一度、彼女の願いもあって、藤原妹紅の歴史を隠すために能力を使いましたが、歴史を隠すため、半妖の白澤として彼女の隣にいるわけではありません。ただ彼女の心配をするために歴史喰いの力など不要。私は一人の人間として妹紅の友でありたい!それに……」
ここから先は言うべきかと、慧音は思った。
「きっと、私の能力を使えば、藤原妹紅を亡き者にすることができる」
彼女が蓬莱の薬を飲んだという歴史を変えたら、きっと、彼女は元の人間に戻り、今生きていることに因果が修正をかけるだろう。もちろん蓬莱の薬の持つ力がそれを許さないという可能性もあるのだが。
「へえ」
驚きもせず彼女はただそう答えた。
「そんな矛先を私は彼女に向けたくない」
それは慧音にとって本心であった。
「へえ、それでわざわざ妹紅の宿敵である私を訪ねたんだ?」
そのために回りくどいことをしたとも思うが。
「その通りだ」
それでも、絶対に嫌だったのだ。
「残念だけど、私からあなたに話すことはなにもないわ」
彼女はため息を一つ、門の中へ入っていこうとする。
「ま、待ってくれ」
咄嗟に輝夜に声をかける。
「あなたは……」
だが、その声は別の声に消されることになる。
「おかえりなさい、えーりん」
振り返るとそこには見知らぬ美しい女性の姿があった。
「それより、姫様、先程竹林に向かった者たちは姫様の差し金ですか」
「そうよ。妹紅へ刺客を送ってあげたのよ、久しぶりに、ね」
刺客を送るという言葉に驚きを感じたが、同時に妹紅に刺客など意味がないと慧音は思っていた。だが次の一言でその意味を知ることになる。
「中には、本当に藤原妹紅を滅し得る者もいたようですが」
永琳は事も無げにさらりととんでもないことを言った。
「だって刺客ですもの」
輝夜は妹紅を殺すつもりらしい。慧音は、輝夜が妹紅を憎んでいるとは思っていなかった。だからこそ、助けを求め永遠亭まで来たのだが、その考えは甘かったらしい。
「あなた、こんなところでのんびりしていていいの?あなたの大好きな妹紅が殺されちゃうわよ?」
我に返った慧音は全速力で永遠亭をあとにした、

蓬莱山輝夜は去っていく来客の背中に思わず嘆息した。
「私はただ悲鳴が聞こえたから救いの手を伸ばしてあげただけよ。燻る火種が、月まで届く不死の煙でね」
自画自賛ながら、中々に的を得た表現だと彼女は思った。炎は燃えるからではなく、消えそうになるからこそ煙を出すのだ。そして、月はどんなに煙が天高く上ろうと、なにもしない。ただそこにあり照らすだけ。だからこそ、炎が月へと至らなければならないのだと、輝夜はそう思っていたからだ。
「それより、えーりん酷くない?わざわざあの子の前で話すなんて」
「あら、当たり前じゃない、私は姫様と違って妹紅のことは嫌いだもの」
永琳はため息のように言葉を漏らした。
その姿を確認すると、輝夜は少しだけ笑みを浮かべた。その表情はまるでイタズラを思いついた少女のよう。
「妹紅を大事にするようにいったのは元々あなたじゃないの」
その言葉に永琳は顔をしかめて返した。
「確かに、言いましたよ、私は。地上に置いてきた蓬莱の薬を飲んだ者は、きっと、誰よりも強くあなたを思っている人だから、もし再会することがあったら大事にしなさいって」
言い終わって、永琳は額に手を当てて困ったような表情を浮かべた。
「そうよ。実際、あの子は誰よりも強く私のことを想ってくれた、憎しみという炎のような感情で」
それは永遠と共にある彼女には嬉しくてたまらなかった。
強い感情で誰かに想われていると、そう思うだけで心の奥が熱くなる
「私も従者としてあなたのことは想っているつもりなのだけれど?」
それは比べてもしょうがないことなのにと輝夜は思った。いや、本当は永琳だってわかっているのかもしれない。
甘いのもいいと思うけれど苦いのも嫌いじゃない。誰だってそのはずだ。だから輝夜はその思いをそのまま伝える。
「もちろん、私はえーりんの事が好きよ。でもあなたは優しいから。安穏な温もりより火傷するぐらいの熱が欲しくなる時もあるわ。永き時を生きるものだもの。私の気持ちだってわかるでしょ?」
永琳もまた、自分の気持ちを知っているはずだと、彼女は思っていた。
「その熱が尽きたとき後に残るのはそれまで以上の虚ろですよ」
永琳は知っているからこそ、全てを見通すような、そんな口振りで語る。
「あら、穏やかな不変の永遠には私もあなたも前回でこりたと思っていたのだけど」
永琳は困ったように頬を掻いてみせた。否定はできないといった顔だ。
あの永い夜より前、彼女達はただ不変の永遠の中にいた。
それは死を忘れた蓬莱人が最も強く感じた死の感覚だと輝夜は思っていた。
言葉にするなら『生きた心地がしない』。
不変故に永遠に近く、それ故に生きていけない。
私達、蓬莱の民は「永遠」を知る。
それは永く遠く続くこと。
そんな私達は『永遠』を理解できない。
それは終わらないことであり地上の民は言葉にすらできないもの。
彼らもまた、『永遠』を知らない。
彼らは月の民の知る「永遠」を『永遠』と言った。
死なないとあの世を理解できないというのなら、終わって始めて理解できる終わりなんて、それこそ理解なんてできるはずもない。
だからこそ、終わらないというのがどういうことなのが。
それは彼女には決してわからないこと。
いくら考えてもわからないからこそ蓬莱山輝夜は考えないようにしていた。
だから彼女は『生きていける』。
永琳に聞けば答えてくれるのかもしれないが、輝夜にそのつもりはなかった。
妹紅が苦しんでいる正体はそれなのだと輝夜は思う。
『永遠』の持つ意味に心が押しつぶされそうになっている。
でも、輝夜は知っている。
妹紅の心は決して死なないことを。
だから輝夜は永琳の危惧を否定するように言葉を続けた。
「あの炎は決して燃え尽きないわ、今は燻っているようだけど、すぐに思い出すわ。その炎が天高く燃えるのは何故なのかを」
彼女は、自然と笑みが零れたのを自覚した。
だから嬉しくて言葉を続けた。
「きっといつまでも熱をくれるわ、私を殺すために」
輝夜は思った、妹紅は私のことを想ってくれているのだと。

どれぐらいの時間がたったのだろう。妹紅は夜闇に包まれた竹林の中にいた。
あの言葉を聞いてから立ち上がれずにいた。随分永くそうしていたように思うが日が昇っていないことから、思っていたよりは時間が流れていないことに気付く。
あの八意永琳という女性の言葉が本当なら、きっと妹紅の心は死ぬだろう。
肉体の死は言葉にできる。それは自分ではなくなるということ
魂の死も言葉にできる。それは自分が存在しなくなるということ。
なら心の死は?
もし、壊れて消えて心は死ぬものだとしたら?
妹紅の身体も魂も決して朽ちることはない。
そんな妹紅の、心が死ぬものだとしたら?
それはきっと心が死んだまま生きることになる。
例えるなら人形。
技術で造られた形、その身体は壊れずとも。創り手が望んだ在り方、こめられた魂は損なわずとも。
心は決してそこにない。
妹紅は自分を失い、そして死ぬのだ。
空っぽの人形。
朽ちること知らぬ永遠。
欲が死に、感情が消え、妹紅は人形になる。
「これが罪人の末路か」
心とは、もしかしたら消耗していくものではないのかとも思う。
生きている内に、感情や感動という心を吐き出して、いずれ感じることができなくなる。
その心は既に消費してしまったのだから。
普通の人間ならきっとせいぜい百年分がきっと限界。
妹紅はその百年分をとっくに使い切ってしまったのかもしれない。
だから、心をすべて消費してしまったらから、彼女はなにも感じることのできない空虚な人形に成り下がるのかもしれない。
苦痛はない。
恐怖もない。
だけど、思った。
「少し、辛いな・・」
それを思うだけで暗澹とした、酷く鬱々とした気分になる。
ああ、でもまだ生きているようだ。
辛いと感じられる内は大丈夫なのだ。
いずれなにも感じなくなるのだろうけど。
藤原妹紅は溺れているのだ。
永遠という水底の見えぬ罪に。
身体は水を飲み重くなり私は底へ底へと落ちてゆく。
普通なら死んでしまえるのに。
死んでしまえれば楽なのに。
彼女の罪は決して逃がさない。
存在しない水底を睨んで落ちていく。
時間という重しが浮上を許さない。
幾千幾億と後悔を重ねたところで決して水面には辿りつけないのだから。
延々とただ奈落の底へと沈み続ける。
それに耐えきれなくなった時、心が死ぬのだ。
それがいつになるのかはわからない。
十年後か百年後か、もしかしたら明日すぐになのかもしれない。
妹紅は先刻から時間の流れが遅いと感じていた。
それはきっと先へと繋がる一秒一秒が心を殺そうとするからなのかもしれない。
「いっそ、早く殺してくれればいいのに」
辛いという感情など死んでくれれば人形になれるのに。
心が死んだところで決して楽になれないと知っていてもそう呟かずにはいられなかった。
突然、パチンと、竹林でなにかが光り、物音がした。
「……なんだ?」
それは次第に大きくなっていき、明確になにかが弾ける音なのだと妹紅に気が付かせた。
「妖怪か?」
なんにせよ。
こんな夜中に騒ぎたてるやつは静かにしてもらおう。
慧音ならそうすると、妹紅は思い、音と光のする方へと向かった。

迷いの竹林。
妹紅がどこにいるかまではわからないが上白沢慧音はなんとか間に合ったようだ。
「満月の日に来るとはいい度胸だ」
彼女は目の前の二人組を前にいう
「あの人間には指一本触れさせない!」
数の上での有利は相手にある。
実力も相当のものであると予想もできた。
それでも慧音はスペルカードを構えた。
ただ、友のために。

「幽々子様よかったんですか?」
魂魄妖夢は沸き上がる疑問を堪えきれず口から漏らした。
「あら?なんのことかしら」
その言葉を聞くと主である西行寺幽々子様は疑問で言葉を返した
「つい先程のことです」
彼女達もまた蓬莱山輝夜の薦めで肝試しに夜の竹林に来ていた。
「どうしてあの半妖を前に引き返すことにしたんですか」
けれど、今は竹林から去ろうとしていた。
「だって、あの先には私の求めているものはなにもないもの」
「どういうことです?」
妖夢は幽々子になにか特別な目的があったと今はじめて知った。
「妖夢、私たちはなんでここまで来たのかしら」
幽々子は質問を質問で返した。
「えっ、それはあの輝夜という人物から肝試しということで」
妖夢はありのままにことを話した。
その裏、本質など考えることもできずに。
「そう、私たちはあの宇宙人たちによって何者かにけしかけられようとしていた。あの永遠を生きる者たちが本当に倒したい、懲らしめたいと思う相手がいるなら、きっとあの従者が動くはずよ。じゃあ、なんでそれをしないか、それはつまり彼女達が懲らしめたくても懲らしめることができないということよ」
「懲らしめることができない?」
幽々子はこちらに振り返り、一度言いよどんでその言葉を口にした。
「あの先にいるのはきっと不死人よ」
突拍子もないことを言う。
「……不死人?」
思わず妖夢はそのまま聞き返した。
「あの従者が実力不足なんてことはありえないわ、つまり、どうやっても最初から倒せない相手なのよ」
不死人がいるなどと誰が想像できようか。
それこそ、突拍子のない妄想なのかもしれない。
ただ妖夢はその言葉を疑わなかった。
「幽々子様の目的はなんだったのですか?」
まだ妖夢はそのことを聞いていないことに気付き、つい口にしてしまった。
「あら、私の目的はいつでも単純よ。ただ満たされること、おなかとか、興味とか。だって亡霊ですもの」
お嬢様は満面の笑みを浮かべて答えた。
「そんな食べたらお腹を壊しそうな人間に、わざわざ会いにいく必要はないわ」
幽々子は帰るべく歩を進めた
「で、でも、そこまで気が付いていてここまで来たということは興味があったということではないのですか?」
あわてて追いつくように、妖夢が自分の疑問を言葉にした。
「……ええ、そうよ」
その言葉に幽々子は少しだけ目を細め驚いてみせた。
「だけど・・・あの牛の子があんまりにも必死だったから」
幽々子は悲しげな表情を浮かべて妖夢の目を見る。
「ちょっと可哀相って思ったのよ」
妖夢には意味がわからなかった。
幽々子がなにをもって哀れみの視線を向けるのか。
なにを哀れんでいるのか。
何故その哀れみ故に自分の好奇心を抑えるようなことをしたのか。
何一つわからなかった。
「……私にはわかりません」
こういう時、妖夢は不甲斐なさを感じた。
自分は半人前なのだと。
お嬢様の言っていることを理解できない、そう思うとそれだけで悲しい気持ちになった。
だから彼女は思わず声に出して思ったことを伝えた。
それは俯いたまま、押し殺すような声になってしまったのだけど。
「今はまだわからなくてもいいわ」
幽々子はそういうと薄く笑みを浮かべ彼女の頭を撫でた。
「ただあなたは私の側にいて」
その言葉に、妖夢は俯いたままだったが、力強く答えた。
「はい、私は御庭番ですから」
幽々子は妖夢がいつか消え、その願いも破られると思いつつ、会うことのなかった不死人の哀しみを感じた。

「咲夜、手を出しちゃ駄目よ」
嬉しそうな表情のお嬢様。
「御意」
名前を呼ばれた従者は主に一言だけ言葉を返す。
十六夜咲夜は目の前でこれから繰り広げられるだろう戦いを前に、少しだけ同情した。
それは主のレミリア・スカーレットに向けたものではなく、その玩具として定められた妖怪(?)に、だ。
その妖怪の必死の形相から、この先に絶対に行かせたくないと思わせるなにかがあるのは伺える。
それは少なくとも自分が物見遊山で行くようなところでないところだということもわかっていた。
同時に主であるレミリアお嬢様もこの先になどいかないであろう事も彼女には容易に想像できた。
いやもしかしたら既に、この先のことなど興味を無くしてしまっているのかもしれない。
レミリアお嬢様は既に玩具を見つけてしまったのだから。
二人の前に必死に立ちはだかる彼女。
満月を背にしたその姿が、妙に似合っていたから。
戦うのなんてもしかしたらそんな理由かもしれない。
理由はどうであれ、レミリアが今夜の踊り相手を彼女に定めたのなら咲夜にすることはなにもなかった。
咲夜は木にもたれただ時が過ぎるのを待った。

「霊夢、迂回するわよ」
「いいの?あいつらを放っておいて」
三人の目の前では妖怪が妖怪と争っていた
それは吸血鬼レミリア・スカーレットと上白沢慧音の戦いだ。
両者は接近戦を主として戦っていた。
その姿は圧倒的スピードで攻めるレミリアの一方的な狩りに見えたかもしれない。
レミリア自身はこの慧音を狩りの獲物ではなく歯応えのある強者と見ていたのだが。
「気にすることはないわ、私達の目的はこの先ですもの」
博麗霊夢はこのうさんくさい妖怪が妙に乗り気だからこそついてきている。
「目的ねえ」
彼女自身はなにも知らぬまま、ただ肝試しという名目でここにいた。
けれど、紫はそうではないらしい。
「紫、あんたなにを知っているの?」
さすがに気になって問う。
「あら、私はあなたと同じ、肝を試しにきただけよ」
嘯くように口元を隠して言葉を紡いだ。
「私だってなにもかもわかっているわけじゃないのよ。ただ、この後の推測を立ててどうなるかを勝手に想像しているだけに過ぎないわ」
既にこの先でなにが起こるか、紫だけは知っているのだ。
だからこそ、その内容を口にせず誤魔化すだけの紫に霊夢は疎ましさを感じた。
「藍、あんたよくこんなのと一緒で疲れないわね」
彼女はやり場のないその怒りを八つ当たり気味に、先行しているその式にあたることにした。
「まあ紫様は難しい方ですのでそう思われるのもしかたないかと、式とは主の手足となり動くものですので私に文句はありませんが」
と式の狐は苦笑してみせた。
「あらひどい言われようね」
本人にも自覚があるのか、それとも、藍に対して寛大なのか。
紫からあまり強い言及はないようだ。
「それより私はあなたの方が気になりますが」
藍はそんな紫の言葉を気にせず霊夢に向けて言葉を放った。
「私?」
霊夢は突然の切りかえしに思わずオウム返しに言葉を述べた。
「ええ」
藍は言葉を続ける。
「だって私も紫様もいわゆる大妖怪と呼ばれる類ですよ?前回の永夜異変の時は、ことがことだけにわからなくもないですが」
そう藍には前々から違和感があった。
たとえ博麗の巫女とはいえ、ただの人間であるこの少女に対して。
「妖怪は退治するわよ?」
霊夢は「何故自分たちを退治しないのか」と、言っているように感じたらしく正直に言葉を返した。
「いえ、そういうことではなく……」
藍はずっと思っていたのだ。
何故、ただの人間が大妖怪二人を前に憶することがないのかと。
藍は自分と紫が組めばいかなる魑魅魍魎であろうと倒せると信じていた。
それだけ、藍は自分の実力を、また主である紫の実力を信じていた。
だからこそ、後ろからついてきている少女が、のんきな顔をしている理由がわからなかった。
白黒の魔法使いなら口で強がりながら内心で怯えるだろう。
瀟洒なメイドなら、真剣に望み、警戒を怠らないだろう。
人間とはそういうものだと思っていた。
それなのにこの巫女は。
「藍、無駄よ。あなたのいいたいことはわかるけど、この子はちょっと特殊、一言でいうなら、すごく図太いのよ」
紫がすかさず口を挟んだ。
「本人を前に馬鹿にしてるの?」
その言葉に霊夢がしかめ面で抗議の声をあげた。
「いいえ、褒めてるのよ」
空を飛ぶ程度の能力
地球の重力も、如何なる重圧も、力による脅しも、彼女の前では意味をなさない。
「私にはそうは聞こえなかったんだけど」
幻想郷においては間違いなくトップクラスの実力者。
その力を『すごく図太い』の一言で済ましてしまう紫も紫なのだが。
「残念、人と妖怪が分かりあうのは難しいのね」
紫は誤魔化すように笑ってみせた
「それは同感ね、残念ではないけれど」
少女達は竹林を行く
音のなる方へ

竹林の一箇所、そこには地上であるにもかかわらず色鮮やかな星の輝く場所があった。
それは弾幕であり、なにかにぶつかるたびに閃光と破裂音をあたりに散らしていた。
「不死人なんだよな」
霧雨魔理沙はニヤリと笑みを浮かべ改めて向き直る。
目の前の敵、藤原妹紅に。
「なら、容赦はしないゼッ!」
とんがり帽子から自分の獲物を取り出して正面に構えた
「こいつをくらえー!『恋符「マスタースパーク」』!」
突き出された八卦炉から、触れたもの全てを飲み込み焼き尽くす極大の光の奔流が放たれた。
その光は『をおぉぉぅぅぅん』と日常においては決して聞くことのない奇妙な咆哮を上げながら一人の少女に向かっていき、あっさりと少女を飲み込んだ。
そして光はしばらく残り、そしてゆっくりと夜空へと消えていった。
その後には塵ひとつない虚空が広がっていた。
「もしかしてやり過ぎた?」
頬をかいて少し反省の表情を見せる破壊の主。
「どうみてもやり過ぎよ、あの相手にそんな火力は必要ないわよ」
隣にいたアリスがすかさず突っ込みをいれる。
「弾幕はパワーだゼッ」
力は開放するから気持ちいいのだと彼女は伝えたいのだけれど。
「弾幕はブレインよ」
アリスは顔色一つ変えずに否定した。
「今のだってどうみても魔力の無駄使いよ。効率を考えれば、私なら同じ魔力で同じ成果をきっちり三回と五割以上できるわ」
と、多くの言葉で否定された。
「なら、三回やってみるんだぜ」
そんな話をしている間にいつのまにか相手は復活、早くも臨戦態勢。
「いわれなくても」
彼女はスペルカードを二枚取り出した
同時に無数の人形が宙に浮かぶ。
『咒詛「首吊り蓬莱人形」』
大量の人形が弾幕を放ち続け、動きを大きく阻害する。
それだけで相手のミスを誘発するには十分な弾幕だが。
『呪符「ストロードールカミカゼ」』
アリスの手から放たれた釘が中空に浮かんだ三体の藁人形を貫き、高速で突撃をしていく。
先のスペルで大きく行動を制限された妹紅はその攻撃をかわすことが出来ず、人形は命中するたびに爆発した。
それもわざわざ丁寧に間隔をおいて三回。
「これで三回よ、あと五割をやるには十二分以上に力はあまっているけど」
「まどろっこしいやつ」
「力だけなら強いヤツなんて幻想郷にはいくらでもいるわ、そんなやつらとわざわざ正面から張り合う方が馬鹿げてるわ」
アリスはふんと鼻をならすとそっぽを向いてみせた
魔理沙は思った、自分は不器用なのだと。
アリスの言うとおり、力で幻想卿の妖怪たちと張り合おうなんて、普通の魔法使いである自分には分不相応。
だけど、それでも魔理沙は今の生き方しかできないと思う。
なぜなら、それが一番気持ちいいのだから。
「まったくお前ら人のことをスコア稼ぎの道具かなんかにしてないか?」
もんぺについた汚れを払いながら妹紅は抗議の声をあげる。
「そんなことはないんだぜ」
それは今の時点では嘘なのだけど。
「まあいいんだけどね」
妹紅はアリスの方を向き話す。
「それより・・・今の最初のスペル、首吊り蓬莱人形っていったかな」
言葉をためて口にする。
それは妹紅が幻想郷に来る前に知った知識だ。
「蓬莱とは楽園のことを指す言葉だ、私の知る蓬莱は永遠だった」
輝夜が不老不死の薬を楽園と呼んでいたのかまでは彼女も知らなかったが。
「今のは蓬莱と呼ぶに値するかな?」
アリスは即座に言葉を返す。
「人形はそれだけで一つの永遠よ」
その点において、アリスは絶対の自信を持っていた。
人形とは穢れのない、魂のない、そんな永遠だと。
そのために蓬莱人形は首を吊る。
絶対に魂など入ってこないように。
魂とて、『死んでいる』と主張する器になんて入りたくないだろうと。
アリスはその人形という永遠と、一人で物を考えて一人で動く心のある完全な自律行動の両立を、ひとつの完成形だと思っていた。
そういう意味では、アリスは目の前の人間が永遠を語ることには苛立ちを感じていた。
藤原妹紅は、魂も穢れもその身に宿しているのに、心を持ち永遠を語る存在なのだから。
アリスの考える自律人形には限りなく近く、まったく違った存在だ。
だからこそ許せなかった。
「なるほどね」
妹紅はその答えを聞いて納得していた。
やはり自分は人形になるのだと。
心が死んだとき、初めて本当の永遠となるのだと。
今の彼女では、たとえ死ぬことはなくても、永遠に『生きる』ことはできないのだから。
「なら私が見せるこれから見せるのは人の身がその人形へと変わり果てた末路だ」
彼女は新たなスペルカードを宣言した。
『「蓬莱人形」』
無数の弾幕があたりを囲い、円を描くように次々と中へ収束していく。
囲いは密度を増していく。
それを逃げ道をなくすように延々と繰り返す。
狭くなる逃げ道に魔理沙が思わず根を上げた。
「あれなんとかしてよ」
隣にいたアリスに助けを求める
「ご自慢の火力馬鹿の魔法でどうにかしてみたら」
アリスは嫌味をこめて言った。
それは、八つ当たりにも近いものだったのだが。
「燃料切れだぜ」
魔理沙は帽子の唾をあげ訴えるようにアリスの方を覗く。
「知らない。私はノルマをこなしたから帰るわ」
そういうと手近な弾幕の密度の薄そうなところを発見しそこに人形を放る。
『魔符「アーティフルサクリファイス」』
すると人形は爆発し、その一帯を飲み、爆破あとの残るきれいな空間をつくった。
彼女はその空間に素早く体を滑り込ませこの囲いを抜けていった。
そう、機を逃して中に取り残された霧雨魔理沙を置いて。
「待て!残りの5割が残ってるぜ!」
迫る弾幕を避けながら、魔理沙は必死に弾幕の向こう側に声をかける。
「あら、三回っていったのはあなたよ、だから三回よ」
向こう側にまだアリスがいるのか、冷たい言葉が返ってくる。
「あいつの指名はお前だろ!そのお前が逃げちゃダメだぜ!」
アリスは何が何でも帰るらしい。
「それはあちらの都合。私には関係ないわ」
魔理沙には不機嫌な返事しか返ってこない。
「さっきの三回っていうのは嘘だぜ、あと五割……」
とうとうあまりにも聞き苦しい言い訳をはじめる。
助けて欲しくてそれだけ必死ということなのだが。
「じゃあね、魔理沙」
アリスはあっさりと彼女を見捨てていった。
「う、うわああああああ」
中に残された白黒の魔法使いは内へ内へと収束する弾幕の渦に、騒がしく飲まれていった。
「ふう」
一人は帰り、一人は下でのびている。
一人残った妹紅はこれで竹林は静かになっただろうかと思った。
ところがその耳に騒がしい音が入る。
強い力を感じ妖精が暴れているのだろう。
新たな来訪者を相手に。
「今夜の竹林は妙に賑やかだな」
妹紅は新たな来訪者のもとへ向かった

妹紅は奇妙な高揚感を隠せずにいた。
それは目の前の来訪者が来てからだ。
その三人組の名前から蓬莱山輝夜の名前がでたのだ。
そして理解した彼女達は輝夜からの刺客なのだと。
だからこそ、意識は高揚していた。
それは憎き輝夜に向けるべき感情だったが、矛先は目の前の三人に向けられた。
「燃えてしまえ!」
彼女達の連携は巧みだった。
至近距離で藍が接近攻撃を繰り出し、少し離れたところから霊夢が藍に当たることも構わずに符を飛ばす。
紫は妹紅と霊夢から絶えず藍に飛んでくる攻撃を結界で防いでいた。
それは三対一などと生易しいものではなく、チームワークを考える必要のない全力の一対一を同時に二ヶ所で展開するという離れ業だった。
だからこそ妹紅は状況を打開するべく彼女達の動きを伺った。
そして行動にでる。
考えた行動は紫に守られていない霊夢の一点突破だった。
霊夢さえ突破してしまえば、後に残るのは結界で堅固になった藍とのタイマンだ。
そうなってしまえば不死の自分に分がある。
『虚人「ウー」』
藍の攻撃を完全に無視し、急な加速を持って霊夢に接近し不意の一撃で一人持っていく。
そのハズだった。
だが霊夢はその動きを縫うようにして完全に捕らえてみせた。
追いかけるように放たれた無数の爪の一撃は髪を結っていたリボンを切り裂くにとどまった。
もし妹紅が霊夢の能力の正体を知っていたら今の攻撃の無意味さに気付いたかもしれない。
妹紅はすかさず突き出した腕とは反対の腕を突き出し至近距離から広範囲に繰り出される弾幕を放つ。
だがその思惑は失敗に終わる。
振り返ると突き出した反対の腕がスペルカードを構えたまま藍の腕に収まっているのを確認することになった。
それは頭部に迫る藍の踵を視界の片隅に。
視界が反転し急なスピードと衝撃。
強く地面に叩きられた衝撃からか、はたまた、頭部に入った蹴りが原因か。彼女の意識は朦朧としていた。
彼女は奇妙に曲がりひしゃげ汚れた身体が治っていくのを人事のように確認しながらぼんやりと思った。
『おそらくこの三人の誰もが私より強い』
藍の攻撃を防ぐことはかなわず、紫の結界を突破することはできず、霊夢に弾幕を当てることはできず。
いくらでも戦うことができるが、痛みは体に強く残る。
そこに妹紅の限界がある。
実力で大きく離されている以上、どちらの限界が先に来るのかが問題になる。
だが妹紅は同時に思っていた。
『私の限界は痛みなのだろうか』
妹紅は戸惑っていた。
ここまで完膚なきまでにやられ全身は激しい苦痛を訴える。
それなのに、どこか清々しさにも似た奇妙な心地よさがあった。
『ああ、生きているからだ』
痛みを感じている。
だから、妹紅は思ったのだ。
私の心は生きているのだと。
痛みがある、決して慣れることのない全身の壊れゆく痛みが。
だからこそ、この刺激を感じる心には、限界のないように思えた。
伝えなければ、蓬莱山輝夜に。
心が生きていることを。
空を見上げると、そこには髪留めをなくした結果、黒髪を長く下ろした姿の霊夢がいた。
「・・輝夜?」
朦朧とした意識の中、ぼやけた視界に、藤原妹紅は、『蓬莱山輝夜』を見つけた。
「かぐやあああああ!!」
なにかが弾けて燃えた。
咄嗟に動かそうとした体がまだ完全には復活しておらず、立ち上がろうとした彼女は前のめりに倒れた。
だからこそ、即座に新しいスペルを創ることにした。
『「パゼストバイフェニックス」』
一度、肉体を捨てて、魂だけの不死鳥となり追いすがる。
超至近距離からの連続した弾幕。
さすがの霊夢も避けるので精一杯のようだ。
『「フェニックス再誕」』
続けざまに思いつきで新たなスペルを創る。
攻撃の手を緩めることなく、あたりに炎をばら撒く。
同時に中途半端に壊れていた体を一気に燃やしつくし、即座に再生復活する。
そのとき妹紅は理解した、心は燃えるのだ、と。
今にして思えば最初に燃えたのは他ならぬ彼女の心だった。
魂も肉体も省みず蓬莱の薬を飲み。
先のことなど知らず、ただそこに熱があったから。
だから藤原妹紅は燃えたのに。
何故、今ままで忘れていたのだろうか。
輝夜を思うとこんなにも心が熱くなる。
それだけで心が満たされる。
彼女の心は決して死なない、いつまでも永遠に。
突き動かす熱が、炎が、心を癒してくれる。
妹紅は目の前にいる者が輝夜ではないことに気づいていた。
それでも、彼女は全力を叩き込んだ。
生まれては死にまた生まれる、破壊と再生を繰り返す、その新しい弾幕を。
『「インペリシャブルシューティング」』
弾幕は消えない花火のように夜空に咲いた。

激戦を終えたその足で妹紅はそのまま一直線に向かった。
それは、最も会いたい人の下へ。
たとえ本気を出しても決して死ぬことのないあの人の下へ。
永遠亭の上空で、藤原妹紅は息を大きく吸いこむ
「私は藤原不比等の娘、藤原妹紅!」
そして声を張り上げた。
「今宵は亡き父の恨みを晴らすべく来た!」
反応をうかがうように一拍おいて次の言葉に続ける。
「蓬莱山輝夜はいるか!」
少しばかり演技がかった内容だと思ったけど
輝夜に知られたくないのだ。
藤原妹紅は満たされに来たのだと、満たしにきたのだと。
「ここに」
障子を開け部屋から輝夜が出てきた。
ほんの数年のはずだけれど、とても懐かしい気分になった。
思わず抱きしめたくさえなったほどだ。
だが笑みを浮かべそうになる口を強張らせ言葉を続ける。
「幻想郷のルールに乗っ取りスペルカード戦を申し込む!」
これ以上は何か変なことを口走ってしまいそうだったので妹紅はすかさず本来の目的に移した。
「もう寅の刻よ、いつまで遊ぶの?」
すっと、上空まで輝夜は上がってくる。
近くで見るとその姿は何一つ変わらず、やはり美しく、その表情にはうっすらと笑みさえ浮かんでいた。
だから妹紅は言った。
「お前が死ぬまでだ!」
永遠を共にするという誓いを。
歓喜と告白の言葉を。
「お前を殺す、私が殺す。お前に殺され、私が殺す」
積み重ねるのは憎悪の言葉。
それでも湧き上がる感情に憎しみなど欠片もなく。
ふたりは喜びに震えた。
ただ、相手が『生きている』こと感じて。
どうも初投稿なうそつきくらげです。
不死の身体、それを藤原妹紅は原作で『不便な体』といっています。
それってどういうことなんだろうと、思っていたら、こんなことを考えていました。でも、なかなか書くのは難しく、かれこれ三年ぐらい前からずっと考え、書いたり書かなかったりで、ようやく完成に至りました。
ここまで読んでいただきたいへんありがとうございました。
誰かに読んでもらう。それだけで私はとてもとても心が満たされるような思いです。下手な文章ですが、それでも自分の書いたものが読んでもらえるとうれしいのです。重ね重ね、ほんとうにありがとうございます。
お手数でなければ、なにかありましたら、気軽にメッセージをお願いします。
嘘月海月
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.540簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
内容は良く考えられていて、非常に面白かったです。永夜抄EXを舞台に、妹紅の意識の変化が良くあらわれていたと思います。
蓬莱の薬が不死を保証しているのは「肉体」だけで、「精神」は含まれていない。憎しみと言う建前の下で、二人は想いあい、支えあって生きている。と、いうこといいんでしょうか。

ただ内容とは別に、とても読みにくく感じました。何か、読んでいて息の詰まるような……。
最後まで読んでみると話の素晴らしさが分かるのですが、途中で読むことをやめてしまう人も出てくるのではないでしょうか。(それとも私だけ?)
淡々とした説明的な文章が長く続くから、ではないのかと思うけれど……具体的に説明できなくて申し訳ない。


>下手な文章ですが、それでも自分の書いたものが読んでもらえるとうれしいのです。
私もその気持ちはとても良く分かります。



あと、こちらは人によって意見が様々ですが、私が気付けたことを。
・「・・」ではなく「……」を使う方が無難。(細かいことだけれど、気にする方も多い)
・魔理沙の「――ぜ」「――だぜ」の使い方が不自然。「~なんだぜ」とは言わない気がする。
例)「燃料切れなんだぜ」→「燃料切れだぜ」「燃料が切れちまったぜ」など
4.90ダイ削除
初めまして、日本てるもこ協会会長のダイと申します

このたびはてるもこ作品の投稿をありがとうございます。あまりてるもこの絡みが少なかったのが気掛かりですが

「日本てるもこ協会公認」てるもこ作品と認定いたしますのでタグにつけてください

これからも良いてるもこ作品を書く為に精進してください
5.無評価嘘月海月削除
1番様 もともと寿命の永い月の民なら比較的ましですが、普通の地上の民の妹紅の心には、永遠はとてもつらい。だから二人は支えあう。あってます。言いたいことが伝わっているのですごくうれしいです。ありがとうございます
読みにくさは、とにかく心象や描写をたくさん説明しようと無理に詰め込んでしまったせいと、キャラ同士の掛け合いが極端に少ないのが原因になっているのかもしれません……
さっそくできるだけ修正してみました。読みにくいのは相変わらずかもしれませんが……
たくさん助言をいただき、ありがとうございます。

4番ダイ様 初めまして、嘘月海月です。全体的にキャラ同士の絡みの少ない作品になってしまいましたのでこれは『てるもこ』と呼べるのか、不安だったのですが。今回の作品は『てるもこ』のつもりで書いていたので「日本てるもこ協会公認」の称号をいただきとてもありがたく思います。さっそくタグにつけさせていただきました。これからも精進したいと思いますのでよろしくお願いします。
8.100名前が無い程度の能力削除
強い意志は人を生かすんですね。
胸が熱くなりました。
10.無評価嘘月海月削除
9番様 コメントありがとうございます。強い意思、感情、感動、思い、そういったものが人間の生きる糧になるのだと私は思っています。心に熱があればそれだけでなんでもできるような気になります。私はあなたのその言葉でまだまだ燃えることができそうです。ありがとうございます。
13.80名前が無い程度の能力削除
あまり言いたくはありませんが「〇〇〇〇公認」とか自称でしかないので
つけろといわれてつけるのは良くないです。
「てるもこ」のようにカップリング表記なら有りですが
上の表現だと「なにを勝手に公認してるんだ」と印象が悪く思われる場合もあります。
作者様がこれでいいと納得しているなら申し訳ありません。差し出がましいことを言いました。

作品は永遠に生きる者達のつながりや想いが感じられ良かったです。
永EXの物語として楽しめました。
ただ少し読みづらい気がしました。知の文とセリフの間を一行空けると読みやすくなると思います。
次の作品を楽しみにしています。
14.無評価嘘月海月削除
14番様 ありがとうございます。
言いたくもないようなことを口にさせるような事態になり申し訳ありません。
ここでの常識には疎く迷惑をかけることになりました。申し訳ありません。ありがとうございます
想いや繋がりの描写は書いてる途中もよく悩みました。
それを良かったと思っていただけるのはとてもうれしく思います。
悩んだ分、報われました。とてもありがとうございます。
次の作品なのですが、その前にこの作品をより読みやすい作品に仕上げたいと思います。
ですので、次の作品を書くのは少し遅くなってしまうかもしれません。
それでも期待に答えられるよう、必ず書きますので、よろしくお願いします。親切にありがとうございます。

ダイ様 てるもこ公認していただきありがたくおもいます。
ですが、どうやらあまりタグに残すようなものでもないようなので、大変申し訳ありませんが、一度、公認タグを外させていただきます。
勝手な話ですが、私もてるもこが好きですので、代わりにてるもこタグという形で残させていただきます。申し訳ありません。