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掴めない勇儀さんの話 ~料理編~

2010/09/01 05:49:55
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※この作品は作品集124『掴めない勇儀さんの話~準備編~』の続編にあたります。
 まずはそちらをごらんください。


 

 前回のあらすじ
 突如勇儀さんに発生した桃色パワーによって勇儀は常に1000万パワーに!
 そこへやってきた我らが橋姫さんは『恋はいつでもハリケーンだ』と言い残しリア充になり損ねた。
 さとりはこの状況をなんとかできるのか。









「なんとか……できるのかしら」

 バキグシャドガベキンペロメキャズドドドドド……
 目の前で恋に燃えながら食器を砕き、床をぶち抜き、調理器具を吹き飛ばしながら『料理』という破壊行動を続ける勇儀を見て私はため息をついた。
 何を妄想しているのか『あーもー』とか『キャー』とか言いながら物を破壊していく。
 『乙女パワー』によって妄想力と攻撃力が増加され、手がつけられない。
 その目はまさに乙女。その姿はまさに悪鬼。
 ここまで対極的な図があるだろうか。
 しかしそうずっと考えてはいられない。
 何故なら地霊殿の台所……いや台所だった場所はもう戦場と可している。
 
「勇儀! 勇儀ったら!」
「何よさとり! 私の恋路の邪魔をするわけ!? そんなこと許さないんだから!」
「とりあえず落ち着いて、もう食器も調理器具もないわ。というか大破したわよあなたのせいで」
「大丈夫よ! いざとなったら素手があるわ!」

 勇儀も破壊対象が無いことに気づいたのかチョップの体勢で私の前で停止していた。その手で何を割る気だ。そしてふぅーふぅーと声を荒げるな。
 何を言っているのだろうか、目の前の親友だったモノは。そう思い彼女の心を覗き見る。











 これは勇儀の心の中である。

 ズダダダダダダダダダ・・・・
 誰の視点だろうか、寝起きに凄まじい音が聞こえる。

『~~♪ ~~~~♪』

 鼻歌と共に響き渡る謎の轟音。まさに不協和音だ。
 眼を開けて音の方へ視線を向けると古びた台所……いや鉄くずになったシンクと 鉄の塊になったコンロの前に少女が立っている。
 少女は猛烈な勢いでチョップを決めて何かを叩き、いや叩き斬っている。
 すると彼女は起きたことに気がついたのかスキップ気味に寝ている私に寄ってくる。

『お・は・よ♪ 今日は君の大好きなおかずだゾ☆』

 と少女、星熊勇儀は手のひらに乗ったカツオのタタキを乗せて私の口に……













「ってアホかぁぁぁぁぁぁぁ!」

 冷静な私が突っ込んでしまうほどの意味不明な妄想だった。
 もはやこれは乙女妄想などではない。
 素手ってそういうことか。
 包丁も皿すらも素手で代用、愛があればLove is OKってレベルじゃない。
 この調子だと相当に勇儀はおかしくなっている。いや、今更だけど。
 私は勇儀の肩を掴むとガクガクと揺らし、それを止めたあとでこう言った。

「勇儀、ちょっとここで待っててちょうだい。すぐに帰ってくるから!」
「え? 待ってよさとり! 何か……何か殴らせてよ!」
「……とりあえず落ち着きなさい。代わりの食器を持ってくるから」

 私がそう言うと勇儀は急にしょぼーんとした顔になる。
 あれか、想いのぶつけ所が無くなるからか。
 今完全に親友から贄として見られていたことに驚きながらも私は出口へ急ぐ。
 そうでもないと真剣に彼女の構えたチョップが私の脳天を貫くだろう。

「とりあえず私が来るまで告白のシュミレーションをしてなさい!」
「こ、こ……告白だなんてキャー!」

 恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めて今決める三歩必殺。
 ……地霊殿の台所が消滅した。
 しかしそんなことには目も暮れず私は外へと走り出した。
 この事態を打破するために。













 そして丸一日をかけ……何とか調理具を手に入れ私は地霊殿に帰って来た。
 スキマ妖怪に頼みこみ謎の世界へ飛ばされてで裏とか呼ばれる料理軍団と八つの調理具を奪い合った。
 また別の世界では調理具を貰うために料理を出したら口からレーザーで反撃された。
 別の世界では天使のスプーンとやらをもらったりしてきたがどれも勇儀には使えそうもなかった。
 何故なら勇儀に必要なのは『性能』ではない。『耐久力』だから。
 どんな力にも耐えられる圧倒的な耐久力。
 百人乗っても大丈夫なんてレベルではまだ足りないだろう。
 そう考えて辿り着いた結果。それがこの調理器具達だった。
 コイツらならやってくれる……そんな感じのするヤツらだった。

「どうしたんですかさとり様! そんなにボロボロになって!」
「そうだよお姉ちゃん! どこか行くなら私達も連れて行けばいいのに!」

 私が地霊殿に入るなり私に二人が駆け寄ってくる。
 恋人繋ぎしながら駆け寄ってきたことは気にしないでおこう。
 お燐は私の背中にあるモノを見てギョッとしてすぐさま訊いてくる。
 何故かこいしと一緒に息を合わせて。ニパッと笑顔で同時に。


「「これなーに?」」
「……調理器具」


 …………沈黙が広がる。笑顔のまま固まる二人。

『調理……器具? あの金属の塊が?』
『どうみても鎖っぽいのとか大リー○強制ギプスみたいのがあるんだけど……』
『あれで料理? それってどういう……』
『まさか……そうよ! あれよ!』
『そう! お姉ちゃんが勇儀お姉様を料理するのよ!』
『……まさか一晩でそこまでイクなんて……』
『お姉ちゃんたらドS……』

 誰がドSか。イクとか言わないで。
 いつの間にテレパシーを会得したんだろうかこの二人は。
 そしてこの子達の思考回路はいつからこんなにも歪んだのだろう。
 この二人からも若干の『乙女パワー』を感じるのは気のせいだろうか。
 私はその点に触れるのを諦めた。
 もし触れてしまったら私までソッチの方向へ向かいかねないからだ。
 
「それじゃ私は台所に勇儀を待たせてるから……行くわね」
「「いってらっしゃーい!」」

 と笑顔で私を見送る二人。今だ恋人繋ぎ。
 
『台所という名のベッドへ行くのね……』
『勇儀お姉様……』

 いつからお姉様になったのだろうか。私にはお姉ちゃんなのに。
 いや、分かっている、分かっているのだマリア様的にはそれが正しいと。
 そして、

「それじゃ行こうかお燐……今日も可愛がってあ・げ・る!」
「キャー恥ずかしいですよこいし様!」

 なんて喋っている二人のことはもう忘れたい。なかったことにしたい。
 猫だけにネコってことか。そうなのか。
 私はドSの変態疑惑を妹とペットに突き付けられたのを無視し、台所へ向かった。
 正直お空を見たくなかったからだ。
 もしもお空まで汚染されていたら……私は立ち直れないかもしれないから。










 丸一日経ったはずなのに勇儀はまだそこに立っていた。
 地霊殿の台所であった場所。そこで立ちながら何かをブツブツ呟いている。
 心を読まなくても漏れ出す『乙女パワー』で周りがピンク色に染まっているのだ。

「勇儀? 調理具が揃ったから移動するわよ」
「結婚してからは子供は3人……一姫二太郎がいいよな……子供はしっかり寺子屋に通わせて……そうだ! 老後の蓄えも必要だし……」

 ……どこまで妄想しているのだろうか。
 でもまぁ恋する乙女が丸一日悩めばそこまでいくのだろうか。
 私も恋をすれば少しでもその心がわかるだろうか?
 その心を知ろうと一瞬読もうかと思ったが老後の縁側の光景が見えそうだったのですぐさまやめた。
 私はブツブツと呟き続ける勇儀を押しながら地霊殿を出る。もちろん調理具を持って。
 パルシィさんが大往生している今、行ける場所はあそこしかなかった。
 そしてすでにコンタクトは取ってある。
 正直これ以上人を巻きこみたくないのだが……仕方がない。
 










「はぁい! 超地底アイドル! ヤマメちゃんです☆★☆」

 ドアを開けるなり燦然と輝くミラーボールの下でキラッと星を飛ばす女がいた。
 見なかったことにしたい。事実ドアにかけた手は閉めようと力が篭っている。
 しかしそこで私を押しとどめたのは、もはや来世での出会いを妄想し始めた勇儀の存在とここに依頼したのは私だという気概からだった。

「お話は聞いてるよん☆ 台所を貸してほしいんでしょ? どうぞどうぞ☆」

 いちいち星が飛ぶ。そしてミラーボールのあるステージから降りない。
 さすがはステージ観覧型レストラン『超地底飯店 メメ』店長である。
 ここの料理を食べた客はその味に病みつきになると言う。
 その店長からは営業中はステージから降りないという覚悟が感じられる。

「今日で裏に行く子は二人目だ☆みんな~祝福してあげてね~☆★☆」

 中のお客が何故か私達に拍手をしてくれる。生温かい視線と共に。
 超地底アイドルヤマメちゃんに言われステージの裏に回ると上から声が聞こえてくる。

「2名様、裏メニューにご案内~」

 天井に張られたワイヤーから吊るされた桶からひょっこりと少女が顔を出す。
 桶には札が付いており、『超速機動桶キスメちゃん』とあった。
 裏メニューというのは引っかかるが台所へ案内すると言うので付いていく。
 店の天井全てにワイヤーが引いてあるらしくそのワイヤーをスルスルと進んでいくキスメちゃん。
 店の奥は意外と広くどこまでも続いている。
 所々ドアが開いており、様々な物が見える。
 大きな豚が切られている部屋。
 大量の野菜をミキサーにかける場所。
 四角いクラフト色の何かを煮込む場所。
 ピンク色のミラーボールが輝く場所。
 明らかに大きな回転式のベッドのある場所。
 明らかに無駄に部屋がある気がしたがその辺はスルーだ。
 
「フリーで使える台所はここ、ごゆっくり」

 そうキスメちゃんは言うと高速で去って行った。
 案内された場所に着くと先ほどまで貴族と平民の許さない恋について呟いていた勇儀がハッと眼を覚まして中に入る。
 私も中に入るとそこは今までの空間とは全く違うものだった。
 6畳一間の小さな空間。
 神○川が流れてきそうな古い畳の部屋。
 窓の外には狙ったかのように川が流れている。

「…………あ、あああ」
「勇儀?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………
 なんだこれは。勇儀からものすごい威圧感を感じる。
 これはまさに『乙女パワー』の暴走だった。
 確かに新婚カップルのシチュエーションとしてはもってこいなのだ。
 さっきまで結婚……もとい告白妄想をしていた勇儀の心に火を点けるには十分だった。

「さ、さとり……私はやらなくちゃ……」
「……何を?」
「私には届かない高いところにいるあの人の……心を掴む料理を!」

 良い意味で覚醒して、悪い意味で目が醒めた勇儀を見て私はまた覚悟を決めた。
 ここからが正念場である、と。












「これが……調理具?」
「そうよ。それはあなた専用の調理具。ジョ○ンニが一晩でやってくれたわ」
「私……専用の……花嫁道具……!」

 彼女が着ているのは可愛らしいシャツにフリフリのエプロン。
 手には可愛らしいミトンを着けて。
 手には長めの包丁も持っている。コンロには大きな鍋が一つ。
 その横にはまな板も用意してある。
 だが無論ただの調理具ではない。
 シャツとエプロンは強力なバネを使用した強制ギプス。
 ミトンも超磁力によって手の力を抑える構造に。
 包丁は握りつぶされないよう『取っ手』だけ緋々色金で作られている。
 鍋も接触を考慮し超○金Zをを採用。
 まな板も同様に衝撃に耐えられるように超合金○を使用している。
 さすがにこれならば調理具が破損することはないだろう。







 そう、『調理具』はだ。







「頼まれたモ・ノ☆持ってきましたよ~☆★☆」

 超地底アイドルが具材を置いていく。
 これはすべて地霊殿にあった私の選んだ具材達だ。
 味噌。わかめ。そして……






 豆腐である。





 豆腐は、大豆の絞り汁(豆乳)を凝固剤により固めた食品である。
 液体を固めただけのものすごく柔らかいものなのだ。
 つまりここからは……勇儀の力の見せ所である。別の意味で。
 私は事前に大量の豆腐を仕入れていた。
 まぁ明らかにどうなるかが分かり切っていたからだ。
 私の知る限りのありとあらゆる豆腐を用意したつもりだ。
 山のように積まれた四角い豆腐。
 その中に勇儀を止められるものがあるのだろうか。

「……さぁ! 料理開始よ☆」

 勇儀に超地底アイドルが移ったのだろうか、それとも思い出したくないピンクな妄想が現実化したのか。私にはわからない。












 
 だが勇儀はギプスをギチギチと言わせながら鍋に適量の水を加える。
 そして火にかける。一応基本は出来ているようだった。
 だが、

 ドガガガガガガガガガ……

 今だかつてここまで壮絶な音をするわかめを切り方があっただろうか。
 まな板を打ち砕かんと言わんばかりにわかめを切り刻んでいる。
 そして私はあることに気が付き絶望した。
 
『うぎゃぁぁぁ! 助け……助けてくれ! 俺らはそんなに強く切らなくても切れるってんだよぉぉ!』
『なんでこんな……ひどすぎるよ……繊維がボロボロだ……』

 ワカメ側も相当な痛みが伝わってくる。つい目を逸らしたくなる。
 これが覚りとして生まれた宿命か。ワカメ達の悲鳴が響き渡る。
 料理を教えると言うことは、勇儀によって蹂躙される食材の、調理具の苦しみを私が聞かなければならないということだ。

『敵攻撃、第三装甲を突破!第四装甲の損傷率が早くも70%を超えています!』
『……このままでは我らは持ちません! 主任! ご決断を!』
『……どうすることもできんよ……我らはまな板の上の鯉ですらない。まな板なのだから』

 まな板にも色々とドラマがあるようだ。何故ドラマチックなのかは置いておくとしても。
 調理具、具材、その全てが悲鳴を上げている。私が選び、私が連れてきた具材達が。
 それに勇儀は全く気付かない。乙女の顔で料理という名の虐殺を続けるのだ。
 私は遂に目を逸らしてしまう。すると何処からか……渋い声が聞こえた。

『目を逸らすな。どんな結果であれ、あれがアイツらの生き様だ』

 私は回りを見渡す。だが何処にも声の正体は存在しない。
 しかし今の言葉で私の目は醒めたのだった。
 そう、私はこの阿鼻叫喚の空間の中で勇儀に料理を教えねばならない。
 ワカメを破壊しつくした勇儀。その顔は晴れやかな乙女そのものだ。
 
「なぁさとり! 私うまくできてるよな! 料理のできる乙女だよな!」

 ……見た目だけならワカメはしっかり切られている。見事なほどに。
 そしてキラキラしているその親友の目を裏切ることは私にはできない。

「え、えぇ。しっかり切れてるわ。次は味噌を溶かしましょ。豆腐は最後でいいわ」

 そう、豆腐は最後でいい。難関は最後にしなければならない。
 ケーキの苺とは違う。強いて言うなら海底宝○庫の右の方くらいの難関だ。
 勇儀はこの先待ち受ける試練など気づきもせずにワカメを鍋に投入し味噌を溶かしている。
 次に訪れるのは決戦なのだ。それに勇儀は気づいていない。
 止めることなく流れていた『乙女パワー』と勇儀が真剣に勝負しなければならない。
 そしてそれは勇儀と豆腐との勝負でもある。

『そう、だがその勝負に豆腐の勝利はねぇ。あるのは生か死か……いや、潰れなくても胃袋行きだ。どうせ死だな』

 またもや声がする。私はハッと辺りを見渡すとその声を主を理解した。
 彼は大量に持ってこられた豆腐のうちの一つ……いや一人だったのだ。
 勇儀が味噌を溶かし終える。ここから始まるのは……あまりに一方的な……死刑執行だ。

「さとり~。味噌溶かし終えたよ? 次は豆腐だよね?」
「えぇ……そうよ」
「どうしたんだいさとり? 顔色が良くないね」

 勇儀もいくらか平静を保ち始めている。
 これならば、これならば行けるだろうか。
 惨劇を……回避できるだろうか。

『嬢ちゃん、ここは言わなきゃならねぇぜ。そうでなきゃあの子は止まらない……全てを破壊しちまう』

 豆腐の固まった場所から一つだけ離れた豆腐が言う。
 そうだ、私は今勇儀の料理の師なのだから全てを伝えなければならない。
 私は豆腐の声に押され口を震わせて勇儀に伝える。

「勇儀……ここまでは私が手伝うことができたわ……だけど」
「だけど……なんだよ!」
「ここからは……あなたが乙女パワーに立ち向かわなきゃならない……どうしてかわかる?」
「……どういうことだってばよ!」
「豆腐はとても柔らかいの。だからここからはあなたが乙女パワーを制御して豆腐を守らなきゃいけない……潰れた豆腐の味噌汁なんて誰も見たくないわ」
「そうじゃ私は……一人で戦うのか? この乙女パワーと!」
「いいえ、違うわ勇儀。私はあなたの味方だもの。しっかり……見届けてあげる!」

 私の強い言葉に勇儀はフルフルと震えると大きく頷いた。

「そうだよな……この力だって私の力なんだから……」
「そう……豆腐を掴むということは崩れやすい心を掴むことと同義……つまりここからの味噌汁の行程は心を掴むための修行なのよ!」
「あの人の心を掴むための修行……」

 勇儀の中の乙女が再び燃え盛る。
 周囲が桃色に染まり、空間に圧力がかかる。
 
「やってやるぜさとり! 私は……やる!」

 勇儀の熱い赤の心と桃色の心が組み合わさって最強に見える。
 だがそれはすぐにでも敗れかねない均衡だ。
 この二つを制御して勇儀は豆腐を掴まなければならない。
 ……けしかけるのは間違っていただろうか。

『いいや、間違っちゃいねぇよ。どの道あの『乙女パワー』の暴走を食い止めるにはあの子自身の『気迫』が必要だったからな』
「でもあなたを危険にさらしてしまった……」
『何を言ってるんだ嬢ちゃん。俺は食材だぜ? 死ぬことなんざ怖くないさ』

 何故だろう。声をかけてくれる豆腐の声はぶっきらぼうだけど優しくて。
 私のことを考えてくれていて……。
 たった数度の会話しかしていないけど……彼は他の豆腐とは……違う気がする。
 私は胸の奥で何かが鼓動をしているのを感じた。
 
 ……そして勇儀と豆腐の戦いが始まったのだ。

















「まずは……これだよな……味噌汁と言えば!」

 勇儀が豆腐の群れから取り出したのは小さな絹ごし豆腐だった。
 非常に柔らかい、味噌汁の定番。
 確かに『味噌汁として』のセレクトはいい。だが、
 
『無理だ。あんなひょろいガキじゃ潰れちまう』

 彼の言葉通り勇儀が豆腐をしっとりと手のひらに乗せ、少し力を入れた瞬間。
 
『嫌だ……嫌だ……うわぁぁぁぁぁぁ!!!』

 ベシャァァ!!
 酷い断末魔共に絹ごし豆腐は砕け散った。
 勇儀はそれを見て絶望的な顔をする。力の制御の失敗に気づいたのだろう。
 だが私は見届けると言ったのだ。それを撤回する気はない。

『そうだ、見届けてくれ。それが食えなくなっちまった俺らへの供養になる』
「豆腐さん……」

 この時私は気づいていた。何故彼が豆腐の群れから外されていたのかを。
 ……彼は……高野豆腐だったのだ。
 高野豆腐は普通の豆腐とは製法が違う。
 つまりはずれものなのだ……と。















 それから勇儀は次々と豆腐にチャレンジしていった。

『うわぁぁぁっぁ!!!』『キャァァァァァ!!』『かはっ!!』
 寄せ豆腐、おぼろ豆腐、胡麻豆腐。その全てが勇儀の手によって粉砕されていく。
 ならば大きければ力が分散するだろうと大きな豆腐にチャレンジしたがそれも無駄だった。
 包丁で直に切ろうとしたが包丁から出た衝撃波が豆腐を木端微塵にしてしまう。
 
「うぅ……静まれ……私の右腕……!」

 腕を抑え屈みこむ勇儀。
 豆腐を潰していくうちに勇儀の心も疲弊していく。
 私にはできないのではないか。
 お嫁にはなれないのか。
 という不安が心を支配し始めているのだ。
 だがそう思うごとに彼女は自分の手を見つめ、彼の大きな手、大きな背中を思い出して気を取り戻していた。
 










 
 豆腐と勇儀の激戦が続く中唐突にそれはやってきた。
 勇儀の動きが制止する。たった一つの豆腐の前で。

『来たか……』
「来たって何がです?」
『《ヤツら》さ……』

 ヤツら? そう私が思ってすぐ勇儀が向かう豆腐の方から思念が飛んでくる。
 まさか勇儀もそれを感じとっているのだろうか?
 ……私の周りにはテレパシー使いが多いらしい。

『俺を今までの寄せ集めの豆腐と同じだと思ってもらっちゃ困る……』
「なんなんだこの威圧……」

 勇儀が威圧に気圧されている。私も固唾を飲んで様子を見る。
 するとその豆腐は下卑た声で叫ぶ。







『俺は木綿豆腐! 煮たあと菜箸で同じ所を10回刺されても崩れないぞ……!』






 そうか……木綿豆腐か! 比較的煮崩れしない堅い豆腐。
 勇儀が無意識に柔らかい豆腐ばかりを破壊したために堅い豆腐が残ってしまったのか!
 それならもしかすれば……

「……こいつならいけるかもしれない」

 勇儀も希望を見出したのか目に光を宿して木綿豆腐に手を伸ばす。
 そして……勇儀の手が木綿豆腐を……掴む!














『さぁこい勇儀! 俺は一度握られただけで砕けるぞぉ!』

 ぐしゃぁ!……ポタポタ……
 
 木綿豆腐は砕け散り、床に残骸が散乱する。
 一般的に堅いと言われる木綿ですらそうなのか……そう考えた瞬間思念が飛んできた。





『木綿がやられたようだな……』
『しかし奴は四天王の中でも最弱……』
『あの程度の力で砕けるとは豆腐の面汚しよ……』




 驚いてテーブルを見る。そこには3つの豆腐が向かい合うようにして鎮座している。

『そこに居るのはやつらは右から石豆腐、島豆腐、岩豆腐。豆腐四天王って言われてる堅豆腐共さ』
「豆腐……四天王……?」

 確かにその重圧はまるで鉄の壁を思わせるほどで……。私は近づくのを躊躇った。
 この重圧、恐ろしいがこれならば……と私は勇儀の方を向く。
 すると勇儀はいきなり巨大な箱を持ってくると何の躊躇いもなく四天王をその箱に入れた。

「ねぇさとり」
「……何? その箱でどうするの?」
「私思ったんだよ……力が強すぎて豆腐が潰れるなら……豆腐を堅くすればいいんだ」

 味噌汁の豆腐をそこまで堅くしてどうするのか。
 本末転倒な気もするがそこは黙っておいた。彼女なりのアイディアなのだから。

「それはわかったけど……どうするの?」
「あのさ……雪って踏み固めると堅くなるじゃないか」
「りろんはしってる」

 勇儀は箱の蓋には一周り小さい板を用意すると中へ入れて、

「それなら雪みたいに押し固めれば……行けるはずだ!」

 全力で踏みぬいた!!!







『『『ギャァァァァァァァッァ!!!!!』』』






 無論怪力乱神の踏み抜きに耐えられるがはずもなく箱の中から断末魔とぐちゃりと言う音が聞こえた。

「あれ。おっかしいな? うまくいくと思ったのにな」
「……いや、無理でしょ」
『嬢ちゃんの友達は豪快だなぁ』

 勇儀は根本的にダメな子なんじゃないだろうか。
 そう思ったがそれを言ってしまえば全てが無駄になる。
 言い放ちたい罵詈雑言を胸の奥にしまった。












 まだまだ勇儀の蹂躙は続く。
 悲鳴が響き、潰れる音がなりもう目を逸らしたくて仕方がなかった。
 それでも前を向いていられたのは、高野豆腐さんのおかげだった。
 豆腐が潰れる度に私に大丈夫かと声をかけてくれた。
 悲鳴に耳を塞ぐ私を叱り激励してくれた。
 たった数時間で彼は私の心の支えになっていたのだ。
 彼の言葉がこんなにも嬉しい。
 これが……恋なのか。






「……また……だめか……次は……」

 もう何個目かわからない豆腐の破壊。
 残っている豆腐は軟らかいものばかりだ。
 勇儀が半分虚ろな目で豆腐を見つめた瞬間勇儀の目がハッと開いた。

『やっと気付いたかい』
「……どういうことですか」

 勇儀の手が真っ直ぐ伸びて行く。豆腐の群れから……外れて行く。



『次は……俺の番だってことさ』



 ――――――――――え?
 思考が止まった。そして少しずつ理解する。
 勇儀の手は間違いなく彼へと向かっている。
 このままでは彼は砕かれてしまう。

「待って勇儀!」
「どうしたのささとり? そんな切羽詰まった顔してさ」
「そ、そこの豆腐がいいじゃないかしら? 味噌汁に合いそうだし」
「そう? でもこれからやろうと思うんだけど……」
「…………だめ」
『おいおい嬢ちゃん』
「その豆腐(ヒト)だけは……だめ!」
「なんで……どうしてさ? 高野豆腐だって味噌汁には……」
「だめったらだめなのよ!」

 なんだろう。
 私の中の何かが叫んでいるのだ。
 彼を失いたくないと、もっと話がしたいと。
 これは恋なのだろうか。乙女パワーというやつなのだろうか。
 今なら最初の勇儀の気持ちがわかる。
 好きな人も思えば胸が苦しくて。
 好きな人のために……

『嬢ちゃん。いいんだよ。俺らは『食材』なんだから』
「でも!」
『言ったろ? 俺達は死ぬことなんて怖くない。怖いのは冷蔵庫に放置されて腐ること。嫌いだって避けられること。要は食べられないで捨てられることなんだからよ』
「もし……潰されちゃったら……捨てられちゃう……」

 勇儀は豆腐のことは聞こえていない。
 ただ私が何かに必死に問いかけてることに驚いて黙っているだけだ。

『もしそうなったらそういう人生だったってことさ。……いや豆生か?』
「こんな時にふざけないでください!」
『どうせ俺は一つだけ製法の違う外れ者……潰れたって悲しむやつはいねぇよ』
「……私が……悲しみます。それにあなただって……立派な豆腐の仲間です……」
『おいおい泣くなよ! 食べる側が食べ物相手に泣くモンじゃない』
「……さとり? どうしたの? そんなにダメならやめるし……」

 勇儀が急に泣き出した私を見ておろおろとする中、

『……いや、鬼の嬢ちゃん。ここでやめるわけにはいかねぇんだろ? 来いよ』
「……なんだこの威圧……この豆腐何物……!?」

 慌てていた勇儀が身構える。もはや臨戦態勢だ。止めることは……できない。

「そんな……待って!」
『下がってな嬢ちゃん。さっきまでと同じだ。近づいてたら危険だぜ?』
「でも!」

 勇儀の手が高野豆腐に迫る。もう中指が触れた。

『嬢ちゃん……同じ豆腐の仲間って言ってくれてありがとうよ。俺みたいなだしを吸うだけの風来坊がそんなことを言ってもらえるなんてな……』

 3本の指が彼を勇儀の手元に引き寄せる。
 もう時間がない。言わなければ、私の気持ちを。

「豆腐さん……私は……私は……!」
『なぁ……嬢ちゃんは偉い人なんだろ? それならよ……俺みたいな外れモンが生まれない世界を作ってくれねぇか?』
「……え?」

 こんな時に何を言っているのだろうか。私に……願い?

『あんたならできる。『食材』なんかに泣いてくれるあんたならできるさ……お願いだ!』

 彼の全身は既に勇儀の手の中にある。後は勇儀が力を加えれば彼は……。
 それならせめて……。

「分かり……ました」
『ありがとうよ……約束だぜ?』
「はい……約束です!」

 私は彼に精いっぱいの笑顔を見せた。












 そして一人の少女の初恋は……砕け散った。
 










~エピローグ~

 その数十分後

「そろそろ閉店時間なんですけど~☆ お味噌汁はできました~?」

 超地底アイドルヤマメちゃんが部屋に入るとそこは恐怖映像だった。
 白い豆腐が壁中に飛び散り、さながらペンキを塗りたくったような光景。
 そしてその中心で虚ろな顔で立っている包丁をもった鬼と泣き腫らした眼をした少女が蹲っていたのだ。
 
「……何かありました?」
「……見ての通りよ」
「全くわかりません☆★☆」
「できたのは『味噌とわかめ入りの水』よ」
「それは味噌汁じゃないんですか?」

 とヤマメが言うと二人がグイッと顔を近づけて

「「そんなの味噌汁じゃない!」」

 と叫んだ。
 ふむ、とヤマメは二人に話を聞き大体の事情を理解した。

「要は豆腐をしっかり賽の目に切るんですよね?」
「そう……でもそれに勇儀のパワーが邪魔をするのよ」

 とさとりが言うとヤマメはトコトコ歩き、豆腐を一つを見つけると。
 包丁で豆腐を掬い広げた手のひらに乗せ、手のひらで豆腐に4つ縦に割り、同じく4つ横に割り、水平に包丁を通して見せた。
 そしてそのまま手のひらを横にして鍋へとボトンと落として見せた。

「素手に乗せても豆腐は切れるんですよ☆★☆ 掴む必要なんてナッシングです☆」



 …………味噌汁が完成した。








 ~そのあとの話『さとり編』~
 
 場所は地霊殿。
 そこの大きな椅子に古明地さとりは座っていた。
 思い返すのは彼の最後。
 綺麗な笑顔が見えた気がしたのは気のせいだったのだろうか。
 砕けてしまった恋なれど未練は少し残っていた。
 小さくため息をつく姿は物思う乙女のそれであった。
 彼女自身も自分が『乙女パワー』を得ていたことに気づいている。
 勇儀ほどの強力なものではなかったが。
 
「どうしたのお姉ちゃん。悲しいことでもあったの?」
「大丈夫ですかさとり様。悲しいことでもあったのですか?」

 恋人繋ぎでイチャイチャしつつ後半ハモって尋ねる妹とペット。
 どうしても恋人同士のそれだが今のさとりにはなんとも思えない。

『どうしたのかしら……お姉ちゃん』
『まさか勇儀お姉様と何かあったんじゃ……』

 そんなことを考えている二人にさとりは第三の目を使用してこう言い放った。





「乙女パワーたったの2か。ゴミめ」





 一朝一夕の百合では真の乙女には敵わないと知れ。





~そのあとの話『ゆうぎ編』~

 後に『白濁神○川事件』と呼ばれる虐殺事件の後、勇儀は『超地底飯店 メメ』に足繁く通い、乙女パワーを料理力、つまり主婦パワーに変換する方法を会得し、遂に自己の力だけで味噌汁を完成させることが可能になった。
 その訓練は過酷を極め、店長のヤマメちゃんが過労死しかねないところであったとのこと。
 そして、乙女パワーの専門家パルスィさんに弟子入りし完全なる制御をモノにした勇儀。
 彼女はついに告白へとこぎつけたのである。

 手紙を渡して場所へ呼び出し、想いを伝える。
 簡単なことだ。
 なのにこんなに胸が高鳴る。あぁ、これが恋。
 私はこの時のためにあれだけ苦労したのだと胸に言い聞かせ、心を穏やかにする。

 ガサガサガサッ……
 
 っと草が揺れる音が聞こえ『彼』がやってくる。
 高鳴る胸を抑え、真正面に向き合って。
 星熊勇儀は告白した。



「私に毎朝味噌汁を作らせてください!!!」



 ……言いきった。見事な告白だった。
 だが相手からの返事はない。黙々と勇儀を見つめるだけだ。
 振られてしまうのか? 心の底にそんな思いが浮かぶ。
 すると、

 ガサガサッ

 とまた草を揺らす音。
 そこに居たのは一人の女性。
 ……彼女なのだろうか? 勇儀は心を震わせる。
 すると女性は男を見ると頷いてこう言った。















「あなたのことは詳しく知らないので、お友達から……だそうですよ?」















 と雲居一輪は言った。





~おまけ、誰かさんと勇儀さんの会話~

「……なんで雲山だったの?」
「だって彼……とても大きな体をしてて……」
「そりゃ入道雲ですものね」
「私には届かない高い所にいて……」
「そりゃ……雲ですものね」
「無口でかっこいいんですもの!」
「雲だから無口で当たり前でしょうが……」




<おわり>
そんなわけで後半でございます。白麦です。
前半でも書いた通り蛸擬さんから頂いたプロットから作成しております。
後半はさとりの方が主人公っぽかったですかね。
こういうギャグを書くのは初めてでどんなものだったでしょうか?


これを読んで少しでもクスリ、としてくれたら幸いです。

最後に素晴らしいプロットをくださった蛸擬さんに心からの感謝を。

追記:前作品の作品集の番号が間違っていたため修正しました。
白麦
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コメント



0.440簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
ヤマメさん……嫁に来ないか?
4.70山の賢者削除
まさか雲山のカップリングをやる人が居ようとはw
6.90名前が無い程度の能力削除
高野豆腐が男前すぎると思うんだ。
8.80名前が無い程度の能力削除
まさかの雲山オチとは・・・
9.90ぺ・四潤削除
八つの調理具……マジでさっき読んでたばっかりで笑ったww
雲山だったのか。でもネタじゃなく普通にいいカップルだと思うんだけどな。
さとり様をも恋する乙女にさせた彼の生き様こそジョニーという名にふさわしい。
10.80名前が無い程度の能力削除
姐さんを惚れさせる男ってだれだよって思ったら、そうか雲山さんか。雲山さんならしょうがないな。
11.80名前が無い程度の能力削除
謎の感動すぎるwww
15.100名前が無い程度の能力削除
さとりんが・・・豆腐とって予想外すぎてわろたw
17.80名前が無い程度の能力削除
なんか押し切られた気がするw
18.80ずわいがに削除
>ジョ○ンニが一晩でやってくれたわ
ジェ◯ンニ…というツッコミは無粋でしょうか^^;

この話に救いは無かった……ッ
ていうかさとり妖怪料理出来ねぇなマジでwwどんだけ声聞こえちまうんだwww
豆腐どもふざけんなwwwww(もちろん高野は除く
19.90名前が無い程度の能力削除
第三の目すげぇ高性能w