「んーっ。終わったあ!」
幻想郷の人里、その一画にある自宅で、一人の少女がほっと息をついた。
何をしていたかなどは日時を考えれば当然、寺子屋の夏休みの宿題の追い込みをかけていたところであった。
ふと時計を見る。
夜半まであと半刻と告げる針は、厳密に言ってもまだ夏休みといえる時間であることを表していた。
半ば徹夜になっても仕方ない、という意気込みで始めたことであったために、意外に早く終わったと胸を張って言える時間だった。
(これで夏休みも全部終わり、っと……)
宿題が最後の最後まで残るのは良くも悪くもいつも通りとなってしまったが、後悔の残る夏休みではなかった。
寺子屋で知り合った他の子供たちに混じって一緒に遊び呆け、宿題に手をつけないような日も多かったが、それでもこの満足感は子供ゆえの特権だろう。
唯一残念なことがあるとすれば、家が遠くにあったりなんだりで夏休み中一度も顔を会わせなかった友達がいることくらいか。
(でも、明日になったらまた会えるし、一緒に遊べるし)
そうそう大したことではない。
そこまで考えると、明日また寺子屋が再開して皆と一緒に学び、遊べることが楽しみで仕方なくなってきた。
ちょうどいい時間でもあることだし、そろそろ明日のために寝ることにしようっと。
そう考え、少女は遠足前日にも似た高揚感を抱きつつ床に就くのであった。
灯りも消され、椅子の軋む音やペンを滑らす音の止んだ部屋の片隅、机の上に乗せられた、明日提出予定の自由研究ノート。
ここでは、失礼は承知の上、そのノートを少しのぞかせてもらうことにしよう。
~~~~~~~~~~~
研究したこと:身の回りでのことわざについて。
研究しようと思ったきっかけ:ことわざに言われたことが本当に正しいのか気になったから。
私の自由研究は、ことわざの内容の正しさについてです。
ことわざには普段体験できない妙な内容のものが多いので、妙なところでは本当にそんなことがおきるのかどうかを調べてみました。
妙なところとして、神社でたまに開かれる宴会の時を選びました。
大人が大勢集まって大さわぎする宴会は、妙なところだと思います。
宴会が始まったらしいと聞いて、神社に行く道の途中、顔としっぽを東に向けてすわっている犬がいました。
あまのじゃくで可愛かったですが、こういうのは『幸先が悪い』というそうです。
神社について、まず鳥居をくぐると、鳥の妖怪、氷の妖精、それと宵闇の妖怪がさわいでいました。
女三人よると姦しいのは間違いありません。
雀妖怪は、百まで忘れぬ宴会用の踊りを今日も踊っています。
氷精にことわざについて聞いてみると、『すべての道はあたいに通ず』と言っていましたが、よくわかりません。
宵闇は、氷精のよこ、すずしそうな顔で――本当にすずしかったです――『人類は十進法を採用しました』でした。
「おそすぎる~リグルは~まだか~♪」
「ちょっとミスチー、バカの一つおぼえみたいにそこばっか歌うのやめなよ。あと、さいきょーのあたいでも引くくらい顔がこわい」
「どっちがバカなのかー」
「ルーミア、どういう意味よ。あ!リグル!何してたのよ遅いじゃない」
「ご、ごめんみんな!ゆうかが私の洋服の仕立てにこっちゃって……」
老婆心で、飛んで火に入る夏の虫です。
わいわいと楽しそうにさわぎながら呑むバカ四人組でした。
境内を進んで歩いていると、秋を心待ちにしている秋の神様ふたりをみかけました。
そこで、ためしに「おーい、神様!」と呼びかけてみると、芋づる式に八百万の神様が釣れました。
特に、もう一つの神社の神様たちがおもしろかったです。
「酔いつぶれた早苗を介抱するのは私よ!蛙はひっこんでなさい」
「いーや、それはあたしの役目だ。蛇なんかにからまれちゃ早苗が迷惑だよ」
蛇がけんかを売り、売り言葉に買い言葉、蛇に見込まれた蛙は予想外に元気に応戦していました。
恒例らしいけんかの様子に、鬼たちも面白がって集まってきました。
「おうおう、今日は神様同士ででけんかかい?楽しそうだね。私らも混ぜておくれよ」
「よし萃香、いいものがあるから、こいつで力試しといこうじゃないか。かかってきな!」
「いいねえ勇儀。久しぶりに全力であばれてやろうか!」
二人して『鬼に御柱』状態で戦った鬼は、どちらも強く、見ていて楽しい戦いでした。
一方で、いざ弾幕を張ろうとしていた蛇は泡を食っていました。
戦いには皆が注目して、どちらかを応援したり、冷やかしたりしていました。
雰囲気を作る宴会芸のようなものです。
戦いが終わると皆また散らばり、好き勝手にお酒を飲み始めました。
その中で、『鬼の居ぬ間に肝臓の洗濯』を試みていた、お酒の飲めないほうの巫女が、また悲しそうな顔で鬼にひきずられて行きました。
今は向こうのほうで、ひょうたんから出るお酒を次々注がれて困っています。
あのひょうたんからはお酒やつまみばかりで、駒は出てこないでしょう。出てきたら驚きます。
ここが、宴会の中で一番さわがしい場所でした。
境内の端のほうでは、打って変わって静かに月見酒を楽しんでいる人たちがいました。
「ねえ、えーりん。ずっと気になってたんだけどさ」
「なんですか、輝夜」
「天動説と地動説って、結局どっちが正しいんだった?」
「……地動説ですが、何でいまさら?」
「いやー。月にいたときには間違いなく地動説だと思ってたんだけど、地球に来たらよくわからなくなって」
『聞くは一時の恥、聞かぬは永遠の恥』
姫様がかんちがいをしたまま覚えなくて、よかったと思いました。
かぐや姫は何一つ欠点のない理想の大和撫子でいてほしいですから。
それと、月見酒のグループに、普段は『花より団子』な亡霊が混じっていたことにびっくりしました。
それでも、霊をたずさえて暗い夜の境内でしっとりとお酒を呑む姿は、人外の魅力があふれているように感じました。
「あなたが死んでも、『白玉楼中の人となる』と言うのかしら」
と、亡霊が言っていました。これもことわざらしいですが、意味はよくわかりません。
ただ、死にたくはなかったので、そこを離れることにしました。
離れる前に振り返ってみると、やっぱりここらだけ水を打ったように静かで、しっとりとした空気がながれていました。
宴会の中心部に戻ってみると、新しく幻想郷にやってきた星の船の人たちが固まって呑んでいました。
船長さんが陽気な感じでお酒を呑んでいるのをみて、『船頭多くして船山に登る』という言葉を思いつきましたが、幻想郷では正しくないと思います。
たくさんの船頭どころか、自動操縦でも空を飛ぶ船がありますから。
船長さんの後ろでは、新しく来た人たちの歓迎の意味であいさつをしに来た狐の妖獣と、毘沙門天代理の虎の妖獣が呑み交わしていました。
そこだけは威厳たっぷりで、近寄りにくい雰囲気でしたが、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とばかりに会話を聞きに行きました。
「なるほど。それで毘沙門天の弟子になった、と。妖怪の身ながら神の代理とはな。恐れ入るよ」
「そんな、とんでもありません。私なんかうっかりすることばかりで、ちっとも役に立っていませんよ。毘沙門天の元で活躍する妖怪としてはナズのほうがよっぽど立派です。この間も私がなくした宝塔を見つけてくれて……」
「そのことなんだが……。星が右手に持っていたのは、さっきまで宝塔ではなかったか?」
「ええ、大事だからちゃんと握りしめて……ってひょうたん!?」
あわてた拍子に放り投げたひょうたんから、宝塔はちゃんと出てきました。やっぱりお酒に関係のないものが出てくると驚きます。
それにしても、最初虎に感じていた威厳はほとんど気のせいのようでした。
外の世界とは違って、『狐の威を狩る虎』が正しいようです。
ちなみに虎は、一部始終をお酒も呑まずに監視していたねずみに後で怒られていました。
ねずみは、自分の上司の威厳が下がり、結果として自分の威厳がなくなるのを憂いているようでした。
窮鼠は虎をも噛むのか、ねずみにすごい勢いで叱られつつ、汚してしまった宝塔をきれいにする虎には、もう威厳は見当たりませんでした。
色々ありましたが、それでも星の船の乗員は全員、歓迎の雰囲気に飲まれつつ楽しそうに呑んでいました。
酒は呑んでも飲まれるな、でもたまには飲まれてみるのも悪くないのかもしれません。
入ってきた鳥居から一番離れた縁側では、神社の巫女や魔法使いなどいつものメンバーが呑んでいました。
鬼たちを中心とする喧騒からは離れ、それでもそれなりにさわいで呑んでいました。
妖怪やらの人外が多い宴会の場で、『人を見たら泥棒と思え』は四分の二くらい正しいらしいです。
とある半妖の店主が教えてくれました。
「おーい。酒が足りないぜ、霊夢。まだまだ奥にあるんだろ?さっさと取ってきてくれ」
「だーもう、その辺にひょうたん散らかすのやめてよ魔理沙!酒は取ってきてあげるからその間に片付けときなさい」
こんなやりとりをして巫女は奥の間に消え、縁側には魔法使いと隙間妖怪だけが残っていました。
そばに妖怪しかいないので魔法使いの傍若無人はますますひどくなりました。
それでも、となりの酔っ払い隙間妖怪がともすれば裸踊りをしようとするのにはかないません。
自分の式の影響なのか、ともかく年寄りの冷や水だと思うのですが、これまた死にたくなかったので言いませんでした。
それから巫女がお酒を持って現れ、また呑み始める三人でした。
片づけの大変さをぼやいていた巫女も、なんだかんだで楽しそうに呑んでいました。
ここらが一番和やかです。
それからも色々な人・人以外が呑んでいるのを見ていましたが、その頃には目ぼしいことわざの確認も済んでいて、特に何の発見もありませんでした。
そして、お酒に強い妖怪達もだんだん酔いつぶれて、皆の寝息が聞こえる唯一の音になった頃。
『死屍累々』の雰囲気が確認できました。
これを死体と名付けた気持ちもわかる気がします。
その死体の間で、一人だけ、巫女が酔いつぶれもせずに抜き足差し足で歩いていました。
「お、あんたか。しーっ。早起きは三文の得だけど、得するのは私だけでいいの。だから静かにね」
早起きというよりも徹夜ではないか、とも思いましたが、早起きということにしておきました。
それより『酒飲み本性違わず』けちな人はけちなままだということがわかったので、書いておきます。
ちなみに、巫女が得した三文は、普段弱みを見せない隙間妖怪の頬をつんつんしたり、普段甘えてこない魔法使いの髪をなでてやったり、というものでした。
幸せそうな巫女を眺めつつぼんやりしていると、私も眠くなったので帰ることにしました。
帰り際、巫女に後ろから呼び止められました。
「あーちょっとまって。はい、これ。今日の宴会で中途半端に余っちゃったから、あげるわ。こんなところまでご苦労様、っていうお土産として受け取っときなさい」
巫女の差し出したひょうたんには、もちろんお酒がちゃんと入っていて、この日で一番驚かされる出来事でした。
私は巫女にお礼を言い、『酒飲み本性違わず』を少しだけ疑いながら、人里まで帰りました。
これが、神社の宴会で調べた自由研究の一日です。
ことわざに対するとらえかたは少し変わりました。
でも、神社が、半人半霊の言葉をかりれば『みょんな』場所であるのはやっぱり間違いないと思います。
まとめ:
現在の外の世界ではとても起こらないような内容が多いことわざも、幻想郷ではやはり本当に起こることが多かったです。
ただ、古い言葉だからなのか、幻想郷が時代の先を進みすぎているのか、今の幻想郷には当てはまらないことも同じくらいありました。
それでも、言葉は変わっていくものなので、しばらく時間が経てばことわざも言い回しが変わってくるのだと思います。
後二、三十年ほどたって、形の変わったことわざを今のものと比べてみることが出来ればいいな、と思います。
あ、あと、巫女にもらったお酒はとてもおいしかったです。
文責:九代目阿礼乙女稗田阿求
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幻想郷の人里、その一画にある自宅で、一人の少女がほっと息をついた。
何をしていたかなどは日時を考えれば当然、寺子屋の夏休みの宿題の追い込みをかけていたところであった。
ふと時計を見る。
夜半まであと半刻と告げる針は、厳密に言ってもまだ夏休みといえる時間であることを表していた。
半ば徹夜になっても仕方ない、という意気込みで始めたことであったために、意外に早く終わったと胸を張って言える時間だった。
(これで夏休みも全部終わり、っと……)
宿題が最後の最後まで残るのは良くも悪くもいつも通りとなってしまったが、後悔の残る夏休みではなかった。
寺子屋で知り合った他の子供たちに混じって一緒に遊び呆け、宿題に手をつけないような日も多かったが、それでもこの満足感は子供ゆえの特権だろう。
唯一残念なことがあるとすれば、家が遠くにあったりなんだりで夏休み中一度も顔を会わせなかった友達がいることくらいか。
(でも、明日になったらまた会えるし、一緒に遊べるし)
そうそう大したことではない。
そこまで考えると、明日また寺子屋が再開して皆と一緒に学び、遊べることが楽しみで仕方なくなってきた。
ちょうどいい時間でもあることだし、そろそろ明日のために寝ることにしようっと。
そう考え、少女は遠足前日にも似た高揚感を抱きつつ床に就くのであった。
灯りも消され、椅子の軋む音やペンを滑らす音の止んだ部屋の片隅、机の上に乗せられた、明日提出予定の自由研究ノート。
ここでは、失礼は承知の上、そのノートを少しのぞかせてもらうことにしよう。
~~~~~~~~~~~
研究したこと:身の回りでのことわざについて。
研究しようと思ったきっかけ:ことわざに言われたことが本当に正しいのか気になったから。
私の自由研究は、ことわざの内容の正しさについてです。
ことわざには普段体験できない妙な内容のものが多いので、妙なところでは本当にそんなことがおきるのかどうかを調べてみました。
妙なところとして、神社でたまに開かれる宴会の時を選びました。
大人が大勢集まって大さわぎする宴会は、妙なところだと思います。
宴会が始まったらしいと聞いて、神社に行く道の途中、顔としっぽを東に向けてすわっている犬がいました。
あまのじゃくで可愛かったですが、こういうのは『幸先が悪い』というそうです。
神社について、まず鳥居をくぐると、鳥の妖怪、氷の妖精、それと宵闇の妖怪がさわいでいました。
女三人よると姦しいのは間違いありません。
雀妖怪は、百まで忘れぬ宴会用の踊りを今日も踊っています。
氷精にことわざについて聞いてみると、『すべての道はあたいに通ず』と言っていましたが、よくわかりません。
宵闇は、氷精のよこ、すずしそうな顔で――本当にすずしかったです――『人類は十進法を採用しました』でした。
「おそすぎる~リグルは~まだか~♪」
「ちょっとミスチー、バカの一つおぼえみたいにそこばっか歌うのやめなよ。あと、さいきょーのあたいでも引くくらい顔がこわい」
「どっちがバカなのかー」
「ルーミア、どういう意味よ。あ!リグル!何してたのよ遅いじゃない」
「ご、ごめんみんな!ゆうかが私の洋服の仕立てにこっちゃって……」
老婆心で、飛んで火に入る夏の虫です。
わいわいと楽しそうにさわぎながら呑むバカ四人組でした。
境内を進んで歩いていると、秋を心待ちにしている秋の神様ふたりをみかけました。
そこで、ためしに「おーい、神様!」と呼びかけてみると、芋づる式に八百万の神様が釣れました。
特に、もう一つの神社の神様たちがおもしろかったです。
「酔いつぶれた早苗を介抱するのは私よ!蛙はひっこんでなさい」
「いーや、それはあたしの役目だ。蛇なんかにからまれちゃ早苗が迷惑だよ」
蛇がけんかを売り、売り言葉に買い言葉、蛇に見込まれた蛙は予想外に元気に応戦していました。
恒例らしいけんかの様子に、鬼たちも面白がって集まってきました。
「おうおう、今日は神様同士ででけんかかい?楽しそうだね。私らも混ぜておくれよ」
「よし萃香、いいものがあるから、こいつで力試しといこうじゃないか。かかってきな!」
「いいねえ勇儀。久しぶりに全力であばれてやろうか!」
二人して『鬼に御柱』状態で戦った鬼は、どちらも強く、見ていて楽しい戦いでした。
一方で、いざ弾幕を張ろうとしていた蛇は泡を食っていました。
戦いには皆が注目して、どちらかを応援したり、冷やかしたりしていました。
雰囲気を作る宴会芸のようなものです。
戦いが終わると皆また散らばり、好き勝手にお酒を飲み始めました。
その中で、『鬼の居ぬ間に肝臓の洗濯』を試みていた、お酒の飲めないほうの巫女が、また悲しそうな顔で鬼にひきずられて行きました。
今は向こうのほうで、ひょうたんから出るお酒を次々注がれて困っています。
あのひょうたんからはお酒やつまみばかりで、駒は出てこないでしょう。出てきたら驚きます。
ここが、宴会の中で一番さわがしい場所でした。
境内の端のほうでは、打って変わって静かに月見酒を楽しんでいる人たちがいました。
「ねえ、えーりん。ずっと気になってたんだけどさ」
「なんですか、輝夜」
「天動説と地動説って、結局どっちが正しいんだった?」
「……地動説ですが、何でいまさら?」
「いやー。月にいたときには間違いなく地動説だと思ってたんだけど、地球に来たらよくわからなくなって」
『聞くは一時の恥、聞かぬは永遠の恥』
姫様がかんちがいをしたまま覚えなくて、よかったと思いました。
かぐや姫は何一つ欠点のない理想の大和撫子でいてほしいですから。
それと、月見酒のグループに、普段は『花より団子』な亡霊が混じっていたことにびっくりしました。
それでも、霊をたずさえて暗い夜の境内でしっとりとお酒を呑む姿は、人外の魅力があふれているように感じました。
「あなたが死んでも、『白玉楼中の人となる』と言うのかしら」
と、亡霊が言っていました。これもことわざらしいですが、意味はよくわかりません。
ただ、死にたくはなかったので、そこを離れることにしました。
離れる前に振り返ってみると、やっぱりここらだけ水を打ったように静かで、しっとりとした空気がながれていました。
宴会の中心部に戻ってみると、新しく幻想郷にやってきた星の船の人たちが固まって呑んでいました。
船長さんが陽気な感じでお酒を呑んでいるのをみて、『船頭多くして船山に登る』という言葉を思いつきましたが、幻想郷では正しくないと思います。
たくさんの船頭どころか、自動操縦でも空を飛ぶ船がありますから。
船長さんの後ろでは、新しく来た人たちの歓迎の意味であいさつをしに来た狐の妖獣と、毘沙門天代理の虎の妖獣が呑み交わしていました。
そこだけは威厳たっぷりで、近寄りにくい雰囲気でしたが、『虎穴に入らずんば虎子を得ず』とばかりに会話を聞きに行きました。
「なるほど。それで毘沙門天の弟子になった、と。妖怪の身ながら神の代理とはな。恐れ入るよ」
「そんな、とんでもありません。私なんかうっかりすることばかりで、ちっとも役に立っていませんよ。毘沙門天の元で活躍する妖怪としてはナズのほうがよっぽど立派です。この間も私がなくした宝塔を見つけてくれて……」
「そのことなんだが……。星が右手に持っていたのは、さっきまで宝塔ではなかったか?」
「ええ、大事だからちゃんと握りしめて……ってひょうたん!?」
あわてた拍子に放り投げたひょうたんから、宝塔はちゃんと出てきました。やっぱりお酒に関係のないものが出てくると驚きます。
それにしても、最初虎に感じていた威厳はほとんど気のせいのようでした。
外の世界とは違って、『狐の威を狩る虎』が正しいようです。
ちなみに虎は、一部始終をお酒も呑まずに監視していたねずみに後で怒られていました。
ねずみは、自分の上司の威厳が下がり、結果として自分の威厳がなくなるのを憂いているようでした。
窮鼠は虎をも噛むのか、ねずみにすごい勢いで叱られつつ、汚してしまった宝塔をきれいにする虎には、もう威厳は見当たりませんでした。
色々ありましたが、それでも星の船の乗員は全員、歓迎の雰囲気に飲まれつつ楽しそうに呑んでいました。
酒は呑んでも飲まれるな、でもたまには飲まれてみるのも悪くないのかもしれません。
入ってきた鳥居から一番離れた縁側では、神社の巫女や魔法使いなどいつものメンバーが呑んでいました。
鬼たちを中心とする喧騒からは離れ、それでもそれなりにさわいで呑んでいました。
妖怪やらの人外が多い宴会の場で、『人を見たら泥棒と思え』は四分の二くらい正しいらしいです。
とある半妖の店主が教えてくれました。
「おーい。酒が足りないぜ、霊夢。まだまだ奥にあるんだろ?さっさと取ってきてくれ」
「だーもう、その辺にひょうたん散らかすのやめてよ魔理沙!酒は取ってきてあげるからその間に片付けときなさい」
こんなやりとりをして巫女は奥の間に消え、縁側には魔法使いと隙間妖怪だけが残っていました。
そばに妖怪しかいないので魔法使いの傍若無人はますますひどくなりました。
それでも、となりの酔っ払い隙間妖怪がともすれば裸踊りをしようとするのにはかないません。
自分の式の影響なのか、ともかく年寄りの冷や水だと思うのですが、これまた死にたくなかったので言いませんでした。
それから巫女がお酒を持って現れ、また呑み始める三人でした。
片づけの大変さをぼやいていた巫女も、なんだかんだで楽しそうに呑んでいました。
ここらが一番和やかです。
それからも色々な人・人以外が呑んでいるのを見ていましたが、その頃には目ぼしいことわざの確認も済んでいて、特に何の発見もありませんでした。
そして、お酒に強い妖怪達もだんだん酔いつぶれて、皆の寝息が聞こえる唯一の音になった頃。
『死屍累々』の雰囲気が確認できました。
これを死体と名付けた気持ちもわかる気がします。
その死体の間で、一人だけ、巫女が酔いつぶれもせずに抜き足差し足で歩いていました。
「お、あんたか。しーっ。早起きは三文の得だけど、得するのは私だけでいいの。だから静かにね」
早起きというよりも徹夜ではないか、とも思いましたが、早起きということにしておきました。
それより『酒飲み本性違わず』けちな人はけちなままだということがわかったので、書いておきます。
ちなみに、巫女が得した三文は、普段弱みを見せない隙間妖怪の頬をつんつんしたり、普段甘えてこない魔法使いの髪をなでてやったり、というものでした。
幸せそうな巫女を眺めつつぼんやりしていると、私も眠くなったので帰ることにしました。
帰り際、巫女に後ろから呼び止められました。
「あーちょっとまって。はい、これ。今日の宴会で中途半端に余っちゃったから、あげるわ。こんなところまでご苦労様、っていうお土産として受け取っときなさい」
巫女の差し出したひょうたんには、もちろんお酒がちゃんと入っていて、この日で一番驚かされる出来事でした。
私は巫女にお礼を言い、『酒飲み本性違わず』を少しだけ疑いながら、人里まで帰りました。
これが、神社の宴会で調べた自由研究の一日です。
ことわざに対するとらえかたは少し変わりました。
でも、神社が、半人半霊の言葉をかりれば『みょんな』場所であるのはやっぱり間違いないと思います。
まとめ:
現在の外の世界ではとても起こらないような内容が多いことわざも、幻想郷ではやはり本当に起こることが多かったです。
ただ、古い言葉だからなのか、幻想郷が時代の先を進みすぎているのか、今の幻想郷には当てはまらないことも同じくらいありました。
それでも、言葉は変わっていくものなので、しばらく時間が経てばことわざも言い回しが変わってくるのだと思います。
後二、三十年ほどたって、形の変わったことわざを今のものと比べてみることが出来ればいいな、と思います。
あ、あと、巫女にもらったお酒はとてもおいしかったです。
文責:九代目阿礼乙女稗田阿求
~~~~~~~~~~~
こういうの大好きです
犬も歩けば~が出るかなと思ってたけどそんなことなかった
コメ返しさせて頂きます。
>3
大好きと言っていただけると嬉しいです。書いてよかった~
ことわざの選択については、長すぎると冗長かと思って大分ありそうなネタも削ったのでご勘弁を。
>4
断罪の9/1が終わったわけだが、無事だろうか……
>5
ほら。おうどん食べてないで学校行きなさい。
……いやまあ。
ともかくも感想ありがとうございました~
阿求さん夏休みを楽しめたようでなにより