「雪が綺麗ですね…」
窓から外に降り積もる雪を虎の妖怪、寅丸星は見ていた。
「降り積もる雪を見ながら酒を一杯飲む。…中々乙ですね。気持ちが良い…」
そう言うと、狭い部屋の真ん中にある、机の上に置かれていた酒瓶を手に取り、一気に飲み始めた。
「あら?中々良い飲みっぷりね。…でも、そんなに勢い良く飲むとすぐに酔いが回るわよ」
星と向かい合う位置から外の雪を見、気遣う言葉をかけている少女。見た目は幼く見えるが、幻想郷では実力者の妖怪、吸血鬼のレミリア・スカーレットだ。
今、この二人は、命蓮寺で星の部屋として使われている和風の一室、そこで小さな宴会を開いていた。時刻は丑三つ時である。
星は、一気に酒瓶の中身を飲み干すと、それを床に転がし、一呼吸する。レミリアも、それに続くかのように、ワイングラスに入っている赤い液体を飲み干す。
「大丈夫ですよ。そう簡単には酔い潰れませんから」
一気にアルコールを摂取したせいか、呼吸が少し乱れている星はレミリアに返答した。
「そう、それならいいけど、私よりも早くに潰れたら承知しないわよ」
レミリアは、空になったワイングラスを星に向ける。星は、液体の入ったビンを手に取り、空となったレミリアのワイングラスに赤い液体を注いだ。注いだ後、星はまた違う酒瓶を手に取る。が、一気に飲むことはせず、一口つけては少量を、また、一口つけては少量を飲む、を繰り返す。
「心配無用ですよ、他の方々よりも強いですから。…もっとも、私たちが強すぎるだけかもしれませんがね」
星は、酔い潰れている数名のメンバーを見る。近い人妖から、ナズーリン、フラン、霊夢、魔理沙、アリス、ムラサの六名が床に寝転がっている。
「眠っている姿だけを見てみれば、この子達は可愛いわね。普段のイメージからは想像もできないわ」
レミリアは、酔い潰れている数名を見て微笑を浮かべる。
「そうですね。普段は気が強く、こんな姿は見れませんね」
星は、自分の膝に顔を埋めながら寝ているナズーリンを撫でる。たまに『ん~…』と呻きながら身動ぎしている。
「ふふ、ナズーリンだったかしら。その子も可愛らしいわね。人間の赤ちゃんみたいに安心し切っているじゃない。まるで、聖母を見ている気分になるわ」
レミリアは、星とナズーリンを見、口元を手で隠しながらクスクスと笑う。
「そういう貴女も、膝の上にフランが寝ていて人のこと言えませんよ。まるで聖母のようですね」
星も、レミリアとフランを見て微笑を浮かべる。レミリアは、ナズーリンと同じように、自分の膝に寝てしまっているフランの頭を撫でている。
「吸血鬼の私が聖母だ何て、やめてもらいたいわ」
「おや、吸血鬼ですから聖母に例えられるのは複雑ですか」
「…そうね、多分少し違うわ」
レミリアは愛しそうにフランを撫で続けている。
「私は、フランを長い間遠ざけていたの。えぇ、本当に長い年月、気が狂ってしまうほどの年月、この子を傷つけたわ。狭い地下に監禁をし、私に会いたがっていると知っていても、会おうとすらせず、フランを傷つけたわ。…たった一人の妹なのに、その妹を傷つけた。…最低な姉よ。だから聖母なんてガラじゃないわ」
アルコールが回ってきたのか、レミリアは言葉を紡ぐ。星は目を瞑り、ただ、レミリアの話を聞いていた。
「本当なら、監禁などせず、フランと一緒に暮らしたかったわ。どこの姉妹にも負けないような、仲の良い姉妹として、ずっと。…でも、それはできなかった。私たちには力があったから。力があったから、周りが私たちをそっとしておいてはくれなかった。運命が変えれない時代だったわ。…監禁をしないと、フランはまだ力が制御できなかったから、フランの力が露見し、ハンター共が全力でフランだけを殺しに来る。それだけは阻止したかった。だから、フランを守るためにも、私は、フランの姉で居ることよりも吸血鬼を選んだ。…力があっても守る力が私にはなかったのよ。…笑えるでしょ?夜の王と呼ばれる種族の私が、妹を守るために妹を傷つける。今も、昔も、恐らくこれからも、何かがあればフランを傷つけるでしょう」
まだ雪は降っている。レミリアはワイングラスを掲げ、ガラス越しに雪を見る。
「…違いますよ」
泣いているように感じるレミリアの表情を見て、星は違うと呟いていた。
「…何が違うのかしら」
「フランは強い方です。貴女が思っている以上に」
――――パリン
レミリアは持っていたワイングラスを握り潰す。まだ中に入っていた液体はレミリアの白い手、腕を伝って床に零れ落ちる。
酔っていたことも理由だろう。レミリアは、フランは強い方、という星の発言に怒りを覚えた。
レミリアにとって、フランは自分がいないと何も出来ないか弱い子。確かに、他の妖怪と能力を比べてもフランに勝てる奴は少ないかもしれない。だが、スキマ妖怪といったようにフランに勝てる人妖はいる。また、吸血鬼であるがために弱点も存在している。だからこそ、自分が守らなくてはいけない。他でもないレミリア・スカーレットが。その揺ぎ無い信念があるために、彼女にとって、星の発言は怒りの対象であったのであろう。
「…貴女に何がわかるのかしら?」
こいつ、殺してやろうかと、脳裏を一瞬過ぎったか、フランの身動ぎによって思いとどまる。
星は、レミリアから放たれた殺気など気にもせずに言葉を続ける。
「私にはレミリア以上にフランを理解することはできません。それは、私よりも貴女の方が傍に居るから。…ですが、その代わり、貴女が気付かないことには気付けますよ」
「ほう、私が気付かないこと、それは何かしら?」
「気付かない、いえ、正確には気付かないフリをしているのでしょう。…もう、フランは貴女と肩を並べて歩めるほどしっかりしていますよ」
レミリアは心の底から呆れた。
(一体何を言うのかと思えば…下らない。フランが私と肩を並べて歩くことができる?そんなこと、ありえないわ)
「何を言うかと思えば。…馬鹿馬鹿しい。フランは私が守らないとまだ何も出来ないわ。下手したらスキマ妖怪に利用されるかもしれない。それほど、フランは何にも染まっていない。…何にでも染まれれるのよ」
床に転がっているワイングラス(恐らくフランが使っていた)を拾い、ワインを注ぐ。
透明な液体が入ったワイングラスに口を付け、一口だけ飲む。
(そう、フランは、まだ一人では何も出来ないわ。だから私が守らないといけないのよ…!!)
星は酒を一口飲みながら昔を思い出していた。自分にもレミリアと同じ、彼女を信じきれない時期があったな、と。だからこそ、気付いているからこそ、レミリアにも気付いてもらいたいと思っていた。
(でも、これは少し難しいですね)
どうすればレミリアは気付いてくれるのだろう。どうしたら私が言いたいことを理解してくれるのだろう。考えている星の目にはフランが映っていた。
「確かに、フランは無知かもしれませんね…」
「そうよ、無知だからこそ私が守らないと…」
「それでも、それだけではダメです」
星はレミリアの言葉を遮った。
「…目を逸らすだけでは何も変わりません。ちゃんと向き合わないといけない。…本当の守るを理解しないといけません。…でないと…」
「でないと、なんだ?」
星は最後まで言わなかった。否、言えなかった。レミリアが星の首に、鉄の塊すらスライスしてしまうほどの凶器、自身の爪を突きつけていた。
「…それ以上、不愉快なことを言うのなら、そのおしゃべりな口を黙らせる」
星は何も言わない。レミリアはその態度に対してさらに怒りがこみ上げてきた。
「…わかるのよ。運命が、運命が教えてくれるのよ。フランがどのような目に会うかを。力が暴走して大量虐殺し、ハンターに殺されるフラン。自分の力に嫌気が差し、自ら太陽の下に出、灰となるフラン。…幻想郷でも、力を危険視され、実力のある妖怪共が殺しに来る運命もあったわ!!わかる?!自分の妹が殺される運命を見る者の気持ち、妹を、最愛の妹を守るために監禁した姉の気持ち、貴女にわかるの?!!」
その場の空気が静かになった。聞こえる音は数名の寝息。
レミリアはまだ爪を突きつけている。星は何もせずに、取り乱すこともなく、ひたすら落ち着いたままナズーリンの頭を撫で続けている。
「あら、言い返したりしないのかしら」
「私にはわからない世界。それに対しては何も言えません」
再び静寂が空間を支配する。
「…う…ん……」
静寂が支配する中、床に寝転がるフランの声がレミリアの耳に響いた。レミリアは星から離れ、フランへ駆け寄る。
「…ふ、フラン?起きたの?」
恐る恐るフランに触れるレミリア。フランは規則正しい呼吸をしたまま眠っていた。
レミリアはフランが寝ているのを確認すると、フランの頭を撫で、安心した。
「レミリアは本当にフランが大切なんですね」
「…当たり前よ。たった一人の肉親ですもの…誰よりも大切よ」
星はその言葉を聞き、もう問題はないだろう、と安心した。
「私も、ナズは大切な家族なんです」
外に降る雪を窓越しから見つめ、星は今も眠っているナズーリンとの思い出を思い出す。
「…貴女も色々と大変みたいね」
星は首を横に振った。
「いいえ、大変ではありません。…私は、ナズさえ傍に居て下さればどんな運命にも耐えれます。もし、その運命の先に最悪の結末があるとしても、彼女となら逆らえますから。彼女も昔、私に言ってくれましたしね。…私となら何も恐いものはないと…」
「…いいわね。運命が見えなければ、私も貴女と同じようなことを言っていたのかしら。…でも、運命がわかったからこそ、フランは今もこうして生きている。これもまた事実。…私は本当にピエロみたいね」
運命がもしわからなければ自分はどんな人生を歩んでいたか、自分らしからぬ考えと理解しながらも、その考えをレミリアは長年切り捨てることができなかった。また、運命が見えるために、どうすればフランを幸せに出来るのか、守れるかを知ろうとしてしまい、結果、自分の能力に嫌気が差していた。
「…違いますよレミリア。…貴女は焦っているだけで、恐らく、一番良い運命、皆が幸せになる運命を見落としています。フランを守りたいと思ってしまうばかりに、ね」
「他の、他人の幸せなんてどうでもいいわ。この私の幸せすら、フランのためなら捨ててあげるわよ」
「…それではいけませんよ。フランはそれを望んでいません」
「………」
「それに、信じてあげないと、どんな未来も最悪の結末しか見れません。…もし、気に入らない運命が待っているならそれを覆し、自分で切り開けばいい。まぁ、運命について、何もわからない私が言えたことではありませんが…」
もうこれ以上自分が何かを言うのは意味がないと思った星は、寝ているナズーリンを抱きかかえると立ち上がった。
「丁度酔いも冷めましたし、今日はお開きにしましょうか。…それでは、私はナズーリンを部屋へ運んできますね」
「…えぇ、…酒を不味くして悪かったわね」
「気にしないで下さい。…十分に酒の肴になりましたから」
「それはどういう意味かしら?…って、もう居ないわね」
レミリアが星へ振り向いた時には、もう姿はなく、部屋には数名の人妖と、レミリアだけが残されていた。
暗闇の中、ナズーリンを抱きかかえながら廊下を歩いている星。ナズーリンは規則正しい寝息をしている。
「…レミリアとお酒を飲みながらお話するのは中々面白いですねナズ」
ナズーリンはまだ規則正しい寝息をしている。顔を赤くしたまま。
「今度一緒に酒を飲むときは、そうですね、お互い、家族の自慢話をするのもいいかもしれませんね」
「…それだけは止めてくれないかいご主人」
眠っていたはずのナズーリンの口が開く。
「おや、起こしてしまいましたか」
星は笑顔のまま歩みを止めない。
「…白々しいよ。私が起きていたことに気付いていたくせに」
苦虫でも噛んだ表情で負のオーラを纏っているナズーリン。
星は苦笑いする。
「それは、あんなに力強く服を掴まれたら誰だって気付きますよ。…まぁ、怒らないで下さいナズ。せっかくの可愛いお顔が台無しですよ」
「な!?か、可愛い…。…って誤魔化さないでくれ!何故あのとき、爪を突きつけられたときに何もしなかったんだ!下手したら殺されていたんだぞ?!」
ナズーリンが怒るのは無理もない。自分の使える主人が目の前で殺されかけていて、迷わずに動こうとしたらそれを止められたのだ。他でもないそのご主人、星に。
星はいきなり立ち止まり、外の雪を見始めた。
「…私の話しを聞いているのかご主人」
イライラしながら、星の顔を見るナズーリン。星は気にせず、外の雪をただ見ていた。
「レミリアは、フランの前では誰も殺しませんよ」
「…は?」
怪訝そうな顔のナズーリンを尻目に、星は少しだけ物思いに老けていた。
(…あのときも雪が降っていましたね)
幻想郷に来る前、ずっと昔の話の話、いつの頃の話か、それは二人にしかわからない。ただ、わかっているのは今日みたいに雪が降っていたこと。
寂れた寺の中で、外に降り積もる雪を星とナズーリンは見ていた。
『…ご主人』
始めに静寂を破ったのはナズーリンだった。
『なんですか、ナズ』
一呼吸おいてからナズーリンは話し始めた。
『私は、本当に君のために出来ることが少ない。ご主人が慕っていた聖たちの代わりすらできない。そんな私でも、ご主人は守ろうとしてくれる。それは確かに嬉しい。嬉しいけど、…守られるだけでは空しい』
星は何も言わずに、ただ雪を見ている 。ナズーリンはそれを確認すると言葉を続ける。
『確かに、私は弱い。雑魚妖怪と言われても仕方がないほど、にね。でも、そんな私にも心はある。雑魚妖怪だが、ちゃんと心を持っている。ご主人を守りたいと思う気持ちもある。…私に心配をかけたくないから嘘を吐いたり、偽ったりされると辛いんだ。とても悲しくなるんだよ。…過ちをもう一度繰り返したくないのはわかる。わかるが、もう少し私を信用してくれないかな』
ナズーリンが言い終わると、話をじっと聞いていた星は口を開いた。
『ですが、ナズ、私は貴女を危険な目には遭わせたくない。貴女を危険な目に遭わせるぐらいなら私一人で…』
しかし、ナズーリンは人差し指で星の唇を押さえて声を遮った。
『ご主人、君は勘違いしている。私は、君が一緒に居てくれるのなら何も恐いものはないよ』
悪戯っぽい笑顔で、ナズーリンは星に笑って答えた。
「ご主人、ご主人!!」
「え?はい?何でしょう?」
星はナズーリンの呼び声で我に返った。場所は変わらず、まだ廊下だ。
ナズーリンは不機嫌そうにしている。
「…やはり私の話を何も聞いていなかったようだね」
「ご、ごめんなさい、少し昔を思い出していて…」
星は慌てて謝罪した、が、ナズーリンの冷え切った目は変わらなかった。
「ふーん、昔って、いつ頃の?」
「…私が鬼と闘った頃ですよ」
「あぁ~、…確かに懐かしいね」
ナズーリンは感慨深そうに頷いた
「えぇ、懐かしいでしょう?…それじゃ、部屋に行きましょうか」
このままずっとここに居ては妖怪と言えども風邪を引いてしまうと考えた星は歩みを再開した。
少し進んでから、思い出したかのようにナズーリンは言葉を発していた。
「そうだ、ご主人」
「何でしょう?」
ナズーリンは顔を少し赤くしながらも星の目を見ながら言う。
「…私にとっても、君は大切な家族だよ」
星は一瞬呆気に取られたが、すぐに返答した。
「ふふ、ありがとうございます」
ナズーリンはさらに顔を赤くし、星に抱き抱えられたまま暗闇の廊下へと二人は姿を消していった。
「それはどういう意味かしら?…って、もう居ないわね」
レミリアが星へ振り向いた時には、もう姿はなく、部屋には数名の人妖と、レミリアだけが残されていた。
レミリアは呆れていた。本当なら、もう少し二人で酒を飲み交わしているはずなのに、自分が取り乱してしまったことで台無しにしてしまった。
星の言いたいことはレミリアもわかっている。わかっているからこそレミリアは認めたくなかった。それを認めるということは、フランを危険な目に遭わせる可能性があるからだ。
「…危険な目に遭わせるぐらいなら、全ての危険からフランを隠し、私が全ての危険から守るわ…だから、安心してねフラン。…私の身にもしものことがあってもパチェが守ってくれるわ」
フランを愛しそうにレミリアは抱き抱える。その心には、妹には危険な目に遭ってもらいたくない。これ以上辛い目に遭ってもらいたくないという想いだけがあった。
「…お姉さま」
フランは姉の香り、温もり、を感じながら目を開いた。
「…あら、起こしてしまったかしら?」
レミリアは、起きてしまったフランを抱き抱えたまま返事を返す。
「………」
しかし、フランはレミリアに何も返答をしなかった。
「…どうしたの?恐い夢でも見た?それとも、気分が優れない?水でも淹れてこようか?」
心配になったレミリアは、フランの手に自身の手を重ねる。少しでもフランが安心できればいい、不安を取り除いてあげたいと思っての行動。
「お姉さま…」
「何かしらフラン。何でも言いなさい。私に出来ることなら何でもしてあげるわよ?」
フランの為なら何でもするというレミリア。しかし、フランの答えはレミリアにとって予想外の返答だった。
「…ごめんなさいお姉さま。…本当は大分前から起きてたの」
「…え?」
フランの謝罪にレミリアは固まった。フランはそのまま話続ける。
「お姉さまがグラスを割ったとき、頬に冷たい感触がして、…起きてたの。…まだうっすらと眠くて、始めのほうはあまり覚えてないんだけど、…お姉さまの悲痛な叫びは聞こえたよ…」
「ふ、フラン…」
「…ごめんなさい、ごめんなさいお姉さま。私が、私がダメな吸血鬼だから、ダメな妹だからお姉さまに迷惑をかけた…。地下に私を監禁したのも、私を守るためだと知らずに、勘違いしてお姉さまを傷つけた…。…ごめんなさい、ごめんなさい…ごめ…ごめんなさい…。」
泣きながら謝り始めたフランをレミリアは強く抱きしめた。フランは叱られた子供のようにひたすら泣きじゃくる。
「違うわよフラン。…落ち着きなさい。大丈夫だから、ね?」
しかし、フランは泣き止まずに、懺悔を続ける。
「私が、私がいけないんだ…。私がお姉さまの幸せを奪ってる…。お姉さまは、お姉さまは私を大切な家族と言ってくれるのに…誰よりも大切と言ってくれたのに……」
「………」
レミリアは何も言えずに、ただフランを抱きしめるしかできなかった。
「…生まれなければ良かった。誕生しなければよかった。妹として生まれなかったら、生まれなかったら…」
「…フラン!!」
レミリアは怒鳴った。
「お、お姉さま…?」
レミリアの一喝に赤ん坊のように泣きじゃくっていたフランは驚き、落ち着きを取り戻す。レミリアはそれを確認すると、優しい口調で語り始めた。
「…それ以上、言ってはいけないわ。…お姉ちゃんは後悔何て一度もしていない。貴女が私の妹であることは誇りよ」
「でも、…嫌だよ。…いつも私を気にしてくれるお姉さまの足手まといは嫌…。私も、私もお姉さまを守りたい!お姉さまだけ危険な目に遭わせたくない!お姉さまの幸せを奪ってまで幸せなんかになりたくない!!…お姉さまは、たった一人の肉親なんだもん。私の知っている唯一の、家族だもん」
フランは自分の両親を知らない。唯一知っている家族はレミリアという姉のみだった。だからこそフランは、姉が自分のために動いていることを知り、何も知らなかった自分が嫌になったのであろう。
レミリアは悲しみで胸が張り裂けそうな気持ちになった。自分が正しいと思って行動した結果がフランを悲しませてしまった。
(…星の言う通り、私は焦っていたのかしら…)
レミリアにはわからなかった。確かに、星が言ったとおり、フランは自分と肩を並べて歩けるほどに成長はしている。だが、姉として妹を危険な目に遭わせたくないと思うのも事実。
今、ここは分岐点であろう。ここでどんな選択をすればいいのか。恐らく、運命を垣間見れば正しい選択肢がわかる。一番正しい行動を選べる。だが、レミリアは運命を見ようとせずに、ただ、ただ自分の言葉で、姉としての言葉でフランに話しかけた。
「…安心して、フランは悪くないわ。…独りよがりで動いた私がいけないの。フランは優秀な吸血鬼よ。それこそ私以上に優秀な吸血鬼。いつでも私を助けてくれる優秀な、とても優秀な吸血鬼。だから、安心して、ね?」
「で、でも…」
レミリアは抱きしめる力を緩め、フランの後部を撫でながら言葉を紡ぐ。
「フランは本当に何も悪くないの。…フランを信用し切れなかった私がいけないのよ。これからはフランにも私を守ってもらうわ。だから、泣き止んで。お姉ちゃんからのお願いよ」
「わ、わかった…」
レミリアのお願いに、フランは素直に返事をし、涙を堪えた。
レミリアはフランの返事を聞くと、抱きしめるのをやめ、フランの顔を見る。涙で酷い顔になってはいたが、レミリアにはそれがとても誇りに思えて、思わず笑みを零す。
「ほら、可愛い顔が台無しじゃないの。…これで拭きなさい」
自身のポケットからハンカチを取り出し、それをフランに手渡した。
「あ、ありがとうお姉さま…」
「ふふ、どういたしま…」
レミリアは固まっていた。フランは受け取ったハンカチで顔を拭こうとはせず、鼻のほうへと運んだからだ。
―――――チーン!!
フランは、レミリアから渡されたハンカチで盛大に鼻をかんだ。
ここはナズーリンの部屋。そこには二つ布団は敷かれていた。一つの布団には星が、もう一つの布団にはナズーリンが横になっていた。
「そういえばご主人。何故、レミリアはフランの前では誰も殺せないのか、理由を教えてくれないか?」
ナズーリンは星のほうへ寝返りを打ち、先ほどから疑問だったことに対して問いかけた。
「…何故、フランの前では誰も殺せないか。…それは、かつての私も同じだったからですよ。…では、おやすみなさい…」
星は眠そうに答えると、ナズーリンに背を向け、寝始めた。
「いや、それだけだとご主人しか意味がわからないよ…。…お~い、ご主人?…お~い?…寝てしまったのかい?…仕方がない…か。おやすみ…」
ナズーリンはしつこく追求することはしなかった。
星は意識が薄れる中、部屋の窓から外を見ながら昔の自分とレミリアを重ねていた。
(…誰でも、最愛の家族の前では惨めな姿は見せたくないものですよ。危険な目に遭わせたくないと思うなら尚更。……それに、空しいだけですし、…できれば、綺麗なまま、ずっと笑い続けたいですから…)
外には、雪が降る中、二人の吸血鬼が居た。一人は気落ちしているように見え、もう一人は物凄く楽しそうに帰っている。
星はその光景を最後に深い眠りについたのだった。
レミリアがフランの幸せを願って自分のことをないがしろにしたらフランが幸せにならない。だから、結局両方損をする。
でも、二人が相手のことを認め合うことで解決する……難しくて簡単ですね。人を幸せにするっていうことは