木々が実をつけ、葉は黄金色に染まる季節。やがて、葉は色落とし、その色と同じように体を落としていく。
石畳の上に葉が一枚落ちる。
「今年も遂にこの季節が来たわね」
竹箒を片手に物置小屋から少女が一人姿を現す。
彼女の纏う紅白の服のおかげで一目で少女が巫女だと分かる。
少女は一度、石畳の一番先にある賽銭箱を見つめそれからその奥に佇む神社を仰ぐ。
この神社こそ人々、妖怪から崇められこの世界の存在を守っている神社。博麗神社である。
そしてそれを見上げる少女はその神社の持ち主である博麗霊夢だ。
霊夢は見上げるのを止めて箒を構えて落ち葉を石畳から追いやる。
箒の擦れる音だけが彼女の周りを取り巻く。
遂に掃除が終わり、霊夢は満足したように頷く。
小屋に戻ろうとした時、遠くから何かが聞こえてきた。
風を切るその音は間違いなく霊夢の聞き覚えのある音だ。
空を見上げ、面倒くさそうにその音の正体を待つ。
やがて青空の果てに黒い豆粒見え、それは神社の敷地の上につくとゆっくりと降下してきた。
霊夢の持っている箒とは違う種類の箒にまたがり一人の少女が霊夢の前に降り立つ。
「よう」と、男勝りな態度で霊夢に挨拶をしてくる。
霊夢も手のひらで返事をし小屋に向かう。
「おいおい、今日は一段と素っ気ないな」
黒を基調にした、服装のその少女が、これもまた黒色の帽子を押さえながら霊夢を追いかける。
霊夢が振り返る。
「魔理沙。あんたが風巻き起こしながら現れたりするからいけないのよ?」と石畳を顎でさす。
魔理沙と呼ばれたその少女は「はあ?」と悪態つきながら後ろを振り向く。
神社とその入り口である階段をつなぐ石畳には魔理沙が起こした風で木の葉が再び散らばっていた。
「あんたがやったんだから。片付けといてよ」
それだけ言うと霊夢は再び小屋を目指した。
魔理沙は渋々、石畳に向かった。
「終わったぜ」
神社の裏手に回ると縁側がありそこで霊夢はお茶を飲んでいた。
魔理沙は霊夢の隣に腰を下ろし、箒を縁側にかけて用意されていたお茶を手に取った。
「それで?なんの用なの?」
霊夢が湯のみから口を離し魔理沙に尋ねる。
霊夢同様に魔理沙もお茶を飲むのをやめる。
「おう、落ち葉掃除のせいで忘れる所だったぜ。話ってのは大体察しがつくと思うが」
「宴会でしょ?」
魔理沙が笑う。
「やっぱ、分ってんじゃん。って事だからまた準備してくれよ。私は人集めてくるからさ」
少女達に宴会をする特別な理由なんて全くない。ただ皆で集まって楽しみたいだけだ。
魔理沙以外の人間、そして妖怪も集まれと呼びかければ大抵、来る。
霊夢も宴会は好きな方だった。準備と片付けはとても面倒だが。
「分かったわ。幸い、まだ午前だし夕方には準備が整うと思うわ。あ、萃香は早めに連れてきて」
それだけ聞くと魔理沙は待ってましたといわんばかりに、箒にまたがり、手を振りながら彼方に飛んで行った。
「さて、と」
霊夢はお茶を飲み干し萃香が来るまでは、なるべく簡単な事からやろうと思い、早速準備に取りかかった。
「つー訳だ。夕方になったら来てくれよな」
湖の畔にその身を置き荘厳な構えを見せる紅魔館の一室で魔理沙の声が響く。
相手である館の主、レミリア・スカーレットは豪華なソファに体を沈めながら答える。
「咲夜とパチュリーと美鈴を連れてくわ。……ああ、もしかしたら日が沈むまで行かないと思うけどある程度集まってたら勝手に始めてていいわよ」
いつもの事だよな、と魔理沙は笑いながら返しつつ、ふと、レミリアの手首に目をやる。
「なんだそれ?」
レミリアの手には何やら黒い物体が巻きついていてその物体の一部分だけ丸い形をしている。
「美鈴が拾ってきたのよ。館の前に落ちてたらしいわ」
レミリアはそれがついている方の腕を振り上げる。
「図書館にあった本に書いてあったんだけど、外の世界の物だそうよ。たしか、デジェタル時計?とかなんとか」
「お嬢様。デジタルでございます」
「そう、それ」
ソファの後ろに控える咲夜の指摘を受けてもう一度、魔理沙の方に顔を戻す。
「そういうのって、やっぱ紫に言った方がいいんじゃないか?」
魔理沙は眉をひそめて言う。
レミリアはソファの背もたれに手を投げ出して答えた。
「いーの。私が飽きるまでこれは私の物だもの。それに、なんか怪しかったり危なかったりしたらあっちの方からくるでしょ」
魔理沙は素直に納得し、頷いた。
「そいつもそうだな。んじゃあ、私はこれで」と言って、魔理沙は立ち上がる。
「ん。咲夜、玄関までお連れしなさい」
レミリアが手をひらひらさせながら命令する。
咲夜はお辞儀をして魔理沙の前に立ちドアを開けた。
さきほどの西洋式な建物とは一変して木造の小さな家々連なる場所、人間の里へたどり着いた。
その中から魔理沙は目的の場所を探した。
しばらく、そこを探しながらぶらぶらしていると人だかりにぶつかった。
「なんだあ?」
背伸びをして村人が見ている方を見つめる。
人々の頭と頭の間からそれを見た。
見たこともない形だがどこか馬車に似ているような形式。これも馬車同様に物体の下には四個の車輪がついていたが、馬車のそれとは少し違う様子だった。
その得体の知れない物体の前に見覚えのある姿を二つ、確認した。
人混みをかき分けそこに向かう。やっとの思いで人混みを抜けた時、そこにいた一人が振り返った。
白銀に輝き所々に美しい小川の様に流れる水色の髪がたなびく。
「お、魔理沙じゃないか」
その声につられてもう一人も振り返る。
こちらも白く輝いているが、どことなく色が淡い。
「どうしたんだ、これ?」
魔理沙はそこの風景とは全く相容れない物体を指差した。
すると色の淡い方が答える。
「慧音が最初に見つけたんだ。多分、あっちの世界から入って来たんだろう。竹林の中では本当に稀に見かけるんだけど、里の中は初めてだな」
あっちの世界と言うのはもちろん、先ほどレミリアの言っていた外の世界の事だ。魔理沙は慧音に尋ねる。
「どうするんだ?これ」
魔理沙は寺子屋の目の前に構える異質な物体を指差す。
「妹紅に運んでもらう。お前は何か用事があって来たのだろう。すまないな。少し待っていてくれ」と、言うと妹紅に耳打ちをし、妹紅は頷く。
「みんな!危ないから少し下がっててくれ!」
慧音が叫び、それに従い魔理沙含む野次馬がその場から身を引く。
妹紅は周囲を確認しその物体の下に両手を入れる。
ゆっくりと、物体は持ち上がり、妹紅はそれを頭の上にかがげた。
「じゃあ、頼む」
慧音が魔理沙の元に来て妹紅に言う。
「ええ」
その声に答える様に妹紅の背中から紅蓮が吹き出て、はばたきを見せる。
あっという間に空に上がり、竹林の方へ消えていった。
「どこに持っていくんだ?」
「一応、竹林だ。あそこなら人間が見つける心配はない。さて、寺子屋で話を聞こう」
いや、ここでいい。と魔理沙は慧音を制し宴会の事を話した。
「毎度の事だな。分かった。妹紅と一緒に行こう。早めに行って準備を手伝うよ」
「悪いな」
魔理沙は慧音に手を振り人間の里を後にした。
一日に二回も外の世界の物を見るなんて……ただの偶然だよな?
「紫様、紫様」
幻想郷のどこか。金髪で独特な頭巾をかぶった女性が、彼女の主である八雲紫を探す声が響く。
「どうしたの?藍」
どこからともなく姿を現した紫に少し驚きすぐに冷静に戻った藍は紫に紙を渡した。
「橙からです。今日も宴会をやるそうですよ」
どうやら、橙が魔理沙と出会い宴会の事を聞いたらしい。
「行きますか?」
「もちろん。幽香も幽々子も来るんでしょうね?」
「ええ、魔理沙はそう言っております」
「なら、尚更ね」
主の嬉しそうな顔とは対照的に藍は少し俯きぎみだった。
「……どうしたのかしら?」
紫は藍を見つめて尋ねる。
「その、とても申し訳にくいのですが……」
藍はゆっくり、懐から数枚の紙を取り出した。
「では、皆さん!!!かんぱーいぃ!!!」
かんぱーい!!
萃香を先頭に神社に集まった皆が音頭をとりそれを合図にそれぞれが酒を飲み語り合い始めた。
「なんで、あいつが乾杯の音頭とってるのよ」
霊夢が恨めしそうに萃香を見据える。
「まあまあ。いつもの事じゃんか」と、魔理沙がなだめる。
あたりを見渡し感嘆の声をあげる。
「それにしても、今日もいっぱい来たなあ。……地獄のやつらも普通に来てるぜ」
と、魔理沙が顔を向けた場所には湖に住む妖精、チルノと大きな黒い翼に白い布を被せ、黒髪を流している地獄烏の空が難しい顔をして対峙していた。
彼女らの間には緑色の板に白い線が描かれている盤が置かれておりその線で造られた四角の中には白い円盤と黒い円盤が並んでいた。
多分オセロをやっているのだろうと魔理沙はその様子を見に行った。
「ここで伏兵発動!!」
空が自分の黒い円盤をなぜか四つ取り出し白い円盤に乗せる。
「きゃあぁぁぁぁ!!!!ふ、伏兵!?そんなところに!?」
チルノは悲痛の声を上げ自分の白駒が黒に変わっていく様を見つめる。
「………」
私が知らない、遊びなんだな。多分。
立ち上がりふと反対方向をみるとパチュリーとアリスが本を広げ何やら語り合っていた。
その間、アリスの人形は長机の隅っこで一人漫才のようなものをしている。
それを見ている藍や橙、リグルなどの様子を見る限りではきっとおもしろいのだろう。
長机は三つ用意されていてその中の真ん中の机が物凄く盛り上がっていた。
萃香と勇儀、鬼の二人が何か始める様だ。二人は肘を机につきお互いの手のひらをがっちり掴む。
萃香と勇儀ともに顔が赤い。いや、萃香はいつものことだ。
美鈴が勝負の合図をとり、戦いが始まる。
萃香に傾き勇儀に傾き、その都度、歓声と口笛が飛び交う。
やがて一方が力尽きより大きな歓声が上がった。
その机の隅では妹紅達と永遠亭グループとその他数名が皆それぞれが色の違う四角い板のような物を持ち何やら盛り上がっていた。
「キラー来たぁ!!!」
「ちょっと、誰よ!?甲羅飛ばしてきたの!?」
と、盛り上がっている一同に近づいて様子を見ると、驚いたことに皆が持っている板の中で絵が動き回っている。
「すげえな。なんだこれ?」
魔理沙が輝夜に尋ねると横から「私が落ちてたのを拾って改良したの」と河童のにとりが胸を張り答えた。
「ふーん。納得」
それにしてもこんなものが妖怪の山に落ちてるのか?やっぱり外の世界から入ってきたのだろうか?まあ、今はいいや。
「やったー。また勝ったー」
輝夜が拳を上げて喜ぶ。一方の妹紅は手のひらを白くするほど板を握り締める。
「もう一回だ!!あのコーナーで甲羅に当たらなければ…!」
「ちょっと、四個しかないんだから交代でしょ?」
とルナサが妹紅から板をひったくると、笑いが生まれ、妹紅も渋々引き下がった。
そんな盛り上がりとは別に右の机ではたくさん将棋板が並べてあり紫やら妖夢、早苗などが駒を動かしていた。
いや、妖夢と言うのは間違えだ。妖夢の隣には幽々子が座っていて、対戦相手である幽香が駒を置くと妖夢より先に駒を動かしてしまうので、妖夢は今にも泣きそうだ。
そして幽香が微笑みながら駒を動かすと幽々子が「あ、詰んだ……」と呟き、遂に妖夢が目から涙を溢れさせながら幽々子に抗議の声を上げたがそれを遮り幽香と幽々子は勝負を始めてしまった。
しばらくの間、幽々子の横で抗議していた妖夢だったが、何を思ったか、怖い話を語る諏訪子の方へふらふらと行ってしまった。
「……おいおい」
魔理沙は苦笑いを浮かべ、視界の端で紫が立ち上がったのを確認した。
紫はどうやら神奈子に勝ったらしく、満足そうにしかしどことなく複雑な顔をして霊夢に近づいて行った。
「魔理沙」
先ほど紫が座っていた方から呼びかける声が聞こえ魔理沙は紫からそちらの方へと目を移す。
「今度はあなたが相手をしなさい」
神奈子が将棋板を軽く叩いて言う。
「ほいほい」
魔理沙はそれに応じて席についた。
後ろの方から萃香の罵声が聞こえそれに続いて他の者の歓声が上がる。
こんな日がずっと続けばいいのにな。
魔理沙は笑みをこぼして駒を打った。
とても騒がしい大広間を出てそことは対照的に静かで少し肌寒い部屋に紫と霊夢の姿があった。
外はすっかり黒くなり秋の虫が鳴いている。
「あそこで、できない話って言うのは?」
最初に霊夢が口を開き紫に問う。
霊夢は先ほど宴会の間で見た紫の様子に少し驚いていた。
普段、宴会などの皆が騒ぐ行事では先陣をきって騒ぐ種類の人格である彼女が今日に限ってかなり落ち着いていた。いや、何かに怯えているようにも見えた。
正直、彼女のそんな姿を見たのは初めてだ。
今も先ほどと変わらない、どことなく不安そうな顔をして紫は霊夢に紙切れを手渡した。
霊夢は何も言わずに受け取る。
「見つけたのは藍よ。文から撮影機を借りて写したらしいの……」
霊夢は息を飲んだ。
その写真には、竹林が写されていた。それだけならただの風景だが、竹が生える地面に、ありえない物が写り込んでいた。
「これは……?」
見たこともないとても大きな無機質の塊が昔からそこにいるかの様に平然と置かれている。
長方形の体に羽のような突起を左右対称に伸ばしているそれは明らかに幻想郷にある物ではない。
「多分、外の世界で飛行機と呼ばれている物よ。人や物を遠くへ運ぶ乗り物なの。それがここに現れた」
「人は乗っていなかったの?」
「ええ。幸ね」
霊夢が紫の方に目を戻すと、紫は続ける。
「珍しいけど、今までに無かったことじゃないわ。外の世界の物や人が迷い込むのは。だけど、それは大抵、小さな物だった……。今回のは規模がでかすぎる。幸い竹林で藍がすぐに見つけてくれたから誰にも見つからずにあっちへ戻すことができたわ」
紫が一息おき額に脂汗をかきながら続ける。
「後の写真も同じ物よ。だけど、さっきも言ったように今までよりも明らかに規模が違いすぎる」
「二重に張った結界が弱まって大きく剥がれてきている箇所が複数あるかもしれない。もう少し発見が遅れたら危なかったかも知れないわ」
霊夢は安堵の息を吐く。
「なんだぁ。剥がれてるならすぐに直しにいけばいいじゃない。驚かせないでよ」
紫は少し声を荒げて言った。
「見つけたら修復は楽だけどここまで大きくなったのは初めてなの。もしかしたら、幻想郷が無くなるところだったのよ?そりゃ、顔面蒼白にもなるわよ」
それもそうだろ。紫からしたらこの世界は本当に大切な物なのだ。絶対に無くしてはならない、彼女の最高の夢なのだから。
「それにしても、あなたにしては大袈裟よ」
緊張の糸が切れしばらくの間、二人で笑った。
「じゃあ、いまから行くのね?」霊夢は立ち上がり御札のしまってある箪笥に向かう。
「ええ、結界の応急処置は藍が済ませてるけど、できることなら早めにやらないと」
紫も立ち上がり、何も無いところで指揮棒の様に指を下ろす。
空間がへこみ、やがて線になりみるみる横へ膨らんでいく。
紫が中に入り霊夢も続いていく。
「結構いろんな場所が剥がれてるわ。もしかしたら宴会に間に合わないかも」
「じゃあ、急いでよね」
一方こちらはまだまだ盛り上がる宴会場。酒を飲みすぎつぶれてた者や、延々と喋り続ける者で溢れていた。
「次!!かかってこぉい!!」
宴会場の外にある少し大きめの庭園で萃香が手を打ち鳴らしながら叫んでいた。
「やっぱ、つええな……」
「当たり前よ!!鬼が人間に力技で負けるか!」
円の中から突き飛ばされ尻もちをついていた魔理沙は近くに寄ってきたアリスの手をとり中に戻った。
萃香が外にでたおかげで中は少し静かになっていたが諏訪子の怪談、アリスの人形の漫才、輝夜達の対戦げえむとやらはまだ続いていた。
アリスが座布団の上で腰を下ろしたので魔理沙も隣に座る。
「霊夢はどこにいったのかしら?」
アリスが机の上に置いてあった誰の物か分からない箸を手に取り目の前の食事を口に含む。
「そういや、紫とどっか行ったな。……またよくない事かな?」
「ま、戻ってきたときに聞けばいいわ。それより…」
と、アリスはそこで霊夢達の話を止め持っていた手提げ鞄から魔法に関する書物を取り出した。
「ここの項目なんだけど……」
「……」
「何見てるの?」
レミリアが珍しくお茶を啜りながらパチュリーに尋ねた。
「別に」
パチュリーは持っていた本を開き、読み始める。
そして何やらぶつぶつと唱え始めそして、本を閉じる。
「そういえば咲夜は?」
レミリアが宴会の間は自由にしてよいと彼女の従者達に言った後、最初のうちはレミリアの側にいた咲夜だが、酒がまわるにつれ何処かに行ってしまった。
「あそこ」
パチュリーが指を指した方向には、諏訪子を囲んで咲夜達が深刻な顔で彼女の話を聞いていた。
「何やってるの?」
「怪談だそうよ」
レミリアが口を開けて笑い立ち上がる。
「私もちょっと、行ってくるわ」
そう言って諏訪子達の方でなく外へ向かって行った。
外から「お!今度はレミリアか!!」と嬉しそうに声が響いてきた。
「おい!?お前、服が燃えてるぞ!?」
「きゃあ!?……パチュリィー!!!」
「で、何でこうなったの?」
霊夢と紫が結界の修復を終え、神社に戻ってきた時、宴会場は変わり果てた姿になっていた。
襖が吹き飛び真ん中の長机は真ん中で綺麗に割られている。
食材が飛び散って、ほぼ全ての皿が床に落ちている。
霊夢の冷やかな目の先には、アリスと魔理沙、パチュリーとその他諸々が正座をしていた。
「いやぁ……アリスの服から火が出てきて、アリスが『お前だろ!』ってパチュリーに飛びかかったんだよ。そんで、アリスの人形が漫才中断してアリスの加勢に入ってもみくちゃになってる時に、橙が漫才の続きが見たいって駄々こね始めて、それ見た藍が『漫才続けろ』って仲裁…じゃないな。介入して三つ巴になった。盛り上がってきた所に萃香が跳んできて……まあ、そんな感じでこうなった。」
あってるよな?と、魔理沙が他の正座をしている者の方を向き問いかける。
宴会場にはまだ皆、残っており説教されている者以外は楽しそうに各々したいことをしている。
「今回は怪我人とかがでなかったからいいけど片付けだけはあなたたち。きちんとやりなさい」
霊夢の説教が終わると萃香は早速、飛び出していった。
他の者は最後の言葉を聞いて気だるそうにその場を後にした。
その姿を見ながら紫は笑い、霊夢もまた、「まったく」とため息をつきながらも内心では微笑んでいた。
そして二人もまた宴会の中に身を投じた。
「あなた達で最後ね。パチュリーは片付けが終わったら帰すわ」
レミリアがひらひらと手を振り翼を広げ満天の星空へと消えていき咲夜、美鈴もそれに続く。
誰もが永遠に続いて欲しいと願う時間も終わりを告げた。
誰からでもなく帰路につき、いつしか神社にはいつものような静寂が訪れる。
宴会場となっていた神社の中は宴会で使われたあらゆる物が片付けられ先ほどまでの面影を一切、消した。
最後の襖を取り付け、大部屋であった場所を二つの小部屋に直しやっと片付けが終わった。
「終わったー」
魔理沙と萃香が畳の上に寝転がる。
「疲れた。私、今日ここで寝るわ」と萃香の呟きを無視し霊夢が口を開く。
「片付け手伝ってくれてありがとね。もう、帰っていいわよ」
藍がお辞儀をして橙を連れて玄関へ向かう。
それに続いき、残った他の者も自分の寝床に向かった。萃香を除いて。
「あんた本当にそこで寝るの?」
返事がない。深い呼吸を繰り替えしている所を見るとどうやら本当に眠ったらしい。
霊夢はため息をつき、萃香に布団と被せる。
楽しいことがあった後は、心の中にぽっかりと穴が開く。今の霊夢の心の中はまさにその状態だった。
それから自分の寝室に赴き布団の中へ潜った。
真っ暗闇の中、霊夢はぽつりと呟いた。
「今日はあまり騒げなかったなぁ」
天井に向かって語りかける。
結界の件でしばらく開けていた霊夢は少ししか宴会に参加できなかった。
まぁ、いつでもできるんだ。皆、集まれるもの。それにしても、今日の結界の歪みは紫のいった通り大きかったなぁ。
今日の事を振り返っている間に眠気が目の上に滑り落ちてきて霊夢は夢の中に入った。
瞼の向こう側が白くぼやける。
何だろうと思い目を開けるとすぐに朝が来たのだと悟った。
少し肌寒くなってきた来たので体を震わせながら布団からでる。朝の光と同時に風が吹き体を凍えさせる。
いつも寝ている所と様子が違ったのであたりを見回す。
「あ、れーむの家か」
一人呟き、外へ出ようと玄関へ向かう。まだ昨日の酒の影響が残っているのかふらふらする。
玄関にたどり着き扉を明け、裏手から表にまわり神社の前に向かう。
紅葉した木々に見とれていた萃香は最初、それに気がつかなかった。神社の目の前、広場のど真ん中にそれが置いてあった。
一気に酔いが覚め、開いた口が塞がらなくなった。やっとの思いで、声をだし叫んだ。
「れ、れーむ!!!!」
霊夢に呼ばれ、神社の前に姿を現した紫は愕然とする。
「こんな……」
そこには神社と同等の大きさを誇り、しかも、幻想郷では使われるはずの無い素材でできた船が睥睨するかの様にこちらを見下ろしていた。
「萃香には、他の誰にも話さないよう言っておいたわ」
冷静を装う霊夢だったが声が所々震えていた。船の様子を見ると長い間使われずに放置されたものの様だ。
「幻想郷に海は無い。川にはこんなもの浮かべれないし……明らかに外の物よ」と霊夢が続ける。
「昨日、修復したはずなのにどうして!?こんなこと今までにあった!?」
我慢できず、遂に霊夢は声を荒げた。
紫は何も言わずに何度も首を振り、しばらくして霊夢の方を振り向いた。
「結界の状態を今すぐ確認して。私は藍に今やらせているけど、私の方の結界に何の支障もない」
霊夢は神社に大股で戻り、しばらくすると先ほどよりもきつい剣幕で戻ってくるやいなや、紫に詰め寄る。
「私の結界も全く問題ないわ!!いつも通り、正常よ!なのに、なんで…」
目の前で起きる不可解な現象に霊夢はその場で座り込む。
紫は空を見上げ誰に言うのでもなくこう言った。
「結局。こうなるのか……」
涙を堪えきれず紫は何百年ぶりに涙を流した。
「私たちはこれからどうなるの?これから!!」
霊夢が紫に泣きつき紫が抱きとめる。紫は霊夢の頭を撫で、自分に言い聞かせる様に霊夢に囁いた。
「まだ、大丈夫。私たちの夢は終わらない。でも、聞いて霊夢。これは、とっても大事な話……」
船が大地に沈み込み、紫がゆっくりと口を開いた。
霊夢の突然の呼び出しにより魔理沙は箒にまたがり人間の里へ向かった。
そこで魔理沙は思いしない光景を見た。
おびただしいほどの人と妖怪が人間の里に集まり固まっている。
様々な種族がせめぎ合い、その集団は博麗神社へとへその緒のように繋がっていた。
「これ……幻想郷の全員が集まってるのか?」
神社へ続く階段の途中に見慣れた顔を見つけそこに降り立つ。
「アリス、どうなってんだ?これ?」
魔理沙の姿を確認したアリスは少し安心したような顔で喋り始めた。
「あなたも呼ばれたんでしょう?多分、ここにいる人たちも全員そうね。…霊夢が何かやるみたいね」
「これ、全部をか……」
階段の下にいる人々の数を見て改めて圧巻する。集まっている人々は皆、霊夢に呼ばれたとか紫様が来いと言われていたなどと話している。
その顔はすこし不安に曇っていた。
「私は上に行って、事情を聞いてくる」
「ええ」
魔理沙は人ごみの中から飛び出し神社へ向かった。
想像通り、神社の広場にも大勢の人や妖怪がいた。彼らが神社の目の前で霊夢の名前を叫んでいる様子を見るとどうやら霊夢はまだ姿を現していないらしい。
箒で賽銭箱の前に降り彼らにまじり霊夢の登場を待った。
何故だか緊張し、汗が吹き出る。鳥肌が立ち、彼女に嫌な予感を知らせる。
「早く説明しろよ……!!霊夢!」
「理論上の設定は終わったわ。そっちの結界は?」
神社の奥深く、二人の少女が彼女らにしか理解することのできない書物を取り出し御札に文字を書き込んでいる。
「こっちも終わったわ」
霊夢が大きく息を吸い込んで再び吐く。吐いた息と同時に冷や汗が背中を伝う。
「大丈夫。上手くいくわ。幻想郷は終わらない」
紫が慰め彼女の手をとりともに立ち上がる。霊夢は何度も頷き自分の作り上げた御札を服に仕舞う。
「音の境界を開けて全員に聞こえるようにしておいたわ」
霊夢は頷き目的の場所に足を進める。
しだいに群集の声が聞こえてくる。この障子の向こうに彼らが待っている。
両手でゆっくりと開く。
光が彼女を照らし、それに続いて群集の歓声が彼女を飲み込む。
「皆さん。聞いてください!」
少女の一喝で声が止む。
少女の声が空に昇り幻想郷全土に響き渡った。
霊夢が一息おき喋り始める。
「私がここに呼んだ理由はあなた達にとって耐えがたいものだと思います。ですが、最後まで聞いてください。そしてもし、あなた達がそれを受け入れなくても、私とここにいる紫はそれを強行します」
その言葉を聞いて人々は、押し黙る。自分たちの口出しして良い事ではないのかもしれない。誰もがそう思った。
「最近、幻想郷内で外の世界の物が頻繁に目撃されていました。これは私たちの結界の都合上、仕方の無い事でした。ですが、今、結界の支障とは他の原因でそれらが幻想郷に現れるようになりました」
そして、霊夢は俯き覚悟を決めたようにその一言を放った。
「幻想郷は外の世界に飲まれようとしています」
群集は自分達の周りの者と騒ぎ始める。
「大丈夫です。落ち着いてください」
霊夢がなだめ再び群集が静まり返る。
すると、一人の少女が霊夢に尋ねた。
「何でだ?この世界がどうして外に飲み込まれるんだよ?」
賽銭箱の前にいたその少女は霊夢の方へ駆け寄る。
その声に霊夢は戸惑い「魔理沙……」と口を動かす。
「飲み込まれるとどうなるんだ?」
霊夢は少しうつむき加減で返す。
「外に対応しきれない幻想郷はこの世界自体を不安定な境界の隙間に置いてしまう。そうすると物事の境目が一瞬で消滅して皆、無に戻る」
魔理沙は脂汗をかきながら続ける。
「じゃあなんでそうなったんだ?そんで、それを止めるためにお前らがなにをするかも教えてくれ」
揺るがない眼で霊夢を見つめる魔理沙を見つめ返し霊夢は口を開いた。
「一言で言えば、境界の消滅」
魔理沙は怪訝な顔をしておうむ返しする。
「この世界では非常識な事。つまり、外の常識が次第にこちらの常識になりつつあるの。……外の世界の物を抵抗無く受け入れたりするからね。それによって、常識と非常識の境界が少しずつ消滅して、私の方の結界。博麗結界が機能が意味の無い物になってきているの」
魔理沙は昨日、妹紅やっていた遊びやレミリアのつけていた時計の事を反芻した。
「それだけのことで、私たちの世界は消えちゃうのか?そんなに脆い世界なのか?」
紫がピクンと肩を動かし魔理沙に言う。
「想定外のことだった。外の世界から見捨てられた妖怪や煙たがられる人間。他にもいろんな非常識を集めたつもりだったのに、非常識達は常識に興味を示してしまった。そして、その興味は次第に願望となって無意識に常識に帰りたいと願い始めたの。それは、私なんかが止めれるものじゃ無い」
魔理沙が目を見開き聞き返す。
「私たちが、常識を求めている?」
「そうよ」
「私たち自身が……幻想郷を壊そうとしている?」
「……そうよ。自覚が無くてもあなた達はこの世界を、私の幻想を終わらせたいと願っている」
少女達のやりとりをただ見つめる群集は自分達の内なる心もそうなのかと魔理沙と同じ感情に捕らわれた。
「だから、一旦、あなた達全員を外の世界に移す」
紫の口からいきなり出た、突拍子の無い言葉に魔理沙は今度こそ言葉を失う。
群集も魔理沙同様、生唾を飲み、次の言葉を待った。もはや、自分達の力でどうこうできる問題ではない。皆、そう悟っていた。
「そしてその後に、幻想郷の全てを再構築する。新しい非常識と常識の境界を創りあげ結界も今とは違う新たな物に創り直す。再び出来上がった幻想郷は見た目は今と変わらない物になるけどあらゆる物の境界が変わっているかもしれない」
「その間、私たちは?」
魔理沙がやっとの思いで聞き返す。
「外の世界で生活してもらう。大丈夫よ。皆の生活は保証する。私の力であなた達一人一人の生活を向こうの世界に作ってある」
すると、一人の妖怪が声を上げた。
「俺達妖怪は外の世界でどうなる?」
「認めれないかもしれないけど、妖怪を含め全ての生き物はあらゆる能力を失い、人間となって外の世界に移される。死んでいる者も私の境界の力で死と生の境目を少しずらして、あっちの世界では生きている者として存在することができる」
「幻想郷に残っていたらどうなる?」
「再構築中の幻想郷は粘土のような塊になっているの。残った者はその一部となって、言葉通り本当に土に還る。……ここの皆には死んでほしくない。だからお願い……私の願いを聞いて…」
紫が肩を震わせ懇願する。霊夢が後を引き継ぎ続けた。
「大丈夫。あっちの世界に行ってもまたあなたたちはめぐり逢えるはず。ここにいる皆はまた幻想郷に訪れるはず」
確証の無い言葉だったが群集は信じた。一人が拳を上げ叫ぶ。それに続いて皆が霊夢に感謝や励ましの言葉を送った。
自分達にはどうすることもできない。だったら、この二人を信じてみようじゃないか。誰もがそう思った時。
「ちょっと待て」
口を開いたのは魔理沙だった。再び静寂が訪れる。
「お前たちはどうなる?そこまでとんでも無いことして無事なのか?」
先ほどと同じ目だった。鋭い眼光で嘘を決して言わせまいとする、そんな目だ。
霊夢は諦めたように微笑み魔理沙に言った。
「正直に話すわ。多分に幻想郷から消えるかもしれない」
幻想郷の全てから音が消えた。何も聞こえない。そこに住むありとあらゆる者が霊夢の声に集中していた。
「あなた達を境界の力で移した紫はそれだけでも危ないかもしれない。これだけの規模だもの。どうなるか分かったものじゃないわ。そしてその後の再構築。新しい境界を創る時、相当な負担がかかるの。それに構築の間は外の世界にいたら構築そのものができないし幻想郷にいたらさっき言ったようなってしまう。だから境界の隙間に入り込んで構築をするのだけど、完成した時には力尽きて隙間を漂いつづけて抜け出せないかもしれない」
あくまで、かもだけどね。霊夢は微笑みながら付け足した。
魔理沙も皆も全員が耳を疑った。
「そんな……」
紫が浮かび上がり里の方へと向かう。
魔理沙は霊夢の胸ぐらを掴み罵声を浴びせる。
「ふざけるな!!そんな所、住みたくもない!!」
「じゃあ!!どうするのよ!!??他に何ができる!?あなた達に何ができる!?」
少女二人の叫びが幻想郷を駆け巡る。
魔理沙の頬に一筋光が伝う。光の粒が落ち、それからぽろぽろと大きな粒が続いていく。
彼女の肩を抱く霊夢もまた目から涙を零していた。
「大丈夫。あなたが信じてくれれば、いつかきっと……また…」
光が降り注ぎ、大衆が一気に飲み込まれる。魔理沙もそれに照らされ不意に霊夢から、手を離してしまった。光が目の前で炸裂して霊夢が見えなくなった。
手をのばし霊夢を掴もうとする。しかし、ただただ空を握るだけだった。
私たちはなんて……
普通に暮らしていただけだった。
何も不満じゃなかった。
私たちは、幻想の人々は幸せに満ちていた。
なのに私たちは心の中で、常識を求めていた?……外を求めていた?
そうだったのかもしれない。
だけど、こんなのって……
「なあ、霊夢。私達は……なんでこんな……無力なんだろう」
光の中意識が途絶え頭が振り回される様な感覚に落ちて魔理沙の意識は暗い場所に落ちて行った。
私の夢は壊れた!!幻想は終わったの!!さあ、皆!!戻りなさい!!あるべき場所へ!!
ジリリリリリリリ………
音の根源を叩きつけ私、霧雨魔理沙はいつも通りの朝を迎えた。
壁に張り付く時計を確認し、学校の制服を用意し階段を降りて家族が迎える食卓に向かった。
「あんた、また顔洗ってないでしょ?汚いから洗って来なさい。そんなんだからモテないのよ?」
母が朝食を用意しながら言う。
「ほいほい」生返事を返し私はふらふらと洗面台に行き顔を洗い鏡の向こうの私を見つめる。
いやぁ、なかなかかわいいと思うんだけどなぁ
などと戯れ言を頭に浮かべつつ食卓に戻った。いつも通りの朝食のパンが目の前に置いてある。
私はいつも通りそれにジャムを塗り口に含む。
食事を終え、リビングで学校の用意をしていると父が見ていたニュースが耳に入ってきた。
「今朝から行方不明になっている人気アイドルの永江衣玖さんのマネージャーの方の話しによりますと…」
私は顔を上げてテレビを見つめ、名前の呼ばれたアイドルの写真を確認し再び鞄に目を落とす。
「じゃあ、行ってきまーす」
父と一緒に玄関を出てすぐにそこの道路で父と分かれる。
しばらく一人で歩道を歩き学校への道を進んでいると後ろから私を呼びかける声が聞こえた。
「お、妖夢。おはようさん」
妖夢とは中学からの仲で今でもいつもの様に共に行動している。
「今日のニュース見た?アイドルの人が行方不明って」
妖夢が踏切で止まっていると朝のニュースの事を喋りだした。
「ああ、あんまり知らない人だったけどな」
いつもと変わらない会話をしながら踏切を過ぎる。
私はふと、空に向ける。快晴の空は明らかに平和を示していた。行き交う車の波が生温かい風を放ちながら私達を通り過ぎる。
ホームルームが終わり、一限の授業の用意をしながら私は前の開いている席に目をやる。無機質に置いてあるその席は昨日まで私たちの室長が座っていた物だ。
どうやら先生の話しによると彼女は無断で欠席したらしい。
「早苗に限って珍しいな……」
隣に立っていた妖夢に向かって顔を上げる。
妖夢も頷きながら不安そうな顔をする。
「?……どうしたんだ?」
「いや、ちょっと考え事を」
その時、授業の始まりを知らせる音が鳴り妖夢も他の者と同じように席に戻った。
それにしても、早苗もあの衣玖って言うアイドルと同じように行方不明だったりするのか?……なんてな。
密かに笑いながら、副室長の合図と共に席を立ち上がった。
あっという間に放課後。荷物を片付けやる気満々で私は部室に突き進んで行った。
妖夢とは部活が違うので基本、一緒には帰らずここで別れる。
冗談まじりで私が彼女の肩を叩き言った。
「今日もサボリ魔キャプテン休みだろ?」
妖夢は苦笑いしながら、手をふり返してきた。
そのまま妖夢は剣道部の部室に向かい、私はテニスの方へと足を傾けた。
部室には先客が数人いて部活の服装に着替えていた。
挨拶を交わしながら自分のロッカーを開く。
「そういえば、私早苗ちゃんが山を登っていく所見たよ」
耳がピクリと動く。どうやら他のクラスの子が私と同じクラスの子と話している様だ。
「え?あの気持ち悪い神社がある?」
クラスの子が答える。
山というのは私の家から見て学校の更に向こう側にある物の事だろう。そこには私は一度も行ったこともないし、行こうとも思わなかった。
だけど、今の話を聞いて少し興味が沸いた私は、さっさと着替えをすまし会話に加わる。
「なあ、その山に登ったあと、早苗は降りてきたのか?」
私の質問に、少し驚きながらその子は答える。
「ごめん、登った後は見てないの。私も急いでたから」
そっか、私は返事を返して愛用のラケットを手に持つ。すると、クラスメイトが目を細めながら「あんた、それまだ貼ってるの?」と私のラケットに貼ってあるステッカーを指差した。
ステッカーは黒の背景に雷のようなデザインの黄色の英語でマスタースパークと書いてある。因みに私の勝手につけたラケットの名前である。
「ああ、かっこいいだろ?」
それを掲げながら自慢気にラケット振る。
「あんたが良いなら良いんだけどね」クラスメイトと他の子が笑い始める。私もつられて笑いながら外に出て、コートに向かった。
練習が終わり、空が橙に染まり始めたころ私は帰路に着いていた。
学校を出て何気なく後ろを向くと先ほどの話しに出てきていた山がそびえていた。
あそこで早苗が……まさかな。
第一あんな小さな山で遭難するはず無いじゃないか。
私は家の方角へと頭を向けて息を呑んだ。
その方向から見慣れた顔が歩いて来たのだ。はっきりと思い出せない。だけど、今日、誰かとの会話で出てきた人物だ。
私よりも一回り大きく、高校生にして大人の女性のような体つきの彼女には明らか見覚えがあった。
「あら、魔理沙」
サボリ魔キャプテンだ。のんびりした声を聞いた瞬間、私は悟った。
「幽々子じゃんか。お前が来ないから妖夢が寂しがってるぞ?」
幽々子はクスクス笑いながら私に近づいてくる。
「やっぱり、妖夢は可愛いわね。まだ、学校にいるかしら?」
「剣道部だからな。まだ頑張ってると思うぜ」
そう、と言いながら幽々子は私の肩に手をおき、顔を近づけてきた。女の私でも美人にここまで顔を近づけられると顔が赤くなる。
「ちょっと連れてきてもらえないかしら?私が今、学校入ったら先生とか五月蝿そうじゃない?お願い」
幽々子は手を合わせて私の前に突き出す。
「まあ、それぐらいならいいぜ」
別に家に帰っても明日の予習をするだけだったので私は彼女の頼みを引き受け学校に戻った。
「校門で待ってるからー」
幽々子が手を振りながら叫ぶ。
私はそのまま学校に戻り剣道部の部室の前で妖夢がくるのを待った。
遂に橙が空から撤退し黒色に塗りつぶされる時間まで待った時、やっと剣道部の人たちが部室に帰ってきた。
その中に妖夢もおり、こちらに気づいて駆け寄ってくる。
「サボリ魔キャプテンが呼んでたぜ」
その言葉に反応し妖夢は急いで部室に入り帰りの支度を始める。すぐに出てきて一緒に校門へと向かうと、幽々子が立っていた。
「先輩!」
妖夢が駆け寄り、幽々子に飛びつく。彼女は妖夢を抱きかかえながら頭を優しく撫でる。
「ごめんね。いままで休んでて。でも、もう本当にずっと一緒だからね」
その言葉に少し違和感を感じる。ずっと一緒?なんかよからぬ事でも考えているのであれば矯正しなければ。
私が喋る前に幽々子が口を開いた。
「連れてきてくれてありがと。妖夢、少しついてきて」
妖夢が顔を上げて幽々子の手を握りしめる。
「どこいくんだ?」
私の問いかけに幽々子は見たこともないよな悲しい顔をしながら振り返った。
いや、悲しんでるんじゃない。哀れな人を見る目だ。同情の目だ。
「魔理沙。あなたもしばらくしたら……いいえ。すぐよ。すぐに気づくはず。これは違うって。ここじゃないって気づくはず。そしたらあなたも戻るのよ」
意味不明な言葉を並べる美人な先輩に対し私は苛立ちをぶつける。
「はぁ?何言ってるんだ?」
「夢が始まった。彼女の夢が再び。………幻想が始まったわ!!」
暗い夜の町の一角で意味不明な事を喋りつづける少女。
私は少し恐怖を感じながらも続ける。
「だから。どういうことだ?」
「あとは、自分で気づけるはずよ。……妖夢行きましょう」
妖夢は戸惑いながらも幽々子に手を引かれ私の家路と反対方向へ向かった。
私はいきなり露になった幽々子の感情に戸惑いその場に立ち止まって彼女達を見送ることしかできなかった。
「今日はいつもより遅かったじゃないの。ご飯できてるわよ」
母が帰ってきた私を家に迎えいれ、私はそれになされるがまま従う。
今でも幽々子の言っていたことが頭の中で反芻される。
テーブルに並べてある食事を口に運び食べ終わった後、食器を流しに置く。
「ちょっと今日はすぐに寝るわ」とだけ家族に残し私は風呂に入って言ったとおりにすぐにベッドへ潜った。
幻想が始まった。
幽々子の声が頭に響く。どこかで聞いたことがある。真っ白な場所だった気がする。幻想が始まった?
気付くって一体何にだ?戻るってどこにだ?
私たちの住む場所はここしかない。他にはない常識的な世界。素晴らしいじゃないか。ここ以外にどこに行くって言うんだ?
本当にそう思っているのか?私は。
素晴らしいと思っているのか?常識が。何事もない設定されたように毎日をすごすこの世界で私は満足している?
いきなり目の前にあった天井が揺れ閃光の映像が目に飛び込む。
コマ送りの様に人形が映り、それを操る金髪の少女が映る。赤い館。烏が飛び交う大きな山。そして、神社が目の前に広がった。
映像はそこで途切れ再び目の前に天井が現れる。
「なんだ?今の」
私は背筋に悪寒を感じた
行ったことも出会ったこともない物が頭の中を駆け巡っていた。
それなのに、何だか懐かしい。
「分からない。私には分からない」
怯え布団を頭まで被り私は無理やり寝ようと試みた。
その願いに答えてかいつしか私はまどろみ、夢の中へと入って行った。
小鳥のさえずりが耳に入り私の脳を起こす。
上半身を起し正面の時計を見つめる。昨日とまったく同じように髪を整え顔を洗い食卓につく。
そこで初めて私は、今日の予習をし忘れたことを思い出した。
まぁいいや。妖夢に見せてもらおう。
そこまで考えて私は食事の手を止めた。
妖夢は今日、学校に来るだろうか。
なんとなく切ない気持ちがよぎり、すぐに私は手を動かした。
いつも通り鞄に荷物をつめ、外にでる。今日はいつもの所で妖夢と出会わなかった。
今日は早めに向かっているのだろうと自分に言い聞かせて私は学校に向かったが、虚しい気持ちは常に私を取り巻いていた。
学校に付き自分の席にすわって妖夢の席を確認するがまだ来ていない。
ホームルームが始まり、遂に妖夢は姿を現さなかった。
先生が昨日の早苗と同じように妖夢が無断欠席だということを告げ、家に電話をしても繋がらないという話から、最近の生徒はたるんでいるなどと話しを始めた。
違う。早苗も妖夢もそんな奴じゃない。もっと違う大切な理由で……
その時、私は昨日の幽々子と妖夢の向かった方向を思い出した。私の家とは真逆の方向。
「あの山だ……」
ぼそりと呟く声とチャイムが交差し先生が教室をでる。
私は体に電撃が走ったかのようにいつの間にか廊下に飛び出していた。
彼女の夢が再び……
昨日の幽々子の言葉が脳裏に蘇り私は校門を出て山へと向かった。
小さな山だったが周りにそれより大きい物は無く見失うことはなかった。
次第に近づき違和感を感じる。
「……この山……」
身に覚えがある感じがした。この感覚。山を見上げるこの感覚に。
家々の間の小路を横切り走りながら山に突き進む。
すると緑の山の一部が白くなりそれが地面に垂れているところを見つけた。
階段だと認め私はその下へと向かう。
こんなに信号がもどかしいと思ったのは初めてだ。
青になり即座に私は走り始める。みるみる山が近づく。あと少しだ。あと少しで、たどり着く。
そこまで考えて私は立ち止まった。
私はどこへ向かおうとしている?山に登って何をするんだ?
様々な疑問が飛び交い私は学校の方へ目を向けた。
早く戻らなければ授業はもう始まっているだろう。
山に目を向ける。一体私は、どっちに行きたいんだ?
幻想は始まっている。夢を見るか、現実を見るか。それはあなた次第。
少女の声が頭に響く。私は。
ゆっくりと歩み出す。見覚えのある山の方へ。車の音、人の喋り声。様々な物が遠くに感じられる。
山が私を受け入れるように近づいてくるように見える。
町の中を道が真っ直ぐ山の階段へと続いている。
私は少しづつ早足になり、駆け足になり、走り出した。
私はこの感覚を知っている。
階段にたどり着く。私はこの階段を覚えている。
ゆっくりと一歩踏み出し更に一歩と、確実に山を上っていく。
この木々の匂い。聞こえてくる風の音。木漏れ日の暖かさ。私は全て知っている。
幻想が再び始まったんだ。
私は一人で口にだしていた。
上を見上げてそれを見る。大きな赤い鳥居を見る。
私はそこにいる少女を知っている。
鳥居をくぐり抜けると、一陣の風が私を優しく包み込む。
もう分かっていた。
木の葉も石畳もその先にある神社も。そして……
木の葉が石畳に舞い落ちる。
私はそれを拾い上げて微笑む。
「私はお前を知ってる」
神社の賽銭箱の前に立つ少女に語りかける。巫女の服を着た紅白色の少女に。
彼女は振り向き私を見て微笑んだ。
「お帰り。魔理沙」
飛び出していた。そして彼女を飛びついた。
私たちは倒れこみしばらく笑った。私が立ち上がり彼女の手をとる。
「振り向いてごらん」
彼女は私に起こされながらささやく。
鳥居の向こうには、非常識の風景が描かれていた。
手を握り締め鳥居に向かいそれを見つめる。
「魔理沙」
隣の少女が再び私を呼ぶ。
「おかえり」
……ただいま