Coolier - 新生・東方創想話

日本で3番目に胸がキュンとするメディスンのおはなし

2010/08/30 22:13:06
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   目標

 ・4500点以上突破(経験値+500)
 ・10人以上を胸キュンさせる(経験値+300)
 ・20人以上から評価をもらう(経験値+400)
 ・納豆ご飯を食べれるようになる(好き嫌い克服)





















 夏。例年にない猛暑と呼ばれて人妖問わずへばるような暑さが続く日々。特にその日は一番暑かった。
メディスンは自身の体に異常があることに気付く。
 足や腕が痺れるのだ。こんなことは今までにない。周囲の鈴蘭にも自身の毒の力にも変化はない、どうしたことか。痺れは最初こそ止んだり再発したりを繰り返していたが、数十分経過した頃には痺れに加え痛みも加わってしまった。人間で言うなら骨にヒビが入ったような痛み。そこでようやく今の自分の状態がこれまでで一番まずいということを悟る。
 ――誰かに助けを……!
 すぐに浮かんだのは永琳がいる永遠亭。急がなければと力を振り絞り飛ぼうとしたが……。
 「あっ……!?」
 かくん、と膝が崩れ、そのままうつ伏せに倒れてしまう。鈴蘭の花達がクッションの役目を果たして
痛みはほとんどなかったことが不幸中の幸いか。最も、今の状態ではそれも気休めにならないことだが。
 「動いて……動いてよ……」
 ジタバタと手足をバタつかせることもできず、本当に人形になってしまったかのように動かない体。違うとすれば、彼女には意思が備わっており、感情もあること。その中には……恐怖も含まれている。
 「私……ここで、朽ちるのかな?」
 恨めしいほど青い空へ向かい、弱弱しく呟く。空も、太陽も、鈴蘭も答えてくれない。それが悔しかった。
 自分は人形が妖怪となったもの。彼女を人形と呼ぶ人より、妖怪と呼ぶ者の方が圧倒的に多い。ここで死んでもそれは妖怪としての死で、人形として朽ちることではないのだ。「人形のように」死んでいく。
 頬に熱いものがつたう。涙。これも人形では流れないもの。そう、彼女は死が怖かった。妖怪に成り立ての頃だったら何とも思わなかっただろうが、今は少ないながらも顔を合わせ、時に楽しく過ごす存在ができた、できてしまっていたから。
 「嫌、ぁ……!」
 最後の力を振り絞り、首を上げる。すると遠くから誰かが歩いてきているのが見えた。――日傘を差しているその姿には見覚えがある。
 「……スン!?」
 慌てたような声、走る音、放り捨てられたように宙を舞う傘、そして額に汗を垂らして自分の顔を覗き込んでくる女性。
 「これは……? と、とにかくアイツの所に――」
 背中と両膝の上にかかる第三者の力。抱き上げられたことに遅れて気付く。
 「幽……香……」
 「大丈夫、すぐに永琳に診てもらうから、安心しなさい。ね?」
 幽香……風見幽香はメディスンに向け柔らかく微笑むと、支える腕に力を込め永遠亭に向けて空へ飛んでいった。メディスンが下を向くと、置き去りにされた傘が開いたままに。「ごめんなさい」と言おうとしたが、幽香の険しい表情を見て言えなかった。



 幽香とはしょっちゅう対立する。メディスンについてだ。理由はなんてことはない、「どっちがメディスンの保護者として相応しいか」である。永琳は薬の知識だけでなく社会的な礼儀、作法などを教えてくれたし幽香には花の手入れのやり方や身を守るためと稽古も付けてくれ、そしてメディスンを娘のように大切に思っているという共通の思いが備わり、立場や性格は違えども二人は彼女にとっては母親のような存在であった。しかし、欲というものは出てくるもので、そうなるとおのずと互いに対抗心を持ってしまいこれまでもメディスンの知らない間に二人で何度も彼女に対しての意見のぶつけ合いが存在した。
 例えば永琳はメディスンに立派なレディになってほしいと思えば幽香は強い子に育って欲しいと考える。話し合いはいつまで経っても平行線のまま、最終的には「時間はたっぷりあるからまた今度」でいつも終わってしまう。弾幕ごっこ沙汰にならないのは理性とメディスンに見られたら大変だという自重心の賜物だ。
 そんな、ある意味で好敵手の幽香が必死な形相で訪れた。しかもぐったりとしたメディスンを背負って。最初こそ驚きの表情を浮かべる永琳だったがすぐに冷静に幽香から事情を尋ねだす辺りはさすがといったところ。すぐにメディスンを布団に寝かせ、診察を開始した。服を脱がして触診、聴診器を当てたり隣の幽香に耳打ちをしたり……そうしてしばらく経った後、結論を述べた。
 「病気ではない。そして毒の力にも以上は無し」
 幽香にも協力してもらったが、鈴蘭の毒もいつもと変わらず、これといった症状も見当がつかない。幽香が顔をしかめる。
 「それじゃあどうすればいいの? このままじゃこの子……」
 右手を伸ばし、流れを切るように首を横に振る。
 「病気ではない……と言ったはず。ひとつ聞くわ、メディスンは何の妖怪?」
 「? それは人――あっ」
 そこでようやく幽香も悟った。メディスンの異変の正体に。
 「妖怪としての異常は見当たらない。それなら考えられるのはひとつ、人形としての部分」
 人形には薬も自然治癒も意味がない。作られたモノは作る者の手により修復される他はないのである。持ち主でなくてもいい、見合う技術の持ち主であれば。
 「……それなら、該当する人物はただ一人、あの子しかいないわね」
 幽香の言葉に永琳は黙って頷いた。
 「餅は餅屋、早速あの子の元へと向かうとしましょうか」


 アリス・マーガトロイドの午後は騒然としていた。本来なら紅茶を飲みながら読書に勤しみ、その後に人形達と談笑しつつお手入れに励むはずだったが、予想外の訪問者2名と、彼女達に抱えられた少女によりせわしない時間へと変化する。
 風見幽香、八意永琳という幻想郷の実力者2名の姿を見たときこそびくりと背筋を震わせて身構えたが、幽香に背負われている少女、メディスンに目が移ると関心がすぐに彼女へと転移し、問う。
 「その子は確か鈴蘭の……」
 「それは後。まずは彼女の様子を見てくれないかしら?」
 聞くよりも早く制される、どうやら事は急を要するようだと悟ったので何も言わず人形達に指示を出し彼女達を招き入れる用意をさせ、自室へと誘う。
 ――今日は長い一日になりそうだ。


 「――それじゃあ、頼んだわよ」
 「ええ……」
 メディスンを寝かせた後、治療に集中するということで二人には帰ってもらうことにした。二人も特に反論せずに頷き、帰路につくことに。専門家に委ねるしかない、という判断であろう。余計な雑音があると集中できないと決めた決断の早さはさすがに力、博識のある者達である。だが瞳の奥には「何とかしないと承知しない」と言いたげにギラついたものがあり、思わずたじろぐ。
 「それじゃあ」
 いきり立つ幽香を抑えながら永琳が頭を下げて帰っていく。二人の姿が見えなくなりほっと安堵の息を漏らすがモタモタしていられない。早速メディスンの寝ている部屋へと踵を返した。
 「……途中で起きたら絶対反撃されるわよね」
 入り口の扉に「外出中」と札を立てておき、部屋の扉に鍵をかけ、人形を数体見張りに配置するという厳重な警戒体勢を張り、いよいよ治療を始める。すっかり可愛らしい寝息を立てているメディスンの服に手をかけ、ゆっくりと脱がせていく。あくまでも治療のため……と誰もいない空間で一人ごちながら。
 「……綺麗」
 メディスンの肢体が全て視界に入り込むやいなや思わず呟いた。色白で一見すると目立った外傷もなく、目を閉じてかすかな寝息を立てる以外ではほとんど動かない。一種の芸術作品を鑑賞しているようにも感じた。彼女がもしも妖怪化せず、この姿で完全な人形として現れていたら自分は理性を失って彼女を欲したかもしれない。最高の素材として、最高の芸術として。無垢な寝顔の少女は自分の秘められた黒い願望を突き動かした。
 ――ごくり。唾を飲み込む音が耳に生々しく通過する。その意味の半分を否定するように首をちょっと大げさに振り、いつものクールな仮面を被る。
そしてゆっくりと彼女の誰にも穢されたことのない無垢な肌に手を伸ばす。乳房と呼ぶのもためらわれるほどの幼い胸、華奢な肢体。肌触りも人間に近いものを感じる。肘の部分に触れた時、僅かながら人形の感触が指に伝わり、ここでようやく夢心地だった思考が元の人形遣いへの思考に戻る。アリスの頬はうっすらと赤く染まっていた。
 「……ここと、ここの部分。これを修復すれば問題なさそうね。後は――」
 それからは冷静に事が進んだ。人形としての部分に異常があるとういうことがはっきりわかったので、そこを治療。元が捨てられた人形なのだから、痛んでいた箇所もあったのであろう、それが今になって悪化してきたのが異変の原因だと結論をつけ、2時間程かけて完全に修復することに成功した。目が覚めればまた以前のように自由に動き回れるはずだ。メディスンにネグリジェを着せると、アリスは大きく息を吐いた。この安堵には二つの意味が含まれている、ひとつは永琳達への頼みを果たしたこと、もうひとつは内なる自自身の欲望に打ち勝ったことだ。全身からどっと疲労感が湧いて、たまらず椅子に座り込む。ハンカチで汗で額の汗をぬぐい、メディスンを見やると治療前と変わらず可愛い寝息を立てて眠っている。
 「明日になったら丘に帰してあげるからね」
 アリスはそう声をかけると立ち上がり、メディスンの頭をそっと撫でた。その顔は自分の人形達に語りかける優しい人形遣いとしての顔。部屋の灯りを消し、静かにアリスは出て行き、自室へと戻っていった。



 翌日、カーテンの隙間から覗き込む光が部屋に差しこみ、小鳥達と風の音が織り成すBGMの中、メディスンの目は自然と覚めた。
 「あれ……ここは……?」
 見覚えのない部屋で、ベッドで眠っている。無名の丘にある古びたベッドとは名ばかりのシーツも何もない木の上の硬く冷たい感触とは違い、瞼を閉じれば再び心地よい眠りに誘われそうに柔らかくて気持ちいい。その誘惑に甘えて再度眠りに入ろうかと思った矢先、静かに扉が開いた。
 ――人形だ。ふよふよ宙に浮かびながら控えめに入ってくる。思わぬ展開に寝るのを忘れてじっと視線を向けると当然のごとく目が合う。
 『あ、気がついたのですね。調子はどうですか?』
 メディスンは人形の妖怪である。故に人形の言葉を理解でき、聞くことも話すことも可能だ。これはアリスでさえもできることではない。
 「うん、平気よ。……えっと、確か私は……」
 記憶を掘り起こそうとするメディスン。人形は彼女のベッドにちょこんと可愛らしく座ると、代弁するようにこれまでのいきさつを説明し始めた。永琳と幽香が自分の主人に治療してくれるように頼み込んだこと、主人が了承し無事に治療を終えたこと。調子がよければ今日にも元いた鈴蘭畑へと帰してくれること。メディスンが思い出そうとしてたことや疑問に思ったことのほとんどを教えてくれた。
 『……申し遅れました、私は上海。そして私の主人の名前はアリス・マーガトロイドと申します。おそらく、そろそろあなたの様子を伺いに来ると思いますよ』
 「あ、ごめん。私はメディスン・メランコリーよ。よろしくね上海」
 そっと手を伸ばすと上海も小さな手をそっと重ねてきてくれた。一見すると無表情に見えるが、メディスンには上海がにっこりと笑っているのがちゃんとわかっていた。同胞と会い、話せる喜び。それは同時に彼女の長い孤独を表した。
 「ここはアリスとあなたが住んでるの?」
 「いいえ、私の他にもたくさんの人形達が一緒です。時々、魔理沙さんやパチュリーさん等、友人や知り合いの方々が来られる場合もありますけど……おっと、そろそろ主人が来るようです」
 言葉の通り、部屋の外からコツコツ足音が聞こえる。「上海ー」と呼ぶ声も。開きっぱなしの扉に入ってきたのは自分と同じような金髪の綺麗な女性だった。
 「……あ、起きてたんだ。調子はどう? いちおう問題のある部分は全部修復したつもりなんだけど……」
 「おかげ様で……え、えっと……ありがとうございます……」
 声が上ずり、頭を下げるもぎこちない動きだとは本人も充分に感じていた。いつのまにか上海がアリスの右肩にちょこんと座っており、『大丈夫ですよ』
と声をかけてくる。
 「そんなに緊張しなくていいわよ。それとも、私が怖いの?」
 少し困ったような笑いを浮かべて、肩をすくめるアリス。実はメディスンのことは話には聞いていた。捨てられた人形が妖怪化した存在……治療を終えて冷静になって考えたら、彼女には人形遣いの自分は敵に感じるのではないか思い、混乱しないようにと懸念して最初に上海を向かわせて
ワンテンポ置くことにしたのだ。人形遣いの自分よりは人形の上海の方がメディスンも肩の力を抜いて落ち着いてくれるかもしれないと考えてのこと。とりあえず、敵意を向けてはいないようなのでちょっぴり安心だ。
 「ううん、そんなことない。あなた……優しい。上海、あなたの側にいてすごく嬉しそうにしてるから」
 他者から見れば無表情の人形。しかしメディスンにはわかっていた、これ以上ない幸せ笑みを浮かべて主人の肩に乗る上海を。そしてその言葉は人形遣いであるアリスにとっていかなる賛辞も比べ物にならない感動を与えた。
 「……本当?」
 「嘘はつかない。私、あなたのこと怖くないわ」
 体を起こし、ベッドに座る姿勢になりアリスを見上げる。その瞳には一点の曇りもない。アリスはまっすぐ見つめられるのが恥ずかしくなり、照れ隠しも含めてメディスンの頭を優しく撫でた。メディスンも抵抗せず、目を閉じて受け入れる。心地よかった。妖怪になってから、いや、人形であった記憶も含めてもこれほど心が安らいだことはなかったかもしれない。それは彼女がいかに暗い時間を過ごしてきたのかも匂わせるものであった。
 「ありがとう、メディスン。今お茶でも淹れて来るわね」
 「待って、せっかくだからアリスの人形達とお話してみたいの。ついてっていい?」
 ベッドから起き上がるとアリスの正面に立ち、両手で拳を作りながらキラキラと輝く瞳で見上げる。すっかり調子はよくなったようだ、とアリスも判断し、彼女の頼みを了承することにした。
 「わかった。それじゃあ下に下りて居間に行きましょうか」
 それでも一応病み上がり? な体を考慮し、アリスはメディスンの右手をそっと握ると一緒に歩き出す。上海はその後ろにぴったりくっつく。
 「あっ……」
 手を握られて最初は小さく驚くメディスンだったが、すぐに笑顔に戻ると鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌でアリスに手を引かれていった。ここまで自分を治療してくれた人が悪人であろうはずがない。またこの時、永琳や幽香とも違う、別な安らぎが体を包んでいたのだが今のメディスンには理解できなかった。

 「……わぁっ……人形がいっぱい」
 居間に着いた時のメディスンの表情はまさに外見どおりの無邪気な子供そのもので、居間のあちこちを飛び回ったり遊びまわっている人形一体一体に目を真剣に傾け、動作ひとつひとつに目を追わせていた。側にいるアリスもその微笑ましい様子を見てくすっと笑う。
 「私はメディスンっていうんだ。あなたは……蓬莱で、そこの子がオルレアンね」
 この調子だと全員に挨拶して回りそうだと判断したアリスはお茶とお菓子を用意するため上海にメディスンのことを頼んで一度キッチンへと消える。……湯気の出る香り豊かな紅茶とクッキーを持ってきた時、丁度メディスンが最後の人形と握手を交わしていた。すっかり打ち解けたようで、居間は和気藹々とした雰囲気で賑わっている。
 「メディスン、お茶にしましょうか」
 アリスが声をかけると、メディスンは「うん!」と頷き、椅子にちょこんと腰掛けた。そこへ紅茶とクッキーを置く。向かい側に上海がアリスの分も
置いていってくれたのでアリスも座り、心遣いに応じる。昨日のドタバタとは一転、のどかな朝だ。
 「ん……美味しい」
 クッキーを頬張り、紅茶で流し込みながら夢中で食べるメディスンに、アリスは苦笑いしながら「行儀が悪いわよ」とゆっくり食べるように促す。まるで子供に注意する母親のようで、周囲の人形達も可笑しそうに眺めている。
 「ほら……口に食べカスが」
 唇の端にクッキーの欠片がついていたのでそっと人差し指で拭い取ると、メディスンが「きゃっ」と小さく声を上げた。
 「ごめんなさい、でも女の子なんだからもっとこういうのは気にした方がいいわよ?」
 悪戯っぽく笑うアリスだったが、メディスンはずっと胸が熱いままで、これはなんだろうかとアリスに尋ねようかと思ったが、なぜかしてはいけないと思い内緒にすることにした。その後は軽く世間話をして過ごした後、永琳と幽香のもとへ行くと言うとアリスもついていくと言い、二人は人形達に見送られながら家を出た。
 
 「アリスってすごいところに住んでるんだね」
 外の土を踏んだ瞬間からメディスンはこの森がただの森ではないことに気付く。動物達の気配や植物の気配は当然するのだが、幽香に見せてもらったお花や無名の丘の鈴蘭達のような優しい感じがしないのだ。むしろ禍々しく、弱い獲物を見つけたらすぐに捕らえてやるというような殺気。
 無意識にアリスの腕にしがみついて肩を小さく震わせている自分がいた。
 「この森には色んな生物がいるわ……もしかしたら私もまだ知らない恐ろしい生物もいるかもしれない」
 頭に巨大な食虫植物や獣の姿が浮かぶ。毒を操れるとはいえメディスンはまだ妖怪としては幼く、油断すればあっさりやられてしまうかもしれない。
 「でも私がいる限りは心配ないから」
 そう言うとアリスは元気付けるようにメディスンの頭を撫でると彼女の手を握り、ふわりと宙に浮かんだ。
 「わわっ!?」
 「ほら、あなたも」
 体に力を入れ、いつもやってるように空を……飛べた。昨日はできなかったことができている。もうできないと思っていたことが
できている。目頭が熱くなった。
 「じゃあ、行きましょうか」
 言いつつも手は離さず、きちんと側につくアリス。その目はどこまでも優しさに満ちていた――。



 永遠亭に着き、早速永琳の部屋に行く。机に座っていた彼女に声をかけるとすぐに振り向き、メディスンの元へ駆け寄ると両手を広げて――
 「メディスーン!」
 そこで引っ込めた。すごい悔しそうに声の方を向けると、幽香が小走りでやってきた。これも永琳と同じくメディスンをハグしようとしたが永琳とアリスの姿を認めるとすぐに手を引っ込めて、頭を撫でるのに留めた。それでも永琳が横から「ずるい」と小声で愚痴を零す。
 そんな二人の心情はどこ吹く風で、メディスンは無邪気な笑顔を全開にして二人にアリスのおかげで治ったことと連れて来てくれた二人に礼を述べる。ここまでされたらもうほんわかするしかない。
 「ふふっ……」
 二人にもみくちゃにされているメディスンを見てアリスは笑みを零す。脳裏には今のメディスンくらいの背丈の幼い自分が母と姉達に同じように囲まれて、みんなで楽しく話しながら帰路についていた光景が浮かんでいた。あの時は一人で外に遊びに行きうっかり遠くまで行って迷子になってしまったっけ。
地面に座り込んで涙を堪えていると自分の名前を呼ぶ声がして振り返ったらまずは母が、後ろで姉達が安堵した表情で駆け寄ってきて。怒られるかと思い身構えたが誰も嫌な顔はしてなくて。
 
――よく泣かなかったわね。偉いわ、アリスちゃん。

 自分を背負うと、母はそれだけを告げて。そこでとうとう我慢が切れてわんわん泣いたっけ。
 無意識にアリスは自分の胸に右手を置き、小さな疼きを感じた。故郷と家族に思いを馳せる感傷、そしてメディスンにかつての自分を重ねての追憶。三人に聞こえないように小さく鼻を鳴らした。

 「……それで、メディスンはこれから無名の丘に帰るのかしら?」
 和室でしばらくお茶を飲んでまったりする一同だったが、一息ついた頃合を見計らい永琳が尋ねた。アリスはメディスンは当然「帰る」と言うだろうと
予想した。話を聞けば鈴蘭の花達が彼女にとっていかに大切な存在かもわかってたし、自分も送り届けるつもりでいる。しかしメディスンの返事は予想外のものであった。
 「うーん……アリス、もう一日だけ泊めてもらっていい?」
 「えっ?」
 一瞬きょとんとして幽香の傍らにいるメディスンを見るがこの少女の瞳はどこまでもまっすぐだ。
 「上海達ともっとお話したいし遊びたい……駄目?」
 特に断る理由はなかった。むしろ上海達は喜ぶであろう。それににっこりと笑う幽香に「泣かせたら承知しないわよ?」と言わんばかりのどす黒いオーラをひしひしと感じたし。というか他所の家で殺気走るのはどうかと思う。
 「いいわよ。あの子達も喜ぶでしょうしね」
 メディスンは人形達とすぐに溶け込んでいた。まだ一日も経ってないのにすでに昔からの友達のように肩を並べて騒いだりお話をしたり……
思い出すだけで微笑ましい。
 「わーい、ありがとうアリス!」
 アリスの言葉に感激したメディスンはあまりの嬉しさに思わずアリスに抱きつく。突然抱きつかれて一瞬何が起きたかわからない顔で硬直する姿を見てメディスンの親を自称する二人も思わずほくそ笑む。あの冷静なアリスがあそこまで間の抜けた顔をするのは珍しく、楽しい。ただ、アリスの
昔を知る幽香は同時に感慨深さも感じていた。
 (あの背伸びしたがりだった子が今では……変われば変わるものねえ)
 最初に会った時は外見通りの子供そのもので、自分や霊夢達に負けると悔し涙を浮かべながら睨んできて、後に究極の魔道書を無断で持ち出して再度挑んできたり……。
 (お姉ちゃんお母さんって泣いてた子が今はメディスンのお姉ちゃんに見えるなんて……)
 「お似合いね」
 笑う幽香に、アリスは何か言い返そうかと考えたが今のメディスンに抱きつかれてる状態で言っても逆効果だと判断し、口をつぐんだ。
 「それじゃ、帰りましょうか」
 これ以上ここにいるとどれだけからかわれるかわからない、アリスは軽く身支度を済ませるとメディスンの手を取りすっと立ち上がる。幽香と永琳もそれに続き玄関先まで二人を見送ることに。
 「それじゃ、よろしく頼むわよ」
 「わかってる。……行くわよ、メディスン」
 「うん。幽香、永琳またねー!」
 二人の姿が見えなくなると、永琳が一言投げかけてきた。
 「確かに……様になってるわ、あの子達」
 「でしょ?」と得意げな笑みを浮かべたが、永琳の顔が複雑そうなものだったので驚いて目を止める。どうしてそんな顔をするのだろうと疑問に思ったが聞くより先に彼女から口を開くと、
 「でも、まだメディスンにはそういったのは早いんじゃないのかしら? 恋愛というものも知らないだろうし……」
 「何を言ってるの」
 どうも捉え方が噛み合っていないようだ。なるほど、そういう考えに移るかとむしろ関心する。自分の言い方が悪かったのか、そう認識する
判断力に疑問符を付けるべきかに戸惑う。そうこう迷っている合間にも永琳のボルテージは上昇していき、
 「いやいや幽香、女の子の成長というのは侮れないわ。お花とは違うの。ついこないだまで子供と思ってたあの子がいつのまにか大人の階段を上って少女から女性へとなってしまうということは充分に有り得るわ。間違った未来を歩ませないためにしっかり教え込むのが今日の親、大人の役目だと思わなくて?」
 今にも肩を鷲掴みしてきそうな勢いで語りだす永琳に冷や汗をかきながらも「言われてみればそうかも」と思ってしまう辺り、この二人は気が合うかもしれない。だが安易に同意しないのが風見幽香である。
 「そうねー、メディスンがあなたのところの腹黒兎みたいになるのは勘弁だし。あの子にはお花みたいに伸び伸びと可愛らしくなってもらいたいものだわ」
 永琳も負けておらず、鋭い眼光で睨みつけると、
 「あら、子育ては花みたいに光合成とお水で成り立つわけないじゃない。そんなのもわからないの?」
 と言い返す。
 「ふふ……」
 「うふふっ……」
 お互いニコニコと笑い合っているが二人の背中からはどす黒いものが放たれており、今にも互いにスペルカードを取って戦いかねない勢いだ。やがて「行きましょうか宿敵」と永琳が言うと幽香も頷き、永琳の部屋へと向かっていった。実は結構仲がいいのかもしれない、と鈴仙とてゐは評す。



 「ただいま」
 「お邪魔しまーす」
 家に入る二人を人形達が出迎え、ぺこりとお辞儀をする。ちょっとした女王様気分だ、とメディスンは思った。もちろんこれが強制的に命じられたものではない、彼女達の意思であるものは充分わかっているが、改めてアリスへの深い信頼を感じさせる。
 「みんな、もう一晩この子を泊めてもいいかしら?」
 アリスの一言にみんなしっかりと頷く。メディスンには『もちろん大歓迎よ』、『さっき読んだ本の続き読もう』等の声も聞こえて、温かく迎えられていることがひしひしと伝わり、顔をクシャクシャにして喜ぶ。
 (この子にはみんなの言葉がわかるのね。……人形の妖怪だから当たり前かもしれないけど。ちょっと羨ましいかな)
 人形遣いであれども、人形の言葉が理解できるわけではない。意思疎通はかなりできているとは思うが、それでも完全ではないのだ。そうだ、せっかくだし自律人形完成の参考に彼女にもちょっと協力でもしてもらおうか。
 (でも今は……楽しんでいってもらいましょう)
 捨てられた過去を持つ人形の妖怪。こんな風に仲間に囲まれて過ごしたことはほとんどなかっただろう。あんなに嬉しそうな笑顔が見れただけでも治療したことなんて安いものだった。
 そう思うアリスもまた知らない。メディスンが来てから、自身もまた笑うことが多くなり、なおかつ優しい気持ちでいられることを。人形達と手を取り笑い合うメディスン。少女の姿をアリスは穏やかに見守っていた。

 「自律人形?」
 夕食を終え、夜も更けてきた頃。人形達も眠りに就き始めて明日へと備えさせ、アリスはメディスンを部屋に招いた。アリスの用意した白いネグリジェを着たメディスンがおそるおそる扉を開けて入ってくる。ベッドに座って待っていたアリスは隣に座るように促し彼女が座り込むと早速自分が目指している自律人形の研究について話し始めた。
 「ええ。一人の人間のように意志を持って行動する、誰にも縛られない存在。丁度あなたみたいな、ね」
 メディスンも興味津々といった感じでアリスの話す言葉ひとつひとつを聞き逃さないようにじっと耳を立てる。アリスも一番話しがいのある相手とみてか、言葉の端にところどころ力が入っていた。
 「私の目指す自律人形に近い存在……それがあなたよ、メディスン。妖怪化しているとはいえ、あなたの元は人形。人形が妖怪化した時点でも相当珍しいことなの。研究とは別に興味が尽きないわ」
 アリスの目指すのはあくまでも純粋な人形の自律。メディスンは理想に限りなく近いが、あくまでも妖怪となった人形であり、彼女の目指しているのとは違う。それでも、充分に魅力的だと思う。
 メディスンは少し首を傾げながらもどうにか話を理解できたらしく、うんうんと頷くと続けて、
 「それじゃあ、もしアリスの研究が完成したら一番に私に教えてね。その子の最初のお友達になるから」
 と笑顔を満開の花のように咲かせて言った。
 「私も最初はわかんないことばっかりで苦労してたけど、幽香や永琳達と会って世間のことを知ったりして色々わかるようになったの。だから
今度は私が色んなこと教えてあげるんだ」
 胸を張って言うメディスンにアリスは敬意を抱いた。捨てられた辛い過去を持っていて……いや、持っているからこそ、こう言えるのだろう。幼い瞳にしっかりとした意思が込められているのを認める。なぜか無性に愛おしくなり、頭を撫でてみた。
 「偉いわ、メディスン」
 思ったことが自然と言葉となり口から放たれる。メディスンは嬉しそうに目を細めると黙って撫でられていた。自分は当たり前のことを言ったつもりで、褒められるとは思っていなかったが嬉しい誤算である。
 「わかった。もし完成したらあなたに一番に知らせる。そしてその子のお姉さんになってくれるかしら?」
 誰よりも人形の心がわかるメディスンならまさにうってつけだ。それに彼女に友達、あるいは姉妹的な存在ができればきっと彼女のためにもなるはず。二つのことを頭に浮かべると完成した自律人形にメディスンが姉のように色んなことを教えたり、二人で手を繋いで外を歩き回っている光景さえも浮かんでくる。なぜか、完成した自律人形は幼い頃の自分の姿をしていたけど。
 その後しばらく談笑をし、メディスンを用意した寝室へと送ると、アリスも寝間着に着替えて就寝した。



 翌日、アリスはメディスンに帰る前にどうだろうと里で行っている人形劇に誘った。人形の地位向上を願うメディスンの参考になるかはわからないが、それでも何か彼女が成長するきっかけになればいい、と望みを託して。しかし、いくら彼女が人形の妖怪とはいえ、ずいぶん自分もお節介を焼いているものだ、と苦笑いする。ちなみにメディスンは少し考え込んだ後に「うん、行ってみる」と答えた。
 人里の広場に着くと、すでに数人の子供達が待ち構えており、アリスの姿を見ると大きな歓声を沸かせた。
 「人形遣いのお姉さんだ!」
 幼い少年少女10人ほどがアリスを囲んでキャーキャー騒いでいる光景はまるで子供達に大人気の保母さんのように見える。いや、彼らが「お姉さん」と呼んでいるので近所の子供達に慕われている年上の女の子と表現した方が適切かもしれない。
 「今日は何の劇やるのー?」
 「俺、この前やった西遊記の続き観たいな!」
 「えー? 私はシンデレラがいいー」
 「はいはい、喧嘩しない。ちゃーんと全部してあげるから……ね?」
 優しく諭すように言うアリスに子供達も争うのをやめて「はーい」と頷き、誰かがあらかじめ用意したのであろう並べられた椅子に大人しく座り始めた。全員が大人しく座ったのを確認し、アリスもゆっくりと鞄を開いて準備に乗り出した。
 その様子をメディスンは近くの木の陰からじっと見ていた。本当はもっと近くで観たかったし、アリスにも自分がついているから平気だと言われていたが、やはりまだどこかで人間のことが怖かったのだ。それが例え子供であっても。情けないし、悔しいのだが、まだ時間が必要だった。これにアリスは少し残念だと思いながらも、ゆっくり時間をかけていけばいいと思い、隠れているメディスンに向けてウィンクする。メディスンは申し訳なさと恥ずかしさで顔を赤くしながらもこくりと頷く。
 「さ、始めるわよ。まずは――」
 アリスの合図と共に、劇の衣装に着替えた上海人形達が現れ、子供達に向かい可愛らしくお辞儀をする。一体の人形がトランペットを吹き、人形劇が始まった――。

 「わあ……」
 初めて見るアリスの人形劇は予想以上に完成度が高かった。人形達がまるで一流の役者のように劇の題目が変わるたびに一体一体が違う表情で、それぞれの役目を忠実に演じているのだ。人形達に合図を送るアリスも実に見事な指揮をし、まさに一心同体といった感じで演技をこなしていく。これは命令だけではない、お互いに深い信頼がなければここまで息を合わせることはできないものだ。他の第三者が見れば人形を操るアリスの手腕にのみ目がいって絶賛するだろうが、それだけではないことを人形妖怪のメディスンは誰よりもわかっていた。
 最後の演目はシンデレラ。物語はフィナーレで、シンデレラを見つけた王子様とシンデレラが再びお城で、今度は二人きりで踊るという原作にはない、アリスが独自に付け加えた場面。しかも魔女が粋な計らいで舞踏会の時と同じ衣装にしてくれるものだからこれ異常ない大団円となる。安易なハッピーエンド
と中には難癖をつける人もいるかもしれないが、子供達にとっては最高の「めでたしめでたし」でわかりやすく、好評であった。無論、メディスンも例外ではない。
 王子様に扮装した蓬莱と、シンデレラの美しいドレスに身を包んだ上海が手を取り、踊る。華麗な身のこなし、重なり合う二体の……いや、二人の息、動作。何よりも二人の表情がとても生き生きしており、幸せそうである。本当に愛し合っている王子とシンデレラに見えて、こちらも胸が自然と高鳴っていく。
 「……こうしてシンデレラは、王子様といつまでも、いつまでも幸せに暮らしました」
 蓬莱が上海を抱き上げた瞬間、アリスが絶妙なタイミングで締めの言葉を紡ぎ、人里の小さな広場は大きな拍手に包まれた。いつの間にか、大人達も集まって
拍手を送っていて、規模も大きくなっていた。しかし大人にも子供にも共通しているのは、みんなが笑顔であること。
 (……みんな、喜んでる。アリスと上海達のことを……)
 自分は遠くで隠れて眺めているだけだったが、それでも嬉しさがこみ上げてくる。後片付けを終えたアリスが人形達と並んで一礼すると、再び歓声と拍手の渦が巻き起こり、まさにグランドフィナーレ状態。上海と蓬莱が人形達を代表し、子供達一人一人と握手を交わす。
 (……あっ……!)
 その光景を見て、メディスンは目が熱くなるのを感じ、気づけば、つーっ……と、頬に涙が伝っていた。
 (どうして……私……)
 自分は人形の独立を願っていた。人間達に都合のいいように扱われ、飽きられたら捨てられるに決まっているから、自由にさせたかった。あの異変で閻魔に説教を受けてから多少は考えが柔和になったものの、捨てられた過去を持つ自分はその思いを捨てられなかった。人間と人形が仲良くするなんて有り得ないと思っていた。
 ――思っていたはずだったのに。
 ぽた、ぽたと涙の雫がメディスンの足元に落ちる。無垢な瞳から流れ出る水滴はどこか美しく光っているようにも見えた。
 「う……うぅっ……」
 声を押し殺し、さめざめと泣く。心からの笑顔の子供達嬉しそうに握手を交わす上海達の姿が霞む。でも、はっきりとわかる。彼女達の間に人形だからと粗末に扱う気持ちも、人間を怖がっている様子も微塵もないことが。
 悲しくて悔しくて、嬉しい。3つの感情が頭の中を駆け巡り、涙となって降り注ぐ。両手をぎゅっと握り、肩を震わせ、どれくらいの時間立ち尽くして
いたのだろうか。
 ――メディスン。
 頭上に優しい声が響くと共に、頭をそっと撫でられる感触。顔を上げると、心配そうな顔をしたアリスが側にいた。すでに荷物もまとめており、帰り支度も終わっていたようで、自分を迎えに来てくれたのだろう。
 「あ、アリス、これは……」
 心配をかけまいと笑顔を笑顔を作ろうとするが涙は止まらず、笑顔のできそこないの情けない顔になってしまう。感情を押し殺して振舞えるほど、彼女は器用ではない。
 アリスはそっとメディスンを抱き寄せると、「帰ろうか」と耳元で一言囁き、小さな手を引いて歩き始める。メディスンも頷くとそのまま黙って手を引かれて帰路についた。
 日が沈み始めた道中。そろそろ夏も終わる。風もどこか冷たくメディスンの体を通り抜け、冬でもないのに肌寒くなる。アリスに握られた手だけが温かく、自分が存在しているということを認識させてくれていた。今の彼女の心は強風の前に今にも折れてしまいそうな細い一本の花のように不安定だった。


 館に戻ったメディスンは上海達と今日の劇について楽しそうに談笑していたが、先ほどの彼女の姿を見ていたアリスにはその笑顔にわずかに陰りがあるのを見逃さない。人形の心がわからなければ人形遣いとは名乗れない、という流儀をアリスは持っている。魔界で育った時も、純粋な魔界人でない
自分を家族は心から愛してくれた。人形達と過ごす時には常に家族と過ごしていた光景を頭に置いて、絆というものを重んじている。このメディスンも、自分が作った人形でなくても、人形が妖怪となった姿で上海達とは違う存在でも、放ってはおけるはずもない。
 (何より……)
 メディスンの過去を知っては尚更だ。人形だった頃に幸せな記憶はあったのだろうか? 本人が思い出せないということは皆無であり、ろくに遊ばれることもなく捨てられてしまったのではないだろうか。そう考えるとやりきれない。
 「……」
 冷めた紅茶を喉に流し込むと、アリスは大きく息を吐いた。母の苦労がほんの少しわかったかもしれないと一人思う。



 夜になって、メディスンは再びアリスの部屋に招かれ、二人してベッドに座っていた。呼ばれた理由は何となくわかっている、昼間のことだろう。今はやや落ち着いたとはいえ、恥ずかしいことに変わりはない。せっかく誘ってくれたのに、あんな情けない姿を見せてしまったのだから。まともにアリスの顔を見れずに俯いていると、アリスが静かに語り始めた。
 「私が最初に人形を作った動機は……妹が欲しかったから」
 「え?」
 突然何を、と口から出そうになったが慌てて堪える。
 「あの頃は幼くてね。姉や母にいつまで経っても子供扱いされているのが悔しくて、だから妹ができれば私もお姉ちゃんになって少しは認めてくれるんじゃないかって、思ったの。で、魔界を出てここで暮らすようになってから、たくさんの人形達と過ごしてきたけど……それは魔界で家族と暮らしている
ような気持ちでずっと毎日を送ってきた。子供扱いを嫌ってたはずなのに、家族の姿を重ねるなんて矛盾してると思わない?」
 「……」
 アリスは窓から一瞬だけ空を見て、すぐに視線を戻すと話を続ける。
 「結局、いつまで経っても子供は親の子供、妹は姉の妹。最近はそう考えてる。あなたにも言えることよ」
 「でも、私は――」
 身を乗り出そうとして、すっと手で制された。お見通しなのだろう。
 「ちょっぴりだけ、あなたは昔の私に似てるかもってね。認められたいと思いながらもどこかで怯えて。意地を張ってもどこかで求めてて。
だからかしら、正直誰よりも……気になる子なのよ、メディスンは」
 静寂。今、時間が流れているのはこの部屋だけかもしれない、そんな錯覚を覚えるほど、自分とアリス以外の全てが止まっているように見えた。膝の上の握り拳からじんわりと汗が滲む。
 「人間に慣れろとか、仲良くしろとは言わない。でも、あなたにはもっと広い世界を見て欲しいのよ。あなただからこそ、あなただけにしかできないことは
きっと思っているよりもたくさんあるから。……私もお手伝いするから……ね」
 そう言うとアリスは慈しむ表情でメディスンの拳を両手で包み込んだ。握られた拳はゆっくりと解かれ、そのままアリスの手に絡みつく。
 ――そうだ、時間はたっぷりあるんだ。自分がどうとか、すぐに決め付けて落ち込む必要なんてなかった。
 「ね、メディスン。メディって呼んでいいかな? 結構可愛いと思うんだけど……」
 「うん……うん……!」
 何度も首を立てに振ると、また涙が零れて膝に落ちる。でも、さっきみたいな冷たい涙ではなく、嬉しさから来る温かい涙だ。自分のことを人形として見てくれるアリスの優しさに、心のどこかで凍てついていた部分を溶かされたから流れる。
 アリスはそっとメディスンを抱きしめると、ゆっくりと背中を撫で出した。丁度、幼い頃の自分が泣き始めたのを母がなだめていたのと同じように。
しばらく嗚咽を交えて泣き続けたメディスンが落ち着きを取り戻したのを見計らい「今夜は一緒に寝ましょうか」と声をかけると、涙で赤くなった瞳で満面の笑みと共に頷いた。

 ネグリジェに着替えた二人は、ベッドに入り互いに天井を見上げていた。
 「狭くない?」
 「平気よ」
 一人で寝るには少しだけ大きかったベッドだ、小柄なメディスンが入っても窮屈ではない。
 そっとメディスンが腕を絡ませてきた。
 「おやすみなさい……」
 怖い夢を見て泣きついた子供が安心したように、メディスンは目を閉じると一分も経たぬうちに寝息を立て始めた。アリスは首だけ動かすと可愛らしい寝顔に頬を緩ませながら「おやすみなさい」と返す。
 この先、この子はどう成長するのだろう……。
 願わくば、今夜の彼女に幸せな夢を――。


 あの夜から、メディスンは少し変わり始めた。アリスについて人里を周り、人形劇を身近で見学するのはもちろん、時々行われる宴会にも顔を出すようになった。色んな妖怪や人間と話をして世の中のことを知って新しい発見に驚いたり喜んだりと感情をストレートにぶつけてくる。幽香、永琳に花の育て方や薬の知識、技術を学ぶ勉強も積極的に行い、日々成長していく。
 そして秋の終わりに、メディスンはアリスにこんな提案を持ちかけた。

 「今度の人形劇に、あなたが?」
 「うん。いつかやってみたいなって思ってたの」
 今までは見ているだけに甘んじていた人形劇に自分が参加したいと言ってきた。アリスはほんの少し驚いた顔をしていたが、彼女が本気だとわかると快く頷き、
 「わかった。じゃあメディにぴったりな脚本を考えないとね」
 「やったぁ!」
 上海達と手を取り合いくるくる回るメディスン、優しく見守るアリス。
 これはまだまだ始まりなのだ。
 メディスン・メランコリーはまだ走り始めたばかり。
 彼女の小さな背中に秋の日差しが優しく降り注いだ。
初投稿の癖に少々調子こいてるなコイツ、と思われかねない気もしますが初めまして。
僕は読み手の方とぶつかり合いたいんですよね。皆さんの気持ちの入った意見を参考にしたり、または
良い意味で「見返してやる」という創作意欲の向上に繋げたり。
花映塚やった頃からずっと好きだったメディスンの話を書いてみました。メディスンで恋愛話を書くならば初恋とかそういった甘酸っぱいのがいいですね。と考えて候補に出たのが幽香や永遠亭の人々、そしてアリスでした。で、人形の気持ち云々を交えたいのでアリスを起用と。そうは言っても今作では恋愛ではなくあくまでもホームドラマ要素を重視しました。たぶん次回作では「憧れか恋か」をテーマにした
ものを書くんじゃないのかな。
冒頭で目標を挙げましたが達成できればいいな、と思いながらもできないだろうな、と思ったり。でも自分にいい緊張感を持たせる意味でも今後も目標は掲げていこうかと思うですよ。
メディスンと共に僕も走り続けていきたいので今後とも機会があればビシバシと批評をいただき、糧としていきたいと思ってますので縁があればまたよろしくお願いします。
テツ
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コメント



0.2600簡易評価
6.100名前が無い程度の能力削除
これが初投稿なのか~。
20ニヤニヤで。
10.100名前が無い程度の能力削除
Good!
その向上心と愛されメディスンを書いてくれた事に対する敬意とこれからの期待を込めて…
11.80名前が無い程度の能力削除
タグに惹かれて。
内容も、文章も好みでしたが、どうにも読みにくい印象。次回作を投稿される前に、改行だけ、改行だけでももう少し気を遣ってくれると、喜びます。
15.100名前が無い程度の能力削除
えーりん落ち着けww
16.100名前が無い程度の能力削除
メディスンの無邪気さがものすごく好み
続編に期待が膨らみます
26.100奇声を発する程度の能力削除
かなり良かったです!
次回作も楽しみに待ってます
28.100名前が無い程度の能力削除
メディが愛されている…愛されている!
29.100名前が無い程度の能力削除
そそわで貴重なメディ話をありがとうございます。胸キュン撃墜数に+1してください。
30.100名前が無い程度の能力削除
ええい!続編はまだか!
32.100名前が無い程度の能力削除
きゅん きゅん きゅ~~ん
33.100名前が無い程度の能力削除
続きをはやくしなさい
36.100名前が無い程度の能力削除
ハートフルですな
38.無評価名前が無い程度の能力削除
初投稿で2000点超えは充分だろ^^
40.90名前が無い程度の能力削除
内容に70点。その心意気に10点。アリメディに10点。
なぜかアリスとメディスンが絡む作品って少ないのよね……
42.80武蔵削除
 初めまして、テツさん。メディスンの話は好きなので、とても楽しく読めました。文章も読みやすかったです。
 あとがきを読んで、テツさんは、向上心のある人なんだなぁと思いました。それで、ちょっと自分なりの意見を
書かせていただきます。
 メディスンはちょっと物わかりがよすぎるかなと思います。かりにも人形解放を目指していた彼女ですから、
人形を操るアリスに不信を抱くのではないかと。
 アリスは体を治してくれた恩人で、良い人であることはわかります。それなのに、アリスに素直に心を開く
ことができないメディスンは悩む。母親代わりの二人を織り交ぜて、人形劇の場面まで持っていくと、作品に
広がりができるんじゃないかと思います。
 ただ、テツさんは対立の可能性を分かったうえで、あえて回避したようなふしがあるので、余計なことかも
しれません。
 作品の中に負の感情がある場面を入れると、最後のハッピーエンドの場面でもっと感動できるんじゃないかと思いました。
 生意気言ってすみません。それでは、次回作を楽しみにしています。
43.90名前が無い程度の能力削除
ヤバい、キュンキュンが止まらなかった
やっぱりメディの可愛さは核兵器並
でも最初にキュンときたのは幽香←
今後に大いに期待してこの点数で
44.100ランツ削除
これはいいほのぼの。次回作は2番目にキュンとする話ですねわかりm(ry
46.100名前が無い程度の能力削除
きゅん、しました!
初々しいメディスン可愛いです。

正直あまりメディスンは好んでなかったのですが、株上がりました。

そして、100点つけたくてコメントしたのは内緒←
49.40名前が無い程度の能力削除
そう、かぁ……?

もうちょい改行して欲しかったかな
読み辛かったし……
51.100名前が無い程度の能力削除
きゅんきゅんメディにきゅん!
53.80名前が無い程度の能力削除
初投稿とは思えないクオリティ……。
とてもいいメディメディでした。
物語の構成もうまくまとまっていて、好まれるタイプだと思います。
ただ、主に地の文が読みにくいところがところどころありました。
例えば、冒頭でうつぶせに倒れ、その後空を見るところでは、
仰向けとは違った描写になりそうだなと思ったり、
場面が変わったときに中心となる視点が分かりにくかったりと、
カメラや視点を意識した描写が上手くなると、すごいことになりそうな気がします。
55.40名前が無い程度の能力削除
基本的なことができていないため非常に読みにくい。
描写が回りくどいだけならまだしも、時制や動詞の重複など文章を書く上での基本的なことができていないのは致命的だと思います。
ただ、プロットそれ自体は面白いので頑張ってほしいです。
59.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
60.100名前が無い程度の能力削除
続編をはげしく希望する!!
64.100名前が無い程度の能力削除
初陣とのことで多めの点数を。まずは投稿してくれてありがとう。
内容について、面白いけどどこか急ぎ足に感じた。
説明はいいけどもう少し心理描写があると感じ方がかわるかも。
しかし保護者'sが出来上がってるなぁ。続編も読んで見たいかも。
67.無評価名前が無い程度の能力削除
読みづら過ぎて途中下車で投げてしまった。
いつか作者の文章力が上がったら、同じプロットでリライトしてくれ。
71.100名前が無い程度の能力削除
読み返してみると確かに読みづらいな。
初見ではそんなこと気にならないくらい引き込まれてたようだ(笑
74.90名前が無い程度の能力削除
確かに所々で文章に違和感がありましたが、それ以上に物語に引き込まれました。
ただ、個人的には心理描写が足りなかったように思います。次回作を楽しみにしています。
79.100名前が無い程度の能力削除
>これ異常ない大団円
以上ですね。

ほのぼのさせていただきました。
80.90名前が無い程度の能力削除
少し読みづらさを感じましたが内容はとても楽しめました

うーむー…メディスンにここまで和む日がくるとは
85.80名前が無い程度の能力削除
あとは納豆だけだなガンガレ