日は西へ傾いている。
夕暮れのぼんやりとした暁に景色は飲まれていく。
みんなが照れてるように、真っ赤になる。
普段はクールに見える青空も、照れるように真っ赤になって。
落ち着くような山の緑も、燃えるように真っ赤になって。
里を歩く人たちだって、酔っぱらったように真っ赤になって……。
ふと耳を傾けると、ひぐらしの鳴き声が山の向こうから聞こえる。
闇が訪れることを告げるように、悲しげに鳴く。
今日も一日生きて、そして明日も生きられるといいなぁと。
そんな切実な願いにも似た、ひぐらしの悲しい鳴き声だった。
鳥たちは自分たちの住む山へと帰っていく。
巣で待っている小鳥たちもいるだろう。
帰りを待ちわびる小鳥を想像して、笑っているのかもしれない。
ただ鳥たちは、空高い場所で鳴いていた。
そして、彼女は微笑んでいた。
少しずつ向日葵畑へと沈んて行く太陽を眺めながら。
もう、夏が終わってしまう。
やがて秋が訪れて、向日葵は土へと帰り、新たな花がその地を埋めることだろう。
再々訪れ、巡る季節に思いをはせて。
幽香はその限られた命を一生懸命に生きる向日葵を見つめた。
向日葵の中へと太陽が消えていく。
それは、向日葵と太陽とのかくれんぼ。
見つけることなんて出来ないかくれんぼで、太陽は見つけられないから、しぶしぶ出てくるかのような。
ざわざわと風に揺れる向日葵達に、何も言わずにさようなら。
だけど、すぐさま消えてしまうのは嫌だから。
最後の最後まで、ゆっくり向日葵を眺めている。
また明日。
無言でも伝わるそのやりとりを、幽香は一人、見つめる。
この景色を、このやりとりを一人占めしている。
この優越感を何に例えることも出来やしない。
ただ優しく微笑んで、見つめる他なかった。
この後、太陽が沈み、月が昇る頃に、宴会は開かれる。
熱帯夜から涼夜へと。
ひぐらしの奏では、やがて小さな虫たちの演奏会へと変わっていく。
鈴虫や蟋蟀の鳴き声が聞こえ始めてきた今日。
やがて秋の味覚がとれるようになると考えると、自然と涎が口内を満たしていく。
ちらほらと道端に見えるは、コスモス。
蕾を少しずつ大きくして、秋の訪れを待っている。
また、真っ赤な蜻蛉も、宙を飛びまわっている。
「もう、秋が来るのね」
ぼそっと一人呟く。
幽香は、どの季節が好きかと聞かれれば、全てと答えるだろう。
時々よくある話だ。
私はこの季節が好き、私はこの季節。
その者が言うことは的確で、その季節の良さを分かっている。
しかし、他の季節の良さをわかっていない、とも言える。
春は桜の美しい季節。
風に揺られ、舞い散る花びらの下での酒は最高だ。
また、生命の息吹を目で、体で感じる事が出来る。
まだ冬の名残を残した肌寒さが、何とも言えない。
夏は輝きを増す季節。
太陽の光は眩しくて、人々の汗も輝いて見える。
また、とても騒がしくなる季節である。
暑さで涼を求めてみたり、祭りを開いてみたり、肝試しをしてみたり……。
暑くも素敵な季節である。
秋は、涼しくて過ごしやすい。
そして、秋は様々な表情を持つ。
稔りの秋、読書の秋、運動の秋、等々。
食は美味しく、涼しくて読書しやすく、運動をするにも最適である。
万能な季節である。
そして冬は、厳しい寒さを持つ。
雪はしんしんと降り、時には風に乗って強く地面に叩きつけられる。
しかし、それはまるで幻想世界。
普段見る景色とは違い、雪で覆われた世界は圧巻である。
どれも、魅力的で、選ぶことなんて出来はしない。
だけど、今は夕暮れ時。
そろそろお腹が空いてくる時期でもある。
こういう時にどの季節がいいかと問われれば、
「秋かしらねぇ」
と、心の中の問いかけに答える。
なんだかんだ言って、秋はやはり美味しいものが多い。
果物であったり、野菜であったり、魚であったり……。
甘い果物は幸せな気分になれる。
野菜は、段々根菜がとれるようになってくる。
少し涼しいくらいの季節に、体を温めてくれる。
そして、この時期のきのこは絶品だ。
魚は、山でとれる新鮮な魚はとても美味しい。
「いくら最強の妖怪とは言え、食の欲求には勝てないわよねぇ」
幽香はくすりと笑う。
昔は人間を襲っていて食していた頃があった。
弱く、もろい人間はなんと可哀想な生き物だろうとさえ思った事がある。
だけど、今は人間と同じような食べ物を欲し、現にそれを食している。
年月を経ることで、変わるものなんだなぁと改めて実感させられる時だった。
ふと向日葵畑をもう一度見る。
太陽は半分ほど向日葵畑に沈んでいる。
まるで、向日葵畑が炎の海に包まれているかのように、真っ赤だった。
風に揺れて、暑い暑いと喚いているかのようにも見える。
だけど、それは違った。
また明日ねと、頭を振っているにも見えた。
宴会が近づくと、決まって誰かが私を呼びに来る。
呼びに来る人物はランダムだけど、太陽が沈むころに訪れる。
別に宴会に行きたくないなんて思ってもいないのに、わざわざ来るのだ。
「私って信用されていないのかしら」
苦笑いを一人浮かべる。
酔っぱらった子鬼だったり、宴会好きの魔法使いだったり、紅白の巫女だったり。
それはもう様々だ。
大体の場合、宴会に誘う前から酔っぱらっているパターンが多い。
皆揃うまで待つことすら出来ないのかと思わず呆れてしまう。
でも、それが彼女たちらしくて、どこかおかしかった。
幻想郷の連中は、基本自由気ままだ。
己の欲のを満たすために異変を起こす辺りに、その自由さが顕著に表れている。
新聞を作りたいが故に飛びまわっては写真を取る者、人と妖怪とが混じっていながらも、人間の為に尽くす者、ガラクタを集めてはそれを売って商売をする者……。
縛られる項目が少ない為、自由にすることができるのだ。
もちろん、やりすぎだと判断された場合は巫女や賢者に止められはするが。
もちろん、幽香も自由に生きている。
花を愛しているからこそ、四季の花を求めてふらふらと。
春は冥界や神社でよく桜を眺める。
夏は太陽の畑で向日葵と共に。
秋は妖怪の山の紅葉を楽しみ、冬は僅かに咲く花と共に、雪の花を楽しむ。
花と共に生き、花の為に生きる。
花の命はとても短い。
だけど、その命は決して無駄ではない。
命に限りがあるからこそ、一生懸命生きて、美を求める。
散りゆくその時まで、必死に生きているのだ。
そして、時は流れてまた花を咲かせる。
美しさと命の大切さを花は教えてくれるのだ。
幽香は、向日葵に目を向ける。
この向日葵達は、より高いところを、太陽を目指して伸びていく。
自身がより太陽の光を浴びるように、より近くで一緒にいられるように。
そして、太陽は沈んでいく。
もう、僅かしか見えなくなった太陽が、そこにはあった。
最後の最後まで、向日葵達は風に揺られて、バイバイと頭を振っていた。
そんな向日葵の真似をするように、幽香は自身の手を振って、
「さようなら」
と微笑みながら見送った。
やがて、世界に闇が降りる。
さっきまで真っ赤だった世界は、突如闇を覆い始めたのだ。
真っ赤に照れるような空は、真っ暗になり、黄金の砂が輝き始めた。
燃えるような山は、ひぐらしも鳴くのをやめて、虫が囁くように鳴き始めた。
里を歩く姿は無くなって、部屋に明るい光が灯り始めた。
向日葵達のかくれんぼが、ようやく始まったのだ。
また明日まで、向日葵は少し下を向いて、太陽を探す。
長いようで短いかくれんぼの始まりである。
「幽香~、いるかしら~?」
ふと後ろを振り向くと、提灯を持った霊夢の姿があった。
ほんのりと明るい光を放っており、私を探すように少し高めに掲げていた。
ここでかくれんぼをしてもいいかなぁと思った。
だけど、迷惑をかけるのは悪いな、とも思った幽香は、霊夢に対して声をかけた。
すると、提灯はこちらの方に向く。
「あ、いたいた。それじゃ、一緒に行きましょうか」
「えぇ、行きましょう」
霊夢がふわりと宙に浮くと、幽香も一緒にふわりと浮いた。
一度向日葵畑の方をくるりと向いた。
ざわざわと揺れながら、太陽を探す向日葵に向かって、
「また明日」
と呟き、笑みを投げかけた。
その呟きに答えること無く、頭を揺らして太陽を探していた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
そう、と霊夢が小さく返すと背を向けて飛んでいった。
霊夢の持つ提灯の明かりを追うように、幽香もついて行った。
また遠く離れた空の上から、小さくなった向日葵畑を覗きながら、
「また日が昇るその日まで、かくれんぼして遊びましょう」
そう言って、微笑んだ。
まt、あ生命の伊吹を……
「また」、生命の「息吹」を……ではないでしょうか。
面白かったです。次回も期待してます。
太陽と一緒に幽香さん朝までかくれんぼという発想がいいです。
夏の終わりの寂しさの中にも心が温まってよかったです。
ネタなのか誤字なのかわかりませんが一応報告
季節の変わり目って良いですよね
昨日まで当たり前のようにいた者がいつの間にかいなくなり、代わりに新しい季節がやってくる
それを「消えてしまう」のではなく「かくれんぼ」と表現する幽香さんが素敵です