Coolier - 新生・東方創想話

両方とも学者

2010/08/27 21:07:32
最終更新
サイズ
4.15KB
ページ数
1
閲覧数
962
評価数
1/16
POINT
820
Rate
9.94

分類タグ

 ち、りん、
 ちりんと、風鈴が鳴った。その音を聴きながら、ちゆりは欠伸を噛み殺した。
「風流、じゃあないな、まったく」
 会議用だろう、長方形の机に寝転がり、風鈴へと視線を向ける。
 窓近くに置かれた床置き型のエアーコンディショナーから吹出す冷風が、割箸の先に取り付けられた風鈴を揺らしていた。
「割箸ってのもなぁ。いや家庭の知恵を馬鹿にしてるわけじゃないんだが」
 髪を掻き、一度大きく欠伸をして、起き上がる。
 ちりん、ちりんと風鈴は鳴り続け、ちゆりにはその音がいささかうっとおしく感じた。
「あー」
 夏だぜ、ちくしょう。
「海なり山なり行って、夏がしたいぜ」
「したいぜってなによ、したいぜって。感じたいぜ、ならわかるけど」
 ちゆりの背中から声がした。その声を聞いて、ゆっくりと振り向く。
「……ご主人、いつからいたんだよ。ドアを開けた音がしなかったぞ」
「乙女の秘密よ」
「はん。そいつは素敵だぜ」
「なんか馬鹿にした言い方ね、それ。せっかくアイス買ってきたのに」
 ほら、と夢美が手に下げたビニール袋を掲げる。白いそれからは、中身が伺えなかった。
「資源の無駄だな、ビニール」
「家でゴミ箱に被せるもの」
「昔は、がっこのせんせなんてもっと世間離れしたもんだと思ってたが、実際は家庭的というか生活感に溢れてるというか」
「そりゃ、こんだけ生きたらそうなるって」
 夢美はそう返しながら、ビニール袋からアイスクリームのカップを取り出す。
 ガサガサと耳障りな音が、二人の間で響いては、エアーコンディショナーの空調音に溶けて消えていく。
「ちゆりはバニラでよかったよね」
「あー。なんか、バニラは食べ飽きたんだよな」
「バニラしかないけど」
「おいご主人、どうした。風邪か?いやそれとも熱射病か?苺はどうした苺は、なにかあったなら相談に乗るぞ」
 真面目な顔で、ちゆりはそう問いかける。
「私はどう思われてるのよ、それ」
「苺中毒患者」
「そういえば胃が痛いような。ビタミンの過剰摂取かしら」
「……どんだけ食ってんだよ。一日分で五、六個だろ?」
 ちゆりはアイスクリームの紙蓋を開けながら首を傾げた。
「食べない日だってあるし、苺味なだけのものも食べてるんだけどね」
「メロン味じゃないメロンシロップみたいなもんか」
「メロンじゃないメロンパンとか」
「それはただの模様の話だ」
 溶けかけたアイスにサクとプラスチックのスプーンが突き刺さる。
 小さなスコップのようなそれらは、互いのアイスを削り、口へと運んでいった。
「メロンパン、メロンパンね。メロンパン実験」
「なんだ、また例の冗談か」
「そうそう。ただ出典は私じゃないけど。メロンパンを別の世界に持っていくとメロンになった。それを切ったら中にパンがぎっしり」
「すごい調理技術だ」
 溶けた部分を溶けていない部分に合わせて、くちゃりと混ぜる。カップに口をつけ、それを少し飲み込み、ちゆりは笑う。
「アイスクリームを持ってったら天麩羅になって、それが天麩羅アイスの生まれた理由だとか、よくわからない話を作りやがる。あの教授はなにやってんだろうな、今」
「さあ」
「……最近、研究進んでないが、ただの夏バテか?」
「たぶんね」
 夢美は溶けたアイスを何度も何度も掬って、口へと運ぶ。
 つう、と人差し指の爪についたアイスの液が、指の腹まで流れた。
「たまに、どうでもよくなるから困るわよね」
「研究とかか」
「ご飯食べるのも、水を飲むのも、眠るのも」
「八月病とでも名付けるか」
 まあ、もうすぐ九月だが、な。
「じゃあ、そろそろ直るかな。そしたらまた研究。どっかの世界で仙術とやらを見るのもいいかも」
「魔法もまだまとめきってないのに、仙人の話とは、なんとも」
「あらゆる力が統一出来るのだから、魔力が統一出来るのも当たり前、か」
「なんだ、そんな昔々の話で躓いてんのかよ、天才」
「まあね。古い論文に、既に魔力なんて言葉が出てるんだもの」
「そんなもんだろ。何とか論やら何とか説なんてのは消えて復活しての繰り返しなんだから。一秒後に氷河期が温暖化現象がどうのになるのが学問だ」
「私より年下の癖に悟ったようなことを」
 お前のせいだよ、色々と。
 そうちゆりは呟いたが、夢美の耳には入らなかったようだ。
「休憩終わりにして、さっさと行こうぜ。恋人さんがまってっぞ」
「数式を恋人にしたくはないんだけどね」
「女はやめてないってか」
「まだなってないもの。ずっと女の子」
「鯖読むなよ」
「まだ十八歳よ」
「鯖読むなよ」
「だから読んでないって」
 ビニール袋の中へ、空になった容器を入れていく。
 がさり、と音がして、袋が閉じられた。
「ほら行こうぜ。ご主人」
「はいはい。でも、ちっとも進まないだろうけど」
「向かわないよりはマシだろ、いろいろと」
「そう、ね」
 立ち上がる。
 部屋の出口へと向かう。
「まだ、始まったばかりだしね」
 ドアが開いて、
 がちゃん、と閉じた。


 エアーコンディショナーは動き続ける。
 動き続けて、
 タイマーが切れてゆっくりととまった。
あれ、もう八月も終わりが近い

タイトルを改変縛りするとすんごい困る
ちょう困る
◆ilkT4kpmRM
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.720簡易評価
13.100url削除
ああ、夏が終わってしまうう