今日は毎年恒例となっている、博麗神社の夏祭りの日だ。
この日は幻想郷中がいつもより騒がしくなる。
祭りに店を出す人は店の準備、祭りに行こうと思っている人は同伴者探し……
忙しくない人が珍しいくらいだ。
……私の前にはその珍しい人のうちの一人がいるわけだけど。
「はぁー、お茶がおいしいわねぇー」
「えぇ、そうですね」
私は幽々子様と一緒にお茶を飲みながらいつものようにそう返す。
そして大事な話を切り出すタイミングを窺った。
……よし、そろそろいいだろう。
「あの、幽々子様、一つ大事なお話をしてもよろしいでしょうか?」
「いきなり何? ……まぁ、話してみなさい」
「はい、すみません。実は今日のお祭りなんですが……
とある事情により幽々子様のお側にいることができなくなりました」
私は姿勢を正して恐る恐るそう切り出す。
「一緒においしいものを食べたり花火を見ようって言っていたじゃない!
妖夢の嘘つき!」
そんな答えが返ってくるのではないか。
私は心の中で怯えながら幽々子様が答えるのを待った。
しかし私の予想に反して……
「そう……妖夢と行けなくなってしまったのは残念ね。
わかったわ。
心配しないで、私は紫たちと楽しむから大丈夫。」
幽々子様はにっこりと笑っている。
「は、はい……申し訳ありません……
今日は一緒にお祭りを楽しみたいある人がいまして……」
「ふーん……ある人って永遠亭のあの子でしょ?」
私はびっくりした。
この人は何でそんなことを知っているのだろうか。
「な、な、な、何を言うんですかッ!?」
「図星ね?」
「う……」
ニヤニヤと笑う幽々子様。
なんかまんまと幽々子様の罠に引っかかってしまった気がする。
やけくそになった私は逆に吹っ切れることにした。
「そ、そうですよ! わ、悪いですか!?」
「いえいえ、そこまでは言ってないわよ。
まぁ、なんにせよ理由は分かったわ。
……今日は二人で楽しんでいらっしゃい」
ポン、と私の肩を軽く叩く幽々子様。
「……ありがとうございます」
私は深く礼をした。
感謝の気持ちを込めて。
「さて、そろそろ行こうかな」
いつものように庭で仕事をしているといつの間にか夕暮れ時になっていた。
よほど仕事に集中していたのだろう。
仕事の後片付けを済ませた私は手早く準備を済ませる。
よし、これでいいよね。
財布もしっかり持ったし。
「それでは先に出ますね」
「はーい、行ってらっしゃい」
そう言いながら手を振る幽々子様。
私も幽々子様に手を振ってから白玉楼を後にした。
「ふふふ、鈴仙さんと二人でお祭りかぁ……楽しみだなぁ」
私は外に出てから一人、笑った。
よし、急ごう。
私は迷いの竹林に向かって駆け出す。
迷いの竹林は文字通りよく慣れた者でなければ迷ってしまう場所だ。
下手をするとずっと出られない恐れもある。
そのため私達が待ち合わせをするのは決まって竹林の入り口辺りにある案内板の前になっていた。
ふと気づくと周りの木々が竹の林へと変わっている。
迷いの竹林に着いたのだ。
そのまま走っていると例の案内板が見えてくる。
……まだ鈴仙さんは来ていないみたい。
辺りには人影は見えなかった。
「ふぅ……流石に早いかな?」
早く鈴仙さんに会いたいという気持ちが私を急がせたのだろう。
待ち合わせの時刻よりもほんのちょっと早いはず。
……早く来ないかなぁ。
そう思ったときだ。
「あら、早いわね」
この声は……
「鈴仙さん!」
声のするほうに顔を向けると、私の友人であり、憧れの人でもある鈴仙さんが立っていた。
「待たせちゃったかしらね?」
「いいえ、そんなことありませんよ! ちょうど今来たところですから!」
「本当?」
「ええ、本当ですよ」
私は笑いながらそう主張する。
私の笑いにつられたのか、鈴仙さんも笑った。
「ふふ、妖夢がそう言うんだったら信じるわ」
「ありがとうございます」
「さ、行きましょうか」
「はい!」
私達は会場である博麗神社へと向かって歩き出す。
ここから神社までは数十分ほどかかる。
その道中で私は鈴仙さんと少し話すことにした。
「鈴仙さん、最近面白いことありました?」
「うーん、面白い、というより大変なことならたくさんあったわね……」
「それってやっぱり永琳さんに……ですか?」
「うん……思い出すだけで鳥肌が立つわ……」
そういって身震いする鈴仙さん。
……一体どんなことをされたのだろう。
自分には想像できないなぁ。
「ま、そんなことをする人だけど私は大好きよ。
優しいときは優しいしね」
「へぇ……それじゃあ私と永琳さんだとどっちが好きですか?」
私は笑いながら冗談でそう言った。
「あはは! 流石にその質問は難しいわね!
どっちも同じくらい好き、じゃダメかしら?」
「いえ、冗談ですよ。
私も幽々子様と鈴仙さんどっちが好きなんて聞かれたら答えられませんしね」
うーん、うまく言葉では表せないけど、鈴仙さんに対する『好き』と幽々子様に対する『好き』は違う気がするなぁ。
彼女として好きなのはどちらか、と言われたら鈴仙さんとすぐ答えちゃうけどね。
……あ、これだけは言っておきたい。
私はそう思い、鈴仙さんを見つめた。
「あの……一つ言っておきたいことが……」
「ん、どうしたの?」
「……今日は楽しい一日にしましょうね」
「今日、一日よろしくお願いします」といった思いを込めて私の思いを伝える。
「……ええ、もちろんよ。楽しい思い出を作りましょ!」
「はい!」
今日は記憶に残るような楽しい一日になりますように。
私は軽く目を閉じてそう願った。
博麗神社には妖怪や人間、妖精たちが集まってきていた。
祭りはそろそろ始まる。
ふと目をやると、参道にはたくさんの屋台が出ていた。
綿飴にりんご飴……とうもろこしに焼き鳥……
屋台からはいい香りが漂ってくる。
ちょっとお腹が空いたな。
「鈴仙さん、後で何か食べてみましょうよ」
「ええ、そうね。お腹もちょうど空きはじめた頃だし」
何を食べようかな。
まずは一緒に焼き鳥を買って、とうもろこしも買って……
「あ、そろそろ始まるみたいよ」
鈴仙さんがそう言ったので考え事をやめて、神社内に作られた舞台のほうを見た。
毎年この舞台ではいろいろな出し物が見られる。
昨年は……大食い大会とかあったなぁ。
ちなみに優勝は幽々子様。
彼女いわく
「無料でたくさんおいしいものが食べられた上に、商品までもらえるなんて最高ね」
……らしい。
今年はどんな出し物があるのかな。
ちなみに出し物は毎回祭り当日に発表される。
これは霊夢さんによると
「何があるのだろうと期待する楽しみが増えるから」とのこと。
確かにその考えは分からなくもない。
「あー、聞こえるかしらー?」
司会者兼主催者である霊夢さんが舞台の上で叫ぶ。
その一声で会場内が一気に静かになった。
「えー、今年も博麗神社夏祭りに来てくれてありがとう。
とりあえず今日の催し物の説明をしておくわね。
まずは希望者によるのど自慢大会、
そして大食い大会」
大食い大会と言い終わった直後に「やったー!」という声が聞こえてきた。
……あの声、間違いなく幽々子様だ。
あぁ、側にいなくてよかった。
側にいたら私は恥ずかしさで真っ赤になっていただろう。
「あなたの主人……出るつもりね」
「ええ、間違いなく出ますね」
私達は呆れたような表情で小さく呟いた。
……今回の優勝も幽々子様で決まりかな。
「えー、続けるわね。
そのあとは森近霖之助氏による講話『外の世界の道具について』
そしてその他いろいろ。
説明はめんどくさいから割愛させてね。
一番最後は皆が一番楽しみにしていると思う大花火大会よ」
うわぁ、なんという司会者。
説明飛ばしちゃったよ。
これで司会者がよく勤まるなぁ……
「とりあえず博麗神社の夏祭り、思いっきり楽しんでいって頂戴!
あ、よろしければお賽銭のほうもよろしく!
賽銭箱はあっちにあるから!
それじゃ、これで終わるわ」
霊夢さんの開催宣言が終わってから集まった人々は思い思いの場所へと散っていった。
ある人は出し物を見るために舞台のすぐ前に。
ある人はお腹を満たすために屋台の列へ。
またある人は最後の目玉である花火大会に備えて場所を取ったりしていた。
私達はまず腹ごしらえをすることにした。
古来より「腹が減っては戦は出来ぬ」というしね。
まぁ、戦はしないけど。
「たくさんありますけど……何を食べます?」
「そうねぇ……無難に焼き鳥かしら?
意外とお腹が膨れるしね」
確かに焼き鳥って結構お腹膨れるし、食べやすいのよね。
私も焼き鳥は好きだ。
「それじゃあ、焼き鳥の屋台探してきますね」
「あ、待って!」
私が駆け出そうとすると、鈴仙さんが私の手をぎゅっと握り締めた。
え……?
「こんなに人が多いのに一人で行動したら迷子になるわよ?
だから離れないように一緒に手を繋いでいきましょ」
「は、はい……」
鈴仙さんは妹を軽く叱るような顔をして私にそう言った。
私は真っ赤になってしまう。
鈴仙さんと手を繋ぐことは今までもよくあったけど……
手を繋ぐときはいつも二人きりのときだった。
こんな人の多い場所で手を繋ぐなんて……
知り合いに見られたら恥ずかしいよ……
「それじゃ、行きましょ」
「わ、分かりました……」
私は恥ずかしさと嬉しさのせいでカチコチになってしまった体を何とか動かす。
鼓動が早くなる。
落ち着け、魂魄妖夢。
気にしすぎだ。
私は自分にそう言い聞かせることによって心と体を落ち着かせる。
……気にしすぎだよね。
うん、もう大丈夫。
「お、あったわよ」
そう言って鈴仙さんが指差す先には確かに焼き鳥の屋台がある。
しかし問題はその中にいる人だ……
屋台の中にいるのは……知り合いだったのだ。
「いらっしゃい。って鈴仙と妖夢じゃない」
「あれ、妹紅じゃない」
「あのー、私もいるんだけど……」
「妹紅だけかと思ったらミスティアもいたのね」
焼き鳥の屋台を開いているのは妹紅さんとミスティアさんだった。
彼女達は屋台の中で汗だくになりながら肉を焼いている。
「焼き鳥を買いに来たのかしら?」
「まぁ、そんなところね」
「ついでにヤツメウナギはどう?」
妹紅さんと鈴仙さんが会話していると、横からミスティアさんが入ってくる。
鈴仙さんはうーんと軽く唸ってから軽く頷いた。
「じゃあどっちももらおうかな」
「よしきた! ミスティア、袋取って!」
「わかった!」
二人はすばやく焼き鳥とヤツメウナギを袋に詰めた。
息のあった動きだ。
それにしても……この二人、仲良さそうだなぁ。
もしかして……いや、流石にそれは考えすぎかな。
「はい、焼き鳥とヤツメウナギね。
……熱い二人のためにサービスしておいたよ」
「ふふ、羨ましいわね、お二人さん!」
「え?」
妹紅さんとミスティアさんはニヤニヤしながら私達の手を見た。
二人の目線の先にある私達の手はがっしりと握られているわけで……
「う、うるさいわね! あんたなんか姫様にやられちゃえばいいのよ!」
「あっはっは、照れるなって!」
「ふふふ、二人とも仲良くねー」
鈴仙さんは真っ赤になって妹紅さんにそう叫ぶ。
対するミスティアさんは口に手を当てて笑っている。
「ま、まぁ、ありがとうと言っておくわ」
「お二人とも、ありがとうございます」
私達はお礼の言葉を述べてから袋に入った焼き鳥とヤツメウナギを手にして屋台を後にする。
もちろん手をずっと繋ぎながら。
妹紅さんとミスティアさんはそんな私達を見て、ずっと笑っていた。
笑いといってもからかいの笑いではない。
うまく表現できないけど……そう、二人を温かく見守ってくれるような笑いだった。
私達は一本の木の根元に座り込んでさっき買った焼き鳥とヤツメウナギの袋を開ける。
サービスしたと言っていたけど……これはサービスしすぎなんじゃ……
袋の中にはぎっしりと肉が詰まっている。
これだけでお腹いっぱいになっちゃうわね……
「これだけあったら今日は他に何もいらないわね」
「ですね」
鈴仙さんと一緒に苦笑してしまう。
それから私は袋から焼き鳥とヤツメウナギを一本ずつ取り出してかぶりついた。
どちらも香ばしく焼けている。
また、甘辛いタレが肉のうまみを引き立ててくれていた。
これほどおいしい焼き鳥とヤツメウナギは初めて食べたなぁ。
……ヤツメウナギは食べたこと自体が少ないけど。
「これ、おいしいですね」
「ええ、妹紅の作る焼き鳥は幻想郷一よ。
ミスティアも料理がうまいし……あの二人、いいコンビかもしれないわね」
そう言ってから、笑う鈴仙さん。
確かにあの二人、息がぴったりだし、いいコンビかも。
私達はそれからおいし焼き鳥とヤツメウナギに夢中になった。
気づくと袋の中には最後の一本だけが残されていた。
「あ、残り一本……」
結構入っていたのに、無くなるの早いわね。
それだけ夢中になったってことか……
「妖夢、食べていいわよ」
「いえ、私はいいですよ。鈴仙さんが食べてください」
「いえいえ、あなたが……」
「いえいえ、鈴仙さんが……」
私達はお互いに譲り合う。
このままではずっと譲り合う羽目になってしまうなぁ……
「……それじゃあ、半分ずつ食べましょうか?」
「……ええ、それがよさそうですね」
私達は顔を見合わせて笑った。
そして残った焼き鳥を取り出して、最初に私が齧る。
次に鈴仙さんが齧る。
交互に齧っていくと最後の焼き鳥はあっという間になくなってしまった。
「おいしかったわね」
「ええ、そうですね」
串を袋の中に戻して近くに置いてあったゴミ箱へと入れる。
「さて、これからどうします?」
「うーん……出し物を見ようとしても見れないだろうし……
花火が綺麗に見れる場所を取りにでも行きましょうか?」
「それがいいかもしれませんね。あ、私、いい場所知ってるんですよ」
「そうなの? それじゃあ案内はお願いするわね」
「はい! まかせてください!」
私は軽く胸を叩いて答える。
以前幽々子様が教えてくれた花火のよく見える場所。
今日はここで一緒に見ることにしよう。
私は鈴仙さんの手を引っ張って歩き出した。
「ちょっと、神社の裏に来ている気がするんだけど……」
「ええ、そうですよ」
私達は神社の裏側に回っていた。
「花火は神社の表側方向から上がるのに……こんなところで見えるの?」
「ええ、十分見えますよ」
確か……うん、ここだ。
一本の曲がりくねった木。
私は気をつけながら上のほうへと登っていく。
曲がりくねっているおかげで足を引っ掛けて登るのは簡単だ。
上のほうへと登ってから体を正面へと向け、太い枝に腰掛ける。
少し遅れて鈴仙さんも私のいる場所へと登ってきた。
「ほら、鈴仙さん、見てくださいよ」
「わぁ、すごい……」
目の前には綺麗な星空がある。
本殿の屋根より高いこの場所ならば花火は建物に邪魔されずに花火を楽しむことが出来るというわけ。
前に幽々子様に教えてもらったのだ。
「ここならよく花火が見える」って。
「それにしてもよくこんな場所を知ってるわね」
「幽々子様に教えてもらったんですよ。
表のほうだと混雑していい場所なんてなかなか取れないけど、
裏のほうなら来る人も少ないから良い場所が簡単に取れるって言ってました」
「ふーん、なるほど」
鈴仙さんは感心している。
その証拠に鈴仙さんはうんうんと頷いていた。
「あ、落ちないように気をつけてくださいね」
「大丈夫よ。そんなヘマはしないわ」
私は気遣ってそう言ったのだけど……
そんな心配は要らなかったみたい。
「あ、かき氷食べない?」
「え、なんですかいきなり?」
「いや、急に食べたくなったから……
それに夏祭りといったらかき氷じゃない。
で、どうする?」
うーん、ちょうど甘いものが食べたかったところだし……
お願いしようかな。
「それじゃあお願いします」
「分かったわ。イチゴでいいかしら?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ買ってくるから少し待っててね」
そう言ってから器用に木を降りていく鈴仙さん。
下まで降りると鈴仙さんは小走りで向こう側へと消えていった。
「ふふ、鈴仙さんには感謝しないとね……」
私は小さく呟いた。
鈴仙さんにはいつもお世話になっている。
感謝してもしきれないくらいだ。
私は不意に夜空へ目をやる。
「それにしても……今日は星が綺麗だなぁ」
神社内はいつもより明るかったが、
前にある本殿が表の光を遮ってくれるおかげで裏のほうはある程度暗かった。
そのため、この場所からははっきりと・・・とまではいかないが、綺麗に星が見えている。
私は美しい星空にうっとりと見とれてしまう。
と、その時だ。
「ただいま」
鈴仙さんが帰ってきた。
イチゴのシロップのかかったかき氷を二つ持っている。
そのまま鈴仙さんはかき氷を落とさないように私がいる場所へと上ってくる。
「あ、おかえりなさい」
「はい、どうぞ」
鈴仙さんはにっこりと笑って私にかき氷を差し出した。
私はお礼を言ってから受け取る。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
鈴仙さんが一口食べるのを見てから私も一口食べてみる。
……冷たくておいしい。
「ん……!?」
私が少しずつかき氷を食べていると、
鈴仙さんがいきなり頭を手で押さえて声にならないうめき声を上げた。
「どうしました?」
「あ、頭が……」
頭?
……ああ、分かった。
たぶんアレね。
「もしかして一度にたくさん食べたせいで頭が……」
「う、うん、それ……いたたたた……」
鈴仙さんはまだ悶絶している。
これ、なると結構きついんだよね……
私も気をつけよう……
そう思いながらまた一口食べる。
「……むぐ!? あ、頭が……っ……!」
私も鈴仙さんのように氷に頭をやられてしまった。
痛い。
言葉では表現できない痛みが私の頭を襲っている。
「よ、妖夢、あなたも……?」
「ええ……やられました……」
私達はしばらくの間、仲良く悶絶することになった……
「ふぅ、やっと痛みが引いたわ……」
「ものすごくきつかったです……」
私達は頭を軽く押さえながら呟いた。
まだ頭がガンガンする気がする。
「さて、痛みも引いたし、残りを頂くことにしようかな」
鈴仙さんはそう言いながら残りのかき氷を口へと運ぶ。
私も暑さで少し溶けだしたかき氷を口へ運んだ。
さっきなったんだから、もう頭が痛くなることはないだろう。
それでも気をつけないとまたなっちゃうだろうけどね。
「なんか……もうイチゴ味の水になりかけているわね……」
「そうですね」
私は鈴仙さんの言葉に苦笑した。
それからストローで氷の乗った水と化したかき氷をかき混ぜて飲み易くする。
そのまま私は飲み物を飲むときのように喉にイチゴ水を送り込んだ。
「……薄くなっててあまりおいしくないですね」
「そうね……全く、溶けるの早すぎるわよ……」
鈴仙さんはそう愚痴っている。
私はゆっくりと何事かをぶつぶつ呟く鈴仙さんの横顔を見た。
……やっぱりすごく綺麗。
整った顔立ちに、さらりとした綺麗な髪。
そして強い意志と優しさを感じさせる瞳。
しばらくの間、鈴仙さんの横顔に見とれてしまった。
「ん、どうかした?」
「い、いえ! 別に何でもありません……」
急に振り向かれたので慌てて顔を伏せる私。
驚きと照れで顔が赤くなってくる。
うぅ、顔が熱いよ……
「大丈夫? 顔が赤いわよ?」
「だだだ大丈夫ですから! 全然へーきですヨ!?」
しまった。
慌てすぎて話し方がおかしくなってしまう。
不審に思われていたりしないかな……
「いや、全然大丈夫には見えないんだけど……
もしかして夏風邪とか?
……ちょっと失礼するわよ」
そう言って鈴仙さんは手のひらを私の額にくっつけた。
「ひゃっ!? れ、鈴仙さん!?」
「うーん、熱は無いみたいだけど……?」
熟れたトマトのように真っ赤だった私の顔がさらに真っ赤になる。
「れ、鈴仙さん……」
「あれ、また赤くなったわね……何で……あ!」
「な、なんですか急に!」
いきなり叫ぶ鈴仙さん。
一体どうしたというのだろう。
「ははーん……もしかして妖夢……
照れて真っ赤になっちゃったのね?」
「い、言わないでください……」
見抜かれてしまった。
恐るべし鈴仙さん……って流石にどんな人でも気づくよね……
「まったく、妖夢は可愛いわね」
「え、ちょ……」
鈴仙さんは笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ふふ、妖夢のそんなところ、私は可愛いと思うわよ」
「あ、ありがとうございます……」
ここって感謝する場所なのかな?
ま、まぁ、一応感謝しておこう。
悪い気はしないしね。
「そんな妖夢には……プレゼントをあげちゃおうかな」
「プレゼント?」
一体なんだろう。
「ちょっとびっくりさせたいから目を閉じててね」
「あ、はい、分かりました」
私はぎゅっと目をつぶった。
すると……
……えっ?
私は驚いて目を開ける。
目の前には目を軽くつぶった鈴仙さんの顔。
そして唇にはやわらかい感触。
そこで私は初めて口づけをされているのだと気づいた。
驚いて口を離そうとしたが、体はなぜか動いてくれない。
まるで毒にでもやられたみたいだ。
しばらくそのままでいると鈴仙さんの唇が離れる。
「ねぇ……どうだった……かしら?」
「どう……と言われても……」
私は曖昧な返事を返す。
説明しようとしてもどういう感じなのか説明できない。
「ふふ、まあいいわ」
「でも……正直に言うと、もうちょっとしていたかった気もします……」
「あら、意外と興味はあるのね?」
「ち、茶化さないでください!」
私は真っ赤になって叫ぶ。
「ごめんごめん」
鈴仙さんは謝りながら私の頭をまた撫でた。
「む、むぅ……」
そこで私は何も言えなくなる。
どうやら私は優しくされたりすることに弱いようだ。
と、その時、遠くから音が聞こえた。
音のする方向を見ると……夜空に大輪の花が咲いている。
花火大会が始まったのだ。
「あ、始まったみたいですね」
「そうみたいね」
やはりこの場所にしてよかった。
くっきりと、そして綺麗に花火が見える。
「……綺麗ですね」
「ええ、とても綺麗ね」
私達は二人で花火を眺める。
空には次々と美しい花が咲いていく。
その時、私は鈴仙さんに少しあることをしてみようと考えた。
(ちょっとなら……いいかな)
私はゆっくりと鈴仙さんにもたれかかった。
少しもたれかかったところで鈴仙さんの顔を窺う。
……どうやら花火に夢中で気づいていないみたいだ。
それならもう少し……
私はさらに少しずつもたれかかっていく。
気づいちゃうかな?
そう思ったとき、鈴仙さんの手が私の肩に置かれた。
「私にもたれかかりたいなら遠慮なくもたれかかっていいわよ」
「あ、はい……それじゃあ遠慮なく……」
駄目だ。
もう我慢が出来ない。
微笑む鈴仙さんの腰の辺りに手をまわす。
そのまま軽く力を入れてほとんど抱きつくように鈴仙さんへともたれかかる。
……鈴仙さんの匂いがする。
優しい匂いだ。
出来ることならずっとこのままでいたい。
「ほら見て! 凄いわよ!」
「わぁ……」
夜空に色とりどりの光の輪が広がる。
大きく広がる花火、音を立てて弾けるように消えていく花火、連続で何発も上がる小さな花火……
それらの花火は私達を十分に楽しませてくれる。
それから私は恥ずかしいのをこらえて静かに鈴仙さんにあることを頼む。
「あの、鈴仙さん?」
「ん、何かしら?」
「迷惑じゃなかったら……その……さっきの続き、してもらえませんか?」
鈴仙さんは私の言葉を聴いて一瞬黙り込んだけど、すぐに静かに笑顔を浮かべて答えてくれる。
「ええ、いいわよ」
「ありがとうございます。私のわがままを聞いてくれて……」
「いいのよそんなこと。私もちょっと……ね」
ちょっと、の後に続く言葉はなんだったのだろう?
たぶん「私もちょうどしたいところだった」といった感じの言葉だと思う。
私は答えを聞いてから軽く目を閉じた。
目を開けたままするのは少し恥ずかしいからだ。
「ど、どうぞ……」
「それじゃあ、行くわよ?」
私は目を閉じたまま準備が出来たことを伝える。
少しの間待っていると唇に柔らかなものが触れる。
鈴仙さんの唇が触れると同時に鼓動が早くなった。
「ふぅ……」
「ん……」
少し息が苦しくなってくる。
それでも私は鈴仙さんの唇を離さなかった。
しばらくすると鈴仙さんのほうから口を離す。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫……ですか?」
「だ、大丈夫よ……うん……」
鈴仙さんは酸欠になったように深呼吸を繰り返している。
顔は紅潮し、肩は大きく上下していた。
鈴仙さんの赤い顔を花火の光が照らしている。
たぶん鈴仙さんも照れているんだろうな。
「……ね、もう一回しない?」
「……いいですよ、鈴仙さんになら何をされても構いません」
赤い顔のまま私にそう聞いてくる鈴仙さん。
私は頬を赤らめて頷いた。
「こらこら、私がそんな野蛮人に見える?」
「ふふ、そんなことはありませんよ」
鈴仙さんは少しだけ不機嫌そうな顔をする。
そんな彼女を見て私は笑った。
「それじゃ、いくわよ」
「はい、準備は出来てます」
そして私達は今日3度目の口づけを交わす。
唇が触れると私達はお互いの体を抱きしめた。
鈴仙さんの体温がじんわりと伝わってくる。
私はこの時、鈴仙さんと特別な関係にあることに改めて気づく。
「鈴仙さん……私、鈴仙さんのことが……」
「私も、妖夢のことが……」
唇を離してお互いを強く抱きしめる。
もう、このまま彼女を離したくない。
そう思ったときだ。
「あらあら、熱いわねぇ」
「え!?」
いきなり下のほうから声がした。
恐る恐る二人で下を見ると……
「ゆ、幽々子様に紫様……!?」
「それに師匠まで……!」
下のほうには幽々子様と紫様、永琳さんがいた。
慌てて私達は体を離す。
そこで私は嫌な予想にたどり着き、冷や汗を流しながら三人に尋ねてみることにした。
「あ、あのー、いつからいました……?」
「そうねぇ……いつだったかしらね、紫?」
「うーん、確か妖夢が少しずつ鈴仙に近づいていったのは見たわね」
「まぁ、つまり結構前からいたってことよ。
それにしてもウドンゲ……かなり積極的だったのねぇ……」
えーと、何?
つまりほぼ全て見られてたってこと?
は、恥ずかしい……!
今日何回目か既に分からなくなった赤面をする私。
鈴仙さんも顔を真っ赤にしている。
恥ずかしさで心臓が爆発してしまいそうだ。
「それにしても驚いたわよ。たまたま散歩を兼ねて裏まで来たら……ねぇ?」
「うんうん、邪魔するのはどうかと思って観察してたけど、
あれ以上ほっとくと変なことをしそうだったから止めさせてもらったわ」
幽々子様も紫様も笑っている。
「さて、二人の行動もこれ以上エスカレートしなさそうだし、
私達年寄りは退散して若い二人に任せましょうか?」
永琳さんは微笑みながら二人に向かってそう言った。
これ以上エスカレートしなさそうって……
さ、流石にそこまではしない……と思う……
「そうね。花火大会もほぼ終わりだし、私たちは先に失礼しましょうか」
「本当のことを言うと妖夢と一緒に帰りたいところだけど鈴仙ちゃんが寂しがるだろうし……」
「あら、幽々子、私も同じことを考えていたところよ」
そして3人は同時にうん、と頷くと……
「気をつけて帰りなさいね?」
と言ってこの場を去っていった。
「鈴仙さん……あの3人だけには気をつけることにしましょう……」
「まぁ、気づかずにあんなことをしていた私達も私達だけどね……」
赤くなった顔を見合わせながら私達は苦笑した。
「さて、今年の夏祭りも最後! 最後は連発の後に特大の一発を打ち上げるわよ!」
そんな霊夢さんの声がかすかに聞こえてきた。
「今年の夏祭りも、もう終わりですね」
「そうね……今日はいろいろと楽しかったわ」
鈴仙さんは私の目を真っ直ぐ見て笑う。
「私もとても楽しかったですよ。
……鈴仙さんと一緒にお祭りを楽しめて嬉しかったです」
私も笑い返す。
そして最後の花火が打ち上がり始めた。
「……この時間がずっと続けばいいのに」
次々と打ち上がる花火を見つめながら私は一人小さく呟く。
隣の鈴仙さんはじっと花火を見つめていた。
数分もすると花火の打ち上げが止まる。
おそらく最後の花火の準備に入ったのだろう。
「たぶん次で最後ですね」
「そうね。きっとものすごい大きな花火なんでしょうね」
どんな花火なのかな。
私は期待した。
その時、一筋の光が空に上っていく。
そして一瞬の間をおいてから星の煌めく夜空に大音響とともに特大の花が咲いた。
花火の光が完全に消えると会場からは拍手の嵐が巻き起こる。
私は呼吸をするのも忘れて夜空をまだ見ていた。
「とても……綺麗でしたね」
「ええ、終わりにふさわしい素晴らしい花火だったわ……」
私達はしばらく無言で空を眺めていた。
「……終わったし、帰る?」
「ええ、そうしましょう……」
「それじゃあ、帰りましょ」
鈴仙さんはゆっくりと木から降りる。
私も後に続いて気をつけながら下に降りた。
「あの、手を繋いで……帰りませんか?」
「……もちろんいいわよ」
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってから鈴仙さんの手を握る。
……さっきのこともあったせいか私、少し積極的になったみたい。
そのまま手を繋いで私達は一緒に歩いていく。
神社の表のほうに行くと多くの人々が帰ろうとしているところであった。
かなり混んでいる。
下手をすると迷子になってしまうだろう。
もしかしたら怪我もしてしまうかもしれない。
「混んでるから離れないでね」
「はい、わかりました」
握った手に力を込めて離されないようにする。
私達は手を繋いだまま人混みの中へと突っ込んだ。
小柄な私は周りの人にぶつかったり跳ね飛ばされそうになったりしてしまう。
それでも絶対に手だけは離さないようにした。
(離して、たまるものですか……!)
手に更に力を込める。
しかし……
「あっ……!」
鈴仙さんの手がするりと離れていってしまう。
「よ、妖夢!」
「鈴仙さん!」
鈴仙さんもすぐに気がついて私のほうへと手を伸ばしたけれども、人の流れに飲み込まれていってしまう。
私も手を伸ばしたが、鈴仙さんへは届かなかった。
(れ、鈴仙さん……!)
私は心の中で絶叫した。
(と、とりあえず早く外に出なきゃ!)
私はそう思い、外に出るために人ごみを掻き分けて前に前にと進んでいく。
しかし人の数は思ったよりも多い。
その上少しでも油断すれば足を踏まれたり、誰かにぶつかったりしてしまう。
(う、うう……鈴仙さん……助けて……)
不意に涙がこみ上げてくる。
しかし泣いてしまってはいけないと思い、目をこすった。
(……いや、泣いちゃ駄目よ! こんなことで泣いてたら鈴仙さんに笑われちゃう!)
私はそう心の中で叫んで、自分に活を入れる。
すると不思議と元気が出てきた。
さぁ、早いところ外に出て鈴仙さんを探さないと!
私はさっきよりも力強く前に進み始めた。
人混みの中へ入ってから数分後、やっと外に抜けることに成功した。
「何とか外に抜けれたけど……鈴仙さんは……?」
辺りを見回してみるけど鈴仙さんの姿は見えない。
「どこにいるんだろう……」
それでも周りを見回して必死に探す。
すると、大きな耳が少し離れたところに見えた。
あの特徴的な耳は……鈴仙さんだ!
私は人の流れに気をつけながら鈴仙さんと思われる人物のほうへと近づいていく。
「鈴仙さん!」
「妖夢!」
やはり鈴仙さんだった。
鈴仙さんであることを確認した私は彼女の胸へと飛び込む。
ちょうど人混みから少し離れたところだったので私は遠慮なく飛び込めた。
恥ずかしいという感情も鈴仙さんに会えたという喜びや安堵感に比べればちっぽけなものだ。
そして飛び込むと同時にさっきまで抑えていた感情が湧き出してくる。
「大丈夫だった?」
「鈴仙さん……私、怖かった……!」
「……ごめんなさいね」
「いえ……鈴仙さんが謝る必要はないですよ……」
鈴仙さんは胸に顔を埋める私をぎゅっと抱きしめてくれる。
彼女なりに私を慰めようとしているのだろう。
その優しさが私には嬉しかった。
「……もう落ち着いた?」
「……はい、大丈夫です」
私は鈴仙さんから体を離す。
誰かに見られていたのではないかと心配で仕方が無かったが、気にしないことにする。
何事も気にしすぎないのが一番だ。
「さ、帰りましょうか。家まで送るわ」
どうやら私を白玉楼まで送ってくれるらしい。
「鈴仙さんは大丈夫なんですか?」
「私は平気だから気にしないで」
平気と言われても……流石にそこまでしてもらうのは気が引ける。
「いつも別れるところまでで構いませんよ」
「そう? 本当に大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
「それならいつもの場所まで一緒に帰りましょうか」
いつもの場所。
それは迷いの竹林の入り口にある案内板の前のことだ。
ここに来る前に待ち合わせをした場所である。
「わかりました」
「それじゃ、行きましょ」
手を繋いで私達は竹林のほうへと向かう。
私は軽く手に力を込めた。
今度は絶対に離さない。
真っ暗な道を歩いていく私達。
鈴仙さんの温もりが手から伝わってくる。
「それにしても凄く綺麗でしたね」
「花火のこと? 確かにあれは綺麗だったわね」
鈴仙さんの反応を見て私は、
「でも花火より鈴仙さんのほうが綺麗ですよ」
というありきたりすぎるセリフを思いついてしまった。
ちょっと言ってみようかとも思ったけど余りにもありきたりすぎたのでやめた。
結構恥ずかしいし……
「また来年もあんな綺麗な花火が上がるのかしら」
「絶対上がりますよ。そして……来年もまた一緒に綺麗な花火を見にきましょう」
「妖夢……ええ、分かったわ。約束する」
「絶対ですよ?」
「分かってるわよ」
鈴仙さんは微笑んだ。
来年も楽しいひと時を一緒に過ごしたい。
あ……もう少しで鈴仙さんと別れなければならない場所だ……
「そろそろお別れね……」
「そうですね……少し寂しいです」
「寂しいっていっても、またいつでも会えるじゃない」
「それはそうですけど……できることならずっと鈴仙さんの側にいたいです!」
私は鈴仙さんの赤い瞳を見つめて訴える。
ずっと鈴仙さんの側にいたい。
そんな私の本心を彼女に伝える。
しかし、鈴仙さんは静かに笑いながら私の頭を軽く小突いた。
「こらこら、あなたには側にいてあげないといけない人がいるのを忘れたの?」
「あ……幽々子様……」
私ははっとした。
私にはずっと側にいてあげなければならない人がいる。
忘れていた。
鈴仙さんにも永琳さんという、側にいてあげなければならない人がいる。
「わかった?
だから今日はお別れよ。
また今度一緒に、ね?
会おうと思えばいつでも会えるじゃない」
「……わかりました。幽々子様の側には私がいてあげないと!」
私は笑ってそう返した。
うん、そうよ。
鈴仙さんにはいつでも会える。
会いたいときに会いに行けばいいのだ。
もっとも、忙しい時に行くのは遠慮しなきゃいけないけど。
「妖夢が聞き分けのある子でよかったわ」
「むぅ、それくらいありますよ……」
軽く頬を膨らませる私の頭を鈴仙さんが笑いながら撫でる。
なんだろう、鈴仙さんに頭を撫でられると……嬉しく感じられる。
いい気持ちだ。
「それじゃあ、また今度ね」
「あ、ちょっと目を閉じてもらえます?」
「え? いいけど……」
今度は私の番だ。
目をつぶった鈴仙さんに顔を寄せて……
ゆっくりと唇を鈴仙さんの唇に軽くくっつけた。
私はちょっとくっつけてから唇を離す。
「お別れの……口づけです……」
「……ありがとう。今日は楽しかったわ。また今度!」
「はい、こちらこそ楽しかったです。また今度会いましょうね!」
鈴仙さんは大きく手を振ると竹林の奥へと消えていった。
……私も急いで帰ろう。
幽々子様が待っている。
「ただいま帰りました」
「お帰り」
白玉楼につくと幽々子様が出迎えてくれた。
「遅くなってすみません」
「いいのよ。……それで、楽しんできた?」
「はい、とても楽しい一日でした」
私達は居間に向かって歩きながらそんな会話をする。
幽々子様は楽しめたのだろうか?
「幽々子様はどうでした?」
「んー、大食い大会で優勝できたわ」
「やっぱり出たんですか……」
大体予想は出来ていたけど……
やっぱり出たんだ。
「その他にも紫たちと一緒に花火を見たり、いろいろ回ったりして楽しかったわよ」
「幽々子様が楽しく過ごせたようで何よりです」
私は先に居間の障子を開けて幽々子様を通す。
幽々子様はありがと、と言いながら先に中へ入って卓袱台の前に座った。
「それで……」
幽々子様はふふふ、と笑っている。
なんだろう?
「あなた達はあれからどうなったの?」
「な……何もしてませんよ!」
「本当にー?」
「本当です!」
「少しでいいから教えてくれないかしら?」
「駄目ですって!」
私は真っ赤になって叫んだ。
あれから本当に何もしていないけど余り言いたくはない。
「……どうしても駄目?」
「ええ、駄目です!」
「それじゃあ諦めるわ……」
「そうして下さい……」
やれやれと肩をすくめて呟く幽々子様。
ふぅ、なんとか諦めてくれたみたいだ。
さてと……そろそろ寝ようかな。
「私は先に寝ますけど……幽々子様はどうします?」
「私はもうちょっとここにいるわ。それじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
私は軽く会釈をして居間を後にした。
ふぅ、今日は楽しかったけどそれに比例して疲れもたまったなぁ。
さっさと寝て疲れを取ろう……
……鈴仙さんと一緒に楽しんだ夏祭り。
楽しかったな。
また今度一緒にお話をしたりしよう。
一緒にどんなことをするか考えただけでもドキドキする。
今日は疲れた体を十分に休めよう。
また今度鈴仙さんに会うときに備えて。
「ふふ、若いっていいわねぇ」
私が寝室に向かおうとしたときにそんな幽々子様の声が聞こえた気がした。
この日は幻想郷中がいつもより騒がしくなる。
祭りに店を出す人は店の準備、祭りに行こうと思っている人は同伴者探し……
忙しくない人が珍しいくらいだ。
……私の前にはその珍しい人のうちの一人がいるわけだけど。
「はぁー、お茶がおいしいわねぇー」
「えぇ、そうですね」
私は幽々子様と一緒にお茶を飲みながらいつものようにそう返す。
そして大事な話を切り出すタイミングを窺った。
……よし、そろそろいいだろう。
「あの、幽々子様、一つ大事なお話をしてもよろしいでしょうか?」
「いきなり何? ……まぁ、話してみなさい」
「はい、すみません。実は今日のお祭りなんですが……
とある事情により幽々子様のお側にいることができなくなりました」
私は姿勢を正して恐る恐るそう切り出す。
「一緒においしいものを食べたり花火を見ようって言っていたじゃない!
妖夢の嘘つき!」
そんな答えが返ってくるのではないか。
私は心の中で怯えながら幽々子様が答えるのを待った。
しかし私の予想に反して……
「そう……妖夢と行けなくなってしまったのは残念ね。
わかったわ。
心配しないで、私は紫たちと楽しむから大丈夫。」
幽々子様はにっこりと笑っている。
「は、はい……申し訳ありません……
今日は一緒にお祭りを楽しみたいある人がいまして……」
「ふーん……ある人って永遠亭のあの子でしょ?」
私はびっくりした。
この人は何でそんなことを知っているのだろうか。
「な、な、な、何を言うんですかッ!?」
「図星ね?」
「う……」
ニヤニヤと笑う幽々子様。
なんかまんまと幽々子様の罠に引っかかってしまった気がする。
やけくそになった私は逆に吹っ切れることにした。
「そ、そうですよ! わ、悪いですか!?」
「いえいえ、そこまでは言ってないわよ。
まぁ、なんにせよ理由は分かったわ。
……今日は二人で楽しんでいらっしゃい」
ポン、と私の肩を軽く叩く幽々子様。
「……ありがとうございます」
私は深く礼をした。
感謝の気持ちを込めて。
「さて、そろそろ行こうかな」
いつものように庭で仕事をしているといつの間にか夕暮れ時になっていた。
よほど仕事に集中していたのだろう。
仕事の後片付けを済ませた私は手早く準備を済ませる。
よし、これでいいよね。
財布もしっかり持ったし。
「それでは先に出ますね」
「はーい、行ってらっしゃい」
そう言いながら手を振る幽々子様。
私も幽々子様に手を振ってから白玉楼を後にした。
「ふふふ、鈴仙さんと二人でお祭りかぁ……楽しみだなぁ」
私は外に出てから一人、笑った。
よし、急ごう。
私は迷いの竹林に向かって駆け出す。
迷いの竹林は文字通りよく慣れた者でなければ迷ってしまう場所だ。
下手をするとずっと出られない恐れもある。
そのため私達が待ち合わせをするのは決まって竹林の入り口辺りにある案内板の前になっていた。
ふと気づくと周りの木々が竹の林へと変わっている。
迷いの竹林に着いたのだ。
そのまま走っていると例の案内板が見えてくる。
……まだ鈴仙さんは来ていないみたい。
辺りには人影は見えなかった。
「ふぅ……流石に早いかな?」
早く鈴仙さんに会いたいという気持ちが私を急がせたのだろう。
待ち合わせの時刻よりもほんのちょっと早いはず。
……早く来ないかなぁ。
そう思ったときだ。
「あら、早いわね」
この声は……
「鈴仙さん!」
声のするほうに顔を向けると、私の友人であり、憧れの人でもある鈴仙さんが立っていた。
「待たせちゃったかしらね?」
「いいえ、そんなことありませんよ! ちょうど今来たところですから!」
「本当?」
「ええ、本当ですよ」
私は笑いながらそう主張する。
私の笑いにつられたのか、鈴仙さんも笑った。
「ふふ、妖夢がそう言うんだったら信じるわ」
「ありがとうございます」
「さ、行きましょうか」
「はい!」
私達は会場である博麗神社へと向かって歩き出す。
ここから神社までは数十分ほどかかる。
その道中で私は鈴仙さんと少し話すことにした。
「鈴仙さん、最近面白いことありました?」
「うーん、面白い、というより大変なことならたくさんあったわね……」
「それってやっぱり永琳さんに……ですか?」
「うん……思い出すだけで鳥肌が立つわ……」
そういって身震いする鈴仙さん。
……一体どんなことをされたのだろう。
自分には想像できないなぁ。
「ま、そんなことをする人だけど私は大好きよ。
優しいときは優しいしね」
「へぇ……それじゃあ私と永琳さんだとどっちが好きですか?」
私は笑いながら冗談でそう言った。
「あはは! 流石にその質問は難しいわね!
どっちも同じくらい好き、じゃダメかしら?」
「いえ、冗談ですよ。
私も幽々子様と鈴仙さんどっちが好きなんて聞かれたら答えられませんしね」
うーん、うまく言葉では表せないけど、鈴仙さんに対する『好き』と幽々子様に対する『好き』は違う気がするなぁ。
彼女として好きなのはどちらか、と言われたら鈴仙さんとすぐ答えちゃうけどね。
……あ、これだけは言っておきたい。
私はそう思い、鈴仙さんを見つめた。
「あの……一つ言っておきたいことが……」
「ん、どうしたの?」
「……今日は楽しい一日にしましょうね」
「今日、一日よろしくお願いします」といった思いを込めて私の思いを伝える。
「……ええ、もちろんよ。楽しい思い出を作りましょ!」
「はい!」
今日は記憶に残るような楽しい一日になりますように。
私は軽く目を閉じてそう願った。
博麗神社には妖怪や人間、妖精たちが集まってきていた。
祭りはそろそろ始まる。
ふと目をやると、参道にはたくさんの屋台が出ていた。
綿飴にりんご飴……とうもろこしに焼き鳥……
屋台からはいい香りが漂ってくる。
ちょっとお腹が空いたな。
「鈴仙さん、後で何か食べてみましょうよ」
「ええ、そうね。お腹もちょうど空きはじめた頃だし」
何を食べようかな。
まずは一緒に焼き鳥を買って、とうもろこしも買って……
「あ、そろそろ始まるみたいよ」
鈴仙さんがそう言ったので考え事をやめて、神社内に作られた舞台のほうを見た。
毎年この舞台ではいろいろな出し物が見られる。
昨年は……大食い大会とかあったなぁ。
ちなみに優勝は幽々子様。
彼女いわく
「無料でたくさんおいしいものが食べられた上に、商品までもらえるなんて最高ね」
……らしい。
今年はどんな出し物があるのかな。
ちなみに出し物は毎回祭り当日に発表される。
これは霊夢さんによると
「何があるのだろうと期待する楽しみが増えるから」とのこと。
確かにその考えは分からなくもない。
「あー、聞こえるかしらー?」
司会者兼主催者である霊夢さんが舞台の上で叫ぶ。
その一声で会場内が一気に静かになった。
「えー、今年も博麗神社夏祭りに来てくれてありがとう。
とりあえず今日の催し物の説明をしておくわね。
まずは希望者によるのど自慢大会、
そして大食い大会」
大食い大会と言い終わった直後に「やったー!」という声が聞こえてきた。
……あの声、間違いなく幽々子様だ。
あぁ、側にいなくてよかった。
側にいたら私は恥ずかしさで真っ赤になっていただろう。
「あなたの主人……出るつもりね」
「ええ、間違いなく出ますね」
私達は呆れたような表情で小さく呟いた。
……今回の優勝も幽々子様で決まりかな。
「えー、続けるわね。
そのあとは森近霖之助氏による講話『外の世界の道具について』
そしてその他いろいろ。
説明はめんどくさいから割愛させてね。
一番最後は皆が一番楽しみにしていると思う大花火大会よ」
うわぁ、なんという司会者。
説明飛ばしちゃったよ。
これで司会者がよく勤まるなぁ……
「とりあえず博麗神社の夏祭り、思いっきり楽しんでいって頂戴!
あ、よろしければお賽銭のほうもよろしく!
賽銭箱はあっちにあるから!
それじゃ、これで終わるわ」
霊夢さんの開催宣言が終わってから集まった人々は思い思いの場所へと散っていった。
ある人は出し物を見るために舞台のすぐ前に。
ある人はお腹を満たすために屋台の列へ。
またある人は最後の目玉である花火大会に備えて場所を取ったりしていた。
私達はまず腹ごしらえをすることにした。
古来より「腹が減っては戦は出来ぬ」というしね。
まぁ、戦はしないけど。
「たくさんありますけど……何を食べます?」
「そうねぇ……無難に焼き鳥かしら?
意外とお腹が膨れるしね」
確かに焼き鳥って結構お腹膨れるし、食べやすいのよね。
私も焼き鳥は好きだ。
「それじゃあ、焼き鳥の屋台探してきますね」
「あ、待って!」
私が駆け出そうとすると、鈴仙さんが私の手をぎゅっと握り締めた。
え……?
「こんなに人が多いのに一人で行動したら迷子になるわよ?
だから離れないように一緒に手を繋いでいきましょ」
「は、はい……」
鈴仙さんは妹を軽く叱るような顔をして私にそう言った。
私は真っ赤になってしまう。
鈴仙さんと手を繋ぐことは今までもよくあったけど……
手を繋ぐときはいつも二人きりのときだった。
こんな人の多い場所で手を繋ぐなんて……
知り合いに見られたら恥ずかしいよ……
「それじゃ、行きましょ」
「わ、分かりました……」
私は恥ずかしさと嬉しさのせいでカチコチになってしまった体を何とか動かす。
鼓動が早くなる。
落ち着け、魂魄妖夢。
気にしすぎだ。
私は自分にそう言い聞かせることによって心と体を落ち着かせる。
……気にしすぎだよね。
うん、もう大丈夫。
「お、あったわよ」
そう言って鈴仙さんが指差す先には確かに焼き鳥の屋台がある。
しかし問題はその中にいる人だ……
屋台の中にいるのは……知り合いだったのだ。
「いらっしゃい。って鈴仙と妖夢じゃない」
「あれ、妹紅じゃない」
「あのー、私もいるんだけど……」
「妹紅だけかと思ったらミスティアもいたのね」
焼き鳥の屋台を開いているのは妹紅さんとミスティアさんだった。
彼女達は屋台の中で汗だくになりながら肉を焼いている。
「焼き鳥を買いに来たのかしら?」
「まぁ、そんなところね」
「ついでにヤツメウナギはどう?」
妹紅さんと鈴仙さんが会話していると、横からミスティアさんが入ってくる。
鈴仙さんはうーんと軽く唸ってから軽く頷いた。
「じゃあどっちももらおうかな」
「よしきた! ミスティア、袋取って!」
「わかった!」
二人はすばやく焼き鳥とヤツメウナギを袋に詰めた。
息のあった動きだ。
それにしても……この二人、仲良さそうだなぁ。
もしかして……いや、流石にそれは考えすぎかな。
「はい、焼き鳥とヤツメウナギね。
……熱い二人のためにサービスしておいたよ」
「ふふ、羨ましいわね、お二人さん!」
「え?」
妹紅さんとミスティアさんはニヤニヤしながら私達の手を見た。
二人の目線の先にある私達の手はがっしりと握られているわけで……
「う、うるさいわね! あんたなんか姫様にやられちゃえばいいのよ!」
「あっはっは、照れるなって!」
「ふふふ、二人とも仲良くねー」
鈴仙さんは真っ赤になって妹紅さんにそう叫ぶ。
対するミスティアさんは口に手を当てて笑っている。
「ま、まぁ、ありがとうと言っておくわ」
「お二人とも、ありがとうございます」
私達はお礼の言葉を述べてから袋に入った焼き鳥とヤツメウナギを手にして屋台を後にする。
もちろん手をずっと繋ぎながら。
妹紅さんとミスティアさんはそんな私達を見て、ずっと笑っていた。
笑いといってもからかいの笑いではない。
うまく表現できないけど……そう、二人を温かく見守ってくれるような笑いだった。
私達は一本の木の根元に座り込んでさっき買った焼き鳥とヤツメウナギの袋を開ける。
サービスしたと言っていたけど……これはサービスしすぎなんじゃ……
袋の中にはぎっしりと肉が詰まっている。
これだけでお腹いっぱいになっちゃうわね……
「これだけあったら今日は他に何もいらないわね」
「ですね」
鈴仙さんと一緒に苦笑してしまう。
それから私は袋から焼き鳥とヤツメウナギを一本ずつ取り出してかぶりついた。
どちらも香ばしく焼けている。
また、甘辛いタレが肉のうまみを引き立ててくれていた。
これほどおいしい焼き鳥とヤツメウナギは初めて食べたなぁ。
……ヤツメウナギは食べたこと自体が少ないけど。
「これ、おいしいですね」
「ええ、妹紅の作る焼き鳥は幻想郷一よ。
ミスティアも料理がうまいし……あの二人、いいコンビかもしれないわね」
そう言ってから、笑う鈴仙さん。
確かにあの二人、息がぴったりだし、いいコンビかも。
私達はそれからおいし焼き鳥とヤツメウナギに夢中になった。
気づくと袋の中には最後の一本だけが残されていた。
「あ、残り一本……」
結構入っていたのに、無くなるの早いわね。
それだけ夢中になったってことか……
「妖夢、食べていいわよ」
「いえ、私はいいですよ。鈴仙さんが食べてください」
「いえいえ、あなたが……」
「いえいえ、鈴仙さんが……」
私達はお互いに譲り合う。
このままではずっと譲り合う羽目になってしまうなぁ……
「……それじゃあ、半分ずつ食べましょうか?」
「……ええ、それがよさそうですね」
私達は顔を見合わせて笑った。
そして残った焼き鳥を取り出して、最初に私が齧る。
次に鈴仙さんが齧る。
交互に齧っていくと最後の焼き鳥はあっという間になくなってしまった。
「おいしかったわね」
「ええ、そうですね」
串を袋の中に戻して近くに置いてあったゴミ箱へと入れる。
「さて、これからどうします?」
「うーん……出し物を見ようとしても見れないだろうし……
花火が綺麗に見れる場所を取りにでも行きましょうか?」
「それがいいかもしれませんね。あ、私、いい場所知ってるんですよ」
「そうなの? それじゃあ案内はお願いするわね」
「はい! まかせてください!」
私は軽く胸を叩いて答える。
以前幽々子様が教えてくれた花火のよく見える場所。
今日はここで一緒に見ることにしよう。
私は鈴仙さんの手を引っ張って歩き出した。
「ちょっと、神社の裏に来ている気がするんだけど……」
「ええ、そうですよ」
私達は神社の裏側に回っていた。
「花火は神社の表側方向から上がるのに……こんなところで見えるの?」
「ええ、十分見えますよ」
確か……うん、ここだ。
一本の曲がりくねった木。
私は気をつけながら上のほうへと登っていく。
曲がりくねっているおかげで足を引っ掛けて登るのは簡単だ。
上のほうへと登ってから体を正面へと向け、太い枝に腰掛ける。
少し遅れて鈴仙さんも私のいる場所へと登ってきた。
「ほら、鈴仙さん、見てくださいよ」
「わぁ、すごい……」
目の前には綺麗な星空がある。
本殿の屋根より高いこの場所ならば花火は建物に邪魔されずに花火を楽しむことが出来るというわけ。
前に幽々子様に教えてもらったのだ。
「ここならよく花火が見える」って。
「それにしてもよくこんな場所を知ってるわね」
「幽々子様に教えてもらったんですよ。
表のほうだと混雑していい場所なんてなかなか取れないけど、
裏のほうなら来る人も少ないから良い場所が簡単に取れるって言ってました」
「ふーん、なるほど」
鈴仙さんは感心している。
その証拠に鈴仙さんはうんうんと頷いていた。
「あ、落ちないように気をつけてくださいね」
「大丈夫よ。そんなヘマはしないわ」
私は気遣ってそう言ったのだけど……
そんな心配は要らなかったみたい。
「あ、かき氷食べない?」
「え、なんですかいきなり?」
「いや、急に食べたくなったから……
それに夏祭りといったらかき氷じゃない。
で、どうする?」
うーん、ちょうど甘いものが食べたかったところだし……
お願いしようかな。
「それじゃあお願いします」
「分かったわ。イチゴでいいかしら?」
「はい、大丈夫です」
「それじゃあ買ってくるから少し待っててね」
そう言ってから器用に木を降りていく鈴仙さん。
下まで降りると鈴仙さんは小走りで向こう側へと消えていった。
「ふふ、鈴仙さんには感謝しないとね……」
私は小さく呟いた。
鈴仙さんにはいつもお世話になっている。
感謝してもしきれないくらいだ。
私は不意に夜空へ目をやる。
「それにしても……今日は星が綺麗だなぁ」
神社内はいつもより明るかったが、
前にある本殿が表の光を遮ってくれるおかげで裏のほうはある程度暗かった。
そのため、この場所からははっきりと・・・とまではいかないが、綺麗に星が見えている。
私は美しい星空にうっとりと見とれてしまう。
と、その時だ。
「ただいま」
鈴仙さんが帰ってきた。
イチゴのシロップのかかったかき氷を二つ持っている。
そのまま鈴仙さんはかき氷を落とさないように私がいる場所へと上ってくる。
「あ、おかえりなさい」
「はい、どうぞ」
鈴仙さんはにっこりと笑って私にかき氷を差し出した。
私はお礼を言ってから受け取る。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
鈴仙さんが一口食べるのを見てから私も一口食べてみる。
……冷たくておいしい。
「ん……!?」
私が少しずつかき氷を食べていると、
鈴仙さんがいきなり頭を手で押さえて声にならないうめき声を上げた。
「どうしました?」
「あ、頭が……」
頭?
……ああ、分かった。
たぶんアレね。
「もしかして一度にたくさん食べたせいで頭が……」
「う、うん、それ……いたたたた……」
鈴仙さんはまだ悶絶している。
これ、なると結構きついんだよね……
私も気をつけよう……
そう思いながらまた一口食べる。
「……むぐ!? あ、頭が……っ……!」
私も鈴仙さんのように氷に頭をやられてしまった。
痛い。
言葉では表現できない痛みが私の頭を襲っている。
「よ、妖夢、あなたも……?」
「ええ……やられました……」
私達はしばらくの間、仲良く悶絶することになった……
「ふぅ、やっと痛みが引いたわ……」
「ものすごくきつかったです……」
私達は頭を軽く押さえながら呟いた。
まだ頭がガンガンする気がする。
「さて、痛みも引いたし、残りを頂くことにしようかな」
鈴仙さんはそう言いながら残りのかき氷を口へと運ぶ。
私も暑さで少し溶けだしたかき氷を口へ運んだ。
さっきなったんだから、もう頭が痛くなることはないだろう。
それでも気をつけないとまたなっちゃうだろうけどね。
「なんか……もうイチゴ味の水になりかけているわね……」
「そうですね」
私は鈴仙さんの言葉に苦笑した。
それからストローで氷の乗った水と化したかき氷をかき混ぜて飲み易くする。
そのまま私は飲み物を飲むときのように喉にイチゴ水を送り込んだ。
「……薄くなっててあまりおいしくないですね」
「そうね……全く、溶けるの早すぎるわよ……」
鈴仙さんはそう愚痴っている。
私はゆっくりと何事かをぶつぶつ呟く鈴仙さんの横顔を見た。
……やっぱりすごく綺麗。
整った顔立ちに、さらりとした綺麗な髪。
そして強い意志と優しさを感じさせる瞳。
しばらくの間、鈴仙さんの横顔に見とれてしまった。
「ん、どうかした?」
「い、いえ! 別に何でもありません……」
急に振り向かれたので慌てて顔を伏せる私。
驚きと照れで顔が赤くなってくる。
うぅ、顔が熱いよ……
「大丈夫? 顔が赤いわよ?」
「だだだ大丈夫ですから! 全然へーきですヨ!?」
しまった。
慌てすぎて話し方がおかしくなってしまう。
不審に思われていたりしないかな……
「いや、全然大丈夫には見えないんだけど……
もしかして夏風邪とか?
……ちょっと失礼するわよ」
そう言って鈴仙さんは手のひらを私の額にくっつけた。
「ひゃっ!? れ、鈴仙さん!?」
「うーん、熱は無いみたいだけど……?」
熟れたトマトのように真っ赤だった私の顔がさらに真っ赤になる。
「れ、鈴仙さん……」
「あれ、また赤くなったわね……何で……あ!」
「な、なんですか急に!」
いきなり叫ぶ鈴仙さん。
一体どうしたというのだろう。
「ははーん……もしかして妖夢……
照れて真っ赤になっちゃったのね?」
「い、言わないでください……」
見抜かれてしまった。
恐るべし鈴仙さん……って流石にどんな人でも気づくよね……
「まったく、妖夢は可愛いわね」
「え、ちょ……」
鈴仙さんは笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「ふふ、妖夢のそんなところ、私は可愛いと思うわよ」
「あ、ありがとうございます……」
ここって感謝する場所なのかな?
ま、まぁ、一応感謝しておこう。
悪い気はしないしね。
「そんな妖夢には……プレゼントをあげちゃおうかな」
「プレゼント?」
一体なんだろう。
「ちょっとびっくりさせたいから目を閉じててね」
「あ、はい、分かりました」
私はぎゅっと目をつぶった。
すると……
……えっ?
私は驚いて目を開ける。
目の前には目を軽くつぶった鈴仙さんの顔。
そして唇にはやわらかい感触。
そこで私は初めて口づけをされているのだと気づいた。
驚いて口を離そうとしたが、体はなぜか動いてくれない。
まるで毒にでもやられたみたいだ。
しばらくそのままでいると鈴仙さんの唇が離れる。
「ねぇ……どうだった……かしら?」
「どう……と言われても……」
私は曖昧な返事を返す。
説明しようとしてもどういう感じなのか説明できない。
「ふふ、まあいいわ」
「でも……正直に言うと、もうちょっとしていたかった気もします……」
「あら、意外と興味はあるのね?」
「ち、茶化さないでください!」
私は真っ赤になって叫ぶ。
「ごめんごめん」
鈴仙さんは謝りながら私の頭をまた撫でた。
「む、むぅ……」
そこで私は何も言えなくなる。
どうやら私は優しくされたりすることに弱いようだ。
と、その時、遠くから音が聞こえた。
音のする方向を見ると……夜空に大輪の花が咲いている。
花火大会が始まったのだ。
「あ、始まったみたいですね」
「そうみたいね」
やはりこの場所にしてよかった。
くっきりと、そして綺麗に花火が見える。
「……綺麗ですね」
「ええ、とても綺麗ね」
私達は二人で花火を眺める。
空には次々と美しい花が咲いていく。
その時、私は鈴仙さんに少しあることをしてみようと考えた。
(ちょっとなら……いいかな)
私はゆっくりと鈴仙さんにもたれかかった。
少しもたれかかったところで鈴仙さんの顔を窺う。
……どうやら花火に夢中で気づいていないみたいだ。
それならもう少し……
私はさらに少しずつもたれかかっていく。
気づいちゃうかな?
そう思ったとき、鈴仙さんの手が私の肩に置かれた。
「私にもたれかかりたいなら遠慮なくもたれかかっていいわよ」
「あ、はい……それじゃあ遠慮なく……」
駄目だ。
もう我慢が出来ない。
微笑む鈴仙さんの腰の辺りに手をまわす。
そのまま軽く力を入れてほとんど抱きつくように鈴仙さんへともたれかかる。
……鈴仙さんの匂いがする。
優しい匂いだ。
出来ることならずっとこのままでいたい。
「ほら見て! 凄いわよ!」
「わぁ……」
夜空に色とりどりの光の輪が広がる。
大きく広がる花火、音を立てて弾けるように消えていく花火、連続で何発も上がる小さな花火……
それらの花火は私達を十分に楽しませてくれる。
それから私は恥ずかしいのをこらえて静かに鈴仙さんにあることを頼む。
「あの、鈴仙さん?」
「ん、何かしら?」
「迷惑じゃなかったら……その……さっきの続き、してもらえませんか?」
鈴仙さんは私の言葉を聴いて一瞬黙り込んだけど、すぐに静かに笑顔を浮かべて答えてくれる。
「ええ、いいわよ」
「ありがとうございます。私のわがままを聞いてくれて……」
「いいのよそんなこと。私もちょっと……ね」
ちょっと、の後に続く言葉はなんだったのだろう?
たぶん「私もちょうどしたいところだった」といった感じの言葉だと思う。
私は答えを聞いてから軽く目を閉じた。
目を開けたままするのは少し恥ずかしいからだ。
「ど、どうぞ……」
「それじゃあ、行くわよ?」
私は目を閉じたまま準備が出来たことを伝える。
少しの間待っていると唇に柔らかなものが触れる。
鈴仙さんの唇が触れると同時に鼓動が早くなった。
「ふぅ……」
「ん……」
少し息が苦しくなってくる。
それでも私は鈴仙さんの唇を離さなかった。
しばらくすると鈴仙さんのほうから口を離す。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫……ですか?」
「だ、大丈夫よ……うん……」
鈴仙さんは酸欠になったように深呼吸を繰り返している。
顔は紅潮し、肩は大きく上下していた。
鈴仙さんの赤い顔を花火の光が照らしている。
たぶん鈴仙さんも照れているんだろうな。
「……ね、もう一回しない?」
「……いいですよ、鈴仙さんになら何をされても構いません」
赤い顔のまま私にそう聞いてくる鈴仙さん。
私は頬を赤らめて頷いた。
「こらこら、私がそんな野蛮人に見える?」
「ふふ、そんなことはありませんよ」
鈴仙さんは少しだけ不機嫌そうな顔をする。
そんな彼女を見て私は笑った。
「それじゃ、いくわよ」
「はい、準備は出来てます」
そして私達は今日3度目の口づけを交わす。
唇が触れると私達はお互いの体を抱きしめた。
鈴仙さんの体温がじんわりと伝わってくる。
私はこの時、鈴仙さんと特別な関係にあることに改めて気づく。
「鈴仙さん……私、鈴仙さんのことが……」
「私も、妖夢のことが……」
唇を離してお互いを強く抱きしめる。
もう、このまま彼女を離したくない。
そう思ったときだ。
「あらあら、熱いわねぇ」
「え!?」
いきなり下のほうから声がした。
恐る恐る二人で下を見ると……
「ゆ、幽々子様に紫様……!?」
「それに師匠まで……!」
下のほうには幽々子様と紫様、永琳さんがいた。
慌てて私達は体を離す。
そこで私は嫌な予想にたどり着き、冷や汗を流しながら三人に尋ねてみることにした。
「あ、あのー、いつからいました……?」
「そうねぇ……いつだったかしらね、紫?」
「うーん、確か妖夢が少しずつ鈴仙に近づいていったのは見たわね」
「まぁ、つまり結構前からいたってことよ。
それにしてもウドンゲ……かなり積極的だったのねぇ……」
えーと、何?
つまりほぼ全て見られてたってこと?
は、恥ずかしい……!
今日何回目か既に分からなくなった赤面をする私。
鈴仙さんも顔を真っ赤にしている。
恥ずかしさで心臓が爆発してしまいそうだ。
「それにしても驚いたわよ。たまたま散歩を兼ねて裏まで来たら……ねぇ?」
「うんうん、邪魔するのはどうかと思って観察してたけど、
あれ以上ほっとくと変なことをしそうだったから止めさせてもらったわ」
幽々子様も紫様も笑っている。
「さて、二人の行動もこれ以上エスカレートしなさそうだし、
私達年寄りは退散して若い二人に任せましょうか?」
永琳さんは微笑みながら二人に向かってそう言った。
これ以上エスカレートしなさそうって……
さ、流石にそこまではしない……と思う……
「そうね。花火大会もほぼ終わりだし、私たちは先に失礼しましょうか」
「本当のことを言うと妖夢と一緒に帰りたいところだけど鈴仙ちゃんが寂しがるだろうし……」
「あら、幽々子、私も同じことを考えていたところよ」
そして3人は同時にうん、と頷くと……
「気をつけて帰りなさいね?」
と言ってこの場を去っていった。
「鈴仙さん……あの3人だけには気をつけることにしましょう……」
「まぁ、気づかずにあんなことをしていた私達も私達だけどね……」
赤くなった顔を見合わせながら私達は苦笑した。
「さて、今年の夏祭りも最後! 最後は連発の後に特大の一発を打ち上げるわよ!」
そんな霊夢さんの声がかすかに聞こえてきた。
「今年の夏祭りも、もう終わりですね」
「そうね……今日はいろいろと楽しかったわ」
鈴仙さんは私の目を真っ直ぐ見て笑う。
「私もとても楽しかったですよ。
……鈴仙さんと一緒にお祭りを楽しめて嬉しかったです」
私も笑い返す。
そして最後の花火が打ち上がり始めた。
「……この時間がずっと続けばいいのに」
次々と打ち上がる花火を見つめながら私は一人小さく呟く。
隣の鈴仙さんはじっと花火を見つめていた。
数分もすると花火の打ち上げが止まる。
おそらく最後の花火の準備に入ったのだろう。
「たぶん次で最後ですね」
「そうね。きっとものすごい大きな花火なんでしょうね」
どんな花火なのかな。
私は期待した。
その時、一筋の光が空に上っていく。
そして一瞬の間をおいてから星の煌めく夜空に大音響とともに特大の花が咲いた。
花火の光が完全に消えると会場からは拍手の嵐が巻き起こる。
私は呼吸をするのも忘れて夜空をまだ見ていた。
「とても……綺麗でしたね」
「ええ、終わりにふさわしい素晴らしい花火だったわ……」
私達はしばらく無言で空を眺めていた。
「……終わったし、帰る?」
「ええ、そうしましょう……」
「それじゃあ、帰りましょ」
鈴仙さんはゆっくりと木から降りる。
私も後に続いて気をつけながら下に降りた。
「あの、手を繋いで……帰りませんか?」
「……もちろんいいわよ」
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってから鈴仙さんの手を握る。
……さっきのこともあったせいか私、少し積極的になったみたい。
そのまま手を繋いで私達は一緒に歩いていく。
神社の表のほうに行くと多くの人々が帰ろうとしているところであった。
かなり混んでいる。
下手をすると迷子になってしまうだろう。
もしかしたら怪我もしてしまうかもしれない。
「混んでるから離れないでね」
「はい、わかりました」
握った手に力を込めて離されないようにする。
私達は手を繋いだまま人混みの中へと突っ込んだ。
小柄な私は周りの人にぶつかったり跳ね飛ばされそうになったりしてしまう。
それでも絶対に手だけは離さないようにした。
(離して、たまるものですか……!)
手に更に力を込める。
しかし……
「あっ……!」
鈴仙さんの手がするりと離れていってしまう。
「よ、妖夢!」
「鈴仙さん!」
鈴仙さんもすぐに気がついて私のほうへと手を伸ばしたけれども、人の流れに飲み込まれていってしまう。
私も手を伸ばしたが、鈴仙さんへは届かなかった。
(れ、鈴仙さん……!)
私は心の中で絶叫した。
(と、とりあえず早く外に出なきゃ!)
私はそう思い、外に出るために人ごみを掻き分けて前に前にと進んでいく。
しかし人の数は思ったよりも多い。
その上少しでも油断すれば足を踏まれたり、誰かにぶつかったりしてしまう。
(う、うう……鈴仙さん……助けて……)
不意に涙がこみ上げてくる。
しかし泣いてしまってはいけないと思い、目をこすった。
(……いや、泣いちゃ駄目よ! こんなことで泣いてたら鈴仙さんに笑われちゃう!)
私はそう心の中で叫んで、自分に活を入れる。
すると不思議と元気が出てきた。
さぁ、早いところ外に出て鈴仙さんを探さないと!
私はさっきよりも力強く前に進み始めた。
人混みの中へ入ってから数分後、やっと外に抜けることに成功した。
「何とか外に抜けれたけど……鈴仙さんは……?」
辺りを見回してみるけど鈴仙さんの姿は見えない。
「どこにいるんだろう……」
それでも周りを見回して必死に探す。
すると、大きな耳が少し離れたところに見えた。
あの特徴的な耳は……鈴仙さんだ!
私は人の流れに気をつけながら鈴仙さんと思われる人物のほうへと近づいていく。
「鈴仙さん!」
「妖夢!」
やはり鈴仙さんだった。
鈴仙さんであることを確認した私は彼女の胸へと飛び込む。
ちょうど人混みから少し離れたところだったので私は遠慮なく飛び込めた。
恥ずかしいという感情も鈴仙さんに会えたという喜びや安堵感に比べればちっぽけなものだ。
そして飛び込むと同時にさっきまで抑えていた感情が湧き出してくる。
「大丈夫だった?」
「鈴仙さん……私、怖かった……!」
「……ごめんなさいね」
「いえ……鈴仙さんが謝る必要はないですよ……」
鈴仙さんは胸に顔を埋める私をぎゅっと抱きしめてくれる。
彼女なりに私を慰めようとしているのだろう。
その優しさが私には嬉しかった。
「……もう落ち着いた?」
「……はい、大丈夫です」
私は鈴仙さんから体を離す。
誰かに見られていたのではないかと心配で仕方が無かったが、気にしないことにする。
何事も気にしすぎないのが一番だ。
「さ、帰りましょうか。家まで送るわ」
どうやら私を白玉楼まで送ってくれるらしい。
「鈴仙さんは大丈夫なんですか?」
「私は平気だから気にしないで」
平気と言われても……流石にそこまでしてもらうのは気が引ける。
「いつも別れるところまでで構いませんよ」
「そう? 本当に大丈夫?」
「ええ、大丈夫です」
「それならいつもの場所まで一緒に帰りましょうか」
いつもの場所。
それは迷いの竹林の入り口にある案内板の前のことだ。
ここに来る前に待ち合わせをした場所である。
「わかりました」
「それじゃ、行きましょ」
手を繋いで私達は竹林のほうへと向かう。
私は軽く手に力を込めた。
今度は絶対に離さない。
真っ暗な道を歩いていく私達。
鈴仙さんの温もりが手から伝わってくる。
「それにしても凄く綺麗でしたね」
「花火のこと? 確かにあれは綺麗だったわね」
鈴仙さんの反応を見て私は、
「でも花火より鈴仙さんのほうが綺麗ですよ」
というありきたりすぎるセリフを思いついてしまった。
ちょっと言ってみようかとも思ったけど余りにもありきたりすぎたのでやめた。
結構恥ずかしいし……
「また来年もあんな綺麗な花火が上がるのかしら」
「絶対上がりますよ。そして……来年もまた一緒に綺麗な花火を見にきましょう」
「妖夢……ええ、分かったわ。約束する」
「絶対ですよ?」
「分かってるわよ」
鈴仙さんは微笑んだ。
来年も楽しいひと時を一緒に過ごしたい。
あ……もう少しで鈴仙さんと別れなければならない場所だ……
「そろそろお別れね……」
「そうですね……少し寂しいです」
「寂しいっていっても、またいつでも会えるじゃない」
「それはそうですけど……できることならずっと鈴仙さんの側にいたいです!」
私は鈴仙さんの赤い瞳を見つめて訴える。
ずっと鈴仙さんの側にいたい。
そんな私の本心を彼女に伝える。
しかし、鈴仙さんは静かに笑いながら私の頭を軽く小突いた。
「こらこら、あなたには側にいてあげないといけない人がいるのを忘れたの?」
「あ……幽々子様……」
私ははっとした。
私にはずっと側にいてあげなければならない人がいる。
忘れていた。
鈴仙さんにも永琳さんという、側にいてあげなければならない人がいる。
「わかった?
だから今日はお別れよ。
また今度一緒に、ね?
会おうと思えばいつでも会えるじゃない」
「……わかりました。幽々子様の側には私がいてあげないと!」
私は笑ってそう返した。
うん、そうよ。
鈴仙さんにはいつでも会える。
会いたいときに会いに行けばいいのだ。
もっとも、忙しい時に行くのは遠慮しなきゃいけないけど。
「妖夢が聞き分けのある子でよかったわ」
「むぅ、それくらいありますよ……」
軽く頬を膨らませる私の頭を鈴仙さんが笑いながら撫でる。
なんだろう、鈴仙さんに頭を撫でられると……嬉しく感じられる。
いい気持ちだ。
「それじゃあ、また今度ね」
「あ、ちょっと目を閉じてもらえます?」
「え? いいけど……」
今度は私の番だ。
目をつぶった鈴仙さんに顔を寄せて……
ゆっくりと唇を鈴仙さんの唇に軽くくっつけた。
私はちょっとくっつけてから唇を離す。
「お別れの……口づけです……」
「……ありがとう。今日は楽しかったわ。また今度!」
「はい、こちらこそ楽しかったです。また今度会いましょうね!」
鈴仙さんは大きく手を振ると竹林の奥へと消えていった。
……私も急いで帰ろう。
幽々子様が待っている。
「ただいま帰りました」
「お帰り」
白玉楼につくと幽々子様が出迎えてくれた。
「遅くなってすみません」
「いいのよ。……それで、楽しんできた?」
「はい、とても楽しい一日でした」
私達は居間に向かって歩きながらそんな会話をする。
幽々子様は楽しめたのだろうか?
「幽々子様はどうでした?」
「んー、大食い大会で優勝できたわ」
「やっぱり出たんですか……」
大体予想は出来ていたけど……
やっぱり出たんだ。
「その他にも紫たちと一緒に花火を見たり、いろいろ回ったりして楽しかったわよ」
「幽々子様が楽しく過ごせたようで何よりです」
私は先に居間の障子を開けて幽々子様を通す。
幽々子様はありがと、と言いながら先に中へ入って卓袱台の前に座った。
「それで……」
幽々子様はふふふ、と笑っている。
なんだろう?
「あなた達はあれからどうなったの?」
「な……何もしてませんよ!」
「本当にー?」
「本当です!」
「少しでいいから教えてくれないかしら?」
「駄目ですって!」
私は真っ赤になって叫んだ。
あれから本当に何もしていないけど余り言いたくはない。
「……どうしても駄目?」
「ええ、駄目です!」
「それじゃあ諦めるわ……」
「そうして下さい……」
やれやれと肩をすくめて呟く幽々子様。
ふぅ、なんとか諦めてくれたみたいだ。
さてと……そろそろ寝ようかな。
「私は先に寝ますけど……幽々子様はどうします?」
「私はもうちょっとここにいるわ。それじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
私は軽く会釈をして居間を後にした。
ふぅ、今日は楽しかったけどそれに比例して疲れもたまったなぁ。
さっさと寝て疲れを取ろう……
……鈴仙さんと一緒に楽しんだ夏祭り。
楽しかったな。
また今度一緒にお話をしたりしよう。
一緒にどんなことをするか考えただけでもドキドキする。
今日は疲れた体を十分に休めよう。
また今度鈴仙さんに会うときに備えて。
「ふふ、若いっていいわねぇ」
私が寝室に向かおうとしたときにそんな幽々子様の声が聞こえた気がした。
でも、焼き鳥やってる妹紅にミスティアが仲良くしてるのが気になった。同胞焼かれてんぞ
ほんのちょっと展開が早かったかな?
来年はもっとエs・・・ゲフンゲフン
妹紅とミスティアに関しては・・・
「ミスティアの妹紅に対する愛に比べたら鳥なんて些細な問題であった」という感じですかね。
みすちーは妹紅と一緒にいられるから屋台をやった。
だけど鳥は焼きたくなかったのでウナギ限定。
こんな感じで書きました。
彼女自身が鳥焼いているわけではありませんし、大丈夫じゃないかな、と思ってます。
久々に甘い文章を目指してみたのですが・・・
良かったという感想が多くて安心しました。
ありがとうございました!
重箱の隅を突付くつもりはありませんが、この設定はわりとポピュラーな部類なので、これを無視するのはちょっとな、と思いました。
うーん、次回はもっと公式重視の話を書こうと思います。
不快にさせてしまい、申し訳ありませんでした。
なので私たち読者がそれにとやかく言うのはそもそもお門違いなわけで。
私はこの自由な感じが好きなのでSSが大好きです。
とても楽しく読ませていただきました。
次回作も期待しています!