文が受け…?…チルノが攻め…だと!?
弱弱しい文が嫌いな方はバック推奨。
チルノが⑨じゃない。
では。
「文!」
「チルノさん…!?これは…」
人口灯の存在しない、月明かりだけが差し込んでいる私の部屋。ぼやけた視界の先、散乱した紙くずと乱れた彼女の服。
今現在、私は非常に不味い状態になっている。何が不味いかって?そりゃああれだ。迫ってきている目の前が何故かチルノさんだ。…混乱しすぎて意味不明な文体になっている。
よし、ここで一度今起こっていることを整理しよう。何があったかというと…。
「う~ん、どうするべきか…」
「まだ終わらないの?大変なことね」
「うっさいよ、はたて。用がないならさっさと行きなさいって」
「はいはーい。じゃあ私が原稿が出来上がらなくて宴会に参加できないかわいそーな文の代わりにいっぱいお酒飲んできてあげる~」
そう、今夜は博麗神社で中々な規模の宴会が開かれるのだ。しかし、私はというとこの通り新聞の編集作業に追われており、とても宴会になど行ける状況ではなかった。
「はぁ~」
忙しくて宴会をキャンセルするなど仕事柄よくある話だ。しかし、私は特別深く沈んでいた。はぁー。また、自然と大きなため息が出る。当たり前だ。なんていっても今日はチルノさんが宴会に私を誘ってくれていたからだ。…別に元より宴会には行くつもりでいたのだが、3日程前のこと。
「よし。いい感じにネタが集まってきたわ。後はこれをっと…」
「文ーー!!」
「あやややや!」
丁度取材で紅魔館を訪れた帰りに霧の湖に寄ったときのこと。
元気にはしゃぐ妖精たちを眺めていると後ろから衝撃と共に誰かが抱き着いてくる。暑いこの時期に嬉しいひんやりとした感触と、それに反比例しながらもどこか安心するような温かなを持った腕が首に巻きついてくる。冷たくてあったかい、そんな私の大好きな誰か。
「ん、誰かと思えば…何ですかチルノさん」
「久しぶりだね、文」
「昨日会いましたけどね」
「こんにちは、文さん」
「おや大妖精さんも」
愛しき氷精、チルノさん。その少し後ろに寄り添っているのは彼女の親友、大妖精さん。今日は何時もいる蛍や夜雀、宵闇の妖怪たちはいないのだろうか。
「ほら、チルノちゃん!」
「う、うん!…ね、文、今度神社で宴会があるって知ってる?」
「宴会?ああ、なんだそれなら」
神社での宴会。今回は中々大規模な宴会が開かれるようだが、私はそれをもう知っていた。仕事柄情報はすぐに耳に届くもの。しかし、私は知っていると咄嗟に答えることができなかった。何故か?それは、
「…なーんだ、文もう知ってたのか…」
「…文さん…?」
チルノさんが悲しそうな顔をしたから。ええそれだけです。だから私は知らない振りをした。決して後ろにいた大ちゃんが怖かったわけではない。断じてない。
「いえ、知りませんでした」
「ホント!?」
「チルノちゃん!頑張って!」
一応補足しておくと、私はチルノさんが悲しむような行動は全てキャンセルすることにしている。いぢめるとき以外は。だってチルノさんには何時も笑っていて欲しいから。氷のようにひんやりとした彼女の、太陽のようにあったかい笑顔。私はそれが大好きなのだ。勿論泣きそうな顔や怒った顔も大好き、というか全部好きです。
「じゃ、じゃあ、私が誘ってあげる!」
「おや、チルノさんがエスコートしてくれるのですか?」
「うん!あたいがえすこーとしてあげる!」
「よかったねチルノちゃん!」
「うん!」
嬉しそうに笑うチルノさん。ああ、癒される…。妖精たちはやはり元気に笑ってるのが一番似合う。ぱしゃ。私は即座にシャッターを切っていた。在り金叩いて香霖堂で購入したデジカメだ。カメラの背面ディスプレイには元気に笑う二人の妖精。…心なしか大妖精さんの笑顔に若干の邪気が見える。…まさか、ね。チルノさんの笑顔が眩しすぎるだけですねきっと。
「えへへ~。まずは夜、山の麓の一本松の下で待ち合わせするの。でも、あたいが先に来て文が来ても『今来たところだよ』って言うの!」
「チルノちゃん、今言っちゃ意味無いよ?」
「でー、あたいが『しっかり握って』って率先して文の手を引いて神社に行くの。人ごみの中をあたいから突っきて『危ないからこの手をはなすんじゃないよ?』って言って!そして最初から目星つけといた見晴らしのいい場所で二人で座ってお酒を飲みあうの!こう、肩なんか抱き合って!霊夢や魔理沙の冷やかしなんか気にしないで!『私は君しか見えないよ』って!きゃー!」
「チルノちゃん!全部ばらしてどうすんの!でもああこのチルノちゃん可愛すぎるからいい!文さん、できたら今言ったこと忘れてください!」
「…は、はい。善処します」
できるわけないけど。ぱしゃ。自分で自分の顔を撮って、確認する。表情が緩んでいないかを。よし、自然な微笑みだ。最高の営業スマイルだなこれは。自分で自分を自賛する。こうでもしていないと、今すぐ大ちゃん弾いてチルノさんにダイブしてしまいそうだ。なんだかチルノさんと私が見た目的にも立場的にも全くの逆な気がしなくはないが…でもチルノさんが可愛すぎるからいい!
「じゃあ文!宴会の日にね!!」
「さようなら文さん!約束破ったら分かってますねー」
「は、はーい!また今度!」
ぞくり、と背中に寒気が走る。あの子ほんとに妖精か?
「とにかく、頑張りますか!誇り高き烏天狗に賭けて…ちょっと違うかな」
…と、約束して意気揚々と仕事の片付けに入ったのだが…。
「ああー!!これじゃ間に合わない!!ちっ、幻想郷最速の妖怪を舐めるなぁ!」
と口走ったのが約束の時間の5時間前。そして、
「やっほー。はたて登場!仕事どう?終わりそう?」
「ぬおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「ああ、やっぱり?」
こんなやり取りをしたのが2時間前。そして。
「ごめんなさいはたて…」
「あははー…。あの妖精さんに伝えといてあげる」
「ごめんね。借りは返すから…」
「いいよ別に。そんな白い顔されちゃあね。死人みたい」
と言ってはたてが出て行ったのが30分前。そして…
「あは。あはははははは。かんせ…い」
新聞が完成したのがはたてが出て行ってから3時間後。しかも、結局新聞の締め切りに間に合わなかった。
…まあ、当然約束した時間から軽く2時間越えているわけで。今からでも行こうかと考えたが、妖精とは言えまだ幼いチルノさんではもう帰っているだろう。
またため息が漏れる。あんなに楽しみにしていたのに…私が無下にしてしまったわけか。
「あーあ、折角チルノさんがエスコートしてくれるっていってたのになぁ…手を引いてくれるって言ってたのになぁ…。言ってもらいたかったなぁ『君しか見えないよ』って。結局私が約束破ったのがいけないんだけど…ね」
あー。チルノさん怒ってくるかなぁ。でもチルノさんのことだから怒りこそすれ、すぐに「じゃあアイスおごってくれたら許してあげる!」とか言って許してくれるんだろうな。…思えば私がチルノさんとの約束破ったのこれが初めてな気がする。まさか、年長者の私が約束を破ってしまうなんて。
「…すっ」
思えばチルノさん。いつも馬鹿だの頭は元気100倍だのどこかの地獄烏より忘れっぽいだの言われてるのに、私との約束だけは破ったことなかったな。いつも笑顔で「文との約束があったときは必ず腕とかにペンで書いとくの!」と言っていたのを覚えている。
「…ぐすっ」
はっ、チルノさんの悲しむ行動は全てキャンセルしている?…できていないじゃないか。はたてが伝えてくれたとは言え、きっとチルノさんは待ちぼうけを喰らったことだろう。彼女の悲しそうな表情が脳裏に浮かぶ。私がさせたんだ。最低だな。
「うう…ぐし。え…?」
…あれ、私泣いてる?まさか。でも舌を頬に這わせれば塩の味がする。なんで?これはあれだ。きっと大妖精さんのお仕置きがこわいからだ。…違うに決まってる、何言ってるんだわたしは。そうじゃなくて。これはばかなわたしが…、じぶんのばかさかげんにあきれてるんだ。きっとそう。
「…ごめんなさい、チルノ…」
ああ、明日紅魔館に取材しにいかないといけないんだった。…チルノさんにあったらとにかく謝ろう。大妖精さんにはとにかく土下座しよう。
…顔、洗わなきゃ。手鏡を見ると涙とその他もろもろで酷い顔になっている。惨めで見ていられなくて、その辺にあったくしゃくしゃな新聞の紙くずで顔を拭う。インクの匂いがして、なんだか嫌になった。
そのときだ。
「………ゃぁぁぁぁぁ……」
「ふぁ…?」
「あやああああああああああああああ!!!!!!!」
「!?」
ずどん。そんな鈍い着地音、いや落下音と共に何かが落ちてきて、衝撃で淡く灯った部屋の明かりが落ちる。急な暗闇に慣れていない目では目の前の影が誰か良く分からない。しかし私には分かる。聞き間違えるはずもないこの声の持ち主。私が破ってしまった約束の人。
「チルノさん…」
「あたい参上!!文!大丈夫!?」
「どうしてここに…なんで?宴会は?」
「文がいないとつまんない」
「ち、チルノさん…。…ん?ってええ!?」
最初は目が慣れていなかったせいもありよく分からなかった視界が、徐々に輪郭を取り戻していく。するとチルノさんの格好が物凄いことになってることに気づいた。服は着ているが…ほとんど半裸と変わらない。どこもかしこもめくれあがって大変なことになっている。…ついでに頭もぼさぼさで若干涙目。第三者に見られたら確実に誤解される。あまりの衝撃にさっきまで自分が泣いていたことさえ忘れてしまう。
「チルノさん!!なんて破廉恥な格好してるんですか!?」
「ええ?…あ、ほんとだ。全速力で飛んできたから気づかなかった。…うう、汗が気持ち悪い…」
「普通に全速力で飛んだってこうはなりませんよ…なんでこんな無茶な飛び方を?」
「文が心配だったし文に逢いたかったからに決まってるよ!」
「え?…私?」
「あたい待ってたんだよ?大体約束の1時間前から。えっと、い、いれぎゅらーに対応するために早くから。でも、途中ではたてが来て、文が大変だから今日は来れないって。だから私が変わりに送るって。でも、確かに楽しかったけど。リグルもミスティアもルーミアも大ちゃんもいたから。でも!やっぱり文がいないとつまらないし、文が、宴会大好きな文が宴会に来れないくらい大変って聞いたから心配でお酒の味なんかわからなくなって気づいたらもうこっちにすっ飛んでて…って文?あ、文!?どうしたの!?」
「ぐすっ…チルノさん…」
「どうしたの!?お腹痛いの!?あ、頭!?痛いの痛いのとんでけー!!…じゃなくて、えーりんに診てもらわなきゃ…」
「うあっ…ち、違うんです…!」
「文…?」
約束を踏みにじってしまったことを思い出し、無様にもまた涙が溢れてくる。私は泣く権利も資格もない。だと言うのに私は泣いている。情けない。いつも思うけど、どうしてチルノさんはこんなにも優しいのか。はたてが大げさに伝えたせいもあるが、約束を破られたことに怒りもせずに心配してくれて楽しみにしていた宴会を投げ出してまで逢いに来てくれるなんて。行くことすら諦めて謝って済ませようとした私なんかとは違う。何が誇り高き烏天狗だ。何が最速の妖怪だ。こんな私より、彼女のほうがよっぽど凄い。妖精は人間より下だなんて言われるけど、私にはとてもそうは思えない。
「そんな大層なものじゃない…。…ただ、私が、新聞の締め切りに間に合わなかっただけ…」
「え…?」
「ぐすっ…約束、破ってごめんなさい…チルノ…」
「…」
黙り込む彼女。当たり前か。大変だというから心配になって来て見れば周りに散乱するのは紙のくず。約束を破った相手はただ新聞を作っていただけと。ああ、怒るんだろうな。そして怒った後は何食わぬ顔で許してくれるんだろうな。つらい。約束を守れなかった私は。守ってもらえなかった彼女に許してなどもらえないはず。なのに、あなたは。
「じゃ、じゃあ文はどこも体悪くないの…?」
「…ええ。」
「ホントに?」
「そうです。ピンピンしてます…」
「じゃあ大丈夫!!」
「ふぇ!?」
いきなり立ち上がるチルノさん。一体どうしたというのか。
「さっきね、はたてから聞いたの!あと貰ったの!これ!」
「この箱は?…クーラーボックス?中は…お酒ですか」
「だから!」
次の瞬間ガシっと手を繋がれる。はっとなり彼女の顔を見ると。
「ううう」
「…真っ赤です」
「大ちゃんとイメトレはしたんだけど、やっぱいざとなると恥ずかしい…」
「一体どこへ?」
「ないしょ!ねえ、文」
「は、はい」
「ごほんっ。…し、しっかり握って」
「…は…はぃ」
まさか今から宴会に?だとするとチルノさんの腰に下げた酒の入った箱はどういう意味があるのか。気になることは色々あるが…、だがそれ以前に私はまだ言っていないことがあるじゃないか。
「あの、チルノさん」
「ん?」
「…約束、守れずに、申し訳ありません…」
「…ん!」
明確な返事は返ってこなかった。ただ、私の手を握る氷精特有のひんやりとした、それでいて彼女特有のあったかい手がぎゅっと握ってくれた。
そうしてお互い無言でチルノさんに率先されてどこかへ向かう。月明かりに照らされて輝く彼女は、…絶対彼女は否定するだろうけど、私なんかよりずっと綺麗だった。…握っていた手は、何時のまにか指同士を絡める握り方になっていた。
「だ、大丈夫ですかチルノさん」
「う、うん、このぐらいへっちゃら…うわっとぉ!?あっぶなー」
「ううう、子供を心配する親の気持ちが少し分かります…」
チルノさんが向かっているのはどうやら妖怪の山の山頂付近。さっきから入り組んだ木々の間をぎりぎりグレイズしながら進んで行く。なんだか見ているこっちがはらはらする。ただでさえ視界が悪く、光源もまともにない状態で枝を避けて行く彼女。見ていられなくて天狗の団扇で遮る枝を切り落とそうとしたら止められた。
「このくらい、文の弾幕よりも余裕だよ!」
「こっちが見ていられませんよ!」
「あー…文!」
「は、はい?」
「あっ危ないからこの手をはなすんじゃない…よ?」
「……は…はなしませんよ」
こんなにぎゅっと握られたら放すものも放せないというもの。
それからしばらく飛んでいると、木々を抜け、小高い丘に出た。遮るものなど全くない、今宵の月が丸見えな正に絶景スポット。丁度月明かりが直撃する真下に人が2,3人座れるような岩がある。
「はたてのお気に入りの場所ってさ。あたいたちだけに特別にって」
「また借りが増えました…」
「さ、文!のものも!」
手を引いて、座る場所へとエスコート。お互いに、拳一つも入らないほどにぴったりと引っ付いて。蒸し暑い夜にもかかわらず肩を抱き合ってグラスに酒を注ぎこむ。二人で小さく「乾杯」と笑いあい、酒を飲み干すとカッと体が熱を持った。…今日は酔いが早く回りそうだ。
「酔いつぶれたっていいよ、あたいがしっかりと家まで送ってあげる」
「でも私重いですよ?」
「ちゃんとえすこーとするって決めたんだもん!あ、でもあたい自分の家に帰る元気なくして文のベッドで一緒に寝るかもしれないけど」
「はは…一向に構いませんよ」
もう一杯酒を呑む。また体が、胸が熱くなる。この酒はチルノさんでも問題なく呑めるようにあまりアルコール度が高くない。でも、私は確実に酔っていた。何にかって?今それを言うのは野暮というもの。
「…ねえ、チルノ」
「…ん、なぁに?文」
「ここ、見晴らしいいけど周りからも丸見えよ。今日椛が見回り夜の番だからもしかしたら見られるかも知れない」
「ああ、えっと、せんりがんってやつ?」
「あの子真面目そうに見えて結構お茶目だから、見つかったらからかわれるかもしれないわ」
「む、そんなのあたいのパーフェクトフリーズで一発だよ!…それにね、文」
「ん?」
「どんなに冷やかされたって、あたいは……、ううん、私は…」
弱弱しい文が嫌いな方はバック推奨。
チルノが⑨じゃない。
では。
「文!」
「チルノさん…!?これは…」
人口灯の存在しない、月明かりだけが差し込んでいる私の部屋。ぼやけた視界の先、散乱した紙くずと乱れた彼女の服。
今現在、私は非常に不味い状態になっている。何が不味いかって?そりゃああれだ。迫ってきている目の前が何故かチルノさんだ。…混乱しすぎて意味不明な文体になっている。
よし、ここで一度今起こっていることを整理しよう。何があったかというと…。
「う~ん、どうするべきか…」
「まだ終わらないの?大変なことね」
「うっさいよ、はたて。用がないならさっさと行きなさいって」
「はいはーい。じゃあ私が原稿が出来上がらなくて宴会に参加できないかわいそーな文の代わりにいっぱいお酒飲んできてあげる~」
そう、今夜は博麗神社で中々な規模の宴会が開かれるのだ。しかし、私はというとこの通り新聞の編集作業に追われており、とても宴会になど行ける状況ではなかった。
「はぁ~」
忙しくて宴会をキャンセルするなど仕事柄よくある話だ。しかし、私は特別深く沈んでいた。はぁー。また、自然と大きなため息が出る。当たり前だ。なんていっても今日はチルノさんが宴会に私を誘ってくれていたからだ。…別に元より宴会には行くつもりでいたのだが、3日程前のこと。
「よし。いい感じにネタが集まってきたわ。後はこれをっと…」
「文ーー!!」
「あやややや!」
丁度取材で紅魔館を訪れた帰りに霧の湖に寄ったときのこと。
元気にはしゃぐ妖精たちを眺めていると後ろから衝撃と共に誰かが抱き着いてくる。暑いこの時期に嬉しいひんやりとした感触と、それに反比例しながらもどこか安心するような温かなを持った腕が首に巻きついてくる。冷たくてあったかい、そんな私の大好きな誰か。
「ん、誰かと思えば…何ですかチルノさん」
「久しぶりだね、文」
「昨日会いましたけどね」
「こんにちは、文さん」
「おや大妖精さんも」
愛しき氷精、チルノさん。その少し後ろに寄り添っているのは彼女の親友、大妖精さん。今日は何時もいる蛍や夜雀、宵闇の妖怪たちはいないのだろうか。
「ほら、チルノちゃん!」
「う、うん!…ね、文、今度神社で宴会があるって知ってる?」
「宴会?ああ、なんだそれなら」
神社での宴会。今回は中々大規模な宴会が開かれるようだが、私はそれをもう知っていた。仕事柄情報はすぐに耳に届くもの。しかし、私は知っていると咄嗟に答えることができなかった。何故か?それは、
「…なーんだ、文もう知ってたのか…」
「…文さん…?」
チルノさんが悲しそうな顔をしたから。ええそれだけです。だから私は知らない振りをした。決して後ろにいた大ちゃんが怖かったわけではない。断じてない。
「いえ、知りませんでした」
「ホント!?」
「チルノちゃん!頑張って!」
一応補足しておくと、私はチルノさんが悲しむような行動は全てキャンセルすることにしている。いぢめるとき以外は。だってチルノさんには何時も笑っていて欲しいから。氷のようにひんやりとした彼女の、太陽のようにあったかい笑顔。私はそれが大好きなのだ。勿論泣きそうな顔や怒った顔も大好き、というか全部好きです。
「じゃ、じゃあ、私が誘ってあげる!」
「おや、チルノさんがエスコートしてくれるのですか?」
「うん!あたいがえすこーとしてあげる!」
「よかったねチルノちゃん!」
「うん!」
嬉しそうに笑うチルノさん。ああ、癒される…。妖精たちはやはり元気に笑ってるのが一番似合う。ぱしゃ。私は即座にシャッターを切っていた。在り金叩いて香霖堂で購入したデジカメだ。カメラの背面ディスプレイには元気に笑う二人の妖精。…心なしか大妖精さんの笑顔に若干の邪気が見える。…まさか、ね。チルノさんの笑顔が眩しすぎるだけですねきっと。
「えへへ~。まずは夜、山の麓の一本松の下で待ち合わせするの。でも、あたいが先に来て文が来ても『今来たところだよ』って言うの!」
「チルノちゃん、今言っちゃ意味無いよ?」
「でー、あたいが『しっかり握って』って率先して文の手を引いて神社に行くの。人ごみの中をあたいから突っきて『危ないからこの手をはなすんじゃないよ?』って言って!そして最初から目星つけといた見晴らしのいい場所で二人で座ってお酒を飲みあうの!こう、肩なんか抱き合って!霊夢や魔理沙の冷やかしなんか気にしないで!『私は君しか見えないよ』って!きゃー!」
「チルノちゃん!全部ばらしてどうすんの!でもああこのチルノちゃん可愛すぎるからいい!文さん、できたら今言ったこと忘れてください!」
「…は、はい。善処します」
できるわけないけど。ぱしゃ。自分で自分の顔を撮って、確認する。表情が緩んでいないかを。よし、自然な微笑みだ。最高の営業スマイルだなこれは。自分で自分を自賛する。こうでもしていないと、今すぐ大ちゃん弾いてチルノさんにダイブしてしまいそうだ。なんだかチルノさんと私が見た目的にも立場的にも全くの逆な気がしなくはないが…でもチルノさんが可愛すぎるからいい!
「じゃあ文!宴会の日にね!!」
「さようなら文さん!約束破ったら分かってますねー」
「は、はーい!また今度!」
ぞくり、と背中に寒気が走る。あの子ほんとに妖精か?
「とにかく、頑張りますか!誇り高き烏天狗に賭けて…ちょっと違うかな」
…と、約束して意気揚々と仕事の片付けに入ったのだが…。
「ああー!!これじゃ間に合わない!!ちっ、幻想郷最速の妖怪を舐めるなぁ!」
と口走ったのが約束の時間の5時間前。そして、
「やっほー。はたて登場!仕事どう?終わりそう?」
「ぬおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「ああ、やっぱり?」
こんなやり取りをしたのが2時間前。そして。
「ごめんなさいはたて…」
「あははー…。あの妖精さんに伝えといてあげる」
「ごめんね。借りは返すから…」
「いいよ別に。そんな白い顔されちゃあね。死人みたい」
と言ってはたてが出て行ったのが30分前。そして…
「あは。あはははははは。かんせ…い」
新聞が完成したのがはたてが出て行ってから3時間後。しかも、結局新聞の締め切りに間に合わなかった。
…まあ、当然約束した時間から軽く2時間越えているわけで。今からでも行こうかと考えたが、妖精とは言えまだ幼いチルノさんではもう帰っているだろう。
またため息が漏れる。あんなに楽しみにしていたのに…私が無下にしてしまったわけか。
「あーあ、折角チルノさんがエスコートしてくれるっていってたのになぁ…手を引いてくれるって言ってたのになぁ…。言ってもらいたかったなぁ『君しか見えないよ』って。結局私が約束破ったのがいけないんだけど…ね」
あー。チルノさん怒ってくるかなぁ。でもチルノさんのことだから怒りこそすれ、すぐに「じゃあアイスおごってくれたら許してあげる!」とか言って許してくれるんだろうな。…思えば私がチルノさんとの約束破ったのこれが初めてな気がする。まさか、年長者の私が約束を破ってしまうなんて。
「…すっ」
思えばチルノさん。いつも馬鹿だの頭は元気100倍だのどこかの地獄烏より忘れっぽいだの言われてるのに、私との約束だけは破ったことなかったな。いつも笑顔で「文との約束があったときは必ず腕とかにペンで書いとくの!」と言っていたのを覚えている。
「…ぐすっ」
はっ、チルノさんの悲しむ行動は全てキャンセルしている?…できていないじゃないか。はたてが伝えてくれたとは言え、きっとチルノさんは待ちぼうけを喰らったことだろう。彼女の悲しそうな表情が脳裏に浮かぶ。私がさせたんだ。最低だな。
「うう…ぐし。え…?」
…あれ、私泣いてる?まさか。でも舌を頬に這わせれば塩の味がする。なんで?これはあれだ。きっと大妖精さんのお仕置きがこわいからだ。…違うに決まってる、何言ってるんだわたしは。そうじゃなくて。これはばかなわたしが…、じぶんのばかさかげんにあきれてるんだ。きっとそう。
「…ごめんなさい、チルノ…」
ああ、明日紅魔館に取材しにいかないといけないんだった。…チルノさんにあったらとにかく謝ろう。大妖精さんにはとにかく土下座しよう。
…顔、洗わなきゃ。手鏡を見ると涙とその他もろもろで酷い顔になっている。惨めで見ていられなくて、その辺にあったくしゃくしゃな新聞の紙くずで顔を拭う。インクの匂いがして、なんだか嫌になった。
そのときだ。
「………ゃぁぁぁぁぁ……」
「ふぁ…?」
「あやああああああああああああああ!!!!!!!」
「!?」
ずどん。そんな鈍い着地音、いや落下音と共に何かが落ちてきて、衝撃で淡く灯った部屋の明かりが落ちる。急な暗闇に慣れていない目では目の前の影が誰か良く分からない。しかし私には分かる。聞き間違えるはずもないこの声の持ち主。私が破ってしまった約束の人。
「チルノさん…」
「あたい参上!!文!大丈夫!?」
「どうしてここに…なんで?宴会は?」
「文がいないとつまんない」
「ち、チルノさん…。…ん?ってええ!?」
最初は目が慣れていなかったせいもありよく分からなかった視界が、徐々に輪郭を取り戻していく。するとチルノさんの格好が物凄いことになってることに気づいた。服は着ているが…ほとんど半裸と変わらない。どこもかしこもめくれあがって大変なことになっている。…ついでに頭もぼさぼさで若干涙目。第三者に見られたら確実に誤解される。あまりの衝撃にさっきまで自分が泣いていたことさえ忘れてしまう。
「チルノさん!!なんて破廉恥な格好してるんですか!?」
「ええ?…あ、ほんとだ。全速力で飛んできたから気づかなかった。…うう、汗が気持ち悪い…」
「普通に全速力で飛んだってこうはなりませんよ…なんでこんな無茶な飛び方を?」
「文が心配だったし文に逢いたかったからに決まってるよ!」
「え?…私?」
「あたい待ってたんだよ?大体約束の1時間前から。えっと、い、いれぎゅらーに対応するために早くから。でも、途中ではたてが来て、文が大変だから今日は来れないって。だから私が変わりに送るって。でも、確かに楽しかったけど。リグルもミスティアもルーミアも大ちゃんもいたから。でも!やっぱり文がいないとつまらないし、文が、宴会大好きな文が宴会に来れないくらい大変って聞いたから心配でお酒の味なんかわからなくなって気づいたらもうこっちにすっ飛んでて…って文?あ、文!?どうしたの!?」
「ぐすっ…チルノさん…」
「どうしたの!?お腹痛いの!?あ、頭!?痛いの痛いのとんでけー!!…じゃなくて、えーりんに診てもらわなきゃ…」
「うあっ…ち、違うんです…!」
「文…?」
約束を踏みにじってしまったことを思い出し、無様にもまた涙が溢れてくる。私は泣く権利も資格もない。だと言うのに私は泣いている。情けない。いつも思うけど、どうしてチルノさんはこんなにも優しいのか。はたてが大げさに伝えたせいもあるが、約束を破られたことに怒りもせずに心配してくれて楽しみにしていた宴会を投げ出してまで逢いに来てくれるなんて。行くことすら諦めて謝って済ませようとした私なんかとは違う。何が誇り高き烏天狗だ。何が最速の妖怪だ。こんな私より、彼女のほうがよっぽど凄い。妖精は人間より下だなんて言われるけど、私にはとてもそうは思えない。
「そんな大層なものじゃない…。…ただ、私が、新聞の締め切りに間に合わなかっただけ…」
「え…?」
「ぐすっ…約束、破ってごめんなさい…チルノ…」
「…」
黙り込む彼女。当たり前か。大変だというから心配になって来て見れば周りに散乱するのは紙のくず。約束を破った相手はただ新聞を作っていただけと。ああ、怒るんだろうな。そして怒った後は何食わぬ顔で許してくれるんだろうな。つらい。約束を守れなかった私は。守ってもらえなかった彼女に許してなどもらえないはず。なのに、あなたは。
「じゃ、じゃあ文はどこも体悪くないの…?」
「…ええ。」
「ホントに?」
「そうです。ピンピンしてます…」
「じゃあ大丈夫!!」
「ふぇ!?」
いきなり立ち上がるチルノさん。一体どうしたというのか。
「さっきね、はたてから聞いたの!あと貰ったの!これ!」
「この箱は?…クーラーボックス?中は…お酒ですか」
「だから!」
次の瞬間ガシっと手を繋がれる。はっとなり彼女の顔を見ると。
「ううう」
「…真っ赤です」
「大ちゃんとイメトレはしたんだけど、やっぱいざとなると恥ずかしい…」
「一体どこへ?」
「ないしょ!ねえ、文」
「は、はい」
「ごほんっ。…し、しっかり握って」
「…は…はぃ」
まさか今から宴会に?だとするとチルノさんの腰に下げた酒の入った箱はどういう意味があるのか。気になることは色々あるが…、だがそれ以前に私はまだ言っていないことがあるじゃないか。
「あの、チルノさん」
「ん?」
「…約束、守れずに、申し訳ありません…」
「…ん!」
明確な返事は返ってこなかった。ただ、私の手を握る氷精特有のひんやりとした、それでいて彼女特有のあったかい手がぎゅっと握ってくれた。
そうしてお互い無言でチルノさんに率先されてどこかへ向かう。月明かりに照らされて輝く彼女は、…絶対彼女は否定するだろうけど、私なんかよりずっと綺麗だった。…握っていた手は、何時のまにか指同士を絡める握り方になっていた。
「だ、大丈夫ですかチルノさん」
「う、うん、このぐらいへっちゃら…うわっとぉ!?あっぶなー」
「ううう、子供を心配する親の気持ちが少し分かります…」
チルノさんが向かっているのはどうやら妖怪の山の山頂付近。さっきから入り組んだ木々の間をぎりぎりグレイズしながら進んで行く。なんだか見ているこっちがはらはらする。ただでさえ視界が悪く、光源もまともにない状態で枝を避けて行く彼女。見ていられなくて天狗の団扇で遮る枝を切り落とそうとしたら止められた。
「このくらい、文の弾幕よりも余裕だよ!」
「こっちが見ていられませんよ!」
「あー…文!」
「は、はい?」
「あっ危ないからこの手をはなすんじゃない…よ?」
「……は…はなしませんよ」
こんなにぎゅっと握られたら放すものも放せないというもの。
それからしばらく飛んでいると、木々を抜け、小高い丘に出た。遮るものなど全くない、今宵の月が丸見えな正に絶景スポット。丁度月明かりが直撃する真下に人が2,3人座れるような岩がある。
「はたてのお気に入りの場所ってさ。あたいたちだけに特別にって」
「また借りが増えました…」
「さ、文!のものも!」
手を引いて、座る場所へとエスコート。お互いに、拳一つも入らないほどにぴったりと引っ付いて。蒸し暑い夜にもかかわらず肩を抱き合ってグラスに酒を注ぎこむ。二人で小さく「乾杯」と笑いあい、酒を飲み干すとカッと体が熱を持った。…今日は酔いが早く回りそうだ。
「酔いつぶれたっていいよ、あたいがしっかりと家まで送ってあげる」
「でも私重いですよ?」
「ちゃんとえすこーとするって決めたんだもん!あ、でもあたい自分の家に帰る元気なくして文のベッドで一緒に寝るかもしれないけど」
「はは…一向に構いませんよ」
もう一杯酒を呑む。また体が、胸が熱くなる。この酒はチルノさんでも問題なく呑めるようにあまりアルコール度が高くない。でも、私は確実に酔っていた。何にかって?今それを言うのは野暮というもの。
「…ねえ、チルノ」
「…ん、なぁに?文」
「ここ、見晴らしいいけど周りからも丸見えよ。今日椛が見回り夜の番だからもしかしたら見られるかも知れない」
「ああ、えっと、せんりがんってやつ?」
「あの子真面目そうに見えて結構お茶目だから、見つかったらからかわれるかもしれないわ」
「む、そんなのあたいのパーフェクトフリーズで一発だよ!…それにね、文」
「ん?」
「どんなに冷やかされたって、あたいは……、ううん、私は…」
文はカッコいいのもかわいいのもいいですよね。
>>5さま
チルノは馬鹿なんじゃないんです無邪気なんです!かわいいんです!
>>8さま
ありがとうございます!
>>13さま
たまには文がチルノ相手に受けに回るのもいいものですよね。
>>14さま
あるひとの影響により私の大ちゃんのイメージがあんなものになってしまったのです…。
>>16さま
どんな妖怪も私が書けばあら不思議!みんなへたれになってしまうのです!
チルノは超絶馬鹿でなく、おバカさんくらいなのがいいですよね。
19さま
チルノが言うとギャップがありますが、そこがまたいいんですよ!