「慧音!」
「ん…?なんだ、妹紅か。どうしたんだ急に」
「遊びに行こう!」
「よ、喜んで!!」
それはいつもと全く変わらない、ある晴れた日のことだった。
朝方早く、というかぶっちゃけ日が昇るよりも早い時間に妹紅が突然訪ねて来た。
理由や経緯を尋ねてみたが、妹紅には答える気が無いのか『いいから早く!』とこちらを急かすばかりだった。
それを何十分か繰り返し、最終的にはこちらが折れるという結果に至ったのだが。
「それで、こんな早くからどこに行くんだ?」
「山…」
「山?また随分とアバウトだな…ハイキングか?」
「かな?」
「かなって…決まって無いのか?」
「うん!」
「――っ!!」
満面の笑みで頷く妹紅を至近距離で見てしまった。
思わず鼻から溢れ出そうになる熱いパトス的な何かを堪え、天を仰ぐ。
…神よ、今日という日をくれた貴方に感謝します…!!
「…慧音?」
「あ、いや。大丈夫だ、いつものことだから」
そうか、と言って妹紅は微笑する。
何か今日は凄く雰囲気が柔らかい気がする。
妹紅も何か良いことがあったのだろうか。
…そうでもなければこんな早朝から訪ねに来てはくれないか。
そう思って苦笑しながら、前を歩く妹紅の背を見る。
「…ん?」
いつもの上着のはずだが、そこにいつもはないはずの文字が書かれている。
『I LOVE 慧音』
「な、なんだってー!!?」
何が起きているのか解らないが、とりあえず深呼吸をして状況を確認しなおすことにしよう。
状況1,朝から妹紅が来て舞いあがった。
状況2,妹紅が当社比五倍くらい優しくなってて激萌えた。
状況3,妹紅のシャツに天変地異の前触れを現すと言っても過言ではない感じの謎の文字の羅列が見えて動揺した。
「なんだ夢か」
断言出来る。これはありえん。
これが現実だったなら三途の川を潜水で渡りきっても良い。
「ふぅやれやれ…」
相当疲れていたのだろう。
最近は子供達に勉強を教える機会も多かったし、その間妹紅が遊びに来てくれなかったこともある。
「どうした?」
頬を叩いて目を覚ましてみようと思っていた矢先、夢の中の妹紅が振り返ってこちらを見た。
…待て。落ち着くんだ上白沢慧音。
少し冷静に考えてみれば、夢だと気付いた夢であればこの後の展開は自由なのではないだろうか。
この妹紅も言わば私が生み出した欲望の化身。
…私が望めばあんなこともこんなことも可能…!!
「…それを人は明晰夢と呼ぶ」
「は…?めいせき…?」
「お手!」
何の前触れもなく叫びつつ、妹紅の目の前に自分の掌を突き出してみた。
「…………えっと」
もこう は とまどっている!
「…あれぇ?」
明晰夢ならば状況を自分の思い通りに変化させられるとwik○に書いてあったと思ったのだが。
…何故だ…?祈りが足りていないのか?
ならば、と慧音は逆の手も差し出し、念じるように言葉を放った。
「おかわりぃ…っ!!」
「……えーっと」
妹紅は苦笑を浮かべながら頬を掻いている。
もしかすると夢という認識自体が何かの勘違いという可能性はあるが、今更それを思ったらいろんな意味で負ける気がする。
…後には引けない…!
戸惑っている妹紅を眼前に見据えたまま、慧音は腰を落とす。
そして妹紅の足元を指差して、ありったけの祈りをこめて叫んだ。
「おすぅ…わりぃぃぃぃっ!!!――どうだ!?」
「…大丈夫か?慧音…」
…もしかしなくても私は今凄く恥ずかしいことをしているんじゃないだろうか。
夢じゃない可能性が濃厚になってきた。
背中を嫌な汗が伝い降りるのが解る。
これがもし夢じゃなかった場合、今日の妹紅がどれほど機嫌が良かったとしても『変な奴』もしくは『ダメな奴』と認識されて嫌われるかもしれない。
何か挽回する策はないだろうか。
「あのさ」
とりあえずの挽回策を25個ほど思いついたところで、不意に妹紅がこちらの手を取った。
「ごめん。…こんな朝早くから呼び出して」
「い、いや、それは別にっ…」
むしろ手を握られていることの方が問題だ。
今この瞬間の最重要事項が『握られた手をどう対処するべきか』に一瞬ですり替わった。
…落ち着け私!ここで暴走したらそれこそ今までじっくりと溜めてきた親密度ゲージを棒に振ることになるぞ…!
色々な物を何とか内に留めつつ、上体を反らしていく慧音とは対照的に妹紅はゆっくりと身を乗り出してくる。
「迷惑だろうとは思ったんだ。でも、どうしても――」
「うん、うん。あの、解るんだけどなっ。もうちょっとそ
の距離的な物を…」
これ以上近寄られるとマズい。
至近距離で妹紅の目や鼻や耳や額や髪や眉や頬や唇を見ているせいで、理性さんとか常識さんとかがログアウトしつつある。
そんな葛藤の中で目の前の妹紅は微笑して、言った。
「――どうしても、慧音と一緒に遊びたかったんだ」
視界が真っ白になった。
「ったぁ…」
そう思ったのは一瞬で、次の瞬間には鈍い音と共に後頭部に衝撃が走る。
余りにも嬉しくて意識が飛んでしまい、無意識的に握っていた妹紅の手を離してしまったようだ。
脳は冷静に状況を把握しているが、身体は既に動きを取り終えている。
気付けば慧音は目の前に居る妹紅に抱きつき、感涙しながら頬を擦り合わせていた。
「妹紅!妹紅!私はもうお前を離さないぞ!!」
「いや、離せよ」
普通に引っぺがされた。
それも一瞬で。
「あれ…!?」
何かがおかしい。
目の前の妹紅は普段通りに若干愛想の悪い感じに見えてそれでも頬を薄く染めている辺りちょっぴり照れ屋なだけで相変わらずの可愛さだ。
だが、それは先ほどまでの妹紅では無い。
「夢…だったのか…?」
「お前。ここに着いてすぐに寝始めたからな。さっきまで芋虫みたいにぐねぐね動いてて気持ち悪かったぞ」
辺りを見渡すと小さな火が灯ったままの焚火があり、その隣には二組の寝袋が転がっている。
「朝陽がキレイな場所を見つけたから誘ったんだけど…よっぽど疲れてたんだな」
ほら、と妹紅が手に持った棒で示した先には既に昇りきった朝陽が見える。
「あ――」
…そういえばそうだった。
昨日しばらくぶりに訪ねて来た妹紅に連れられて山に登り、そこで夜を明かして今日の朝陽を見る予定だったのだ。
この場所までたどり着いた記憶はあるが、寝袋を取りだした辺りから全く記憶がない。
それくらい前から眠っていたのだろう。
「す、すまない!私としたことが――」
「いいさ。元はと言えばアポ無しで急に誘った私が悪いんだし」
「だが…!」
焦るこちらを見て妹紅は苦笑し、持っていた棒を捨てて自前のもんぺで軽く手を拭いた。
「慧音の寝顔も見れたし、それでチャラだ。――いいだろ?」
妹紅の手が慧音の頭を優しく撫でる。
眩しい朝陽を受けながら歯を見せて笑う妹紅の顔は、夢の中で見た妹紅の笑顔より何十倍も輝いて見えた。
「…………」
「慧音?顔赤いけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ!!…ちょっと頭打ったからそのせいだ」
「そういえばお前起きる時に凄い音したな…。見てやろうか?」
後頭部に手を回そうとする妹紅の腕を途中で掴み、止める。
そしてそのまま腕を下ろし、妹紅に向けて微笑んで見せる。
「いいんだ、これは。良い夢まで見てしまった代償だろうから」
「…?そうか。ま、良いっていうなら無理には見ないけど」
不思議そうに首を傾げた妹紅は、けれどそれ以上は聞こうとせずにまた朝陽の方へと顔を向けた。
「――朝陽綺麗だな」
「ホントは山を越えて昇っていく瞬間が一番綺麗なんだけど…」
妹紅は呆れたように溜め息を吐き、一息をついてから微笑みを返してくれた。
「そうだな、綺麗だ」
「次は昇る所を一緒に見よう」
「慧音が疲れてない時に誘いに行けたらな」
そうだなと言って、二人で小さく笑いあった。
翌日。
「妹紅!」
「んぁ…?慧音ぇ…?どうしたんだ急に…」
「遊びに行こう!」
「眠いからヤだ」
「あれぇ?」
「ん…?なんだ、妹紅か。どうしたんだ急に」
「遊びに行こう!」
「よ、喜んで!!」
それはいつもと全く変わらない、ある晴れた日のことだった。
朝方早く、というかぶっちゃけ日が昇るよりも早い時間に妹紅が突然訪ねて来た。
理由や経緯を尋ねてみたが、妹紅には答える気が無いのか『いいから早く!』とこちらを急かすばかりだった。
それを何十分か繰り返し、最終的にはこちらが折れるという結果に至ったのだが。
「それで、こんな早くからどこに行くんだ?」
「山…」
「山?また随分とアバウトだな…ハイキングか?」
「かな?」
「かなって…決まって無いのか?」
「うん!」
「――っ!!」
満面の笑みで頷く妹紅を至近距離で見てしまった。
思わず鼻から溢れ出そうになる熱いパトス的な何かを堪え、天を仰ぐ。
…神よ、今日という日をくれた貴方に感謝します…!!
「…慧音?」
「あ、いや。大丈夫だ、いつものことだから」
そうか、と言って妹紅は微笑する。
何か今日は凄く雰囲気が柔らかい気がする。
妹紅も何か良いことがあったのだろうか。
…そうでもなければこんな早朝から訪ねに来てはくれないか。
そう思って苦笑しながら、前を歩く妹紅の背を見る。
「…ん?」
いつもの上着のはずだが、そこにいつもはないはずの文字が書かれている。
『I LOVE 慧音』
「な、なんだってー!!?」
何が起きているのか解らないが、とりあえず深呼吸をして状況を確認しなおすことにしよう。
状況1,朝から妹紅が来て舞いあがった。
状況2,妹紅が当社比五倍くらい優しくなってて激萌えた。
状況3,妹紅のシャツに天変地異の前触れを現すと言っても過言ではない感じの謎の文字の羅列が見えて動揺した。
「なんだ夢か」
断言出来る。これはありえん。
これが現実だったなら三途の川を潜水で渡りきっても良い。
「ふぅやれやれ…」
相当疲れていたのだろう。
最近は子供達に勉強を教える機会も多かったし、その間妹紅が遊びに来てくれなかったこともある。
「どうした?」
頬を叩いて目を覚ましてみようと思っていた矢先、夢の中の妹紅が振り返ってこちらを見た。
…待て。落ち着くんだ上白沢慧音。
少し冷静に考えてみれば、夢だと気付いた夢であればこの後の展開は自由なのではないだろうか。
この妹紅も言わば私が生み出した欲望の化身。
…私が望めばあんなこともこんなことも可能…!!
「…それを人は明晰夢と呼ぶ」
「は…?めいせき…?」
「お手!」
何の前触れもなく叫びつつ、妹紅の目の前に自分の掌を突き出してみた。
「…………えっと」
もこう は とまどっている!
「…あれぇ?」
明晰夢ならば状況を自分の思い通りに変化させられるとwik○に書いてあったと思ったのだが。
…何故だ…?祈りが足りていないのか?
ならば、と慧音は逆の手も差し出し、念じるように言葉を放った。
「おかわりぃ…っ!!」
「……えーっと」
妹紅は苦笑を浮かべながら頬を掻いている。
もしかすると夢という認識自体が何かの勘違いという可能性はあるが、今更それを思ったらいろんな意味で負ける気がする。
…後には引けない…!
戸惑っている妹紅を眼前に見据えたまま、慧音は腰を落とす。
そして妹紅の足元を指差して、ありったけの祈りをこめて叫んだ。
「おすぅ…わりぃぃぃぃっ!!!――どうだ!?」
「…大丈夫か?慧音…」
…もしかしなくても私は今凄く恥ずかしいことをしているんじゃないだろうか。
夢じゃない可能性が濃厚になってきた。
背中を嫌な汗が伝い降りるのが解る。
これがもし夢じゃなかった場合、今日の妹紅がどれほど機嫌が良かったとしても『変な奴』もしくは『ダメな奴』と認識されて嫌われるかもしれない。
何か挽回する策はないだろうか。
「あのさ」
とりあえずの挽回策を25個ほど思いついたところで、不意に妹紅がこちらの手を取った。
「ごめん。…こんな朝早くから呼び出して」
「い、いや、それは別にっ…」
むしろ手を握られていることの方が問題だ。
今この瞬間の最重要事項が『握られた手をどう対処するべきか』に一瞬ですり替わった。
…落ち着け私!ここで暴走したらそれこそ今までじっくりと溜めてきた親密度ゲージを棒に振ることになるぞ…!
色々な物を何とか内に留めつつ、上体を反らしていく慧音とは対照的に妹紅はゆっくりと身を乗り出してくる。
「迷惑だろうとは思ったんだ。でも、どうしても――」
「うん、うん。あの、解るんだけどなっ。もうちょっとそ
の距離的な物を…」
これ以上近寄られるとマズい。
至近距離で妹紅の目や鼻や耳や額や髪や眉や頬や唇を見ているせいで、理性さんとか常識さんとかがログアウトしつつある。
そんな葛藤の中で目の前の妹紅は微笑して、言った。
「――どうしても、慧音と一緒に遊びたかったんだ」
視界が真っ白になった。
「ったぁ…」
そう思ったのは一瞬で、次の瞬間には鈍い音と共に後頭部に衝撃が走る。
余りにも嬉しくて意識が飛んでしまい、無意識的に握っていた妹紅の手を離してしまったようだ。
脳は冷静に状況を把握しているが、身体は既に動きを取り終えている。
気付けば慧音は目の前に居る妹紅に抱きつき、感涙しながら頬を擦り合わせていた。
「妹紅!妹紅!私はもうお前を離さないぞ!!」
「いや、離せよ」
普通に引っぺがされた。
それも一瞬で。
「あれ…!?」
何かがおかしい。
目の前の妹紅は普段通りに若干愛想の悪い感じに見えてそれでも頬を薄く染めている辺りちょっぴり照れ屋なだけで相変わらずの可愛さだ。
だが、それは先ほどまでの妹紅では無い。
「夢…だったのか…?」
「お前。ここに着いてすぐに寝始めたからな。さっきまで芋虫みたいにぐねぐね動いてて気持ち悪かったぞ」
辺りを見渡すと小さな火が灯ったままの焚火があり、その隣には二組の寝袋が転がっている。
「朝陽がキレイな場所を見つけたから誘ったんだけど…よっぽど疲れてたんだな」
ほら、と妹紅が手に持った棒で示した先には既に昇りきった朝陽が見える。
「あ――」
…そういえばそうだった。
昨日しばらくぶりに訪ねて来た妹紅に連れられて山に登り、そこで夜を明かして今日の朝陽を見る予定だったのだ。
この場所までたどり着いた記憶はあるが、寝袋を取りだした辺りから全く記憶がない。
それくらい前から眠っていたのだろう。
「す、すまない!私としたことが――」
「いいさ。元はと言えばアポ無しで急に誘った私が悪いんだし」
「だが…!」
焦るこちらを見て妹紅は苦笑し、持っていた棒を捨てて自前のもんぺで軽く手を拭いた。
「慧音の寝顔も見れたし、それでチャラだ。――いいだろ?」
妹紅の手が慧音の頭を優しく撫でる。
眩しい朝陽を受けながら歯を見せて笑う妹紅の顔は、夢の中で見た妹紅の笑顔より何十倍も輝いて見えた。
「…………」
「慧音?顔赤いけど大丈夫か?」
「だ、大丈夫だ!!…ちょっと頭打ったからそのせいだ」
「そういえばお前起きる時に凄い音したな…。見てやろうか?」
後頭部に手を回そうとする妹紅の腕を途中で掴み、止める。
そしてそのまま腕を下ろし、妹紅に向けて微笑んで見せる。
「いいんだ、これは。良い夢まで見てしまった代償だろうから」
「…?そうか。ま、良いっていうなら無理には見ないけど」
不思議そうに首を傾げた妹紅は、けれどそれ以上は聞こうとせずにまた朝陽の方へと顔を向けた。
「――朝陽綺麗だな」
「ホントは山を越えて昇っていく瞬間が一番綺麗なんだけど…」
妹紅は呆れたように溜め息を吐き、一息をついてから微笑みを返してくれた。
「そうだな、綺麗だ」
「次は昇る所を一緒に見よう」
「慧音が疲れてない時に誘いに行けたらな」
そうだなと言って、二人で小さく笑いあった。
翌日。
「妹紅!」
「んぁ…?慧音ぇ…?どうしたんだ急に…」
「遊びに行こう!」
「眠いからヤだ」
「あれぇ?」
……が、前回とは比較にならないほど良くなっててびっくりです。
夢と現実の落差がなんか好きです。
なんだかだ言って妹紅と慧音はしみじみほのぼのが似合いますね。