お寺でくゆらせる、お香が切れた。粉末香、刻み香、少量ずつ削ってきた重たい沈香、全部。朝の法会で最後になった。練香を作る型と接着用の蜜はあるけれど、原料の香木がない。
「昔なら、荷車一台分はご主人様に寄ってきただろうにね」
ナズーリンは物品管理帳を捲った。荒れ放題の霊山にいても、私達はそれほど生活に困らなかった。珍品や質のいい道具、欲しいものが私の能力に引かれてくるから。同居者の彼女には、お宝専門の磁石と呼ばれている。けれども近年、磁力は低下傾向にあるらしい。妖怪の気も。飛行中、地面に押しつけられる感じがする。山を下れば、身体は一寸も浮かない。彼女も同様だ。外での探し物など、できやしない。
幻想の私達は、否定され忘れられつつある。仕方がなく、
「町におつかいに行ってきます。お金はちょっとありますから」
強い人間の世界に頼る。
数日間薬や木を焚かずとも、仏道の匂いは消えない。花や香りはお飾りで、真心ひとつで十分な気もする。それでも私は、ちゃんとしておきたかった。勤めを怠らなければ、仲間に再び会える。懐かしい空気に誘われて、帰ってくる。信じて役割に縋っていた。何百年も、諦め悪く。置いてきぼりの不安を、白煙で巻いて。
「付き合うよ」
「いいですよ。疲れるでしょう」
「バスで乗り過ごすかもしれない。財布を落とすかもしれない。何のための部下で監視だ」
同じだけの年月を背負わせた、彼女にすまないと思いながらも。
麓から、土の車道を歩くこと二十分。この一帯を走る、稀少な路線バスの停留所に着いた。停留所と言っても、赤茶に錆びた金属の柱一本だけれど。過疎地の僅かな民を拾っては、活気のある方面に送っている。
若々しい唐楓が天井になって、夏の陽光を散らしていた。ナズーリンが編み籠から手帳を出して、時刻表の複写を見ていた。彼女は焦げ茶と灰の碁盤縞ワンピースに、膨らんだ短い白袖のパーカー姿。フードと膝下の裾に、耳と尻尾を収めていた。甲深靴と腕時計の革は樹肌色。ズボンは尾が目立って穿けないそうだ。私は広がりや変な傷のない黒めのジーンズと、いつもの衣装に似た紅葡萄色のシャツを合わせた。襟裏や七分袖の返しは灰白チェック。男物らしいけれど、ボタンの胸元が丁度いいのでどうでもいい。ベージュの中折れ帽に頭の蓮花を隠して、同色の運動靴の紐を締めた。亜麻の肩掛け鞄の中身は、宝塔と保温水筒と札入れ。蓋に注いだ熱い緑茶を交互に飲んで、車の到着音を待っていた。
「そろそろ来ますね」
「定時より早いかもしれないよ。通学児の混雑は終わった」
蝉に交ざって話していたら、近隣の農婦さんに声をかけられた。あんたら余所者か、泊まりの観光客か。そこのバス停先月廃止になったぞ。本当ですかと問う前に、乗り合いバスが通過した。次の停車場まで三十分、待機一時間。不運だった。報せはあったのだろうが、山中に届きはしない。
「自動車の免許、私には取れないでしょうか」
「操縦できても人の戸籍がないだろう。あとあんな大物をどこに収納する」
二人用の席に座って、空しい話をした。窓際のナズーリンは、景色ではなく車内広告を眺めていた。降車するつもりだった古い商店街の、閉鎖が告げられていた。香木片のばら売りに対応してくれる、優しい仏具店があったのに。
「長年のご愛顧ありがとうございました。空き店舗が増えていたからね」
「変わってしまいますね、皆。このお札が使えるのか心配になってきました」
乗車整理券を弄ぶナズーリンに、四柱門と紫式部の肖像の紙幣を見せてみた。レアだけれど最も新しい銀行券だから、大丈夫だそうだ。
「予定の三つ先で降りよう。ショッピングセンターの宣伝がある」
「はい。すみません」
「謝ることじゃない」
謝罪を求められていなくても。動く横箱は担当者の運転が乱暴で、巨体だから余計に左右に振れて。年代物らしい、木材の床が抜けそうで。人工的な冷風と、動力油の蒸れたにおいが苦しくて。私の虎髪の所為で、乗客に奇異の目を向けられて。付き添う彼女に申し訳なかった。
硝子窓越しの風景は、山林の緑と茶からトンネルの黒とランプの橙、市街の雑多な色に移り変わった。まるで異界だった。
車体の壁を隔てた、温度差は酷かった。四季を一段で巡ったかのよう。冬季から夏季へ。チラシ配りや路上勧誘を避けて、片仮名の商業施設に入った。冷房の真冬に逆戻りした。
入口すぐの案内板で、香具を取り扱っていそうな店を調べた。スーパーマーケット部分の二階に、日用品の売り場があった。自動階段に乗って、子供の遊戯コーナーと待合ソファの並びを通った。
お盆の売れ残りの線香が、割引価格で販売されていた。紙箱がひしゃげていた。折れているかもしれない。破損の少なそうなものを選んで購入した。輸入文具店や和雑貨店の、お寺に不向きそうな甘いお香も見てみた。蓮の開花の形はいいけれど、メロンやバニラの香りは適すまい。
「これはないね」
ナズーリンが私からプラスチックの包装を取り上げて、棚に返した。掠めた指先が驚いた。彼女の肌は、凍て雪のように冷え固まっていた。もてなしなのか拷問なのか、館内が寒過ぎる。ひなびた商店街ではなかったことだ。袖が長めの私でも辛い。彼女はかなり身に応えているだろう。派手に指摘すると反論される。でも、何かせずにはいられない。
「他に必要なものはありますか」
「最新版の地図。上階の書店にあるだろう」
「わかりました。私も用ができたので、後で合流しましょう。早く済ませます。さっきのソファの場所でいいですか」
「短時間なら。無駄遣いは禁物だよ」
無駄ではない。彼女にお金を分けて、籠の隙間に水筒を差し込んだ。向かうは衣料品店。商品とモデル人形の大人しい店を選んだ。店員さんと秋物の一角で相談して、巻きを数パターン教わって買った。
集合所の長椅子に、白フードのナズーリンがちんまり沈んでいた。視線の先で、お菓子掬いやクレーンや太鼓のゲーム機、写真シール機が稼働していた。廃棄された雑誌で見たことがある。彼女に近い背丈の児童達が、夏休みの末を満喫している。親子連れも一杯。うるさかったかもしれない。
正面に回ると、お茶に口をつけていた。不快そうではなかった。私に気付いて、私の買い物に片眉を上げた。カップの蓋を筒にはめて、
「それ何」
「ショールです。手織りじゃないですけど、綿なので触り心地は滑らかですよ」
「で、なんでショール」
三角に一度折ったものを、肩下で私に結ばれた。針の影のような、脆い銀灰色。一蹴されそうな柄や華美さはない。彼女が渋い表情なのは、
「結い方駄目でした? 緩い交差にしましょうか」
「無駄遣い」
「効果ありです。風邪引きますよ」
「帰れば解決する」
「車だって凍えますし。貴方には迷惑かけっぱなしなんですから、これくらいさせてください」
言い合いに、遊技場の迷子のアナウンスが加わった。『~からお越しの』と『~様』の間で、上目の笑みで馬鹿にされた。私の勝手だ、評価は問わない。
「三人目だよ。あんな狭い空間でもはぐれられるんだね」
「いないときはいませんから」
広かろうが、狭かろうが。穏やかに、放るような口調になっていた。布地の端を整えながら、聖達のことを思い出した。『お山のお寺からお越しの、星ちゃんとナズーリンちゃん。景品交換受付で、住職の白蓮様とお友達がお待ちです』。放送はかからない。永遠にないのかもしれない。
ナズーリンが私を見据えていた。
「行きましょうか。下でお昼を仕入れましょう。あ、やりたいゲームあります? メダル掘り?」
一度遊び場を振り向いて、
「違うよ」
彼女は私に従った。
復路のバスは、貸し切ったかのような空白具合だった。平日の昼に、都を下る人間は珍しいか。日当たりの弱い、後部の左方に席を取った。行きは私がこっちだったからと、窓側を勧められた。
建物と硬い道路に反射する熱気に、体力を奪われたのだろう。二人とも口数が寂しかった。
路面の舗装のある区間で、別の利用者達は降りていった。運転手さんと、私とナズーリン。発車と停止と次の土地の表示音しかしない、空っぽの環境になった。私達が透けてなくなっても、多分問題にならない。
車全体が前傾して、姿勢を直した。無骨な振動があった。アスファルトの外れの段差だった。最前の、運賃掲示板の電光文字が変化した。清涼な山地と、仏閣が近付いている。
お堂には、誰もいないだろうけれど。巻物や碇や輪が転がっていないか、私は癖で捜してしまう。捜して落胆する。
角の潰れた線香箱を鳴らした。装飾穴の奥で、深緑の棒が行ったり来たりした。これで、効き目があれば。あるのか。自信がなくて、外界に欲した。長命の楓の園に、何が。
電子の音色が、最寄りの帰宅地点を示した。降りますのベルを、押さなければ。また、虚ろな時に脅かされて暮らす。
人差し指がためらった。
ナズーリンは、私に注意しなかった。ショールの腕で籠を抱えて、俯き眠っていた。凸凹道の揺れで、私の肩に寄りかかった。
不慣れな都会で振り回した。起こしては可哀想だ。交通費の余裕はある。いざとなったら、負ぶって徒歩でも構わない。
彼女を言い訳にして、指を離した。卑怯だなと、額を拳で突いた。皮の剥げた幹の群れが、高速で去った。聖の治めた山も、捉えられたのは瞬きの一時のみだった。
路線の果ては、どこなのだろう。私の目指すものに、続いているといいのに。
タイヤを不安定にする、石ころの絨緞があった。
熊蜂を追い抜かした。
窓下をほんの少し開けて、冷気と鉄臭さを中和した。
石ブロックで脇を補強した、高地に挟まれた。
撤去されそうな曲がり電灯と、老いた郵便ポスト。
森の香の結界を、速度で破った。平らにならされた、鉄橋の上にいた。眼下に急流。川の名と分岐は、見えなかった。
ごめんねとナズーリンに詫びようとして、
「ごめんね」
少女らしくない、神託のような声に先回りされた。
「貴方は悪事なんて、何ひとつ」
「寝た振り。嘘を吐いた訳じゃないから、戒には抵触しない」
どうしてと訊けば、
「ご主人様が、まだ帰りたくないって顔してた」
彼女は周辺の地図を開封し、広げた。現在地を指差し、終点へと辿る。県境を越えた、無名の海辺。
「行きたいところまで行けばいい」
「無駄遣いではありませんか」
「気持ちは解らないでもない。叱るべきだった?」
「いえ」
私は、私にはもったいない遣いを得た。ごめんねと、何度も頭を上下させた。楽にさせたい。もう、終了したことかもしれないから。
「このバスで、行けるところまで行きましょう。久し振りに、海が見たいです」
「泳がないようにね。遊泳禁止だってさ」
信号がほとんどなく、車は滅多に停まらなかった。慎重に、彼女が水筒を傾けた。煎茶は空になった。
逃げているなと、自己を客観視して考えた。皆怖くなって、震えて。
柿の農園があった。囲われていた。
観光地になり損ねた、秘湯の残骸が一岩。
白石の鳥居は痩せ細っていた。
枯れてるねと、ナズーリンと吐息を重ねた。
衰退していく里を、日に背いて走行した。
終着駅で、告げられたら告げよう。
三時間ほどの逃亡の、三人目の共犯者。制帽の運転手さんは、今後の発車時刻を教えてくれた。三角錐の小袋の、チョコレート菓子も貰った。二包。じゃぱにーずきのこたけのこ、とのこと。異国の旅行客と勘違いされていた。
「流石便利磁石」
ナズーリンが笑いを堪えていた。
色褪せた海に臨む、車庫から数百歩。トタン屋根の休憩所があった。化学繊維の日除けのかかった機械らしきものと、年配の赤い自動販売機が佇んでいた。人間界で不動の人気を誇るらしい、炭酸ジュースのシンボルカラーだ。機体そのものが缶を模している。お札の飲み口がなかった。お香やショールのお釣りで四択。左から炭酸、珈琲、スポーツドリンク、コーンスープ。どれも缶で冷たい。ナズーリンが真顔で右端を選択させようとしたので、一つ隣にずらした。彼女は鼠の舌打ちをして、ブラックの珈琲缶を頬に当てた。
海岸コンクリートの高い仕切り塀を、椅子と卓にした。黒砂の浜、波の泡、くすんだ青海原、水平線、水曇りの空と入道雲。海水が迫って、砂利を招いていく。貝殻は見当たらなかった。瞳に映るものをおかずに、梅や青菜のおにぎりを分けっこした。赤紫蘇の酸味や、葉野菜の爽やかさは軽いスポーツ飲料と相性がよかった。ナズーリンには同意されなかったけれど。
「お米を苦い煎じ薬で食べられる、貴方の方が不思議です」
「ご主人様の淹れ過ぎた渋茶のようなものだよ。味が鋭くなる」
茸と筍を真似たお菓子は、原材料がわからなかった。仏様の掟に反するかもしれない。まあいいやとかじった。融けたチョコが、ビニールにくっついていた。
「情報誌で読んだよ。人はこの二種の優劣で揉めるらしいね」
「そうなんですか。ちなみにナズーリンの好みは?」
「きのこのビスケット」
私はたけのこの根っこのクッキーが気に入った。寺修行の舌には、チョコレートは重量があるようだ。カカオの匂いも積もる。聖は寛い味覚で、双方全身称賛しそうだけれど。
不在の聖が脳裏に浮かんで、話さなければと思った。
空き缶や袋を捨てて、ナズーリンの左横に引き返した。お別れ会なら、もっと奮発するのだった。
海の彼方に、楽園はあるのかもしれない。聖は善人だから、封印の刑を許されてそこにいる。ムラサや一輪を助けて、人妖の信者を獲得している。私はお迎えが遅いだけ。いつか何とかなる。幸せなお伽噺のように、切り出した。
「だから、貴方は私といて、苦労しなくてもいいんです。ありがとうございました、散々ごめんなさい。落第主君に仕え続けたんです、有能さを自負して天上へ。これを預かって、あれ」
これ。今日一日携えていた、宝塔が鞄になかった。最後の最後で、無様なうっかりを。焦って引っ掻き回した。
「すみません、ナズーリン」
宝塔知りませんか。質問するまでもなかった。彼女が右手で、法の光をあたためていた。私のいないときに、抜き取ったのか。突然手首の捻りをつけて、
「ナズ、え!?」
小石の水切りのように、海面目掛けて投げた。自然に身体が動いていた。高台を割るように蹴り出して、空中で確保。波打ち際に伏した。水面に叩かれた痛みよりも、宝物の無事の安心が大きかった。
潮の、湿った気を嗅いだ。海藻と異種の液体と、塩を吸った砂のぬるいにおい。お寺のひとの証が、覆われる。お香の煙を着なければならない。聖達が、ここにいる訳がない。
私は、何を狂って。
強い海風が吹いて、中折れの帽子が舞い上がった。ナズーリンが掴んでくれた。彼女のフードもめくれていた。お互い、人ではない部位が露になった。
彼女の後ろで、夕陽の山脈が影を燃やしていた。呼吸しているかのように、輝いていた。私達の家も、あのどこかにある。理想郷は、陸にある。
「すみませんでした」
「何のことだか。風が凄くて聞き取れなかった。ご主人様のことだから、つまらない内容なんだろうね」
私の外出帽を一回し、でもねと継いだ。
「もういいやと諦めた奴は、ずぶ濡れになんかなれない」
編み籠のタオルハンカチが降ってきた。
「悩んで悔やんで、格好悪くしていればいい。私は適当に傍にいる。ただし、次つまらないことを漏らしたらこれで絞めるからね」
銀の躍る灰ショールを、彼女は淑やかにおっかなく摘んだ。
ああ、私は運がいい。私にはもったいない、できたひとを得た。
一段上の彼女に、感謝を籠めてお辞儀した。
「行けるところまで、生きていきます。ご同行お願いします」
「了解、ご主人様」
服を潮風で乾かしていたら、結構暗くなった。バスの時刻まで、あと二十分。
逃避行をさせてくれて、ありがとうと微笑んだ。早速物言いがついた。帰るために遠くに行くのは、逃げではないそうだ。
「じゃあ何なのでしょう」
「学童の遠足」
この歳で子供扱いはないだろう。嘆く私を、
「遠足に相応しく、記念撮影して帰ろうか」
ナズーリンが引き入れた。自動販売機の左隣の、幕つきの大型機械に。
ひと数人を収容できる、奥行きのある場だった。前方にスクリーンと、通貨投入口。操作盤とボタン。付属の玩具のような鋏。内壁や幕裏に、完成作がまばらに貼ってあった。写真シール機だ。外側の表記が傷んで薄れていて、正体が読めなかった。機種もショッピングセンターのものの、数世代前らしい。
彼女が硬貨を納めると、仄明るかった内部が眩しくなった。丸っこい指示音声が、縦横や背景画像の希望を問いかける。迷っていると『じゅー、きゅー』と秒読みが始まって恐ろしい。周りのシールを参考に、二人向きの横型に決定した。
「後景は観光名所シリーズと。車窓から確認した限り、スポットの四分の一が廃れているのが不吉だね」
「分析してると急かされますよ」
「海にしようか、山はないし」
人間の文明品を操る彼女は、宝探しの最中のように楽しそうだった。ワンピースの尻尾が跳ねている。これもお寺ではレアアイテムの内か。
『さんかいとるよー。いっかいめー、ごー、よーん』
待ったなしの撮りに慌てて、工夫のない気をつけで一枚。
脱帽して妖怪の花や耳を現し、一足ずつ相手に近寄って笑顔で一枚。
『さんかいめー』
目に留まった女の子同士のポーズに倣って、
「んっ」
「あ、嫌ですか」
「いいよ。笑っていて、ずっと」
ナズーリンの右肩に、腕を回して一枚。彼女が小さく二本指を立てていた。
『どれにする?』
「一枚目は論外、二枚目の写りが最良でしょうか。目線ずれてませんし」
「三枚目にする。ご主人様が一番馬鹿っぽい」
「な、そんな理由で」
『けってーい』
外の取り出し口から、ナズーリンが十六分割のシールを持ってきた。鋏で二等分した。できたてで、陽だまりのように温かかった。
「どこに貼ればいいんでしょうね、これ」
「日記や紛失したら困るもの、かな。宝塔以外で」
香炉や独鈷杵にもそぐわない。ナズーリンに貼ったら張り倒されそうだ。縁や時間や香りのような、触れないものにつけられるといいのになと願った。
彼女は一枚剥がして、手帳の白紙ページに飾っていた。
『二〇〇五年八月二十六日、ご主人様と私』
万年筆で記録をつけて、帰るよと歩き出した。
五年後同日、幻想郷。筍の旬は過ぎていた。魔法の森の茸摘みを手伝った帰路、私達は古道具屋で写真シール機と再会した。店内に運べないのだろう、暑気晒しになっていた。思わず幕内を確かめて、ナズーリンと笑い合った。あのときの青海や鳥居、温泉を背にした欠片が健在だった。私達のように、幻の住民になったのか。
「相方の自動販売機が来る日も近いね」
「恐らく。百円玉は当分訪れないでしょうけれど」
人里を通りながら、シールの今について喋った。
私が使用したのは三枚。日記帳に貼って、聖に贈って、守矢神社の方と交換した。茶碗の裏や経典筒には、つける気になれなかった。貴重で気軽に用いたくない。ナズーリンも、人前で出せないという。
「稀少価値が高いのと、気恥ずかしいのと。まさか五年でこうも変わるとはね」
望めば飛べる郷へ、私達は移れた。命蓮寺で、聖達が待っている。
あの日、非逃避行ができてよかった。力になった。闘い抜けた。
ありがとうは、格好悪いよに掻き消された。
「門限になる。早足」
ショールを改造した、ケープが暮れの風に乗った。
足取りは羽のように軽く、明るい。家路に惑わない。お香の霞と夕餉の空気が、私の磁石を導いてくれるから。情けなくても、彼女と頑張っていたいから。
私は、行きて生きる。
全身で、全霊で、「逃げじゃ無い」と主張するのは強さかそれともそれこそが逃げなのか?
プリクラで小さくぴーすをするナズーリンがかわいいなぁ
そして二人の写ったプリクラは遍くお守りやお札よりも効力がありそうです。
昔はこんな寂れた場所に兄弟で訪れて遊んでた。
故に感謝
寂しい時に負けなかったからこそ今が素敵ですね。
ナズーがしたかったゲームってなんだったんでしょうねぇ。メダル掘り強そうなのにw
グッときた。
だが、ナズーリンとはたけのこ派の意地をかけて話し合う必要がありぞうだ・・・
「くだらない」で一蹴しそうな彼女が、記念撮影のシーンで楽しそうに操作していたのにあれ?と来たので。
いいお話でした。
星の頑張りがかなってくれて、本当によかったです。
>>ナズーリンに貼ったら張り倒されそうだ。
どういう意味なんでしょうねえ?2828
切ないながらも綺麗なお話で、とても良かったです。
一瞬吹き出したあと号泣してしばらく読み進められなかった…
星本編後まで書かれててよかった。それより前で終わっていたら気持ちが沈んだまま読み終えるところでした
素敵な雰囲気でした。作者様は絶好調なように思えます。
しかも自分が好きな命蓮寺ネタとあってもう嬉しい限り
寂れた雰囲気の中で感じられる二人の暖かさが胸にしみました。
撮影中のナズーリンの可愛さについつい頬がゆるみました。
ナズ星うぉお-!!
情景を描かせてこれほど上手い人もなかなかいない。
いいものを読ませてもらいました。
>全身で、全霊で、「逃げじゃ無い」と主張するのは強さかそれともそれこそが逃げなのか?
上手く、お言葉を解釈できていないかもしれませんが。状況や心境次第ではないでしょうか。
行動を振り返って、全力を出したと思えるひと。自分の根っこを裏切りたくないと、頑張ったひと。そういうひとは、「逃げじゃ無い」とあまり主張しないはずです。逃げていないのですから。
努力しても、一片のやましさに苦しめられるひと。悔いを連れたひと。そういうひとは、「逃げじゃ無い」と叫ぶこともあるでしょう。でも、内に熱意があれば、また前を向くはずです。強さだと念じてみたり、逃げを自覚したりしながら。格好悪く立ち向かうひとも、格好いいです。
>プリクラで小さくぴーすをするナズーリン
>ナズーがしたかったゲーム
>ナズのしたがっているゲームは何だろう、と暫く考えていたんですが、プリクラでしょうか
>撮影中のナズーリンの可愛さ
ナズーリンのやりたかったゲームは、プリクラで当たりです。照れや節約意識が働いて、言えませんでした。
撮影時はささやかな幸福感を隠し切れていません。可愛く描けていると嬉しいです。
>文章全体に漂う「寂れ」
>すごいレトロな雰囲気
>物語全体に広がる寂寥感
>地方都市の寂れ切った雰囲気
幻想郷に入りそうなものを、描いてみました。旅行ガイドに載らないような、場所や事物を思い浮かべて。
聖達のいないさびしさが、お話と文を寂れさせているのかもしれません。
>>「いいよ。笑っていて、ずっと」
取り上げてくださって、ありがとうございます。二人とも、やり方は違うけれど相手に優しいと思います。
>>>ナズーリンに貼ったら張り倒されそうだ。
そのままの意味です。紛失したら困るものと言われたので。
>>『お山のお寺からお越しの、星ちゃんとナズーリンちゃん。景品交換受付で、住職の白蓮様とお友達がお待ちです』
絶対にない放送です。お話は、星蓮船後まで書くつもりでした。沈んだ気持ちが、安らぎますように。
お二人は無事に帰れたようで何より。
五年か、あるいはそれ以上の時間がかかったとしても。
なんだろう、このお話を読んでると和むんだけど、
一方でなんか不安というか落ち着かない気持ちになる。
自分でも何言ってるのかよくわかりませんが、とにかく素敵でした。
目を瞑れば鼻腔を抜けていくノスタルジアの心地よさが、無性に切ない。
どこまでも静かなのに、心が漣んで仕方ない。
夏の終わりにこのSSに出会えたことを幸せに思います。
心情的には400点くらい差し上げたいところです。
知らない土地に来ちゃったときの、あの独特な感覚が好きです。
頭のお花が着脱可能だと思ってたから、わざわざ帽子をかぶる星に疑問を持つ
ぶちっと取ったら死んじゃうのかもと、作品外のところでまた笑ってしまった
作者はどういう意図で書いたかわからないけど、宝塔を投げたナズーリンは星を試したのではなく選択を与えたと解釈しました
そのまま宝塔が海に消えるのを星が黙って見ていても、それをナズーリンは許したのかも。聖に心を囚われ続ける星が気の毒に思っていた、かもしれない
そして過去を捨てて現代社会に生きていくのもどこか退廃的で良いな、と選択肢の一つに想像をめぐらせました
二人の報われる姿は5年後という形で描かれていますが、その空白の期間も作者さんの手で作り上げてほしいですね。
ショッピングセンターへ線香を買いに路線バスで町まで行く星とナズーリン、
帰りに路線の果てまで行き、自販機でコーヒーとスポーツ飲料を買い、プリクラを撮る星とナズーリン。
もうね、どういう頭の中身をしていればこんな発想が現われるのか。本当にすごい。
それらの描写が全く奇抜に思えないのは、端正に積まれた物語の説得力である気がします。
そして、寂しくも美しい風景だけではなく、星とナズーリンの心の結びつきにもニヤニヤさせられました。
貴方のお話を読むといつも職人技という言葉がよぎります。
丁寧で、全ての部分に心が込められている。
本当に素敵なお話でした。
序盤はちょっと切ない感じだったけど、後半では幸せな二人が描かれていて、
読後は幸せな気持ちになれました。
素敵な作品をありがとうございました。
星ナズはよいものです
いい星ナズでした。
がっかりしました。
もう少し読みやすい文章で書いて頂ければ、情景が想像しやすいです。
なんと素晴らしい寂しさでしょうか。
彼女たちの何気ない一言一言が、まるで線香花火のようでした。
描写の一つ一つが本当に気が利いていて、感動したり笑ったりする訳ではないですが何かグッとくる場面がたくさんありました。
特にプリクラを紛失したら困る物に貼れと言われてナズーリンに貼ったらどうなるか考えている星さんが最高です。
文句なしに素晴らしかったです。
私にとっての目標で、理想で、全てです。
何度もなんども読み返すうちに、たくさんのことに気づきました。
ナズーリンを待たせる間のためにお茶をカゴに入れてあげる星のさりげない気遣いや、帰りたくない星を気遣って、行きは自分がこっちだったからと、降車ボタンを押しやすい窓際を勧めるナズーリン。お互いへの優しさがにじみ出ていて、終わってほしくないと思いました。
きっと、これからもなんども読み返します。本当に素晴らしい作品をありがとうございます。