雲ひとつない真っ青な青空に、太陽が一つ。
眩しいほどに輝く太陽は暑く、庭に育つ木々の緑をより一層濃くしていく。
我こそはと葉を太陽へと向け、その輝きを一身に受けている。
ここは、白玉楼。
広大な、荘厳たる庭がそこにはあった。
錦鯉が気持ちよさそうに泳ぐ池を中心に作られた庭園。
そこから、それを彩るように四季の移り変わりを楽しめる木々が配置されている。
また、その土地の起伏を利用した、低木と高木との差を付けた風景。
苔が程よい具合に生えた灯籠は、どこか和を感じさせるものがあった。
中庭には、見事なまでの整えられた枯山水までもがある。
そんな庭を管理しているのは、小さな少女、たった一人だった。
名を魂魄妖夢と言い、この庭の専属の庭師であり、二代目である。
非常に生真面目で、幼い容姿ながらもしっかり者だ。
そんな妖夢の主は、打って変わってとても穏やかでどこか抜けているような、そんな印象を受ける。
掴みどころが無く、それでいて主たる風格を醸し出す亡霊嬢。
主、西行寺幽々子は柔らかい笑みが似合う女性だった。
妖夢も幽々子の笑顔はとても大好きで、主の笑顔の為に働いていると言っても過言ではないだろう。
ともかく、現在妖夢はこの広大な庭を手入れしている真っ最中だった。
汗は額から流れ、腕から滲み出ている。
髪もどこかしっとりとしており、見るからに暑そうだった。
そんな妖夢を縁側から眺める幽々子。
透明のガラスに氷が数個浮かんだ麦茶が置かれている。
注がれた麦茶は半分にまで減っており、コップから滴る水滴は、お盆に水たまりを作っていた。
「妖夢。たまには休まないと体に悪いわよ? ほら、麦茶残してあるから飲みなさいな」
そう言って、水滴がびっしり付いたコップを掴む。
高々とコップを上げると、そのままくるくるとまわしてみせる。
氷とコップとがぶつかり合い、カランカランと心地の良い音を奏でている。
「いえいえ、大丈夫ですよ。幽々子様が飲んで下さいな」
「むぅ……」
妖夢が丁寧に断るのに対し、幽々子は頬を膨らませる。
主が可愛い従者の為に残しておいたというのに、それをいらないからお飲み下さいと言うのだ。
当然主はそんな対応に満足するはずも無い。
そんな主の態度などお構いなしに作業を続ける妖夢。
半霊が太陽の日を遮るようにして、妖夢の頭上をくるくると回っている。
妖夢は一度決めた事は、成し遂げるまでやめることをしない。
庭の手入れが終わってから休憩を取ろうと決めているため、幽々子の誘いは嬉しいが、断ったのである。
妖夢は、幼いころから先代庭師に言われ続けた事がある。
「春夏秋冬の心を持て」 と。
人に接する時は、温かい春の心。
仕事をするときは、燃える夏の心。
考える時は、澄んだ秋の心。
自分に向かう時は、厳しい冬の心。
小さな頃から言われ続けたその言葉は、妖夢の胸の中に強く残っている。
故にその言葉を忠実に再現しようと妖夢は心がけているのだ。
故に、自分に向かう際には厳しい冬の心。
例え暑く辛くても、自分の定めた目標を達成するまではやめることはしないのだ。
そして、その仕事に関しては手を抜くこと無い、燃える心で挑む。
それが彼女の考えであり、彼女らしさにそれがつながっているのだろう。
しかし、幽々子はその考えを好んでいなかった。
確かに、従者として春夏秋冬の心を忘れないということは、素晴らしいことかもしれない。
誰に対しても優しく、仕事は熱心に取り組み、深く物ごとを考え、自分に甘えずに厳しく向かう心意気。
主としてはこれほど誇らしい従者はいないだろう。
だけど、幽々子としては妖夢にもっと甘えてほしいのだ。
先代は幽々子よりも年が上で、非常に堅かった。
それでも幽々子の事を誰よりも思い、愛していた。
そんな先代に幽々子は、甘えるとまではいかないが、頼っていた。
しかし、先代がいなくなった今、妖夢よりも年上の立場となった。
誰かに頼る事の喜び、温かさを知っている幽々子だからこそ、妖夢に頼ってほしく、甘えてほしいのだ。
そんな幽々子の思いを知る由も無い妖夢。
先代の頑固さを受け継いでおり、人に頼ろうとせず、一人で片付けようとしてしまう。
「妖夢、手伝うわよ?」
「いいえ、これは私の仕事ですので」
そう言って幽々子を邪魔者のように払いのけるのだ。
一人の母のような気持ちで、妖夢を見守っているつもりであった。
しかし、他人の手を借りずに仕事をこなしていく妖夢は、幽々子の気持ちに気づくことはなかった。
(ほんと、誰に似て頑固になったんでしょうね)
そんな事を思いながら、幽々子はぼうっと妖夢を見つめる。
いつもと変わらず一生懸命になって庭のお手入れをしているのには、本当に頭が下がる思いだ。
妖夢から視線をそらし、麦茶の入ったコップに手を伸ばす。
お盆の上の水たまりが大きくなっている事から、あれからしばらくの時間が経ったことが分かる。
口元にコップを持っていくと、麦茶の香ばしい香りがした。
すっかり小さくなった氷まで飲み干すと、ちらりと妖夢の方に目をやる。
さっきまでそこにいたはずの姿はない。
ふと下の方を見ると、地面に倒れているが見えた。
半霊が辺りをぐるぐると回っているのをみて、焦っているようにも見える。
「妖夢!」
幽々子はとっさに叫び、倒れた妖夢の元へと駆け寄る。
(だから無理しないで麦茶を飲めば良かったのよ!)
幽々子は歯ぎしりをすると、白玉楼内の幽霊を呼び、医者を呼ぶように指示した。
全速力で飛んでいく幽霊の姿を見送ると、幽々子は妖夢の顔を見る。
顔からたくさんの汗を噴き出しており、ぐったりしていた。
「もう、ほんと手間がかかる子ね!」
幽々子は倒れた妖夢を担ぎ、白玉楼の中へと消えていった。
◆
「……ぅうん」
ゆっくりと目を覚ます妖夢。
視界には見なれた天井があり、少し頭を動かせば、そこには主の姿があった。
どうやら、自分が倒れたことに気づいたらしく、起き上がろうとする。
それと同時におでこの上に乗っていた冷たいタオルが落ちる。
「だめよ、妖夢」
そういって妖夢の肩を優しく掴み、また寝かせる。
落ちたタオルを幽々子は手に取ると、水が張っているたらいの中へと入れる。
「しかし、まだ私の仕事の途中で――」
「熱疲労ですって。今日はゆっくり水分を取って休みなさい、妖夢」
「で、でも――」
「明日も休みたい?」
「えぅ……」
こう言われると妖夢は何も返せない。
なぜなら、仕事が一つの生きがいでもあるのだから。
いち早く仕事に復帰することが、主への恩返しだと思っているからである。
妖夢は、仕事を成し遂げることで主が喜ぶと思っている。
また、仕事を成し遂げることで自分自身が満足する。
お互いが仕事を通して喜べる関係にある、そう思っているのだ。
しかし、幽々子はそんなこと思っていない。
主従の関係とは言え、主が偉い立場にいるのではなく、従者の近くで共にあるべきだと考えている。
「ねぇ、妖夢。やっぱり明日も休みなさいな」
「何故です?」
「あなたが仕事が好きなのはわかってる。だけど、己の体が完全な状態じゃなくてもすることかしら?」
「与えられた仕事ですし、やりたいという気持ちが強いのですが」
「主を心配させてまでもあなたは働くというのかしら」
「それは……」
戸惑う表情を見せる妖夢。
それに対し、自身と仕事を天秤にかけられ、それでも戸惑う妖夢の表情にむーっと頬を膨らませる幽々子。
妖夢の頬に両手を添える。
そして、そっと妖夢の元へと近づいて。
「庭師の代わりなんて探せばいるの。例えここがそんなに大きくない幻想郷だとしても。でもね、妖夢。庭師の代わりはいても、あなたの代わりはいないのよ?」
「幽々子様……」
妖夢が見た、主の表情。
今にも泣き出しそうで、普段の柔らかく優しい顔が歪んでいた。
紛れも無く、自分がこうさせたということに妖夢は気付いた。
そして、自分が勘違いしていたということにも。
「ご飯は私が作るし、洗濯も私がする。お掃除だってするし、お庭の手入れだってするから……」
頬を真っ赤にして、透明の雫を流しながら。
真っ白のシーツに、一つひとつとシミを作りながら。
「だから、あなたは無理しないで」
「解りました。解りましたから、その涙を拭いてください。幽々子様の命令となれば、従う他ありません」
妖夢はにこっと笑うと、今一度布団の中にもぐりこんだ。
その様子を確認して、裾で涙をぬぐう幽々子。
そっと立ち上がり、障子のところまで歩いていく。
くるっと後ろを振り向くと、妖夢は背を向けて布団で寝転がっている。
それを確認すると、そっと笑い、
「ありがとう、妖夢」
と、小さく呟いてその場を後にした。
床を踏みしめ、小さく軋む音が段々遠くなっていく。
それを確認すると、妖夢は枕に顔を押しあてた。
「こちらこそ、ありがとうございます、幽々子様」
押し殺すようにして呟いた言葉は、誰の耳にも入ること無く、枕に吸い込まれていった。
その真っ白な枕は、涙でしっとりと濡れていた。
そして、50作品目おめでとう御座います!!!
今回もおもしろかったです。ただ、たまにはじっくりと腰を据えたものも読んでみたいかも(笑)
でもやっぱり2人は互いに互いの手をとれるような仲でいてほしいな。
後、50作品目おめでとうございます。
妖夢、真面目でいい子だなあ。その真面目さゆえの云々がまた、妖夢らしいというか、なんというか。
小動物的なものを勝手に想像してしまい、微笑が浮かんでくるのです。
甘え方を知らずに一人で頑張り過ぎて、結局周りに心配をかけてしまう妖夢。
だがそれがいい。それが良いのです!
でも、たまには幽々子様に寄り掛かってみるのもいいかもしれませんね、お互いの為にも。
それにしても五十作品目の投稿ですか。
作者様ほどのペースなら単なる通過点といってしまっても過言ではないのでしょうが、凄いなぁ。
文章もどんどん洗練されてきているような印象を受けますし、今後益々のご活躍を祈っております。
50作目ということで、おめでとうございます。……なんとも、憧れと妬みが半々。
これからも頑張って下さい。
誤字です。
>西行事幽々子(西行寺)
実はもったいぶるというかそれっぽいことを言ってはぐらかす幽々子様が個人的には好きじゃないんですけど、この素直な幽々子様は好きでした。
「春夏秋冬の心」が名言なんですけどオリジナルですか?
あなたの作品も泣けるほど素晴らしいです。