※このSSには、グロテスクな描写が含まれています。注意してお読みください。
むかしむかし、あるところに、ルーミアという、お人形さんのように可愛らしいお姫様がいました。
小さな国でしたが、ルーミアは立派なお城の中で、お父さんと、そしてたくさんの家来の人と一緒に暮らしていました。
お母さんは、ルーミアを産んですぐに死んでしまったので、お城にはいませんでした。
だから、お父さんはルーミアを大事に大事に可愛がって育てていました。
お父さんは、お腹がちょっと出ているけど、いつも優しくて、たのもしい王様でした。
ある晩、ルーミアはお父さんから、とても良い知らせを聞かされました。
「ルーミア、お母さんが見つかったよ。一緒にお城で暮らせるぞ。良かったな」
お母さんがいたと聞くなり、ルーミアは飛び上がって喜びました。
きっとお母さんは、とても優しくて、温かくて、いつも微笑みかけてくれるような人なんだとルーミアは思いました。
ところが、やってきたお母さんはとてもいじわるで、わがままで、おまけにとっても怒りんぼうだったのです。
お母さんはルーミアを、まるで邪魔者であるかのように睨み付けてくるのです。
「やい、馬鹿娘。お前はもう用済みだよ。なんたって、あたしの産む子どもが、ちゃんとした跡継ぎになるんだからね」
お母さんは、今度王子様が生まれてくるから、ルーミアはもういらないと言うのです。
いじわるなことに、お母さんはルーミアを家来のように、いえ、家来より乱暴に仕事をさせるようになったのです。
とても暑い夏が来て、とても寒い冬が来て、それから春になりました。
国中の食べ物という食べ物が、ほとんど無くなってしまいました。
暑さと寒さのせいで、野菜も果物も、パンの材料の小麦も、みんな枯れてしまったのです。
お城の倉庫には、まだ食べ物が残っています。けれど、みんな食べてしまっては大変なので、お城の皆は倉庫の食べ物をちょっとずつ食べることにしました。
少しだけのパンに、少しだけのスープに、少しだけのお野菜を食べていました。おやつはもちろん、ありません。
ルーミアはまだまだ、みんなと同じくらいの子どもです。だから、おやつをいっぱい食べたくて、いつもお腹をすかせていました。
ある日、ルーミアはお庭掃除をしていました。お母さんもあまりご飯を食べていないせいか、すぐに怒って、ルーミアに毎日仕事をさせるようになったのです。
だからルーミアは、友達と遊ぶこともできず、一日中お仕事ばかりしています。何だかとってもつまらない毎日です。
「ああ、お腹すいたなあ。クッキー一枚でいいから、ほしいなあ。でも、お掃除しても、お母さんは何もくれないからなあ」
ルーミアはお昼ご飯も食べずに、がんばってお掃除をしています。
その姿を見て、一匹の鳥が、何だか変な歌を歌いながら飛んできました。
足を上にして、翼を下にして飛ぶ、さかさま鳥でした。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。子どもの仕事を大人がやって、大人の仕事を子どもがしてる。
子ども働き、大人は遊び、子ども食べずに大人は食べる。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。あたしりゃ鳥と、さかさまだ。
さかさま鳥は、頭をぐるっとさかさまにしてから、どこかへ飛んで行ってしまいました。
ルーミアは、急に掃除をするのが面倒くさくなって、途中でやめてしまいました。
お城の部屋に戻ってみると、ルーミアのお母さんが、おやつを食べていました。
おいしそうなクッキーと、ほかほかの紅茶がテーブルの上に乗っています。
お母さんはルーミアを見るとびっくりしてしまいました。だって、倉庫の食べ物を盗んで、こっそり食べていたのですから。
「やい、馬鹿娘。さっき、掃除をしてこいと言ったばかりじゃないか。全く、どうしてそんな早く帰ってきたんだい!」
「あら、帰ってきたらまずかったかな? ねえ。そんなことより、お母さんはどうしておやつを食べているの? お仕事?」
「あ、当たり前じゃないか。これは……。試食さ。倉庫の食べ物が、腐ってないか確認しているのさ!」
もちろん、お母さんは嘘をついています。
「ああ仕事は大変」なんて言いながら、お母さんはクッキーを五枚、口の中に放りこんでいるのです。
ルーミアはすかさず言いました。
「いいよ、お母さん。その仕事、私が手伝ってあげる!」
ルーミアはクッキーの皿に手を伸ばしたが、お母さんはその手を叩いてしまいました。
「この仕事は私一人で十分だよ! ……いや、待てよ」
お母さんは一つ、ある作戦を思いついたようです。
お母さんは早速、いつもと違って、とても柔らかい笑顔をルーミアに見せました。
「ルーミア。クッキーは私が調べたけど、他のものはまだ調べていないんだ。あんたはそっちを頼むよ」
「おお、やったー! 何かな? 何かな?」
お母さんは準備をしに、部屋から出て行きました。
しばらくすると、お母さんは手のひらに果物を持ってやってきました。
ルーミアは、久しぶりのおやつを前にして、胸がとってもわくわくしました。
「これはね。イチジクっていう果物さ。真っ赤でおいしそうだけど、まだ食べられるかどうか分からない。どうだいルーミア。食べるかい?」
「食べる! 食べる!」
真っ赤な果肉がきらきらと輝いていて、とてもおいしそうです。
ルーミアは飛びつくようにして、イチジクにかぶりつきました。
「いただきます!」
とってもあまくて、ルーミアはすぐに、はじけるような笑顔になりました。
しかし、それは一瞬で消え去りました。
ルーミアのまぶたはすとんと落ちて、脚はかくんと折れ曲がって、柔らかな絨毯に倒れました。
そして、ぐーぐーと眠ってしましました。
お母さんはイチジクに、眠り薬をいれていたのです。
さあ、大変なことになってしまいました。
ルーミアが起きたところは、倉庫の中でした。その口にはイチジクの食べかすがついたままでした。
その様子を家来の人が見てしまい、ルーミアは食べ物泥棒ということにされてしまいました。
家来の人に話しかけても、みんな知らん振りをします。お母さんは、くすくすと笑っていました。
恐ろしいことに、お母さんは、自分の悪いことを全てルーミアのせいにしてしまったのです。
次の朝のことです。ルーミアのお父さんが慌てて部屋に入ってきました。
「おお、ルーミア。ルーミアよ。お前の顔をもう一度よく見せておくれ」
「ど、どうしたのお父さん。いきなり」
「大変なことをしでかしたようじゃないか、ルーミア。お母さんも、家来も、皆カンカンだぞ」
「知らないのにー。そりゃ、イチジク一個、確かに食べたけど……」
それを聞いて、お父さんは「やっぱり」といった風に、ため息をつきました。
「イチジク一個でも、今は皆、それが欲しくて欲しくてたまらないんだ。家来はもう、お前を殺したいって思うほど憎んでしまっているよ。私にも止められない」
「ふーん……?」
「私にはもう、止められない。だから、その、このままじゃあ城においてけないよ、ルーミア……」
ルーミアは、お父さんの言ってる意味がよく分かりませんでした。
家来が怒っているのも、まだちゃんと分かっていないのですから。
「でも、どうか、安心しておくれ。お母さんの知り合いが、お前を育ててくれるそうなんだ」
「お母さんの?」
お母さんと相談した結果、これが一番いいとお父さんは決めたそうです。
ルーミアはちょっぴり心配になりました。なんたって、あのお母さんですから。
「やだよ、いきたくない……」
「父さんも行かせたくないよ。でも、しょうがないんだ。……そうだ。お前に、渡したいものがあるんだ」
「なになに? それを早く言ってよー」
ルーミアの頭の中は、食べ物のことでいっぱいになりました。何が食べられるのか、わくわくしました。
けれど、お父さんがくれたものは、全然違うものでした。
それは、銀色に光る、髪飾りです。
「これを、お前につけてやろう。どうだ、ぐっと可愛くなるはずだぞ」
「えー。こんなのつけて、何になるっての?」
「いいからじっとしていなさい。……よし。いやあ、似合ってるぞ。私には、これぐらいのことしかできないから、な」
ルーミアの金色の髪に、銀色のリボンがつきました。
そのあまりの輝かしさに、眩しくなるほどです。
でも、ルーミアはあまり機嫌がよくありません。
「いいよ、リボンなんて。何で急にこんなこと……」
「おお、ルーミア。外さないでおくれ! これは、お前が思っているよりずっと大事なものなんだ!」
「大事?」
「お守りだよ。何かあっても、これをお父さんだと思って、元気でやっておくれよ」
「ふーん……? じゃあ、もらっておく……」
城の前に、馬車が到着しました。馬は一頭だけの、小さな馬車でした。
お父さんは、もう一度だけルーミアの顔をじっと見つめました。
「大丈夫だ。お前のその強い目なら、きっと生きていける」
お父さんはそういって、部屋をゆっくりと出ていってしまいました。
代わりに家来が急いで入ってきて、ルーミアを馬車の前まで連れて行きました。
ルーミアは何がなんだかよく分かりませんでしたが、お出かけは楽しそうだったので、馬車に乗り込みました。
ルーミアの他は見知らぬ運転手のおじさんだけで、お父さんもお母さんもどこにもいませんでした。
おじさんが鞭を叩くと、馬が元気よくヒヒンと鳴きました。
これが出発の合図です。
お城はどんどん遠くなって、豆のように小さくなっていきました。
ぽかぽかの太陽の下、馬車はお母さんの胸の中のように、ゴトンゴトンとリズムよく揺れています。
お城の近くはとてもきれいな景色で、大きなお花畑や噴水なんかもありました。
しばらくすると、遠くの小さな森が見えてきて、もっと遠くにはうっすらと穏やかな山も見えました。
ルーミアは、運転手のおじさんに話しかけました。
「お母さんの知り合いって、どこに住んでいるの?」
「知り合いとは、誰のことかな」
馬車が小石を踏んづけて、カタンと小さく揺れました。
ルーミアは、一生懸命、お母さんの知り合いの名前を思い出そうとしましたが、できませんでした。
だって、そんなこと教えられていないのですから。
「うーん。名前は、知らない……」
「それじゃあ、答えようがないじゃないか」
ゴトンゴトンゴトンと、馬車が揺れ始めました。
お城から遠くなって、道も随分荒れています。
「おじさん、変じゃない?」
「変なものか。知らない人の家なんて、分かるわけがない」
ガタガタガタと、小石を車輪が踏んづけて、馬車が震えます。
随分遠くまで来たようです。空はすっかりオレンジ色に塗られています。
「おかしいよ、おじさん。じゃあ、この馬車、どこに向かっているっていうの?」
「どこだと思う?」
おじさんはいやらしく、口をぐにゃぐにゃにして笑いました。
おじさんは、馬に鞭を打ちました。馬車は一気にスピードが上がって、ルーミアは後ろに強く引っ張られました。
ガタン、ガタン、ガタン。
空はどんどん、暗い赤色に変わっていきます。
遠くにあった森が、いつの間にか目の前にまでやってきて、木の一本一本が待ち構えていました。
ルーミアは、恐る恐る答えます。
「お母さんの、知り合いの家だよ。そう、言ってたもん。お父さん」
「そうか、そう言われていたか。どうりで泣きもしないで、ぼーっと座ってると思ったよ」
「ねえ、どういうこと?」
馬車は、森の中を突き進みます。
道はもうガタガタで、馬もとても走りづらそうにしていました。
それに、夕焼けの明かりもどんどん小さくなっていって、森は木の陰ばかりが映り始めました。
おじさんは、手をぴたりと止めて、ルーミアに答えました。
「捨てられたんだよ、お前は」
真っ暗な森の真ん中で、ルーミアは馬車から放り出されました。
馬の足音はあっという間に聞こえなくなってしまいました。
森の中では、時折、犬のうおぉという遠吠えと、ばさりばさりと何かが飛ぶ音が聞こえます。
お母さんはお父さんを騙して、ルーミアを捨てるように家来に言いつけたのです。
けれど、ルーミアはもちろんそんなこと、知りません。
お城に住んでいたルーミアは、こんなところに来るのは初めてで、ただただ寒くて怖くて体が震えてしまいました。
「お父さん……? お母さん……?」
その声は、森の奥に吸い込まれていってしまいました。それどころが、ぎゃあぎゃあという獣の雄たけびが返ってきました。
まるで、ありとあらゆる生き物に自分を狙っているかのような、そんな気持ちになってしまいます。
どこに行っても、食べられちゃうんじゃないかとルーミアは思いました。
すっかり、脚が芯から震えています。少しも歩けないほど、怖くてたまらないのです。
それにルーミアは、お腹がすいてたまりません。何か食べないと、もう動けなくなってしまいます。けれど、一歩を踏み出す勇気もありません。
夜の森の寒い風が、ルーミアの髪を撫でました。そのとき、髪につけられたリボンのことを思い出しました。
「動かなきゃ……。とにかく、動かなきゃ……」
一歩ずつ、濡れた落ち葉を踏みしめて歩き出しました。
こうなると、今度は止まってしまうと、本当に歩けなくなりそうで、怖くなってしまいます。
がさり、がさりと音をたててふらふらと歩き続けます。
けれど、どんなに歩いても、ずっと暗闇の木々が続いているだけです。どこにも終わりがなさそうです。
それでも、歩き続けるしかありません。どこに向かっているのか分からなくても、ルーミアはとにかく歩き続けます。
それが、ぴたりと止まってしまいました。
ルーミアをぎょろりと睨みつける、緑色に光る二つの目玉があったからです。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。昼は見えずに夜見える。
人が鳥目になっちゃって、鳥が鳥目にならないの。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。あたしとあんたは目がさかさま。
さかさま鳥でした。さかさま鳥は頭をぐるっとまわした後、やっぱり足を上にして飛び立ちます。
ルーミアは、その後ろをついていくことにしました。
「さかさま鳥、道案内してくれてるのかな……」
本当は、ルーミアは随分と疲れていました。
けれど、さかさま鳥の後ろをついていくと、なんだか夢の世界のように、ふわふわと飛ぶように歩けるのです。
さかさま鳥は、時折ルーミアの方へ頭を回しながら飛んでいます。
「でも、どこまで行くんだろう……」
そう思った頃でした。さかさま鳥が木にさかさまに、ちょうどこうもりのように止まりました。
どうしたのかと思えば、その木の下にはお菓子がたくさん置いてあるではありませんか。
ブドウの実に、ビスケットに、キャンディーに、マシュマロに、生クリームに、たっぷりのジュース……。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。
鳥が人に、餌をやる。
ぴーよぴーよ、これぞ、さかさま。
「あ、ありがとう!」
礼を言うなり、ルーミアは目の前のお菓子にむしゃぶりつきました。
お腹がすいていると、どんなものでもおいしく感じられるといいます。
ルーミアにとって、これはご馳走以外の何物でもありませんでした。
久しぶりにお腹いっぱいになって、ルーミアは涙が出そうになったほどです。
ルーミアは最後に残ったマシュマロに手を伸ばしまして、口に入れようとしました。
そのとき、きらきらと光る眼差しがこちらを向いていることに気がつきました。
よく見ると、夜に溶け込むような、真っ黒いネズミがいたのです。
「……ほしいの?」
ルーミアは、そっと黒ネズミに話しかけてみました。
「違うよ。ただ、お姉ちゃんがあまりに可哀想で、仕方がなかったんだよ」
黒ネズミは、ひよこのように高い声で、チューチューと答えました。
「可哀想に、見える?」
「見えるよ。こんな夜に、お父さんもお母さんも一緒じゃないなんてね。だからお嬢さん、僕についてきてごらんよ」
ルーミアは不思議に思いましたが、このネズミの言うとおりに着いて行くことにしました。
とにかく、ルーミアはこの恐ろしい森から抜け出したかったのです。
黒ネズミの赤い瞳が月明かりを受けて、二筋の光となりました。この光線がライトのように、夜道を照らしてくれるのでした。
ルーミアは森を抜けて、とても大きなお屋敷にたどり着きました。
その扉は、ルーミアが三人分ほど入る大きさでした。
黒ネズミは扉をカリカリと引っ掻いています。早く入れと言っているようです。
扉の前には、張り紙がしてありました。
『パパもママもいない、可哀想な子ども達へ。ここにはおいしいご飯がありますよ。暖かい、ふかふかベッドもありますよ』
扉からは、橙色のぽかぽかとした光が漏れています。
ルーミアは、その扉をゆっくりと開けました。
「ごめんくださーい……」
扉を開けた瞬間、黒ネズミはぴゅんと廊下を走り出しました。
ルーミアは急いで黒ネズミを追いかけました。
すると、暖炉のついた部屋の中で、椅子に座っているおじいさんを見つけました。
黒ネズミはおじいさんの肩に、ひょっこり飛び乗りました。
おじいさんは細い目で、ルーミアのほうを見つめます。
「あ、えと……。こんばんは? 初めまして? えっと、実は、あの、私、森に……!」
「……ああ、ああ。言わなくてもいい。わしには分かってるよ」
ルーミアは、胸につっかえていた気持ちが溢れそうになりました。
でも、おじいさんはそれをやんわりと止めました。とても穏やかな目をしている、白髪のおじいさんです。
「まあ、とにかく座りなさい。どうも、疲れているようじゃないか」
「あ、うん……」
おじいさんの隣に並ぶように、椅子が置かれてあります。
ルーミアはそれに座った途端、足がどっと疲れたように感じました。ずーっと森の中をさ迷っていたのですから。
けれど、目の前にある暖炉が暖かくて、疲れもだんだんとれてきて、心も落ち着いてきました。
「どうだい? きっと、お腹もすいているだろう。おいしいご飯があるから、用意してあげよう」
「ううん、さっき、いっぱい食べたから、いらない」
おじいさんは立ち上がろうとしましたが、ぴたりと止まって、それから座りました。
「そうかい? この辺にはもう、食べるものなんか、無いはずだがねえ」
「そーなの? でも、ほんとに食べちゃってるから、いらない」
「ふむ……」
おじいさんは、落ち込んだように、黙り込んでしまいました。
そんなに、料理に自信があったのかな、とルーミアは思いました。
「ごめんね、私、今は食べものなんかより、夜も遅いし、眠くて……」
「そうか、そうか! よし、分かった。うちにはいいベッドもある。ぐっすり眠るといい」
いきなり、おじいさんは嬉しそうに目にしわをよせました。声も一段と大きくなりました。
ルーミアは、おじいさんの言うとおり、このお家に泊まって、ひょっとしたら家族になれたらいいなと思いました。
「おかしいなあ……」
暖炉の部屋のお隣には、白くてふわふわのベッドがありました。
その中に入っても、ルーミアは眠れませんでした。
この家に入って、変に思うことがあったのです。
「なんで、誰も子どもがいないんだろう……」
可哀想な子ども達に、ご飯をあげようという紙が、この家には張られていました。
それなのに、ルーミアの他、誰も子どもがいないのです。
最初にやってきた子がルーミアだったのかもしれません。
夜も遅いですし、他の子はみんな寝ていて、会っていないだけかもしれません。
だけど、ルーミアは、何だか嫌な予感がしてしまいました。
悩んでいても仕方ない、そう思って、ルーミアが目をつぶった時です。
扉が、ゆっくり開きました。
ルーミアは何だかびっくりして、眠っているふりをしました。
「しめしめ、よく眠ってるぞ」
黒ネズミの声でした。
ルーミアはびっくりしましたが、何だか怖くて、動きたくありませんでした。
ネズミのような生き物が、ベッドを降りて、廊下のほうへ走っていく音が聞こえました。
ルーミアは、目をぎゅっとつぶって、耳をすませました。
すると、隣の部屋から、おじいさんと、黒ネズミの声が聞こえてきました。
「ご主人様。獲物はよく眠っておりました。久しぶりのご馳走ですね」
「ああ、ご苦労。これでたっぷり、おいしい血を吸うことができるよ」
ルーミアは、はっと目を開けました。
廊下の、オレンジ色の光に、コウモリのような不気味な翼の影が見えました。
おじいさんは吸血鬼だったのです!
ルーミアは急いで、ベッドから飛び降ります。飛び降りようとします。
でも、それはできません。
ベッドの真っ白なシーツが、ルーミアの腕を、足を、体を、ぐるぐるに巻いてしまったのです!
「な、なにこれ!?」
ルーミアはもう、動くことができません。もがいても、もがいても、もがいたところをシーツが締め付けてくるのです。
そのベッドは、吸血鬼の罠だったのです。
「おやおや、まだ寝ていなかったのかい」
おじいさん、いや、吸血鬼の声がしました。
吸血鬼は一歩一歩、ベッドへ近づいてきます。
影が、ゆらゆらとうねっています。
「早く寝ない悪い子が、どうなるか知っているのかな?」
ルーミアは、もう泣きたくて、逃げたくて仕方ありません。
でも、どうすることもできないのです。
吸血鬼は、ルーミアの耳元でささやきます。
「体中の血を、みーんな吸われて、死んでしまうのさ!」
吸血鬼の鋭い牙が見えました。
ルーミアは叫びながら、がむしゃらに体中に力を入れます。
頭だけが動いたので、何とか食べられないように、首を無茶苦茶に振り回します。
「来ないで、来ないで、来ないで!」
「全く。静かにしないと、痛いぞ?」
吸血鬼が、指をぱちんと鳴らしました。
すると、ベッドから伸びる白い手が、今度はルーミアの頭を捕まえにやってきました。
まずはおでこを、次に耳をしばりつけ、ついには髪をおさえつけます。
髪の一本一本をあちこちにひっぱるものですから、ルーミアは、本当の本当に、ぴくりとも動けなくなりました。
とどめにと、シーツがリボンに伸びたときでした。
シーツは瞬く間に燃え上がり、真っ赤な炎が吹き出ました。
吸血鬼は、ルーミアのすぐそばにいたものですから、その服に燃え移ってしまいました。
「ぎゃあ、熱い! 熱い! このガキ、よくも……!」
吸血鬼が、苦しそうにもがきます。
ルーミアは急いでベッドから降りて、吸血鬼に向かいます。
「このリボンなら……!」
ごくりと、唾を飲み込みました。
ルーミアは頭をさげて、吸血鬼に狙いを定めました。
そして、一気に跳びかかりました。
銀のリボンがピンと立って、ナイフのように硬くなります。
鋭く尖ったリボンは、吸血鬼の胸に突き刺さります!
「ぎやあああああああ!」
雷のような叫び声をあげて、吸血鬼は倒れてしまいました。
すると、吸血鬼はおいしそうなお菓子になりました。
ブドウの実に、ビスケットに、キャンディーに、マシュマロに、生クリームに、たっぷりのジュース……。
ルーミアは、お菓子をみんな食べてしまいました。
真っ赤に染まってしまったリボンが、怪しくぎらぎらと光りました。
吸血鬼の家に、恐ろしい妖怪が住み着いた、そいつは小さな女の子で、赤いリボンをしている。
その村で、こんな噂が流れてしまいました。
村人は、ルーミアを見るとみんな怖がって、まともに話してくれません。
それでも、ルーミアはこの村が好きでした。
なぜなら、ここはとても不思議な村だったからです。
この村は、夜になると、ルーミアの大好きなお菓子がたくさん落ちているのです。
ところが、明るいうちに村に出ても、お菓子は全然見つけることはできません。
だから、ルーミアはいつも、昼は寝て、夜に起きて村に出るようになりました。
このせいで、村人は一層、ルーミアのことを「宵闇の妖怪」なんて言って、怖がってしまいました。
でも、ルーミアはちっとも気にしませんでした。
「あーあ、いつも夜だったらいいのになー」
ルーミアは夜が大好きでした。
だから、夜の妖怪になったら、いつでも夜になって、お菓子が食べられると思ったのです。
ルーミアは今日も夜の村をうろつきながら、おいしいお菓子のにおいを探していました。
ある夜のことです。
長いこと、人という人の声を聞いていないルーミアでしたが、久しぶりに人の声を聞きました。
「ああ! ルーミア。ルーミアじゃないかい!?」
「……誰?」
聞いたのことのあるような、ないような、どこか懐かしい響きのする、男の人の声でした。
「父さんだ。父さんだよ、ルーミア。ああ、よかった、よかった、生きていたんだな。本当に、よかった」
お父さんと名乗った男は、足をくずしながら、ルーミアを抱きしめようとしました。
でも、ルーミアは一歩、後ろに下がってしまいました。
とてもお父さんとは思えないほど、薄汚い格好で、ひげもじゃで、ミイラのようにやせ細っているからです。
よく見ると、顔中はしわだらけで、涙か鼻水か、よく分からない、ねばねばした液体で覆われています。
男は体中を震わせながら、ルーミア、ルーミアとつぶやいているのです。
「だ、誰よあんた。こっち、こないでほしいなー」
「だから、父さんだよ、ルーミア。私が、父さんだ。良かった。やっと、やっと見つかった……」
男はルーミアのリボンをじろじろと見たかと思うと、足をひきずりながら駆け寄ってきました。
ルーミアは顔をこわばらせながら、後ずさりします。
その様子を見て、男は、顔をしわくちゃにして、ルーミアともう一度漏らしました。
「お前が元気そうで、なによりだよ。父さんは、この通り。すっかりだめになったけどな。びっくりさせてしまっただろう?」
「びっくりも何も、だから、違うもん。父さん、そんなんじゃなかった!」
「そりゃ、痩せもするさ。城の食べ物もすっからかんになってしまって……」
「ふーん……?」
「父さんの仕事が悪いから、こうなったんだって言われて。城はぐちゃぐちゃにされて。父さん、殺されたくなくて、怖くて、何とか逃げて……。それで、お前に会いたくて……」
ルーミアは、ちょっぴり驚きました。
この様子だと、目の前にいる、すっかり汚らしく変わり果てた男の人が、本当にお父さんのようなのです。
すっかり変わってしまったな、とルーミアは思いました。
「なるほど。そーだったのかー」
「……だからルーミア。お前もきっと大変だったろう。どうだい、父さんと一緒に、新しく暮らさないか?」
ルーミアは、ちょっぴり考えました。
ずっと昔のように、食べ物に困らずに生きていければ、いいなあと思いました。
けれど、お父さんの様子からすると、そんなことはなさそうです。
なら、ああしちゃおうとルーミアは思いました。
「本当に、いいの?」
「ああ、もちろんだよ。お前と少しでも一緒に、生きていたいとも!」
「ふーん。でも、私は本当に、あなたの言う、ルーミアかな?」
ルーミアは、真っ赤な目をぎらぎらさせながら、にやにやと笑いました。
お父さんは、少しだけどきっとしてしまいました。
「もちろんだとも。ほら、お前のリボン。それをつけたときのことは忘れていないぞ。どうした、そんなに汚して。真っ赤じゃないか」
「うん、ちょっとね。うまく、洗えなくて」
「そうかい。くれぐれも大事にするんだぞ。それは、魔除けになっているんだからね」
「そっかー。だから、リボン、痛いんだ」
ルーミアがもし、リボンに触って痛いというのなら、大変なことです。
つまり、ルーミアが化け物かなにかということになってしまいます。
お父さんは、そんなことは無いだろうと思って、気にしないことにしました。
それというのも、もう一つ、不思議なことが出てきたからです。
「それにしても、よく、無事だったな。ご飯はどこで食べていたんだい? 育ててくれる人……。ほら、母さんの知り合いの家にでも、いたのかい?」
「そんなの、いるわけないじゃん。あのね。ここ、夜になると、お菓子がいっぱい落ちてるんだよ」
「お菓子? どうして、そんなもの……」
「明るいうちは、死んだ人しかいないんだけどね。夜になると、お菓子になってるの」
ルーミアはポケットの中から、ブドウの実を一つ、お父さんに見せました。
「それ」を見て、お父さんはびっくりして、腰がぬけてしまいました。
「う、うわあ! お、お前、どうして、こんなもの!」
「どうしてもなにも、ブドウだよ。よく見えないけど。でも、食べるとおいしいんだもん」
ルーミアは、当然といった様子で答えました。
お父さんは、わけがわからなくて、気を失ってしまいそうです。
「おいしいって、そんな、お前、妖怪みたいなこと……」
「ごめんね。妖怪みたいもなにも、私はもう、妖怪だよ」
ルーミアが、一歩だけ前に出ました。
枯れ草が踏み潰されて、ぐしゃりと鳴りました。
お父さんは、あまりのことに、パニックで、体を動かそうにも、うまく動かせません。
「だから、すぐお腹すいちゃうんだ。お父さん、お菓子かなにか、持ってない?」
「そ、そんなの、ない! そんなものは、どこにも!」
ルーミアはお父さんに覆いかぶさりました。
お父さんの腕は、ルーミアにがっちりと押さえられてしまいます。
かつての王様の目からは、涙がぼろぼろとこぼれていきました。
ルーミアは、くんくんと鼻を鳴らしました。
「ふーん。でもね。私、妖怪だから。お父さんから、おいしそうなお菓子のにおいがするの、気づいちゃうんだよ」
「だ、誰だ、お前は誰だ! こんなの、私の娘じゃ……!」
「うんうん。そうだよね。娘を簡単に捨てるなんて、私の父さんなんかじゃ、ないよ」
「そ、それは、ちが! ぎゃあああああ!」
ルーミアは、お父さんからブドウの実を、二つ取りました。
とてもみずみずしくて、とろっとしていていました。
お父さんは、目が見えなくなりました。
今度は、柔らかな、しっとりとしたビスケットを食べました。
お父さんは、耳が聞こえなくなってしまいました。
お父さんの体中には、白くて硬いキャンディーもあります。
ルーミアはこれが大好きで、おいしそうにぺろぺろと舐めました。
お父さんの体は、お菓子でいっぱいでした。
お腹の中にはマシュマロ、頭には生クリーム、そして、全身から並々と出てくる、たっぷりのジュース……。
ルーミアは、本当に妖怪となっていました。
かつてのお父さんなんて関係無く、ルーミアにとっては、ただのお菓子になってしまったのです。
ルーミアは、こうして夜の世界に住む妖怪となりました。
お菓子の大好きな妖怪は、暗闇の中をふよふよと探しているみたいです。
ルーミアは、今日も大好きな夜に囲まれて、新鮮なお菓子を探しています。
今も、どこかで探しています。
おしまい
むかしむかし、あるところに、ルーミアという、お人形さんのように可愛らしいお姫様がいました。
小さな国でしたが、ルーミアは立派なお城の中で、お父さんと、そしてたくさんの家来の人と一緒に暮らしていました。
お母さんは、ルーミアを産んですぐに死んでしまったので、お城にはいませんでした。
だから、お父さんはルーミアを大事に大事に可愛がって育てていました。
お父さんは、お腹がちょっと出ているけど、いつも優しくて、たのもしい王様でした。
ある晩、ルーミアはお父さんから、とても良い知らせを聞かされました。
「ルーミア、お母さんが見つかったよ。一緒にお城で暮らせるぞ。良かったな」
お母さんがいたと聞くなり、ルーミアは飛び上がって喜びました。
きっとお母さんは、とても優しくて、温かくて、いつも微笑みかけてくれるような人なんだとルーミアは思いました。
ところが、やってきたお母さんはとてもいじわるで、わがままで、おまけにとっても怒りんぼうだったのです。
お母さんはルーミアを、まるで邪魔者であるかのように睨み付けてくるのです。
「やい、馬鹿娘。お前はもう用済みだよ。なんたって、あたしの産む子どもが、ちゃんとした跡継ぎになるんだからね」
お母さんは、今度王子様が生まれてくるから、ルーミアはもういらないと言うのです。
いじわるなことに、お母さんはルーミアを家来のように、いえ、家来より乱暴に仕事をさせるようになったのです。
とても暑い夏が来て、とても寒い冬が来て、それから春になりました。
国中の食べ物という食べ物が、ほとんど無くなってしまいました。
暑さと寒さのせいで、野菜も果物も、パンの材料の小麦も、みんな枯れてしまったのです。
お城の倉庫には、まだ食べ物が残っています。けれど、みんな食べてしまっては大変なので、お城の皆は倉庫の食べ物をちょっとずつ食べることにしました。
少しだけのパンに、少しだけのスープに、少しだけのお野菜を食べていました。おやつはもちろん、ありません。
ルーミアはまだまだ、みんなと同じくらいの子どもです。だから、おやつをいっぱい食べたくて、いつもお腹をすかせていました。
ある日、ルーミアはお庭掃除をしていました。お母さんもあまりご飯を食べていないせいか、すぐに怒って、ルーミアに毎日仕事をさせるようになったのです。
だからルーミアは、友達と遊ぶこともできず、一日中お仕事ばかりしています。何だかとってもつまらない毎日です。
「ああ、お腹すいたなあ。クッキー一枚でいいから、ほしいなあ。でも、お掃除しても、お母さんは何もくれないからなあ」
ルーミアはお昼ご飯も食べずに、がんばってお掃除をしています。
その姿を見て、一匹の鳥が、何だか変な歌を歌いながら飛んできました。
足を上にして、翼を下にして飛ぶ、さかさま鳥でした。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。子どもの仕事を大人がやって、大人の仕事を子どもがしてる。
子ども働き、大人は遊び、子ども食べずに大人は食べる。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。あたしりゃ鳥と、さかさまだ。
さかさま鳥は、頭をぐるっとさかさまにしてから、どこかへ飛んで行ってしまいました。
ルーミアは、急に掃除をするのが面倒くさくなって、途中でやめてしまいました。
お城の部屋に戻ってみると、ルーミアのお母さんが、おやつを食べていました。
おいしそうなクッキーと、ほかほかの紅茶がテーブルの上に乗っています。
お母さんはルーミアを見るとびっくりしてしまいました。だって、倉庫の食べ物を盗んで、こっそり食べていたのですから。
「やい、馬鹿娘。さっき、掃除をしてこいと言ったばかりじゃないか。全く、どうしてそんな早く帰ってきたんだい!」
「あら、帰ってきたらまずかったかな? ねえ。そんなことより、お母さんはどうしておやつを食べているの? お仕事?」
「あ、当たり前じゃないか。これは……。試食さ。倉庫の食べ物が、腐ってないか確認しているのさ!」
もちろん、お母さんは嘘をついています。
「ああ仕事は大変」なんて言いながら、お母さんはクッキーを五枚、口の中に放りこんでいるのです。
ルーミアはすかさず言いました。
「いいよ、お母さん。その仕事、私が手伝ってあげる!」
ルーミアはクッキーの皿に手を伸ばしたが、お母さんはその手を叩いてしまいました。
「この仕事は私一人で十分だよ! ……いや、待てよ」
お母さんは一つ、ある作戦を思いついたようです。
お母さんは早速、いつもと違って、とても柔らかい笑顔をルーミアに見せました。
「ルーミア。クッキーは私が調べたけど、他のものはまだ調べていないんだ。あんたはそっちを頼むよ」
「おお、やったー! 何かな? 何かな?」
お母さんは準備をしに、部屋から出て行きました。
しばらくすると、お母さんは手のひらに果物を持ってやってきました。
ルーミアは、久しぶりのおやつを前にして、胸がとってもわくわくしました。
「これはね。イチジクっていう果物さ。真っ赤でおいしそうだけど、まだ食べられるかどうか分からない。どうだいルーミア。食べるかい?」
「食べる! 食べる!」
真っ赤な果肉がきらきらと輝いていて、とてもおいしそうです。
ルーミアは飛びつくようにして、イチジクにかぶりつきました。
「いただきます!」
とってもあまくて、ルーミアはすぐに、はじけるような笑顔になりました。
しかし、それは一瞬で消え去りました。
ルーミアのまぶたはすとんと落ちて、脚はかくんと折れ曲がって、柔らかな絨毯に倒れました。
そして、ぐーぐーと眠ってしましました。
お母さんはイチジクに、眠り薬をいれていたのです。
さあ、大変なことになってしまいました。
ルーミアが起きたところは、倉庫の中でした。その口にはイチジクの食べかすがついたままでした。
その様子を家来の人が見てしまい、ルーミアは食べ物泥棒ということにされてしまいました。
家来の人に話しかけても、みんな知らん振りをします。お母さんは、くすくすと笑っていました。
恐ろしいことに、お母さんは、自分の悪いことを全てルーミアのせいにしてしまったのです。
次の朝のことです。ルーミアのお父さんが慌てて部屋に入ってきました。
「おお、ルーミア。ルーミアよ。お前の顔をもう一度よく見せておくれ」
「ど、どうしたのお父さん。いきなり」
「大変なことをしでかしたようじゃないか、ルーミア。お母さんも、家来も、皆カンカンだぞ」
「知らないのにー。そりゃ、イチジク一個、確かに食べたけど……」
それを聞いて、お父さんは「やっぱり」といった風に、ため息をつきました。
「イチジク一個でも、今は皆、それが欲しくて欲しくてたまらないんだ。家来はもう、お前を殺したいって思うほど憎んでしまっているよ。私にも止められない」
「ふーん……?」
「私にはもう、止められない。だから、その、このままじゃあ城においてけないよ、ルーミア……」
ルーミアは、お父さんの言ってる意味がよく分かりませんでした。
家来が怒っているのも、まだちゃんと分かっていないのですから。
「でも、どうか、安心しておくれ。お母さんの知り合いが、お前を育ててくれるそうなんだ」
「お母さんの?」
お母さんと相談した結果、これが一番いいとお父さんは決めたそうです。
ルーミアはちょっぴり心配になりました。なんたって、あのお母さんですから。
「やだよ、いきたくない……」
「父さんも行かせたくないよ。でも、しょうがないんだ。……そうだ。お前に、渡したいものがあるんだ」
「なになに? それを早く言ってよー」
ルーミアの頭の中は、食べ物のことでいっぱいになりました。何が食べられるのか、わくわくしました。
けれど、お父さんがくれたものは、全然違うものでした。
それは、銀色に光る、髪飾りです。
「これを、お前につけてやろう。どうだ、ぐっと可愛くなるはずだぞ」
「えー。こんなのつけて、何になるっての?」
「いいからじっとしていなさい。……よし。いやあ、似合ってるぞ。私には、これぐらいのことしかできないから、な」
ルーミアの金色の髪に、銀色のリボンがつきました。
そのあまりの輝かしさに、眩しくなるほどです。
でも、ルーミアはあまり機嫌がよくありません。
「いいよ、リボンなんて。何で急にこんなこと……」
「おお、ルーミア。外さないでおくれ! これは、お前が思っているよりずっと大事なものなんだ!」
「大事?」
「お守りだよ。何かあっても、これをお父さんだと思って、元気でやっておくれよ」
「ふーん……? じゃあ、もらっておく……」
城の前に、馬車が到着しました。馬は一頭だけの、小さな馬車でした。
お父さんは、もう一度だけルーミアの顔をじっと見つめました。
「大丈夫だ。お前のその強い目なら、きっと生きていける」
お父さんはそういって、部屋をゆっくりと出ていってしまいました。
代わりに家来が急いで入ってきて、ルーミアを馬車の前まで連れて行きました。
ルーミアは何がなんだかよく分かりませんでしたが、お出かけは楽しそうだったので、馬車に乗り込みました。
ルーミアの他は見知らぬ運転手のおじさんだけで、お父さんもお母さんもどこにもいませんでした。
おじさんが鞭を叩くと、馬が元気よくヒヒンと鳴きました。
これが出発の合図です。
お城はどんどん遠くなって、豆のように小さくなっていきました。
ぽかぽかの太陽の下、馬車はお母さんの胸の中のように、ゴトンゴトンとリズムよく揺れています。
お城の近くはとてもきれいな景色で、大きなお花畑や噴水なんかもありました。
しばらくすると、遠くの小さな森が見えてきて、もっと遠くにはうっすらと穏やかな山も見えました。
ルーミアは、運転手のおじさんに話しかけました。
「お母さんの知り合いって、どこに住んでいるの?」
「知り合いとは、誰のことかな」
馬車が小石を踏んづけて、カタンと小さく揺れました。
ルーミアは、一生懸命、お母さんの知り合いの名前を思い出そうとしましたが、できませんでした。
だって、そんなこと教えられていないのですから。
「うーん。名前は、知らない……」
「それじゃあ、答えようがないじゃないか」
ゴトンゴトンゴトンと、馬車が揺れ始めました。
お城から遠くなって、道も随分荒れています。
「おじさん、変じゃない?」
「変なものか。知らない人の家なんて、分かるわけがない」
ガタガタガタと、小石を車輪が踏んづけて、馬車が震えます。
随分遠くまで来たようです。空はすっかりオレンジ色に塗られています。
「おかしいよ、おじさん。じゃあ、この馬車、どこに向かっているっていうの?」
「どこだと思う?」
おじさんはいやらしく、口をぐにゃぐにゃにして笑いました。
おじさんは、馬に鞭を打ちました。馬車は一気にスピードが上がって、ルーミアは後ろに強く引っ張られました。
ガタン、ガタン、ガタン。
空はどんどん、暗い赤色に変わっていきます。
遠くにあった森が、いつの間にか目の前にまでやってきて、木の一本一本が待ち構えていました。
ルーミアは、恐る恐る答えます。
「お母さんの、知り合いの家だよ。そう、言ってたもん。お父さん」
「そうか、そう言われていたか。どうりで泣きもしないで、ぼーっと座ってると思ったよ」
「ねえ、どういうこと?」
馬車は、森の中を突き進みます。
道はもうガタガタで、馬もとても走りづらそうにしていました。
それに、夕焼けの明かりもどんどん小さくなっていって、森は木の陰ばかりが映り始めました。
おじさんは、手をぴたりと止めて、ルーミアに答えました。
「捨てられたんだよ、お前は」
真っ暗な森の真ん中で、ルーミアは馬車から放り出されました。
馬の足音はあっという間に聞こえなくなってしまいました。
森の中では、時折、犬のうおぉという遠吠えと、ばさりばさりと何かが飛ぶ音が聞こえます。
お母さんはお父さんを騙して、ルーミアを捨てるように家来に言いつけたのです。
けれど、ルーミアはもちろんそんなこと、知りません。
お城に住んでいたルーミアは、こんなところに来るのは初めてで、ただただ寒くて怖くて体が震えてしまいました。
「お父さん……? お母さん……?」
その声は、森の奥に吸い込まれていってしまいました。それどころが、ぎゃあぎゃあという獣の雄たけびが返ってきました。
まるで、ありとあらゆる生き物に自分を狙っているかのような、そんな気持ちになってしまいます。
どこに行っても、食べられちゃうんじゃないかとルーミアは思いました。
すっかり、脚が芯から震えています。少しも歩けないほど、怖くてたまらないのです。
それにルーミアは、お腹がすいてたまりません。何か食べないと、もう動けなくなってしまいます。けれど、一歩を踏み出す勇気もありません。
夜の森の寒い風が、ルーミアの髪を撫でました。そのとき、髪につけられたリボンのことを思い出しました。
「動かなきゃ……。とにかく、動かなきゃ……」
一歩ずつ、濡れた落ち葉を踏みしめて歩き出しました。
こうなると、今度は止まってしまうと、本当に歩けなくなりそうで、怖くなってしまいます。
がさり、がさりと音をたててふらふらと歩き続けます。
けれど、どんなに歩いても、ずっと暗闇の木々が続いているだけです。どこにも終わりがなさそうです。
それでも、歩き続けるしかありません。どこに向かっているのか分からなくても、ルーミアはとにかく歩き続けます。
それが、ぴたりと止まってしまいました。
ルーミアをぎょろりと睨みつける、緑色に光る二つの目玉があったからです。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。昼は見えずに夜見える。
人が鳥目になっちゃって、鳥が鳥目にならないの。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。あたしとあんたは目がさかさま。
さかさま鳥でした。さかさま鳥は頭をぐるっとまわした後、やっぱり足を上にして飛び立ちます。
ルーミアは、その後ろをついていくことにしました。
「さかさま鳥、道案内してくれてるのかな……」
本当は、ルーミアは随分と疲れていました。
けれど、さかさま鳥の後ろをついていくと、なんだか夢の世界のように、ふわふわと飛ぶように歩けるのです。
さかさま鳥は、時折ルーミアの方へ頭を回しながら飛んでいます。
「でも、どこまで行くんだろう……」
そう思った頃でした。さかさま鳥が木にさかさまに、ちょうどこうもりのように止まりました。
どうしたのかと思えば、その木の下にはお菓子がたくさん置いてあるではありませんか。
ブドウの実に、ビスケットに、キャンディーに、マシュマロに、生クリームに、たっぷりのジュース……。
ぴーよぴーよ、さかさまだ。
鳥が人に、餌をやる。
ぴーよぴーよ、これぞ、さかさま。
「あ、ありがとう!」
礼を言うなり、ルーミアは目の前のお菓子にむしゃぶりつきました。
お腹がすいていると、どんなものでもおいしく感じられるといいます。
ルーミアにとって、これはご馳走以外の何物でもありませんでした。
久しぶりにお腹いっぱいになって、ルーミアは涙が出そうになったほどです。
ルーミアは最後に残ったマシュマロに手を伸ばしまして、口に入れようとしました。
そのとき、きらきらと光る眼差しがこちらを向いていることに気がつきました。
よく見ると、夜に溶け込むような、真っ黒いネズミがいたのです。
「……ほしいの?」
ルーミアは、そっと黒ネズミに話しかけてみました。
「違うよ。ただ、お姉ちゃんがあまりに可哀想で、仕方がなかったんだよ」
黒ネズミは、ひよこのように高い声で、チューチューと答えました。
「可哀想に、見える?」
「見えるよ。こんな夜に、お父さんもお母さんも一緒じゃないなんてね。だからお嬢さん、僕についてきてごらんよ」
ルーミアは不思議に思いましたが、このネズミの言うとおりに着いて行くことにしました。
とにかく、ルーミアはこの恐ろしい森から抜け出したかったのです。
黒ネズミの赤い瞳が月明かりを受けて、二筋の光となりました。この光線がライトのように、夜道を照らしてくれるのでした。
ルーミアは森を抜けて、とても大きなお屋敷にたどり着きました。
その扉は、ルーミアが三人分ほど入る大きさでした。
黒ネズミは扉をカリカリと引っ掻いています。早く入れと言っているようです。
扉の前には、張り紙がしてありました。
『パパもママもいない、可哀想な子ども達へ。ここにはおいしいご飯がありますよ。暖かい、ふかふかベッドもありますよ』
扉からは、橙色のぽかぽかとした光が漏れています。
ルーミアは、その扉をゆっくりと開けました。
「ごめんくださーい……」
扉を開けた瞬間、黒ネズミはぴゅんと廊下を走り出しました。
ルーミアは急いで黒ネズミを追いかけました。
すると、暖炉のついた部屋の中で、椅子に座っているおじいさんを見つけました。
黒ネズミはおじいさんの肩に、ひょっこり飛び乗りました。
おじいさんは細い目で、ルーミアのほうを見つめます。
「あ、えと……。こんばんは? 初めまして? えっと、実は、あの、私、森に……!」
「……ああ、ああ。言わなくてもいい。わしには分かってるよ」
ルーミアは、胸につっかえていた気持ちが溢れそうになりました。
でも、おじいさんはそれをやんわりと止めました。とても穏やかな目をしている、白髪のおじいさんです。
「まあ、とにかく座りなさい。どうも、疲れているようじゃないか」
「あ、うん……」
おじいさんの隣に並ぶように、椅子が置かれてあります。
ルーミアはそれに座った途端、足がどっと疲れたように感じました。ずーっと森の中をさ迷っていたのですから。
けれど、目の前にある暖炉が暖かくて、疲れもだんだんとれてきて、心も落ち着いてきました。
「どうだい? きっと、お腹もすいているだろう。おいしいご飯があるから、用意してあげよう」
「ううん、さっき、いっぱい食べたから、いらない」
おじいさんは立ち上がろうとしましたが、ぴたりと止まって、それから座りました。
「そうかい? この辺にはもう、食べるものなんか、無いはずだがねえ」
「そーなの? でも、ほんとに食べちゃってるから、いらない」
「ふむ……」
おじいさんは、落ち込んだように、黙り込んでしまいました。
そんなに、料理に自信があったのかな、とルーミアは思いました。
「ごめんね、私、今は食べものなんかより、夜も遅いし、眠くて……」
「そうか、そうか! よし、分かった。うちにはいいベッドもある。ぐっすり眠るといい」
いきなり、おじいさんは嬉しそうに目にしわをよせました。声も一段と大きくなりました。
ルーミアは、おじいさんの言うとおり、このお家に泊まって、ひょっとしたら家族になれたらいいなと思いました。
「おかしいなあ……」
暖炉の部屋のお隣には、白くてふわふわのベッドがありました。
その中に入っても、ルーミアは眠れませんでした。
この家に入って、変に思うことがあったのです。
「なんで、誰も子どもがいないんだろう……」
可哀想な子ども達に、ご飯をあげようという紙が、この家には張られていました。
それなのに、ルーミアの他、誰も子どもがいないのです。
最初にやってきた子がルーミアだったのかもしれません。
夜も遅いですし、他の子はみんな寝ていて、会っていないだけかもしれません。
だけど、ルーミアは、何だか嫌な予感がしてしまいました。
悩んでいても仕方ない、そう思って、ルーミアが目をつぶった時です。
扉が、ゆっくり開きました。
ルーミアは何だかびっくりして、眠っているふりをしました。
「しめしめ、よく眠ってるぞ」
黒ネズミの声でした。
ルーミアはびっくりしましたが、何だか怖くて、動きたくありませんでした。
ネズミのような生き物が、ベッドを降りて、廊下のほうへ走っていく音が聞こえました。
ルーミアは、目をぎゅっとつぶって、耳をすませました。
すると、隣の部屋から、おじいさんと、黒ネズミの声が聞こえてきました。
「ご主人様。獲物はよく眠っておりました。久しぶりのご馳走ですね」
「ああ、ご苦労。これでたっぷり、おいしい血を吸うことができるよ」
ルーミアは、はっと目を開けました。
廊下の、オレンジ色の光に、コウモリのような不気味な翼の影が見えました。
おじいさんは吸血鬼だったのです!
ルーミアは急いで、ベッドから飛び降ります。飛び降りようとします。
でも、それはできません。
ベッドの真っ白なシーツが、ルーミアの腕を、足を、体を、ぐるぐるに巻いてしまったのです!
「な、なにこれ!?」
ルーミアはもう、動くことができません。もがいても、もがいても、もがいたところをシーツが締め付けてくるのです。
そのベッドは、吸血鬼の罠だったのです。
「おやおや、まだ寝ていなかったのかい」
おじいさん、いや、吸血鬼の声がしました。
吸血鬼は一歩一歩、ベッドへ近づいてきます。
影が、ゆらゆらとうねっています。
「早く寝ない悪い子が、どうなるか知っているのかな?」
ルーミアは、もう泣きたくて、逃げたくて仕方ありません。
でも、どうすることもできないのです。
吸血鬼は、ルーミアの耳元でささやきます。
「体中の血を、みーんな吸われて、死んでしまうのさ!」
吸血鬼の鋭い牙が見えました。
ルーミアは叫びながら、がむしゃらに体中に力を入れます。
頭だけが動いたので、何とか食べられないように、首を無茶苦茶に振り回します。
「来ないで、来ないで、来ないで!」
「全く。静かにしないと、痛いぞ?」
吸血鬼が、指をぱちんと鳴らしました。
すると、ベッドから伸びる白い手が、今度はルーミアの頭を捕まえにやってきました。
まずはおでこを、次に耳をしばりつけ、ついには髪をおさえつけます。
髪の一本一本をあちこちにひっぱるものですから、ルーミアは、本当の本当に、ぴくりとも動けなくなりました。
とどめにと、シーツがリボンに伸びたときでした。
シーツは瞬く間に燃え上がり、真っ赤な炎が吹き出ました。
吸血鬼は、ルーミアのすぐそばにいたものですから、その服に燃え移ってしまいました。
「ぎゃあ、熱い! 熱い! このガキ、よくも……!」
吸血鬼が、苦しそうにもがきます。
ルーミアは急いでベッドから降りて、吸血鬼に向かいます。
「このリボンなら……!」
ごくりと、唾を飲み込みました。
ルーミアは頭をさげて、吸血鬼に狙いを定めました。
そして、一気に跳びかかりました。
銀のリボンがピンと立って、ナイフのように硬くなります。
鋭く尖ったリボンは、吸血鬼の胸に突き刺さります!
「ぎやあああああああ!」
雷のような叫び声をあげて、吸血鬼は倒れてしまいました。
すると、吸血鬼はおいしそうなお菓子になりました。
ブドウの実に、ビスケットに、キャンディーに、マシュマロに、生クリームに、たっぷりのジュース……。
ルーミアは、お菓子をみんな食べてしまいました。
真っ赤に染まってしまったリボンが、怪しくぎらぎらと光りました。
吸血鬼の家に、恐ろしい妖怪が住み着いた、そいつは小さな女の子で、赤いリボンをしている。
その村で、こんな噂が流れてしまいました。
村人は、ルーミアを見るとみんな怖がって、まともに話してくれません。
それでも、ルーミアはこの村が好きでした。
なぜなら、ここはとても不思議な村だったからです。
この村は、夜になると、ルーミアの大好きなお菓子がたくさん落ちているのです。
ところが、明るいうちに村に出ても、お菓子は全然見つけることはできません。
だから、ルーミアはいつも、昼は寝て、夜に起きて村に出るようになりました。
このせいで、村人は一層、ルーミアのことを「宵闇の妖怪」なんて言って、怖がってしまいました。
でも、ルーミアはちっとも気にしませんでした。
「あーあ、いつも夜だったらいいのになー」
ルーミアは夜が大好きでした。
だから、夜の妖怪になったら、いつでも夜になって、お菓子が食べられると思ったのです。
ルーミアは今日も夜の村をうろつきながら、おいしいお菓子のにおいを探していました。
ある夜のことです。
長いこと、人という人の声を聞いていないルーミアでしたが、久しぶりに人の声を聞きました。
「ああ! ルーミア。ルーミアじゃないかい!?」
「……誰?」
聞いたのことのあるような、ないような、どこか懐かしい響きのする、男の人の声でした。
「父さんだ。父さんだよ、ルーミア。ああ、よかった、よかった、生きていたんだな。本当に、よかった」
お父さんと名乗った男は、足をくずしながら、ルーミアを抱きしめようとしました。
でも、ルーミアは一歩、後ろに下がってしまいました。
とてもお父さんとは思えないほど、薄汚い格好で、ひげもじゃで、ミイラのようにやせ細っているからです。
よく見ると、顔中はしわだらけで、涙か鼻水か、よく分からない、ねばねばした液体で覆われています。
男は体中を震わせながら、ルーミア、ルーミアとつぶやいているのです。
「だ、誰よあんた。こっち、こないでほしいなー」
「だから、父さんだよ、ルーミア。私が、父さんだ。良かった。やっと、やっと見つかった……」
男はルーミアのリボンをじろじろと見たかと思うと、足をひきずりながら駆け寄ってきました。
ルーミアは顔をこわばらせながら、後ずさりします。
その様子を見て、男は、顔をしわくちゃにして、ルーミアともう一度漏らしました。
「お前が元気そうで、なによりだよ。父さんは、この通り。すっかりだめになったけどな。びっくりさせてしまっただろう?」
「びっくりも何も、だから、違うもん。父さん、そんなんじゃなかった!」
「そりゃ、痩せもするさ。城の食べ物もすっからかんになってしまって……」
「ふーん……?」
「父さんの仕事が悪いから、こうなったんだって言われて。城はぐちゃぐちゃにされて。父さん、殺されたくなくて、怖くて、何とか逃げて……。それで、お前に会いたくて……」
ルーミアは、ちょっぴり驚きました。
この様子だと、目の前にいる、すっかり汚らしく変わり果てた男の人が、本当にお父さんのようなのです。
すっかり変わってしまったな、とルーミアは思いました。
「なるほど。そーだったのかー」
「……だからルーミア。お前もきっと大変だったろう。どうだい、父さんと一緒に、新しく暮らさないか?」
ルーミアは、ちょっぴり考えました。
ずっと昔のように、食べ物に困らずに生きていければ、いいなあと思いました。
けれど、お父さんの様子からすると、そんなことはなさそうです。
なら、ああしちゃおうとルーミアは思いました。
「本当に、いいの?」
「ああ、もちろんだよ。お前と少しでも一緒に、生きていたいとも!」
「ふーん。でも、私は本当に、あなたの言う、ルーミアかな?」
ルーミアは、真っ赤な目をぎらぎらさせながら、にやにやと笑いました。
お父さんは、少しだけどきっとしてしまいました。
「もちろんだとも。ほら、お前のリボン。それをつけたときのことは忘れていないぞ。どうした、そんなに汚して。真っ赤じゃないか」
「うん、ちょっとね。うまく、洗えなくて」
「そうかい。くれぐれも大事にするんだぞ。それは、魔除けになっているんだからね」
「そっかー。だから、リボン、痛いんだ」
ルーミアがもし、リボンに触って痛いというのなら、大変なことです。
つまり、ルーミアが化け物かなにかということになってしまいます。
お父さんは、そんなことは無いだろうと思って、気にしないことにしました。
それというのも、もう一つ、不思議なことが出てきたからです。
「それにしても、よく、無事だったな。ご飯はどこで食べていたんだい? 育ててくれる人……。ほら、母さんの知り合いの家にでも、いたのかい?」
「そんなの、いるわけないじゃん。あのね。ここ、夜になると、お菓子がいっぱい落ちてるんだよ」
「お菓子? どうして、そんなもの……」
「明るいうちは、死んだ人しかいないんだけどね。夜になると、お菓子になってるの」
ルーミアはポケットの中から、ブドウの実を一つ、お父さんに見せました。
「それ」を見て、お父さんはびっくりして、腰がぬけてしまいました。
「う、うわあ! お、お前、どうして、こんなもの!」
「どうしてもなにも、ブドウだよ。よく見えないけど。でも、食べるとおいしいんだもん」
ルーミアは、当然といった様子で答えました。
お父さんは、わけがわからなくて、気を失ってしまいそうです。
「おいしいって、そんな、お前、妖怪みたいなこと……」
「ごめんね。妖怪みたいもなにも、私はもう、妖怪だよ」
ルーミアが、一歩だけ前に出ました。
枯れ草が踏み潰されて、ぐしゃりと鳴りました。
お父さんは、あまりのことに、パニックで、体を動かそうにも、うまく動かせません。
「だから、すぐお腹すいちゃうんだ。お父さん、お菓子かなにか、持ってない?」
「そ、そんなの、ない! そんなものは、どこにも!」
ルーミアはお父さんに覆いかぶさりました。
お父さんの腕は、ルーミアにがっちりと押さえられてしまいます。
かつての王様の目からは、涙がぼろぼろとこぼれていきました。
ルーミアは、くんくんと鼻を鳴らしました。
「ふーん。でもね。私、妖怪だから。お父さんから、おいしそうなお菓子のにおいがするの、気づいちゃうんだよ」
「だ、誰だ、お前は誰だ! こんなの、私の娘じゃ……!」
「うんうん。そうだよね。娘を簡単に捨てるなんて、私の父さんなんかじゃ、ないよ」
「そ、それは、ちが! ぎゃあああああ!」
ルーミアは、お父さんからブドウの実を、二つ取りました。
とてもみずみずしくて、とろっとしていていました。
お父さんは、目が見えなくなりました。
今度は、柔らかな、しっとりとしたビスケットを食べました。
お父さんは、耳が聞こえなくなってしまいました。
お父さんの体中には、白くて硬いキャンディーもあります。
ルーミアはこれが大好きで、おいしそうにぺろぺろと舐めました。
お父さんの体は、お菓子でいっぱいでした。
お腹の中にはマシュマロ、頭には生クリーム、そして、全身から並々と出てくる、たっぷりのジュース……。
ルーミアは、本当に妖怪となっていました。
かつてのお父さんなんて関係無く、ルーミアにとっては、ただのお菓子になってしまったのです。
ルーミアは、こうして夜の世界に住む妖怪となりました。
お菓子の大好きな妖怪は、暗闇の中をふよふよと探しているみたいです。
ルーミアは、今日も大好きな夜に囲まれて、新鮮なお菓子を探しています。
今も、どこかで探しています。
おしまい
しかしながら、良く出来た童話を見ているような感覚です。
童話チックな作風といい、最後の落ちといい、二重の意味で鳥肌が立ちました。
後毎回思うんですが、どうしてこう義理の母親って童話では嫌な存在なんでしょうね?
ルーミア可愛いよルーミア。
らしいですし。
吸血姉妹バージョンのおかしの家とか読んでみたいですねぇ。
吸血鬼のじーさんを喰べたあたりで、ルーミアの中で「何か」が切り替わってしまったんでしょうかね?
>そうそう、良い子にしないとルーミアが来ますよ。
こんなことを書くと、我先にと悪いことをしそうなお兄さんたちが創想話には多数潜伏していそうですがw
そもそも彼女の家系はそういった資質を含んでいて、
イチジクも本当は別の何かだったのかもしれません。
そんな形で読んでいくと、父親はルーミアを一族の運命から逃すために追いやったとも読めます。
そうなると最後は悲しい結末ですね。
おちん(以降は喉を喰われて声が出せない……)
スッと入ってきて納得できるおはなしで面白かったです。鮮やか。