「クソ暑ぃわ……」
みんみんみんみん。あいつらはうるさい。うるさすぎる。
「お姫様がそんな言葉使うものじゃありませんよ」
永琳が私をたしなめる。
「だってぇー」
「だってじゃありません」
お母さんか。
「暑いんだもん」
「気持ちはわかりますけどね」
困ったように笑う永琳は、なんだかあったかくて、安心できた。
「んで、どしたのよ?」
「ええ、そろそろお茶の時間ですから」
つい、と永琳はお盆を持ち上げてみせた。
「あら、それは……」
永琳もなかなか気が利く。
『それ』は今の私にぴったりなお菓子だった。
とてとてとて、と誰かが歩いてくる音が聞こえてくる。
「だーれかをしあわせにーして……」
この声は……。
「――あげない♪」
ダメうさぎだった。
「あーなたにしあわせいーっぱい――およ?」
てゐが不思議そうな顔で私のことを見てくる。
「姫様、なにしてんの? この暑い中、じーっとちゃってさ」
そう、私はこのクソ暑ぃ中、ただ縁側でじーっと座っていた。
ちょいちょい、とてゐを呼び、隣に座らせる。
「なになに?」
何か面白いことでもあるのかと、てゐは興味津々に近づいてきた。
「ねー、姫様。何があるの?」
きょろきょろと辺りを見回しながら質問してくるてゐに、私は言葉を返さない。
「ねー、姫様ってばー」
もう少し待ってなさい。今、私が楽しんでいるんだから。
「むー……」
無視されていると感じたのか(実際そうなのだが)てゐはほっぺを、ぷくー、と膨らませた。
「なんで無視すんのさー! 姫様のばか! いぢわる! 腐れニート!」
おい、最後なんつったコラ。
我慢を知らないゆとりはこれだから困る。
私は一口、冷たい緑茶を飲んだ。
「ふぅ……」
およ、とてゐは眉をあげた。
「こいつ……しゃべるぞ……」
「しゃべるわよ、失礼ね」
やれやれ。
「全く、てゐは本当にお子さまね。少しは待つことを覚えて大人になりなさい。このチビ! わかめヘアー!」
「姫様こそ大人になりなよ! しっかり根に持ってんじゃん!」
やかましいうさぎだわ。
「で、何してたのさ?」
「これを食べてたのよ」
す、と『それ』の入った包みをわたしてやる。
「んー? 何これ。お菓子?」
くんくん、と包みを開けずに匂いを嗅ぐてゐ。犬っぽい。
「ただのお菓子じゃないわよ。和三盆の砂糖菓子なんだから」
「わさんぼん?」
聞いたこともない、という顔で、てゐは首を傾げた。
「和三盆というのはね、特殊な製法で作られた最高級の砂糖のことよ。普通の砂糖と比べて、作れる量がとても少ないの」
「へぇー」
「その砂糖を綺麗にかたどって作られたのが、これ。食べてごらんなさい」
「いいの?」
「いいわよ。一人じゃ食べきれないし」
「わーい」
嬉しそうに包みを開け、口に放り込むてゐ。
ガリガリと噛み砕く音が聞こえてくる。バカが……!
「うぎゅぅ……甘しゅぎるぅ……」
てゐは顔をくしゃっと崩し不満をもらした。
「姫様ぁ、これ甘すぎるよぉ」
「ばかねぇ、てゐは。食べ方ってものがあるのよ」
「それ、最初に言ってよ!」
「言う前に口に入れちゃったのよ」
もちろん嘘。私をニートと言った罪は重い。
私はてゐにお茶を差し出してやった。
「んく……んく……」
てゐは一息つくと、私に聞いてきた。
「ふう。で、食べ方って?」
「もう一度、口にいれてごらんなさい。噛んだらだめよ」
「うん」
素直に口に入れるてゐ。
「転がしてもだめ。ただ、舌の上に乗せておくの」
「んむぅ……」
次は? というような目で、てゐは私を見つめてきた。
「あとは、じーっと待つだけ」
「んー……」
明らかに不満そうな顔。
「いいから。そうね……じゃあ、耳を澄ましてみなさいな。蝉の声を聞いてみて? ただ、じーっと聞くの。目をつぶってもいいわ」
「ん」
「わかるはずよ。うるさいだけだった蝉の声が、よく聞くと一匹一匹違う音を奏でている。ちょっとした発見でしょ?」
ぴこん、とてゐの大きな耳が揺れた。肯定の意らしい。
「そうしてると……ほら、いつの間にか口の中でゆっくり溶け初めている。甘すぎないでしょ?」
目を開き、眉を上げるてゐ。気に入ってもらえて何より。
「このお菓子は、そうやって時間をかけて楽しむお菓子なのよ。じわり、じわりと少しずつ溶けていく一粒一粒の味を、ゆっくりゆっくり、一粒一粒楽しむの」
すっかり楽しみに入ったてゐは、上機嫌にうなずいた。
「目の前に揺れる竹林を眺めてみるのもいいわね。どれくらいの風で、どれくらい揺れるのかしら? 竹に遮られてちらちらと揺れる光を見るのも楽しいわ。――そうしてるとね」
ぽつり、とこぼしてみる。
「何気ない、この一瞬一瞬が、とても尊いものに思えてくるの。砂糖菓子の一粒が溶けた瞬間や、蝉がみん、と鳴いた瞬間、竹がかさりと鳴った瞬間や、日の光がこの身を照らした瞬間。一つ一つが愛おしく感じる。一見、私の生とは何の繋がりもないものも、それによって感じたことや、動いた感情は、全部私のものよ。……永遠にね」
「姫様……」
てゐは心配そうな顔で私のことを見つめてきた。
おっと、失敗失敗。
「あら、全部溶けたのね。はい、じゃあ最後の仕上げ。お茶を一口飲みなさい」
「うん」
てゐはお茶を口に含んだ。さっきのようにがぶ飲みするのではなく、茶葉の渋みをじっくりと味わうように。
「うん、おいし」
「ね?」
このお菓子の食べ方に理解を示す者は少ない。
楽しめるのは、なんてことない一時を大事に思える者だけだ。
「ねぇ、てゐ?」
「ん……」
「あなたは、こんな生き――食べ方を、どう思う?」
てゐの黒い瞳が、私をとらえた。
じっ、と見つめられる。
やがて、笑いかけてきた。
「いーんじゃないのー?」
「ずいぶん軽いじゃないの」
「重いほうがよかった?」
くす、と笑って言う。
「まさか」
「でしょ?」
「違いないわ」
私たちは笑いあった。
ひとしきり笑った後、てゐは不意に話し始めた。
「一生懸命生きるとかさ」
「うん?」
「ほら、白黒の魔法使いとか、半人前の剣士とかさ。生きるのに一生懸命じゃん」
「そうねぇ」
「ああいうのって、私たちは真似できないと思うんだよね」
「私もそう思うわ」
「あいつらは――さ」
てゐはかかる日射しを手で遮り言う。
「眩しすぎるんだよねー。私みたいな性格からすると」
なんとなくわかる気がした。
「姫様もそうでしょ?」
に、と笑いかけるてゐの顔は、ちょっと憎らしかった。
「そうだけど……なんかムカつくわね」
「まあまあ。それが悪いってわけじゃないじゃん。私たちはさ。あいつらのことを、綺麗だねー、とか、まぶしいねー、とか言って過ごしていくのさ。観客がいなきゃ、あいつらだってつまらないっしょ」
「完全に脇役ね。私たちは」
「いんや、主役だよ」
「そうなの? 主役っぽくないわよ」
ごろん、と横になり、てゐは言う。
「お菓子食べて、お茶飲んで、横になって、だらだら過ごす。そーんな主役もたまにはあっていいんじゃないの? 物語なんて、人の数だけあるんだしさ」
なるほどなー。てゐはなかなか面白い考え方をする。
「そうかも……ね。そんなもんかもね」
「そんなもんだって」
「伊達に長生きしてないわね」
てゐは肩を震わせ、くつくつと笑った。
「姫様に言われたくないけどね。さっきは大人になりなさいとか言ってなかったっけ?」
「年食った子どもってことね」
私もてゐに倣って横になった。
「じゃ、主役は主役らしく、のんびりとしちゃっていいかしら」
「いいんじゃないの? 主役なんだし」
「主役だものね」
「そ、主役」
「ふふ」
「あは」
そうして、私とてゐの笑い声は竹林に木霊した。
その後に残るは静寂――なんかじゃなくて、蝉の声。
だけど、それは不思議と、不快な音ではなくなっていた。
「一句浮かんだわ」
「いいねぇ。詠んでみてよ」
「いいわよ」
――閑かさや
私にしみいる
蝉の声――
「……パクリじゃん」
「創作は盗作から始まるものよ。タ行の上にサ行は立っている」
「いや、らしいこと言われても……誰に言ってんの?」
「べっつにぃー」
「うわ、ムカつく顔」
そんなくだらないやりとりも、自然と夏の声に消え入り、また沈黙が流れる。
この沈黙は、嫌いじゃない。
しばらくの間、ぼーっとしていると、人の足音が聞こえてきた。
「輝夜ー! 今日もこてんぱんにしてやるよー!」
アツイやつが来た。
思わずため息が出てしまう。
「はぁ……これも主役の運命なのかしら」
「そりゃそうだよ。主役にバトルは必要さ」
「なるほどねー……」
妹紅はすっかりやる気で、指や肩をポキポキと鳴らしている。
「なにごちゃごちゃ言ってんのよ。さっさと準備しなさいよ――って、なんだこれ? 一個もらうね」
包みに興味を示した妹紅は、ひょいぱく、とそれを口に入れ、ガリガリと噛み砕いた。
「うぎぎ……甘ぇー! お茶お茶!」
ごくごくと人のお茶を勝手に飲み干す妹紅。
「はぁ……」
同じ、永遠を生きる者でも、やっぱりこいつとは相容れないな、と思った。
永遠亭、午後三時のこの一瞬は、私が主役デビューした瞬間として、永遠に私の中で語り継がれるだろう。
そんなことを考えながら、私は妹紅をひっぱたいた。
終わり。
このあと輝夜にレクチャーを受ける妹紅が浮かんで一人でニヤニヤ
素晴らしい、の一言に尽きますね。
私もこう、少しずつ、少しずつ人生を楽しめたらなぁ・・・。
いいお話、感謝感謝です。
味わい方談義がしっかり妖達の生き方のテーマにからんできて。やられたー!て感じでした。
『こんヴァンホーテン』のせいで飲んでいたなっちゃんを吹いたので、コンビニへ代わりのヴァンホーテン・ココアを買いにいくとします。
いつもの「うまい!!」ではなく「……美味しい……」といったしっとりした味わいが新鮮でした。
上手く言えませんが人妖の人生になぞらえた辺りもよかったです。妹紅の登場で姫様のお姫様っぷりが一段と引き立ったところも。
お菓子の味を楽しむだけでなくその時間をも楽しむ。そんな幸せなひと時を過ごして見たくなりました。
感性を持っている人を羨ましく思う。
てゐの歌っている歌がw
風のざわめきや虫の声さえ、美しく聞けるだけのゆったりした生き方。
私の人生にもちょっぴり分けて欲しいかな?と思ってしまったり。
食べたことはないですが、がりがり食べるものだと思ってました。
ゆったりと流れていく時間が良いですね。
自分もこうやってゆっくりする余裕がほしいなぁ、なんて思いました。
ちょっとググってくる
ちょっとしたことでも楽しめる、そんな人になりたいです
それってすごく素敵だと思います。
てゐの言動がとても可愛らしくて頬が緩みました。
上品ですっきりした味わい。良いですねぇ。
しかし腐れニートもわかめヘアーですらこの和菓子の雅を解するのに
もこタン、君って娘は。一応元貴族でしょうが……
…うん、「こんヴァンホーテン」は流行らないな。じゃなくて。
うわぁ、なんですかこの和三盆の食べ方は!
すばらしいですね。よだれが……。試す機会が欲しいです。
ちょっと前に山ん中に行ってきたとこなので、姫様の言う風景がリアルに想像できてなんだか不思議な気分になりました。
姫様は永遠のなかにあっても色々楽しんでいるようで。
じんわり心にしみるお話でした。
ホームレスって言わないであげてw
>5
ありがとうございました!
>タカハウスさん
感動できることなんて、案外そこらへんに転がっているものなのかもしれません。
ちょっとだけ意識を傾けられる。そんなことがとっても難しいんですね。
>8
新たな挨拶が生まれた瞬間である。
>KASAさん
なっちゃんに謝っておいてくださいorz
ありがとうございましたー。
>ぺ・四潤さん
こーんぺーでーす!(オレンジ色
時間が私たちを急かしてきたら、思い切って無視してやるのもいいあかもしれませんw
>20
永遠亭は難しいので、今まで敬遠していたのですが、和三盆がやってくれましたw
和三盆に感謝。
>21
最初から完成された感性なんてありません。閑静なひと時を積み重ねていけば、そのうち余裕が生まれてくるのだと思います。そのときは歓声をあげましょう。
何言ってるのかわからなくなってきました。
>23
ありがとうございました!
>24
嬉しい一言!
>normalAさん
夏は特に時の流れが早く感じます。
そんな時だからこそ、あえて流れに逆らって、のんびりしちゃうんですw
>26
てゐが上手く動いていたか不安でしたが、そう言っていただけて何よりです。
>28
いえ、これは飽くまで私が好きな食べ方です。
が、これが一番楽しい食べ方だと確信しておりますw
>31
通販でもあるみたいですので、是非w
>33
それができたら、人生ハッピーですね。
ハッピー目指して、頑張りましょう!
>35
ありがとうございました!
>40
子どもでもあり大人でもある。
てゐは書きごたえのあるキャラですね。
>41
まったり。人生そんなもんでいいんです。
>コチドリさん
私は、ばか妹紅が好きだったりしますw
これからも弄っていきたいです。
>mthyさん
こんヴァンホーテン!
いいえ、流行る流行らないではなく、流行らせるんです(キリッ
山は、いいですよねぇ。心が癒されます。
ありがとうございましたー。
時間経過を楽しむお菓子があるなんて知らなかった、まったりする空間がたまらない。
楽しめました、ありがとうございます。
和三盆は高いからヴァンホーテンに初チャレンジしてみよう。
姫様と雅なものの相性の良さったらないですね。
和三盆のような味わい深い素敵なお話でした。
和三盆のお菓子、名前は聞いたことあるんですが、何とも独特の食べ方なんすね。
この小説を読み終わった後、改めて聞いた蝉の声も味なものでした。いつか食べてみようと思います。
なるほど、こうやって頂くのか―。一つ賢くなった。
そしてこのお話で姫様とてゐの相性は
抜群だということを再確認しました、貫禄的な意味で。
おちゃらけたイメージのあるてゐだけど、たまにはこんな貫禄のあるてゐも良いよね!
そりゃ喋るよ! 歌は耐えたのに我慢できなかったよ!
須臾が永遠になるときを見せてもらいました。
こんヴァンホーテン!
和三盆も4~500円くらいで買えるみたいですよ!
どっちもオススメですw
>58
わ、わちきは決してそんな……。
ともあれ、ありがとうございました!
> vさん
こんヴァンヴァア''ア''ア''ア''ア''……。
他の方がどう食しているのかはわかりませんが、私はこの食べ方が好きですw
>63
和三盆の話があるんですね!
あれってすごく長いから、まだ全部読み切れてなかったり。
漫画喫茶で頑張ろう~。
>64
初てゐだったので、不安はありましたが、そう言っていただけるのなら書いた甲斐があります。
あちがとうございました!
>70
ありがとうございました!
ギャグセンスのない私が、どうしたら読者さんを笑わせられるか必死に考えた結果の一つです。
今後は自分の中から面白い文章というものを作り出していきたいものです。
あとがきの通りです。
てゐかわいいよてゐ〜