どこまでも続く晴天が空間を包み込む。
現実を生きる人間と、幻想と化しても生き続ける妖怪達とが共生する、幻想郷。
人間は人それぞれの営みを続けて生活し、妖怪は人を欲しなくとも、自力で生活をしていける。
そう、人間と妖怪は交わらなくとも生きていける関係にあるのだ。
人間は妖怪全てを嫌っているのかと問われれば、そうではない。
妖怪達の力を借りるときもあれば、共に話す事さえもある。
また、妖怪達も人間を嫌っているというわけではない。
人里に行って買い物もするし、知らない知識を教えたりもする。
しかし、どうして彼らは共に同じ地で生きているのだろうか
お互いに求め合わない彼らが一緒にいる意味。
これに理由があるのかどうかなど、誰も知る事なんてできやしない。
神のみが知る事情であるのだから。
ある人間は妖怪を愛し、ある人間は妖怪を嫌い、ある人間は妖怪を庇った。
また、ある妖怪は人間を愛し、ある妖怪は人間を嫌い、ある妖怪は人間を庇った。
互いに様々な考えを持ち、自分の考えを貫いてきた。
法律に縛られることも無く、自由気ままに生きることが約束されたはずの幻想郷。
しかし、人間は妖怪の本当の力に怯え、妖怪は賢者の定めるルール上、人間を襲うことなどできない。
幻想の地でも、自由は見えなかった。
そんな中、人間に特に嫌われている妖怪が一人。
友好度最悪とされた、唯一の妖怪。
花の妖怪、風見幽香である。
外見は普通の人間と変わらない女性の姿で、優雅に日傘を差している。
優しい笑みで人間に対する態度も礼儀正しい。
非常に力のある妖怪で、妖怪達の中でも実力はトップクラスだ。
だが、能力に関しても、花を操る能力と可愛らしさが感じられる。
しかし、人間から見た、友好度最悪の彼女には、何とも言えないオーラがあったのだ。
人を寄せ付けないオーラというか、話しかけづらいものがあった。
優しい笑みを浮かべているのに、どこか怒っているような感覚を覚える。
普通に話しているのに、何かに押しつぶされそうなプレッシャーを発している。
彼女自身は何もしていない。
しかし、自然と彼女の友好度が下がっていっただけなのだ。
唯一友好度が高いと言えば、花屋とその他の妖怪達くらいだろう。
ちょうど花屋からの帰り道。
彼女は優雅に日傘を差しながら、花畑へと向かう道を歩いていた。
その際、痛いほどの視線が幽香に向けられる。
また、ひそひそと小さな声で呟く声は、幽香の耳にまで届くのだ。
これまでに何度も味わったが、慣れることはない。
人里に来なければいいだけだが、幽香にだって自由はある。
しかし、来る度にも痛い視線と陰口を貰うのは辛かった。
強く言い返せばいいだけなのに。
彼女はそれができなかった。
もしそうしたら、僅かに残る希望の光が潰えてしまうかもしれないから。
「はぁ……」
人里から離れ、花畑に近づいた頃、深いため息をひとつ。
くるりと後ろを振り返るが、人里はもう見えない。
ふと道端に目線を向けると、ユリの花がぽつんと咲いているのに気が付いた。
少し下を向いていて、美しい花を咲かせていた。
ユリに背を合わせるように、しゃがみ込んで花を覗き込む。
当然のことながら、ユリは何も言うこと無く、弱々しい夏風に揺られている。
幽香はそのユリのてっぺんを優しく手のひらでぽんぽんと叩いた。
「私ったらほんとだめね」
そういって、ユリに向かってため息をついた。
幽香は人里から帰るたびに、こうして溜息をつく。
幽香は人間の事が嫌いではない。
むしろ、仲良くなりたいとも思っている。
自身の知っている花の知識を教えてあげたいし、一緒に笑っていたい。
共にある幻想郷の中で、妖怪と人間とが敵対する理由がない。
それなのに、何もしていない彼女が嫌われているのは紛れもない事実である。
私はこんなに人間と仲良くなりたいのに、そう思っても仕方がないのだ。
人間でも、子供は幽香を相手にしてくれる。
純粋な子供は、無邪気に笑ってくれるのだ。
しかし、大きくなればなるほど、親の言いつけを信じるようになり、近づかなくなる。
妖怪は長生きだから、そういうことがよくわかるのだ。
幼いころは幽香に話しかけてくれた子供も、一部は親の言うことを信じてしまい、話かけても会話が長く続くことはない。
話をすることはあっても、里の人間達は短く切ってすぐ帰ってしまうのだ。
その度に幽香はひどく落ち込んだ。
カラカラに乾いた地面に咲き誇るユリ。
その根元の方へぽたりと一雫。
一つのシミを作り出し、そしてもう一つ。
額から流れる雫と、瞳から流れる雫。
いつ彼女が悪い事をしただろう。
人と交わりと切に願った彼女が、いつ人間に悪さをしただろうか。
誰がこの悲しみを理解出来るか、誰がこの辛さを理解出来るか。
誰一人として、いなかった。
彼女の周りには、誰もいなかったのだ。
「どうしたらいいのかしらね」
ユリを見つめることも無く、俯いて呟く。
その声は弱く、力のある妖怪とは到底思えないものだった。
「私だって、頑張ってるのに」
諦めてしまえば楽なのに、幽香は諦めることをしなかった。
諦めきれないからこそ、人里へ足を運ぶのだ。
いつかきっと、本当の気持ちを分かってもらえる日が来ることを望んで。
そう望んだ日から、どれだけの日が経ったかなんて数えるのはやめた。
数えるだけ虚しくて、辛い気持ちにさせるから。
「ごめんね、あなたには関係ないのに」
そう言って幽香は顔をハンカチで拭くと笑顔を作った。
唇を震わせ、目もほんのり赤くなっている。
無理して作った笑顔を元に戻し、幽香は花畑へと帰っていく。
その背中はとても小さかった。
そして何より、寂しそうだった。
ユリの根元は、そこだけ雨が降ったかのように濡れていた。
◆
とある日の事、幽香はまた人里へと足を運んだ。
この日も、微かな願いを胸に抱いて。
人里へ入る際、当然のことながら怯えたような目線が幽香に突き刺さる。
『また来たのね』 『はやくいなくならないかしら』 『怖いわねぇ……』
小さな呟きが幽香の耳に入ってくる。
幽香はそれを我慢して、少し離れた花屋へと入っていった。
◆
花屋の人は本当に優しいもので、幽香に笑顔で挨拶をした。
それに幽香も笑顔で返すと、花屋は言った。
「どう? この藪蘭、綺麗に咲いたでしょう?」
「あら、ほんと。色も優しくて綺麗だわ。数本頂いてもよろしくて?」
「毎度ありがとうございます」
うっすら優しい紫色の藪蘭が、数十本大きなバケツに入っていた。
幽香は十本の藪蘭を頼む。
すると、向こう側でどたどたと音が聞こえるのに気が付く。
幽香が店主の後ろ側を覗き込むと、小さな女の子がそこにはいた。
「あ、幽香おねーちゃん!」
「あらぁ、元気にしてたかしら? そうだ、この藪蘭を十本頂ける?」
「うん、わかった!」
にっこりと笑う少女に、幽香も柔らかな笑みで返した。
一本一本丁寧に取って、慎重に花を束ねる。
幽香はそれを見ながら微笑み、料金を店主に支払う。
「ほら、幽香ちゃんにお花をあげて頂戴」
「うん!」
少女はその小さな手で大きな花束を持つ。
幽香は女の子と同じ目線になる位置まで腰を落とす。
「ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうね」
少女の頭を優しく撫でてやると、幽香は花屋を後にした。
◆
外に出て、日傘を差す。
片手に花束を、もう片手には日傘を持って。
日傘で若干の視界が遮られるものの、陰口は消えることはない。
『花なら自分でどうにかできるんじゃないの?』
『ちょっと、声がでかいわよ』
『殺されても知らないわよ?』
陰口くらいで何故人間を殺さねばならないのか。
それほどにまで幽香の存在は人間にとってそれほどにまで害悪なのか。
そう考えれば考えるほど悲しくなって、辛かった。
「幽香おねーちゃん!」
背後から聞き覚えのある声が聞こえた。
ふと振り返ると、そこには花屋の少女がいた。
手にはユリを持っており、走るリズムに合わせて花が揺れている。
幽香はなんだろうと思うも、陰口が幽香の思考を掻き消した。
『花屋のお嬢さんじゃない?』
『ちょっと、あの子危ないんじゃないかしら』
『花屋は洗脳でもされてるんじゃないの?』
私のせいで、花屋にまで迷惑をかけているのか。
幽香はそう思えば思う程、辛くて辛くてたまらなかった。
自分がいくら言われても構わない。
だけど、他人が自分のせいで傷つくのが、幽香は許せなかった。
「これ、お母さんが昨日見つけたユリなんだけど、凄く綺麗だから幽香おねーちゃんにあげるって」
幽香は身をかがめ、三本のユリの花束を少女からもらう。
細長い筒状の花を、鉄砲の銃身に見立てた、テッポウユリだった。
真っ白の花はとても綺麗で、香りも良かった。
少女の頭に手をやり、そっと撫でた。
「ありがとう。お母さんにもそう伝えてちょうだい」
「え、あ……」
そうして、幽香はその場から逃げるようにして去っていった。
少女は一人、ぽつんとその場に立ち尽くすだけだった。
◆
「大丈夫? 怪我はなかったかしら?」
里の人たちが少女の元へと近寄り、訪ねる。
もちろん、何もされなかった少女は大丈夫だった、と答える。
にも関わらず、少女の表情は優れなかった。
「どうかしたの?」
「ねぇ。なんで皆幽香おねーちゃんの事嫌いなの?」
少女の問いかけに、集まった一同は静まり返る。
なんで幽香が嫌いなのか。
何故嫌いなのか、一同は分からなかった。
幽香に何かをされたことが無い一同は、何も返すことができなかったのだ。
よく考えてみれば、幽香は何もしていない。
ただ、あの妖怪は怖いからと教えられただけで、何もされていない。
普通に買い物をしに来ているだけで、ちゃんと挨拶だってする。
ただ、自分達が怖いと思っていたから。
だから怖く感じただけなのかもしれない。
実際は、悪いことなんてしない、優しい妖怪だったんじゃないのか。
今更ながら、そう感じた。
人間達に、焦りの色が出てくる。
皆が俯いているのを見て、少女が言った。
「幽香おねーちゃん、さっき泣いてたよ」
少女は花畑の方を見つめる。
もうすでにその姿が見えなくなった幽香を探すように。
だけど、見えるはずも無いその姿。
少女は一人ぼそっと一つ、
「幽香おねーちゃん、私はずっとお友達だよ」
消え入るような声で呟いた。
その日、花畑には止まる事を知らない雨が降り、叫びにも似た悲痛な泣き声が響き続けた。
悪い噂の起源まで遡る事が出来ればあるいは誤解がとけるのかもしれませんけど。
私はどちらかというと、ドSで天子やリグルをグリグリ踏みつける幽香りんが好きですが
創想話では、こういう弱気な幽香りんが多いですね
力を持ちすぎた者の哀れさを感じる作品でした
もうちょっと長い作品の方がよかったですね
畜生なんでこの村人たちは幽香さんの魅力に気がつかないんだ!!
とても良いお話でした。
幽香SSはキャラの特徴をとてもよく捉えていて、とても面白いです。
これからも良作を期待してます。
出来れば旧作も書いてほしいです。
誤解が誤解を産んだまま大きくなって行くのは
悲しいことですね…
皆誰も知らないところで泣いているんだ。多分幽香もそんな一人の妖怪に過ぎなくて……素敵なお話でした
いいお話でした。
もう少し肉付けがあってもいいかもしれないですね。
淡々とさえしているのに、こうまで胸を締め付けられるものっすか……
色眼鏡をかけて見ると、どんなに良い行動をしても悪いようにしか取られなくなってしまう
評価ありがとうございます。
何らかの過去があったのだろうと私は思いたいです。
>おるふぇ 様
評価ありがとうございます。
孤独って本当に辛いと思います。
そんな私は、本当の孤独を知っているかどうかはわかりませんが。
>12 様
評価ありがとうございます。
そうなんですか、なんてこったい……。
リアルじゃありがちなはなしですけどね、これ。
>ダイ 様
評価ありがとうございます。
幽香の過去は禁断だったのか!?
私の中じゃ優しい幽香がデフォですからね。
私にはこの長さが精一杯でした。
>15 様
評価ありがとうございます。
私も許しません。
>ぺ・四潤 様
評価ありがとうございます。
幽香さんはいい人何に気付いてくれないんです。
だから私が慰めてあげています^^
>オオガイ 様
評価ありがとうございます。
嫉妬、ということかっ!!
>27 様
評価ありがとうございます。
花言葉に気付いてくれる人がいて感動しました。
>くれない 様
評価ありがとうございます。
幽香への愛ゆえでしょうかね。
旧作かぁ、ちょっとやったことはあるけど設定とかよくわからんからなぁ。
>31 様
評価ありがとうございます。
幽香は本当に大妖怪なんでしょうか。
自称最強なだけであって、本当に強いのでしょうか。
そう考えると、少し変わるかもしれません。
>32 様
評価ありがとうございます。
実際にこういうことが起こるから辛いものですよね。
>夜空 様
評価ありがとうございます。
自分たちが実際に感じることが出来る感情を悲痛なまでに表したかったんですよね。
隠れて泣いて、強くなっていくのでしょう。
>山の賢者 様
評価ありがとうございます。
和歌異変とはなんたるものでしょうか……。
>45 様
評価ありがとうございます。
でも、もう幽香が人里にこなかったら?
少なくとも私は、救われると信じたいものです。
>47 様
評価ありがとうございます。
幽香の中の本当の心を見せてあげたい!!
>euclid 様
評価ありがとうございます。
なるほど……指摘ありがとうございます。
次に書く際には気をつけたいと思います!
>52 様
評価ありがとうございます。
いい話に出来あがっていて嬉しい限りです。
>v 様
評価ありがとうございます。
でも、この終わり方なら、あなたの考え方次第でグッドエンドにもバッドエンドにもかわりますよ
だから、私のハッピーエンドも想像できるはず!
淡々としてるからこそ、締め付けられるのです。
>63 様
評価ありがとうございます。
弱く儚い幽香が好きと申すか。
>64 様
評価ありがとうございます。
ほんと、先入観の怖さは異常ですよね。
良い話でした。正義とは何なのか、信じるものとは何なのか。今この瞬間も、私達は何かしらこういったものの先入観に囚われているのでしょう。
現実でもこの作品で言う「幽香側」を見なければならないだろうと、色々考えさせられました。
作品中の幽香の脆さは積りに積った悲しみの結果と思いますが、些か大妖としては弱弱しすぎに感じてしまったのでこの点数で。
あと和歌異変は和解編のことかと。